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 総司令の正体が隠されていると言うノーグッド連合のメモリーはGOOD機関の手中に落ちた。

「総司令、これがノーグッド連合のメモリーです」
 ポイボス・スピリットがメモリーをGOODのエンブレムを模ったレリーフに見せる。

「コンピューターにかけてみたまえポイボス・スピリット」
 レリーフから総司令の指示が発せられ、ポイボス・スピリットはメモリーをコンピューターに持って行った。

「この俺のことをどの程度知ったのかそれによってノーグッド連合のスケールがわかるというものだ」
「ふっ、なかなか面白い実験ですな。早速我々のコンピューターにかけてみましょう。おい」
 ポイボス・スピリットからメモリーを渡された工作戦闘員はそれをコンピューターにかけた。音声が再生される。

「我々ハGOOD機関ノ裏ヲカイテアル人物ニ本物ノめもりーヲ渡シタ。7月6日12時、ソノ人物ガのーぐっど連合こんぴゅーたーるーむニ来ル」
 音声はここまでだった。

「総司令、あと1時間しかありません」
「ポイボス・スピリット、まずは本物のメモリーを奪え」
「はっ、カエルケムマキに命じます」
「うむ、その後は奴らの皆殺しだ」
「はっ、その任務は別の強化改造兵士にやらせましょう。イクラフセイン、出動準備!」
 指令室のドアが開き、一体の改造兵士が姿を現した。

「ハーイ、チャーン」




グッドスズカ(陸戦用多目的型複製人造人間)
グッドスズカには共有能力として指先から銃弾を発射することができる。
その他にそれぞれに固有能力として1号(黄)に口から火炎放射、2号(銀)
に身体中から毒ガス噴射、3号(緑)に地雷攻撃、4号(赤)に地震誘発能力、
5号(紫)に放電攻撃、6号(桃)に溶解液噴射がある。







ドンノルマの使者第5話
『許されざる命』


作:大原野山城守武里




 その少女とは会話をしたことはなかった。いや、少女というのは不適当か。なぜなら彼女は僕の母とされる存在だからだ。でも、僕が彼女について知っている
のは名前だけだ。彼女が寝かされているカプセルの下のプレートに彼女の名前が記されていた。
『Ayaka Vanguard』と。


 登場人物2
桜谷京香
 涼香の妹。

桜谷清香
 涼香と京香の妹。

ジェネラル・ダーク
 GOOD機関で最大の実力者とされる大幹部。ポイボス・スピリット亡き後、日本支部の指揮を執るため来日する。
その正体は強化改造兵士のカメレオングで、最後は二人の魔法少女のチョップで倒された。

アリス・スプリングス
 異世界間の通行を厳しく監視するゲートキーパー。こちらの世界の侵略を企むGOODにとって彼女は最大の障害
であり、そのために捕らえられどこかに幽閉されたとされるが……。



 目が覚めると僕は自分がおかれている状況をすぐには理解できなかった。まず、なんで僕が伊東にマウントポジションをとられているんだ? しかも、奴の右
手はあろうことか僕の左胸を鷲掴みにしている。いい度胸してんな。

「どいてくれる」
 いますぐにでも張り倒してやりたい気持ちを抑えつつ僕はシャワーを浴びていたら誰か家に入って来たので出たみたら、同級生で同僚の少年が勝手にメガネ(自
分のではなく上司の)をかけていたのでそれを取り返そうとして縺れ合いになって少年に押し倒された形となった少女みたいに無表情に言い放った。

「待て、ち、違うんだ」
 必死に弁解しようとする伊東だが、故意なのかそれともオスの本能なのか僕の胸から手を離そうとしない。やっぱし、鉄拳制裁だな。僕は右手をグーに構えた。
その直後、部屋のドアが開いた。

「先輩、朝ごはんの準備が……」
 朝ご飯を作ってくれていたらしい後輩の女子はドアを開けるなり固まってしまった。そして、すぐに顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。

「きゃあああああっ!!?」
 走り去っていく彼女に?と思いながら僕は自分の体に目をやった。上にはパジャマを着ていたが下はパンツだけだ。もしかしたら彼女には僕のパンツが見えな
くて下に何も穿いてないと勘違いしたのかもしれない。そして、僕の腰の上に伊東が乗っていて奴の手は僕の胸を鷲掴みにしている。ってことは、彼女はとんで
もない誤解をしているぞ。この誤解は絶対に解かなくては。これは伊東も同じのようで、二人同時に動こうとして結果二人ともベッドから落ちてしまった。

「痛ててて」
 腰を打ってしまったがそんなことには構っていられない状況に気付く。いま僕は尻もちついた状態で足を開いていたのだが、あろうことか伊東が僕の股間に顔
を埋めていたのだ。前述したように僕は下にパンツしか穿いていない。直後、僕も後輩の女子に続いて悲鳴を上げた。

「うぎゃあああああっ!!」
 こんの変態野郎。僕は伊東の胸ぐらを掴んで奴を窓から落とすことにした。

「待て、誤解だって!」
「やかましい! ごかいもくそもここは二階だろうが!」
「そのゴカイじゃない。とにかく落ち着け」
「うるせぇ。落ちろ、いますぐ落ちろ! そうすりゃ、お前の名誉だけは守ってやる! だから安心して落ちろ!」
「話を聞け! ワザとじゃないんだ。これは事故だ」
「てめぇみたいな端役にエロハプニングなんて100億万年早いんだよ! いいか? ラッキースケベは主人公だけに与えられた特権なんだ。男なら潔く観念し
て落ちろ! それとも何か? 性欲に飢えたケダモノとして人々に後ろ指差されながら生きていくか? どうなんだ!」
「わかった。わかったから俺の話を聞いてくれ。それで納得できなかったら落ちるから。な?」
 伊東があまりにも懇願するので僕は奴から手を離した。さあ、聞いてやるから言ってみろ。お前の言い訳とやらを。

「……」
 話を聞いてみると、すべての発端は僕が昨夜伊東のベッドにそうとは気付かずに潜り込んでそのまま寝てしまったことだとわかった。なぜ、そうなったのか。そ
れは昨夜のことだった。

 突如現れた髪と瞳の色が違う以外は僕と顔が瓜二つの少女。まるで姉妹みたいに。赤の他人とは思えない。

「君は誰だ? なぜ邪魔をする」
「私はグッドスズカ。あなたの妹よ。あれは私の仲間なの。だからお姉さまにやらせるわけにはいかないのよ」
 妹? そうか、そういうことか。僕は少女の正体がわかった。

「量産型サヤカ…GOODが完成させていたのか」
 彼女はさっき僕のことを“マザー”とも呼んだ。つまり、彼女は僕のデータと細胞をコピーして製造されたんだ。そもそも、僕らサヤカシリーズはある少女の
コピー品にすぎない。だから、彼女もその少女のデータや細胞を元にして作られるはずだった。しかし、研究所襲撃で少女の肉体もデータも失われたのだろう。
だから、GOODは僕のデータで彼女を作ったんだ。ってことは彼女の身体能力は僕と同等ということになる。胸は控えめのようだが、それは僕よりも歳が若い
からだろう。さて、どうするか。僕はどういうわけか変身しているから、このまま戦ってもいいんだけど…。

「これ、いつもの魔法服じゃないんだけど」
 いつもは短パンなのに長めのスカートになっている。上も違うし。胸にこんな大きなリボンなんかついてなかった。ルイなら何か知っているかもと、彼女の方
を向く。

「さあ、私が来た時にはすでにその格好だったわよ」
 そうなの? まあ、いいや。僕は魔力フィールドを発生させて足に魔力を集中させた。って、あれれ? 魔力フィールドがいつもと違うし、足に魔力が集中で
きないぞ。試しに攻撃魔法を使おうとしたが、これも駄目だった。

「やはりね」
 どういうことだ? ルイは僕の足下を指差した。

「その魔力フィールドは召喚術師用なのよ。だから、あなたが普段使っている魔法は使えないわ」
 なぬ? そんな召喚術なんて使ったこと…はある。エリシアと戦った時に。

「あれとは違うわ。本格的なものよ」
 んなこと言ってもどうすりゃいいんだ。困っているとルイがアドバイスしてくれた。

「気持ちを落ち着かせなさい。自然とどうすればいいかわかるわ」
「わかった」
 言われたとおりに気持ちを落ち着かせる。するとどうだろう。本当に自然とわかってきた。

「武器庫開放…装備にH&K USP COMPACTを選択……」
 スラスラと言葉が出てくる。そして、どうしたことか僕の右手に拳銃が握られているではないか。何も無いところからだ。本物か? 試したいが住宅街で銃声
は拙い。それより、召喚ってこれのことか? どうも、わからん。いまの自分にどんな力があるかわからないと戦いようがないぞ。

「行けよ」
 いま戦うのは得策でない。妹も現時点で僕と事を構えるつもりはないようだ。

「じゃあねお姉さま。また会える時を楽しみにしているわ」
 そう言い残して妹は去って行った。戦闘は回避されたが問題はまだある。どうして僕が召喚術師になっているかだ。

「それは、あなたが本当は召喚術師だったからよ」
 ルイはそう解説するが、そんなはずはない。僕はシマリスによって後天的に魔法少女になったんだ。生まれついての魔導師じゃない。

「いいえ、あなたはカテゴリーFではないわ。私やエリシアと同じ生まれた時から魔法を使える資質がある純血の魔導師よ」
「どういうことだ?」
「あなたは純血の魔導師から生まれたってことよ。でも、事情によりあなたは魔法が使えない体になってしまった。いまのあなたには二人のあなたがいる。あな
たともう一人純血の魔導師である本当のあなたが。さっきまで、その本当のあなたが目覚めていたのよ」
 だから、この格好なのか。いやはやこの体に同居しているのは猫だけじゃなかったとは。参ったね。それにしても研究所は魔導師をコピーしてどうするつもり
だったんだ? 皆、僕には何も教えてくれなかった。それに、なぜ僕は男として作られたんだ? 僕の元になった人は女の子だった。それなら、僕は女の子とし
て作られるはずだ。いや、まさか……。

 その後、僕らも帰ることにして伊東の家に戻ったのだが眠たくなって結局泊めてもらうことにした。以後のことは半分寝ている状態だったのでよく覚えていな
い。布団にもぐりこんだ記憶はあったのだが、まさかそれが伊東のベッドだったとは。しかも、奴のパジャマを勝手に拝借して。伊東も朝起きたら隣に僕が寝て
いたのでびっくりしたことだろう。その件では僕が悪かった。でも……、服を着替えた僕は伊東を問い詰めた。

「それで人の胸を鷲掴みにしたり、股間に顔を埋めたりしたのを言い訳できるのか?」
「うぐっ、それは……」
 伊東は言葉を詰まらせた。やはり、二階から落ちてもらうしかないか。すると、伊東は話題を変えてきた。

「そ、そうだ。ちょっとお前に聞きたいことがあったんだ。昨夜のことなんだけどよ」
 話をそらすなと言いたいが、それについては僕も訊きたいことがある。僕が意識をなくしている時のことだ。

「へっ? お前覚えてないの?」
 いいから何があったか話せ。

「あ、ああ、それが俺にも何が何だか。お前が倒れたかと思ったら変なこと言いだすし」
 変な事?

「機械みたいな口調でよ、えと何て言ったかな。覚えてねえや」
 役立たずが。

「そうそう、思い出した。お前自分のことサヤカ・ヴァンガードって言っていたぞ」
 ……それで?

「うん、俺がお前どうしたんだ? って聞いたらお前が何か変な格好になって、ほらアニメの魔法少女みたいな感じの。で、俺にいきなり銃を突きつけてきたん
だ。あれ、どこから出したんだ? 気付いたらお前の右手に銃が握られてたんだ。んで、お前は躊躇いもなく引き金を引こうとしたんだ。あの時はびっくりした
どころじゃないぞ」
 それで僕は引き金を引いたのか?

「いや、その前にお前んとこの金髪が助けてくれたんだ。彼女も魔法少女みたいな格好になっていて剣を持っていた。もう、わけがわからなくなって彼女が逃げ
ろって言うから逃げてきたんだ。後は知らない」
 そうか、いろいろ露見してしまったんだな。

「なあ、お前らって何者なんだ?」
 あんな事があったんだ。その質問は当然だな。

「昨夜のことは忘れろ……と言っても無理か?」
「ああ、でもどうしても言いたくなかったら言わなくても」
 僕は迷った。だが、もう隠し通せるものではないな。そして、もう終わりにすべきだろう。

「昨日の事はすべて嘘ではない。僕は人間ではないし、ルイとエリシアは人間だが普通の人間ではない。僕らが何者かはお前が知る必要は無い。それからさっき
忘れろと言ったことだが、やはり忘れてほしい。昨夜のことだけじゃない。僕の事すべてだ」
「お、おい……」
「さようなら」
 正体を知られた以上もう普通に友達ではいられない。この町も出る必要がある。そうなればいろいろ準備もしなきゃならんので早いうちに家に帰ろう。

「ちょっと待てよ」
 背を向けて行こうとする僕の肩を伊東が掴む。

「なに?」
 冷たい目で伊東を睨む。僕は人間ではないから基本的に人の生死に興味は無い。ルイやエリシアにしても必要であればいつでも切り捨てる。普通から決別する
には人の仮面を捨て去るしかないと判断した。

「い、いや……」
 本能的に危険を察したのか伊東は僕の肩から手を離して後ずさる。

「ふん」
 見下すように鼻で笑う。伊東は何も言い返せなかった。俯いて両拳を強く握りしめているだけだ。体を震わせているが、それは僕の正体を知って怖くなったか
らか? それとも、女に鼻で笑われたことが悔しいからか? どちらにしろもういいことだ。こいつとはこれっきりなのだからな。一階に降りてダイニングを覗
くと、すでにルイとエリシアと伊東の妹が座っていた。朝食の準備はすっかりできているようだ。だが、これをじっくり食する暇はないな。

「僕は用事ができたから先に帰るから二人も食事がすんだら帰ってきて」
 僕はそれだけ言うと、さっさと伊東の家を後にした。そうしなきゃいらぬ未練が発生するかもしれんからな。そう、僕はまだ迷っていた。いまならまだ引き返
せるかもと。だが、いまの…いや7年前に作られた時から僕には普通の生活は許されない。それどころか自然の摂理に反して生命を持った僕は、この世界にとっ
て許されざる存在なのだ。だから、僕はいずれ世界から排除されるだろう。が、その前にあの異世界人たちをこの世界から追い出さないとな。僕は昨夜会ったノ
ーグッド連合の岩上多恵さんから入手したメモを頼りにノーグッド連合日本支部に向かった。
 さすがに表札にノーグッド連合とはなかったが、メモの地図に書かれていた建物に来た僕は早速インターカムを鳴らそうとした。ところが、僕はいきなり後ろ
から手で口を塞がれてしまった。人間の手ではない。

「ケーン、ケーン」
 妙な鳴き声を発しているのは昨夜岩上さんを殺してメモリーを奪ったGOODのカエルケムマキだった。まったく気付かなかった。

「俺は甲賀忍者の化身だからな人間の背後に忍び寄ることなど造作もない」
 得意気に話す怪人。その隣には量産型サヤカもいた。なぜ、こいつらがここにいるんだ? 質問しようにも口を塞がれている。拘束された僕は監禁されること
になった。目隠しされているのでどこに監禁されているかわからない。かすかに会話が聞こえてくる。量産型サヤカが僕に成り済まして、ここの人と話している
ようだ。

「そうですか…メモリーは奴らに……」
 この声には聞き覚えが無いので、ここの人だろう。

「すみません。私がいながらむざむざと奪われてしまって」
 これは量産型サヤカの声だ。よく言うよ。

「いえ、気にしないでください。それよりもこれからの事を一緒に考えましょう。ちょうど今日、南米から一人応援に駆けつけてくれることになっています」
「ほう、それは心強い。私も是非お会いしたいですね」
「ではそろそろ来ると思いますのでご一緒に」
 会話を聞きながら僕はなぜGOODがここに来たのか考えた。メモリーを奪った以上ノーグッド連合に用は無いはずだ。用済みだから潰滅させる? にしては
慎重すぎる。ということは、まだGOODはノーグッド連合に用があるということになる。一体あのメモリーには何が入っていたんだ? その答えは間もなく出
た。南米からの応援要員とやらが到着したのだ。

「お待たせしました」
 その声には聞き覚えがあった。若い女性の声だが、はて誰だったかな?

「あら? あんたも来てたの。久しぶりね」
「えっ?」
 量産型サヤカが驚きの声を上げる。どうやら、応援の女性は僕と面識があるらしい。

「あんた、私を忘れたわけじゃないでしょうね? いい度胸しているじゃない」
「あ、いや、覚えているよ。忘れるわけないじゃない。そんなことより、そのカバン何?」
「これ? 南米のノーグッド連合から本物のメモリーを日本に運んでくれって頼まれたのよ」
 本物の? そうか、昨夜奪われたメモリーは偽物だったのか。それで本物のメモリーを奪うために量産型サヤカが僕に成り済まして来たのか。いかん、みんな
サヤカを僕だと信じ込んでいる。

「そう、御苦労さま。それは私が預っておくわ」
 駄目だ。そいつは僕じゃない。渡しては駄目だ。すると、声に聞き覚えのある女性が、

「待って、あなたいつからそんな喋り方になったの? それにその髪の色」
 えっ? いま気付いたの? 真っ先に気付くと思うが。

「ふふっ、気付くのがちょっとばかり遅かったようね。はるばるの運び屋さん御苦労さま。これはグッドスズカが頂いて行くわ」
「待ちなさい!」
 くそったれ、このままじゃメモリーが奪われてしまう。早く拘束を解かないと。そうだ、左腕のデバイスアームで縄を切ればいいんだ。よし、拘束を解いた。
すぐさま外に出る。

「うお!?」
 急いで飛び出したために走っていた人とぶつかりそうになった。

「す、すみません…って君は……」
 相手に謝罪しようとした僕は、その相手を見てびっくりした。

「あんた、何やってんのよ。こんなところで」
 僕がぶつかりそうになったのは、かつて僕の家に居候していた魔法少女のアスナだった。どうりで声に聞き覚えがあるはずだ。南米からの応援って君か。でも、
なんで?

「南米のノーグッド連合が私を選んだのよ」
 ふーん。南米に行っていたのか。まあ、感動の再会はこれくらいにして本物のメモリーを奪い返さないと。量産型サヤカは外に待たせていた車で逃げようとし
ていた。

「逃がすか」
 僕は変身すると車までジャンプしたが、途中でカエルケムマキに邪魔された。

「ケーン」
 そうか、こいつもいたんだったな。

「ここから先は行かせん」
 そうかい、だったら死ね。僕は魔力フィールドを発生させて右足に魔力を集中させた。一気に倒してやる。だが、僕がキックを放とうとした瞬間、カエルケム
マキがでっかいガマガエルに姿を変えたのだ。ガマガエルの腹にキックが炸裂する。ところが、

「なに?」
 キックが腹にめり込んでダメージが与えられない。まるでハート様やブヨンの腹みたいだ。試しにパンチを出してみたが駄目だった。なんて柔らかいんだ。

「どうだ。俺の体はあらゆる武器も通用しないのだ。今度はこっちから行くぞ」
 その台詞から何か仕掛けてきそうなので、僕は距離を取ろうとしたが遅かった。奴の舌が伸びて来て僕の体を絡め取ったのだ。

「しまっ…」
 両腕も一緒に絡め取られたので魔法も使えない。必死に脱出を図るが女の力ではどうしようも無い。まあ、男でも無理だろうな。って呑気に言っている場合で
はない。ブヨンの例を見るまでもなく、長い舌で相手を絡め取った奴が次にすることは一つしかない。そう、捕食である。冗談ではない。僕は必死に抵抗するが、
基本的に身体的能力は普通の人間と変わらないので無駄な足掻きにしかならない。

「待て、僕は喰っても美味くないぞ。それどころか食ったら食中毒になっちゃうぞ」
「心配するな。俺の腹はそんなヤワではない。安心して大人しく俺の腹に入れ。じっくりと生きたまま溶かしてやる」
 やだーっ。僕は半狂乱になって泣き喚いた。その時、銃声が響いたと思ったら舌が急に僕から離れた。

「いまのうちよ!」
 アスナが銃を持って立っていた。僕は目を閉じて顔を横にブンブンと振っていたから気付かなかったが、アスナが助けてくれたらしい。ありがとうよ。僕は親
指を立てて感謝の意をアスナに示すと、右手に魔力を集中させた。打撃が効かないなら斬撃でやってみる。奴に取って舌は武器であると同時に弱点でもあったら
しい。その隙に僕は奴に接近して額めがけて斜めに手刀を振り下ろした。

「うりゃ!」
 カエルケムマキの額に斜めに傷ができて、そこから緑色の体液が噴出した。さらに、僕は逆方向からも手刀を振り下ろした。これで×の字に傷ができて、さら
に体液が噴出した。カエルケムマキは額から体液を噴水のように噴き出しながら、ふらふらとよろめいて倒れた。やがて、体液の噴出が治まるとカエルケムマキ
も静かに息を引き取った。

「ふーっ」
 僕はへなへなとへたり込んだ。危うく食べられてしまうところだった。その間に量産型サヤカを乗せた車は遠くに走り去っていた。もう追跡は不可能だ。と諦
めていたら、

「大丈夫よ。こんなこともあろうかとカバンに発信機を取り付けてあるから」
 おお、さすがはアスナ嬢。気が利くようになったな。奴らは向かうのはアジトだろうから、ここで一気にGOOD機関を潰してやる。と、意気込んでみたもの
の腰がへなへなで立てない。アスナに手を貸してもらって何とか立った。

「ったく、情けないわね」
 面目ない。そんなわけで、奴らがアジトに戻ってから行動を開始することにした。1時間後、発信機からの位置情報からアジトを突きとめた僕らは現場に向か
った。僕はバイクで先頭を行き、アスナとノーグッド連合の日暮さん(この人がリーダー)、岩上理恵さん、他男性メンバー3人はミニバンで後ろからついてく
る。
 奴らのアジトは洞窟の中にあるらしかった。工作戦闘員が歩哨に立っている。

「ガス弾で眠らせましょう」
 日暮さんが提案したのでお願いした。男性メンバーの一人がガス弾を撃ち込んで歩哨を眠らせる。その隙に僕らは洞窟の中に入った。先頭は僕、次にアスナと
岩上さん、その後ろに日暮さん、最後尾は男性メンバー3人だ。敵のアジトなので見つからないように慎重に進む。厄介なのは量産型サヤカ。身体能力は僕と同
等だろうからかなり手強い敵だ。それに多分、ポイボス・スピリットもいるだろう。こっちはアスナ以外は戦闘には役に立たないだろう。本当なら僕とアスナだ
けでよかったのだ。だけんど、

「あのメモリーを入手するのに何人もの仲間が犠牲になっているのです。お願いです。我々も同行させてください」
 なんて言われたら駄目とは言いにくい。それに、まるっきり戦闘の素人でもないだろうから工作戦闘員となら戦えるかもしれない。多勢に無勢だろうが。だが、
結果論として彼らはやはり役立たずだった。工作戦闘員を捕まえて指令室の場所を聞き出した僕らは指令室に向かったのだが、そこにはすでにポイボス・スピリ
ットが待ち構えていた。まるで、僕らが来ることをわかっていたようだった。

「馬鹿め、発信機が取り付けられていることぐらい見破れぬと思っていたのか」
 しまった罠か。すでにこの指令室は包囲されているだろう。敵のアジトだから改造人間が何人かいても不思議じゃない。ここは脱出を優先すべきかと考えてい
たら、GOODのエンブレムを模った大きなレリーフにある赤いランプが音を出して点滅した。

「お前達のメモリーを調べさせてもらった。まさか、私のことをここまで調べ上げていたとはな」
 GOODの総司令だ。

「GOOD機関はノーグッド連合を重大な脅威と認め、その壊滅を決定した。すでに世界各地のノーグッド連合に総攻撃をかけている。残っているのはお前達だ
けだ」
 勝ち誇る総司令。と、そこへ後ろから岩上さんの悲鳴が聞こえた。

「きゃあっ?」
 何事かと見ると日暮さんが岩上さんを捕まえて彼女の喉にナイフを突き付けていた。あんた、気でも狂ったのか?

「ふっふっふっ、日暮は死んだ。俺の正体を見せてやる」
 そう言うと日暮さんが白い煙に包まれて改造人間が姿を現した。

「ハーイ」
 不気味な姿には似つかない可愛らしい声を発するもんだ。他の男性メンバーも工作戦闘員に姿を変えていた。

「そいつの名はイクラフセインだ。ノーグッド連合の生き残りはもうその娘だけだ!」
 勝ち誇るように言うポイボス・スピリット。確かにこの状況は不利だ。奴にイクラフセインという怪人。そして、量産型サヤカ。まだ姿を見せていないが近く
にはいるはずだ。こっちは僕とアスナ。岩上さんは戦闘の役には立たない。3対2じゃ不利だ。

「ここで忌々しい貴様らを皆殺しにしてやる。グッドスズカの手にかかって死ね」
 ポイボス・スピリットの合図で量産型サヤカが指令室に入ってきた。って、髪の毛とスカーフの色が違う。?と思う間もなく量産型サヤカが次から次へと入っ
てくるではないか。その数6体。

「なっ……」
 僕は絶句した。一体だけでも大変なのに六体もなんて。卑怯にも程がある。これじゃあ勝負にならない。僕はイクラフセインから岩上さんを奪い返すと逃げる
ことにした。厄介なのはアスナが撤退に同意するかだが、って我先に逃げてるじゃねーか。前はあんなに敵に背を向けるの嫌がってたのに。少しは大人になった
ようだ。じゃねーよ。僕らを置いていくな。大急ぎで後を追いかける。

「逃がすな、追え!」
 ポイボス・スピリットの指示で敵が追いかけてくる。戦っても多勢に無勢なので逃げるしかない。岩上さんの手を引いて来た道を引き返す。車とバイクのとこ
ろまで行けたら逃げ切れるはずだ。ところが……

「無い」
 何がって? 車とバイクが無いんだよ。置いてあった場所に。

「奴らが持って行ったんだ」
 どうしよう。僕とアスナはともかく岩上さんの足では奴らから逃げ切るのは無理だ。仕方ない。僕はアスナと岩上さんに先に逃げるように言った。

「あんたはどうすんのよ?」
「ここで奴らを食い止める」
 ちょっときついがやるしかない。アスナは少し迷っていたが、すぐに岩上さんと逃げて行った。自分がいても足手まといと思ったのだろうか。さあ、来い。
と気合を入れたのは良かったが現れたのは量産型サヤカだけだ。イクラフセインがいない。

「しまった!」
 アスナ達の方に行ったんだ。アスナなら大丈夫だろうと思うけど。助けに行くのは量産型サヤカを全滅させてからだ。6体を相手にするのは大変だがやるしか
ない。先手必勝!

「とう!」
 僕は空高くジャンプして一回転した後に赤髪の量産型サヤカに飛び蹴りを放った。まともに受けた赤髪サヤカは思いっきりふっとばされて倒れた。まずは一体。
これで5対1になった。この調子で残りも片づけてやる。

「次に死にたい奴は誰だ? 前に出ろ」
 調子に乗って挑発してやった。すると、金髪サヤカもムカッとなったようだ。

「あんまり私らを甘く見ない方がいいわよお姉さま。GOODが私たちを何の改造も無しに作ったと思っているの?」
 思っちゃいないさ。でも、僕だってただのプロトタイプ・サヤカじゃない。最強の魔法少女だ。

「ふふん、だったらどっちが最強か勝負ねお姉さま」
 望むところだ。

「じゃ、いくわよ」
 金髪サヤカが右手をあげるとサヤカ達が横一列に並んだ。

「一斉攻撃よ、それ!」
 金髪サヤカの合図で5人が一斉に両手の指先を僕に向けたと思うと、指先から弾丸が飛んできた。

「いっ?」
 咄嗟に伏せて回避する。間一髪だった。

「よく避けたわね。でも本番はこれからよ。かかれ!」
 サヤカ達が向かってきた。さすがに5人いっぺんに来られると回避や防御に手一杯となってしまう。こっちが一人を攻撃しようとしたら別の一人が攻撃してく
るから防戦一方となってしまう。例えば銀髪サヤカが僕の顔めがけて回し蹴りしてきたのをしゃがんで避けて逆に足払いで銀髪サヤカを転倒させて攻撃しようと
したら、紫髪サヤカが膝蹴りしてきて避けるために銀髪サヤカから離れざるを得なかったとか。

「ああ、もう!」
 このままではこっちが疲れるだけだ。僕は倒立すると南斗烈脚斬陣でサヤカたちを蹴飛ばしていった。そして、5人を蹴飛ばした僕はすぐに体勢を元に戻して
跳躍した。狙うは5人の中で一番早く立ち上がろうとしている緑髪サヤカだ。両手を合掌の形に合わせて緑髪サヤカの胸に突き刺す。

「ぶはっ」
 血を吐きながら緑髪サヤカは倒れた。これで残りは4人となった。まだ数的に劣勢だが彼女たちの動きも見慣れてきた。彼女たちとは実戦の場数が違う。量産
型サヤカは恐らくろくに戦闘訓練をしないまま実戦投入されたのだろう。動きに単調なところが見られる。だから、動きが読みやすい。金髪サヤカがパンチして
きたのを避けてその腕を掴んで投げ飛ばした。次に紫髪サヤカが飛びかかってきたので、これをフライングレッグラリアートで撃墜した。さらに銀髪サヤカの攻
撃をかわして彼女を巴投げするなど僕は戦闘を有利に進めるようになっていた。

「見えるぞ。私にも敵が見える」
 などと赤い御方の台詞を吐けるぐらい余裕を持つようになっていた。考えてみたら量産型サヤカの動きを読みやすいのは彼女たちが僕のデータを元に作られた
からだろう。だが、彼女たちは自分でもさっき言ったようにただの量産型サヤカではなかった。金髪サヤカが回し蹴りしようとしたので首をひょいと後ろにそら
して避けるつもりだった。ところが、金髪のサヤカの靴のつま先からナイフが出てきたではないか。

「っ!?」
 僕はあわてて体を回転させて避けた。首を触ってみると血がついていた。ちょっとでも避けるのが遅かったら命は無かった。ナイフは着脱式になっているよう
で、金髪サヤカはナイフを取り出すとそれを僕の顔に刺そうとしてきた。

「舐めるな!」
 僕は金髪サヤカの腕を掴んで背負い投げした。予期せぬナイフによる攻撃で動揺しての咄嗟の行動だった。そのため後ろに隙ができて、そこを紫髪サヤカに狙
われた。ガシッと紫髪サヤカが僕の体を後ろから羽交い締めにした。

「しまった!」
 動けない。何とか脱出を試みるが、がっしりと拘束されてしまっている。そうしている間に金髪サヤカはナイフを拾って立ち上がる。

「5号、しっかりと抑えてなさいよ」
「ヤー、グッドスズカ5号は1号の命令によりお姉さまを拘束します」
 いやだいやだ。ナイフが迫る。僕は逃げられない。駄目か? 駄目なのか? 僕の人生ここまでなのか? 10年にも満たない生涯だったな。こん畜生。

(大丈夫……)
 それは急だった。外から耳に入ってきた声じゃない。頭の中に直接語りかけられたような感じだ。同じことが過去に2回あった。最初はエリシアと戦った時、
2回目はテントウムシジャイアンと戦った時だ。あの時は誰の声かわからなかったが3回目にしてやっとわかった。僕は声を出さずに問いかけた。

(君なのか?)
(そう、久しぶりね。また貴方に力を……)
 直後、急に力が湧いてきた。そして、前と同じく俺の髪が長くなって色も青から金髪になった。

「な、なに?」
 金髪サヤカは突然のことに狼狽していた。そりゃそうだろう。俺の髪が長くなって金髪になったんだからな。だが、動揺しているのは金髪だけだ。俺を羽交い
締めにしている紫髪は目の前の奴がいきなり髪形と色が変わったことに何らリアクションを示さない。どうやら感情を極力抑えられているようだ。金髪の命令を
遂行するだけの動く人形というわけだ。

「邪魔だ」
 俺は魔力を一気に放出して紫髪をふっ飛ばした。大きく飛ばされた紫髪は頭から地面に落ちた。その時、ゴキッと音がして彼女の首が変な風に曲がっていた。
これで3人。半分に減ったがこれ以上時間をロスするわけにはいかない。俺は両腕から魔法で炎を発生させた。

「すべてを燃やしつくせ。牙炎!」
 炎が狼の形となって俺の手から離れていく。まずは金髪以外の二人を片づける。二人は指先から銃弾を発射するが、実体の無い炎にそんなものは通用しない。
二人のサヤカはなす術もなく全身火だるまとなった。

「「ぎゃあああああっ!!!!」」
 感情制御されていてもやはり熱いものは熱いらしい。あまりにもぎゃあぎゃあうるさいので二人の頭を射撃魔法で貫いた。これで残ったのは愕然と立ち尽くし
ている金髪の量産型サヤカだけだ。

「あなた……誰?」
 震えながら金髪サヤカは尋ねた。さっきまでの威勢のよさはどこに消え去ってしまったのだろうか。

「愚問だな。いちいち説明すんのも面倒だからさっさと死ね」
「くっ」
 俺からは逃げられないと思ったのか金髪サヤカはナイフを右手に向かってきた。俺は左手でサヤカの右手を掴むと右手でパンチを繰り出した。金髪サヤカは左
手で受けとめようとしたが、俺のパンチはサヤカの左手を粉砕して彼女の腹に炸裂した。

「がはっ」
 両膝を地につけるサヤカ。俺はサヤカの顔を指差して指先に魔力を集中させた。サヤカの顔が引きつる。

「ま、待って、本気で私を殺す気? 私はあなたのデータを参考にしてつくられたいわばあなたの分身なのよ。私を殺すってことはあなた自身……」
 台詞の途中だったが長くなりそうなのでサヤカの顔面を魔力光で貫いた。ガクンっとなったサヤカの右手を離すと彼女はドサッと倒れた。ひとまず戦闘が終
わったので僕の髪も金から青に戻った。ただし、長くなった髪はそのままだ。

「また切りに行かないとな」
 髪を撫でながら呟く。いまはとりあえず束ねておくだけにしとこう。孫悟飯の言うように長い髪は格闘戦では邪魔なだけだからな。それよりもアスナたちが心
配だ。僕はアスナ達のところへ急いだ。
 駈けつけてみるとアスナたちが怪人に崖っぷちに追い詰められていた。

「ハーイ、チャーン」
 二人に迫るイクラフセイン。このままじゃ二人が落ちちゃう。僕はイクラフセインの気をこっちに向けさせるため叫んだ。

「待てい!」
「ハーイ?」
 イクラフセインがこちらを振り返って驚く。

「チャーン? バーブー」
 貴様がなぜここにいる? とでも言っているのだろう。そう推測して答えてやる。

「偽者は全滅した。たとえ姿形を似せても所詮は偽者、本物の敵ではない!」
「バーブー!」
「行くぞっ!」
 怪人のところまでジャンプして奴とアスナたちの間に割って入る。

「大丈夫か?」
「来るのが遅いわよ」
 そりゃ悪かった。あとはこっちでやるからそれで許してくれ。

「さっさと片付けちゃって」
 オーケイ。僕は味方を失って動揺しているイクラフセインを一方的に攻撃した。顔や腹にパンチを連打して、体を半回転させて奴の顎に後ろ蹴りをヒットさせ
る。そして、相手がよろけているところを頭を掴んで膝蹴りを連打。さらに喉に天龍チョップを放った後に巴投げで後方に投げ飛ばした。

「バーブー」
 フラフラになりながらもイクラフセインは立ち上がった。しかし、その後ろは目が眩んでしまうくらいの崖になっている。

「いまだ」
 アスナに声をかけると、彼女はうんと頷いた。

「とう」
 二人同時にジャンプして一回転した後に二人同時にキックを放つ。

「バーブー!」
 断末魔の叫びをあげながらイクラフセインは崖の下へ落ちて行った。その直後、GOODのアジトがある方から爆発音が聞こえた。見れば煙がもうもうとあが
っていた。多分、アジトを放棄したのだろう。

「やられたな」
 戦いには勝った。だが、目的は果たせなかった。一方、GOODは総司令の秘密を死守して、なおかつノーグッド連合をほぼ壊滅させることにも成功した。改
造人間の損失は奴らにとっては大した損害ではないだろう。

「でも、君らが無事なだけでも良しかな」
 アスナも岩上さんも特に怪我とかはしていないようだ。よかったよかった。って、どうしたの二人とも。

「あんた、どうしたのその髪」
 そうか、アスナは初めてだったんだな。説明すんのも面倒だからスルーしよう。

「ちょっと車か何か無いか見てくるよ。ここから歩いて帰るのはしんどいからね」
 そう言うと僕はアジトの方に向かった。ポイボス・スピリットのことだから抜かりは無いだろうけど、二人から離れるにはこれしかなかった。案の定、洞窟は
完全に埋もれてしまっていた。一応、周辺も探索してみたが何もかもきれいに破壊されていた。

「こりゃマジで歩いて帰るしかなさそうだな」
 溜息を吐こうとした僕は不意に気配を感じて後ろを振り返った。丘の上にポイボス・スピリットが立っていた。

「ポイボス・スピリットが改めて予言しよう」
 予言? いきなり何だ藪から棒に。待てよ、そういや一昨日、兄さんが僕のことを予言していたな。はずれちまったけど。

「総統官房第V部第四課長ポイボス・スピリットの名誉にかけて貴様を殺す!」
 そう宣言してポイボス・スピリットは姿を消した。その台詞のどこが予言なんだ? というツッコミすらいれる暇も与えずに。

「まあいいや、帰ろう」
 と、後ろに振り返ってアスナ達のところに戻ろうとした僕は目の前にピエール=シモン・マクスウェルが立っていたことに凄くびっくりした。だって、振り返
って目の前に誰かいたら誰でも驚くだろ。ましてやそれがモーニングを着こなした猫だから尚更だ。

「いきなり何だ? 驚かせやがって」
「それは失礼を」
 マクスウェルは慇懃に頭を下げた。まあいい、ちょうどいいところに来てくれた。昨日みたいに僕たちを瞬間移動させてよ。

「それには及びません」
 マクスウェルが指をパチンと鳴らすと、どうしたことでしょう僕のバイクと日暮さんの車が出てきたではありませんか。

「あんたが隠していてくれたのか」
 おかげで助かったよ。ありがとう。

「礼には及びませんよ。私は彼女に頼まれただけですから」
 彼女? そうか彼女にか。

「では、私はこれで」
 マクスウェルは自分の上にトランプをばら撒いてそれが全部地面に落ちる間に姿を消した。今回はずいぶんと助けられたな。それと彼女にも。あの時、彼女が
僕をパワーアップさせてくれなかったらナイフで胸を刺されていただろうし、4人の量産型サヤカを相手にするには体力的にも無理があった。礼を言いたいけど、
どういうわけか顔を見せてくれない。何か理由があるのだろうか。いまは考えるのは無しだ。疲れた。アスナ達を呼びに行って帰ろう。

「よく無傷で残ってたわね」
 運が良かったんだろうさ。僕の説明にアスナはとりあえず納得したようだ。で、アスナはこれからどうするんだろう。また僕のところに来るか?

「ううん、私は南米に戻るわ。向こうにもGOODの連中はいっぱいいるから」
 そうか、がんばってな。

「あんたもね。あ、それから南米のノーグッド連合から別の情報も預ってきてるんだけど」
 別の情報?

「なんでもGOODで最大の実力者とされる大幹部が近々日本に来るって」
 日本に? そうか、また厳しくなりそうだな。いつになったら終わるんだ? いい加減うんざりしているんだが。ところで、岩上さんはどうするんだろう。日
本のノーグッド連合は潰滅してしまっている。

「さっき彼女と話していたんですが、私も南米に行くことにしました。たとえたくさん仲間が殺されたとしてもGOODが存在するかぎり私たちの仲間がいなく
なることはありません。必ず復活させてみせます」
 そうですか。期待してますよ。そんじゃここらで別れますか。すると、アスナが驚いた顔で

「えっ? 一緒に帰らないの?」
 悪いが僕はまだここに用があるんだ。

「何よ、用って。私と一緒に帰るよりも大事なの?」
 僕だって久しぶりに会ったんだからもっとゆっくり君と喋りたかったよ。けど、頼むよ。

「……わかったわ」
 どうにかアスナを納得させた僕は二人を見送ると、量産型サヤカと戦った場所に向かった。そして、その辺に落ちている棒を拾って魔法でシャベルにすると、
それで地面に穴を掘り始めた。一つ穴を掘ってそれが終わると、その隣に同じように穴を掘る。そうして5つの穴を掘り終えた僕はその中に量産型サヤカの遺体
を入れて土をかぶせ埋めていった。その間、僕は昔のことを思い出していた。
 それは研究所で暮らしていた頃だった。ある時、僕を一番可愛がってくれた若い女性所員がこう言った。

「あなたの妹が造られることになったわよ」
 それまで兄と姉しかいなかった僕にとって妹ができることは大変な驚きかつ喜びだった。

「本当?」
「ええ、あなたもお兄ちゃんになるんだからしっかりしないとね。ちゃんと可愛がってあげるのよ」
 その一ヶ月後に研究所はGOODに襲撃された。完成間近だった妹もその時に破壊されたと諦めていた。だが、妹はGOODによってグッドスズカとして量産
されていた。そして、可愛がると約束した僕は妹たちをすべて惨殺した。そのうえ兄さんまでも。

「僕は弟としても兄…いや姉としても最低だ」
 だから、せめて墓を作って葬ろう。そんなに立派なのはできないが。5つの墓ができあがった頃にはもう日が西の彼方に沈もうとしていた。僕はバイクに乗っ
て家路に就いた。


 家に着いたのは日が暮れてからだった。玄関の前に伊東が立っていた。どうやらずっと待っていたらしい。僕を確認するとホッとしたような顔になった。だが、
そんな奴に僕は冷たく言い放つ。

「何の用だ?」
 歓迎されない事は向こうもわかっているだろう。

「用って、その、なんだ…」
 言ったはずだぞ。僕のことを忘れろと。それがお前のためだ。そう忠告すると、伊東はムッとした顔になった。

「……そんなの勝手に決めるなよ」
 そして、奴は僕に近寄るとあろうことかいきなり抱きついてきた。

「なっ!?」
 まさかの不意打ちに僕は動揺した。離せよ。誰かに見られたらどうすんだ。

「駄目だ。離さない。俺は口がそんなにうまくない。だから、お前が俺から離れて行くんならこうしてどこにも行かないようにするしかない」
 何をとち狂ってやがる。僕は必死に伊東から離れようともがくが、伊東はがしっと抱きしめて離さない。そうなると女の力では脱出は困難だ。

「何勝手な事を言ってるんだ。離せ!」
「勝手なのはお互い様だ。お前だって一方的に忘れろとか、さようならとかそんなの勝手すぎるだろ。だから、俺も勝手にさせてもらう。って、お前どうしたん
だ? その髪」
 今頃気付いたのかと、僕ははあっと溜息を吐くと伊東に説明してやった。

「言っただろ? 僕は人間じゃないって。だから髪が急に伸びたりするんだ」
 お前が好きになるべき対象じゃないんだよ僕は。たった半日で髪の毛が急に伸びるわけがない。普通の人間であれば。つまり、これは僕が人間でない事の何よ
りの証明となる。これで伊東も諦めるだろうと思いきや、意外と奴は頑固者だった。

「お前が何者だろうと関係ない。人間でなかったとしてもだ」
 馬鹿な奴、と思う。だが、悪い気はしない。こんなに想われているのだからと、つい決心が鈍りそうになる。けど、僕に普通の生活は許されない。僕には戦い
しか許されないのだ。僕はそのために造られた。何らかの形で研究所はドンノルマのことを知り、GOODの侵略を察知してサヤカシリーズの開発に踏み切った。
それを知ったGOODが研究所を襲撃したのだ。だから、僕は奴らと戦う義務もあるし、理由がどうあれ兄と妹を殺した僕が人間としての生活をするなんて、そ
んなの神様が許すわけがない。

「ごめん。お前の気持ちは嬉しいけど僕は行かなくちゃならないんだ。頼むからわかってくれ」
「それはお前が本当にそうしたいと思っているのか?」
「えっ?」
 そうだよ。言ったじゃないか。行かなくちゃいけないって。

「そうじゃない。お前が本当にどうしたいのか、お前の本当の気持ちを知りたいんだ。お前は本当に俺たちと別れたいのか?」
「そ、それは……」
 僕は言葉に窮した。そうだと言ってしまえばそれで終わるのに、どうしても言えない。そうしなきゃならないからそうするんだ。でも、本当はそんなことを望
んでいるわけじゃない。心の中で葛藤していると、ふと姉さんの言葉を思い出した。

「いい、伊丹、どうしたらいいか迷った時はどっちが正しいかとかじゃなくて自分の気持ちに素直になって行動しなさい。正しいことっていうのはね、自分が決
めるものなのよ。自分がしたいと思うこと、それがあなたの正しいことなんだから」
 自分が本当にしたいこと。自分の気持ちに素直になってみた僕は自然と伊東の背中に手をまわしていた。以前なら男と抱き合うにはまだ抵抗があった。だが、
本当の僕が何かとわかった時、そんな抵抗感も消え失せていた。だって、僕は…俺は……私は……。
 と、いい感じで次回予告と行きたいところだがそうはいかなかった。背後から視線を感じた僕は、ハッと我に返り後ろを振り返った。

「なっ!?」
 てっきり近所のおばさんか子供と思っていた僕は視線の主が意外な人物だったことにびっくりした。

「な、なんで?」
 視線の主は赤髪の量産型サヤカだった。そういや、こいつにだけトドメを刺してなかったな。よくよく思い出してみると、量産型サヤカは全部で六体いた。と
ころが、僕が埋葬した量産型サヤカは五体だった。何というミスだ。僕は伊東から手を離して身構えた。姉妹の敵討に来たことぐらい容易に想像できる。だが、
まずいことになった。僕は変身を解いている。きょとんとしている伊東の前で変身していいものなのか。とりあえず何しに来たか訊いてみよう。

「何の用だ?」
「ヤー。グッドスズカ4号はお姉さまの問いに答えます。グッドスズカ1号が死亡したことで4号に対する命令権者がいなくなりました。1号以外のグッドスズ
カには自律行動が許可されていません。よって、4号はお姉さまを新しい命令権者にするのが最適と判断しました」
 ようするにいくところがないから僕のところに来たと? たしかにポイボス・スピリットの性格からして彼女をそのまま組織に残すとは思えない。役立たずと
処刑してしまうだろう。だからといって姉妹の仇である僕のところに保護を求めるとはどういうことだ? まさか罠?

「どうして僕なんだ?」
「ヤー。グッドスズカ4号は再度お姉さまの問いに答えます。私たち量産型サヤカは誰かの指示で動くようにプログラムされていました。しかし、命令権者は誰
でもいいわけではなく、お姉さまたちか母上様でなければなりません。ですが、GOOD機関には該当者がいませんでした。そのため、機関は1号を命令権者に
してそのように改造しました。その1号が死亡したいまお姉さましか命令権者はいません」
 なるほどね。話は納得したけど、さてどうしたものか。いや、考えるまでもない。可愛い妹を無慈悲に追い返すなんて僕にはできない。それに、彼女はこの世
で残されたたった一人の肉親だ。たとえ神に祝福されない“許されない存在”だったとしても、僕らの命が許されざる物だとしても、僕たちは生きているのだか
ら。兄さんや他の妹とも本当は戦いたくなかった。いや、本当は誰とも命をかけて戦うなんてしたくなかった。だから、せめてこの妹だけは守ろう。

「わかったよ。君は今日からこの家の住人だ」
「ヤー。グッドスズカ4号はただいまの時点をもってお姉さまの家に住みます」
「えっ、ちょっとまって。誰だよ? この娘。妹?」
 それまできょとんとしていた伊東が割って入るように訊いてきたので説明してやる。

「そうだ、妹だ。名前は…そうだな。京香だ。君は今日から桜谷京香だ。いいね?」
「ヤー。グッドスズカ4号はただいまの時点を持って名を桜谷京香と改めます。よろしくお願いします。お姉さま、と…」
 京香はまだきょとんとしている伊東の方に顔を向けて、

「未来の義兄さま?」
 直後、即座に僕は否定の声をあげた。

「違う!!」
 顔が赤くなっているのが自分でもわかった。





次回予告
 深夜に響く悲鳴。人々を狼男に変えてしまう『ウルフ作戦』の実験の犠牲となった人の叫びだ。その恐怖の一部始終を見ていた少女・
美玖に迫るGOODの魔の手。ポイボス・スピリットがついにその本性を露わにする。守れ、幼き少女を。倒せ、悪の大幹部。変身! 
魔法少女BLUE『決戦、ポイボス・スピリットの死』お楽しみに。



 涼香と伊東が出て行った後、ルイは一人でテレビを見ていた。エリシアは隣で酔いつぶれて寝ているし、伊東の妹と奈緒は一緒に皿を洗っている。その奈緒が
ルイに紅茶を持ってきた。

「どうぞ」
「ありがとう」
 ルイは手に持ったカップに口をつけた。

「あなた、紅茶を淹れるのが上手ね」
「あ、ありがとうございます」
 涼香からルイが紅茶にうるさいと聞かされていた奈緒はホッとした顔を見せた。

「じゃ、私はまだ片付けがあるのでゆっくりしていてください」
 そう言って奈緒は台所にもどった。

「彼女の方がメイドとして上ね」
 かいがいしく働く奈緒にうちのメイドももっと厳しく躾けなければと紅茶を飲みながら考えていたルイは、ふと窓の方に気配を感じて目を向けた。

「猫?」
 塀の上に猫がいた。普通の猫でないことはニタニタと笑っていることから察しがつく。猫はルイが自分に気付くとまるで彼女を誘うかのようにどこかに移動し
た。

「妙な猫ね」
 気になったルイは猫の後を追いかけることにした。

「どこに行こうとしているのかしら」
 猫は時々止まってルイが追いかけるのを待ってまた移動するといったことを繰り返した。明らかにルイをどこかに導こうとしていた。そして、猫は公園までや
ってきた。どうやら公園がゴールらしい。

「こんなところに何があるっていうの?」
 と、公園に目を向けたルイは涼香が変身して伊東に銃を向けているのを発見した。

「いけない!」
 ルイは変身すると二人の間に割って入り、涼香の銃を剣で破壊した。

「あなた、誰?」
 涼香を睨みながらルイは問うた。姿は涼香だが、着ている魔法服は普段と全然違うし、何よりも彼女が展開している魔力フィールドは召喚術師のものだ。涼香
に化けている偽者とルイが間違えるのも無理はない。現に伊東に銃を向けていた。本物の涼香ならそんなことは絶対にしないはずだ。さらにそこへルイが想像も
しなかったことが起きた。さっきの猫が涼香の肩の上に乗って、尻尾から粒子化して涼香の口に入ったのである。直後、涼香がニヤッと笑ったと思うといきなり
大きな召喚魔法円を地面に出現させた。

「逃げて!」
 咄嗟にルイは伊東に叫んだ。召喚術師が召喚獣を呼びだす時に使う召喚魔法円はそれが大きければ大きいほど出現するモンスターの体格が大きいということで
ある。だが、逃げろと言われても事情がまったく理解できていない伊東の反応は鈍かった。そんな伊東の頬をルイが引っ叩いた。

「しっかりしなさい。何があったか知らないけどここは危険よ。あなたは早く逃げなさい」
「で、でも桜谷が…」
「あれは彼女ではないわ」
「いや、あれは…」
「いいから、ここは私に任せて。あなたがいても邪魔なだけよ」
 女に邪魔と言われて伊東はムッとなったが、ルイの言うとおりだともわかっていた。

「わ、わかったよ。でっも、あれは桜谷だ。間違いないよ」
「わかったわ。さ、早く」
 ルイに促されて伊東は公園から逃げていった。伊東が公園から出て行くのを確認すると、ルイは懐から白い球を取り出して地面に叩きつけた。

「法玉、凱仙陣!」
 地面に叩きつけられて砕けた法玉が周囲を結界で覆った。これで多少暴れても被害は無い。

「これで周りに気兼ねなく戦えるってわけね。相変わらず優しいわね、あなたは」
(相変わらず?)
 その言葉にルイは目の前の少女が自分を知っている人間だと判断したが、涼香でないことは話し方で確信した。

「もう一度訊くわ。あなた何者なの?」
「自分で確かめてみたら?」
 挑発的な涼香の物言いにルイは「そうさせてもらう」と剣を彼女に向けた。

「あなたの面の皮を剥がして正体を確かめさせてもらう」
「やれるものやってみなさいよ」
 涼香は召喚魔法円を指差した。

「我は命ずる。その姿を現し我との誓言を果たせ。出でよ、竜王ドラゴラム。その王の名に恥じぬ力を見せよ。召喚!」
 召喚魔法円が光り輝き、魔法円から巨大なドラゴンが姿を現した。竜王と異名をもつドラゴラムを召喚させるには相当の魔力を必要とする。召喚術師のレベル
の大小は、いかに多くの召喚獣を保有するかではなく、いかに強力な召喚獣を保有できるかで決まる。さらに召喚の際の詠唱に術者と召喚獣との間の力関係が現
れる。つまり、召喚獣を強力に指揮できないような未熟な召喚術師は「我は乞う」となり召喚獣を思うように動かせないが、「我は命ずる」と詠唱する召喚術師
は召喚獣をほぼ思い通りに動かせることができる。つぎに召喚獣との関係が一方的な場合は「我との誓言を」となるが、そうでない場合は「我との契約を」とな
る。モンスターの中でも上位にあるエグゼクティブモンスターのドラゴラムを召喚できるだけでも凄いのに、それを猿回しの猿みたいに動かせることができるの
だから、涼香はかなりレベルの高い召喚術師となる。

「ドラゴラム、フレアボルト!」
 涼香の指示でドラゴラムが口から火球を吐きだす。人間よりも大きな火球だが、ルイはそれを剣で払いのけた。ドラゴラムはさらに火球を吐き続け、ルイをそ
れをことごとく払いのけるが、ついに対処しきれなくなってシールドを展開することにした。

「protection!」
 火球がシールドで弾かれていく。ルイにとって相手がエグゼクティブモンスターだろうと倒す自信はある。だが、無傷でというわけにはいかない。かつて、大
蛇のエグゼクティブモンスターとの戦いで致命傷を負ったことがあるだけにルイは慎重だった。だが、戦い慣れしているルイは召喚獣は術者が倒されると消えて
しまうことも知っていた。召喚術師自体は戦闘のほとんどを召喚獣に依存しているためさほど強くは無い。ルイは火球を避けながら涼香に斬りかかった。

「やはり、そう来るわね。でも甘いわよ」
 あんたの考えていることはお見通しよとばかりの余裕顔を見せると、涼香は右手をルイに向けた。次の瞬間、彼女の右手に短機関銃が握られていてルイに一連
射を浴びせた。ベテランの召喚術師になると戦闘中は自分が弱点になることぐらい承知で、それなりに対策もなされているのだ。中には肉体言語で語る者もいる。

「!」
 予期せぬ攻撃にルイは銃弾をかわすことはできたものの、それによって隙が生じてしまいルイはドラゴラムの火球を避けることができなかった。まともに火球
をくらったルイは激しく炎上した。

「あらあら意外とあっけなかったわね。せっかく久しぶりに自分の体にもどったんだからもうちょっと楽しみたかったのに。つまんないの」
 目の前で人間が火だるまになっているのに、涼香はそのことは別に意に介さないようだ。だが、すぐにルイの冷静な声が返ってくるとさすがに驚いた顔になっ
た。

「それは悪かったわね」
「えっ!?」
 火球をまともにくらって火だるまになっているのに。だが、ルイを包んでいた炎は彼女の持つ剣に集まった。ルイが剣を振るうと炎は散らばって消えた。

「このカラドボルグをただの剣と見ない方がいいわよ」
「妖精が作ったとされる伝説の魔剣だっけ? 人間にもどったから弱くなったんじゃないかなって思ったんだけどそうでもないみたいね」
「私の事、何でも知っているようね。でも、私もあなたが誰かやっとわかったわ。あなたも相変わらずね、アヤカ」
 ため息まじりに言うルイに涼香=アヤカはフフッと笑って、

「久しぶりね。半世紀ぶりかしら?」
「ええ、まさかこの時代にあなたと再会するなんて思ってもいなかったわ」
「それはお互いさまよ。私だってあなたがこの娘の前に現れた時はびっくりしたもの」
「それで、あなたと彼女はどういう関係なの? さっき、自分の体って言ってたけど、それどういう意味なのかしら?」
「この娘は私の体のデータで造られたいわば私の分身ね。あれは、あなたと別れてしばらくしてからだった」
 当時、すでに純血の魔導師はほとんどいなくなっていて絶滅が危惧されていた。そこで純血の魔導師のコピーを開発することになり、アヤカ・ヴァンガードに
協力が要請された。だが、当時の技術ではとてもそれは不可能で、実験中の事故でアヤカは意識不明の植物状態になってしまい開発計画は一時中断を余儀なくさ
れた。その後、開発が再開されたものの出来上がった試作品は母体となったアヤカの魔導師資質は受け継いだが精神的に不安定だったり、感情がまったくなくて
自律行動ができないといった実用には耐えられないものばかりだった。そして、後に涼香となる3番目の試作である弐号が完成したが、これも周囲の人間を脅威
と判断して排除してしまおうとするような欠陥品だった。しかし、これ以上の失敗が許されない研究所は弐号を改良することにし、試行錯誤の末に弐号を男に性
転換させることで性格的・感情的な問題はクリアされた。その代償として魔導師資質は失われたものの、初めての完成品となりサヤカ・シリーズは量産化が決定
した。量産型は魔導師資質を残すために弐号のような改良はなされず、弐号をリーダーと認識させることで制御できるようにした。しかし、GOOD機関の襲撃
で計画は未完に終わってしまった。ちなみに、アヤカは事故の際に精神を肉体から脱出させて猫に姿を変えることで生き永らえることができた。

「そう、それでわかったわ。どうして、彼女がペンタザードの魔導師になれたのか。そういうことだったのね」
 ペンタザードの魔導師とは一千年に一度現れると言う伝説の魔導師で、生まれついての魔導師である純血の魔導師しかなることができないとされてきた。それ
が、前年に後天的に魔導師となった涼香がペンタザードの魔導師に覚醒したからルイは疑問に感じていたのだ。しかし、涼香の身体がアヤカと一緒なら疑問は解
決する。アヤカはルイが出あってきた魔導師の中でも特に強い魔導師だったからだ。

「それでどうするの? そのままでいるの?」
 そうなると、涼香という存在は無くなったも同然となる。

「それもいいけど、やっぱやめておくわ。だって、この娘には悲惨な結末が待っているもの。私がこの体を乗っ取ったらその運命が私に降りかかることになるか
らね。そんなのごめんだわ」
「悲惨な結末?」
「小説ってバッドエンドが基本らしいよ。でも、安心して。死にはしないから。ただ、永遠に苦しむことになるかもしれないわね。彼女のように」
 どういうわけか、先のことまで知っているアヤカにルイは疑問をぶつけずにはいられなかった。

「ちょっと訊いていいかしら?」
「なに?」
「どうしてそんなこと知っているの?」
「ピエール=シモンに聞いたのよ」
 長靴を履いた猫紳士の名を聞いてルイは納得した。しかし、気になるのは彼女のようになるってことだ。たしかに彼女と同じ運命を辿るとなれば、涼香は永遠
という名の地獄を味わうことになる。

「で、彼女がいまどこにいるか知らない?」
 その彼女が行方不明になっていることはルイもピエール=シモンから聞いていた。

「彼女ならGOOD機関にいるわよ」
「そう、やっぱり彼らに捕まったのね」
 それはルイも予測していたことだ。だが、

「それはどうかしら」
「どういうこと?」
「さあね。それより自分の事心配したら? あなた、死んじゃうんだから」
 話をそらすためだろうか、アヤカはさらっと不吉な事を本人に言った。虚を突かれたルイは一瞬目を見開くもすぐに平静を取り戻した。

「そんなのとっくに知っていたわよ」
 ルイは夜空を見上げた。

「だって、北斗七星の脇に輝く星がはっきり見えているもの。輔星、またの名を……」
 途中で言葉を切ったルイは小さく溜息を吐いた。そんなルイにアヤカは肩をすくめた。

「自分が死ぬっていうのに落ち着いているのね。覚悟はできてるってやつ?」
「私は本当ならとうに死んでいる人間よ。あなたやあなたの娘とも一緒の時代を生きられるはずもない昔の人間なの。今更、生に執着はないわ」
「そう、別にいいわ。私には関係ないから。さようなら、もう会うこともないかもしれないけど元気でね」
 そう言うと、アヤカの口から先ほどの光の粒子が出てきて、それが猫になると尻尾から夜の闇に消えて行った。最後にあのニヤニヤ笑いを残して。涼香が意識
を取り戻したのはそれからしばらくしてからだった。





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