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 それはある夜の出来事だった。とある化学研究所の黒田という所長が自宅に帰ると、小学生の娘がCDケースを持って父親に一緒に聞こうとせがんできた。
妻によると、昼間に買い物に行った際にお父さんと一緒に聞いてくださいねと渡されたという。見知らぬ人間だったため妻は気味が悪いと思い受け取らない
つもりでいたが、娘がケースに可愛らしい絵が描かれていることを気にいって受け取ってしまったのだ。

「ねえ、お父さん一緒に聞いて。ねえ、いいでしょう?」
 普段から娘に大変甘い父親だから娘にこんな風にせがまれると駄目とは言わない。父親から承諾を得た娘は大喜びでCDをプレーヤーにセットした。

「こんなに可愛いケースなんですもの。きっと可愛い曲が入っているんだわ」
 期待を込めて再生ボタンを押す。だが、流れてきた曲は可愛いとは程遠いものだった。

「ホゲー!」
 それはこの世のものとは思えない歌だった。ひどいというレベルではなく、例えるならそう死の呪文を唱えられたような感じだ。

「な、なんなんだこの歌は!?」
「お父さん、耳が痛いよぉ」
「は、早く歌を止めるんだ!」
 だが、耳から頭に流れてくる歌が激しい頭痛を引き起こし、3人とも床にのたうち回ってプレーヤーの停止ボタンを押すどころではなかった。この恐るべ
き歌は窓ガラスを破砕し、壁にヒビを生じさせるほどの破壊力があり黒田家の3人は脳細胞を完全に破壊されてしまった。再生が終わって静けさを取り戻し
た黒田家には数分前までは幸せだった家族の無残な死体しかなかった。

 翌朝、一家3人が謎の死を遂げるというニュースが全国に流れた。3人とも脳の細胞が完全に死滅していたのだが、何が原因でそうなったかはまるでわか
らなかった。新種の病原菌という説も出たが、決め手となるものはまだ出なかった。
 とある空き地。近くには民家など人の気配がするものは一切無い空き地の横に置かれた土管の上で一体の怪物が上機嫌でいた。

「どうだ、俺様の歌は。人間どもが死ぬほど感動する歌だったろ?」
 この怪物はGOOD機関の強化改造兵士テントウムシジャイアンで、昨夜の歌はこの怪人が歌ったものだった。自称、天才歌手の怪人は配下の工作戦闘員
たちによく歌を披露していたのだが、それは彼らにとって地獄以上の責め苦だった。上機嫌に歌の自慢をする上司の話を工作戦闘員たちは俯きながら聞いて
いた。そこへ、小さな箱が運ばれてきてテントウムシジャイアンが箱を開けると考える人が出てきた。GOODの指令人形だ。

「テントウムシジャイアンよ。総司令からの命令を伝える」
「はっ、総司令」
 テントウムシジャイアンは土管から降りると土管の上に考える人を置いた。

「昨夜の実験は成功した。ただちに『殺人音波作戦』を開始せよ。我がGOODの邪魔となりうる政治家や学者、実業家などをお前の歌声で抹殺するのだ。
その昔、暴力による恐怖で子供たちを支配し、その歌声で近隣住民に多大な苦痛を与えたガキ大将の化身テントウムシジャイアンよ。吉報を期待しているぞ」
 命令を伝えると考える人は機密保持のために爆発した。

「皆、総司令からの命令は聞いたな? いよいよ俺様の歌が日の目を見るときが来たんだ。いいな、お前らヘマなんかしやがったらぶん殴るからな!」
 拳を握りしめて怒鳴る上司に部下たちは首をすごい速さで縦に振った。それに満足した怪人は再び土管の上に飛び乗った。その手にはマイクが握られてい
て部下たちを顔面蒼白にさせた。

「よーし、景気づけに一曲披露してやるぜ」
 部下たちにとって恐怖の時間が始まった。身体を改造されている彼らにとっても、この上司の歌は命の危険すら感じさせるものだった。事実、これまでに
何人もの工作戦闘員が再生工場に運ばれているのだ。しかも、その中で何人かが再生不可能として廃棄処分にされている。

「そんじゃいくぜ! 俺は・・・」
 公害としか思えない歌声を工作戦闘員たちはグッと堪えて聞いた。耳を塞ぎたくてもできない。ただ、正座して耐えるのみである。上機嫌で歌う上司に気
付かれないように、一人の工作戦闘員が隣の同僚に尋ねた。

「なあ、前から不思議に思っていたんだが、テントウムシジャイアンはなんであのすさまじい歌にケロッとしていられるんだろう」
「なに言ってんだ。フグが自分の毒で死ぬか?」
 だが、フグの毒は自分に危害を加える者以外には無害だ。しかし、テントウムシジャイアンの歌の毒は有害以外の何物でもなかった。そして、今日最初の
犠牲者が出た。今回聞いた分だけでなく、それまでの積み重ねもあったのだろう。その工作戦闘員はバタンと倒れてしまった。歌が続いている間は誰も助け
ることができず放置したままとなる。部下の災厄などお構いなしに歌い続けるテントウムシジャイアン。だが、歌は突然現れた闖入者によって中断させられ
た。

「誰だ、俺様の歌を邪魔しやがるのは!」
 憤怒の表情を見せるテントウムシジャイアンだが、闖入者はまったく動じた様子を見せず逆にテントウムシジャイアンを叱責した。

「馬鹿者、お前は遊んでいられる立場ではないだろう。すぐに作戦を遂行するんだ」
「なんだとっ! お前は誰だ!?」
「私が誰であろうとそんなことはどうでもいい。お前は自分の任務を果たすことだけを考えろ」
「ふん、言われなくてもやってやる。見てろ」
「ほう、自信があるのは結構だが、魔導師に邪魔されないように気をつけるんだな」
「魔導師だと?」
「そうだ。奴らに気付かれたら厄介だ。くれぐれも慎重にな」
 闖入者は忠告したが、テントウムシジャイアンの辞書に慎重という文字は無い。

「魔導師など俺が真っ先にギッタギタにしてやる」
「待て、まずは作戦の遂行を第一に考えるんだ。魔導師はその後でいい」
「後だろうと先だろうとやるのは一緒だ。先に片づけた方が後々楽でいいだろうが」
 テントウムシジャイアンはそう吐き捨てると、部下たちを連れて去って行った。闖入者はテントウムシジャイアンを制止しようと手を伸ばすが、途中で気
が変わったのかそのまま一行を黙って見送った。そこに総司令からの無線が入った。

「ポイボス・スピリットよ、なぜテントウムシジャイアンを止めない? お前にはそれだけの権限を与えてある」
「お言葉ですが総司令、私が見たところテントウムシジャイアンには物事を冷静に判断する能力に欠けています。奴には緻密な作戦行動は不可能と思われま
すが」
「……わかった。君の判断を信じよう」
 無線が切れた。ポイボス・スピリットは無線を仕舞うと呆れ気味に呟いた。

「あの馬鹿、魔導師の顔も知らないで行きやがった」







ドンノルマの使者第2話
テントウムシジャイアン、地獄のリサイタル

作:大原野山城守武里




 僕の家に居候している外国人二人はほとんど外に出ない。二人とも学校に行かないし、買い物にも行かない。一緒に遊びに行く友達もいない。だから、時
々僕は二人を遊びに連れていくことにしている。今日はカラオケだ。
 で、僕はいまマイクを握って熱唱している最中なのだが、どうしたわけか歌っているのは僕一人だけなのだ。なぜ、歌わないのかと尋ねると金髪の少女ル
イは一言、

「面倒くさい」
 と身も蓋もないことを言ってきた。歌を否定したらカラオケに来ている意味が無いだろ。

「そんなことないわよ。聞いているだけでも楽しめるから」
 いや、それなら家でプレーヤーで聞いてるのと同じだ。まあ、ルイはこの時代の歌に疎いから歌いにくいだろうけどさ。ならばと、もう一人の居候外国人
のエリシアにマイクを向けると、こっちはこっちで口と手がふさがっていた。

「さっきから喰ってばっかいるけど、ここは喫茶店じゃないんだぞ」
 そう注意してもエリシアは喰うのを止めようとしない。まあ、極貧の幼少時代の反動なんだろうけどさ。カラオケにしたのは失敗だったかな。これじゃあ、
僕の歌謡ショーじゃないか。朝からずっと歌いっぱなしで正直疲れた。ちょっと休もう。椅子に座ってエリシアからメニューを取り上げる。ちょっと小腹が
すいたから何か食べる物でも注文するか。この間、この部屋からは歌声が響かなくなる。誰でもいいから歌えよ。再び、ルイにマイクを振る。

「家来のくせに歌を強要するなんて生意気ね」
 一蹴された。居候のくせに生意気だぞって心の中で叫びながら今度はエリシアに振ってみた。

「私、日本語よくわかんない」
 嘘つけ。流暢に喋っているじゃないか。二人ともどうしても歌う気は無いようだ。いいよ、もう。軽く何か食べたら帰ろう。そう言うとルイが意外そうに、

「あら、もう帰るの?」
 だって、面白くないんだろ?

「私は楽しいわよ。あなたの歌は素人にしてはまあまあだし」
 僕が馬鹿馬鹿しくなったんだよ。初陣の女が戦艦を何隻もいともたやすく沈めたのを目撃して懲罰覚悟で後ろに下がった護衛役の古参下士官みたいにな。
ろくに訓練も積んでいない年少兵がベテラン顔負けの活躍をすることに対しての年長兵の複雑な思いは9年後のオウギュスト・ギダンの「そんなに俺たち大
人が役立たずか」というセリフにも表れている。とにかく、食べたら帰るからな。君らも何か食べたいなら一緒に注文するから早く言って。

「私はこれにするわ」
「じゃ、私はこれ」
 3人分の注文を店側に伝えると、僕はそれらが運ばれてくるまでの間にトイレに行っておくことにした。女になりたての頃は、間違って紳士用に行きかけ
たこともあったが、いまは自然と淑女用に足が行くようになった。そして、用事を済ませてトイレを出ようとすると、後輩の女の子に出くわした。前回、伊
東が入院していた病院であった娘だ。

「あ、桜谷先輩……」
 なんか知らんが驚いているようだ。まずい人に会っちゃったみたいな感じの。

「誰かと来ているの?」
 僕としては気軽に話しかけたつもりで、友達と来ているという返事が返ってくると思っていたが、実際返ってきたのは思わず「えっ?」となるようなもの
だった。

「いえ、なんでもありません」
 いやいや、それはヤンキーに「なんか文句あんのか!?」と凄まれた時の返しの言葉だよ。そんなに怖がられるようなこと僕言ったかな?

「いえ、そんなことは……」
 だったら、そんな極度に緊張した態度しないでよ。いつも学校で気軽に会話してるじゃないか。と、そこへ僕らが入っている部屋の3個隣の部屋から伊東
が出てきた。

「なんだ、お前も来てたのか」
 このカラオケボックスってそんなにうちの高校に人気があるのか。って、なんだよその驚いた顔は? 僕がここに来てたら悪いか?

「い、いや、そんなことは……」
 何、目を泳がしてんだよ。どうも、おかしい。で、お前は誰と来てんだ? まさか、一人で歌の練習をしてたという寂しいことをぬかすんじゃないだろう
な。小学生の妹と来てるという答えもあまり聞きたくないぞ。

「誰が妹をつれて来るか」
 じゃ、一人?

「んなわけねーだろ」
 じゃ、友達と?

「まあ…そんなところだな」
 誰? 家の池に鯉を飼っていて赤いヘルメットでバイクに乗っている野々村謙二郎か?

「違うよ」
 じゃ、誰?

「それはだな……」
 と伊東は後輩の女子に視線を向けた。まさか、彼女と? 伊東は肯定も否定もしないが態度でわかる。

「……」
 なんだろ、この複雑な気分は。 別に伊東が彼女とカラオケに来てても僕には関係の無いことなのに。って、なんで彼女も伊東も僕に誰と来ているかを隠
す必要があるんだ? そんなことするからこんな気まずい空気になるんじゃないか。まるで蛇と蛙と蛞蝓みたいに3人とも身動きできずにいるとエリシアが
部屋から出てきた。多分、僕が帰ってこないので様子を見に来たんだろう。エリシアは僕を発見すると、

「ねえ、注文したのとっくに来てる……よ」
 声をかけてきたが、流石に3人の間の微妙な空気が流れているのに気づいたらしい。僕に近づいてきて、

「どうしたの?」
 そして、伊東と後輩の女子を向いて「誰?」と。それは向こう側も同様みたいだ。僕はエリシアに伊東と後輩の女子を紹介した後に、二人にエリシアを紹
介した。

「彼女は僕の家に居候しているエリシア・ソンム・アイケンハザードだ。それと、もう一人いるんだけど紹介はまたの機会にしよう」
 銀髪の美少女というのは二人に強い印象を与えたようだ。伊東は顔が呆けているし、後輩の女子はなんか落ち込んでいるというか暗い顔になっている。そ
して彼女は伊東の腕を引っ張って自分たちの部屋に戻った。なんか機嫌を損ねたようだけど、気に障るようなこと言ったかな? エリシアと顔を見合わせた
が、お互い肩を竦めるしかなかった。まあ、いいさ。部屋に戻って注文したたこ焼きを食べよう。と、思ったらソースと青ノリと鰹節だけが付着している皿
が置いてあるだけだった。テーブルの上には他にルイが注文した鈴カステラとエリシアが注文したたい焼きが置いてある。で、僕が注文したたこ焼きは皿だ
けが置いてある。僕はずっと外にいて一口も食べてない。誰が喰ったんだ? って犯人捜しをするまでもない。ルイが最後の1個を口に運ぶ寸前だった。

「待て、何喰ってんだ?」
「あなたが注文した奴でしょ。名前は知らないわ」
 何を食べているのかを訊いてるんじゃない。他人の物をその本人の前で素知らぬ顔で喰っている理由を訊いてんだよ。

「そこにあるからよ。なかなか面白い食べ物ね。東洋の神秘ってところかしら?」
 何が神秘だ。そこにあるからという理由で食べていいんだったら、君の鈴カステラを僕が喰っていいという道理になるぞ。と、鈴カステラに手を伸ばした
らピシャリと叩かれた。

「家来が主人の食べ物をつまんでいいと思ってるの? 少しは弁えなさい」
 それはこっちの台詞だ。どこの世界に、居候で給料も出さないご主人様がいるんだよ。

「あら、ここにいるじゃない」
「……」
 呆れて何も言う気になれない僕を尻目にルイは最後のたこ焼きを口に運び、残った鈴カステラもそれに続いた。エリシアもたい焼きを平らげたので帰るこ
とにした。僕は歌っただけ、ルイとエリシアは食べただけに終わった初カラオケだった。実は僕も初めてだったから、少しわくわくしていたのだが。カウン
ターにお勘定を告げて部屋を出ると、またもや伊東たちと鉢合わせになった。なんだ、向こうも帰るところだったのか。それにしても、どうしたわけか二人
はあまり楽しくなさそうな感じだった。何となく気まずくなる。

「誰?」
 気まずい空気を察したのかルイが訊いてきた。僕はルイに伊東たちを紹介した。

「僕が通っている学校の同級生と後輩」
 次に伊東たちにルイを紹介する。

「さっき言ってたもう一人の居候のルイ・バルト・アランブルックだ」
 エリシアもそうだったが、向こうが頭を下げてもルイは頭を下げない。どうやら尊大な態度は誰にでもらしい。だが、黙っていれば少なくとも僕がこれま
でに出会った(といっても6年いや7年ぐらいだが)どの女の子よりも可愛いのは確かで、この美少女を生み出した母と父はどんな人だろうと尊顔を拝みた
くなる。昔から言うだろ? 親の顔が見たいって(いろんな意味で)。さらに、エリシアもそれに匹敵する美貌の持ち主で、ここに来るまでに周囲の注目を
集めていたのは決して気のせいではないだろう。現に伊東は完全に魅了されてるようだ。反面、後輩の女子はちょっと不機嫌そう。伊東がルイとエリシアに
鼻の下をのばしているのが面白くないのかも。これ以上、二人の邪魔をしては悪いと思った僕はさっさと退散することにした。それを制止したのは他ならぬ
彼女だった。

「あの、一緒に帰りませんか?」
 それは恐らく僕に向けられた言葉だったはずで、当然それに返す言葉は僕の口から発せられて然るべきだろう。ところが、僕よりも先にルイが言ってしま
った。

「好きになさい」
 まあ、別に僕としても嫌という理由は無いけどさ。ただ、後輩の女子が一緒に帰ろうと発言した真意が気になる。だって、僕と会った時の様子からしてな
ぜだかわからないが僕を避けているようだったからだ。さらに、不可解なのは店を出た後の僕らの隊列だ。先頭に伊東、二番手にルイとエリシア、最後尾に
僕と彼女。なんか僕に話があるらしいのだが、言いにくい事らしくなかなか口に出そうとしない。別に言いたくないのなら言わなくてもいいと思う。しかし、
彼女からしたらどうしても話さなくてはならないらしい。勇気を振り絞って口を開いた。そんな大層なことか。

「今日はすみませんでした……」
 何の事? まったく意味がわからない。

「いや、別に気にしてないよ」
 とりあえずそう言っておいた。すると、彼女は「えっ?」と少し驚いたような顔をした。

「だから、気にしてないから」
 気にするもなにも何のことかわからないのだが。

「だから、君も気にすることなんか無いんだよ」
 僕としては彼女を元気づけるつもりだったんだが、逆の効果しかなかったようだ。

「桜谷先輩って寛容な人なんですね」
 それは自分でも思う。

「私、先輩と何回かお会いしたことありますけど、先輩って怒ったこと無いですよね?」
 そうだね。さんざん理不尽な目に遭ってきたから、ちょっとのことでは怒らない寛容さを身につけたのさ。怒髪、天を衝くという感じになったのは知り合
いの女の子をジュエルモンスターに惨殺された時ぐらいか。

「美人でスタイルも良くて優しくて、私なんか足下にも及ばない」
 そんなに自嘲するもんじゃないと思うけどな。この娘だって十分可愛いし。スタイルは並程度だが、あんましスタイルが良くても自慢にはならないぞ。僕
なんか、スタイルが良すぎてルイやエリシアの妬みを買っているんだから。あの二人も並以上のスタイルの持ち主なんだが、僕はそれ以上なのだ。だから、
腹いせに僕をメイドに陥れているんだと思う。

「僕と君にそんなに差があるとは思えないな。人生経験は君の方があるんだし」
「えっ、どういうことですか?」
「深い意味は無い。とにかく、そんなに自分を卑下する必要はないってことさ」
「……それは余裕からですか?」
 余裕? まずい、話がかみ合わない。彼女は一体何を言っているんだろう。話を整理してみる。彼女は僕にすまないと言った。すまないとは謝罪の言葉。
だが、僕には彼女に謝罪される覚えは無い。だって、カラオケで偶然会っただけだ。肩がぶつかったわけでもあるまいし、会っただけで怒るようなややこし
い輩ではないよ僕は。他に変わったことといえば、伊東と一緒だったことぐらいか。それだって、僕がどうこういう問題ではない。ただ、なんとなく違和感
みたいなものを感じたぐらいなものだ。違和感というかなんというか、伊東が彼女と二人でカラオケに来ていたということに割り切れない思いがあった。待
て、もしかして、

「なあ、カラオケにはあいつから誘ったのか?」
 彼女はあわてて否定した。

「いえ、私からお誘いしたんです。すみませんでした」
 声のトーンをあげて体を直角ぐらいにまで曲げて頭を深々と下げる彼女に前方を歩いていた3人が一斉に振り向く。何でもないと言って3人に先に行くよ
う促す。伊東はこっちが気になるようだったが、ルイに促されて渋々歩き出した。気になるのも仕方ない。奴は僕以外の女の子とデートしたことに負い目を
感じているのだ。そして、彼女は伊東をデートに誘ったことに負い目を感じていた。僕は全然その気はなかったが、周囲では僕と伊東は付き合ってることに
なっている。彼女もそのことは知っている。それなのに、彼女は伊東を寝取ろうとし、伊東はホイホイとそれについていったということだな。チラッとこち
らを振りかえる伊東に非難の眼差しを向ける。たいしたモテ男ぶりじゃねえか。いつからそんなキャラになったんだ。僕と彼女の二股をかけるなんてな。別
にいいよ。彼女に乗り換えてもさ。

「あ、あの……」
 僕の目つきが厳しくなっているのに気付いた彼女が恐る恐る話かける。

「あ、ごめん」
 別に怒ってたわけじゃないよ。どうやら彼女は伊東が好きなようだ。伊東ものこのことデートに誘われていることから満更でもないようだ。別にそれはい
い。僕には関係ない。ないはずなんだけど、なんだろうこの苛立ちは。伊東が浮気したことか? 違う、僕は奴と付き合ったつもりはない。

「さっきも言ったように君は何も気にすることはないよ」
 伊東も自分を好きになってくれる女の子の方がいいだろう。なんか無理矢理自分に納得させている感があるが気のせいだろう。それこそ気にしてもしょう
がないことだ。彼女が伊東が好きなことも、伊東が彼女に乗り換えたこともな。だが、彼女には気にするなという言葉は「あんたがどんなに足掻いても彼の
心は私から離れないわよ。せいぜい無駄な努力をすることね」という風に聞こえたみたいだ。自分よりも美人でスタイルもいい先輩に対する劣等感が必要以
上に自分を卑下する結果になっているのだろう。言っておくけど、伊東の身分で僕やルイたちみたいな美少女と付き合うなんて神をも恐れぬ所業だよ。彼女
と付き合った方が身分相応って奴さ。いや、彼女でも奴には高嶺の花だ。その彼女から好意を持たれているのだから伊東はありがたいと思うべきだろう。し
かし、伊東が彼女に乗り換えたとしたら僕の立場はどうなるんだ? 伊東に振られたことになってしまうのか。冗談じゃない。こっちから振るならともかく
も、僕が振られるなんて。まだ、付き合いもしてないのに。じゃ、伊東が彼女とよろしくしていても別に構わないのでは? だが、周囲は僕と伊東が付き合
っていると認識している。つまり、僕の主観はどうあれ彼女と伊東が付き合うということは、周囲からは彼女に寝取られたあるいは伊東に捨てられたと見ら
れるということになる。こっちから振ってやれば事は済むのだが、付き合った認識も無いのに振るのは無理だ。では、どうすればいい?

(魔法が使えたら……)
 魔法で彼女に伊東を好きにならないように催眠をかけたら済む話だが、いまの僕は魔法が使えない。前を歩いている二人はいまでも魔法が使える(こっち
の方が本家だ)が、頼んでも多分やってくれないだろう。自力で解決するしかないが、一体どうすればいいんだ? てか、なんで僕が奴のためにこんなに悩
まなくちゃならないんだ。その元凶たる男はさっきからそわそわしている。この重い空気(プレッシャー)を背後から感じているのだろう。やがて、プレッ
シャーに耐えられなくなったのか、伊東はこちらを振り向いて言った。

「なあ、これからボーリングでも行かね?」
 伊東からしたら場を楽しくしようと思ってのことだろう。だがな、と奴にきつい一瞥をくれてやる。空気を読め、馬鹿。僕の視線の意味を理解したのか伊
東はそれ以上は何も言わずにそそくさと歩いた。その後姿に僕はかつての自分を思い出した。女になる前の、7年間の人生の中でもっとも平穏だった中学3年
の頃だった。僕にすごく言い寄って来た女の子がいて、その誘いを断りきれなくてついデートしてしまった。そこをあいつに見つかってしまったのだ。あの
時の僕も後ろを歩くあいつの視線にプレッシャーを感じて暑くもないのに汗をかいた覚えがある。あいつと同じ位置に立っているのか僕は。そう思うと、ふ
と笑みがこぼれる。僕もすっかり女の子だな。あの後、僕はあいつの機嫌を取るのにえらい苦労を強いられた記憶がある。あの時は大変だったけど、いまは
いい思い出だ。そして、あいつも思い出になってしまった。思い出か。思い出はやっぱり楽しいのが一番だな。だったら、このまま気まずい空気のまま別れ
るのはよろしくないだろう。そう考え直した僕は伊東の案に乗っかることにした。

「ボウリングか。いいね」
「いっ?」
 伊東が驚いた顔で振り返る。

「せっかく外出したんだから、もう少し遊んでもいいだろ。ルイもエリシアもボウリングは初めてだろうし良い機会だ。君はどうする?」
 と後輩の彼女に振る。彼女にも異論は無かった。

「わ、私も行きます」
 だろうね。ルイもエリシアも行くのに賛成した。伊東は僕の心変わりに少し唖然としていたが、すぐに我に返った。

「じゃあ、いまからラウンドイチでも行くか。あそこならいろいろあるからさ」
 どこでもいいよ。その代わり、費用は全部お前持ちな。

「割り勘じゃないの?」
 不服か? その言葉は伊東にとっては砂漠の王国を乗っ取ろうとした王下七武海が自分の正体を明かした時の部下たちの反応に発した時と同じくらいの威
圧感だったようだ。

「不服ではないけどさ」
 伊東もなぜ自分が全員分を奢らされるか理解しているようで渋々痛い出費を了承した。まあ、お互い浮気の代償は高くつくってことだな。って、僕と伊東
は付き合ってないちゅうに。現に手を繋いで歩いたこともない。無論、キスも無ければそれ以上のことも一切無い。男で僕の体に如何わしい行為をしたのは、
一度だけ伊東の家に行った時に会った奴の妹と同じくらいの年齢の従弟だけだ。近づいてきてニターッとしたと思ったら、いきなり「はい、タッチ」と人の
胸を鷲掴みにしやがったのだ。子供だと思って油断しすぎてしまった。思い出したら腹が立ってきた。奴にはさらに全員分のジュースを奢らせることにしよ
う。
 実のところ、僕もそんなにボウリングは嗜んでいない。だから、一投目がガターでもしょうのないことなのだ。伊東と彼女は僕よりは嗜みがあるようで、
伊東はスペアを出し彼女は8本を倒した。その次はルイの番だが、ルイはボールも持たずにレーンの前に立つと、ピンが置いてあるところを指差してボソボ
ソと何かを呟いた。その意図に気付いて止めようとした時にはすでに時遅く、10本のピンはボールが当たったわけでもないのに音を立てて全部倒れた。当
然、騒ぎになる。僕はルイのところに行って小声で咎めた。

「なにやってんだよ」
「なにって、あのピンを全部倒せばいいんでしょ?」
 ボールを当てて倒すんだよ。まわりを見てみろ。皆、ボールを転がしてピンを倒しているだろうが。

「面倒くさいのね」
 それがルールだからね。幸い、ひとりでにピンが倒れたのは単なる偶然として処理された。ボウリング場側の好意で仕切り直しとなり、ルイは今度こそボ
ールを持ってレーンの上を転がした。そこまではよかったのだが、ボールがガターに落ちそうになるとルイはまたもや魔法を使ってボールの軌道を変えた。
ボールは見事にピンを全部倒したが、その有り得ない軌道に伊東たちは唖然としていた。僕がどうフォローしようか頭を悩ませているところに、エリシアま
でもがルイに倣って魔法を使ってボールの軌道を変えたりしたからもうお手上げとなりそのままラストまで行った。予定ではこの後何ゲームかするつもりだ
ったが、不慮の事態により1ゲームだけとなってしまった。

「もう終わり?」
 ルイは物足りなさそうな顔をするが、誰のせいだと思っているんだ。初心者と紹介した娘がすべてのフレームでストライクを出したという事実に伊東と彼
女が唖然としていることを何とも思っていないのだろうか。魔法使いだってばれちゃうだろ。

「あら、私は別に構わないわよ」
 僕が構うんだよ。幸いなことに伊東たちは魔法のことに気付いてないようだが、これ以上ゲームを続けるのは避けた方がいいだろう。さすがに、2ゲーム
目も3ゲーム目もストライクを出し続けると伊東たちも変だと思うに違いない。断じて自分のスコアが目も当てられないものだったからじゃないよ。
 僕たちはその場で解散した。別れ際に彼女が僕に他には聞こえない音量で「私、負けませんから」と言ってきたが、僕は笑ってごまかした。好きにすりゃ
いいさ。彼女には頑張ってもらいたい。だって、人間を好きになるのはやっぱり人間でなくちゃ。
 それはさておき、このまま僕たちは家に帰って各々の時間を過ごすはずであった。しかし、僕たちが平穏という言葉とは無縁の存在であることを思い出さ
せてくれる出来事が帰路で起きてしまった。横からよろよろと女の人が出てきて倒れたのだ。とりあえず駆け寄って抱き起こすが、もう女の人は虫の息だっ
た。

「どうしました?」
「う…うた……」
 うた? 歌か? 歌がどうしたんだろう。その先を訊きたかったが、女性は力尽きたようでガクッとなった。

「救急車でも呼ぶ?」
「いや、待て」
 携帯電話を取りだしたエリシアを制止すると、僕は女性の脈を調べた。脈なし。

「医者よりも坊主だな。こりゃ」
 いや、葬式屋に連絡した方が良いかな。ってか、警察だろ。こういう場合。だが、警察から事情を訊かれるのは面倒だから僕は周りを見回して誰も見てい
ないのを確認すると遺体をその人が出てきた家に運んだ。その家は他に誰もいないのかやけに静かだった。気になって家の中に入ってみると、居間で居住者
と思しき男女数人が倒れていた。全員の脈を診て死亡を判断したが、死因はなんだろう。見たところ外傷は無いみたいだけど。変な臭いもしないからガスで
もない。食中毒かな? テーブルの上には食べかけの蕨餅があったけど、それが原因だろうか……って何やってんだ。

「えっ?」
 とエリシアが口をもごもごしながら振り向く。その手には蕨餅のパッケージがあった。おめえはどんだけ卑しいんだ。喰わしてない子供みたいによ。

「でも、おいしいよ。はい」
 なにがはい、だ。僕はエリシアに差し出された蕨餅を拒否した。エリシアはルイにも「はい」と蕨餅を差し出した。

「いただくわ」
 ルイは蕨餅を串で刺して口に運んだ。

「あら、おいし」
 死体が側にあるっていうのによく物が喰えたもんだな。にしても、この人はなんで死んだんだ? そういや、さっきの人は歌って言ってたけど、あそこに
あるプレーヤーが関係あるのか? 僕はプレーヤーを調べようとしたが、その前に何かの気配を感じた。

「隠れろ、誰か来る」
 僕らはそれぞれの場所に隠れた。どうしよう。見つかったら不法侵入だけでなく殺人の疑いもかけられてしまう。だが、入ってきたのは僕ら以上に不審な
人物だった。そいつはプレーヤーからCDを取り出すと、無線でどこかへ連絡をした。

「こちらTG25、CDを回収した。これよりアジトに戻る」
 そうか、こいつGOOD機関だな。東西両大国が日本を壊滅させるために水面下で手を結んだ…じゃなくて異世界から来た侵略者の集団だ。僕はそいつが
無線を切ると、左腕のデバイスアームをネットハンドに換装してネットを射出した。不意を突かれた男はネットに絡め取られた。

「な、なんだ?」
 ジタバタする男を取り押さえて僕は男を尋問した。

「このCDはなんだ? 何を企んでいる」
「知らん、何も知らん」
 んなわけねーだろ。僕は何度も問い詰めたが、男は知らぬ存ぜぬの一点張り。となれば方法はあれしかないな。

「五寸釘と百目ロウソク無いかな?」
「何すんの?」
 エリシアの質問に答える。

「日本で最も効果がある相手に強制的に自白させる手段の一つに使うんだよ」
 それには縄もいるな。だが、一般家庭に五寸釘があるとは思えない。あったら逆に怖い。なので、却下。

「なら、水滴はどうかしら?」
 これはルイの提案だが、それは時間がかかりすぎる。

「じゃ、コウノトリは?」
 それも時間がかかるだろ。エリシアはどうだろう。何かいいの無い?

「んーと、長靴を履かせるとか?」
 長靴か、悪くないけど道具が無いな。

「だったらスペインの椅子に座らせるのも駄目?」
 駄目。もっと手軽なのがいい。この家にある物でできるのってあるかな? とりあえず鉛筆を握らせてみた。

「ぐあっ」
 男は悲鳴をあげたが自白には至らなかった。しぶとい奴だ。そうだ、生爪はがしてやろう。男の口をガムテープで塞いで右の親指の爪をはがした。

「……!!」
 続いて、人差し指の爪をはがす。そうだ、はがしたところに辛子を塗ってやろう。僕はエリシアに辛子を取りに行かせて男の指に塗ってやった。男は激し
く暴れたが、パワーハンドで抑えつける。それを見てルイがボソッと呟く。

「あなたって意外とこういうの好きなのね」
 別に好きってわけじゃないよ。それに君たちには言われたくないな。人間が人間に同じようなことをする方がもっと酷いと思うがな。

「なんか、それって自分が人間じゃないって言っているように聞こえるわね」
 別に否定も肯定もしない。勝手に解釈してくれ。言っておくけど、モンスターでも改造人間でも無いからな。一応、生殖能力はあるんだからね。僕は爪は
がしを再開して、右手の指の爪を全部はがしたところで男に自白の意思があるか尋ねた。男は首を激しく縦に振った。なんだ、やけにあっさりおちてくれた
な。まあいい。僕は男からGOOD機関の作戦を訊き出した。殺人音波作戦か。歌で人を殺せるとは思えないが、放置もできないな。アジトの場所を訊き出
した僕はルイに瞬間移動を頼んだ。僕にはバイクがあるけど、ルイとエリシアには乗り物が無いからな。ところが、ルイは、

「あなた一人で行きなさい。私は帰るわ」
「帰るって、敵がいるのに帰るのか?」
「だって、バウムクーヘンマンが始まるじゃない」
 世界の平和と幼児向けアニメとどっちが大事なんだ。

「あなた前に彼らと戦って勝ったんでしょ? なら、あなた一人で十分じゃない」
 あれは僥倖だ。左腕以外は普通の女の子なんだぞ僕は。その普通の女の子にやられた改造人間はかなり情けないが。しかし、だからといって敵の改造人間
が皆そうとは限らないだろ。マジで強いのが出てきたらどうするんだ。

「その時は頭を使いなさい。そうでなければ天に祈ることね」
 あくまで一緒に戦うつもりは無いらしい。なら、エリシアだけでもと思ったが、いまの彼女に戦闘は期待できそうにない。それに、もし戦闘の影響で昔の
悪い彼女にもどってしまうのも嫌だ。となると、やはり僕が一人で行くことになる。

「じゃ、僕が一人で行くから二人は先に帰ってくれ」
「この雑魚はどうするの?」
 ルイが男を指差す。適当に始末しておいてくれ。それよりも、と僕は自分たちが触れたところを丁寧に拭いた。指紋を消すためだ。ルイたちにこの家の物
に素手で触らないように言ってから僕は家の外に出た。敵のアジトまで距離があるからバイクで行くしかない。小型の無線機でバイクを呼び寄せる。博士が
どこにいても無線で呼ばれたら自動で来てくれるようバイクを改造してくれたのだ。僕はバイクに乗ってアジトに向かった。
 アジトはとある廃工場にあった。なるほど、普段人の出入りが無いだけにアジトにはもってこいか。僕はバイクを廃工場から見えない位置に停め、気付か
れないように注意しながら中の様子を窺った。廃工場の中には全身黒タイツ黒覆面黒眼鏡の工作戦闘員が数人とテントウムシの改造人間(男が言っていたテ
ントウムシジャイアンという奴だろう)に、もう一人他のとは何か違うのがいた。銃身の長い拳銃を右手に楯を左手に持つ男は改造人間ではなさそうだが、
工作戦闘員でも無いみたいだ。その謎の男とテントウムシジャイアンが何やら会話しているのが聞こえた。

「どうだ、俺様の歌は? 作戦の成功もほぼ間違いなしだ。俺様の歌にかかればこんな作戦など簡単すぎるわ」
 手柄を自慢するテントウムシジャイアンに謎の男は吐き捨てるように、

「ふん、それがどうした。そんなのは何の自慢にもならん」
「な、なんだとっ!?」
 いきり立つテントウムシジャイアン。いまにも殴りかかりそうな剣幕だ。だが、謎の男は全然臆した様子もない。

「いいか、総司令から下される作戦は成功させて当然なのだ。そのために多額の資金を投じて貴様を強化しているのだからな。貴様には作戦を完全に遂行す
る義務があるのだ。その事を忘れるな」
 二人はしばし睨みあった。どうやら、あまり仲がよろしくないようだ。もっと悪化して仲間割れでもしてくれたらいいのに。なんて考えていたら、謎の男
が銃をテントウムシジャイアンに突き付けた。

「なっ、どういうつもりだ?」
 いきなり銃口を向けられ動揺するテントウムシジャイアン。おいおい、本当に仲間割れか? が、謎の男はフッと笑うと銃口をこっちに向けた。その動き
があまりにも自然で、僕は銃口を向けられているのに対応が少し遅れた。

「やばい」
 銃が火を噴いたのと僕がとっさにその場から離れたのはギリギリのタイミングだった。くそっ、気付かれていたのか。命拾いしたことに安堵する間もなく、
僕はその場から逃げた。

「逃がすな。捕まえろ」
 テントウムシジャイアンの命令で工作戦闘員たちが追いかけてきた。僕はバイクのところまで逃げた。前の戦闘で変身しなくても工作戦闘員ていどなら楽
に倒せることがわかったが慢心はよくない。ここは慎重を期してバイクで片づけてやる。僕は敵に向かってバイクを走らせた。見た目は高校生でも乗れる普
通二輪だが、博士が1600ccクラスの大型二輪並のパワーが出せるように改造してくれているんだ。僕がバイクで突進すると、今度は工作戦闘員たちが
逃げ出した。無論、すぐに追いつける。最後尾の奴が間近になると、僕は前輪を上げてそいつの頭上に前輪をぶつけた。そのまま、そいつの頭を地面に叩き
つける。他の連中も同じようにして倒した僕は次にテントウムシジャイアンを狙った。奴は腰を下ろして待ち構えている。真正面から受け止めるつもりか。
面白い。受けて立ってやる。奴との距離を取って時速400キロで体当たりしてやる。いくら改造人間であっても弾かれてしまうはずだ。ところが、奴は本
当にバイクの突進を真正面から受け止めたのだ。

「そ、そんな……」
 改造人間の予想以上の怪力に絶句する。が、すぐに気を取り直してバイクについているボタンの一つを押す。すると、ノズルが伸びてきてテントウムシジ
ャイアンの目に塩水を噴射した。

「ぐあっ?」
 奴の手が離れた隙に僕は前輪で奴を何度も攻撃した。前輪で奴の顔を殴って、奴が背後を見せるとその背中に前輪をぶつけて前に倒させる。そして、起き
上がろうとする奴の頭をバイクで踏みつける。次に後輪を上げて奴の横顔にぶつけた。最後に僕はさっきとは別のボタンを押してバイクからフック付きのチ
ェーンを射出させて奴の体に引っ掛けさせてバイクを走らせた。そのまま奴を引きずって廃工場の周りを何度も往復した。これでだいぶ弱らせただろう。僕
はチェーンを外して奴の様子を窺った。さすがにあれで致命傷には至らなかったようで、奴はフラフラになりながらも起き上がった。見上げた根性と思いつ
つ僕はバイクをウィリーさせながら突進させた。今度は奴の防御も間に合わず、奴は前輪に弾かれた。よろめく奴の背中にも前輪をぶつけてやると、奴は少
し吹っ飛んで倒れた。不様にひれ伏す敵に僕は今回も楽勝で勝てるかもと思い始めた。変身しなくても勝てるとは、なんて強いんでしょ僕。テントウムシジ
ャイアンの怪力には驚かされたが、戦いは力じゃなくて技で勝負が決まるんだ。僕は勝利を確信したが、敵は怪力無双だけの改造人間ではなかった。それま
で、僕がテントウムシジャイアンを一方的にいたぶっていたのを傍観していた謎の男が間に入ってきた。謎の男は銃で僕を牽制しつつ、テントウムシジャイ
アンにマイクを放り投げた。

「奴にお前の自慢の歌を披露してやれ」
 歌? 何を悠長な。しかも、けしかけた本人はそそくさと姿を消した。けしかけられた方に目を向けると、テントウムシジャイアンはマイクを拾い上げて
いた。おいおい、本当に歌うつもりじゃなかろうな。そんなよろよろで歌っている場合じゃないだろ。だが、あっちは歌う気満々らしい。バイクに轢かれす
ぎて頭の回路がいかれてしまったのだろうか。

「へへへっ、とびっきりの歌を聞かせてやるぜ。感動で死んでしまうぐらいの歌をな」
 歌で死ぬもんか……。待て、確か知らない人の家でGOODの構成員は歌で組織に邪魔になる人間を抹殺する殺人音波作戦と言っていた。それって、こい
つの歌か? 気付いた時には遅く改造人間は歌い始めた。

「ホゲーッ」
「!」
 音痴とかそういうレベルの話じゃない。なんだこの不快な歌は。歌で空気が震えているのがわかる。耳を塞いでいてもかすかに入る声で頭の中がものすご
く痛い。

「くそったれが」
 僕はマシンガンハンドでテントウムシジャイアンを狙った。とにかく、歌を止めさせなければ。ところが、弾を発射しようとしたらデバイスアームから煙
が出てきた。

「嘘」
 デバイスアームから煙が出たことなんて今までなかった。しかも、一箇所からでなく二箇所三箇所と煙が出てくる。やばいと感じた僕はデバイスアームを
強制排除することにした。

「うっ」
 神経回路が繋がったまま切り離したから激痛が走った。しかも、左腕が無くなったから耳を塞ぐことができなくなった。だが、切り離さなかったら僕はデ
バイスアームの爆発で即死していた。あの歌は機械を狂わせて爆発させてしまうのか。

「ぐっぐあああああ」
 歌がダイレクトに耳に入ってくる。駄目だ。どうすることもできない。くそっ魔法さえ使えたらこんな奴の1匹や2匹敵じゃないのに。今度こそ駄目か。
そう観念しかけた時、誰かが耳元で囁いた感じがした。

「えっ?」
 その声は僕に変身する方法を教えてくれた。が、それをするのに僕は躊躇した。ちと、恥ずかしいぞ。とはいえ、このままでは確実に死んでしまう。僕は
意を決して変身ポーズをとった。恥ずかしいから声も小さくなる。

「大変身……」
 次の瞬間、僕は魔法少女に変身していた。それも、前とは衣装が違っている。前はスカートだったのに今は短パンになっている。それはどうでもいい。魔
法が使えたらこっちのもんだ。僕は早速、魔法を使った。

「uga!」
 これはどんな音痴でも是正してくれる魔法なのだ。その効果は僕もびっくりするほどだった。あの殺人的な歌が山下達郎ばりの名曲になっているのだ。ジ
ャイアン、うまくなってる。奴は僕が魔法を唱えたのにも気付かずに熱唱している。攻撃するなら今だ。だが、僕は歌に敬意を表して歌い終わるまで待つこ
とにした。そして、歌が終わると僕は魔力フィールドを発生させて右足に魔力を集中させた。

「行くぞ!」
 僕はテントウムシジャイアンに向かって走った。魔力の集中で熱を帯びている右足が地面に着く度にジューッという音がする。そして、奴に近くなったと
ころで奴の頭の上ぐらいの高さまでジャンプして一回転した後でキックをお見舞いした。

「とりゃ!」
 キックは奴の胸に炸裂した。同時に右足に集中させておいた魔力を改造人間の胸に叩きこむ。テントウムシジャイアンは後ろによろめいて片膝をついた。
苦しそうに呻く奴の胸には魔力による刻印が刻み込まれていた。そこから奴の体に亀裂がはしってやがてその体を崩壊させるはずだ。しかし、

「こんなことぐらいで俺様がやられるかっ」
 テントウムシジャイアンは気合で亀裂の拡大を食い止めた。だが、そこまでだった。死は免れてもダメージは免れない。奴は攻撃を受け止めることも回避
することもできないくらいに弱っている。もう一回キックを命中させたら奴は今度こそ倒れる。魔力フィールドを発生させて右足に魔力を集中させる。だが、
走り出そうと足を踏み出したら銃声が響いて、僕の突進を妨害した。銃声がした方に目を向けると、倉庫の屋根の上に謎の男が銃口をこっちに向けて立って
いた。まだ、こいつがいたか。歌の時だけ隠れていやがったんだな。ちょうどいい。まとめて片づけてやる。ところが、事態は予想外な方に展開した。

「ポイボス・スピリット、頼む助けてくれ」
 テントウムシジャイアンがポイボス・スピリットの方に手を伸ばして哀願したが、ポイボス・スピリットはそんな仲間を「馬鹿め」と冷笑して何と味方に
銃口を向けたのだ。

「な、なんのつもりだ!?」
 驚愕するテントウムシジャイアン。当然の反応だろう。それに対してポイボス・スピリットが冷酷に言い放つ。

「貴様にはもう用は無い。死ね」
「み、味方を撃つのか!?」
 仲間の抗議をポイボス・スピリットは一笑に付す。

「この間抜け。貴様が死ぬ前に教えてやる。私の階級は大佐だ」
「なっ、お前が皇帝陛下もとい総司令から独断で将軍をも処断する権限を与えられている監視人だというのか?」
「そうだ。これより、総司令の名の下に敵に敗北した貴様を処刑する!」
「ま、待ってくれ。もう一度チャ…」
 必死の命乞いも空しく、テントウムシジャイアンは左腕を吹き飛ばされてしまった。

「お、おのれ……」
 ポイボス・スピリットへの呪詛の言葉を残してテントウムシジャイアンはばたんと倒れて爆死した。

「GOODには役立たずは必要ないのだ」
 そう吐き捨てたポイボス・スピリットは次に僕に顔を向けた。

「今日のところは挨拶だけで済ませてやる。だが、わがGOODの力はこんなものでは無いぞ。せいぜい首を洗っているんだな」
 挨拶って顔見せだけじゃないか。名乗りもしなかった。僕が奴の名を知ったのはテントウムシジャイアンがそう呼んでいたからだ。それに言われなくても
お風呂にはちゃんと毎日入って体も洗っている。

「馬鹿者、そういうことを言っているんじゃない。覚悟しとけという意味だ」
 わかっているさ。そんなにマジになるな。融通の利かない奴め。

「まあいい、次に会うまでその命預っておくぞ」
 そう言い残してポイボス・スピリットは姿を消した。勝手に人の命を預からないでほしいものだ。にしても、1万年前の恨みを未だに持ち続けているとは
いやはや何と言うべきか。奴らの平均寿命が何歳かは知らないが、元々はこっちがわの住民だった連中だ。人間とそんなには違わないだろう。そういや、魔
宝皇珠ができたのも1万年前だったな。何か意味あんのかな? いや、ただの偶然だろう。

「さ、帰るとしようか」
 一つの戦いは終わった。だが、GOOD機関との戦いはまだまだ続くだろう。唯一の救いは連中がジュエルモンスターほど強くないということか。左腕が
あったところに目をやる。前にカニと戦ったときに左腕を撃ち抜かれて無くして以来、博士にデバイスアームという万能義手を造ってもらい装着していた。
結構、役に立ってくれていたがそれも無くなってしまった。再び無くした左腕に溜息を吐く。

「これ以上、体の一部を無くすという事態は御免だな」
 親からもらった大事な体を、といっても僕には父親という存在はいない。最初からいない。母とされる女性と会ったことはあるが、話をしたことは無い。
向こうが話せる状態では無かったからだ。いたのは血のつながりの無い兄姉たちだけである。その人たちもすでに鬼籍に入(い)っていて会うことはできな
い。と、思っていたんだけど……。


つづく








 次回予告 我らの魔法ライダーを狙うGOOD機関の送った次なる使者は怪人預言者ゼロキャット。必ず的中するという予言で死を通告された涼香の
運命は? 寝台特急で繰り広げられる魔法少女とGOODの戦いの結末は?
 次回、「グッドラダメスの大予言(仮題)」にご期待ください。





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