現代妖怪騒動記


 
         あらすじ
       とある高校の新聞部に所属する嶋岡咲樹は仲間達と連続通り魔を探索しようと
      夜の街を徘徊していた。その途中、彼女達は転校生の夢小路利緒と会い、一緒に
      行動することにする。そして、刑事をしている兄から通り魔が近くにいることを
      知らされた咲樹達は交番に避難するように言われる。近くの交番に向かった一行
      はそこで無残に切り刻まれた警察官の死体を目撃した。
 
 
       これは20世紀末期ぐらいに作ったストーリーで珍しく完成しています。とい
      っても4話ぐらいですが。基本的な設定は10年ぐらい前からあったんですが、
      実際書いてみるとまったく違うストーリーになってしまいました。
 
 
 
 
 
 
         登場人物
       夢小路利緒
        本作の主人公。妖怪退治を生業とする妖撃士の流派・天真流の第35代継承
       者候補。頭脳明晰・スポーツ万能・眉目秀麗・スタイル抜群でしかも実は大富
       豪令嬢という非の打ち所のない少女。ただ、難点なのは無口で他人と接しよう
       としない性格。3人姉妹の次女で姉と妹とは父親が違う。そのため実の父を捜
       そうと実家を飛び出して、手がかりがあるという町にアパートを借りて住むこ
       とにした。買い物から帰る途中でクラスメートの咲樹と出会った利緒は出現が
       絶えて久しい妖怪と遭遇し、これと交戦する。類い希なる潜在能力を有する彼
       女はその後も妖怪達と闘いを繰り広げ、最後は妖怪王を先祖が残した呪文で倒
       すも自身も妖怪王の波動を受け生ける屍となってしまう。空封輪という武器を
       使い、4匹の精霊を配下としている。他に第2話から通販で紙人形を購入した。
 
        利緒という名前は当初から決まってましたが、名字が決まらなくて金持ちで
       由緒正しそうなのがいいと○小路で行こうと思い、夢小路としました。実の父
       親は登場しませんが、ロシア人という設定です。利緒は日本人とロシア人のハ
       ーフで髪の色も薄いブルーになっています。夢小路の読み方ですが、“ゆめこ
       うじ”か“ゆめのこうじ”どっちにしようか迷ったんですが、結局決まってい
       ません。
        空封輪というのはドーナツ状の武器で気の集中を省略して魔力砲を発するの
       に使ったり、相手に向けて投げつけてダメージを与えたりするのに使います。
       名前はケルト神話の英雄から取りました。
 
 
       嶋岡咲樹
        利緒のクラスメートで新聞部のリーダー格の少女。兄が刑事をしているため
       か事件に首を突っ込みたがり何件かの事件を解決に導いたこともある。好奇心
       旺盛で何回か妖怪に襲われてもこりずにその秘密を探ろうとする。彼女も成績
       優秀でそこそこの美形だが、同年代よりも胸が小さいことにコンプレックスを
       抱いており、それをからかう者には容赦なくシャイニングウィザードをくらわ
       す。
 
 
       汐留春香
        咲樹と同じ新聞部の部員。咲樹とは対照的に大人しい性格で、暴走しやすい
       咲樹を制止する役目を持っている。
 
 
       岡島・加藤・清原
        新聞部の男子部員。
 
 
       篠原さくら
        第2話のみ登場する利緒のクラスメート。ストーカーに狙われており、その
       事を咲樹に相談した。
 
 
       夢小路美里
        利緒の母親で天真流の現継承者。第2話から登場し、妖怪に苦戦する利緒を
       助けた。妖怪が再び出現したことから妖怪王の復活を危惧し、利緒を実家に呼
       び戻して先祖が残した呪文を授ける。
 
 
       夢小路千里
        利緒の叔母。第2話のみに登場。貿易会社に勤めるキャリアウーマンでSL
       Rマクラーレンを愛車に持つ。利緒に母からの伝言を伝えた。
 
 
       夢小路奈緒
        利緒の姉で地元の大学に通う。第3話のみの登場で婚約者がいる。
 
 
       夢小路真緒
        利緒の妹で地元の中学に通う。末っ子ということで周囲から可愛がられて未
       だに子供っぽさがぬけない。姉の利緒とは違い、非常に明るくて人なつっこい
       性格で初対面の咲樹達ともすぐに仲良くなれた。
 
 
       北島楓
        美里の一番弟子で天真流道場の塾頭。夢小路家に住み込んでいる。トンファ
       ーを武器にしており、第4話で妖怪王の手下の女と闘ってこれを倒している。
 
 
       通り魔の妖怪
        第1話に登場。人間に切り付けることで快感を味わう青年に妖怪が憑依した
       もの。妖怪形態では体中から刃物が生えてそれを相手に投げつけることができ
       る。
 
 
       ストーカーの妖怪
        第2話に登場。利緒の同級生さくらをストーカーする青年に妖怪が憑依した。
       人間の手を豆腐みたいに握り潰すぐらい握力が強い。他にネバネバした物体を
       口から吐いて相手の動きを封じることができる。人を食するタイプの妖怪で利
       緒を喰おうとした。
 
 
       放火魔の妖怪
        第3話に登場。放火魔に妖怪が憑依したもの。妖怪王の手下の女に命令され
       て実家にもどっていた利緒を襲撃した。手にした物を燃やすことができる。
 
 
       妖怪王の手下の女
        第3話と第4話に登場。人間に憑依しなくても活動できる高等妖怪。妖怪王
       の命令で気力の大きい人間を探して利緒に目をつけた。第4話で利緒を待ち伏
       せし、彼女を妖怪王の元に転送することに成功するも楓と闘って倒されている。
       人形を操ることができる。
 
 
       妖怪王
        妖怪達を束ねる存在。150年前に人間世界を征服しようとしたが、妖撃士
       達の抵抗で頓挫し、自身も重傷を負ってしまう。以後は傷を癒すため療養して
       いたが、その間に妖怪達への統制が緩んでしまったため一刻も早く全快しよう
       と利緒に目をつけた。
 
 
 
 
 
 
         ストーリー紹介
        これは実際書いた物の一部を抜粋したものです。
        
 
       第1話 Jack the Ripper
    刑事の嶋岡は連日の徹夜仕事に少しうんざりしていた。勿論、彼だけが仕事をしているわけ
   ではない。大勢の警官が一人の犯人を捕まえるのに躍起になっていた。その犯人とは1ヶ月前
   から頻発する連続通り魔事件の容疑者で、今日までに21人が殺傷された。その犯行の手口は
   とても残忍なもので被害者は皆体中を刃物で切り刻まれていた。
   「くそっ、いつになったら奴を捕まえられるんだ」
    嶋岡は隣にいた同僚にぼやいた。
   「もう少しの辛抱さ。重要な手がかりも得たことだし」
    それを聞いた嶋岡はますますうんざりした表情を浮かべた。
   「手がかりたって、犯人は化け物でしたって話信用しろって言うのか?」
    それは昨日のことだった。それまで被害者は皆殺害され犯人の顔を見た者は一人もいなかっ
   が、その日初めて被害者が生きたまま保護されたのだ。たまたま近くに警戒中の警官がいたの
   で致命傷を免れることができた。残念なことに警官が駆けつけた時には犯人は逃亡していた。
   しかし、生きた証人を確保したことで捜査が進むことが期待できた。
    ところが、保護された被害者の女性は自分を襲った犯人は見たことのない化け物の姿をして
   いたというのだ。捜査官が何度問い直しても彼女は化け物が犯人だと言い張った。
   「もし、本当に化け物が犯人だとしたらそんな目立つもん見つからないわけないだろ」
    同僚も同感だという風に頷いた。犯人に襲われて無事だったのは彼女だけだ。つまり、犯人
   を直接目撃した只一人の人物と言うことになる。しかし、だからといって犯人は化け物でした
   などという戯言を信じられるはずがなかった。
    嶋岡はふうっと溜息をついた。事件が起きてからというもの彼はほとんど家に帰ることがで
   きなかった。家では妹が一人でいるはずだ。両親は既に亡くなっている。
   (あいつ、ちゃんと家にいるかな)
    妹の咲樹は明るい性格で家事もこなす高校2年生だが、ひとつ問題があった。それは、事件
   に首を突っ込みたがるという性格だ。高校で新聞部に入っているという咲樹は、新聞に掲載す
   るネタを探すと言って勝手に事件の捜査をすることがあった。悪いことに事件を解決したこと
   もあった。現職警察官である兄より素人の妹が先に事件を解決したとあっては兄としての沽券
   に関わる。何度も事件に関わろうとするなと注意したが、いまのところ効果はないようだった。
   だが、今度の事件は他のとは違う。下手をすれば命を落とすことになりかねない。連絡を取ろ
   うとしたが通じなかった。
   (まさか、あいつまた・・・)
   嶋岡はまた溜息を吐いた。でも、あいつはいつも数人のクラスメートと行動しているから少し
   は大丈夫かな?
 
 
       お兄さんの願いも空しく妹さんは通り魔を捕まえようと仲間達と徘徊している
      んですが、ここで咲樹達は利緒と遭遇して一緒に行動します。そして、最初の妖
      怪との遭遇を経て2回目の対決となります。
 
 
    その頃、利緒は町から少し離れた森に来ていた。彼女の目の前には大きな石が2つ重なって
   いた。利緒がいる場所は散策コースから外れているため普段は誰も近寄らなかった。たまに通
   る人もいるが、重なった二つの石に気を止める者はいなかった。
    しばらくして、利緒は近づいてくる気配を感じた。
   (来たわね)
    相手は利緒の存在に驚いてるようだった。何故、お前はここにいるんだ?と聞きた気な男だ
   が利緒はそれに答えるつもりはなかった。どうせもう直に死ぬんだから。、
   「別に貴方に恨みはないけど、一応私も妖怪退治の家系だから」
    そう言うと、利緒は直径30センチほどの金属らしき物でできた輪を取り出した。男はすで
   に妖怪に変身していた。体中から刃が生えている。利緒は妖怪に向かって宣言した。
   「私は天真流妖撃術35代目夢小路利緒。貴方を排除します」
    妖怪は利緒に向かって突進してきた。昨夜の戦闘で妖怪は利緒を完全になめていた。体中か
   ら刃が生えている奴には格闘技は通用しない。だが、利緒は少しも慌てることなく持っていた
   輪を相手に投げた。
   「空封輪!」
    空封輪という輪は物凄いスピードで妖怪に命中し相手を吹っ飛ばした。空封輪はブーメラン
   のように利緒の手に戻った。
   (よし)
    手応えを感じた利緒は再び空封輪を投げた。すると妖怪は自分の体から生えている刃を引き
   抜いてそれを投げた。刃は空封輪と激突して粉砕されたが、空封輪をはじき返すことに成功し
   た。
   「チッ」
    利緒は舌打ちして戻ってきた空封輪をキャッチした。妖怪はさらに刃を抜いて利緒に投げて
   きた。利緒は向かってくる刃を空封輪で弾き返した。だが、男は刃を抜いては利緒に投げてき
   た。刃が抜かれた箇所にはまた別の刃が生えていた。休むことなく刃を投げてくる妖怪に利緒
   は防戦一方となった。妖怪の投げる刃は普通のナイフ投げよりもはるかにスピードがあった。
   利緒は隙をみて反撃を加えた。
   「ハッ!」
    利緒の掌から発せられた衝撃波は妖怪を吹っ飛ばした。しかし、妖怪はすぐに立ち上がり攻
   撃を再開した。衝撃波程度では妖怪にさしたる打撃を与えることはできなかった。利緒は懸命
   に刃を回避するがそれにも限界があった。利緒は次第に追いつめられていく状況に焦りを感じ
   始めた。
   (気を集中する時間があれば・・・)
    妖怪を倒すには気を使うしかなかった。だが、いまの利緒では妖怪を倒すだけの気を集中さ
   せるのに時間がかかった。
   (いちかばちか)
    利緒は飛んでくる刃を紙一重でかわすと、バランスを崩したふりをした。それを狙って妖怪
   が刃を投げてきた。刃は利緒の胸に突き刺さった。
   「うぐっ」
    利緒は胸を庇うようにして屈み込んだ。血がポタポタと地面に滴り落ちた。利緒は苦悶する
   表情で妖怪を見上げた。妖怪は勝ち誇っているようだった。妖怪は自分の体から刃を引き抜く
   と、利緒にトドメを刺そうと近づいてきた。利緒は黙ってそれを見ていた。それまでになく緊
   張しているのが自分でもわかった。やがて、妖怪が間近までやってきて、刃を高く振り上げた。
   利緒を一刀両断にするつもりだろう。だが、次の瞬間、妖怪は突然の強烈な光に目が眩んでし
   まった。思わず刃を地面に捨ててしまった。
    悶える妖怪に利緒は光の正体を見せた。それは空封輪に込められた利緒の気だった。利緒は
   刃を空封輪で受け止めていたのだ。流れ落ちた血は利緒の左腕からのものだった。つまり、妖
   怪は利緒にまんまと引っかかったのである。怒りを露わにする妖怪。だが、もはやどうするこ
   ともできなかった。
   「これでお終いよ。往生しなさい」
    利緒は冷酷に言い放つと、空封輪を妖怪に叩きつけた。眩い光が放たれ妖怪は断末魔の叫び
   を残して消滅した。
 
 
 
 
 
 

 
       第2話 Stalker
    通り魔が出現しなくなってから数週間が経過した。世間ではいろいろな憶測が流れたが、咲
   樹達は利緒が退治したものと思っていた。利緒自身は何も語らなかったが、あの日偶然出会っ
   た利緒は全身傷だらけで左腕から血を流していた。驚いた咲樹が事情を聞いたが、利緒は何も
   言わずに去っていった。それ以来利緒とは会話していない。利緒に興味を抱いた咲樹は何とか
   話をしようと喋りかけるが、その度に逃げられてしまっていた。
    この日も咲樹は利緒を見つけ喋りかけてきたが、利緒はやや迷惑そうな顔をして逃げていっ
   た。
   「ふう」
    咲樹は溜息を吐いて、向こうの方へ歩いていく利緒の後ろ姿を眺めた。
   「あら?」
    咲樹は利緒の右前方で会話をしている二人組の男子生徒に目を止めた。二人は向かい合って
   いたが、その視線は利緒に向けられていた。男子生徒がやらしい表情を浮かべているのに気づ
   いた咲樹はまた溜息を吐いた。
   (まったく男って奴は)
    その男子生徒が何を企んでいるのか咲樹にはわかった。利緒が近づいてくるのを見計らって、
   わざと友達に突き飛ばさせて利緒に触ろうとしているのだ。案の定、男子生徒はおもいっきり
   わざとらしく突き飛ばされて利緒に抱きつこうとした。が、利緒はヒラリと男子生徒をかわし
   て何事もなかったかのように歩いていった。かわされた男子生徒も彼を突き飛ばした男子生徒
   も、呆然と去っていく利緒を見ているだけであった。
   「さすがね」
    咲樹は利緒の身のこなしに感心した。もっとも、妖怪を倒せる力があればあのくらいのこと
   当然かもしれない。不思議な雰囲気を持つ少女。咲樹はますます利緒の正体が知りたくなるの
   だった。
 
 
       この日の放課後、咲樹は同級生のさくらからストーカー被害についての相談を
      受けます。
 
 
    さくらの部屋でさくらと親しげに会話している咲樹達を電信柱の影から憎々しげに眺めてい
   る男がいた。この男がさくらにつきまとっているストーカーである。なぜ男がさくらに目をつ
   けたかわからない。が、男がさくらに夢中になっていることは確かだ。最初は遠くから眺めて
   いるだけで満足していたが、次第に自分の欲求に耐えられなくなり、昨夜彼女の部屋に侵入し
   た。部屋には鍵が掛かってなく簡単に中に入ることができた。それで今日も中に入ろうとした
   が今回は鍵が掛かっていて入ることはできなかった。
    男は自分の恋人(勿論、彼の妄想である)に気軽に話しかける男二人にも、それを嫌な顔を
   せずに応対しているさくらにも許せないという感情を抱き始めた。自分はこんなに彼女を愛し
   ているのに彼女はそれを裏切ろうとしている。彼の中にさくらへの殺意が芽生えた時、スーッ
   と何かが体の中に入ってくる感触がした。男は急に息苦しくなり、その場で悶え苦しんだ。や
   がて、力尽きたのか男はピクリとも動かなくなった。が、しばらくするとムクッと起き上がっ
   てさくらの部屋の方を見上げると、ニヤリと笑って走り去った。
 
 
       咲樹と岡島・加藤の3人はさくらのボディガードをすることにしました。
 
 
   (あら?)
    道路工事のバイトをしていた利緒は咲樹達が歩行者用の仮通路を歩いているのに気づいた。
   向こうはこっちに気づかずそのまま通り抜けていった。学校一の美人がこんなところでバイト
   しているなんて思ってもいないのだろう。確かに利緒に力仕事は似合わないかもしれない。だ
   が、利緒は気の強さを利用することで少々の力仕事なら楽にこなせるのだ。 咲樹達に一瞬気
   を取られた利緒だが、すぐに仕事に専念した。それから間もなくして今度は妖気を感じた。
   (妖気・・・?)
    利緒は妖気の持ち主を探した。咲樹達の少し離れて彼女達を尾行している青年がそれである
   と気づいた。すぐに咲樹達に知らせてやっても良いが、いまはバイトで手が放せない。仕方な
   く利緒は昨夜通販で届いたばかりの製品を試すことにした。それは人の形をした紙切れだった。
   利緒はそれの5、6枚に念を込めた。すると紙切れは勝手にふわふわと動き始めた。正直、あ
   の紙切れがどのくらい役に立つかわからないが、利緒はそれ以上してやるつもりはなかった。
   (後はあの人達の運次第ね)
 
 
       利緒は家出してきたので実家からの仕送りがないんですよね。それで生活費を
      稼ぐためにバイトしているわけです。
 
 
    咲樹達は繁華街を出て、住宅街に入っていた。夜でも人が多い繁華街と違って住宅街は静か
   なものである。暴漢が女性を襲うにはもってこいの場所である。
   「気をつけてよ。どこにストーカーがいるかわからないんだから」
    咲樹が岡島と加藤に注意を促した。二人はゴクリと生唾を飲み込んだ。さくらもかなり緊張
   しているようだ。その中で咲樹だけは平然としていた。今回の相手は普通の人間である。ちと
   狂っているかもしれないが、何人も殺人を重ねてきた凶悪犯ではないはずだ。そんな相手なら
   自分の護身術でも十分倒せるだろう。咲樹は右の拳を握りしめた。
    そんな一行を後から尾行する男がいた。さくらを狙うストーカーである。妖怪の力を得たス
   トーカーは誰にも気づかれずに標的を尾行することができる。だが、それは男が冷静を保って
   いる間だけであった。さくらが自分以外の男と親しく会話している様をずっと眺めていた男は、
   さくらに対する愛情を憎しみへと変化させていった。自分のものにならないのであればいっそ
   のこと。もし、男が妖怪に取り憑かれていなかったら、殺意を抱いたとしてもそれを実行する
   ことはないかもしれない。しかし、妖怪によって感情をコントロールできなくなってしまって
   いる男は、人を殺すことに何の躊躇もしなくなっていた。男の口からうめき声が漏れ、涎が溢
   れてきた。男が発する異様な声は咲樹達にも聞こえてきた。
   「何だ?」
    加藤は後を振り向いた。20代ぐらいの男がこちらを睨みつけていた。思わず、後ずさりす
   る加藤。他の3人も異変に気づいた。
   「何だよ?ありゃあ」
   「思いっきり変人よね」
   「目、おかしいよ。まるで獣みたい」
    さくらは震える声で男の異様さを告げた。咲樹達も男の目を確認した。確かに人間の目では
   ない。3人の脳裏に想像したくない仮定が浮かび上がる。
   「も、もしかして、あれって」
   「ば、馬鹿ね。そう続けて出るわけないでしょ」
   「そうだよ。ありゃ多分麻薬とかでラリッてんだよ」
    3人はそう断定することにした。それが何のことかわからないさくらは加藤が言った麻薬と
   いう言葉に不安をもらした。
   「でも、麻薬の常習者なら十分危ないんじゃないの?」
    どっちにしても危険なことに変わりはないようだ。だが、咲樹達にしたら麻薬常習者の方が
   ありがたい。そんな咲樹達の願いも空しく男の体はみるみる変貌していった。
   「や、やっぱりね」
    ここまでくると男が妖怪であることを認めるしかなかった。
   「逃げるのよ」
    咲樹は初めて妖怪を目の当たりにして狼狽するさくらの手を引いて駆けだした。岡島と加藤
   も後を追いかけた。だが、妖怪はそれ以上のスピードで迫ってきた。あっという間に追いつか
   れた。
   「このお!」
    咲樹は妖怪に掴みかかったが、彼女の力で妖怪を押さえつけることは無理だ。逆に妖怪に首
   を捕まれ地面に叩きつけられた。
   「がはっ!」
    背中を思い切りぶつけられた咲樹は痛みでのたうちまわった。
   「くそ!」
    今度は岡島がパンチを繰り出す。が、それもなんなく受け止められた。妖怪は掴んだ岡島の
   右拳を強く握った。
  「ぐ、ぐあああああ!」
   ミシミシと音がした。妖怪は岡島の右手を握り潰そうとしているのだ。すさまじい激痛に岡島
  は悲鳴を上げた。加藤はその様を呆然と見ているしかなかった。そして、
  「うぎゃあああああ!」
   岡島の右手は無残にも潰されてしまった。あまりの光景にさくらは腰を抜かしてしまった。妖
  怪はさくらに迫った。もうさくらが頼れるのは加藤しかいなかった。だが、加藤はすっかり怯え
  きっていた。妖怪の手がさくらに迫った。観念したのかさくらはグッと目を閉じた。その時、ど
  こからか紙切れが飛んできて妖怪にまとわりついた。妖怪はそれを取り除こうとするが、紙切れ
  はさらに何枚か絡みついて妖怪を強く縛りつけた。何が起こったかわからない加藤だったが、と
  にかく逃げることにし腰を抜かしたさくらを背負った。
  「大丈夫か!」
   加藤は怪我をしている咲樹と岡島に声をかけた。二人ともとても動ける状態ではなかった。特
  に岡島はすぐに病院に運ぶ必要があった。加藤はどうするか迷った。彼等を見捨てるか否か。妖
  怪を拘束している紙切れもそろそろ限界のようだ。
  「ごめん」
   加藤は二人を置いていくことにした。が、それは遅すぎたようだ。紙切れを引き裂いた妖怪が
  加藤に迫ってきたのだ。
  (もう駄目だ・・・)
   加藤は観念してその場に座り込んだ。不気味な笑みをもらして迫る妖怪。その時、騒ぎを聞き
  つけて近所の住民が駆けつけ始めた。騒ぎを大きくしたくないと思ったのか妖怪はさっさと姿を
  消した。
  「助かったあ」
   緊張が解けた加藤はそのまま地面に座り込んだ。
 
 
       危機を脱した咲樹ちゃんと岡島君は入院することになりました。
 
 
    周囲が注目する中、車から降りたのはスーツをきっちり着こなした美女だった。
   「おー、誰だよ。あの美人」
    男子生徒の視線はその美女に釘付けとなった。清原も彼女に見とれていた。その顔を春香が
   つねる。
   「いててて」
   「何見とれてんのよ。早く済ませて」
   「わかったよ」
    清原はつねられた頬をさすりながら利緒のところまで歩こうとしたが、その前にあの美女が
   清原と春香のところまで近づいてきた。
   「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
   「な、何でしょうか?」
    清原はドギマギしながら問い返した。間近に迫られると大人の魅力というものに頭がおかし
   くなりそうだ。
   「この高校に夢小路利緒って娘が在籍していると聞いたんだけど?」
   「へっ?」
    予期しない質問に清原はすぐに答えることができなかった。代わりに春香が利緒が寝ている
   ベンチを指さした。
   「夢小路さんならあそこに。でも彼女を無理に起こそうとしない方が良いですよ」
   「わかってるわ」
    美女はそう言って一端車に戻ると箱を持って戻ってきた。
   「なんです。それは?」
    春香が尋ねると、美女はニコッと笑って、
   「あの娘を起こす道具よ」
    と、答えた。何のことかわからない清原と春香はとりあえず美女についていった。美女は寝
   ている利緒の足下に箱を置くと、中から粘土状の物体とコードらしき物を取り出した。それを
   見た清原は恐る恐る尋ねた。
   「それは、もしかして・・・」
   「しっ!危ないから下がってなさい」
    清原はあわてて春香の手を引いてその場から離れた。あの粘土みたいなものが何かわからな
   い春香は清原に教えるよう頼んだ。清原は春香の耳元で囁いた。途端、春香の顔色が変わった。
   「えーっ!プラスチック爆弾?」
   「馬鹿、声が大きい」
    清原はあわてて春香の口を塞いだ。春香は清原の手をどかせると信じられないといった顔で
   美女の方を振り向いた。すでにセットし終えていた美女は利緒から距離を置くと躊躇いもなく
   起爆装置を作動させた。直後、爆音が響き、ベンチが吹っ飛ばされた。
   「・・・信じられないことするわね」
    春香と清原は利緒を探した。利緒は少し離れた場所で倒れていた。
   「あら?まだ起きてないわね。火薬が少なすぎたかしら」
   「・・・・・・」
    真剣な顔で考え込む美女に二人は唖然とした。
   「あのー、あれって多分寝ているんじゃなくて、死んでるんじゃないんでしょうか」
   「あら、そう?」
   「ハハ、ハハ」
    二人はもう笑うしかなかった。
   「けど、心配ないわ。あの娘はあれぐらいじゃ死なないから」
   「えっ?」
   「見てなさい」
    言われるまま二人は倒れている利緒をジッと見つめた。しばらくすると利緒が頭を上げて首
   を横に振り始めた。
   「な・・・何?」
    利緒は何が起こったかわからなかった。気づけば自分が座っていたベンチは見るも無惨な形
   になっていたし、自分も服がボロボロになって体中傷だらけであった。呆然としている利緒に
   美女が近づいた。その気配に気づいた利緒は振り返って美女の顔を見て少し驚いた顔になった。
   「お、叔母様?」
   「久しぶりね。利緒」
    呆然と見上げる利緒に叔母の千里は優しく声をかけた。
   「叔母様、なぜここに?」
    利緒は起き上がると体についた土をはらった。
   「貴方のお母さんに言われたからよ」
   「御母様が?」
    利緒ははて?と首を傾げた。母が何のようだろう。その疑問に叔母が答える。
 
 
       利緒は寝ているときに近づいた者を投げ飛ばす癖があります。千里から母が実
      家に戻るように言っていることを聞いた利緒は明日、実家に戻ることにします。
      その前に咲樹達を襲ったストーカーを倒すことになりました。
 
 
   「これを」
    利緒はさくらに紙人形を渡した。
   「あの妖怪は貴方にこだわっている。私には目もくれずに貴方を襲うかも知れない。そうなっ
    たらこの紙人形が貴方を守るわ」
   「ありがとう」
    さくらは礼を言った。次の瞬間、利緒の表情が険しくなった。
   「どうしたの?」
    さくらは恐る恐る尋ねた。利緒は後を振り向いた。
   「来た」
    さくらは利緒が向いている方角を見た。暗くてよく見えないが、男がこっちに歩いていた。
   やがて男の顔が見えた。
   「!」
    それはまさしく昨夜の男だった。恐怖で震えるさくら。男はさくらの顔を確認するとニヤ
   ニヤと笑いだした。次の瞬間、男は妖怪に姿を変えた。
   「現れたわね」
    利緒はパチンと指を鳴らした。すると紙人形が等身大に多きくなってさくらの周りを囲ん
   だ。
   「この人には指1本触れさせない」
    利緒は空封輪を投げつけた。空封輪は妖怪の頭に命中した。妖怪は後によろめいた。すか
   さず利緒は妖怪に接近してパンチとキックの連打を浴びせた。
   「す、すごい」
    格闘漫画みたいな光景にさくらは思わず魅入った。妖怪が現れたときはどうなるかと肝を
   冷やしたが、始まってみるとたいしたことはなかった。だが、妖怪が利緒のパンチを手で受
   け止めようとしているのを見て顔が引きつった。
   「駄目!」
    その声に反応した利緒はパンチを出していた右手を引っ込めた。それを掴もうとしていた
   妖怪は空しく空を掴んだ。利緒はその手を両腕で掴んで妖怪を背負い投げで投げ飛ばした。
   無様に地面に叩き伏せられた妖怪は、すぐに起き上がると急いで利緒との距離をとった。ゼ
   ーゼーと息を切らしている妖怪に利緒は勝ち誇った気分になった。
   「もうここまでのようね。往生しなさい」
    利緒は空封輪に気を込めた。そして発光した空封輪を妖怪目がけて投げかけた。だが、
   「えっ?」
    利緒は妖怪が口を大きく開けているのを目にした。次の瞬間、妖怪の口からゼリー状の物
   体が吐き出され、利緒の腹に命中した。利緒は衝撃で後の方に倒れた。
   「くっ」
    利緒はすぐに起き上がろうとしたが、腹と両手にくっついたゼリー状の物体が地面にも密
   着しているため身動きができなくなっていた。利緒が動けないことを確認した妖怪は、彼女
   を眼下に見下ろす位置にまで接近した。利緒は妖怪が涎をダラダラと流しているのを見て戦
   慄した。
   「ま、まさか・・・食人種?」
    妖怪は利緒の服に手をかけるとそれを一気に引き剥がした。
   (や、やっぱりー)
    人間の衣服は動物でいうと外皮みたいなものだ。だから人間を食するタイプの妖怪は、ま
   ず衣服を引き剥がしてから肉体にかぶりつくのだ。
   「こいつ・・・」
    利緒はなんとか危機から脱しようともがくが、両手が塞がれていては空封輪も衝撃波も使
   えない。妖怪はあがく利緒の両肩を掴んで口を大きく開けた。
   「・・・・・・!」
    利緒は観念して目を強く閉じた。と、その時いきなり妖怪が悲鳴をあげた。利緒は目を開
   けて妖怪を見た。1本の矢が妖怪の眉間に刺さっていた。
   「誰?」
    利緒は矢が飛んできたと思われる方向を振り向いた。そこには利緒がよく知っている人物
   が弓を持って立っていた。
   「御母様?」
    利緒はおもわず驚きの声をあげた。実家にいるはずの母・美里が目の前にいたからである。
   「油断大敵ですよ。利緒」
    美里はそう言うとお札を利緒の体にくっついている物体に貼り付けた。するとゼリー状の
   物体は白い煙を出して蒸発した。
   「御母様、なぜここに?」
    利緒は自由になった腕で胸を隠しながら起き上がった。
   「千里から貴方が妖怪と闘うと聞いて急いで駆けつけたのですよ。貴方は1回妖怪を倒した
   そうだから多分次は油断してかかるでしょうから」
    全てを見透かしたかのような母の眼差しに利緒はたじろいだ。
   「さ、利緒、まだ終わってはいませんよ」
   「はい」
    利緒は返事をすると落ちていた空封輪を拾って、それを両手で掴んで前に突き出した。
   「これで終わりね。天真空輪波!」
    利緒が叫ぶと同時に空封輪から眩しい光が放射され妖怪の体を粉々に砕いていった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
       第3話 pyromaniac
    男は燃えさかる炎の前で不気味な笑みを浮かべていた。男の周りには多数の人間がいるが、
   誰一人として男の表情に気を止める者はいなかった。皆、目の前の火事に釘付けになっている
   のだ。消防隊員が懸命に消火作業しているが、燃えている家の中にはまだ人がいるらしい。
    数十分後、火災は鎮火されたが焼け落ちた家の中から家族と思われる人間の焼死体が発見さ
   れた。その数は3体。うち1体は子供のものだった。
   「かわいそうにねー、まだあんなに小さいのに」
   「ああ、消防の人が言ってたけど放火の疑いが濃いらしいぞ」
   「たまんねーな、まったく」
    そんな周りの会話も男にしたら自分がやった事への評価に思えた。そう、この火事は男の仕
   業だったのだ。周りの人間が火事についてあれこれ話すのは火事に注目しているからだ。世間
   が注目することをやったということに男は満足感を味わっていた。
    男は別にこの家の家族に恨みはない。たまたま目についただけだ。だから誰が死のうと男に
   は関係のないことだ。すでに男の理性は壊されていた。そう、男は妖怪に取り憑かれていたの
   だ。
 
 
    利緒は布団から起きると時計を見た。時計の針は7時を指していた。
   「皆、起きて」
    利緒はパンパンと手を叩いた。すると、彼女の布団の横に敷いてある4つの小さい布団から
   奇妙な生き物が起き上がってあわただしく動き出した。このハムスターを大きくしたような生
   物は利緒が炊事洗濯掃除をさせるために実家から連れてきたものだ。名前はポアロ・コナン・
   コロンボ・グレイである。彼等は利緒が幼少の頃から彼女に従ってきた僕である。だから彼女
   の命令は何でも聞くし、主の身に危険が迫ったら己が身を挺してでも守ろうとする。
   「今日は実家に帰るから貴方達もついてくるのよ」
    利緒の言葉に朝食を作っているグレイ以外の3匹が右手を挙げた。これは人語を喋ることが
   できない彼等の了解したという合図である。やがて、朝食の準備ができて利緒と4匹は食事を
   とった。それが終わると4匹が食器を片づける。その間に利緒は外出する支度をした。一通り
   準備ができた頃に母の美里から迎えに来たという電話がかかってきた。利緒は4匹を従え家を
   出た。アパートの前には母のセンチュリーが停車していた。
 
 
       ポアロ・コナン・コロンボ・グレイの名前のモチーフは名探偵です。彼等は
      奇妙な生物として紹介されていますが、これは良い妖怪にしようか、それとも
      別の生き物にしようか悩んだからです。とりあえず現在は精霊ということにし
      ときます。
       4匹と一緒に里帰りすることになった利緒ですが、なんでか咲樹達もついて
      いくことになりました。
 
 
    美里が言うには妖怪とはこの世界とは異なる世界の住人で太古の昔からこの世界と密接に関
   わっていたそうだ。大抵は人間に害をなす者が多いのだが、中には地震や津波などの災害を人
   間に教えてくれる者もいるそうだ。 今回、出現した妖怪はクラスとしては下級に属するもの
   で、生身ではこの世界に居続けることができない。そのためこのクラスの妖怪は人間に取り憑
   くことでこの世界にいられるようにしたのである。といっても誰にでも取り憑けるわけでもな
   く、他人や社会に対してゆがんだ感情を持っている人間でないと無理のようだ。
   「しかし、妖怪はもう現れないはずでした」
    江戸時代まで頻繁に現れた妖怪だったが、150年前に当時の天真流継承者と他流の妖撃術
   士達との戦いに敗れて以来、姿を現していない。そのため当時は108あった妖撃術の流派も
   現在では数えるほどに減少してしまっている。
   「敵を失った私達の祖先は違う道を模索し始めました。剣道や柔道などの武術の道場を開いた
   り、商売に手を出したり、妖撃術士達がそれまでの人生とは別の生き方をしていったのと共に
   人々の記憶から妖怪は消えていきました。しかし、我が天真流だけは妖撃術を継承していくこ
   とになったのです。それは妖怪王がまだ生きているからです」
   「妖怪王?」
   「それが何者かはわかりません。ただ、私の祖先がそう言っていただけです」
    二度と現れないはずの妖怪。だが、150年前の天真流継承者・高城原義治は、妖怪王が生
   きている限り奴等の脅威は消えることはないと断言した。妖怪王が何者かは誰にもわからない。
   人間でその姿を見た者は高城原だけである。他の妖撃術士達もしばらくは警戒を続けたが、1
   0年も20年も妖怪が現れなかったため、もう妖怪は現れないと結論づけたのである。やがて
   高城原も世を去り、時が流れると彼の子孫も妖怪は過去の存在だと思うようになっていった。
   それでも妖撃術の継承は続けることにしたのである。
   「私も妖怪王のことは子供の頃から聞かされていましたが、正直に言って信じていませんでし
   た。それが今回再び妖怪が現れ始めたと聞いて、妖怪王について調べてみることにしたのです。
   妖怪王は先祖しか見た者がなく、従って先祖が書き記した書物でしか妖怪王のことを知ること
   ができないのですが、その書物には妖怪王についての記述はその倒し方しか記されていません
   でした」
    今回利緒を呼び戻したのも彼女にその倒し方をマスターさせるためである。といっても何も
   特別な修行をするわけでなく、ただ呪文を覚えるだけである。
 
 
       妖撃術の108派とは南斗聖拳108派からとりました。
 
 
    また家が燃えていた。2日連続の放火である。放火したのはあの男である。もう彼に自粛す
   る思考は存在しない。男の思考と神経を支配する妖怪にとって人間が何人死のうと全くどうで
   もいいことだ。
    男の周りには人はいない。やはり放火している現場を見られるのはまずい。男は人が来る前
   に現場を立ち去ろうとした。野次馬が集まってきた頃にまた現場に戻って火事を見物するつも
   りである。男は立ち去ろうと後を振り向いた。だが、正面に若い女性が立っているのを見た男
   はギョッとなって動きを一瞬止めた。いままで人間の気配など感じなかったからだ。しかし、
   見られたことに変わりはない。男は口封じに女性を殺すことにした。ナイフを手にして女性に
   迫る男。普通の女性ならここで悲鳴をあげるか怯えて逃げまどうかするはずであったが、この
   女性は不気味な笑みをこぼすだけで逃げようとも怯えようともしなかった。逆に男の方がガタ
   ガタと震え出した。男は否妖怪は本能的にこの女に襲いかかるのは死を意味することを察知し
   ていたのだ。男が服従する姿勢を見せたことを確認した女性は1枚の写真を出し、この写真に
   写っている少女を殺せと命じた。男は写真の少女に見覚えはなかったが言うとおりにすること
   にした。
    用件を終えると女性は姿を消した。男はもう一度写真を見た。なぜ殺すのか理由はわからな
   いが、難しい仕事ではないはずだ。人間の小娘一人殺すことなど造作もない。男は写真を懐に
   しまった。男に渡された写真に写っていた少女、それは利緒であった。
 
 
       謎の女に利緒抹殺を命じられた妖怪は夢小路邸を襲撃します。この時、夢小路
      邸ではちょっとした宴の最中でした。そして、1人抜け出した利緒は休息中に妖
      怪と遭遇するのです。
 
 
    利緒は庭に降りると亡き祖父が丹念に手入れしていたという日本庭園を観賞した。祖父は利
   緒が赤子の時に他界している。夢小路グループの2代目とあってその葬儀はかなり盛大だった
   ようである。その後、グループの総裁は祖父の弟が継いで現在に至る。その次は婿養子の達彦、
   さらにその次は娘の奈緒かその婚約者が跡を継いでいくだろう。
    しばらく庭を散策した利緒は東屋で休息することにした。この東屋で夜空の星を見上げるの
   が利緒は好きだった。久しぶりに星空を観賞しているとこれまでの事を忘れてしまいそうにな
   る。だが、それは招かれざる客の来訪で吹き飛ばされてしまった。殺気を感じた利緒は咄嗟に
   その場を離れた。
   「誰?」
    利緒は辺りを窺った。相手の姿は見えないが殺気だけは感じられた。否、殺気だけではない。
   利緒はかすかだが妖気も感じられることに気づいた。利緒は妖気の出所を探した。
   「そこ」
    利緒は足下の石を拾って妖気が発せられていると思われる方向に投げた。石は大きな庭石に
   隠れていた男の頭に命中した。頭を抱えながら男が姿を現した。
   「貴方は何者?」
    聞くまでもない。妖気が感じられるということは妖怪以外に有り得ない。案の定、男は妖怪
   の本性を現した。
 
 
       妖怪が本性を現したので美里も姉の奈緒も妖怪の接近に気づきますが、助太刀
      に行こうとする奈緒に美里はその必要はないと止めます。母の命令なので奈緒は
      利緒が助けを呼ぶまで待つことにしました。ちなみに妹の真緒は酔いつぶれてい
      ます。
 
 
    危なくなれば助けを呼ぶだろうという奈緒の予測は全く的中しなかった。利緒は最初は格闘
   技で妖怪を圧倒したが、妖怪が燃える木の枝を振り回すと迂闊に近づけなくなっていた。この
   妖怪は手に持った物を燃やす能力があるらしく、木の枝が燃え尽きてもまた違う枝を拾ってそ
   れを燃やすのだ。
    妖怪は燃える枝を持って利緒に突進してきた。利緒は振り回される燃える枝をかわしながら
   反撃を加えるが、炎が気になって満足な攻撃ができずにいた。
   「ハッ」
    利緒は衝撃波で妖怪を吹き飛ばすと急いで妖怪との距離を取った。気を集中する時間を稼ぐ
   ためである。空封輪があればそれで攻撃できるが、あいにく空封輪はアパートに置いてきてい
   る。妖怪を倒すには気を集中させるしかなかった。だが、もう少しで気の集中が終わるといっ
   た時に妖怪の指先から火炎放射のように炎が伸びてきた。
   「!」
    利緒はあわてて集中させていた気で防護膜を作って炎をしのいだ。だが、それによって集中
   させていた気のほとんどが発散されてしまった。接近もできない、距離を取って気で倒すこと
   もできないとあっては最早利緒に打つ手はなかった。それでも利緒に助けを呼ぶという考えは
   なかった。潜在能力の高さがなければ天真流継承者の候補にすら入れなかったであろう利緒に
   は誰かの手を借りて闘うということは己の候補者としての資格を捨て去るということだ。
   (なんとかしなくちゃ)
    利緒は必死に打開策を模索した。あの妖怪の弱点はどこか、炎を無力化する方法はあるか等
   々。30秒ほど考えて利緒は一つの方法を思いついた。
   『コロンボ、真緒の部屋から紙人形取ってきて』
    利緒はテレパシーでコロンボに指令を送った。次にポアロ・コナン・グレイも呼んで池の水
   を大量に飲ませた。
   「これで家に火がついても大丈夫」
    妖怪は奇妙な生き物の出現に警戒しているようだ。おかげで利緒はコロンボが来るまでに攻
   撃されずに済んだ。コロンボは利緒に紙人形を渡した。この紙人形は利緒が土産として真緒に
   贈った物である。
   「もう貴方はお終いよ。往生しなさい」
    利緒は紙人形を大きくすると妖怪に差し向けた。妖怪は指から炎を出して紙人形を燃やそう
   とした。モノが紙だけに紙人形は瞬く間に炎に包まれた。だが、普通の紙と違って紙人形はす
   ぐには燃え尽きず、そのまま妖怪の体に巻き付いた。当然、紙人形の火は妖怪に燃え移った。
   「炎を操る妖怪だからって火が通用しないとは限らない」
    体に火がついた妖怪は悲鳴をあげながら悶え苦しんでいる。
   「火を消してほしいなら、なぜこの家に現れたか言いなさい」
    熱さから逃れたい妖怪は利緒の質問に答えようとした。だが、妖怪が口を開いた瞬間、その
   後方から何かが飛んできて妖怪の体を貫いた。妖怪は口から緑色の血を吐き出して倒れた。利
   緒は3匹に水をかけるように指示した。火が消えたのを確認した利緒は妖怪の体を揺さぶった
   が、すでに事切れていたらしく妖怪は何の反応も示さなかった。
   「一体誰が・・・」
    利緒は妖怪を貫いた物体を拾うと、それが飛んできたと思われる方角を見た。これを飛ばし
   たのは恐らく妖怪に指示を出していた者だろう。だが、視線の先にそれらしき者はいなかった。
   「厄介なことになりそうね・・・」
    利緒はポツリと呟いた。妖怪の死体はドロドロに溶けて、緑色のスライム状になっていた。
   やがて、それも溶けて妖怪の痕跡はすべて消滅した。妖怪は死ぬとドロドロに溶けてなくなる
   ものであると利緒は初めて知った。前の2匹は跡形もなく消し去っていたので妖怪の血が緑色
   であることも知らなかったのである。戦闘の経験だけでなく妖怪の知識も得ることができて少
   しうれしい気持ちになった利緒であった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
       第4話 puppeteer
    妖怪が夢小路邸に現れて一夜が明けた。その妖怪の目的は何なのかわからないが、背後に糸
   を引いている者がいるのは確かである。問題はその背後にいる存在―恐らく妖怪であろう―が
   妖怪王と呼ばれる妖怪全体を支配する者なのか、それとも単に昨夜の妖怪の兄貴的・親分的な
   存在にすぎないのかである。前者の場合、それは組織的な行動であることが明白となり由々し
   き事態となる。妖怪と闘える妖撃術士は最早数えるほどしか存在せず、さらにその中で実戦経
   験があるのは利緒だけだからである。
    そんなわけで利緒は予定なら今日帰るつもりだったが、また妖怪が攻めてくるかもしれない
   のでしばらく実家に留まることにした。この時点で利緒は自分が狙われていたことに気づいて
   いなかった。妖怪の攻撃目標は夢小路家そのものであると思い込んでいたのだ。
 
 
       美里に友達とどこかに遊びに行ったらと言われた利緒は咲樹と春香、それと妹
      の真緒にボディガード役の楓と開催中の世界の妖怪展に行くことにしました。
 
 
    いままでに利緒の前に現れた3匹の妖怪は妖怪王とは何の関係もなかった。3匹目の妖怪は
   妖怪王の手下の女に服従させられたが、元々は個人で行動していた。
    150年前の戦いで負傷した妖怪王はその治癒のため、しばらくは動けない状態が続いた。
   その間、妖怪達への統制は緩められ気づけば妖怪達が勝手に向こうの世界に出入りするように
   なっていた。妖怪王は度々勝手に向こうの世界に行くことを禁止する命令を発したのだが、誰
   もその命令に従おうとはしなかった。
    事態を重く見た妖怪王は早急に妖怪達への統制を回復しようと決意したが、妖怪達を従わせ
   る唯一の手段である力の行使は現時点では不可能である。傷が完全に癒え100%の力が発揮
   できるようになるには少なくとも後十数年は必要であった。しかし、現在でさえ統制が行き届
   かない状態である。それが十数年後になるともっと酷い状態になるのは明かである。妖怪王は
   今すぐにでも完全復活する必要があった。そこで目をつけられたのが利緒である。
    人間に通常では考えられない程の潜在能力を秘めている者がいると聞いた妖怪王は、この人
   間の力を吸収することによって一気に完全復活を遂げようと企み、部下にこの人間を調査して
   自分の傷を完全に治癒できるほどの力があることが判明すればこっちに連れてくるように命じ
   た。命令を受けた部下の女は妖怪を使って利緒の力を試し、その結果を妖怪王に報告した。そ
   の報告を聞いた妖怪王は満足げに頷いた。この少女なら大丈夫だと。 
    そして、利緒達が妖怪展に出かけることを知った妖怪王は部下の女に彼女を拉致するように
   命じた。他の人間?そんなのは食人種の餌にしてやれ。
 
    妖怪展にやってきた利緒達は展示されている妖怪の模型を観賞した。
 
   「やっぱ本物に比べると迫力に欠けるわね」
    展示されている妖怪の模型を見て咲樹は感想をもらした。確かに妖怪展だけあって展示され
   ているのはグロテスクなものばかりなのだが、それでも本物の怖さには遠く及ばなかった。平
   然と妖怪模型を眺める咲樹に比べ、春香は模型を凝視できないでいた。
   「そうね」
    相づちをうちながらも春香の視線は妖怪模型を避けている。それを見て咲樹はニヤと笑って
   からかうように尋ねた。
   「怖いの?」
   「怖くない方がおかしいわよ」
    春香はムッとなって答えた。それを見て咲樹はますます面白くなった。
   「馬鹿ねぇ、確かにこれは不気味だけど別に襲ってくるわけじゃないんだから」
    そう言うと咲樹は模型の頭を掴んだ。
   「なんて言うのかな。こうリアリティがないというか、本物を見たことがある私にとってこの
   程度じゃ物足りないわね」
    得意げに語る咲樹。確かに初めて妖怪と遭遇した日からホラー映画を見ても怖くなくなって
   いた。その時、咲樹は肩をつんつんと誰かが指で触る感触を感じた。
   「誰・・・」
    咲樹は振り向きざまに相手の顔を見て一瞬声を失った。それからすぐに悲鳴をあげた。
   「ぎゃあああ!」
    咲樹は目の前にいきなり現れた妖怪に腰を抜かしそうになった。恐怖で顔が引きつり、震え
   る手で自分の方を指さす咲樹を見て妖怪は笑い出した。
   「嶋岡さんだって恐がりじゃない」
    妖怪は真緒だった。売店で買った妖怪のマスクで咲樹を脅かしたのである。
   「あ、あんたねえ」
    咲樹は顔を真っ赤にして怒り出したが、その傍らで春香がクスクスと笑っていた。
   「すっかり仲良くなったみたいですね」
    少し離れた場所にいる楓が3人の様子を見て利緒に話しかけた。だが、利緒は3人の方を見
   ることなく楓の話を聞き流していた。車に乗ってから、利緒は一言も話していない。ただ膝の
   上に乗せたグレイをなでていただけであった。遅ればせながら咲樹が春香も泊まることになっ
   たと言った時も、利緒は何の反応も示さなかった。ちなみに4匹はさすがに中に入れるわけに
   もいかないので車で待たせている。
   「ああいう人が御嬢様のお友達なら私達も安心できます」
    楓は話を続けたが、利緒に聞いている様子はなかった。いつものことなので楓も特に気には
   しなかった。
   「それにしてもここはよほど人気がないんですね。私達以外にお客さんいないんだから」
    楓は辺りを見回した。確かにここに入ってからスタッフ以外の人間には会っていない。
   「おかしいわね」
    それまで何かを考えている様子だった利緒がボソッと呟いた。
   「何がですか?」
   「駐車場には何台か車が停まっていた。それなのにここには誰もいない。さっき嶋岡さんが悲
   鳴をあげたけど誰も来なかった。スタッフさえも。あんな大声聞こえないはずないのに」
   「そう言えばそうですね」
    楓は考え込んだ。他の人はどこに行ったんだろう。入場したとき確かにスタッフの人はいた
   のに。その時、また咲樹の悲鳴が響いた。二人が咲樹達の方を振り向くと、妖怪の模型が動き
   出して3人を囲んでいた。
   「な、なに、あれ」
   楓は突然の出来事に狼狽した。そしてすぐに思い当たる事を口にした。
   「あれが妖怪?」
    だが、利緒がそれを否定した。
   「違う」
    楓は利緒の方を振り返った。さすがに場慣れしているだけあって利緒は冷静だった。
   「妖気を感じない」
   「えっ?あ、確かに」
    妖気が感じられなければそれは妖怪ではない。
   「じゃあ、あれは何だと言うんです?」
    楓は動き出した妖怪の模型を指さして尋ねた。咲樹達を囲んでいる妖怪模型は今にも襲いか
   かろうとしている。そして、利緒達の周りにある模型も動き始めた。その動きを見て利緒が呟
   く。
   「お友達になりましょうって感じじゃないわね」
    それを聞いて楓は息を呑んだ。美里から万一のためにと言われてついてきたが、まさか本当
   に万一の時が来るとは思ってもいなかった。
   「闘いますか?」
    楓は額から汗を垂らしながら懐に隠していたトンファーを取り出した。
   「死にたくなかったらね」
    利緒は身構えた。緊張している楓と違って利緒は冷静そのものだ。
   (真緒達が危ないか)
    状況を見て利緒は真緒達が危険であると判断した。真緒は武器を持っていないのだ。となれ
   ば早いとこ真緒達を助けに行かなくてはならない。利緒はジャンプして前にいた妖怪模型の頭
   を両足で挟み、次に両膝蹴りをくらわせた。衝撃で模型は倒れてバラバラになった。機械が埋
   め込められているのかと思っていたが、そういったものは見受けられなかった。妖怪模型は本
   当にただの模型だった。
    利緒の攻撃を合図に妖怪模型は一斉に襲いかかってきた。楓はトンファーを振り回して妖怪
   模型を壊していったが、武器を持たない真緒達は模型に掴まれるのを避けるだけで精一杯だっ
   た。それを見た利緒は、襲ってきた模型の頭を両足で挟んでそのまま後方に回転して模型の頭
   部を床に叩きつけると、真緒達を助けに行った。
   「御姉様〜!」
    真緒は腕を掴もうとする模型の手を振りはらって利緒に抱きついた。咲樹と春香も利緒の後
   に隠れた。そこを一体の模型が高くジャンプして飛びかかってきた。利緒はそれをフライング
   レッグラリアートで叩き落とすと、逆立ちの状態で着地して周りの模型を蹴りで薙ぎ払った。
   「妖破斬円脚」
    妖怪模型は次々と利緒に襲いかかったが、その度に蹴りをくらって壊れていった。やがて模
   型は一体残らず破壊された。
   「何だったの?今のは」
    辺りに散乱した模型の破片を見て咲樹が呟く。
   「これは何者かが操っていると考えた方が自然でしょう」
    楓は利緒に向かって言った。利緒もそれに同意するとテレパシーで4匹を呼び寄せた。
   「どうするの?」
    咲樹が尋ねた。
   「ポアロ達をここに残しておくから貴方と汐留さんと真緒はここで待ってて」
   「夢小路さんは?」
   「私は楓さんとこの周りを調べてくる」
   「えっ、じゃ真緒も」
    真緒はあわてて手を挙げた。
   「真緒も行く」
    真緒は哀願する目で利緒を見た。だが、利緒はそれを却下した。
   「貴方は武器を持ってないでしょ。何が襲ってくるかわからないから大人しくここで待ってな
   さい」
    それでも真緒は諦めきれない様子だ。
   「30分ぐらいで戻るつもりだけど、もし30分経っても私達が戻ってこなかったら貴方達だ
   けでもここから逃げて」
   「そんな・・・」
    真緒は今にも泣き出しそうだ。久しぶりに会えた姉がまたいなくなるかもしれないと思うと
   涙が抑えきれなくなくなる。そんな妹の頭を利緒は優しく撫でた。
   「貴方に涙は似合わない。貴方が悲しめば皆も悲しむ。逆に貴方が喜んだら皆も喜ぶ。貴方に
   は感謝している。もし貴方がいなかったら私は人を完全に信用しなくなっていたかもしれない」
   「御姉様」
   「ここで待てるわね」
    真緒はコクッと頷いた。姉妹の会話が終わると次は咲樹が利緒に話しかけた。
   「絶対に戻ってきてよ。私もっと貴方のことを知りたいから」
    そう言うと咲樹は右手を前に差し出した。
   「・・・・・・」
    咲樹の意図を察した利緒は少しとまどいながら自分も右手を出した。その手を咲樹は掴んで
   握りしめた。
   「絶対によ」
    咲樹は力を込めて言った。利緒は初めての握手に妙な感触を感じた。手を握っているだけな
   のにどうしてこんなに温かいんだろう。
 
    利緒達がいるホールから随分離れた一室に一人の女が椅子に座っていた。妖怪王の手下であ
   る。そこは警備室らしく館内の各所に設置された防犯カメラからの映像が送られてきている。
   女の足下には警備員の死体が2体転がっている。
    この日、利緒達がここに来ると知った女は先回りして待ち伏せしていた。その際、邪魔にな
   るスタッフと客を全員殺害している。そして、利緒達が館内に入ってくると念力で妖怪模型を
   動かして襲わせたのである。女は人形を操る能力があるのだ。しかも、生命活動を行っていな
   ければ人間でさえも操ることができるのである。利緒達が入場した際に見たスタッフも真緒に
   妖怪のマスクを売った売店の店員も女に殺されて操られていたのである。あわよくばそれで利
   緒を拉致して妖怪王の元に連れて行こうと企んだが、あいにくと妖怪模型は全て破壊されてし
   まった。その一部始終をモニターで見ていた女は苦笑しながらも利緒の予想以上の強さに感心
   していた。まだ子供なのにあの娘は自分以上の戦闘力を秘めている。あれなら妖怪王のダメー
   ジを完全に治癒させることができる。女は利緒と楓が模型を操っていた者を探索しようとして
   いるのを知るとそれまで抑えていた妖気を解放した。利緒を自分のところに誘き寄せるためで
   ある。そして、思惑どおり利緒がそれに反応して真っ直ぐこちらに向かってきているのを確認
   すると満足げに笑みを浮かべた。さあ、いらっしゃい哀れな子猫ちゃん。私が貴方の人生を奪
   ってあげる。貴方は妖怪王のエネルギー源として一生を過ごすのよ。
 
   「ここですね」
    利緒と楓は妖気が発せられていると思われる部屋の前に立っていた。ドアの上にあるプレー
   トには警備員室と書かれている。
   「開けますよ」
    楓はゆっくりとドアを開けた。中は少し暗かったがモニターの前に女が座っているのが見え
   た。そして、ふと床の方に視線を移した楓はその光景におもわず口を押さえた。
   「!」
    床には血まみれの警備員らしき人の死体が転がっていた。
   「ひ、ひどい・・・」
    あまりにも無残な光景に楓は吐き気を覚えた。さぞかし利緒も同じ気分でいるだろうと案ず
   る思いで隣の利緒を見た。だが、利緒は死体に気づいていないのか平然としていた。
    その利緒の顔を女はまじまじと見つめた。隣にいる年上の女が顔面蒼白になっているのにこ
   の小娘は何も動じていない。感覚が鈍いのか度胸があるのかわからないが、要はこいつを連れ
   て帰ればいいことである。さて、どう連れて帰ろうか・・・。女が思案しているとどこからか
   不気味な音が聞こえてきた。女はその音に敏感に反応した。
   「?」
    楓は落ち着きをなくした女を不思議そうに眺めた。次の瞬間、女が楓に向かって飛びかかっ
   てきた。
   「くっ!」
    楓は避けきれず女もろとも部屋の外に転がり出た。外に出た女は素早く立ち上がると警備員
   室のドアを閉めた。
   「御嬢様!」
   やや遅れて立ち上がった楓は女をはねのけドアを開けた。だが、そこに利緒はいなかった。
   「御嬢様・・・?」
    楓は部屋の中を見回したが、利緒はどこにもいなかった。
 
   「ここは・・・?」
    利緒は自分がどこにいるかまったくわからなかった。あの時女がドアを閉めた瞬間、部屋が
   光に包まれて、利緒は眩しさのあまり顔を背けた。そして、光が消えたかと思うといきなり利
   緒の体が宙に浮かんだ。
   「?????」
    あまりにも非常識なことにさすがの利緒も動転してしまった。さらに信じられないことに、
   利緒の眼前に映る風景は警備員室の中ではなく真っ暗な空間だった。周りにあるのはでっかい
   水泡みたいな球形だけである。
   「夢・・・?」
    利緒はあの光で気を失って、悪い夢を見ているのではないかと思った。だが、どこからとも
   なく聞こえてきた声がそれを否定した。
   「夢じゃないよ」
   「誰」
    利緒は声の出所を探した。
   「フフフッここだ」
    声の主はいきなり利緒の目の前に現れた。彼は人間っぽい風貌をしているが、人間ではない。
   その眼光は人間では有り得ない程厳しいものであり、何よりも男から発せられているのは紛れ
   もなく妖気だった。
   「貴方は?」
    利緒は相手の名を尋ねたが、男は何も答えなかった。そこで利緒はハッと気づいた。相手に
   名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀である。
   「私は天真流妖撃術35代目夢小路利緒。貴方は?」
    すると男も自分の名を言った。
   「俺の名は磁悪。御前達が妖怪王と呼んでいる者だ」
   「妖怪王?」
    利緒の声には疑問が含まれていた。化け物の総大将なのだから、もっと迫力のある妖怪だと
   想像していたからだ。
   「そうだ。拍子抜けしたか?」
   「想像してたのと全然違うから。でも私にとっては都合のいいこと。だって貴方強そうじゃな
   いから」
   「おいおい、言ってくれるじゃねーか。まあ100%の力を発揮できない状態じゃそう言われ
   ても仕方ねーかもな。でもな」
    妖怪王は自分の額を指さした。彼の額には切り傷があった。
   「これはな150年前にお前の先祖につけられたものだ。あの野郎、俺の弱点を一瞬で見抜き
   やがった。おかげで他の傷が完治してもこの傷が治らない限り俺は完全復活できないんだよ。
   つまり俺が強そうに見えないのはお前の先祖のせいなんだぞ。この落とし前子孫であるお前に
   きっちりつけてもらうからな」
    妖怪王の怒りと憎しみに震えた声に連動するかのように、周りの空気も激しく震えだした。
   「これが・・・妖怪王の力」
    利緒はいままで闘ってきた妖怪とは比較にならない妖気に思わずたじろいだ。
   「クククククッ、妖怪王に逆らう愚か者め今こそその報いを受けるがいい!」
    妖怪王が両手を突き出すと、そこから気の波動が発せられ利緒を包み込んだ。
   「!」
    危険を感じた利緒は急いでその波動から逃れようとしたが、すでに遅く利緒の体は動かなく
   なった。
   「くっ」
    利緒は必死に体を動かそうと手足をバタつかせたが、それはさらなる束縛を受けるだけの結
   果となった。
   「無駄なことはやめろ。それより大人しくその命この俺に捧げろ!」
   「だ、誰が貴方なんかに・・・。ぐあっ!」
    利緒が言い終わらないうちに妖怪王は利緒の体を引き締めた。
   「安心しろ。殺しはしない。殺せば貴様のエネルギーを吸収できなくなるからな」
   「な、なんですって」
   「言っただろ、お前に落とし前をつけてもらうとな」
    妖怪王は残忍な笑みを浮かべると、なにやら呪文を唱え始めた。当然、その呪文は利緒の耳
   に入ってくるのだが、それは聞こえるというよりも耳から体の中に入ってくるといった感じだ
   った。
   「な、なんなの?これ」
    気持ち悪い感覚に利緒は耳を塞いで防ごうとするが、体の自由が利かないため呪文は何の障
   害もなく入っていった。
   「や、やだ・・・い、意識が」
    利緒は段々と意識が遠のいていくのを感じた。
   (私・・・このまま死ぬの?)
    利緒の頭の中でいままでの出来事が走馬灯のように駆けめぐった。
   (ああ、これ死ぬ人が見る奴よね)
    やはり自分はここで死ぬのだろうか。不思議と利緒は自分の死を自然に受けいれようとして
   いた。あまりいい生涯ではなかった。別に生き延びてもしたいことがあるわけでもなし・・・。
   あれ?いや、そんなことない。自分にはどうしてもやりたいことがあるじゃないか。
   ―本当の父親に会いたい―
    それが利緒の唯一の目標だった。咲樹達の学校に転校したのもそこに父親の手がかりがある
   と聞いたからだ。たとえ会って歓迎されなかったとしても構わない。一目会えたらそれでいい
   のだ。
    生きる気力を取り戻した利緒はすべての気を集中させた。
   「なんだ、この力は?」
    妖怪王は利緒の体から溢れ出る大量の気を目の当たりにして驚愕した。
   「信じられん。これがこいつの潜在能力か・・・。この俺でも抑えられんとは!」
    妖怪王は呪文を唱えるスピードを速めた。彼が唱えている呪文は彼の妖気が利緒の体に侵入
   するためのものである。標的が悪党なら呪文など唱えなくても容易にその体内に入り込めるが、
   そうではない者には良心の壁というものがあるため呪文でそれを破壊する必要があるのだ。良
   心の壁を壊せば無防備となった相手の心を悪一色に染めることぐらい造作ではない。先程、利
   緒は意識が遠のくのを感じて自分が死ぬものと思い込んでいたが、それはいままでの利緒の記
   憶が失われていくだけのもので彼女の死を意味するものではなかった。
   「まさかこれほどとはな・・・」
    予想を超える利緒の潜在能力に妖怪王は舌を巻いた。彼女の力を吸収すれば間違いなく額の
   傷は完治する。だが、呪文の系統は耳を塞ぐだけで容易に防がれる。そのために利緒の体の自
   由を奪って耳を塞げないようにしたのだが、利緒はその拘束を自力で解こうとしていた。妖怪
   王は必死に利緒の動きを封じようとするが、呪文を唱えながらでは妖気をうまく集中できなか
   った。
   「うあああああ!」
    体の自由を徐々に取り戻していった利緒は一気に気を全開させた。そしてついに利緒は束縛
   を解くことに成功した。
   「ハアッ、ハアッ・・・」
    力を使い果たした利緒はがっくりと項垂れた。人間が妖怪王の魔力を撃ち破るのは容易なこ
   とではない。17歳の利緒がそれを成したのは驚くべき快挙だが、妖怪王からしたらそれは脅
   威以外の何者でもなかった。
   「ちっ、仕方ない」
    妖怪王は素早く方針を変えた。利緒を殺すことにしたのである。いまなら利緒を殺すことは
   容易である。拘束の魔力を打破しただけで力尽きるようでは所詮その程度ということである。
   だが、利緒はまだ17歳である。これからもっと力を増していく危険があった。いまここで利
   緒を殺さなければ後々に禍根を残すことになる。いまならまだ力の差は圧倒的であり、何より
   も利緒は疲労で満足に動ける状態ではなかった。
   「貴様は危険だ。危険すぎる。生かしておけば一生の悔いとなるだろう。だから俺はいまここ
   で全力で貴様を殺す!」
    妖怪王はゆっくりと構えた。それに対し利緒は何ら構えることなく突っ立っているだけだっ
   た。不審に思った妖怪王が問いかけた。
   「どうした?なぜ構えない」
    利緒はゆっくりと口を開いた。
   「もう終わりよ。貴方はさっさと私を殺しておくべきだった」
    妖怪王は利緒が言っている意味が理解できなかった。
   「貴方が呪文を使ってくれたおかげで思い出したの。御先祖様が残した呪文のことを。その額
   の傷」
    利緒は妖怪王の額の傷を指さした。
   「貴方、いままで不思議に思わなかったの?いくら弱点だからって150年も治癒しないなん
   ておかしいでしょ?」
    利緒の指摘に妖怪王はハッとなった。非常にゆっくりだが傷が塞がりつつあったので、時間
   が経過すれば自然に治るものと思い込んでいたのだ。
   「それは多分、御先祖様が呪いとかかけてすぐには治らないようにしたのよ。それは何故か。
   ヒントは」
    利緒は人差し指を立て少し間をおいた。
   「私は昨日、御先祖様が残したという呪文を覚えた。それは貴方を倒す呪文らしいわよ」
   「う、うぐぐ」
    妖怪王の顔は蒼白になっていった。最早一刻の猶予はない。妖怪王は一気にケリをつけよう
   とした。
   「死ね!」
    妖怪王は鋭い爪で利緒を突き刺そうとしたが、その前に利緒が呪文を唱えていた。
   「∞★♀△¥◆、☆★☆¢!」
    呪文を唱え終わったとき、妖怪王の爪は利緒の喉元に迫っていた。1秒でも遅かったら利緒
   は喉を貫かれていただろう。
   「ぐっ、ぐっ、ぐおああああああっ!」
    妖怪王はすさまじい悲鳴をあげた。利緒が唱えた呪文は額の傷を一気に開くためのものだっ
   たのである。弱点である額を完全に破壊された以上、妖怪王に生き延びる術はなかった。
   「貴方もこれでお終いね。往生しなさい」
    利緒は勝利を確信していた。妖怪王の妖気はみるみる減っている。
   「く、くそったれがー!」
    妖怪王は後悔していた。自分は額の傷が自然に治るのを待つべきだったのだ。妖怪達への統
   制の回復を急いだが為にこのザマだ。だが、妖怪王は一人で死ぬつもりはなかった。彼は弱々
   しく左腕を前に突き出した。
   「俺一人では逝かんぞ・・・。貴様も連れて行く・・・。夢小路利緒・・・」
    妖怪王は最後の力を振り絞って妖気の波動を発した。
 
    その頃、楓は死闘の末に女を倒していた。女が起き上がってこないのを確認すると、楓は利
   緒を探し始めた。
   「御嬢様ー!」
    楓は大声で利緒を呼んだが返事は帰ってこなかった。
   「どこに行ったんだろ・・・」
    楓はもう一回、警備員室を調べることにした。どう考えてもあの部屋以外に有り得なかった。
   入口は一つしかないので利緒が出たらすぐにわかるはずである。
   「神様・・・」
    祈る気持ちで楓は警備員室のドアのノブに手をかけた。ソーッとゆっくりドアを開け、恐る
   恐る中を覗いた。中には誰かがモニターの前の椅子に座っていた。
   「御嬢様?」
    楓はその人に声をかけたが、反応はなかった。利緒ではないのか?楓は人物を確認するため
   中に入った。
   「失礼しまーす」
    楓は椅子に座っている人物の顔を覗き込んだ。
   「御嬢様」
    それは確かに利緒だった。それなのにどうして返事をしてくれないのだろう。訝しげに利緒
   の顔を見ていた楓はあることに気づいて愕然となった。
   「お、御嬢様・・・」
    利緒の目は開いていたが、そこに光はなかったのである。生きている人間には目に輝きがあ
   るものだが、いまの利緒にはそれがなかったのである。楓はあわてて利緒の心臓が動いている
   か確認した。心臓は確かに動いていた。生きていることは確認できたので楓はホッとなった。
   だが、利緒は楓が何度声をかけても試しに頬をつねってみても何の反応も示さなかった。そこ
   へ、真緒達が駆けつけてきた。
   「御姉様?」
    待っているように言われた3人と4匹だったが、楓が利緒を呼ぶ声が聞こえたので急いで走
   ってきたのだ。
   「どうしたの御姉様?ねえ」
    真緒は利緒の体を揺さぶったが、やはり利緒の反応はなかった。不安そうな顔で真緒は姉の
   身体を強く揺さぶったが、それでも利緒は反応しなかった。
   「うそでしょ?ねぇ、御姉様返事してよ。真緒だよ。ねぇ、ねぇってばよ」
    真緒は泣き出しそうな顔で何度も声をかけた。しかし、それに答える声が帰ってくることは
   なかった。
 
 
       以上です。この後にエピローグとして後日談があるんですが、ここでは省略さ
      せてもらいます。原稿用紙で200Pぐらい書いたのでものすごく時間が掛かり
      ました。やっぱ設定だけ考えた方が楽でいいですよね。
       それといま読み返してみると展開が早くて急ぎすぎたような気がします。まあ
      4話でまとめたら致し方ないと思います。もし、今度やる気が出たらもう少し余
      裕のあるストーリーにしたいと思います。
       愚作をお読みいただき誠に有難う御座います。
 
 
 
 
もどる