モンスターの恩返し


 モンスター退治の旅を続けている桜谷涼香。その涼香はいまとある町の教会の厄介になっていた。その教会は孤児院も営んでいて十数人の子供たちを引き取って育てていた。なぜ 涼香がその教会にいるのかというと夜中に歩いていたところを教会のシスターに見咎められたのだ。

「あなた見慣れない娘ね。どこの子?」
「えっ? えーと……」
「もう遅いから早く家に帰りなさい」
「は、はい……」
 帰る家など無い涼香だが、この場は早く立ち去るべきだと思った。とはいえ教会からは離れられない。なぜなら、この近辺にモンスターの気配がするからだ。そのために教会近辺 をうろちょろするしかなく、何回もシスターに見つかって叱られた。そして、とうとうシスターは親に迎えに来てもらうように涼香に言った。

「え、えーと……」
 涼香は返事に窮した。

「あなた、もしかして家出してきたの?」
 涼香の様子を見てどうやら勘違いしたようだ。まあ、家出には違い無いのだが。

「え? ち、違います」
「なら迷子?」
「いえ……」
「じゃ何かしら? 家出でも迷子でも無かったら早く家に帰りなさい。ご家族が心配しているわよ」
「……家はありません」
「えっ?」
「私には帰る家が無いんです」
「……そう、何か事情があるようね。詳しいことは明日聞くから今日はうちで泊りなさい。うちは孤児院もやっているから一晩くらいなら大丈夫よ」
 シスターの申し出に涼香は困惑したが、モンスターの探索には教会を拠点した方が良いと思ったので好意を受けることにした。こうして涼香は教会の厄介になることになった。翌朝、 涼香は教会と敷地内の掃除を手伝うことにした。モンスターの件が片付くまでこの教会に厄介になろうと決めたからだ。それと一宿一飯の恩義ということでもある。

「平和ね」
 この日は日曜日で子供たちが遊びまわっていた。つい数ヶ月前までは涼香も同じように遊んでいた。かつての自分もあの中にいた。もう戻ることのない遠い過去。

「どうしたの?」
 複雑な気分になっている涼香にシスターが声をかけた。

「いえ……」
「あなたも遊んできたら?」
「私はいいです」
 涼香は素っ気なく答えると掃除を続けた。シスターもそれ以上は何も言わなかった。礼拝に訪れる人たちへの対応で忙しいからだ。教会に出入りする人たちを横目に涼香は掃除しな がら警戒を怠らなかった。そんな時、涼香はシスターと見知らぬ男が人目をはばかるように会っているのを目撃した。男はシスターと同世代の中年だが、何を話しているかは聞こえ ない。何やら真剣な話のようだが、涼香には興味なかった。大人の話に子供が首を突っ込むべきじゃないくらいの分別はある。涼香は未だ近辺に漂うモンスターの気配に意識を集中 させていた。昨日からの調査でわかったことは、どうもモンスターはこの教会の周囲をうろちょろしているらしい。教会に何かあるのだろうか。モンスターの目的がわかるまでこの 教会に留まるしか無いようだ。

「誰かを狙っているのか、それとも教会に何かあるのか」
 もう少しこの教会を詳しく調べる必要があるようだ。だが、この後事態が急展開して涼香は調べるどころではなくなってしまう。ようやく掃除を終えようとした時、「きゃー!」 という悲鳴が響いた。何事かと駆けつけてみると、先ほどの男が胸から血を出して倒れているではないか。すぐさま救急車と警察に連絡が行ったが男はすでに死亡していた。

「まさかモンスター?」
 最悪の想定が涼香の脳裏を過ぎった。あれだけ警戒していたのに被害を食い止められなかった。涼香は愕然となった。

『落ち着け、まだモンスターの仕業と決まったわけではない』
「……そうですね」
 涼香は警察の捜査を待つことにした。その結果、男は細長い物で刺されたらしい。。モンスターは人を殺すのに道具は使わない。だとしたら、男を殺した犯人は誰なのか。男が 最後に目撃されてから死体発見まで教会の敷地内に出入りした者はいない。以上の点から警察は内部の人間の犯行としたが、内部の人間に男を殺す 動機がある者はいなかった。残る手がかりは凶器で警察は敷地内をくまなく探した。教会や孤児院の中はもちろん庭にある池の中まで。涼香はシスターが池を心配 そうというか不安そうなというかそんな感じで見ているのが気になった。池が荒らされているのが辛いのか、それとも……。池は小学校とかに置かれるプールと同じくらいの大きさ だろうか。しかし、警察の懸命の捜索にも関わらず凶器は発見されなかった。すでに外部に持ち去られてしまったのか。だが、生前の被害者の最後の目撃から遺体発見まで時間はさほど 経っておらず、その間に外に出た人間はいないし巧妙に凶器を隠す時間も無いはずである。

「なんだか、ややこしいことになってますね」
 警察が苛立っていることに涼香も気づいていた。警察に素性を知られるのはまずい涼香としては目立たないようにしながら彼らが出ていくのを待つしかなかった。もっとも警察と しては事件に手いっぱいで涼香に構っている暇は無いだろうが。やがて夕方となり警察は引き揚げていった。教会内部での殺人事件に皆暗い表情をしている。涼香はその中でシスター の表情が他と違うことを見抜いていた。不安というよりも戸惑いといった感じか。子供の涼香でもシスターが怪しいことぐらいはわかった。なぜなら、先ほどの生前の被害者が最後に 目撃されたのは、涼香がシスターと被害者が会っているのを目撃したよりも前だからだ。つまり、生前の被害者を最後に見たのはシスターということになる。しかし、シスターは そのことを警察には言っていない。言わないのは言えない理由があるからだ。それはシスターが犯人かあるいは誰が犯人か知っているかだ。だが、そんなことは涼香には興味ない事だ。 涼香が興味あるのは警察が懸命になって捜索しても見つからなかった凶器である。見つからなかったのは見つけられなかったのではなく、最初から無かったのではないか。涼香は 徹底的に教会を調べることにした。やはりあれはモンスターの仕業ではないだろうか。

『まだ、そうとは限らんぞ』
「でも、凶器が見つかっていません」
『だからといって凶器は存在しなかったとは言い切れん』
「ですが……」
『落ち着け、お前はモンスター絡みとなると落ち着きを無くす』
「……」
 ヴォルフザームの指摘に涼香は憮然となった。万一、これがモンスターの仕業でなかったとしても、一刻も早くモンスターを駆除しなければいずれは被害が出る。落ち着いてられる ような状況ではない。

『モンスターのすべてが人間に危害を加えるわけではないぞ』
「……わかってます」
 しかし、どのモンスターが人間に害が無いなど涼香にはまだ見分けることができない。それに、モンスターの大半が人間を食すタイプと人間を殺すことを快楽としているタイプで あることも事実だ。

『とにかく警戒は怠らないことだ。モンスターの狙いが何かまだわからぬが、この教会に関係あることは間違いあるまい』
「はい」
 だが、この日もモンスターは動きをみせなかった。警察がうろちょろしている状況でこれ以上教会に留まるのはまずい涼香としては一刻も早く出てきてほしいところだ。

「モンスターの存在を気配で察知できるといっても漠然としたもので、どこにいるかまではわからないってのは難点ですね」
 そうでなければとうの昔にモンスターを見つけて排除している。

「向こうから出てきてくれたら助かるのに」
 いままではこんなことはなかった。勝手に向こうから出てきてくれた。少なくともこうしてなかなか姿を現さないことはなかった。涼香がいるからか? しかし、それなら別の場所 に行けばいいだけだ。何かある。それとモンスターが男を殺す動機は何か。食べるためではなかろう。殺戮が目的ならもっと惨たらしく殺している。だからこそ涼香も当初はただの殺人 事件かもと思ったのだ。

『やはりここはあのシスターに事情を訊くべきではないか』
 ヴォルフザームの提案に涼香は即答できなかった。子供が大人に訊く事ではないからだ。でも、この事件が人間による殺人なら一番疑わしいのはあのシスターである。涼香はあの シスターが人を殺すとは思えなかった。まだ出会って間が無いが、シスターが孤児たちを我が子のように大事にして可愛がっているかはわかる。近所での評判も上々だ。とても人を 殺すような人には見えない。それに、いまは事件のごたごたでうやむやになっているが、下手に口をはさめば涼香の素性も追及されかねない。

「……いえ、やはりモンスターを捜索して駆除するのを優先すべきです」
 だが、肝心のモンスターが見つからない。どうするか。いままでのモンスターは涼香を見ると怖気づいて逃げるか、名を上げようと挑んでくるものばかりだった。と、ここで涼香は ある可能性に気づいた。

「ひょっとして私の事に気づいてない?」
『一回変身してみたらどうだ?』
「そうですね」
 周りに誰もいないことを確認すると涼香はペンダントを握った右手を水平に突き出した。

「metamorphose!」
 ペンダントから魔法陣が発生して涼香の右手からスーと彼女の方に移動して涼香は魔力士に変身した。自分から正体を明かして相手の出方を見ようというのだ。いきなり襲われても いいようにいつでも矢が放てるようにしておく。

「さて、どうでますか」
 すると、しばらくしてどこからか声がしてきた。

「妙な娘とは思っていたが、まさか魔力士だったとはな」
「!」
 涼香は声がした方へ矢を向けた。

「誰?」
「撃つな、戦うつもりはない」
 そう言って一匹のモンスターが姿を現した。右手に鉄甲が固定されていて、そこからおそらく鉤爪らしきものがはえていたのだろう。根元から折れて無くなっている。モンスターは 戦う気は無いと示すように両手を上げている。とはいえ相手はモンスター。どんな攻撃をしてくるかわからないため矢はいつでも放てるようにする。

「撃つつもりか? それならそれもいい。だが、一つだけ頼みを聞いてくれないか」
「頼み?」
 魔力士がモンスターに頼み事をされるなんて前代未聞である。涼香は面食らった。

「どういうつもり?」
「別に何かを企んでいるわけではない。ただ何も言わずにここから去ってくれ。それを約束してくれたら俺はあんたに討たれてもかまわない」
「本気で言っているの?」
「嘘や冗談でこんなことが言えるか」
「……ひとつ訊くけど、あの人はあなたが殺したの?」
「……」
 モンスターは何も答えないが、涼香はこのモンスターが犯人ではないと思っていた。被害者は細長い物で刺殺されている。見たところこのモンスターにそんな武器は見当たらない。 おそらくこのモンスターは仲間のモンスターをかばっていて多分そいつが真犯人だろう。自分を犠牲にして仲間を逃がそうとはモンスターながら見上げた根性だが、涼香としては 人を殺したモンスターを黙って見過ごすつもりはない。それに、このモンスターだって過去に人を殺していないとは限らない。

「悪いけど私は魔力士よ」
 それが涼香の答えだった。今日ヒット打たないと二軍に落とされるから甘い球を投げてくれと相手チームのバッターに言われて「ハイそうですか」とその通りに投げるピッチャー などいない。

「どうしても駄目か?」
「あなたが仲間をかばう気持ちはわかるけど、魔力士として人に危害を加えるモンスターを見逃すわけにはいかない」
「待て、あんたは何か誤解している。俺には仲間はいない」
「どういうこと?」
「……わかった、すべてを話そう」
 観念したのかモンスターは事情を話し始めた。それによると、このモンスターも10年前までは人間を殺すことを快楽としていた。しかし、魔力士に追いつめられ瀕死の重傷を 負ったところをここのシスターに助けられたのだという。見るからに人間じゃない異形の者をシスターは何も言わずに手当してくれた。それまで人間とは恐怖に慄ちながらただ殺され るだけの弱い存在としか見てこなかったモンスターはこのシスターの行為に困惑した。そして、怪我が治るとモンスターは何も言わずに教会を去った。それ以来、モンスターは人を 殺していないという。もう人を殺しても快楽を得られそうにないと自分で感じたからだ。

「そう…でも、なんで今頃ここに来たの?」
「たまたま近くを通りがかっただけさ。懐かしくなってな。少し様子を見て帰るつもりだったんだが……」
 途中で口ごもったモンスターに涼香はすべて理解した。このモンスターはシスターが被害者を殺害したところを目撃したのだ。凶器が発見されなかったのもモンスターがどこかに 隠したからだろう。

「頼む、俺の命に免じてこのことは秘密にしておいてくれ」
「……あなたの命なんていらないわ。その代わりに条件をつけさせて。警察や他の人には言わない代わりに凶器をどこにかくしたのか教えて」
「いいのか? あんた魔力士なんだろ?」
「だからってモンスター見たら絶対に倒さなければいけないってわけじゃない」
「わかった。聖母像の手の中だ。俺の特殊能力でそこに隠しておいた」
「そう、ありがとう。もう行って。そして、二度とここには近づかないこと」
「ああ、約束しよう。最後にあんたの名前を教えてくれ」
「“純白の戦弓士”」
「そうか、あんたが噂の…俺はギアラだ。じゃあな」
 モンスターはどこかへ消えていった。これにて一件落着……とはいかなかった。

「ここから先は魔力士の仕事じゃないけど」
 殺人事件はモンスターの仕業ではなかった。そして、モンスターが去った後、例の気配も消えた。これで魔力士としての涼香のここでのやるべきことは無くなった。

「このまま放ってはおけない」
 涼香はシスターを探した。あの事件以来シスターは元気が無く、どこか思いつめているようにも見えた。罪の意識に苛まれているのか。神に仕える者が絶対犯してはいけない罪を 犯してしまった。敬虔なクリスチャンとしてはとても辛い事だろう。祈りを捧げているシスターを見つけた涼香は声をかけた。

「あの、すいません」
「えっ? あ、何かしら?」
 祈りに集中しすぎていたのか、シスターは直前まで涼香に気づかなかったようだ。

「あら? あなたその格好どうしたの?」
 涼香はその質問には答えず、逆に質問した。

「シスターに訊きたいことがあります。事件が起こる直前、シスターはどこにいました?」
「どうしてそんなこと訊くの?」
「私、シスターとあの男の人が一緒にいるの見ました」
「……そう」
 天を仰ぐシスターに涼香はどうするべきか迷った。狼狽するでもなくシスターは落ち着いていた。まるで、それを待っていたかのようにも見える。涼香はシスターの犯行を確信した。 本当なら自首をすすめるべきだろう。理由がどうあれ罪を犯した以上償いをしなければならない。

「ちょっといいですか?」
 涼香はシスターを例の聖母像のところまでつれていった。

「どうしたの、こんなところにつれてきて」
「あなたはあの男の人を殺した。そして、凶器を池の中に捨てた。そうですね?」
「……そうよ。あなたの言うとおり。私が殺した。凶器も池に捨てた」
「しかし、池からは凶器は発見されなかった」
「私も正直驚いているわ。てっきりそれで逮捕されると思っていたのに」
「凶器は見つかりました。ここです」
「ここ? 私、こんなところに持ってきてないわよ」
「あなたじゃありません。たぶん、あなたは被害者を殺した後、怖くなって凶器を池に捨てただけです。そうですね?」
「そうよ」
「では、誰が凶器をここまで運んだか。これを見てください」
「なに?」  シスターは涼香が指差した聖母像の手に目を向けた。

「えっ? これって」
「そうです。あなたが池に捨てた凶器です」
「どうしてこんな…こんなことって」
 シスターが狼狽するのも無理はなかった。聖母像の手に握られていたのはシスターが犯行に使用した凶器だったのだ。

「多分、聖母様があなたの罪を許したからだと思います」
「私の罪を? そんな……」
「あなたがなぜあの男の人を殺したか私は知りません。知ろうとも思いません。でも、殺そうと思って殺したとは思いません。咄嗟の出来事だと思っています。けど、人を殺した ことには違いありません。あなたは凶器が発見されて警察にそれを指摘されたら正直に自白するつもりだった。違いますか?」
「……」
「しかし、凶器は発見されなかった。あなたは迷った。自首すべきか否か。本当は自首したい。自首して罪をつぐないたい。しかし、あなたにはそれができない理由があった。あの 子供たちです。あなたが逮捕されたら子供たちは路頭に迷ってしまう。だから、あなたは自分が犯人だと名乗り出ることができなかった」
「どうしてそう思うの? ただ単に罪から逃げているだけとは思わないの?」
「そんな自分の事しか考えていない人だったら聖母様が見逃したりしませんよ。それに私はあなたがそんな悪い人じゃないと思っています」
 涼香は聖母像の手からはみでている凶器に指を触れた。すると、凶器は粉末となって床に落ちた。

「これで凶器は消えました。もう、あなたの犯行を実証するものはありません」
「あ、あなたは一体……」
「ただの通りすがりの子供です。あなたが奪ってしまった命の分、誰かを救う。そういう罪の償い方もあると思います。あなたにとってはそっちの方が辛いでしょうが、あなたが刑務 所に入っても誰も救えないし、逆に路頭に迷う子供たちをつくってしまう。皆、あなたを親と思って慕っています。あなたも子供たちの自分の子供のように思っている。だから、聖母 様もあなたの罪を隠そうとした。そうは思いませんか?」
「……」
 シスターは何も答えず、その目にはキラリと光るものが見えた。

「私はもう行きます。いままで泊めていただきありがとうございます」
 シスターに深々と頭を下げると涼香はドアの方へ歩き外に出た。

「待って!」
 涼香の後をシスターが追いかけたが、彼女が外に出たころには涼香の姿はどこにもなかった。

「不思議な娘……」
 もしかしたら神の使いの天使かもしれない。もしそうなら本当に自分の罪は神に許されたのかもしれない。シスターは神の情けに深く感謝した。





 教会から人気のないところまで高速移動した涼香はそこで一服することにした。

「今回は珍しいケースですね。変身してモンスターと遭遇したのに矢の一本も放っていない」
『たまにはそういうのも良かろう』
「ところであれで本当に良かったんでしょうか?」
『あのシスターのことか?』
「彼女は多分一生罪の呵責に悩むでしょう。私は彼女を助けるどころか逆に苦しめてしまうことになった」
『何とも言えんな、それは。魔力士の仕事の範疇には含まれていないからな。我らにできることは信じることと祈ることだけだ』
「……そうですね」
 人を助けることの難しさをかみしめる涼香だった。





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