第9話【ゼクエスの脅威】

 さくらは逃げ回っていた。無数の人間の首が飛びまわってさくらに襲いかかってくるのだ。必死に逃げ回るが、それらは執拗に追いかけてくる。そして、つい にさくらは取り囲まれてしまった。眼前に迫る首にさくらの顔はひきつる。それらが大きく口を開けてさくらに噛みつこうとした時、さくらは目を覚ました。

「ハァ、ハァ……」
 さくらが最初に目にしたのは天井だった。さっきのが悪い夢だったことに安堵したさくらは気分が落ち着くとポツリとつぶやいた。

「また…知らない天井だ……」
 この世界に来て以来、知っている天井など一つもないのだが。

「どこだろう、ここ……」
 見た感じ病室みたいだが、なんでこんなところにいるのだろう。いまのさくらは包帯とガーゼだらけの怪我人だ。怪我人が病院にいるのは不自然ではない。し かし、一体だれがさくらを病院に運んだのか。いきなり、わけわかんない連中に襲われて、必死に応戦するも多勢に無勢で立てないぐらいに痛めつけられてしま ったところにルーシーが現れたのだ。

「どうして、彼女が……」
 前の病院に入院していた時から、さくらはルーシーが同じ世界にいるような気がしていた。それはやがて確信へと変わったが、ならばなぜルーシーは攻撃して こないのか。自分の近くにフェイト達がいるからと判断したさくらはルーシーと決着をつけるために病院を飛び出したのだ。ところが、一人になったというのに、 いつになってもルーシーが現れない。なかなか現れないので、ルーシーがこの世界にいるのは単なる思いすごしではとさくらは心配になってきた。今更、フェイ ト達のところへは戻れない。途方に暮れていたところをわけわからん連中に襲われたというわけだ。そこにルーシーが現れたのだが、どういうわけかルーシーは さくらではなく、正体不明の連中と戦い出したのだ。その時の光景はまさに凄惨を極めていた。謎の連中は何十人もいたが、ルーシーの敵ではなかった。次々と ルーシーの魔槍によって首を刎ねられたり、胸を斬られて大量に血が噴き出したり、腹を裂かれて内臓が地面にこぼれ落ちたりしたのである。そうして飛ばされ た首が自分のところに転がりこんできたのを目の当たりにして、さくらは気を失ったというわけだ。さっきの悪夢の原因がそれなのだ。それはさておき、ルーシ ーがなぜあの状況で現れたのか、さくらにはわからなかった。よっぽどあの連中が嫌いなのか。そもそも、あの連中とどういう関係があるのか。誰が自分を病院 に運んでくれたのか。ってか、どうして自分は生きているのか。どっちかが勝っても、さくらは勝った方に殺されているはずである。

「わかんない…何がどうなっているのか」
 さくらは不安でしょうがなかった。自分がいまいる場所もわからない。病室みたいな部屋だが、もしかしたら何かの研究施設かもしれない。数千年に一度しか 現れないゼクエスの帝王候補は格好の研究対象だ。最悪、解剖されてホルマリン漬けにされるかもしれない。

「ど、どうしよう……」
 逃げようにも右手にギプスがしてあってドアノブを回すことができない。右目に眼帯がしてあるからゼクエスの術も使えない。左腕はとっくに無くなっている から、転んでしまっても容易に立ち上がることもできない。逃げることすら叶わぬ現状に余計不安になったさくらは不意にドアがコンコンされたことでビクッと なってしまった。ゆっくりと開くドアを固唾を呑んで見ていたさくらは、現れた人物を確認すると拍子抜けしたような声を出した。

「先生?」
 入ってきたのは前の病院でさくらを担当していた女医だった。

「気がついたようね」
 頭が混乱しているさくらに女医は穏やかにほほ笑んだ。反対にさくらは笑っていられなかった。

「どうして先生がここに? ここって……」
「ここは管理局地上本部の医務室よ。あなたは最初はうちの病院に運ばれたんだけど、あそこじゃ危険だっていうことで、ここに移送したのよ」
 で、女医は前にさくらを診たことがあるということで特別に来てもらったということだ。なにしろ、ゼクエスの帝王候補の体を診たことがあるのは彼女だけな のだ。それに人見知りするさくらには知っている人の方がいいというフェイトの判断もあった。

「あの、誰が私を助けてくれたんですか?」
 ルーシーやあの連中からさくらを助けるにはかなりの危険があったはずだ。誰も巻き込みたくないと思っていたのに。しかし、女医が教えてくれた事実にさく らは耳を疑った。

「あなたは、うちの病院の近くの住宅街にある公園の前の道路で倒れていたのを通行人に発見されたのよ」
「えっ?」
 それはありえないことだ。なぜなら、さくらは襲われた時あの病院から遠く離れた場所にいたからだ。一体何がどうなっているのか、ますますわからなくなっ てくる。そんなさくらに女医は少し落ち着くように言う。

「もう安全なんだから安心なさい。あ、それからテスタロッサ執務官が事情をお聞きになりたいそうだけどどうする? 体調がすぐれないなら後にしてもらう?」
「フェイトさんが? いえ、私は構いません」
「そう、じゃ入ってもらうわね」
 女医が合図すると、フェイトが病室に入ってきた。それと入れ替わりに女医は外に出た。

「どう? 体の具合は」
「大丈夫です。すみません、心配をおかけして……」
 さくらはフェイトに怒られると思って項垂れた。勝手にいなくなってしまったからだ。

「本当、心配したんだよ。でも、無事でよかった」
「フェイトさん……」
 怒られると思っていたさくらは逆に優しくされたことに、余計にフェイトに悪いことしたと反省した。

「ごめんなさい…私……」
「もういい。あなたが無事ならそれでいい。でも、これだけは約束して。もう、勝手にいなくならないって」
「……はい」
 さくらが頷くのを見てフェイトは安心した。よほど怖い目にあったのだろう。さくらはすっかり戦意を失っているように見えた。

「一体、何があったの?」
「私にもわかりません。いきなり知らない人たちに襲われて……」
 さくらは自分が襲われた状況をフェイトに伝えた。

「ねぇさくら、その襲ってきた人たちにこんなマークついてなかった?」
 話の内容でさくらを襲ったのはフォーサイズと判断したフェイトはさくらにフォーサイズのマークを見せた。

「はい、ありました」
「そう、やっぱり」
「やっぱりって、フェイトさんはあの人たちが誰か知っているんですか?」
 自分を襲ったあの奇妙な連中。さくらはそれがフォーサイズという組織のメンバーで、理由は不明だがゼクエスの帝王候補を狙っていることを聞かされた。

「わたしたちを?」
 自分たちが狙われていると知ったさくらは、ルーシーの事が心配になってきた。ルーシーなら心配ないとは思うが、何か嫌な予感がしてきた。

(どうしよう、ブランケットさんのこと言った方がいいかな?)
 さくらはルーシーの事をフェイトには伝えていない。話がややこしくなりそうだから、あえて伏せておいたのだが、さくらはルーシーのことをフェイトに言う か迷った。言うなら早いうちがいい。

「あ、あの……」
 ルーシーのことを伝えようとしたさくらだったが、ふと良からぬ考えが浮かんだ。

(もし、フォーサイズっていう人たちに彼女が殺されたら……)
 そうなれば、その時点でさくらがゼクエスの帝王となる。さくらは自分が帝王になる可能性は無くなったと思っていた。だが、もしルーシーが他の誰かに殺さ れることにでもなれば……。ゼクエスの帝王はなんでも思いのまま。さくらは魔女からそう聞かされた。

(そうだ。別に言わなくたって、どうせあの子も敵なんだし……)
 さくらは言わないことにした。敵同士が勝手につぶし合ってくれるのだ。敵……。

(待って、どうして彼女はあの時出てきたの)
 あの時、黙ってみていたらさくらはフォーサイズに殺されていた。ルーシーがわざわざ出てくる必要はまったく無かったはずだ。しかも、ルーシーはさくらに は攻撃してこなかった。

(どうして……)
 さくらの中にある仮説が浮上した。

(ひょっとして、私を助けに来てくれた?)
 そう考えたら、さっきの疑問も解ける。そうなら、さくらを前の病院の近くに転送させたのもルーシーだろう。

(でも、どうして……)
 ルーシーの意図を図りかれぬさくらだったが、もし本当に自分を助けてくれたとしたら放っておくわけにはいかなかった。さくらはルーシーのことをフェイト に伝えた。

「ルーシーが?」
「わかりません。私を助けてくれたかどうかは」
 さくらは今一つ確信が持てなかった。ルーシーが敵であるさくらを助ける理由がわからないからだ。ルーシーは左目に海賊がしているような黒い眼帯をしてい たが、その左目を斬りつけたのはさくらである。自分の顔を傷つけたさくらを助ける道理などあるのだろうか。ましてや、さくらが死なないかぎりルーシーはゼ クエスの帝王にはなれないのだ。

「とにかくルーシーを探さないと」
 ルーシーがそう簡単にやられるとはフェイトも思っていないが、フォーサイズは得体のしれない組織である。さくらに何の異常も見られないということは、ル ーシーがまだ生きているという証であり、もしフォーサイズに捕まっているとしたら早急に救出しなければならない。

「さくらはここにいて。いい? 絶対に抜けだしたりしたら駄目だよ」
「はい……」
 別に言い聞かせなくても、さくらは動くこともままならない。幸い、足には大きな怪我はないものの腰から上は散々に痛めつけられてしまった。出血もかなり ひどく、普通なら死んでいたところだったが、さくらはリーガル・コアから絶えず血液を供給されており、供給量を超えるような出血をしないかぎり出血多量で 死ぬことは無い。しかし、肉体へのダメージを低減させるまでの効果はなく、さくらは嫌でもベッドで大人しくしているしかなかった。それは、襲われた時に逃 げることもできないということだ。

「……」
 さくらは不安げな顔でフェイトを見た。ルーシーのことも気がかりだが、さくらにはフェイトしか頼れる人はいなかった。その子犬のような目で自分を見るさ くらにフェイトは母性本能をくすぐられるが、彼女は行かなければならなかった。

「大丈夫だよ、さくら。ここにいたら皆が君を守ってくれるから。何かあったら私もすぐに戻るから」
「フェイトさん……」
 さくらもフェイトがいつまでも自分に構っているわけにはいかないことぐらい理解していた。

「わかりました。私は大丈夫です。行ってください」
「いい子だね」
 フェイトはさくらの頭をなでると外に出た。病室の外にはヴィータとティアナとシャリオが待っていた。フェイトは3人に指示を出した。

「ヴィータは私についてきて。ティアナとシャーリーはここに残って、さくらをお願い」
「わかった」「はい」「はい」
 3人は同時に返事した。フェイトはヴィータといったん指揮所にもどることにしたが、それをシャリオが呼び止めた。

「すみません、フェイトさん。あの娘のデバイスはどうします? ここに持ってきておいた方がいいですかね」
 さくらのデバイスは管理局が厳重に保管してある。もし、フォーサイズがここを襲撃してきた場合、さくらの安全のためにも最低限己が身を守れる装備を持た せるべきではないだろうか。しかし、フェイトは首を横に振った。

「いまのさくらに戦闘は無理だよシャーリー。それに、さくらにはもう戦ってほしくないんだ」
 それはフェイトの切な願いだった。シャリオもその気持ちはわかるからそれ以上は何も言わなかった。

「じゃ、お願いね」
 フェイトとヴィータは指揮所に戻ったが、残ったティアナとシャリオには厄介な問題があった。未だにさくらの人見知りが直っていないのだ。ティアナにもシ ャリオにも会ったことがあるというのに、まだ態度に硬さがあった。それならと、シャリオはエリオとキャロに来てもらうことにした。自分とほぼ同世代が相手 ならさくらも話しやすいだろうからだ。エリオたちが来たのはちょうど正午を過ぎた頃だった。

「はい、あーん」
 キャロがスープの入ったスプーンをさくらの口に持っていく。さくらは右手にギプスがしてあるため、一人では食事ができない。いまは、昼食の時間で部屋に いるのはさくらとエリオとキャロの3人だけである。

「すみません」
 さくらは申し訳なさそうにスプーンを口に入れた。さくらがすまなさそうにしているのは、食べ物を口に運んでくれているからだけではない。前の病院から逃 げ出したことで、キャロとエリオに多大な迷惑をかけていると思ったからだ。

(それなのにこの人たちは私に優しくしてくれている)
 この人たちに優しくされる資格は無いのにと思いながら、さくらはキャロがスプーンやフォークで運んでくれる食べ物を口に入れていった。食事中は会話をほ とんどしないさくらは、もくもくと食べ続けていたが、ピーマンが運ばれてくると口を閉じた。

「どうしたの?」
「私、ピーマン嫌いです」
「あ、ごめんね」
 キャロはフォークを戻そうとしたが、エリオがそれを制止した。

「駄目だよ。ちゃんと食べないと」
 エリオに注意され、さくらは渋々ピーマンを口に入れた。本当は嫌なのだが、この二人には迷惑をかけたという負い目があるから逆らいにくかった。いままで は、祖父がさくらに甘かったこともあり嫌いな物を口にすることはなかった。同年齢の子供に比べて小柄なのもそれが原因だろう。それでも、どうにかさくらは 嫌いな物も含めて出された昼食を食べきることができた。手は使えないから他人に口まで食べ物を持って行ってもらうのは、まるで餌付けみたいだなと思うわけ だがそれはしょうがないことだった。

「じゃ、僕は食器を持っていくから」
「すみません。ありがとうございます」
 空になった食器を持っていくエリオに礼を言うさくらに、キャロは前から気になっていたことを訊いた。

「さくらさんはどうして私とエリオ君にそんなに敬語なの?」
 年齢はさほど違わないはずである。しかし、さくらはヴィータの例もあり、見た目で相手の年齢を判断しないことにしていた。それに、さくらがいた世界では 自然保護隊員に子供がなることはなかった。故に、さくらはエリオとキャロを自分よりも少なくとも7年以上年上と判断していた。だから、キャロがなぜそんな こと訊いてくるのかわからなかった。

「目上の人に敬語を使うのは当然だと思いますが?」
 エリオやキャロだってフェイトに対して敬語ではないか。だが、キャロはさくらが自分とエリオをかなり年上と誤解していることに気付いてなかった。もっと も、キャロもさくらの年齢を知るまでは実年齢よりも年少と誤解していた。

「んー、まあ、そうだけど……」
 目上と言っても1、2歳ぐらいしか違わない。それでも、キャロの方が先輩であることに違いはない。しかし、キャロはさくらと人生の先輩・後輩という関係 よりも友達という間柄でいたかった。

(友達になりたい)
 キャロにとって友達は自然にできてきた。自分から相手に友達になってと言ったことはほとんどなかった。自然と仲良くなって、いつの間にか友達という関係 になっていた。出会った当初は敵だった相手とも、交流を重ねて友達となった。だから、さくらとも友達になれると思っていた。だが、さくらは周囲と明らかに 一線を引いていた。他人と親しくなるのを避けているという印象をキャロは受けていた。その反面、フェイトにすがろうとする一面もある。なぜ、フェイトなの だろうか。確かに、強くてやさしい女性ではある。だが、キャロはそれだけではないように思えた。

「ねぇ……」
 もっと、さくらのことを知りたい。そう思い、キャロが話しかけようとした時だった。いきなり、爆発音が響いて建物が大きく揺れた。

「うっ」
 揺れでさくらの体に痛みが走った。

「だ、大丈夫?」
 キャロは声をかけるが、さくらの傷はまだ完全にふさがっていない。下手すれば、傷口が開く恐れがあった。そこへ、ティアナから通信が入った。

「エリオ、キャロ、聞こえる?」
「はい」
「はい、聞こえます。ティアナさん。何があったんですか?」
「まだ、わからないけど、外部から魔法攻撃を受けたのは確実ね。多分、フォーサイズだと思う。あんたたちは大至急、さくらを連れてフェイトさんたちと合流 して。ここは、私が防ぐから」
「で、でも…」
 エリオは躊躇した。ティアナ一人でフォーサイズを相手にするのは厳しいだろう。自分も残って援護すべきではないだろうか。

「私は大丈夫。奴らの狙いがさくらなら、絶対に渡すわけにはいかない。いいから行きなさい」
「でも、ティアナさん一人じゃ…」
「ここをどこだと思っているの。私以外にも戦える局員はいっぱいいるんだから。私のことは心配しなくていいから。それとも、私のことを見くびっているわけ?」
「いえ、わかりました。さくらを連れてフェイトさんと合流します」
「頼んだわよ」
 通信が切れた。

「エリオくん……」
 キャロが心配そうにエリオを見る。キャロもフォーサイズがかなり危険な集団であることは知っていた。

「大丈夫だよ。僕たちは早くさくらを連れてフェイトさんと合流するんだ」
「うん……」
 ティアナのことも心配だが、いまはさくらの身の安全を確保するのが先決だ。だが、さくらは迂闊に動かせない状態だ。ベッドのまま移動するしかない。そこ へ、女医が現れた。

「大丈夫? ここは危険よ。早く移動しないと」
 さくらが心配で来てくれたみたいだ。彼女がいてくれたら、さくらの体に異変があった時に速やかに対処してくれるのでエリオとキャロも安心できる。二人は 前の病院でこの女医と会っているので安心していた。それで、無警戒に背中を見せてしまっていた。油断していたのは、さくらも一緒だった。ルーシーと死闘を 繰り広げていた頃のさくらなら、女医に対して警戒を解くこともなかっただろう。この時点で3人とも、女医に対して無警戒であり、無防備であった。

(やるならいまね)
 女医は3人が完全に自分を警戒していないと見るや、速やかにエリオとキャロを背後から攻撃して気絶させた。二人が急にベッドに倒れこんだことに、さくら は何が起こったか瞬時に理解できなかった。

「何が……?」
 あったのかと考えられるのは一つしかない。
 
「先生……」
 状況からして、女医が二人を気絶させたとしか考えられない。

「どうして……」
「こんなことをするかと訊かれたら、こう答えるしかないわね。これが私の任務よ」
「任務?」
「そう、私と一緒に来てもらうわよ」
 女医は怯えているさくらの頬にそっと手をあてた。

「あなたは……」
「私の本当の名はシャロン・グラディス。フォーサイズの幹部の一人よ」
「なっ?」
 主治医として何ら疑いを持たなかった人間が、自分を襲った一味の幹部だったことにさくらは動揺した。

「あなたを待っている人がいるの。行きたくなくても来てもらうわよ。おひめさま?」
 さくらには抵抗する術がなかった。




 突如、襲撃を受けた地上本部は大混乱に陥った。見た目はJS事件による損害から復旧した地上本部だったが、その実態は早期警戒システムなどが未だ機能を 回復していなかった。これはゲイズ派の失脚による管理局内における地上部隊の地位の低下も影響しているとされる。。それでも、不意打ちこそ許したものの素 早く迎撃態勢を整えることには成功した。だが、攻撃してくるフォーサイズの兵は多く、地上本部の守備隊は苦戦を強いられた。
 地上部隊が苦戦しているのは敵の数が多いからだけではなかった。管理局はあくまで治安組織にすぎないので対象を生きて捕縛しようとする。そのため、対象 を気絶させる以上のダメージを負わせる攻撃は原則としてしない。だが、フォーサイズの兵は気絶しても体に装着した機器からの電気ショックで目を覚まして立 ち上がってくるのである。彼らを止めるには完全に息の根を止めるしかないが、相手の命を奪うことを前提とした戦闘訓練を管理局は長い間してこなかった。倒 れても起き上がって攻撃してくるフォーサイズの兵に薄気味悪さを感じていた地上部隊の隊員たちは、次第に浮足立ちはじめた。逃げ腰になる隊員たちを叱咤し ながらティアナはなんとか防衛線を維持しようとした。

「足を狙って!」
 ティアナは指示を出しながら自らもクロスミラージュで敵の足を狙い撃ちした。立てなくしてしまえばとりあえず進攻は阻止できる。他の隊員たちも足を狙い 始めたが、フォーサイズ兵は痛めた足でなおも立ち上がってきた。彼らは足が完全に機能を失うまで立ち上がり続け、立てなくなると這って前に進もうとした。
「クレイジーどころじゃないわね。なんなのよ、こいつら」
 悪態つきながらもティアナはクロスミラージュを撃ちまくった。相手は避けようともしないのだから簡単に狙った箇所に弾をあてることはできる。だが、それ では埒があかなかった。彼らを指揮している幹部を倒さないかぎり戦闘はエンドレスに続く。

(どこに指揮官がいる?)
 それらしき人間を探すも、後方にいるようで姿は確認できない。ティアナは焦っていた。先ほどからエリオたちと連絡がとれないのだ。何度も呼びかけている のに一向に応答がない。何かあったと考えるのは容易ですぐにでも向かいたいところだが、いつの間にかティアナはここの臨時指揮官みたいなのになっていて現 場を離れるわけにはいかなくなっていた。

「まっずいわね」
 こんなことになるなら、襲撃を受けた時に真っ先にさくらのところに向かうべきだった。エリオとキャロなら多少のことがあっても大丈夫と思っていたが、ど うやら多少どころではないことが起きてしまったらしい。シャリオに様子を見に行ってもらっているが、崩れた瓦礫に邪魔されてもう少し時間がかかるようだ。 そして、ようやくシャリオから連絡が来た。

「えっ? あの先生が?」
 シャリオからの連絡によると、エリオたちはさくらを連れて脱出しようとした時にさくらの主治医の女医が現れて、その直後にエリオとキャロは背後から攻撃 されて気絶し、シャリオが駆けつけた時にはさくらと女医の姿はなかった。状況から判断して、女医がさくらを連れ去ったと見て間違いは無いだろう。

「でも、どうして……?」
 ティアナには女医がそんなことする理由が思い浮かばなかった。だが、シャリオには思い当たる節があった。あの女医には前からゼクエスのことを知っていた 思われる言動があったのだ。

「ちょっとでも彼女を警戒していたら……」
 今更悔しがっても後の祭りである。しかし、まださくらを取り戻す機会はあった。もし、あの女医がフォーサイズに関係しているとしたら連中と合流するはず である。つまり、注意して見ていればティアナが女医を発見するのはそう難しいことではない。だが、フォーサイズの方が一枚上手だった。彼らはティアナたち が戦っている場所の反対側にも部隊を展開したのである。

「しまった、図られた!」
 恐らくティアナ達が戦っている部隊は陽動だろう。

「こんな単純な手に引っかかるなんて……」
 すぐにでも反対側に行ってさくらを取り戻したいティアナだが、いま彼女がこの場を離れたら防衛線は瓦解してしまうだろう。エリオとキャロを向かわせよう にも、気絶している間に女医に何かされたらしく体が自由に動かないようだ。

(どうする?)
 そう自分に問いかけるも、良い考えは浮かばない。なのはやフェイト達が急行してくれているだろうが、ここに到着するのにはまだ時間がかかるはずだ。ここ の局員がもう少し頼りがいのある連中なら、彼らにここを任せてさくらの救出に向かえるのに。何もできないことに焦るティアナに念話で話しかけてくる者があ った。

『スバル?』
 思いがけない人物にティアナは少し驚いた。

『どうしたのよ、あんた?』
『ん、ちょっとね。用事で近くにいたんだ。話はシャーリーさんから聞いた。さくらって娘のことは私に任せて』
『頼んだわよ』
 かつての相棒の救援にティアナはさっきまでの焦燥感が消えうせた。まだ、希望は残っている。ティアナは気を引き締め直した。

 その頃、さくらはフォーサイズの別働隊に連れていかれていた。その中に、さくらは前に自分を襲った連中のリーダーらしき男がいるのを見つけた。

「よう、久しぶり」
 まるで知り合いに気安く声をかけるようなノリのデュオにさくらはきつい眼差しを向ける。

「おいおい、そんな怖い顔してくれるな。もう、俺はお前さんには手を出さないんだからよ」
「……彼女をどうしたんですか?」
「彼女? ああ、あのお嬢さんか。会いたいなら会わせてやるよ。こっちもそのつもりだからな」
「どういうことですか?」
「こういうことさ」
 バチンとデュオが指を鳴らすと、彼の後ろに並んでいた兵士が道をあけてその後ろからルーシーが姿を現した。それを見て、さくらは驚きの声を上げた。

「ブランケットさん!?」
 さくらは目の前の少女がルーシーとは信じられなかった。彼女がフォーサイズと一緒にいるはずがなかったからだ。だが、命のやり取りをした相手を見間違う はずはなかった。

「どういうこと? なぜ、あなたがこの人たちと一緒にいるの?」
 ルーシーに質問をぶつけるさくらだが、ルーシーは何も答えず代わりにデュオが彼女の肩に手を置いて答えた。

「それは、俺たちとこのお嬢さんが仲間だからさ」
「嘘……」
 そう否定したいところだが、目の前の現実はデュオの言葉を肯定しているように見えた。だが、さくらはルーシーの顔を見ていて何かおかしいことに気付いた。 それが何かはわからないが。

「ま、久しぶりの対面でもう少し話をしたいだろうが、こっちにも都合があるんでな。悪いがこのお嬢さんに殺されてやってくれ」
 さらりととんでもないことを言うデュオにさくらは唇を噛みしめた。所詮、さくらとルーシーは殺し合う間柄でしかないということか。とは言っても、さくら は動くこともままならない状態だ。殺し合うどころか一方的に殺されるのは目に見えていた。魔槍を振り上げるルーシーを見上げるさくら。魔槍が振り下ろされ た時がさくらの命が失われる時となる。普通の少女なら目を背けるところだが、さくらは自分の命を奪おうとする武器とその主から目をそらそうとはしなかった。 たとえ、何も抵抗できずに死ぬとしても、心だけは最後まで屈したくはなかった。そして、魔槍は振り下ろされた。ルーシーにとっては3度目の正直になるはず だった。1回目はフェイトに、2回目はエリオとキャロに邪魔されて、さくらを倒すことができなかった。もう、邪魔は入らないだろうと思いきや、2度あるこ とは3度あるとはよく言ったもので、間一髪さくらは横から来た人物に助けられた。

「大丈夫?」
「は、はい……」
 さくらは自分を助けてくれた女性をきょとんと見つめた。魔槍の斧の刃が自分に迫った時、急に目の前の光景が変わったと思ったら、さくらはブルーのショー トカットの女性に抱きかかえられていたのだ。

「あ、あの……」
「話は後。今は逃げるのが先決だから。あ、それから私はスバル・ナカジマ。よろしくね」
 スバルと名乗った女性は気さくにさくらに話しかけた。初対面でこうも気さくな人は初めてなので、さくらはいささか戸惑いを見せた。しかし、悪い人間では ないことだけはわかった。

「ちょっと飛ばすけど、いい?」
「はい」
 さくらが頷くと、スバルは彼女の体をしっかりと抱きしめた。さくらの体に痛みが走る。

「うっ」
 さくらの呻く声を聞いて、スバルはさくらを抱きしめていた力を緩めた。

「ごめん、痛かった?」
「いえ、大丈夫です」
 本当は大丈夫ではない。スバルにもさくらがやせ我慢をしているぐらいわかる。スバルはさくらの痛々しい姿に心を痛めた。さくらには左腕が無い。ルーシー との戦いで失われたことはスバルも聞かされている。

(どうして、こんな小さい娘たちが傷つけあわなければならないんだろ)
 一方のルーシーには左目がない。これは、さくらによるものだった。年端もいかぬ少女が互いを傷つけあうという理不尽にスバルはやるせなさを感じた。だが、 いまはさくらを安全な場所に運ぶのが先決だ。

「ごめんね、ちょっとの間だけ我慢して」
 スバルはマッハキャリバーの走行速度をアップさせた。後ろからはルーシーがものすごいスピードで追いかけてきている。だが、スピードにはスバルも自信が あった。フルスピードならルーシーを一気に引き離すことができるはずだ。問題はその加速にさくらが耐えられるかだ。

(無理だ……)
 いまのスピードでもさくらは苦しそうにしているのだ。とても、フルスピードによる加速に耐えられそうにはなかった。しかし、このままではルーシーから逃 げ切ることはできない。どうするべきかと悩むスバルにさくらは自分のことは気にしないよう言った。

「私は大丈夫です。ちょっとやそっとでは死にませんから」
「でも……」
 とても大丈夫そうには見えない。かといって、ルーシーは戦って勝てる相手ではないことはスバルにもわかっていた。逡巡するスバルに、ルーシーは魔法弾を 放った。

「ストライクボルト!」
 矢状の魔法弾がスバルの腕をかすめた。大した怪我ではないが、この攻撃はスバルに決断を迫った。戦うか、逃げるか。さくらの状態を考えるなら答えは決ま っていた。動きを止めたスバルをさくらは訝しんだ。

「ナカジマさん?」
「ちょっとごめん。少しここで横になっていて」
 そう言うと、スバルはさくらを地面に寝かせた。

「待って下さい。戦うつもりですか?」
「それしか方法はないみたいだからね」
「そんな無茶です…うっ」
 さくらはスバルを制止しようとするが、体に痛みが走って思うように話すことができない。さっきのスピードアップによる加速で怪我が悪化したようだ。早く 治療を受けさせなければ命に関わる。そのためには、ルーシーを一時的にも追撃不可能にしておく必要があった。だが、それなら倒すよりも難易度が低い。

「行くよ、相棒」
 かけがえのないパートナーであるマッハキャリバーに語りかけ、スバルは最強の魔導師に戦いを挑むのだった。




 まともにやりあっても勝ち目が無いことはスバルにもわかっていた。だから、ルーシーを倒そうとは思っていない。ただちょっとの間だけでもルーシーを追撃 不能にできればそれで良かった。対峙するスバルとルーシーを離れた場所から見ていたデュオは隣のシャロンに尋ねた。

「なあ、あの女誰なんだ?」
「管理局特別救助隊のスバル・ナカジマ防災士長。2年前は機動六課にいてたそうよ」
「ほう、そりゃすげえな」
「でも、 かのじょの敵ではないわ」
 シャロンは自信ありげに言った。

「そうか? 機動六課ってのは結構すごいところだったんだろ?」
「馬鹿ね。人間が神様に勝てると思って?」
 神様という言葉にデュオは耳を疑った。

「おいおい、マジで言っているのか?」
 冗談がやめてくれとばかりにデュオは肩をすくめた。

「あら、あなた神様を否定するの? そんなんでよくウチの幹部が務まるわね」
 フォーサイズという組織は自分たちが行う活動を神の名のもとにと主張している。元々、母体となっているのが宗教団体なのだから当然の事だが、メンバーの 中にはデュオのように神様に興味ない者もいる。いや、神の存在を信じる者でも、年端もいかぬ少女を神様と言われて「はい、そうですか」とはならないだろう。

「まあ、正確には神様になろうとしているってことね。ゼクエスの帝王というのはそういう存在なのよ」
「……」
 シャロンの言葉をデュオは少し引き気味に聞いていた。あまり真剣に神様を語られても困る。デュオにはどうしてもあの少女が神様候補には思えなかった。確 かに強いのは認めるが、それが世界を滅ぼす力を持つ存在になるかなんて眉唾だ。もし、それが事実だとしたら、その神様になるかもしれない少女を意のままに 操る自分たちは神をも超える存在ということになる。

(こんな話シスターにしてやったらどんな顔するかな)
 デュオはふと昔世話になった教会のシスターを思い出した。シスターも熱心に神のことをデュオに説いていた。ただ、シスターが説いていた神は人々を救済し てくれる存在だった。どっちの神が本当かはデュオにはどうでもいいことだった。これまでにデュオが学んだことは神という存在は人間が勝手に創り上げた偶像 にすぎないということだった。だから、彼はジャッカルのこともただのペテン師としか見ていない。ジャッカルがギルバート・ミハイルとして信者にみせている 奇跡がやらせやトリックでしかないことを知っているからだ。いや、ジャッカルも神の存在を信じているか怪しいものだ。

(まっ、いまは神様になるかもしれない奴の実力を見せてもらうとするか)
 シャロンは力はルーシーが上と言うが、戦いは単に力の差だけで勝敗が決まるものではないことをデュオは知っていた。戦いの経験というのも重要なのだ。場 数を踏めば踏むほど戦い方を学ぶようになる。実戦経験という点ではルーシーも劣ってはいないが、いまのルーシーは命令に従うだけの人形で策を講じるような ことは不可能だった。

(さて、どうなるかな)
 デュオはルーシーとスバルの戦いをゆっくり見物することにした。戦いはやはりと言うべきか、ルーシーが優勢だった。まず、ルーシーが魔槍を振り上げて迫 ったが、スピードが速くてスバルは対応が遅れてしまった。マッハキャリバーが咄嗟にウイングロードを発生させて後方に逃げていなかったら、スバルは振り下 ろされた魔槍の餌食になっていただろう。

「なんて威力…」
 スバルは魔槍の衝撃でできた地面の穴に息を呑んだ。まともにくらえばタダではすまなかっただろう。ゼクエスの魔闘士が持つバンパイアデバイスは、他のデ バイスと違って相手を殺すためにある。攻撃力においては間違いなく最強なのだ。

「まいったな……」
 どうやら接近戦はスバルに不利のようだ。接近戦にほぼ特化してしまっているスバルにとってそれは打つ手なしを意味していた。だが、それは最初から想定済 みのことだ。相手はヴィータに重傷を負わせたさくらを後一歩まで追いつめた実力の持ち主だ。最初からスバルに勝ち目はなかった。

(なんとか話をしてみたいけど……)
 できれば戦闘は避けたいところだ。だが、ルーシーは聞く耳持たずの問答無用で攻撃してきた。魔槍を自在に振り回すルーシーにスバルは回避するのに精いっ ぱいだった。だが、長物による攻撃はどうしても大振りになってしまうため隙ができやすい。スバルは攻撃をかわしながらルーシーの隙を窺った。そして、ルー シーの右薙ぎの攻撃をしゃがんで回避したスバルはわずかにできた隙を見逃さなかった。

(見えた)
 スバルはリボルバーナックルに魔力を圧縮させてパンチを繰り出した。もし、これがヒットしたらルーシーはかなりのダメージを受けるはずだ。しかし、スバ ルのナックルダスターはルーシーが発生させたAIシールドに阻止されてしまった。

「これが噂の最強の盾……」
 ヴィータですら破ることができなかった鉄壁の防壁。

「でも、振動破砕なら」
 戦闘機人の先天固有技能である振動破砕は本来は生身の人間には使用しない。だが、シールドを破壊するだけなら遠慮なく使える。戦闘機人モードとなったス バルは、振動破砕による振動エネルギーを右拳に集中させた。

「はあああああっ!!」
 渾身の一撃を叩きこむ。格闘戦での打撃力は恐らく最強クラスだろう。しかし、それでもAIシールドの前には無力だった。AIシールドとは絶対不可侵の盾 という意味で、単なる防御シールドではない。唯一無二の支配者であるゼクエスの帝王にとって周りは下僕でしかない。その下僕が帝王に直接触れるなど絶対に あってはならない。AIシールドは敵の攻撃から主を守るのではなく、帝王とその他の者との間の絶対に越えられない身分の壁としてあるのだ。だから、いくら スバルが足掻いたところでAIシールドを破ってルーシーに接触するなど不可能なのである。

「こんな事って……」
 愕然と立ち尽くすスバル。とっておきの奥の手も不発となった。そんなスバルにルーシーは魔槍で突いてきた。スバルはバリアで防ごうとしたが、魔槍はいと も簡単にバリアを破壊した。

「くっ」
 スバルは後ろに逃げようとするが、その時魔槍の穂先に魔力が集中しているのが見えた。ルーシーが射撃魔法をしかけようとしているのだ。

「ストライクイーグル!」
 回避も防御もできなかった。スバルはほぼゼロ距離でルーシーの射撃魔法をくらってしまった。大きく吹き飛ばされたスバルは、地面に大きくバウンドしてさ くらの前に転がった。

「ナカジマさん!」
 さくらが声をかけるが、スバルはすでに意識を失っていた。

「そんな…私のために」
 自分のために無関係の人たちが傷ついていく。

「どうしてこんなことに……」
 元々、二人だけの戦いだったはずだ。それが、いつの間にかたくさんの人が関わるようになってしまった。

「なんで? どうして関係ない人も巻き込むの? 襲うなら私だけにすればいいじゃない。あの人たちと組んで、ここの人たちを傷つけたりして。そんなの間違 ってる!」
 人のことを言えないのはさくらにもわかる。さくらだってフェイトを殺そうとし、ヴィータに重傷を負わせた。だが、いまではそれが間違いだったと反省して いる。どんな理由があろうと自分の都合のために人を傷つけるのは間違っている。本当の強さとは誰かを傷つけるためでなく、誰かを守るためにあるもの。さく らには守りたいものは何もないが、ルーシーには何かは知らないが守りたいものがあるように思えた。すべてを失ったはずのゼクエスの帝王候補に守りたいもの があるのかは知らないが、さくらにはそのようにしか思えなかった。だが、そのために他の人を傷つけるのは絶対に間違っている。さくらはそのことを訴えたか ったのだが、ルーシーは何も返答しないし表情も変えない。

「?」
 何も反応を返さないルーシーにさくらは違和感を感じた。いや、違和感はさっきから感じていた。さっき、ルーシーはスバルの攻撃をAIシールドで防いでい た。ルーシーならAIシールドに頼らなくても攻撃を回避できたはずだ。それと、さっきの訴えにも何も返さない事にも引っかかる。前ならたとえ聞きいれよう としなくても、何らかの返答をしていた。しかし、いまは黙ったままだ。そもそも、フォーサイズの連中と行動を共にしている事からしてルーシーらしからぬ行 為なのだ。

「一体なにがあったの?」
 さくらはルーシーに問いかけるも、ルーシーは何も答えない。代わりに魔槍の穂先をさくらに向けた。さくらは自分では動けないし、スバルは気を失っている。 いまここで射撃魔法でも撃たれたら回避のしようがない。

「変身さえできたら……」
 自分の非力さにさくらは拳を握りしめた。自分の身を守ることも、自分のために傷ついた人を守ることもできない。たとえ変身できたとしても、いまのさくら の体では戦闘は満足にできないだろう。いまの彼女にできるのはスバルの上に覆いかぶさって少しでもルーシーの攻撃からスバルを守ることだけだった。そのさ くらとスバルに向けられた魔槍の穂先に魔力弾が生成された。さくらは今度こそ駄目だと観念した。その時、地中から腕が現れてさくらとスバルをつかんだ。

「えっ?」
 驚くさくらに、今度は人間の頭が浮かび上がってきた。

「驚かしてごめんよ。私はセインって言うんだ。お前を助けに来たんだ」
 セインと名乗った水色の髪の女性は、さくらとスバルの体を抱き寄せると再び地中に潜り始めた。すると、一緒にさくらとスバルも沈み始めた。

「えっ、ちょっ……」
「大丈夫、心配いらないって」
 心配ないと笑顔で言われても土の中に引きずり込まれようとすれば誰だって動揺する。セインは有無を言わさずさくらとスバルを地中に引きずり込んだ。その 直後、3人がいた場所に魔力弾が着弾した。

「おいおい、土ん中に潜っちまったぞ。あんなの有りか?」
 デュオが納得いかないような声で言った。地中に逃げ込まれたら追いかけようがない。

「どうする? いくら神様候補でもモグラの真似まではできねーだろ」
 しかし、隣のシャロンは余裕だった。

「大丈夫よ。あくまで地中に潜っただけなんだから。消えたわけではないでしょ」
「でも、どうやって追いかけるんだ?」
「まあ、見てなさい」
 シャロンがそう言うので、デュオは黙って見ていることにした。何も同じように地中に潜行しなくても、逃げ道を使えなくすればいいだけのことだ。ルーシー は、魔槍の斧の刃を指でなぞって魔槍に血を与えると、それを両手で回転させた後に地面に振り下ろした。直後、ものすごい地響きとともに地面が大きく抉られ た。

「とんでもねえお嬢さんだな」
 ルーシーの一撃で生じた大きなクレーターに、デュオは驚く以上に呆れてしまった。クレーターの底には気を失っている3人の姿があった。バリアジャケット にすら守られていないさくらが気を失っただけですんだのは、咄嗟にセインがさくらの盾になったからである。ルーシーは底に下りると、さくらの上に覆いかぶ さっているセインを足でどかせた。さくらとルーシーの間には何も阻むものはない。魔槍の穂先がさくらの心臓を狙う。今度こそ、さくらの命はないと思われた が、彼女たちを助けに来たのはセインだけではなかった。

 その頃、ティアナは守備隊の隊員を指揮しながらフォーサイズの別働隊と交戦を続けていた。一刻も早く、さくらのところに向かいたいところだが、防衛線は 崩壊寸前で先頭に立って指揮する人間がいなければとうの昔に総崩れになっていたのは確実で、ティアナは現場から離れることができずにいた。そんな時に、さ っきの地響きがティアナのところにも伝わってきた。

「な、なに?」
 驚いたティアナが後ろを振り返ると、土ぼこりが舞い上がっているのが見えた。

「スバル、何があったの? スバル!」
 ティアナはスバルに呼びかけるが、応答が来ない。何かあったのは間違いなく、ティアナは判断に迷った。急いで駆け付けるべきか否か。

「どうすりゃいいの?」
 判断に迷うも悩んでいる時間はない。ティアナは土ぼこりが舞った場所に向かうことにした。フォーサイズの目的を考えたら優先すべきことはさくらを守るこ とだ。しかし、それはこの場にいる局員たちを見捨てるということになる。ティアナは意を決して局員たちにこの場を離れることを告げた。局員たちは一瞬、動 揺するがすぐにきりっとした表情で答えた。

「行って下さい執務官。ここは我々だけで守ります」
 他の局員たちも同様に答えた。誰もが奇襲のショックから立ち直っていた。彼らもティアナの説明でさくらを保護することが最優先であることを理解したのだ。

「お願い」
 この場は大丈夫と判断したティアナは、急いでさくらの元に向かおうとした。だが、そこを数発の魔力弾が飛んできてティアナの足を止めた。

「誰?」
 ティアナが弾が飛んできた方を振り向くと、銃の形をしたデバイスをティアナに向けた赤い髪の少女が立っていた。

「動かないでください。私はサラ、フォーサイズの幹部です」
 どうやらさくらのところに行くには、このサラを倒さなければならないようだ。

「…やるしかないようね」
 ティアナはクロスミラージュを構えた。それを見てサラはため息をもらす。

「私たちの目的は木崎さくらさんの命とこの施設の破壊です。抵抗さえしなければ命までは取りませんよ」
 それは暗に降伏を促していた。当然、ティアナにその意思はない。サラにクロスミラージュの銃口を向けてその意を示す。

「そうですか。仕方ありませんね」
 サラは残念そうにため息をついた。

「手加減はしませんよ。覚悟はいいですね?」
「そっちこそ」
 二人は同時に引き金を引いた。

 スバルが地上本部の異変を察知して駆け付ける際、彼女はセインの他にも応援を頼んでいた。セインが最初にやってきたのはたまたまで、他の連中もセインが 撃破された直後にようやく到着した。

「ん……」
 気がついたさくらは頭を上げて状況を確認した。まず、すぐ隣に大きな穴があった。先ほど、ルーシーが掘った大穴だ。そして、傍らでまだ意識が回復してい ないスバルとセイン。倒れているのは彼女たちだけではない。他に二人、さくらが知らない女性が倒れていた。そして、ルーシーと対峙している長髪の女性がい るが、すでに傷だらけで立っているのもやっとという感じだった。それと、もう一人。ドサッという音がしたので、さくらがその方向に顔を向けると銀髪の小柄 な女性がデュオの前に俯せで倒れていた。

「手こずらせやがって」
 デュオは吐き捨てるように言うと、その女性チンクの背中を踏みつけた。

「まっ、相手が悪かったということだな」
 ルーシーがさくらにトドメを刺そうとした時、この4人が現れたのだ。さすがに、4対1は分が悪いと判断したデュオはルーシーを手助けすることにした。そ の結果、チンクとノーヴェはデュオに、ウェンディはルーシーに倒された。残るもう一人も倒されるのは時間の問題だろう。当然、さくらはその女性の名前を知 らないが、後ろからその女性のものと思われる名前を呼ぶ声がした。

「ギ…ギン姉」
 さくらが後ろを振り向くと、スバルが起き上がろうとしていた。

「ギン姉を助けなきゃ」
 だが、スバルはストライクイーグルをゼロ距離でくらったダメージで体が満足に動く状態ではなかった。それでも、スバルは姉のギンガを助けようと傷ついた 体で前に進もうとした。何としてでも姉を助けたいというスバルの気迫が伝わる。その様子を見て、さくらは二人が仲の良い姉妹であることを理解した。妹がこ んなに姉思いなら、姉もきっと妹思いの優しい女性なのだろう。その、優しい女性がまた傷つこうとしている。

「もう、誰も傷つかせない」
 それは、さくらが初めて他人を守るために戦おうと決意した瞬間だった。そして、そのための力をさくらに与える異変が空で起きつつあった。





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