第8話【虜囚の少女】


 さくらがいなくなって数日が経過した。フェイト達は懸命に捜索したが、その行方はつかめずにいた。さくらの安否を気遣いながら本局の通路を歩いていたフ ェイトは背後から呼びかけられても気付かなかった。

「フェイトちゃん!」
 再度、呼びかけられてフェイトが振り向くと、親友の高町なのはが心配そうな顔で立っていた。

「どうしたの? さっきからボーっとして」
「うん、ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ」
「例のさくらって娘のこと?」
 なのはもフェイトからさくらの事を聞かされていた。

「うん……」
 さくらがいつルーシーと戦うかフェイトは気が気でなかった。本当なら、ここにこうしているよりもさくらを探しに行きたかった。さくらとルーシーの身柄の 確保が任務なのだからそうすべきであったのだが、ついさっき違う任務に就くよう通達を受けたばかりだ。なのはもそのためにここに来ていたのである。いずれ も管理局でも5本の指に入るとされる実力者である二人が、期間限定とはいえ同じチームに所属するということはそれだけ重要な任務ということだ。

「大丈夫だよ。きっと」
 なのははそうフェイトを励ますが、そう判断できる根拠は何もない。だが、そう思い祈ることしかできないことも事実だった。こんなことなら、せめてデバイ スを持たせてあげるべきだっただろうか。よかれと思ったことが、ただの自分の考えを一方的に押し通しただけではなかったのか。もっと、さくらのことをわか ってやるべきだったかもしれない。そうフェイトは自分を責めるしかなかった。

「フェイトちゃん」
 そんなフェイトの肩に手をおいたなのはは、フェイトが振り向くと首を横に振った。

「なのは……」
 フェイトもなのはが言いたいことはわかっていた。これから重要な任務が待っているのに最初からしょげているわけにはいかない。フェイトは努めて笑顔で頷 いた。しかし、それが無理してのことなのは誰が見ても明らかであった。

「行こ。はやてちゃんが待っているよ」
 フェイトのことを誰よりもわかっているなのははそう促して二人で集合場所に向かった。はやてが指揮官に任命され、なのはやフェイトといった優秀な局員が 集められた部隊その名もストライカーズは、現時点でもっとも凶悪な犯罪組織フォーサイズの実態把握と同組織の壊滅を任務とする精鋭部隊である。部屋に入る と、すでにティアナが来ていた。

「ティアナ、もう来てたんだ」
「ええ、ひさしぶりになのはさんと同じチームになると聞いてはりきって来ちゃいました」
 かつての部下であり教え子であるティアナはなのはにとって心強い仲間だった。

「フェイトちゃんから聞いてるよ。がんばってるって」
「いえ、フェイトさんにはいつもご迷惑をおかけしています」
 そのフェイトが元気が無い理由もティアナは知っていた。

「大丈夫ですよフェイトさん。あの娘は強いですから」
 後輩に励まされてフェイトは少し自分が恥ずかしくなった。今回新たに編成された特定危険組織対策特務部隊ストライカーズの前線指揮官の一人(もうひとり はなのは)になることが決まっている自分が、いつまでも落ち込んでいたら士気に関わる。捜索願いは出してあるし、クロノもユーノもエリオもキャロも捜すの に協力してくれている。何も心配することはない。

「そうだね。ごめん、ティアナにまで心配かけて」
「いえ、お気持ちはわかります。私もあの娘のこと心配ですから」
 ティアナも小さい時に家族を失っているので、同じく家族を失ったさくらのことが気になっていたのだ。それはフェイトも一緒だった。だが、フェイトには新 しい家族がいるし、ティアナも家族こそいないものの、信頼できる上司や頼れる親友といった仲間がいるが、さくらには新しい家族も仲間も親友もいないのだ。 しかも、まったく知らない世界でたった一人でいることを思うとやはり心配にはなってくる。それと、例の預言。あの預言にさくらとルーシーが関係するかどう か、それと資格無き者とは誰を指しているのか、預言の『あらゆるすべては無に帰し新しき世界が誕生する』はいまのこの世界の消滅を意味しているのか、わか らないことが多すぎる。しかし、いまは別のことを考える時だ。ドアが開いてヴィータとシグナムとシャマルが入ってきて、それからやや遅れてはやてとリイン フォースも入室した。

「皆、集まっとるか?」
 はやては一同を見まわした。欠けているメンバーがいないことを確認すると、はやては自分の自己紹介と今回の任務について説明した。新部隊の任務それは武 装宗教団体フォーサイズの壊滅である。元々は傭兵を各世界の戦場に派遣していた団体だったのが、いつしか神の名のもとにという名目で破壊活動を繰り返すよ うになり、数ヶ月前からロストロギアのディアスの収集に乗り出した。当然、ロストロギアをめぐって時空管理局と頻繁に衝突することになり、いままでに多数 の局員が死傷している。無論、あちらの損害も大きいのだが、どういうわけか数日前から彼らの動きがピタッと止まってしまったのだ。このまま大人しくしてい る連中ではないだけに、何かどでかいことを企んでいると見た管理局は専門の精鋭部隊を新編することにしたのである。そのメンバーは、
部隊長:八神はやて二等陸佐
前線指揮官:高町なのは一等空尉
前線指揮官:フェイト・T・ハラオウン一尉(扱い)
前線指揮官補佐:シグナム二等空尉
前線指揮官補佐:ヴィータ三等空尉
前線メンバー:ネイル・ストライク三等陸尉
前線メンバー:ティアナ・ランスター三尉(扱い)
前線メンバー:マリア・バーク空曹長
前線メンバー:ルナ・バーク陸曹長
副官:アーサー・ヴァルスター三等陸尉
部隊長補佐:リインフォースU空曹長
通信スタッフ:リン・アーク陸曹
通信スタッフ:メイ・アーク陸曹
整備担当:メイ・サルサミル一等陸士
医療主任:シャマル医務官
特に役職なし:ザフィーラ

 だいたいこの15+1名が基幹メンバーとなる。また、部隊の性質上、隊長らにかけられるリミッターは免除されている。

「皆も知っとると思うけど、フォーサイズってのはけっこうな難敵や。神さんのためなら死をも厭わないっちゅう連中やからな。気ぃ引き締めていかなあかんで!」
 はやての檄に一同が「はい」と答えた。

「ええ、お返事や。そやけど、あんまり気張りすぎると体に悪いかんな。無茶だけはしたらあかんよ。とりあえず、私からは以上や。あとは、副官の方からこれ までにわかっていることを言ってもらうから。じゃ、アーサー頼むな」
「はい」
 アーサー・ヴァルスターは頷くと、これまでにフォーサイズについて判明していることを説明した。

「先ほど部隊長の方から説明がありましたように、フォーサイズについてはその実態はほとんど掴めていませんでした。しかし、これまでの調査である新興の宗 教団体が関係しているという疑惑が浮上しました。その団体の名はレッドコメート、教祖はこの男です」
 モニターに銀色の仮面をつけた男が映し出される。

「この男の名はギルバート・ミハイル。生年月日、出身世界、家族、教祖になるまでの経歴が一切謎の男です。なぜ、仮面をつけるようになったかもわかりませ ん。正体を隠すため、顔にひどい傷を負ったから、ただの衣装の一つにすぎない、いろいろ説はありますが。ギルバート・ミハイルという名前も恐らく本名では ないでしょう。次はこれをご覧ください」
 今度はレッドコメートの本部があるビルがモニターに出た。アーサーは、この教団には局員が何人か潜入して内情を探っていたが、現在その誰とも連絡がつか ず中には明らかに他殺とわかる状態で発見された者もいることを説明した。状況からして捜査対象の犯行であることはほぼ確実だ。

「だったら、さっさとその教団ってのに踏み込んで教祖とやらを捕まえたらいいじゃねーか」
 ヴィータが挙手して発言した。

「それが前に強制捜査をした時に何も出てこなかったことでそれ以降手が出しにくくなってしまったんです。この教団は慈善事業に力を入れてましてそれで市民 の支持を集めているんですよ。メディアにも金を回しているようで迂闊には手を出せない状態になっています」
 アーサーの説明によればレッドコメートについてはお手上げということだ。場がざわめく。なのはがざわめきを静めて質問する。

「何か手掛かりはないの?」
「あります。最新の情報なんですが、どうも彼らはゼクエスというものを探しているようです」
「!」
 フェイトがピクっと反応した。無論、アーサーはそれに気付かない。

「このゼクエスについても詳細は一切不明です。現在、判明しているのはゼクエスと呼ばれる存在はこの二人」
 モニターにさくらとルーシーの映像が出る。

「木崎さくらとルーシー・ブランケットだけということです。フォーサイズがなぜこの二人の少女を探しているのかは今のところわかりませんが、他に有力な手 掛かりがない現状では我々もこの二人の捜索に全力をあげたいと思います」
 それを聞いてフェイトははやての方に顔を向けた。それに気付いたはやてはニコッと頷いた。はやてはフェイトがさくらを気兼ねなしに探せるようにしてくれ たのだ。

「ありがとう、はやて」
 親友の気遣いにフェイトは感謝した。だが、喜んでばかりもいられない。いまのさくらは普通の女の子にすぎない。フォーサイズに捕まる前に何としてでも保 護しなければならない。逸るフェイトの気持ちを知ってか、再びはやてが前に出て隊員たちに檄を飛ばして締めくくった。

「ええか、これだけは覚えといて。私らは軍隊やない。味方は勿論、敵にも決して死人は出したらあかんよ。私からは以上や。解散」
 はやての敬礼に隊員たちが一斉に返礼して解散となった。フェイトはさくらを探しにすぐにでも飛び出して行きたかったが、その前にシャリオから通信が入っ た。

「フェイトさん、大変です!」
 モニターのシャリオはひどくあわてていた。

「どうしたの? シャーリー」
 何かあったらしい。フェイトは嫌な予感がした。なのはやティアナたちも不安げな顔をしている。

「さくらが見つかりました!」
 それは喜ぶべき情報だった。だが、フェイトがホッとするのも束の間、シャリオはさくらが重傷を負っていることを告げた。意識不明だという。

「そんな……」
 フェイトはガクッと両膝を床についた。そのまま前に倒れそうになるのをなのはが支えた。

「大丈夫? フェイトちゃん」
「うん、大丈夫だよ」
 そう答えるものの、やはりショックは大きかった。間に合わなかったという自責の念。だが、まださくらが死んだわけではない。まだ、間に合うかもしれない。 はやてが指示を飛ばす。

「フェイト隊長はすぐに行って、その娘の安全を確保してんか。事情はようわからんけど、もしフォーサイズに襲われたとしたらまた狙われるかもしれへん。ヴ ィータとティアナも一緒に行ったってくれへんか?」
「ああ、任せてくれ」「はい」
「他の前線メンバーはもう一人のルーシーって娘の捜索や。結構な強敵らしいからな、十分に注意せやあかんで!」
 隊員たちは一斉に「はい」と返答した。




 薄暗い部屋の中。ルーシーは椅子に縛り付けられていた。身動きできないルーシーを取り囲む者たち。彼らはフォーサイズのメンバーだ。

(ゼクエスの力さえ使えたら……)
 悔しがるルーシーだが、前の戦いでさくらに左目を斬りつけられたため相手の記憶を自由に書き換えられる能力を失ってしまったのだ。いまのルーシーの左目 には海賊がするような眼帯があった。左側の視野が狭まったルーシーはその隙を突かれてこうした不覚を取る羽目になったのだ。

「私をどうする気?」
 ルーシーは黒い牧師風の服を着た男デュオに尋ねた。このデュオが部下をルーシーに戦わせている隙に彼女の死角から攻撃して捕獲したのだ。もし、左目が機 能していたら今頃はデュオも首か胴体を両断された屍をさらしていたはずだ。そのことをデュオは知らない。つい最近までゼクエスを知らなかったデュオにとっ てルーシーはそこらの少女と変わりなかった。さすがに100人連れていた部下が半分以上も殺されたのには声を失ったが。

「そいつは俺が知った事じゃねーな。俺は命令されてお前さんを捕まえただけだからな」
「なぜ私を?」
「それは後から来る奴に聞いてくれ。もう来ると思うんだけどな。あ、来た来た」
 少しして銀色の仮面をつけた人間が姿を現した。ルーシーはその人間に見覚えがあった。確か、雑誌に載っていた新興宗教の教祖だ。なぜ、そんな男が? そ の疑問に当人が答えた。

「その顔を見ると俺のことを知っているようだな。だが、いまの俺はお前が知っている俺ではない。レッドコメートの教祖というのは仮の姿だからな」
「じゃ、いまのあなたは何者なの?」
「いまの俺か? お前はフォーサイズのことを知っていたようだが、そのリーダーのことは知るまい。俺がフォーサイズのリーダー、ダニエル・ジャッカルだ」
「えっ?」
 相手が自分の正体をあっさりと明かしたことにルーシーは正直戸惑った。フォーサイズのリーダーは外部の人間には決して姿を見せないことを知っていたから だ。訝しげに見るルーシーにジャッカルはなぜ彼女をここに連れてきたかを説明した。

「ゼクエスの帝王候補であるお前に是非ともフォーサイズのメンバーになってほしくてな。多少、手荒な真似をしてしまったが来てもらったというわけだ」
「なんですって?」
「最強の魔導師といわれるゼクエスの帝王が味方になれば世界は我々の支配下になったも同然だからな」
 それを聞いてルーシーは内心呆れてしまった。いまどき、世界征服とは何とも大時代的な…。

「あなた、いくらゼクエスの帝王が世界最強だからってそれで世界を征服できるって本気で思っているの?」
「何にも知らんのはお前の方だ。ゼクエスの帝王にはすべての次元世界を滅ぼす力があると言い伝えられているのだ」
「まさか、そんな…」
 ルーシーは本気にしなかった。だが、ジャッカルの言っていることが本当であっても嘘であってもルーシーには彼らの仲間になるつもりは全くなかった。

(ハルバードさえ手元にあったら……)
 簡単に脱出できるのに。部屋にいるのは全部で14人。魔槍の一振りで簡単に薙ぎ払える。14人のうち、まともなのはジャッカルとデュオのみで、あとはま ともな思考能力を持たない動く人形のようなものだ。彼らも元々は普通の人間だった。それを薬物や催眠術などで命令を忠実に遂行する兵士に仕立て上げたのだ。

(人間をこんな風にするなんて)
 ルーシーは前にフォーサイズの兵士と戦ったことがあった。2年前だ。感情を持たない彼らは銃を捨て投降の意思を示した者や何の関係もない非戦闘員を容赦 なく殺戮していった。あの時の彼らの顔をルーシーは忘れたことはなかった。だから、彼らに襲われているさくらを助けた時にすぐにフォーサイズとわかったの だ。

「悪いけど、あなたたちの仲間になるつもりはないわ」
「嫌でもなってもらうつもりだがこっちは」
「無駄よ。あなたがどうやって人間を洗脳しているか知らないけど私には通用しないわよ」
「それはどうかな?」
 そう余裕こいてジャッカルが取りだしたのはディアスだった。どうやら、それでルーシーを洗脳するつもりらしい。自分の能力で駄目ならロストロギアという ことか。普通の人間なら確実に落とせるだろうが、ルーシーにはそうはいかない。

「そんなので私の心を射止められるとでも思っているの?」
 ちゃんちゃらおかしいとばかりに吐き捨てるルーシーだが、そんなことはジャッカルも承知の上だ。しかし、1個では駄目でもたくさんならどうだろうか。デ ィアスが1個ずつ床に置かれて行くにつれ、ルーシーの表情も徐々に強張っていった。彼らがディアスを集めていたことは知っていたが、よくぞここまで集めた ものだ。全部で25個。短期間でしかも管理・管理外問わずあっちこっちの次元世界に散らばってしまっているディアスを半分以上も集めたことは並大抵の努力 ではなかったろう。ルーシーの反応を見て満足げな笑みを浮かべたジャッカルは、床に並べたディアスを一ヶ所に重ねていった。

「まさか……」
 ジャッカルがこれからやろうとしていることに気付いたルーシーは息を呑んだ。その予想通りジャッカルが呪文を唱えると何とディアスが一つに合わさったの だ。元々、ディアスは一つだったのが49個に分けられたもので、それらが合わさっていくのは何の不思議もない。しかし、

「あなた、わかっているの? ディアスを1回でも合体させたらもう二度と完全な形にはならないのよ」
 ルーシーが指摘したように、ディアスを元の一つの形に修復するには破片を全部集めてから合わせていく作業にとりかからなければならない。なぜ、全部集め てからだと言うと、ディアスは1回合体してしまうともう他の破片とは合わさないのだ。例えば、いまジャッカルが一つにまとめたディアスはもう他のディアス とは絶対に合体できないのである。当然、そのことはジャッカルも知っている。

「そんなことぐらいは言われなくてもわかっている。俺も初めはディアスを全部集めるつもりだった。だが、いままでは比較的大きい破片だったから発見するの も容易かったが、豆粒みたいな破片もあるようだしな。そんなのを探しまわって拾い集めるのにいったい何年かかると思う?」
 海の真ん中に落とした指輪を探すぐらいの労苦と年月は必要になろう。運が良ければすぐに見つけることもできるだろうが、運が悪ければ次の世代にというこ とにもなりかねない。どっちかといえば短気の部類に入るジャッカルはそんな悠長な事を言うつもりはなかった。そんな時に、ゼクエスの魔闘士が実在するとい う情報が飛び込んできた。

「俺も神話の類でしか聞いたことがなかったから、実在するなんて考えもしなかったさ。だが、こうしてお前がいる以上、もうディアスなど必要ない」
「どういうこと?」
「お前はどうやらゼクエスのことを何も知らんようだな。ゼクエスの帝王には二つの大きな力があると言われている。すべてを滅ぼす力とすべてを支配する力。 そんなとんでもない奴をこのディアスで意のままにしたら俺が世界の支配者になるのだ」
「そんなこと……」
 強がりを言いたいルーシーだが、25個分のディアスによる洗脳に耐えられるかどうか自分でもわからなかった。しかし、絶対に奴らの思うがままにだけはで きない。だが、ひとつにまとまったディアスは見ているだけで心を奪われそうになる。ルーシーは顔を背けるが、ジャッカルはそれを許さない。

「おい」
 部下に命じてルーシーの頭を抑えさせ目を閉じないようにさせる。

「無駄な抵抗はよすんだな。お前には俺の操り人形になるしか道はない」
 ジャッカルは勝ち誇るが、ルーシーは驚異的な粘りを見せた。ディアスの破片1個だけでも人は簡単に魅了されてしまうというのに。ディアスには人間を魅了 する性質があるのだ。それをうまいこと工夫することで魅了された人間を意のままにすることができるのである。とはいえ、ルーシーは見た目こそ人間だが、体 内の細胞や血液は人間のものではない。ジャッカルもゼクエスの魔闘士にディアスは通用しないのではという危惧を抱いていた。そこで、悩んだ末にいままで苦 労して(実際に汗を流したのは部下だが)集めたディアスをひとつにまとめてパワーをアップさせたのである。さすがのルーシーも25個分のディアスに心を奪 われそうになるが、必死になって耐え続けた。

「ちっ、しぶとい小娘だ」
 ルーシーの粘りにジャッカルは舌打ちした。だが、まだ余裕のよっちゃんだった。ルーシーはかなりきつそうだし、よしんば耐え抜いたとしてもジャッカルは それを想定した手をちゃんと考えていた。一方、ルーシーにはただひたすら耐えるしか手はなかった。

(少しでも気を抜いたら落ちてしまう……)
 ディアスの輝きの美しさに心を奪われそうになるのを必死に抑えつける。ただそれだけなら誰にでもできる。問題はいつまで耐えられるかである。5分も耐え られたらよくやった方だと言えるだろう。だが、ルーシーは1時間以上も耐え続けたのである。それがゼクエスの帝王候補だからなのか、それともルーシーの持 って生まれたものなのかはわからないが、恐るべき精神力だ。しかし、ルーシーにとっては地獄だった。いつまで耐えたらいいのかわからないからだ。ディアス も永遠ではない。輝きが消える時は絶対に来る。それがいつなのかわからないのが辛いところだ。

「へー、結構がんばるもんだねぇ」
 デュオが感心したように言う。ルーシーが汗だくだくで息も絶え絶えになって耐えているのを面白がって見ているのだ。

「まったくだ。俺もまさかここまで耐えるとは思っていなかった」
 ルーシーの粘りに二人は感心しきりだ。このままではルーシーよりもディアスの方が限界に達してしまうかもしれない。万が一にもそうなってしまったら、も う取り返しはつかない。そうは滅多に有り得ないから万が一なのだが、決してゼロではない。なので、ジャッカルは万が一を想定した手も考えていた。そして、 ついにその万が一が起きてしまった。ディアスの輝きが失せてパリーンと割れてしまったのだ。

「やった……」
 耐えきったことにルーシーは安堵した。ゼクエスの帝王候補を魅了するにはパワー不足だったようだ。しかし、ジャッカルは余裕の笑みを浮かべていた。ルー シーはそれに気付かない。かなり精神的に疲弊しているからだ。実は先ほどのジャッカルとデュオの会話も聞こえてなかったりする。

「さすがだな。まさかディアスを使って心を操れぬ奴がいたとはな。いやいやお手上げだ」
 とジャッカルは余裕顔で言う。なんで、そんなに余裕をかませるのか疑問に思うところだが、いまのルーシーには素直に敗北宣言と受け取ることができた。そ れはルーシーが完全に気を抜いているからだ。もうディアスは消滅したと思い込んでいるのがジャッカルの狙いだった。実は、ジャッカルはまだディアスを二つ 持っていたのである。その二つを一つに合体させる。ルーシーは俯いていてそれに気付かない。完全に油断している状態である。

(全部、俺の思惑どおりだな)
 最初からディアスを全部ぶつけてしまうのもありとも思ったが、さっきの状況から鑑みるに二つぐらい加えたところで結果は同じだっただろう。また、ルーシ ーが余裕ある状態で耐えてしまっても困る。一回目でルーシーが落ちてもよし、耐えきっても精神が極度に疲弊していたらそれでもよし。ジャッカルはディアス をルーシーの顔の前に持っていた。輝きだしたディアスに目をむけたルーシーはそれがさっきまで自分を苦しめたのと同じ物であることに一瞬気付かなかった。

「……!」
 気付いた時にはもう遅かった。ルーシーは完全に不意を突かれた。

「くっ…」
 ディアスの輝きに惹かれそうになるのを懸命に堪えようとするルーシーだが、疲弊しているうえに不意を突かれては些細な抵抗でしかなかった。どんなに強固 な堤防も時にはほんの小さな亀裂が原因で決壊する。ルーシーは自分がディアスの光に吸い寄せられていくかのような感覚に襲われた。

「い、いやよ…いや……」
 ルーシーは必死に自分を引き戻そうとするが、どんなに泣き叫んでも結局は注射されてしまう子供のように無駄な足掻きだった。徐々に抵抗する意力も失せて ルーシーはうっとりとディアスに見惚れるようになった。こうなっては、もうルーシーに抵抗する術はなかった。自分の頭を抑えつけていた手が離されても、ル ーシーはディアスから目をそらすことができなくなった。

「きれい……」
 すっかりディアスに心を奪われてしまったルーシーに、ジャッカルは笑いを堪えることができなかった。

「ふふふふふふっ、ついにゼクエスの帝王候補を手中におさめることができた。これで、もう一人の小娘を殺してこいつが帝王になったら世界は俺の思うがまま になるということだ」
 そう思うと笑いがおさえられないのも無理はない。ジャッカルはデュオの方を向き、

「おい、もう一人の方は管理局が保護したんだな?」
「ああ、シャロンが側にいるらしい」
 幹部のシャロンからさくらが管理局の地上本部に保護されている情報が入ったのはついさっきだった。

「よし、ついでに邪魔な管理局も潰しておくとするか。全員を集めろ。明後日に地上本部に総攻撃をかけるぞ」
 地上本部が崩壊した時が自分が世界の支配者となる時である。そう思うと、また笑いが抑えきれなくなるのだった。






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