第3話【初めて抱く他人へのある感情】

 突如として現れたルーシーにさくらは愕然と立ち尽くした。

「あ、あなたが……」
 相手が自分と同い年くらいの女の子だったことにさくらは驚きを隠せなかった。子供であるさくらが帝王候補なのだから、相手が子供でもおかしくはない。だ が、さくらは殺し合いをしようとするのだから相手はてっきり大人の男性だと思い込んでいた。それが自分と同じ女の子だったのだからさくらが驚くのも無理は ない。しかし、事実は事実である。さくらを見下ろすルーシーからは殺気が感じられた。武道をやっているさくらにはわかった。相手の少女が幾多の修羅場をく ぐりぬけてきたことを。

「あ、あの……」
 とにかく話をしようと思った。だが、明らかにこちらに敵意を向けている相手を説得できるような話術などさくらは持ち合わせていなかった。おろおろするさ くらに、ルーシーは魔槍を大きく振りかぶった。

「ま、待って」
 さくらの制止に聞く耳持たずといった感じでルーシーは襲いかかった。ルーシーが振り下ろす魔槍を寸前のところでかわしたさくらはなおも話をしようと試み た。

「ちょっと待って。私の話を聞いて。話せばわかる、わかるから」
「問答無用」
 ルーシーはさくらの話を聞く気はなかった。さくらが戦闘の素人だと見抜いたルーシーは一気に片をつけるつもりなのだ。

「逃げ回らない方がいい。よけいな苦しみを味わうことになる」
 そう忠告するとルーシーは、魔槍の穂先をさくらに向ける形で構えた。さくらを刺し貫くつもりなのが見てわかる。初めて感じる自分への殺意にさくらは息を 呑んだ。そんなさくらにルーシーは一言、

「ごめん」
 その顔には一瞬躊躇いが見られたが、すぐにキッとした目つきになってさくらに突進した。

「ブリッツアリガー!」
 魔槍の穂先がさくらの胸を捉える。が、さくらの体を突然光が包んだかと思ったら、槍が何か壁にぶつかったかのように止まった。光が収まり、自分の攻撃を 止めた壁の正体にルーシーは唇をゆがめた。

「AIシールド……!」
 防御魔法で最高を誇るシールドの向こうには黒いバリアジャケットに身を包んださくらの姿があった。ルーシーは魔槍に血を与えなかったことを後悔した。A Iシールドを打ち破れる唯一の攻撃手段が主の血を与えられた帝王候補のデバイスによる攻撃なのだ。もし、ルーシーが魔槍に自分の血を与えていたらいまの一 撃で決着はついていただろう。一方、寸前のところで命拾いしたさくらだったが、変身して魔剣を手にしてもなお戦うことを躊躇っていた。魔剣グラムはさくら のデバイスで、ルーシーの魔槍と同じく主の血を吸収することで威力を発揮するバンパイアタイプのデバイスである。
 剣を構えながらも震えているさくらをルーシーは不憫に思った。恐らく、戦いとは無縁の環境で育ったのだろう。同時に羨ましくもあった。やはり戦場は子供 がいるべき場所ではない。こうして、子供同士が命をかけて戦うなんて本来おかしなことなのだ。だが、目の前で死んでいった仲間たちや何もわからないまま毒 ガスで皆殺しにされた人たちの姿がルーシーを戦いに駆り立てていた。しばし、対峙していた二人だったが、その時に玄関のチャイムが鳴らされた。

「どうやら人が来たようね。今日はここまでにしておきましょう」
 ルーシーは槍を下げて姿を消した。どうやら引き上げてくれたらしい。

「ふはぁっ」
 緊張が解けたさくらはへらへらと腰を下ろした。変身も解けて魔剣もブローチに戻った。チャイムが何回も鳴ったが、さくらはその場から立つこともできなか った。やがて、何回もチャイムを鳴らしたのに誰も出てこないことを不審に思った近所の奥様が様子を見に入ってきて庭でへたり込んでいるさくらを発見した。

「どうしたの、さくらちゃん。何があったの?」
 近所の奥様が驚いて駆け付けると、さくらはガクッと気を失った。


 目が覚めたとき、さくらは布団の中にいた。

「なんで、私……」
 さくらは自分がなぜ布団の中にいるかわからなかった。昨夜、もう一人の帝王候補であるルーシーという少女の襲撃を受けてそれから……

「誰か来たから、あの娘(こ)が帰って……」
 それから確か近所のおばさんが駆け付けてくれて安心したのかそのまま気をうしなってしまった。自分をここまで運んでくれたのは多分そのおばさんだろう。 それか、奥さんに呼び出された御亭主だろう。

「何かお礼を言わないと」
 そのおばさんのおかげでさくらは命拾いしたのだ。それと魔剣にも。
「ありがとう、あなたのおかげで助かった」
「No problem」
 あの時、ブローチが自己判断でさくらを変身させてAIシールドを展開していなかったら、さくらはルーシーの魔槍に胸を貫かれていただろう。その時のこと を思うと怖くなる。

「どうしてこんなことに……」
 それは自分が魔女の甘言に乗ってしまったからだろう。なら、あの少女はいかなる理由で帝王候補となったのか。自分と同じような理由かそれとも世界の支配 者になるという欲望からか。だが、初対面でほとんど会話もなかった相手だが、さくらにはルーシーが自分の野心や欲望のために相手を殺すような少女には見え なかった。何か彼女なりに理由があるのだろう。

「なんとかお話がしたいけど」
 だが、いまの自分はルーシーにとって倒すべき相手でしかない。どうすれば話し合うことができるのか。と、その前に、

「何か食べよう」
 昨夜からなにも食べていない。2階の自分の部屋から1階の台所に下りてみると、握り飯が置いてあった。恐らく、昨日のおばさんが作っておいてくれたのだ ろう。洗面所で顔と手を洗って、居間で握り飯を食べながらさくらは今後のことを考えた。きっと、ルーシーはまた襲ってくる。まだ戦うことに躊躇いがあるさ くらに勝ち目はない。

「どうすればいいんだろう」
 いい考えが思い浮かばないまま時間だけが過ぎていき、学校に行く時間となってしまった。さくらは急いでシャワーを浴びて歯を磨いて髪を整えてランドセル に教科書とノートを詰めた。と、ここでさくらは今日が授業参観日であることを思い出した。いつもは祖父が来てくれたのだが、祖父が死んだいまとなっては誰 も来てくれる人はいない。

「……」
 さくらは一度詰めた教科書とノートをランドセルから出した。学校に行く気が失せてしまったのだ。

「学校に電話しなきゃ」
 休む旨を学校側に伝達すべくさくらは携帯電話を手に取った。そこへ、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」
 玄関に行ってみると、昨夜のおばさんが来ていた。

「どう? さくらちゃん具合は」
 心配で見に来てくれたらしい。

「あ、はい大丈夫です。昨夜はすみませんでした。ご迷惑をおかけして」
「一体どうしたの、何があったの?」
 庭で女の子がへたり込んでいて駆け付けたら気絶したのだから心配するのも無理はない。

「それは、その……」
 さくらはどう返答しようか迷った。正直に言っても信じてはもらえない。だったら嘘をつくしかない。しかし、全部嘘では怪しまれるかもしれないので所々事 実を交えて話した。

「道場の上に人がいたんです。それで、びっくりしちゃって……」
「不審者? 泥棒かしら? どんな人だったの、男? 女?」
「暗くて顔はわかりませんでしたが、がっしりした体格だったので男の人だと思います。悲鳴をあげようと思ったんですけど、怖くて声が出ませんでした」
「それで、その男はどうしたの?」
「チャイムが鳴ったら逃げて行きました」
「そう危なかったわね。怖かったでしょ。女の子ひとりだもんね。やっぱり警察に通報した方がよかったかしら」
「いえ、大丈夫です。あまり騒ぎにしたくないので」
「そう? あなたがそう言うんじゃねぇ。でも、気をつけないと駄目よ。女の子ひとりなんて泥棒に入ってくださいと言っているようなものだから」
「はい、気をつけます」
「ところで、もう学校に行く時間じゃないの?」
「ああ、今日は気分が悪いので休もうかと」
「そうよね、あんなことがあったばかりだものね。でも、明日はちゃんと行くのよ」
「わかりました。ありがとうございます」
 おばさんが帰るのを見届けた後、さくらは学校に電話して休むことを伝えた。

「明日はちゃんと来るんだぞ」
 担任はそう言って電話を切った。

「明日ね、行けたらいいんだけど」
 さくらは自嘲気味に呟いて携帯を閉じた。周りはいつもと変わらない平穏だ。自分だけが平穏じゃなくなったことにさくらは少し苛立ちを感じていた。





 さくらは気分転換に外にでることにした。一人でいたらルーシーに襲われるかもしれないので、他の人がいる場所にいた方が安心という判断もあった。近く の公園に行ってみると、小さい子供を連れてきている母親たちの姿があった。さくらも小さい頃に母親に連れて行ってもらったことがあった。

「……」
 しばらくベンチで遊んでいる子供たちやそれを見守りながら会話している母親たちを眺めていたさくらだったが、その平和そうな光景に不機嫌になっている 自分に嫌気がさした。

「最低ね」
 吐き捨てるように呟くと、さくらは場所を変えることにした。これ以上、他者が幸せにしているのを見たくなかった。もう自分にはあの人たちみたいなごくあ りふれた普通の幸せさえこないのだ。そう思うと、なんだか複雑な気分になる。

『ゼクエスの帝王になれば死んだ家族を生き返らせることもできる』
 もし、魔女の言っていることが本当だったら。さくらは温かい家族に囲われたごく普通の生活を取り戻せるだろう。だが、それにはもうひとりの帝王候補であ るルーシーの命を奪わなければならない。さくらにはできない相談だ。かといって、ルーシーに殺されるのを由として人生の幕引きを決めるには、10年数ヶ月 という歳月は短すぎるだろう。仮に、ルーシーと話し合いで戦いを回避できたとしても、ひとりぼっちという問題は解決しない。どの道を選択しても、さくらに とってはつらい決断となる。

「あの娘もこうして悩んだのかな」
 さくらはルーシーのことを思った。昨夜の戦いでかすかに見せた躊躇い。彼女も他人の命を犠牲にして目的を果たすことに疑問を感じているのかもしれない。 魔女が言っていた。帝王候補は天涯孤独な者が選ばれると。だとすれば、ルーシーもさくらと同じように家族を失ってひとりぼっちということになる。

「帰ろうか」
 平日の午前中に、小学生が学校にも行かずブラブラとしているのを町内会の巡回パトロールの人に見咎められたら、やっかいだと思ったさくらはひとまず家に 戻ることにした。気分転換のつもりで外に出たが、結局は気分が重くなっただけだった。公園を出て、家に向かうさくらは不意に周囲の景色が一瞬にして紫っぽ い色に染まるのを見て目を疑った。

「な、なに?」
 狼狽するさくらにブローチが要警戒を告げる。

「on full alert」
 理科があまり得意でないさくらでもこれが自然現象でないことはわかる。こんなことができるのは…

「いる、彼女が……」
 さくらは周囲を見渡した。ルーシーの姿はどこにもない。とすると……

「上!」
 空を見上げると、ルーシーが空中に浮かんでいるのが見えた。ルーシーは、さくらが自分に気付くとスーッと降りて地面に着地した。

「今度は邪魔が入らない」
 魔槍をさくらに向けるルーシー。さくらは周囲に起きている現象について訊いてみた。

「これは何なの? どうして周りの色が変わったの?」
「あなた、結界も知らないの?」
 ルーシーは意外だという風に問い返した。だが、すぐに納得する。

「そうか、管理外世界だから魔法のことを知らなくても……」
 しかし、それにも疑問がある。どうして、魔法が認知されていない世界の少女がゼクエスの帝王候補に選ばれたのか。最強の魔導の王というなら、その候補は 相当な実力者でなければならないはずだ。しかし、自分はBクラスの魔導師だし、さくらは恐らく魔法についても知ったばかりの実戦も経験したこともない素人 だ。だが、いくつか腑に落ちない点があっても、二人が帝王候補であるというのが現実だ。

「結界というのは一定のフィールド内に邪魔者を入れなくする魔法のこと。こうしておけば昨夜みたいに他人に邪魔されることは…」
 ルーシーは魔槍を大きく振りかぶった。

「待って!」
 さくらが制止するが、無論ルーシーは聞き入れない。

「ない!」
 言葉を終えると同時にルーシーはさくらに突進した。さくらも意を決してブローチを手に取った。

「セタップ!」
「Yes, My Lord」
 変身したさくらは魔剣で魔槍を受け止めた。

「ちょっとでいいの。お話をする時間を…」
「言葉なんて必要ない」
「どうして? 私たち女の子なんだよ? こんな……がっ?」
 さくらは最後まで言いきることができなかった。ルーシーの蹴りが腹に入ったからだ。

「言ったはずだ。言葉は必要ないと」
 よろめくさくらにルーシーは魔槍を振り下ろした。

「AIshield」
 魔剣がAIシールドを発生させてさくらを守った。ルーシーはいったん後ろに下がると魔槍の突端に指をあてた。魔槍に自らの血を与え再びさくらに突進する ルーシー。その猛攻にさくらは防戦一方となった。

「ま、待って」
 ルーシーの攻撃を何とかしのぎながら、さくらはなおも話し合いによる解決を試みた。だが、ルーシーは相変わらず耳を貸そうとしない。

「どうして……」
 自分がこうも訴えかけているのに全く聞き入れようとしないルーシーにさくらは若干の苛立ちを覚えた。

「私たちは戦争をしているんだ。戦争を終わらせるにはどちらかが滅ぶしかない」
 二人の戦いをルーシーは戦争と表現した。勝った方がすべての次元世界を支配する。確かにこれは全世界の命運をかけた戦争といえるだろう。だが、戦争を知 らないさくらにはそんな理屈など納得できなかった。

「そ、そんな……」
「納得できないなら私を憎んでくれても構わない。私は自分がしたことに弁解もしないし、正当化するつもりも無い。私は私がしたいことをするだけ」
 そこには昨夜かすかに見せた躊躇いはなかった。ルーシーはまたいったん下がって魔槍の穂先をさくらに向けて構えた。昨日の技をやるつもりなのだ。

「ブリッツアリガー!」
 主の血を含んでいる魔槍にはAIシールドも役に立たない。さくらは剣で受け止めた。だが、ブリッツアリガーの威力はさくらの想像を超えていた。さくらは 衝撃に耐えられずに後方に吹っ飛ばされてしまった。

「きゃあああああっ!」
 このままではさくらは塀に激突してしまう。そう判断した魔剣がAIシールドを発生させてさくらを激突の衝撃から守った。

「Is not there the injury?」
「ええ、ありがとう」
 礼を言いながらも、崩れた塀を見てさくらはゾッとなった。AIシールドがなかったら、さくらは直に塀に激突して最悪命を落としていたかもしれない。

「どうして? 私、何も悪いことしていないのに……」
 さくらの中で理不尽に命を狙われることへの怒りが湧き上がってきた。怒りの矛先はルーシーに向けられた。

「そんなに帝王になりたいの? 見ず知らずの自分に何も危害を加えていない人を殺してまでなりたいものなの? 帝王になって何がしたいっていうの?」
「私が帝王になって何がしたいかをいま言ってもあなたには関係ない。私が帝王になった時はあなたはこの世にいないから」
 平然と答えるルーシーにさくらはさらに怒りを募らせる。

「あなたが怒りを覚えるのは理解できる。だから、せめて苦しまずに眠らせてあげる」
 そう言うと、ルーシーは魔槍を構えて突撃態勢をとった。

「いくよ」
 ルーシーはさくらに向かって突進した。そして、魔槍を高速で突きだす。この技は目にも止まらぬ速さで槍を突き出すことで、あたかも槍が何本もいっぺんに 突きだされているかのように見えるのである。ブリッツアリガーよりも威力は劣るが、これを回避するのはまず不可能だろう。

「ノインドラッツェ!」
 ルーシーはこれで勝利を確信した。戦闘の素人であるさくらにこの技は見きれないだろうからだ。だから、さくらの左わき腹を狙って突きだした魔槍が魔剣で 受け止められるとルーシーは驚愕した。

「なっ!?」
 最初は偶然だと思った。だが、明らかにさくらはルーシーの動きを読んでいた。あの自然な流れるような感じの魔剣の持っていき方は、単純に目で追いかけて のと全然違っていた。それは、かなりの実力がなければできないはずだ。さくらの予想外の動きに唖然としていたルーシーは、次にさくらと目が合ってその凄ま じいまでの殺気に満ちた目にゾクッとなった。

「!」
 とっさにルーシーはさくらから離れた。ルーシーはこれまで数多くの戦場を経験してきたが、さくらのような心の底から凍りつくような冷たい目を見たことは なかった。

「なんで、こんな娘が……」
 ルーシーは事前にさくらを観察していたが、それで見る限りさくらは普通の女の子だった。何度も仲間の死を目撃し、自身も幾度か死線をさまよってきた自分 とちがって。だが、ルーシーは知らなかった。剣道の稽古をしている時のさくらは大の男すら畏怖させる威圧感を放っているのだ。ルーシーがこっちの世界に来 た頃には稽古が行われなくなっていたので彼女には知りようがなかった。剣先を自分に向けるさくらにルーシーは攻撃に移ることができなかった。さっきまでと 違って隙がまったくないのだ。しばし睨み合いが続いた後、さくらが一歩を踏み出した。

「でりゃあああああっ!」
「!」
 ルーシーはさくらの動きが見えなかった。本能的に頭ををのけぞらして、さくらの突きをかわしたがほんのちょっとでもタイミングが遅れていたらルーシーの 顔は魔剣に貫かれていただろう。

「くっ」
 すぐにさくらを魔槍で振り払って下がらせたルーシーだったが、相手の実力を過小評価していたことを認めざるを得なかった。

「やはり一筋縄ではいかないようね」
 不利を悟ったルーシーは出直すことにした。

「今度こそという言葉は使いたくないけど、次に会った時は必ずあなたを倒してみせる」
 そう言い残してルーシーは姿を消した。それと同時に結界も解除されて周囲の色も元にもどった。ようやく戦いから解放されたさくらだったが、生まれて初め て他人に憎悪と殺意を抱いた事に自分が怖くなってしまった。

「私は…私は……」
 自分を抱きしめて両膝を地面につけるさくらの体は震えていた。そんな彼女を優しく慰めてくれる人はいなかった。さくらは孤独だった。




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