第11話【星の光に祈りをこめて（前編）】
「お話を聞かせてほしいんだけどな」
なのはは希望を口にしたものの、それが聞こえなかったのかルーシーは何も返答しない。聞こえていたけど無視したのかもしれない。ただ言えることはルーシ
ーにはなのはの言葉には聞く耳を持つ気は無いということだ。対話や説得が不可能であれば戦うしかないが、さしものエース・オブ・エースもルーシーに対して
は慎重にならざるを得なかった。いままで戦ってきた誰よりも、ルーシーが遥かに強いのは倒れているスバルたちを見れば一目瞭然だ。それと、やりにくいとい
うのもあった。いくら強くても、ルーシーはまだ年端もいかぬ少女だ。全力で潰しにかかるのは気が引けた。
（なんとか戦わずにすませたいけど…）
だが、ルーシーはそんななのはの思いを知ってか知らずか魔槍を振り上げて襲ってきた。接近戦は絶対に不利と見たなのはルーシーとの距離を取ることにした。
つまり、逃げるということ。離れた相手に対する攻撃系魔法はミッド式に頼るルーシーは、射撃戦では同じミッド式でははるかに上位にあるなのはの敵ではなか
った。ただし、ルーシーにはＡＩシールドがあるので、なのはの攻撃はすべて無効化される。
「ストライクカノン！」
ルーシーはなのはに向けて砲撃魔法を放った。以前は発射できるまでに時間がかかるので実戦では一度も使用しなかったが、ゼクエスの帝王候補になったこと
で魔力も格段にアップしたのでさほど時間をかけずに撃てるようになっていた。さくらとの戦いで使用しなかったのは、使ってもＡＩシールドには無力だからだ。
同じ無力化されるにしても、射撃系魔法の方がまだ魔力の消費量が少なくてすぐ撃てる分使い勝手はあった。自分に迫りくる砲撃魔法になのはも砲撃魔法で対抗
する。
「エクセリオンバスター！」
二つの砲撃魔法が激突した。威力はほぼ互角のようだ。だが、砲撃魔法にはなのはに一日の長がある。
「ブラスターシステム、リミット１リリース！」
「Blaster set」
「ブラスター、シュート！」
ブラスターシステムで威力が増したなのはの砲撃魔法は、ルーシーのそれを完全に圧倒した。魔力波の勢いは、ルーシーに回避する余裕を与えず彼女を完全に
捉えた。だが、魔力波はルーシーの手前で止まり、それ以上は全く進まなかった。ＡＩシールドが展開されているからだ。
「ハァッ、ハァッ…」
息を切らしながらなのはは、その様子を眺めていた。あのシールドを突破するのは不可能に近い。しかし、なのははフェイトからＡＩシールドの弱点を聞いて
いた。レイジングハートにカートリッジがロードされる。
「Axel Shooter」
レインジングハートから発射されたいくつもの魔力弾がルーシーを捉えた。例によってＡＩシールドを展開するが、魔力弾は全方位からルーシーに襲いかかっ
た。ＡＩシールドは一方向しか防御できない。だから、多方面からの攻撃には対処できないのだ。
「プロテクトディフェンサー」
ルーシーはミッド式の防御魔法で攻撃を防いだ。ＡＩシールドには比べるべくもないが、それでもかなり強固な防御ではある。だが、なのはの砲撃魔法には無
力だ。
「ディバインバスター！」
ＡＩシールドのもう一つの弱点。それは、別の防御魔法と同時に発生させることができないことだ。なのはは別にそのことを知っていたわけではない。ルーシ
ーがバリアタイプの防御魔法を展開しているのを見てふと思いついたのだ。なのはの放った砲撃魔法は完全にルーシーを捉えた。
「くっ…」
防御の切り替えが間に合わなかったルーシーはミッド式の防御魔法でなのはの砲撃魔法を受け止めるしかなかった。だが、その程度の防御では魔力波を防ぐこ
とはできなかった。バリアを突破した魔力波はルーシーを直撃した。気絶したルーシーは真っ逆さまに落ちて行った。魔槍がＡＩシールドを発生させたので地面
との激突は避けられた。
「ちょっとやりすぎちゃったかな？」
地面に倒れたまま動かないルーシーに、なのはは不安になった。常にＡＩシールドに守られていたルーシーにいきなり砲撃魔法が直撃したのだ。心配にもなる。
自分も地面に着地したなのはは倒れているルーシーの体を揺さぶった。
「ん……」
ルーシーはゆっくりと目を開けた。それを見てなのはは安堵した。
「気がついた？ よかった。怪我は無い？」
心配そうに自分を見ているなのはにルーシーは困惑した。
（……誰？）
実はルーシーはなのはの砲撃魔法をまともにくらった衝撃でディアスの呪縛から解放されていた。その間の記憶はない。だから、ルーシーは目の前の女性が誰
であるとか、なんで自分がこんなところにいるのかさえわからなかった。
一方、フェイトは地面に叩きつけられたダメージで動きが鈍くなったこともあって、デュオの攻撃に対し防戦一方となっていた。
「どうした、どうした？ 仲間の仇を討つんじゃねーのか？」
デュオの挑発にフェイトは顔を険しくする。機動戦を得意とするフェイトにとって、体の動きが鈍るということは問題だった。しかし、骨折したとかじゃない
わけなくダメージもすぐに軽減される程度でしかない。それと、フェイトはデュオの攻撃パターンが読めるようになっていた。デュオは年齢はフェイトより下だ
が、力は女性のフェイトよりあるし、動きも決して悪くない。だが、攻撃がやや単調のようだ。幾人もの腕利きの魔導師を葬ってきた者にしては少し意外だとフ
ェイトは思った。
（あまり時間はかけられない）
フェイトは反撃に出た。今度はデュオが防戦一方となる。
「ちっ」
分が悪いと判断したデュオは後ろにさがって態勢を立て直すことにした。だが、フェイトはそんな余裕を与えるつもりはなかった。
「一気にケリをつける。ライオット！」
「Riot Blade」
バルディッシュが長剣形態のライオットブレードに変形した。この形態は威力が上がる分フェイトの魔力をかなり消耗する。フェイトのセリフにもあるように、
一気に勝負をつけるための形態なのだ。
「へえ、それがあんたの切り札ってわけかい。んじゃ、どんなもんか見させてもらおうか！」
再びデュオが打って出た。二つのデバイスが激しくぶつかり合う。だが、やはり威力の差がありすぎた。何回か斬り合ううちにデュオのデバイスの魔力刃が一
つ砕け散った。
「いっ？」
デュオは目を疑った。魔力刃が砕け散るなんて見たことがなかったからだ。
「おいおい、マジかよ」
追い込まれていく状況にさすがにデュオも焦りを感じた。フェイトから一旦離れたデュオは、砕けた方の魔力刃を再び発生させて、二つの魔力刃を一つにまと
めた。これで、さっきみたいに簡単には砕かれる心配はなくなり威力も増した。だが、それだけでは勝てないこともわかっていた。
「思っていたよりやるじゃねーか。いままでの奴と全然レベルが違うな。さすがの俺もこのままじゃヤバいようだ。だから、俺も切り札を使わせてもらう」
デュオの切り札。それは自分の姿を周囲の色に同化させることで他人から見えなくすることだ。ただ見えなくなるだけではない。デュオは気配も完全に消して
いた。見えるのはデバイスから出ている魔力刃のみであるが、それが消えると完全にデュオの姿は見えなくなった。
「……！」
フェイトは感覚を最大限に研ぎ澄まして気配を探ろうとするが、まったく探知することができない。どこにいるかわからない敵にフェイトは打つ手がなかった。
焦るフェイトの背後に魔力刃が突然現れた。
「っ！」
背中を斬られたフェイトは、すぐさま背後を振り向き反撃しようとしたが、すでに魔力刃も消えていた。こうした、攻撃の時だけ魔力刃を出して一撃するとす
ぐに魔力刃を消すといった一撃離脱みたいな攻撃が繰り返された。その度にフェイトに傷が刻まれていく。そんなに深い傷ではないが、それが何回も繰り返され
ることでフェイトは徐々に弱っていき、ついには片肘を地面につくまでになった。
「へっ、さっきまでの勢いはどうした？」
デュオはすでに勝った気でいた。彼はこの能力を駆使して負けたことが一度も無かった。ただ難点があるとすれば、透明化している時は魔力をそんなに出せな
いので魔力刃の威力も少し減少するくらいだ。しかし、そんなことはフェイトにとって気休めにもならなかった。
（何とかしないと）
このままではなぶり殺しである。だが、相手の姿が見えない事には手の打ちようがない。打開策を考えている間にもデュオの攻撃は容赦なく続く。
「安心しな。あんたのそのキレイな顔だけは傷つけずに残しておいてやるからよ」
デュオのからかうような声が聞こえてくる。全身傷だらけのフェイトはこれ以上攻撃を受けると反撃もままならない状態になりつつあった。
（せめて足音が聞こえたら）
しかし、デュオは忍び足も得意で足音はほとんどしない。わずかに足音がする時もあるが、戦場の喧噪に紛れてフェイトの耳には届かなかった。見えないし感
じないし聞こえないとあっては手を上げるか白旗を振るしかなくなってしまう。ここで、ふとフェイトはあることに気付いた。
（そうか、あくまで見えなくなっただけで消えたわけじゃない）
フェイトは顔を俯かせた。デュオに視線を悟らせないためだ。デュオにわからないようにフェイトは周囲の地面を注意深く見まわした。すると、
（いた！）
デュオの位置を確認したフェイトはデュオが近づいてくるのを待った。一方、デュオはフェイトが自分の位置と移動を把握していることに気付いていなかった。
（顔を伏せてやがる…観念したか？ だったら楽にしてやる）
デュオはフェイトの首を狙うことにした。足音を立てないように静かに忍び寄る。そして、フェイトの左横に立ったデュオは魔力刃を発生させたデバイスを一
気にフェイトの首めがけて振り下ろした。だが、フェイトはバルディッシュをライオットザンバーの二刀流に切り替えてデュオのデバイスを受け止めた。
「な、なに！？」
自分の攻撃がまるで予測さえたかのように受け止められたことにデュオは動揺した。たとえ、姿を見えなくしたとしても、地面を歩いて移動することには変わ
りはない。フェイトはデュオが地面を踏むことで生じる砂や瓦礫などの小さな動きを探ることで彼の位置を特定したのだ。デュオの姿が徐々に現れてきた。
「ちっ」
いったんフェイトから離れようとしたデュオだったが、フェイトはこの機を逃さなかった。
「ハァーッ！」
ライオットザンバーを一つに連結してデュオを横薙ぎに斬り払った。
「ぐっ！」
デバイスの魔力刃でライオットザンバーを受け止めるデュオだったが、それは無駄な抵抗でしかなかった。またしても魔力刃は砕かれ、デュオはライオットザ
ンバーの一撃をくらってふっ飛ばされて塀に衝突した。かなりの勢いで衝突したが、それでもデュオはゆっくりと立ち上がった。しかし、その足下はおぼつかな
い。デュオはフラフラになりながらもバルディッシュを指差した。
「へっ、それがあんたの本当の切り札だったんだな。俺の負けだ。潔く認めるよ」
降伏の証にデュオは両手を後頭部に回した。やけにあっさり投降の意を示した事にフェイトは不審を感じたものの、デバイスも無く立っているのもやっとの状
態では何もできないだろうと判断して受け入れることにした。
「地上本部に対するテロ行為の現行犯であなたを逮捕します」
「そりゃ、どうも」
デュオは両手を前に差し出した。フェイトがそれにバインドをかけようとした瞬間、いきなりデュオが抱きついてきた。
「な、なにを！」
「へへっ、一緒に吹き飛んでもらうぜ」
その言葉にデュオが自爆するつもりだと察したフェイトは必死に離れようとするが、強い力で抱きしめられているため容易には離れられない。
「じたばたすんなよ。心配はいらねぇぜ。痛みや苦しみを感じずに死なせてやるからよ。まあ、さっき約束したそのキレイな顔を残しておくってのは果たせねぇ
けどな。それは、あの世で何回も謝るから勘弁してくれ。そんじゃ、一緒に死出の旅路といこうぜ」
フェイトを抱きしめる力が強くなる。恐らく自爆する寸前なのだろう。必死で拘束から逃れようともがくフェイトにデュオはニヤッと笑いかけた。もう駄目か
と諦めかけた時、横から魔力弾が飛んできてデュオの側頭部に当たった。グラッとなったデュオはそのまま倒れた。フェイトが弾が飛んできた方を見ると、ティ
アナがクロスミラージュを構えて立っていた。サラを拘束して、すぐに駆け付けてきたのだ。
「大丈夫ですか？ フェイトさん」
「ありがとう、ティアナ。うん、大丈夫だよ」
そうは言ってもフェイトは全身傷だらけで体力も消耗しているようだった。ヨロッとよろけたフェイトをティアナがあわてて支える。
「フェイトさんは少し休んでいてください。あとは私がやりますから」
しかし、ティアナも無傷ではない。それにフェイトは後輩に仕事をやらせて自分は休むというタイプではない。
「私は大丈夫。それより、さくらをお願い」
「あ、はい」
ティアナはさくらの方に目をやった。右足が無いことに気付いたティアナは絶句した。
「ひどい……」
同時にさくらを守れなかったことへの自責の念もこみ上げてくる。それはフェイトも同じだった。いや、それ以上か。
「さくらを安全な場所にお願い。私はなのはのところに行くから」
「……わかりました」
いまはさくらの安全を確保することが先決だ。ティアナはフェイトの指示に従うことにした。
さて、正気にもどったルーシーだが、なのはから状況を知らされて愕然となった。
「そんな……」
倒れている人、破壊された建物、それらはルーシーの故郷で彼女がうんざりするほど見てきた光景だった。そんなのはもう嫌だからルーシーはゼクエスの帝王
になろうとしたのだ。それなのに、自分でこんな光景を作り出してしまったことに愕然としてしまったのだ。
「あなたが悪いわけじゃない。操られていたんだから」
なのははそう慰めるが、ルーシーの気持ちは晴れない。だんだん悔しさがこみ上げてくる。
「私は…私はこんなことのために、ゼクエスになったんじゃないのに……」
皆が平和に暮らせる世界を作りたいがために帝王候補となったのに、戦争を商売にしている連中に良いようにされたなんて考えるだけでも腹が立つ。いますぐ
にでも殴りこみたい気分だ。フォーサイズの指導者の正体は知っている。新興宗教の教祖だ。ルーシーからそのことを聞きだしたなのはの連絡ですでに局員が逮
捕に向かっている。これでこの事件は解決となるはずだった。だが、事態はそうすんなりとはいかなかった。いきなり、なのはとルーシーの前に空間モニターが
現れたかと思うと銀色の仮面をつけた男が映し出された。ダニエル・ジャッカルだ。ルーシーから人相風体を聞いていたなのはが確認する。
「あなたがフォーサイズのリーダーね？」
「そうだ。お初にお目にかかる管理局の犬め」
ジャッカルの侮蔑的な台詞になのはは表情を険しくする。
「もうすぐ、あなたを逮捕しに局員がそちらに到着します。無駄な抵抗をせず投降しなさい」
「残念だがそうはいかない。我々は目的を果たしていないのだからな。ところで、そっちでへたりこんでいる奴がいるが、どうやらディアスの呪縛から解放され
たみたいだな。そんなことは絶対にあり得んのだが、いやはやゼクエスというのは底知れぬ力があるようだ。だが、俺がそんな事態を想定していなかったと思う
か？」
直後、ルーシーが悲鳴をあげた。
「きゃあああああっ！？」
なのはが驚いて振り向くと、ルーシーの胸の中が光っていた。
「こんなこともあろうかと、ディアスをあらかじめ体内に埋め込んであったのだ。こういうのは例が無いからうまくいくかどうかわからんが、完全にそいつの心
がディアスに支配されたらもう二度と元にはもどらん」
「そんなことはさせない！」
「貴様がどう足掻こうとその娘は俺の操り人形になるしかないのだ。それとも、そいつの胸を裂いてディアスを取り出すか？」
そんなことすればルーシーは死んでしまう。ルーシーは必死に抵抗するが、心を完全に支配されるのは時間の問題だった。
ルーシーは必死に自分を保とうとするが、意識が薄らいでいくのを止める術を持たなかった。いかなる攻撃も防ぐＡＩシールドも己が体内には何の役にも立た
ない。
（このままじゃ……）
完全にジャッカルに洗脳されてしまったら世界はフォーサイズのいいようにされてしまう。それだけはさせじとルーシーは魔槍の穂先を自分の胸元に向けた。
それを見て、なのはが制止する。
「何をする気？ バカな真似は止めて！」
「止めないでください。これしか方法はありません」
ルーシーがとった最後の手段、それは自決することだった。彼女とて死にたいわけではないが、ディアスに心を完全に支配されてしまったらそれは死んだのと
一緒だ。もう、意識は無くなりかけている。
「ごめん…アブラヒム……」
かつて自らを犠牲にして敵の襲撃から逃がしてくれた仲間に、自ら命を断つことを謝罪してルーシーは魔槍を自分の胸に突き刺そうとした。だが、魔槍の穂先
はルーシーの皮膚に触れるか触れないかのところで止まった。まさにギリギリのところでルーシーは完全に意識をディアスに支配されてしまった。
「……」
ルーシーはゆっくりと立ち上がると、指を魔槍の斧の刃にあてた。指先の傷口から刃に血が流れる。そして、ルーシーは魔槍をブンブンと振り回して、その後
に地面めがけて振り下ろした。魔槍が振り下ろされたところからなのはに向かって地面に亀裂が生じ、危険を感じたなのはは空に逃げた。その直後、なのはがい
た場所が大きく崩れ、なのははゾッとなった。そこをルーシーが襲った。気を取られていたなのはは不意を突かれた形となった。
「Protection」
レイジングハートが防御を展開したが、ルーシーの魔槍は防御をあっさりと破壊してなのはを一撃した。なのははレイジングハートで受け止めるも堪え切れず
ふっ飛ばされて、建物の壁を貫通して床に激突した。ものすごい衝撃だったが、なのはは辛うじて生きていた。
「バリアジャケットがなかったら即死だった……」
しかし、衝撃をすべてブロックできたわけではないので、ブロックしきれなかった衝撃によるダメージでなのはは全身に痛みを感じていた。それでも、痛みを
堪えて立ち上がったなのはは、ルーシーが自分に魔槍の穂先を向けて先端に魔力を集束させているのを見て目を疑った。
「集束型の砲撃魔法？」
難易度の高い集束型砲撃魔法を年端もいかない少女が撃とうとしている。しかも、かなり規模のでかい砲撃魔法だ。
「駄目、体への負担が大きすぎる！」
自身も幼い頃に大規模砲撃魔法を何度も放って体を壊したこともあるなのはは懸命に制止するが、いまのルーシーにその言葉は届かなかった。
「スピリットクラッシャー」
ルーシーは躊躇なく砲撃魔法を放った。もう、回避は間に合わない。そこへ、横から魔力弾が飛んできてルーシーの砲撃魔法の弾道をそらした。魔力弾を放っ
たのはフェイトだった。
「フェイトちゃん！」
「なのは、大丈夫？」
まさに間一髪だった。しかし、これで２対１となり、なのはたちが有利となった。いかにゼクエスの帝王候補であっても、管理局が誇るエース二人を同時に相
手するのは荷が重いだろう。
「うん、私は大丈夫。それより……」
なのははルーシーの身に起きたことを話した。それに対してフェイトは驚きはしなかった。ある程度予想していたことだった。しかし、直接体内にディアスを
埋め込まれているとなると厄介だ。非殺傷設定の攻撃魔法で中のディアスだけを撃ち抜く方法があるが、人体へのダメージが全くないわけではないし、ルーシー
の動きを止める必要もある。さらに、ＡＩシールドをどうするかという問題もあった。何度かゼクエスの帝王候補と戦ったことがあるフェイトは２対１でも油断
はできないと考えていた。
（説得できたらいいけど……）
だが、ルーシーとしての意識が完全になくなっていれば説得は不可能だ。仮に辛うじて残っている程度であっても、よほど彼女に近しい人間でなければその心
を打つことはできないだろう。なのはは、ルーシーとはこれが初対面だし、フェイトも最初に会った時以来ほとんど接触はしていない。頻繁に会っていたと言え
るのはさくらだが、さくらをいまのルーシーに会わせるわけにはいかない。すると、ルーシーの近くに空間モニターが現れてダニエル・ジャッカルがルーシーに
指示を出した。
「そこの二人は後回しだ。さきにもう一人の帝王候補をやれ」
ルーシーはコクッと頷くと上空からさくらを探した。
「いけない、さくらが」
いまのさくらは、襲われたらひとたまりも無い。フェイトはルーシーを取り押さえようとするが、その前にルーシーはさくらを見つけてしまっていた。
その頃、さくらは夢を見ていた。夢の中でさくらの目に映っているのは、道場で互いに正座して向き合っている幼い頃の自分と母親の姿だった。
「これって、初めて稽古した時の……」
その時のことをさくらはいまでも覚えていた。稽古を始める前、母はさくらにこう尋ねた。
「さくらはどうして強くなりたいの？」
それに対して、さくらの返答はこうだ。
「正義の味方になって悪者をいっぱいやっつけたいから！」
なんの迷いも無く元気いっぱいに答えるかつての自分に、さくらはいますぐにでもその口を塞ぎたかったが動くことも喋ることもできない。あの時は別に何も
思わなかったが、いまこうして見るとかなり恥ずかしいことを言っていたんだなとさくらは今更ながらに後悔した。若さゆえの過ちというものは認めたくないも
のと言うが、この過ちは素直に認めることができる。
「そう。さくらは正義の味方になりたいんだね」
「うん！」
またしても元気よく答える昔の自分に、さくらは「もうやめて」と叫びたい気分だった。しかし、同時に羨ましい気持ちにもなった。この時はまだ母も元気だ
った。そして、幼い自分が見せる満面の笑顔。それは、さくらが忘れかけていた表情だった。
「そっか、私ってあんなに笑えてたんだ…」
小学校に上がる前の自分の無邪気な笑顔と母の優しい笑顔。どちらもいまのさくらが無くしていたものだった。いまにして思うと、この時が自分にとって一番
幸せな時期だったかもしれない。だが、ゼクエスの帝王になれば、その幸せだった時期を取り戻すことができるかもしれない。だが、そのためにはルーシーを倒
さなくてはならない。それは母の望まないことだった。
「でもねさくら、本当の強さは相手を倒すためにあるものじゃないのよ。誰かを守るためにあるものなの。ちょっとさくらには難しかったかな」
母の言うとおり、この時のさくらはあまり理解できていなかった。そして、それから程なくして母が病に倒れたことで、さくらは母の教えをしっかりと受け入
れることができなかった。最愛の母を失った悲しみを紛らわすため、さくらは剣道に夢中で取り組むようになり、やがてそれは強さだけを追い求めていくように
なった。強さイコール相手に勝利することと思い込んでしまったさくらは、ただ相手をねじ伏せることしか頭にないまま剣道を続けていた。少しでも母の強さに
近づきたいがために。そうすることで少しでも大好きだった母を取り戻せると信じて。だがそれはさくらの思い違いであった。ここで場面が変わり、母が入院し
ていた病院の病室となる。病気で余命いくばくもなくなった母は泣きじゃくるさくらにこう諭した。
「泣かないで、さくら。母さんはずっとあなたの心の中にいるから。ずっと、あなたを見守っているからね」
その翌日、母は他界した。そのショックが大きすぎて、母の言葉はほとんど頭に残らなかった。だが、こうして母の言葉を再び耳にしたさくらは自分の胸に手
をあてた。
「母さんはずっと私の中にいた……？」
だとすれば、いままで母を追い求めて剣道に打ち込んでいた自分は間違っていたというのか。いや、さくらはいま気付いた。自分が追い求めていたのは母の強
さだけだということを。しかし、母は強さだけではない。優しさも兼ね備えた人だった。母のことを何も理解していなかったことに気付いたさくらは愕然となっ
た。
「母さんも、フェイトさんたちも皆強くて優しい人たちだった…。でも、私は違っていた……」
ただ相手を倒すことしか頭になかった。試合中や戦闘中は相手のことを慮ることもなかった。そのことに対して疑問を抱くことは無かった。戦いである以上、
勝つのは至上命題であるからだ。そう思っていた。
「でも、それだけじゃ駄目な時もある」
相手を倒すことだけを考えていては何も解決しない難題にさくらはいま直面している。たとえ、向こうに聞く耳が無かったとしても、それで話し合いの余地無
しとするのは早計だったのではないだろうか。フェイトは仲間を傷つけられてもなおさくらを説得しようとした。
「大事なのは戦いに勝つことじゃなく、戦いを終わらせること」
ゼクエスの帝王候補の戦いはどちらかが死ぬまで終わらない。しかし、それはさくらたちの意思に関係なく決められたルールだ。
「戦っているのは私たち。だから、戦いのルールも自分たちで決める。私は死なない。そして、彼女も死なせない」
そう心に決めた瞬間、さくらは目を覚ました。