第10話【黒き太陽輝く刻】
ルーシーは魔槍を振り上げた。ギンガは避けようとも受け止めようともしない。彼女の意識はすでになかった。
「ギン姉、逃げてっ!!」
スバルの叫びにもギンガは反応しない。このままではギンガは魔槍に斬り裂かれてしまう。
(もう誰も傷つかせない)
さくらはそう心に決めて動かない体を無理にでも動かそうとした。ところが、ここで思わぬことが起きてしまった。さっきまで動くと痛みが走ったのに、いま
はその痛みが和らいでいるのだ。
「なんで?」
一体、何が起きたというのか。痛みが軽減されただけでなく、体の奥から力が湧き上がってくるような感覚がするのだ。
(胸の中が熱い?)
リーガル・コアが熱を帯びているのか。原因がわからず不安になったさくらは、ここでようやく辺りが昼なのに少し暗いことに気付いた。気絶する前はこんな
に暗くはなかった。その理由はすぐにわかった。さくらが空を見上げると、太陽が月に覆い隠されようとしていたのだ。
「日食だ」
前に魔女に聞いたことがあった。日食の日に生まれた帝王候補であるさくらは、日食の時に力が増すのだ。何というタイミングの良さ。いままでで一番力を欲
している時に、それを実現する現象が起きている。さくらはこの時ほど神の存在を信じたくなったことはなかった。それまで自分では満足に動けなかったさくら
が立ち上がっていることに誰もが驚きを持って見ていた。ルーシーも魔槍を振り上げたままさくらを注視している。全員の注目を集めたさくらはゆっくりと手を
上にあげた。
ちょうどその頃、対フォーサイズ専属捜査班の本部ではリインフォースUと整備担当のメイ・サルサミルが急に光り出したさくらのデバイスを茫然と見ていた。
このデバイスが回収されて以来、いろいろと調べようとしたのだが拒否されてしまっているのだ。メイからしたら初めて見るバンパイア・デバイスを解析してみ
たい衝動に駆られるわけだが、部隊長のはやての指示でデバイスの同意なしの解析はしないことになっていた。そのはやては、地上本部を救援するため空戦魔導
師部隊を率いて出撃するところであり、リインフォースUははやてに同行するために向かう途中で、メイの驚いた声を聞いて駆け付けたのだ。
「どうしたですか?」
リインフォースUが駆けつけてみると、さくらのデバイスが光輝いていて急のことで驚いたメイが腰を抜かしていた。
「こりは一体?」
「わ、わかりません。いきなり光っちゃって」
二人はしばらく茫然と見ていたが、リインフォースUはハッという顔になって、
「と、とにかく、はやてちゃんに知らせないと」
急に光り出すには理由があるはず。さくらがいる地上本部が攻撃を受けている時だけに、さくらに何かあったのかもしれない。リインフォースUは、はやてに
知らせようと急いで外に出ようとした。
「リイン曹長、あれを!」
メイが叫ぶのを聞いたリインフォースUはデバイスの方を振り向いた。すると、さくらのデバイスが宙に浮かんでいるのだ。そして、次の瞬間、さくらのデバ
イスは猛スピードで飛び去った。その際に、運悪く服が引っかかってしまったリインフォースUも一緒に。
「ひえぇぇぇぇぇっ!!!」
リインフォースUは引っかかっている服を外そうとがんばるが、猛スピードで飛行しているため思うようにはいかない。さくらのデバイスは壁や天井を突き破
って飛び去ったから、異変はすぐにはやてたちの知るところとなった。駆け付けたはやてたちにメイが何があったかを伝えた。
「なんやて?」
さくらのデバイスが急に光り出したと思ったらいきなり飛び去ったと聞かされて、はやては俄かには信じられなかった。デバイスが勝手に飛んでいくなんて聞
いたことがなかったからだ。しかし、メイが嘘を言っているようには見えないし、現にさくらのデバイスが無くなっていて壁に穴が開いている。
「これは嫌でも信じんとあかんみたいやね」
厄介なことになりそうだとはやては思った。現在、通信妨害のため地上本部との連絡は不通で、はやてたちは現地の状況を知ることができずにいた。気がかり
なのは日食だ。今日、日食があることは知られていたことで、はやてたちも忙しい職務の合間を縫って見てみるつもりだった。前にフェイトがさくらに聞いた話
では、ゼクエスの帝王候補は日食の日に生まれた者と月食の日に生まれた者が選ばれて、さくらは日食の日に生まれたから黒き太陽の魔闘士として帝王候補にな
ったという。いま、ちょうど太陽が月に食べられている時だ。カリムの預言にあった太陽を喰らいし者とはさくらのことではないだろうか。日食が起きている時
に、さくらのデバイスが飛んでいったのは決して偶然ではないだろう。そうなると、月を覆いし者とはルーシーの事で間違いないだろうが、では資格無き者とは
一体誰のことを指しているのだろうか。
「なんや嫌な予感がするわ。とにかく、地上本部に急行や。リインの事も心配やしな。マリアは私についてきてんか。シャマルとザフィーラはここに残って本部
の守りや。外に出かけているメンバーには直接現地に向こうてもらうことにするわ」
はやての指示に一同は「はい」と答えた。
さくらが右手を上にあげて数十秒が経過した時だった。遠い彼方からすごい勢いでさくらのデバイスが飛んできて、主の手の上に(といってもギプスの上だが)
止まったのだ。もっとも、止まったのはリンゴとヘビのあまり趣味のよろしくないブローチだけではなかった。
「ふひーっ、死ぬかと思ったです」
右手を下ろしたさくらは飛んできたのが自分の趣味の悪いブローチだけでないのに気付いた。ちっちゃい女の子だ。
「妖精さん?」
羽こそ生えていなものの、ちっちゃくてかわいらしいリインフォースUはさくらには妖精に見えた。
「妖精ではないですよ」
一息ついたリインフォースUは、きょとんとしているさくらの顔を見上げた。
「あなたが木崎さくらさんですね。初めましてリインフォースUといいます。リインって呼んでくださいね」
明るく自己紹介するリインフォースUだが、さくらはきょとんとしたままだった。
「どうしたですか?」
「いえ、知っている人に声が似ていたから」
似ているどころか、瓜二つである。まるで同じ声優さんが演じているようだった。
(声は同じだけど性格は違うみたい)
さくらは緑色の髪の魔女の顔を思い浮かべた。無愛想な魔女だが、かといって、
「さくらが殺(や)るつもりはなくても、向こうはさくらを殺るつもりでくるですよ。だから、殺られる前に殺っちまえですよ」
などと明るく言われても困る。それに、現状はとても明るくお話できるものではなかった。リインフォースUも想像以上の惨状に表情を曇らせる。セイン・チ
ンク・ノーヴェ・ウェンディが倒れていて、立っているスバルとギンガもひどいダメージを受けているのがわかる。
「ティアナはどうしたですか?」
ティアナが見当たらないことに気付いたリインフォースUはスバルに尋ねた。スバルが状況を説明すると、リインフォースUはこのままでは救援が到着するま
で保たないと悟らざるを得なかった。まともに戦える者は誰もいない。ゼクエスの魔闘士の強さは聞いてはいたが、まさかこれほどまでとは思いもしなかった。
はやてやヴィータがいたら融合して戦うこともできるのだが。リインフォースUが対応策を考えていると、さくらが前へと歩き出した。スバルがあわてて制止す
る。
「駄目だよ。前に出ちゃ」
さくらは左腕が無いうえに右手もギプスがしてあってとても戦闘ができる状態ではない。
「大丈夫ですよ。言ったでしょ。私はちょっとやそっとじゃ死なないって。それに、もう嫌なんですよ。誰かが傷つくって。特に優しい人たちが、ね」
縁もゆかりも会って話したこともない自分のために傷つき倒れていった人たち。今度は自分がこの人たちのために戦う番だ。そんな決意をこめて、さくらは変
身の魔法を詠唱する。
「我、選ばれし者なり。風よ、水よ、火よ、土よ、黒き太陽の下に生まれし魔闘士に力を与えたまえ。敵を殲滅する強さはこの手に、困難に打ち勝つ勇気はこの
胸に。魔剣グラム、セタップ!」
「Yes, My Lord」
実に久しぶりの変身だ。変身と同時に右手のギプスが砕かれ、右目の眼帯も外れてどっかに飛んで行った。
「ナカジマさん」
「えっ、なに?」
「お姉さんを安全なところへ」
「そ、そうか」
スバルはギンガのところへ行って姉の頬を叩いた。
「ギン姉、しっかりして」
「ん? うーん……。あ、スバル……?」
「ギン姉…」
ギンガが目を覚ましたことにスバルは安堵した。一人では歩けない様子のギンガに肩を貸して後ろに下がる。これで、さくらとルーシーの間に誰もいなくなっ
た。
「決着をつけましょ」
もう二人の戦いに他人を巻き込むべきではない。さくらは魔剣の刀身に自分の血を与えた。さくらの指先から流れる赤い血が魔剣の刀身の中の管を通っていく。
外から見たら魔剣の刀身の真ん中に縦に赤い筋が通っているように見える。ルーシーも自分の魔槍に血を与える。誰が見てもさくらが不利だ。だが、スバルもリ
インフォースUもさくらを止めることはできなかった。さくらの体から発せられる威圧感みたいなものが二人を怯ませているのだ。
「これがゼクエスの帝王候補…」
さっきまでか弱い女の子でしかなかったのに。まるで王者の風格ってやつみたいだ。だが、とスバルは思う。ルーシーからはそんな威圧感は感じなかった。な
ぜだろう。疑問と言えば、ルーシーには威圧感どころか何か心ここにあらずという感じがしてならない。そうした疑問はさくらも抱いていた。ルーシーとの付き
合いは彼女が一番長い。ルーシーには間違いないのだが、どうもルーシーらしくないのだ。
(何か引っかかるけど……)
ルーシーに何があったかは知らないが、彼女が危険であることには変わりはない。さくらは学校での戦いを思い出していた。あの時、ルーシーはさくらの学校
の児童を人質にとってさくらに降伏を迫った。ルーシーは目的のためなら手段を選ばない。しかし、さくらはルーシーが好んでそんな手段を取ったわけではない
と思っていた。だが、いまもそう思っているのかと訊かれたら答えるのを躊躇してしまう。もしかしたら、ルーシーは人を殺すことを何とも思っていないのかも
しれない。魔女はさくらにこう言った。
(ゼクエスの帝王は死者を生き返らせることもできる)
それが本当なら何人殺しても苦にならない。だが、さくらはそれを信じる気にはなれなかった。もし、本当ならその候補である自分たちにも人を救える力があ
ってもいいはずだ。ところが、実際二人がしてきたことは破壊と殺傷だけである。
(誰も傷つけたくないし、誰にも傷ついてほしくない。だから)
さくらは魔剣を握る手に力を込めた。
「この一撃に私のすべてを込める」
次の瞬間、魔剣からオーラみたいなのが発せられた。さくらが全エネルギーを魔剣に集中させているのだ。ルーシーも、魔槍にエネルギーを集中させた。二つ
の武具から発せられる強力なオーラにスバルたちは吹き飛ばされそうになる。
「スバル、ここは下がるですよ!」
「はい」
危険を感じたスバルとリインフォースUは避難することにした。ギンガもスバルに肩を貸してもらいながら移動する。
「こりゃ、俺たちも下がった方がいいな」
ちょっとでも気を抜くと転がっていってしまいそうな風にデュオとシャロンも下がることにした。これで皆が安全圏に避難した…わけではなかった。スバルが
あっという顔になった。
「あ、ノーヴェたちが」
そう、セインやノーヴェたちが倒れたままになっているのだ。
「助けなきゃ」
いまでさえ立っているのもやっとなのだ。これでさくらとルーシーの武器がぶつかりあったら、ものすごいエネルギーのぶつかりあいで周囲のものは全部ふっ
飛ばされてしまうだろう。
「ギン姉はここにいて」
ギンガを地面に寝かせたスバルは、ノーヴェたちを救出に向かった。レスキューが本職なのでこういったことは得意だ。だが、その前にさくらが動いた。
「でりゃぁぁぁっ!」
さくらの一撃が放たれた。それを魔槍の斧の部分で受けるルーシー。蓄積されていたエネルギーが一挙に放出され、かつぶつかりあったことで爆発的な衝撃波
が周囲を襲った。それは窓ガラスが割れ、塀が崩れて、外壁に亀裂が生じて建物の一部が崩れるほどの威力で、当然人が立ってられるような状態ではない。
「スバル、伏せなさい!」
ギンガからの指示で、スバルは地面に伏した。ほんのちょっとでも遅れていたらスバルはふっ飛ばされていただろう。
「ありがとう、ギン姉」
姉に礼を言うと同時にスバルは、二人の帝王候補の戦いにゾッとなった。ただ、武器と武器がぶつかりあっただけでこれだけの衝撃波が来るなんて。だが、ゼ
クエスの魔闘士の凄さはこの程度ではなく、真のゼクエスの魔闘士即ちゼクエスの帝王の力はまさに想像を絶するものであり、スバルは数ヵ月後にそれを目の当
たりにすることとなる。
少し時間を戻して。フォーサイズの幹部サラと戦うことになったティアナだったが、サラの方が射撃の腕が上のようで苦戦を強いられていた。ティアナは二丁
拳銃で魔力弾を放つのだが、サラはそれを一丁の銃で皆撃ち落としてなおかつティアナに撃ちこんでくるのだ。魔力弾を遠隔操作してサラを惑わすこともしてみ
たが彼女は正確に魔力弾を撃ち落としていった。
「そんな!」
高速で行き交う魔力弾を正確に撃つことなど不可能に近い。神業としか思えないサラの射撃にティアナは愕然となった。
「どうやら銃の腕は私の方が上のようですね」
今度はこっちの番とばかりにサラは銃を連射した。
「くっ」
ティアナはひとまず逃げることにした。まともにやりあっても勝てないと判断したからだ。サラはティアナに銃を向けた瞬間に発砲してくる。その射撃は極め
て正確で、ティアナは一瞬でも立ち止まることができなかった。なんとか遮蔽物に逃げ込んだティアナは必死に打開策を考えた。どうやらサラは魔力スフィアを
形成することも魔力弾を遠隔誘導することもできないらしい。ただ、デバイスから魔力弾を直線的に撃ってくるだけだ。デバイスの性能ではクロスミラージュが
上だ。しかし、射撃の腕はサラが完全にティアナを上回っていた。
「なんとか隙を見つけて一撃必殺の魔法で倒す。これしかないわね」
見つからなかったら作るまでだ。サラはゆっくりと歩いてこっちに向かっている。ティアナは自分の幻影を複数発生させて相手を惑わす作戦に出た。一体目の
幻影が現れサラはそれに銃を向ける。だが、発砲はしない。他にも幻影がいくつも出現しているからだ。
「幻術魔法?」
いくつもの幻影を発生させなおかつそれらを動かすことはかなり高位な魔法であるはずだ。サラは幻術魔法についてあまりよく知らないが、ティアナがやって
いることが凄いということはわかった。
「思っていたよりやるようですね。幻影が私を引きつけている隙に別の場所に移動して私の隙を窺う作戦ですか」
どうやらサラはこの魔法を使っている時は術者はその場を移動できないことを知らないようだ。それと、戦闘機人みたいに幻影を見破ることもできないらし
い。まあ、それは当然か。サラが射撃で幻影をすべて消滅させたのを視認すると、ティアナはサラが自分の方を向いていないのを確認して素早く移動した。サラ
が自分の位置をわからないと判断したティアナは彼女の隙を窺った。サラを倒すには彼女の魔力弾に弾かれないだけの威力の魔力弾を放つしかない。さらに、相
手に回避する余裕を与えないことも重要だ。
「もう終わりですか? どこかに隠れて私の隙を窺っているんでしょうけど無駄です。あなたの射撃魔法は全部弾かれてしまうのはわかっているでしょ? 無駄
な抵抗は止めて降伏してください。今なら命の保証はします」
どこに隠れても聞こえるように大声で降伏勧告するサラだが、ティアナには途中であきらめるつもりはなかった。
「やれるだけのことをする。それで駄目ならそれまでよ」
魔力スフィアを一個形成してそれをサラに見つからないように移動させる。現在、ティアナはサラの右斜め後方にいる。距離は100mほどか。向こうはこっ
ちに気付いていない。だが、警戒は怠っていない。いま、撃っても回避されるか撃つ前に撃たれてしまう。サラの気をちょっとでもそらせるために魔力弾を誘導
しているのだ。そして、サラの左側面から一気に突撃させる。
「!」
自分に向かってくる魔力弾をサラは素早く射撃で弾く。迅速でしかも精密な射撃だ。しかし、それでサラの目が魔力弾が飛んできた方に向くこととなった。
「いまだ」
ティアナは隠れていた遮蔽物から出て、サラに銃口を向けた。ターゲットリングが現れて目標をロックする。発射するのに時間がかかるのは難点だが、このタ
イミングなら気付かれても回避は不可能だ。サラはまだティアナに気付いていないようだ。もう少し、気付かないでほしいと祈りながらティアナは発射までの時
間を待った。そして、その時がきた。
「ファントムブレ……」
イザーとつづくはずだったティアナの砲撃魔法。この時点でサラが気付いたとしても回避はもう不可能、魔法弾で弾くにしても魔力量の差でそれも無理。なす
術もなく、サラは撃破されるはずだった。だが、ティアナがファントムブレイザーと口にする直前にサラが彼女の方に銃を向けた。しかも、ティアナの方に顔を
向けずに。銃が向けられると同時に発射される魔力弾。なす術もなかったのはティアナの方だった。魔力弾が直撃してティアナは後方に倒れた。
「な…なんで……」
前もってティアナの位置を知っていたのでなかったら、あんなことは不可能なはずだ。
「なかなかいい作戦でしたよ。でも、私は最初からあなたがどこにいてどこを移動したか全部把握していたんです」
「どういう事?」
ティアナの質問にサラは少し間を開けて答えた。
「私は普通の魔導師ではないんです。ドクター・ゲオによって体を作り変えられた改造魔導師。それが私の正体です」
「ドクター・ゲオ?」
ティアナもその名を知っていた。いや、知っていて当然と言うべきだろう。ジェイル・スカリエッティと同じくらい危険な科学者だ。スカリエッティと違って
ドクター・ゲオは、人の体に機械を組み入れることは好まず、あくまでも有機レベルでの改造にこだわった。
「ドクター・ゲオもフォーサイズの仲間だって言うの?」
「いいえ、博士とフォーサイズは依頼する依頼されるの関係でしかありません。それから、さきほどの話ですが私には相手の位置を気で察する能力があるんです。
改造されてね。あなただけじゃなく、この付近にいる人たち全員の位置が私にはわかるんです。ですから、あなたがいくら小細工を仕掛けても私には通用しませ
ん。もう、これであなたに勝ち目がないことはわかったでしょ。降伏していただけませんか?」
「フォーサイズとは思えない台詞ね」
「ボスからは、あなたを殺せという命令は受けてません。邪魔する者は排除しろという命令は受けましたが。ですから、あなたが邪魔をせずに静かにしていてく
れたら、これ以上の危害は加えないとお約束します」
「嫌だと言ったら?」
「だったら仕方ありません」
サラはトリガーに手をかけた。そして、少し間をあけて魔力弾を発射した。魔力弾はティアナの左肩をかすれた。
「うっ…」
ティアナは左肩を手で抑えたが、痛みはあるもののかすれただけなので傷自体は大したことはなかった。
「これが最後の警告です。次はあなたの心臓に当てます。降伏してください」
どうやらさっきのはわざと外したようだ。だが、ティアナは疑問に感じた。なぜ、執拗に降伏を迫るのか。さっさと殺してしまえばいいことなのに。
(もしかしたら……)
有り得ないと思いつつもティアナはふと思い浮かんだことをサラにぶつけてみることにした。
「あんた、もしかして人を殺したことがないんじゃないの?」
「なっ」
さっきまで冷静だったサラが明らかに動揺しているのがわかった。
「どうやらビンゴのようね」
戦争を生業としているフォーサイズの幹部が人を殺したことがないというのは不思議な話だ。確信を突かれたサラは明らかに動揺していて手が震えて銃口がぶ
れている。いまなら、射撃魔法を放ってもサラは魔力弾で弾くことはできないはずだ。ティアナは勝負に出ることにした。だが、その前にサラに通信が入った。
「あっ、は、はいボス」
ジャッカルからのようだ。ティアナにはジャッカルの声は聞こえない。
「……はい、わかりました。ただちに命令を遂行します……」
沈痛な面持ちで通信するサラ。通信が切れると、サラはデバイスにカートリッジをロードした。
「ボスから命令が下りました。あなたを殺せとの命令です。私がいまから撃つヒートブレットは並の防御魔法なら容易く貫通します。動かないでください。せめ
て、苦しまずに死なせてあげます」
さっきまでブレていた銃口がピタッと止まった。
「本心を言いますね。本当はあなただけは殺したくなかった。なぜだか、そんな気がするんです。よろしければ、あなたのお名前を教えてくれませんか?」
「ティアナよ。ティアナ・ランスター」
「ティアナ・ランスター……さん」
サラは考え込むような顔をした。
「初めて聞く名前のはずなのに、どこかで聞いたような…。すみません、私たちどこかでお会いしませんでした?」
「いいえ?」
「そうですか……」
残念そうな顔で俯くサラに、ティアナはなんか申し訳ない気分になった。しかし、ティアナが知っているサラという名前の人に彼女は含まれていない。せめて、
フルネームを教えてくれないと。
「あなたのフルネームを教えて。そうすれば思い出すかもしれないから」
だが、サラは首を横に振った。
「すみません、わからないんです。サラというのは私の本名ではありません。私は自分の本名を知らないんです。改造された時に記憶を無くしましたから」
「記憶を無くした?」
「人形に人間としての記憶は必要ないそうです。ターゲットが私の知っている人間だった時に迷わずに任務を遂行できるようにするためだとか」
「ちょっ、人形ってあんた」
さっきまでのサラは確かに無機質な感じがするぐらい表情に変化のない娘だったが、いまのサラは明らかに感情のある人間だ。人形には意思がない。だが、サ
ラはさっきティアナを殺したくないと自分の意思を示している。
「何、言ってんのよ。人形がさっきみたいな悲しそうな顔をする? あんたには自分の意思ってもんがあるでしょうが」
「だから私は欠陥品なんです。人形は何も考えずにただ命令されたことをやればいい」
「あんたはそれで納得しているの?」
「納得する、しないではありません。私にはこうして生きていくしか道は無いんです」
「生きた人形なんてない!」
いきなり大声を上げたティアナに、サラは驚いて目をパチパチさせた。
「あんた、自分の意思で体を動かせるでしょ? だったら、人形なんかじゃない。立派な人間よ。命令されたからって何? こんなこと嫌なんでしょ? 嫌なら
なんでフォーサイズにいるの? 何か事情でもあるんなら力になるから話して」
「……」
サラは黙ってティアナの言葉を聞いていた。ここまで自分に対して熱く語りかけてくる人間はいなかった。力になるとティアナが言ってくれたことは素直にう
れしかった。だが、サラには命令に従うだけの人形以外の生き方は想像できなかった。
「ごめんなさい……」
普通の魔導師だったらティアナの言葉に従ったかもしれない。だが、サラにとって普通とは上の命令で動くことだった。それでも、世間一般の普通とはかけ離
れているとわかるのは、普通の女の子だった頃の記憶がかすかに残っているからだろうか。ティアナにはわかった。サラが本当は普通の女の子として生きたいと
思っているのを。そうでなかったら、相手に謝ったり目から涙を流したりしない。人形だったら涙を決して流したりはしないはずだ。だが、サラは自分が涙を流
していることに気付いていなかった。サラの銃口に魔力が集まる。
「さようなら……」
サラが引き金を引こうとしたその時、衝撃波が二人を襲った。
「なっ!?」
突然の衝撃波にサラが気を取られた隙をティアナは見逃さなかった。
「いまだ」
落ちていたクロスミラージュを拾ったティアナは、サラのデバイスの銃口に向けてトリガーを引いた。ティアナが放った魔力弾は、サラのデバイスの銃口に形
成されていた魔力スフィアに命中した。
「くっ」
危険を感じたサラは咄嗟にデバイスから手を離した。直後、彼女のデバイスは暴発を起こして壊れてしまった。いくら改造魔導師といってもデバイスが無かっ
たら戦闘力は無いも同然だ。
「さすがですね。咄嗟の判断で不利だった戦いを逆転させるなんて」
サラは素直に敗北を認めた。そんな彼女にティアナは降伏を勧める。
「事情を話せば管理局も決して悪いようにはしないわ。私も弁護するから」
「お気持ちは嬉しいのですが、降伏はしません。フォーサイズに降伏は許されないんです。任務失敗は死あるのみです」
そう言うとサラは服に忍ばせていたナイフを自分の首に突き付けた。
「ま、待ちなさい!」
「さようなら」
サラはゆっくりと目を閉じた。ティアナがクロスミラージュでナイフを狙うがもう間に合わない。だが、サラのさようならの言葉はまたも実現しなかった。テ
ィアナもサラも何が起こったかわからなかった。突然、ナイフの刀身が割れてしまったのだ。
「……」
茫然とするサラ。そんな彼女に駆け寄ると、ティアナはサラの頬をぶった。
「あんたね、いい加減にしなさいよ。他人の命を奪うことも許されないことだけど、自分の命を粗末にすることだって同じくらい許されないことなんだから」
「ランスターさん……」
「あんた、自分の意思で行動しないといつまでも人形のままになるよ。それでもいいの?」
「……自分で決めたんです。私にはそうして生きていくしか道はないからそのように生きていこうって」
「嘘ね」
「えっ?」
即、否定されたことにサラは困惑した。
「ある人からの教えでね。泣いている子の言うことはまともに受け取らないことにしているのよ」
「泣いている? 私が?」
その時ようやくサラは自分が涙を流していることに気付いた。
「人形は涙を流さない。でも、あんたは涙を流している。これって、あんたが人間だっていう確かな証拠でしょ? だったら、本当に自分がしたいことを自分で
決めないと」
「私が本当にしたいこと……」
サラは自分が本当にしたい事は何か考えた。その時、ジャッカルから通信が入った。しばらく、ジャッカルからの通信を聞いていたサラだったが、やがて意を
決して自分から通信を切った。それはフォーサイズでは絶対に許されない行為だった。
「自分で決めるって気持ちがいいですね」
サラは初めて笑顔を見せるのだった。
互いに全力を出し切ってのせめぎ合い。さくらはいまの自分では一か八かの一発勝負に賭けるしかないと思っていた。だが、それはあまりにも勝算のない賭け
だった。10センチ近くもある体格差があるうえに、涼香には左腕が無いというハンデもあった。どう見てもさくらに勝ち目があるようには見えなかった。とこ
ろがぎっちょん。予想に反して、さくらがルーシーを押しているではないか。ルーシーも負けじと魔槍を持つ手に力を込める。しかし、押し返すことができない。
「だぁぁぁぁぁっ!!」
さくらは一気にエネルギーを解放して、ルーシーを押し切った。ルーシーは後方にふっ飛ばされ、壁に激突した。壁は崩れ、その瓦礫にルーシーは埋もれた。
「おいおい、どうなってんだ」
とんだ番狂わせにデュオはシャロンに説明を求めた。
「し、知らないわよ」
シャロンにとっても、これは意外な展開だった。どう考えても、ルーシーがさくらに力負けするはずがないからだ。考えられるとしたら…
「あの炎みたいなものが何か関係しているのかしら」
さくらの体から発せられている炎みたいなもの。火ではない。魔力でもない。シャロンは知らなかったが、それは闘気だった。なぜ、ゼクエスの魔導師が魔闘
士と呼ばれるか。それは、魔力だけではなく、闘気も帯びて戦うからである。そして、闘気は要するに気迫であり、言われるがままの人形になってしまっている
ルーシーは、どうしても気迫で劣ってしまうのである。だが、闘気を発することは体力を消耗させるため、いまのさくらには負担が重かった。さらに言えば、ル
ーシーはほとんどダメージを受けてはいなかった。瓦礫の中から立ち上がるルーシーには傷らしい傷は見当たらない。壁に衝突する寸前にAIシールドで防御し
たのだ。
(やっぱり、そう簡単にはいかないか)
一撃で終わらせろうとはいささか虫が良すぎたかもしれない。だが、さくらは手応えを感じていた。パワーでは完全に勝っている。さくらも闘気のことは知ら
なかったが、武術をやっていたおかげで本能的に闘気を出せるようになっていた。問題はさくらのスタミナがもつかどうかだ。
「あっ……」
急に目眩がさくらを襲った。クラッとなったさくらは倒れそうになるが、魔剣を地面に突き立ててどうにか堪えた。
(まずい、目が霞んできた…)
動けるようになったとはいっても、傷が完全に癒えたわけではない。ほとんど、気迫で立っているようなものだ。少しでも気が緩めば、さくらはすぐにでも倒
れてしまう。そうなれば、殺されるのは確実だから、かなり無理をしていると自分でわかっていても気迫を保ち続けるしかない。
(長くはもたない…一気にケリをつける!)
さくらはルーシーに突進した。体が限界を越えるまでにルーシーを倒さなければさくらの命がない。さくらの猛攻にルーシーは防戦一方となる。
「かなりやばいわね、あれ…」
このままではルーシーがさくらに負けると判断したシャロンは、何か手を打とうと周りを見回した。
「この娘を使わせてもらうわ」
シャロンは近くで倒れているノーヴェに近づいた。そのことに、さくらはもちろんスバルたちも気付いていない。さくらはルーシーを倒すことしか頭になかっ
た。そして、ルーシーが見せたわずかな隙を見つけて彼女の腹に蹴りを放った。
「ぐはっ」
強力な一撃にルーシーはグラッとなった。当然、完全に無防備となるこのチャンスをさくらが見逃すはずはない。さくらはルーシーの胸に魔剣を突き刺そうと
構える。だが、そこへシャロンが大声で叫んだ。
「そこまでよ!」
さくらが振り返ると、シャロンが倒れているノーヴェの首筋に注射器の針を当てていた。
「降伏しなさい。さもないと、この娘を殺すわよ。私はね、水を薬にも毒にも変えることができるのよ」
シャロンは自分の言っていることが嘘でないことを証明するため、注射器をノーヴェから離してさくらの方に向けた。透明だった中の液体が毒々しい紫色に変
色していくのがさくらにもわかった。だが、さくらはシャロンがノーヴェから注射器を離した隙を突いて突進した。
「えっ?」
シャロンの目にはさくらが消えたようにしか見えなかった。次の瞬間、目の前にさくらが現れてシャロンは叫ぼうとしたが声にならなかった。
「っ!」
その時、シャロンは自分の死を確信した。さくらの目は殺気に満ちていたからだ。だが、さくらは闘気による衝撃波でシャロンをふっ飛ばすだけで済ませた。
ギリギリまでシャロンの顔を横に斬り裂くつもりだったのだが、彼女にも命を救われたことがあることを思い出して躊躇したのだ。殺しはしなかったものの、シ
ャロンは気絶して脱落した。次に、さくらはデュオを睨みつけた。デュオには何の恩も義理も無いので遠慮なく殺すことができる。すると、デュオは両手をあげ
て首をフルフルと横に振った。何も邪魔はしませんという意思表示だ。
(今回は失敗だな、こりゃ)
完全に目論見は崩れた。敗因は敵の戦力を完全に把握しないまま攻撃を仕掛けたことだろう。フォーサイズでは最も博識だったシャロンでさえ、ゼクエスにつ
いては半分も知らなかったのだ。
(問題はいつズラかるかだ)
デュオはルーシーがさくらに殺されるだろうと予測した。そしたら、次は自分の番だ。前にボコボコにされた恨みをまだ忘れてはくれてないだろう。デュオは、
さくらとルーシーの戦いが再開されたら、それに乗じて逃げることにした。ジャッカルは怒るだろうが、命には代えられない。
「命あっての物種ってね」
だが、この後デュオが予想もしなかった事態が起きた。とんだ邪魔は入ったものの、さくらは完全にルーシーを押していた。もう、邪魔は入らない。今度こそ
ルーシーを仕留めることができる。ルーシーに対しても命を助けてくれた恩義がある。その恩人を殺すことに躊躇は微塵も無いといえば嘘になる。だが、今回の
ように関係の無い人たちまでも巻き込んでしまう事態が今後は起こらないとはいえないだろう。ここで決着をつけなければならない。さくらは今度こそ絶対にル
ーシーを殺すつもりでいた。
(私たちはもしかしたら一番の友達になれたかもしれない)
同時に絶対に許すことができない相手。もはや躊躇いは無い。さくらは次で終わると確信していた。一度は自分の死を覚悟したこともあったが、どうやら死な
ずにすみそうだ。だが、さくらがルーシーに最後の攻撃を仕掛けようとした瞬間、彼女の体は限界を迎えてしまった。
「ごふっ」
さくらの口から血が吐き出された。地面に飛び散った自分の血にさくらは何が起きたかすぐには理解できなかった。だが、最悪の事態だということだけはわか
った。事態が悪化する前に決着をつける必要があると判断したさくらは攻撃をしかけることにしたが、ここでさらに無茶をしたために彼女の体にさらなる負担が
加わってしまった。
「あっ……」
さっきよりもさらに激しい目眩がさくらを襲った。何とか魔剣を突きたてて倒れないように踏ん張るが、頭がクラクラして少しでも気が緩めば倒れてしまいそ
うだった。
「あともう少しだったのに…」
目の前の勝利が急に遠ざかっていくのを感じるさくらだが、それでも気力を振り絞って戦おうとした。しかし、目の霞みもさらにひどくなってルーシーの姿も
まともに捉えることができない。さっきのシャロンの行動は結果的にルーシーの逆転に寄与したことになる。そして、ルーシーはこの機会を逃しはしなかった。
魔槍を大きく振り上げてさくらに向かうルーシー。さくらは反応が少し遅れた。
「くっ」
さくらは後方にジャンプしたが、反応するのが遅かったために振り下ろされた魔槍に右足が切断された。
「!!」
さくらは悲鳴をあげそうになったが、ルーシーに首をつかまれ声が出せなくなった。首を絞められてもがくさくらだが、右足からの出血もあって段々と動きが
鈍くなった。
「あぶない」
ピクピクっとした動かなくなったさくらを見て命の危険を悟ったスバルは彼女を助けようと駆け寄ろうした。そこをデュオが襲った。デュオの魔力刃が二つ発
生する杖型のデバイスの攻撃をかわしたスバルは、デュオに右パンチを繰り出した。しかし、デュオはそれをひょいっという感じでかわすと、スバルの顔をつか
んだ。
「寝てろ」
そして、そのままスバルの後頭部を地面に叩きつけた。スバルを沈黙させたデュオは次にリインフォースUとギンガに矛先を向けた。
「面倒だ。二人同時に寝てくれよ。バスターショット!」
デュオのデバイスから放たれた少し大きめの魔力弾は、途中で無数の小さな魔力弾に散開してリインフォースUとギンガを襲った。
「うわぁぁぁぁぁっ」
小さな魔力弾といっても、同じく小さな体のリインフォースUには一発でも当たればダメージは大きいし、負傷中のギンガにしても何発も当たれば気絶は免れ
ない。邪魔をしそうな人間を片づけたデュオは、さくらとルーシーの方に目を向けた。
「あっちも終わりそうだな」
さくらはもう虫の息だった。リーガル・コアから絶えず血液を供給されているゼクエスの魔闘士は、出血ではなかなか死なないが、窒息に対しては普通の人間
と一緒だ。死ぬ直前のさくらをルーシーは上に放り投げた。上に放り投げられたら当然、その次は下に落ちてくる。その先には魔槍の穂先があって、さくらは串
刺しになるというわけ。ゼクエスの魔闘士は臓器を傷つけられても時間が経てば再生魔法で自然と治癒される。しかし、リーガル・コアが破壊されれば死んでし
まう。当然、魔槍の穂先が狙うのはさくらのリーガル・コアである。だが、さくらが落ち始めたところをフェイトが横から救出した。地上本部への攻撃を知って
急行したのだが、フォーサイズの妨害でいままで時間がかかったのだ。
「さくら、しっかりして、さくら」
フェイトは必死に声をかけるが、さくらはピクリとも反応しない。まだ、死んではいないようだが、それも時間の問題といった感じだ。実際は、即死でない限
りゼクエスの魔闘士が死ぬことは滅多にない。さくらも時間が経てば自動的に再生魔法が発動して体が治癒される。とは言っても、腕や足が再生されるわけでは
ない。あくまで体内の組織が再生されるだけだ。しかも、すぐにではなく徐々にしか再生されない。まあ、どっちにしてもさくらが危機的状況であるのは間違い
ない。
「急いで病院に連れて行かないと」
右足が切断されているだけでなく、口から血を吐いている。病院要急行だが、ルーシーがそれを見逃すわけがなかった。
「ストライクイーグル」
ルーシーが放った攻撃魔法がフェイトを捉えた。
「しまった」
さくらに気を取られていたフェイトは反応が遅れてしまい、回避も防御もできない状態にあった。そこへ、別方向から魔力弾が飛んできてルーシーの魔力弾を
弾いた。
「大丈夫? フェイトちゃん」
少し遅れてやってきたなのはが、フェイトに安否を確認する。
「私は大丈夫。でも、さくらが…」
さくらの状態を見て、なのはは即座に決断した。
「フェイトちゃんはその娘を本部に連れて行って。ここは私が食い止めるから」
「で、でも……」
いくらなのはでも、ルーシーやデュオを一人で相手するのは危険すぎる。
「大丈夫。すぐにヴィータちゃんも来てくれるし、はやてちゃんたちもね」
「…うん、そうだね。わかった」
いまはさくらを治療するのが先決だ。一刻も早く、さくらを本部に連れて行きシャマルに預けて、すぐにここに戻ってくるのが最善だろう。そう思ったフェイ
トは、すぐにここから飛び去ろうとした。だが…
「そうはいくかよ」
フェイトの意図に気付いたデュオは、自分のデバイスの先端部分を取り外した。先端部分と柄はワイヤーでつながっていて、デュオはそれをびゅんびゅんと振
り回してフェイトの方に投げつけた。デバイスの先端部分はフェイトの足に絡まり、フェイトは離脱ができなくなった。
「そーれい!」
デュオはフェイトを地面に叩きつけた。
「フェイトちゃん!」
なのはが駆け付けようとするが、それをルーシーが妨害する。
「お願い。そこをどいてくれないかな?」
しかし、ルーシーは何も答えない。一方、地面に叩きつけられたさくらとフェイトは、フェイトが自分の身を盾にしてさくらを衝撃から守ったので、さくらに
はそれほどダメージはなかったがフェイトはかなりのダメージを受けてしまった。
「へっ、後から来たくせに嬢ちゃん連れて逃げようなんて、このデュオ・サウザーが許すかよ」
「!」
デュオの名を聞いたフェイトはピクっと反応した。メンバーの情報がほとんどないフォーサイズで名が知られている数少ない例外がデュオだった。
「あなたが黒い死神の……」
「へえっ、俺のことを知っているなんて光栄だな。そうさ、俺はフォーサイズの黒い死神デュオ・サウザーだ」
「4ヶ月前にフェディキアでカティン執務官を殺害したのはあなたね」
「誰だ、それ? 悪いが殺した奴をいちいち覚えているほど俺は律義じゃないんでね。そいつ、あんたのいい奴かい?」
「私の先輩だ」
フェイトは怒りを抑えながら答えた。
「そうかい、敵討ちって奴か。いいぜ、あんたも同じところに送ってやるよ」
先端部分を取り付けたデバイスをデュオはフェイトに向けた。フェイトも同様にバルディッシュを構える。バルディッシュとデュオのデバイスは形状が似てい
て先端部分から魔力刃が形成されるが、バルディッシュが一本なのに対しデュオのそれは二本という違いはあった。これは、一つ目の刃が相手のバリアジャケッ
トを斬り裂いて、二つ目の刃が肉体を直接斬りつけるようにするためである。その二本の刃がこれまでどれだけの人たちを傷つけてきたのはわからないが、デュ
オが人を殺したことを何とも感じていないのがフェイトには許せなかった。だが、いまはさくらを連れてここを離脱するのが先決だ。
(なんとか脱出する機会を作らないと)
デュオの隙を窺うフェイトだが、彼女の意図を見抜いていたデュオはそうはさせじと襲いかかった。
「くっ」
止むなく応戦するフェイト。しかし、さっき地面に叩きつけられたダメージが大きくて、体が満足に動かない。さらに、デュオにはある特殊能力があった。