第1話【二人の少女】


 木崎さくらは幼いころに両親を亡くして、それ以来祖父と二人で生活していた。祖父は剣道の師範をやっていて、さくらも物心ついたころから竹刀を振ってい た。といっても、さくらは母親が剣道をやっているのを見て始めたわけで、決して祖父に影響されてのことではない。
 だが、さくらが剣道に熱中するようになったのは両親が死んでからだった。親がいない寂しさを剣道で紛らわそうとしたのだ。その動機はさておき、元々の天 賦の才もあってか小学校高学年になる頃には同年齢の子供はおろか大人ですら太刀打ちできないまでに上達していた。剣道はさくらの人生の中で大きなウエイト を占めるようになっていたのだ。

 それは突然だった。祖父が倒れたと聞いたさくらは大急ぎで家に帰った。家でさくらが見たのは物言わぬ祖父の亡骸だった。さくらは頭の悪い娘ではない(か といって良くもないが)。祖父の死が何を意味するか理解できるだけの知能はあった。彼女には他に身寄りがいない。祖父だけが彼女に残された最後の身内だっ たのだ。その祖父もいなくなってしまった。ショックのあまりさくらは家を飛び出した。

 家を飛び出したさくらは川原で祖父との思い出に耽っていた。

「たまや、こっちおいで」
「さくらです」
「たまや、お菓子をあげよう」
「さくらです」
「たまや、かわいいねぇ」
「さくらです」
 ちっちゃい頃のさくらが玉のようにかわいかったということで、祖父はさくらを「たま」と呼ぶようになったのだ。唯一の孫ということで、それはそれは目に 入れても痛くない可愛がりようだった。しかし、その祖父はもういない。
 祖父がやっている道場は門弟が多く、そこからの収入で生活に困るということはなかった。しかし、祖父が死んだとなれば道場は閉鎖されるだろうし、収入も 途絶えることになる。いまはまだ貯えがあるから生活できるが、そう長くはもたない。まだ小学生のさくらに金を稼ぐことは無理だ。不動産とその定着物を売却 すれば当面の生活費にはなるが、住む家がなくなるという問題に直面してしまう。何よりも問題なのはひとりぼっちになってしまったということだ。

「私、これからどうなるんだろう」
 突然の出来事にさくらは自分のこれからに不安を抱いた。こうなってしまった以上、さくらは自分の力だけで生きていく手段を考えなければいけない。だが、 いまの彼女にできることは膝を抱えて蹲ることだけだった。

「そうやっていても死んだ者は生き返らんぞ」
 不意に聞こえてきた声にさくらはビクッとなって後ろを振り返った。すぐ後ろに緑色の長い髪をした女が立っていた。

「なっ……」
 さくらは絶句した。さくらは武道家である。人が近づいたら気配でわかる。こんな間近くまで接近されて気付かなかったことは一度もない。

「どうした? そんなに怖がるな。私はお前の味方だ」
 そんなこと言われても見ず知らずの人に味方と言われて信じるほどさくらは世間知らずでもお人よしでもない。ましてや、只者でないとしたら尚更警戒しなけ ればならない。それに、さくらは女に何か異質なものを感じていた。

「誰…ですか?」
「名乗るほどの者ではない。私を魔女と呼ぶ者もいるが、名前などどうでもいいことだ」
 どうでもいいと言う割には自分の本名は言わないようだ。よほど言いたくないような変な名前だろうとさくらは勝手に推測した。もしかしたら緑丸緑子ってい う名前かもしれない。いやいや、女の名前などどうでいい。

「私に何の用ですか?」
 武器になりそうな物を手探りで探しながらさくらは魔女に訊いてみた。あからさまに自分を警戒しているさくらに魔女は突拍子もないことを口にした。

「お前の望みを叶える方法を教えてやろう」
「私の望み?」
「一人で寂しいのだろう? 家族を取り戻したいと思わないか?」
「何を言っているの……」
「そんなに私を怖がるな。言っただろ? 私はお前の味方だと」
 そっとさくらの頬に手をあてる魔女。震えるさくらの頬をなでながら魔女は話を続けた。

「ゼクエスの帝王になれ。そうすればおまえの望みも叶う」
「ゼクエス?」
「すべての次元世界を統べる王だ。死者を生きかえらせることもできるぞ」
「えっ?」
「どうだ? 悪い話ではないと思うが」
「そ、そんなこと言われても……」
「信じる信じないはお前の自由だ。だが、このままではお前は確実に一人だぞ?」
 確かに魔女の言うとおりだ。かといって世界の王とか死者を生き返らせるといった与太話が信じられるわけもない。魔女もさくらが自分の話を全然信じていな いとわかっているので、ここはあえて突き放すことにした。

「お前が信じないなら仕方ない。私も無理強いはしたくないからな」
 と魔女はその場を立ち去ろうとした。そうなると人間はつい追いかけたくなる。

「待って」
 さくらは去ろうとする魔女をあわてて呼び止めた。

「本当に死んだ人を生き返らせることができるんですか?」
 信じたわけではない。しかし、他に何も浮かばないさくらはたとえ漫画みたいな話でもすがりつくしかないと判断したのだ。

「ゼクエスの帝王は王というよりも神に近い。神に不可能はない」
「…わかりました。お願いします」
 一か八かさくらは魔女の言葉に賭けてみることにした。普段のさくらならこんな事にはならない。祖父が死んだショックと自分のこれからに対する不安が彼女 の判断力を鈍らせたのだ。

「本当にいいのか? もう後戻りはできないぞ」
 魔女は念押しした。さくらは一瞬躊躇したが、女が只者でないと感じた自分の直感を信じることにした。

「お願いします」
「わかった」
 魔女は頷くと地面に膝をつけてさくらの両肩をつかんだ。

「いいか、私の目をじっと見ていろ。決して目をそらしたり瞬きしたりするなよ」
「はい」
「いくぞ」
 合図と同時に魔女の両目が黄色く光った。その直後、さくらは自分の目から体内に何かが流れ込んでくる感覚に襲われた。

「な、なんなの……」
 さくらは思わず目をそらしかけた。

「目をそらすな。じきに終わる」
「は、はい」
 女の注意で目をそらすことはなかったが、目から流れ込んでくるような感じが全身を駆け巡っていることにさくらは不安を抱いた。やがて、魔女の眼光が収ま って、それと同時に全身を何かが駆け巡っているような感覚も収まった。

「終わったぞ」
「えっ、もう?」
 さくらは全身を見たり触ったりして、何か異常がないか確認した。見た感じ変わったところはないようだ。

「あの、私になにをしたのですか?」
「お前の体内にリーガル・コアを形成した。お前にはいま帝王の血が流れている」
「リーガル・コア?」
「ゼクエスの帝王を継承する者の証だ」
「証……」
 さくらは自分の両掌を見てみた。やはり、どこも変わったようには見えない。

「それで、私はその帝王というものになれたのですか?」
「いや、お前はまだ候補の一人にすぎない」
「候補?」
 ということは、さくらは他の誰かと競い合って勝利しなければ帝王にはなれないということになる。そして、魔女はさくらが耳を疑うようなことを口にした。

「候補はお前以外にもう一人いる。そして、お互いが戦って生き残った者が帝王となる」
 勝利することが条件ではなく生き残ることが条件。それは、帝王になるには相手の死亡が必須条件になるということだ。

「そ、そんな……」
 あまりに恐ろしい話にさくらは腰が引けてしまった。無理もない。魔女は帝王になりたければ相手を殺さなければならないと言っているのだ。小学校5年生の 女の子に突き付けるには酷というよりも無茶な条件である。躊躇いを見せるさくらに魔女は冷酷な事実を突き付けた。

「もう、後には引けんぞ。お前はすでに候補になってしまった。お前が嫌がっても向こうはお前を殺しに来るぞ」
「で、でも、どうして私なんです? 他にもいっぱい人はいるのに」
「誰でもいいわけではない。条件がふたつある。一つは日食もしくは月食の日に生まれた事、もうひとつは天涯孤独であること」
 確かにさくらは日食の日に生まれている。

「それらの条件をクリアした者で私が最終的に選んだ者が候補となるのだ」
「どうして、そのことを先に言ってくれなかったんですか」
「言ったら嫌だと言うだろ?」
 魔女の指摘にさくらは押し黙った。当たり前だ。人殺しをすると言われて、はいいいですよとなるわけがない。さくらはまんまと魔女に騙されたのだ。

「さあ、どうする? あくまでも人殺しが嫌と言い続けて相手に殺されるか、それとも相手を殺して世界のすべてを手に入れるか。好きな方を選べ。私はチャン スを与えてやった。それを活かすかどうかはお前次第だ」
 魔女の提示する選択肢は二つ。殺すか殺されるか。それは、とても難しい選択だった。

 その世界は内戦で荒廃していた。20年以上の内戦で兵士となる大人が少なくなってきたため、子供までもが武器を持って戦っていた。ルーシー・ブランケッ トもそんな子供兵士の一人だった。物心がつくまえに両親が死亡したルーシーは武装勢力『青き正常なる世界のために活動する会』によって育てられた。ただ他 の子供たちとちがうのは、ルーシーは最前線に立たされることがなかったことだ。それは、リーダーのアブラヒムがルーシーの父親の親友だったからだ。亡き親 友の忘れ形見を立派なレディとするため、アブラヒムはルーシーを大事に育てた。無論、武装勢力にいる以上ルーシーも戦闘とは無縁ではなかった。何度も命の 危険にさらされたこともあった。それでも、ルーシーは自分が不幸とは思わなかった。皆が自分を大事にしてくれているとわかっていたからだ。
 だが、それは永遠を約束されたものではなかった。終焉は突然に訪れた。チャイムを鳴らすなりドアをノックするなりしてもらいたいものだが、何も言わずに 許可ももらわずにやってくる。不法侵入と訴えたところで聞き入れてももらえない。政府の治安部隊にアジトを発見され急襲を受けたのだ。

「逃げろ、G9だ」
 外にいた仲間が駆け込んだ直後に何発も銃弾を浴びて倒れた。同時に治安部隊の隊員が屋内に進入して銃を乱射した。

「こっちだ」
アブラヒムはとっさにルーシーの腕を掴んで奥に逃げた。銃弾がルーシーをかすめたが、どうにか逃げ込むことができた。しかし、何人かの同胞が銃弾に体を貫 かれた。

「政府の組織が実弾兵器を使うなんて……」
 禁止されている武器をこうも簡単に使うことにルーシーは怒りを覚えた。それも事もあろうに法令を順守すべき政府の組織がである。仲間のスティーブが敵に 応戦しながら言い返す。

「それが奴らってことだ」
 長期に及ぶ(ところどころで停戦期間はあったが)内戦でこの世界は国土だけでなく人々の心まで荒廃してしまっていた。誰もが‐大人だけでなく子供までも が‐人を殺すことに慣れてしまっていた。

「くそっ、このままじゃ全滅だ」
「俺が突破口を開く!」
「おい、待てミーシャ!」
 仲間の一人が制止を振り切って飛び出した。銃弾が彼の体をかすめたり命中したりしたが止まることなくそのまま突き進んだ。腹に何か抱え込んでいるような 姿勢で向かってくる姿に、その意図を察した治安隊員は悲鳴を上げた。

「逃げろ!」
 だが、すでに時遅く彼らは自爆に巻き込まれた。

「ミーシャ!」
 仲間の壮絶な死にルーシーは叫んだ。その手をアブラヒムが引っ張る。

「行くぞ、この隙に脱出するんだ」
 外にはまだ治安部隊がいるが、さっきの爆発で混乱しているはずだ。その混乱に乗じてルーシーたちは脱出を図った。

 逃げ切ることができたのはルーシーだけだった。最後はアブラヒムが囮となって敵を引きつけてくれたのだ。だが、これでルーシーは一人となってしまった。

『Are you all right?』
 デバイスのモルゲンステルンが主を気遣うが、ルーシーの心は沈んでいた。ああも簡単に仲間が全員いなくなるなんて思ってもみなかった。特にアブラヒムは ルーシーにとって父親のような存在だった。

『Try not let it get to you』
「ありがとう。モルゲンステルン」
 もはやルーシーにはこのしゃべるブレスレットしかいなくなってしまった。頼りになる人なんていない。多少の魔導の心得があるルーシーは他の反政府組織に 入るという選択肢も無いこともないが、もう人が死ぬところを見たくはなかった。

「これからどうしよう……」
 政府が戦争で親を亡くした子供たちを保護している施設に入るという手をあったが、そこは児童保護施設という名の人間の廃棄場だった。満足な食事も与えら れず狭い部屋に明らかに過剰な数の子供を詰め込む。当然、栄養失調や疾病にかかって倒れる子供が続出した。無論、ちゃんとした施設もあったが、そこに入れ た子供はほんの一握りだった。それだけ親を亡くした子供が多いということだ。その子供たちを放置していたら武装勢力に兵士にされてしまうため、それを防ぐ ためにこのような収容施設が存在しているのだ。もう、ルーシーには行く場所がなかった。

「どうして……」
 ルーシーは空を見上げて呟いた。

「どうして、空はこんなに明るいのにその下にいる人たちの心は暗いの? なんで、皆が憎しみ合って殺し合って…そんなの誰が望んでいるの?」
 やるせない気持ちで胸がいっぱいになる。ルーシーは政府だけが悪いとは思っていなかった。自分たちの正義のために戦うのは政府だろうと反政府だろうと変 わらない。彼女は武装組織と一緒にいたが、戦闘らしき戦闘に参加したことはなかった。戦闘に巻き込まれたのは今回のように敵の急襲を受けたときだった。

「私はこれから何をすればいいんだろう……」
 ルーシーは自分に問いかけた。復讐? いやアブラヒムはそんなこと望まない。彼は死んだ娘とルーシーをだぶらせている節があった。そんな彼がこれ以上ル ーシーが戦争に関わるのを快く思うわけがない。だとしたら、普通の幸せな人生を送ることか? しかし、いまのこの世界の現状ではそれこそ至難の業であろう。 となれば、残された道は…。

「この戦争を終わらせる」
 しかし、どうやって? 戦争というものは始めるのは簡単でも終わらせるのが非常に難しい。勝っていたとしても失った犠牲以上のものを得るために戦いを続 ける。負けている方は何としてでも勝とうとして戦いを続ける。勝利が期待できなくなったとしても、少しでも降伏条件を有利にしようと戦い続ける。あとはど ちらかが力尽きるまで戦うしかない。時空管理局もとうの昔にさじを投げてしまっている。ルーシーは途方に暮れた。目的を見つけたとしても彼女にはそれを達 成するだけの力も手段もなかった。

「困っているようだね。なんなら僕が手を貸してあげようか?」
 不意に声がしたのでルーシーは後ろを振り返った。背後に彼女と同い年くらいの少年が立っていた。

「いつの間に?」
 まったく気配を感じなかった。

「はじめましてルーシー」
「どうして私の名を? あなたは……誰?」
「僕は神官だ。神の意思を君に伝えに来た」
「神の意思?」
 この世界に神の存在を信じているのなんてほとんどいない。いるのは死んだ者とまだ死んでいない者だけだ。

「そんな怪しい者を見るような目で見ないでよ。僕は君の味方だ」
 自分から敵意はない、味方だと言って近づいてくる奴ほど信用できないとはアブラヒムの弁である。詐欺師が自分は詐欺師と言って近づいてくるだろうか。そ れと一緒である。

「私に何の用なの? 神の意思って?」
「ルーシー、君は神になるんだ」
 ルーシーは首を横に振った。とても子供の冗談につきあえる気分じゃない。

「あなた別の世界の人間ね。この世界じゃ神様なんて単語出さない方がいいわよ。神様なんて所詮無知で無力な人間が絶望の中から少しでも希望を見出そうとし て生み出した空想の産物なんだから」
 たとえいたとしても、この荒廃した世界なんてとっくの昔に見捨てられている。神に見捨てられた、そして人々が神を信じない世界。

「宗教の勧誘に来たんでしょうけど、もう少し訪問先を考えるべきね。よりによってこんな世界に来るなんて」
「確かに君の言うとおり神はいないかもしれない。少なくとも僕は見たことがない。だから、君が神になるんだ。神になればこの世界の戦乱も終わらせることが できる」
「本気なの……」
 ルーシーは神官の顔色をうかがおうとするが、その表情はいたって普通である。何かを隠そうとしたり相手を騙そうとしたりと風には見えなかった。

「神がどういうものなのかそれは僕にもわからない。でも、人間以上の力を与えることができる。その力の使いようで君は神にも悪魔にもなれる」
「神にも悪魔にもなれる力……」
「君はこの戦争を終わらせたいと願っているんだろ? いまの君には無理だ。誰も君の意見になんて耳を貸さない」
「だから神になれと……?」
「決めるのは君だ。僕はチャンスを与えた。それを活かすも活かさないのも君次第だ」
「……」
 ルーシーはしばし考えた。神官の言うようにこのまま生きていたとしても、いずれ野垂れ死にするのが見えている。しかし、もし本当に神になれるとしたら……。

「わかったわ。神にでもなんにでもなる」
「よく決心したね。もっとも君がこれから生きていくにはこれしかなかったんだけどね」
 まるで最初からそうなるとわかっていたと言わんばかりの神官にルーシーは少しイラッとした。

「で、どうすればいいの?」
「まずは僕の両目を見るんだ。絶対に目を閉じたりそらせたいしないように。いいね」
「わかった」
「じゃ、始めるよ」
「えっ?」
 神官の両目が赤く光ったことにルーシーは虚をつかれた。変な子供と思っていたが、もしかしたら人間ではないのかもしれない。その直後、ルーシーは目から 何かが体内に流れ込んでくるような感覚に襲われた。

「な、なに?」
「目を閉じないで、もうすぐ終わるから」
「う、うん」
 不安を覚えながらもルーシーは神官の言葉に従った。しばらくして神官の眼光も消えてルーシーの体内を何かが駆け巡るような感覚も消えた。

「何をしたの?」
「まずは君のリンカー・コアを破壊してリーガル・コアを形成して、君の血を帝王の血にした」
「帝王の血?」
 戸惑いを見せるルーシーに神官はさらなる条件を口にした。




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