男がこれ着て外出たらダメだろうという格好で登校させられた。

 翌朝、俺は自分の制服に袖を通してみた。

「やっぱり丸わかりだな」
 例の二つの大きなふくらみが制服を突き上げている。着やせするタイプだったのか、いくぶん控えめに見えているが、それでも十分にふくらんでいるのがわかる。

「こんなんじゃ学校に行けないよ」
 俺は制服を脱ぎ捨てるとベッドにバタンと倒れこんだ。あいつは大丈夫だと言っていたが、果たしてどこまで信じられるものか。今日も休もうかと思っていたところへ玄関のチャイムが鳴った。多分、あいつだ。玄関に行ってドアを開けると案の定だ。昨日、楽しみにしておけと言っていたからな。こんな体になった俺が問題無く学校に通える方法を考えたと言うが果たして…。大きな袋を手に持っているが何が入っているのだろう。あいつは何やら考え込むポーズで俺を見ている。正確に言うと俺の腰あたりか。なんだろう。別におかしい格好はしていない。Tシャツとトランクスのいたってありふれたスタイルだ。

「しまったな、俺とした事が完全な見落としだ」
 何を言っている?

「今日はまあいいや。それより早く着替えろよ。遅刻するぞ」
 そうなんだけど…。

「心配するな。いままでの制服じゃ不自然になっちまってるんだろ?そうだろうと思って俺が新しい制服を用意してやったぞ」
 ジャジャジャーンとあいつが持ってきた袋から出したのはうちの学校の制服だった。ってか、お前口でジャジャジャーンって恥ずかしくないか?いや、それよりかなんでこいつがこれを持っているかが問題だ。こいつには学校に親類縁者はいない。

「どうだ?この制服なら問題ないだろ」
 いや、いろんな意味で拙すぎるだろ。確かにうちの学校の制服だ。しかし、男である俺が着てはいけない方の制服だ。これを来て外出して衆目にさらすのは社会的な死を意味する。

「これはちょっと……」
「ほらほら早くしないと遅刻しちまうぞ」
「え、だ、だから…」
 ダメだ。聞く耳持たない。どうしよう、本当に着るの?これ。

「よく似合ってるじゃねーか」
 結局は着替えてしまった。あいつの押しに屈してしまった俺は奥に引っ込むとあいつが持ってきた制服に着替えたのだ。あいつのニヤニヤした顔が無性に腹が立つ。

「じゃ行くぞ」
 本当に行くの?

「当たり前だろ。ほら」
 あいつに腕を引っ張られて無理矢理外に出される。道に出た途端に同じ学校の生徒に出くわした。顔は知らないので上級生か。一気に緊張が走る。しかし、向こうはこちらに目を向ける事はあっても特に気にするそぶりも見せずに歩いて行った。

「ほら大丈夫だろ?もっと自分に自信を持て」
「う、うん……」
 俺の気にし過ぎかな?でも、複雑な気分。だって、俺は顔はあんまり変わってない。それなのにこの服装で見咎められないって事は、俺は元から男らしい顔つきではないということだ。

「ほら行くぞ」
 あいつが移動を始めたのでその後をついていく。道中、周りが気になってしょうがない。ヒソヒソ話が聞こえてきたりすると、俺の事を話題にしているんじゃないかと疑ってしまう。もう羞恥心で体で縮こまりそうだ。

「それだとかえって変に思われるぞ。もっと堂々としてろ」
 だったら、お前も同じ服来て歩いてみろ。

「やだね。俺はまだ社会的に死にたくない」
 俺もだよ。

「お前は大丈夫だって。どこも違和感ないから」
「どういう意味だよ」
「よく似合ってるって事さ」
「なっ!?」
 この格好のどこが似合ってるんだ。怒って掴み掛ろうとすると後ろから声がした。

「よう、朝から仲良いの見せびらかしてくれるじゃねーか」
 同じクラスの男子だ。

「いつの間にこんなかわ……って、お前どうしたんだ?その恰好」
 うっさい。言うな。こいつ、途中まで俺だと気づかなかったな。

「ああ、昨日こいつが言っていたの本当だったんだな。画像送られてきたけど信じられる話じゃなかったからな。でも、実物見てはっきりとわかった」
 同じクラスの男子ええと出席番号は6番だったな。6番は俺を好奇な目でジロジロと品定めするように見だした。そして、俺の裾を指で摘まんだかと思うとピラッと。

「!!」
 俺は思わずそいつを鉄拳でぶん殴った。

「いきなり何しやがる!!」
「いや、ちゃんと穿いてるかなって」
 鼻を押さえながら出席番号6番はわけのわからない弁明をしだした。

「なんだよ。そんな格好しているからてっきり下もそうだと思ったぞ」
 意味不明な反論になぜかあいつが答える。

「すまん、俺の完全な見落としだ」
 こいつらが何を言っているかさっぱりわからない。

「しかし、下がこうだと上もか?」
「ああ、つけてないだろうな」
「なんだよ、それ」
「今日中に何とかするよ」
 意味がわからないから二人の会話に入っていけない。見落とし?見落としと言ったら俺もだ。俺の事を知らない他学年や俺の事を知っていても昨日あいつに仔細を伝達されたクラスメートたちはまだいい。しかし、俺は俺の事を知っているが昨日あいつに仔細を伝達されていない連中がいることを見落としていた。そう、同じ学年の違うクラスの生徒たちだ。そいつらがいまの俺の格好を見たらどう思うか。ちょうど、隣のクラスの女子たちが通りがかった。

「ね、ねえ、あそこの隣のクラスの…」
「え?嘘っ!なんであんな格好してんの?」
「変態じゃないの?」
「でも、違和感が無さすぎる……っていうより似合いすぎてる」
「でも、男があんな格好で外出歩いたら変態よね」
「ある意味いい度胸ね」
 女子たちの会話がグサリと胸に突き刺さる。これで俺は変態のレッテルを貼られ周囲に後ろ指を指されながら肩身の狭い思いをして以後の人生を歩む事が確定した。もう、学校どころかこの町にもいられない。今日、退学届を出して夜逃げしよう。どこへ行くかって?どこ行こう。遠い外国にでも行くか……。そこへ、後ろから元気な声が。

「おーい!」
 振り向くと俺のもう一人の幼馴染が手を振りながら走ってきた。俺たち3人は保育所からずーっと一緒だった。

「おはよう!」
 朝から元気な奴だ。こいつには俺みたいな悩みはないんだろうな。俺の事を好奇な目でジロジロと見て、

「思ってたよりかわいいね」
「思ってたよりって、顔全然変わってねーだろ」
「ということは元がかわいいって事だよ」
 それは俺にとって褒め言葉ではなかった。俺は何人かの女子に告白して悉く返り討ちにあった悲しい過去があるのだが、その返り討ちの理由がこぞって「かわいいとは思うけど恋愛対象としてみれない」というものだった。試しにクラスの女子全員に告白してみたらすべて同じ文句で断られた。おかげで俺は『女子に振られた回数』ダントツ1位という不名誉な記録を樹立してしまった。あ、間違えた。クラスの女子全員じゃない。一人だけ同じクラスなのに告白していない女子がいた。それがこいつだ。名前は相川美雪。なんでこいつにだけ告白しなかったのかというと、ずっと一緒にいたせいでか一緒にいるのが当たり前になっていて告白までして一緒になりたいとは思えなかったからだ。それと、もしこいつに告白して断られでもしたら俺は人間不信になって家に引きこもりになってしまうかもしれないと思ったからでもある。女子にとって俺はぬいぐるみ程度の存在でしか無いらしい。だったら寝るときに一緒に抱いて寝てもいいと思うのだが。まあ、ぬいぐるみは一晩中女の子に抱かれても平静を維持して決して女の子を襲ったりはしないが。美雪はちらりとあいつを見て、

「昨日、こいつから聞かされた時はまさかと思ったけど、こうして見ると全然不自然じゃないね。その制服も全然似合ってるし」
「そんな事言われても嬉しくない」
「もっと自分に自信持ちなよ」
 そんな自信持ちたくもない。

「それにしても本物より本物っぽいね。これも本物なんでしょ?」
 美雪はいきなり俺の例のふたつの大きなふくらみを鷲掴みにした。

「ひっ!?」
「すっごいボリューム。なんでこんなに大きいのさ?」
 そんな事俺が知るか。それよりか止めろ。この痴女が。

「えーっ?いいじゃない。だって、男のくせにあたしより大きいなんて許せないじゃない。あ、男と言えばここはどうなってるの?」
「ひゃあああっ!!?」
 な、なんてところ触ってんだお前は。

「ああ、きれいさっぱり無くなってるぅ。やっぱし、ここ触られると感じちゃう?」
 バ、バカ…朝早っから公共の往来で年頃の娘が何をやってるんだ。

「だってぇ…って、あれ?」
 どうしたんだ?美雪が急に手を止めた。

「ねえ、ひょっとして……」
 む、何か嫌な予感。俺は自分の股間とお尻を押さえた。

「ちょっと、その手をどかしなさいよ」
 やだね。

「別にいいわよ。それより何でその格好で下はちゃんとしてないの?」
 お前もか。言っている事がわかんないって。

「すまん、俺の見落としだ」
 だから、わかんねーって言ってんだろ。





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