日曜日だ。この曜日と土と祝日は兄貴が家にいるので俺は孤独を感じずにすむ。兄貴は前の俺と違ってインドア派なので外に出歩くことはあまりない。のはずだった。

「出かける?」
「ああ、ちょっとな」
「出かけるってどこに?」
 朝食時のことだった。兄貴が突然今日は外出するというのだ。

「なんで?」
「ほら、こないだから言ってただろ。今日は村中をみんなで掃除して回るんだよ」
「でも、強制参加じゃないんだろ?」
「俺達は引っ越してきたばっかだろ?こういう付き合いも大事なんだ」
「……」
 俺はぷくーっとむくれた。外に行きたくても行けない俺に対してのあてつけかと思ってしまう。

「昼には戻るよ」
 そうかい。別に遊んでほしいというわけではない。家に誰かがいてくれるというだけでいいのだ。一人だとどうも落ち着かない。まあ昼にはもどると言ってるからそれまでは我慢するさ。結果から言うと兄貴は帰ってこなかった。

「すまん、横木田らと遊びに行くことになった」
 という電話がかかってきた。休日に兄貴がこうも外を出歩くのは珍しい。いつからアウトドア派になったんだ?憮然となった俺は本を読んで気を紛らわすことにした。前は漫画すらあまり読まなかったが、いまでは他にすることもないというのもあって本の虫になっている。といっても、活字の本を読むと途中で眠たくなるのは相変わらずだが。

「友達か……」
 前は俺の方が友達がいて社交的だった。いまでは立場が逆転してしまっている。友達が家に遊びに来たら俺の孤独感も少しは解消されるだろうか。それには学校に行かないと。うーむ、どうしたものか……。

 ●○●○●○●○

 いつの間にか眠っていた。起きると兄貴が帰っていて、有坂さんたちも来ていた。

「あ、起きた? 上がらせてもらってるね」
「はい、どうぞ」
 有坂さんはすぐ傍にいた。俺が起きると少しびっくりした様子だったが、何かあったんだろうか。そこへ、横木田さんが俺の方に来てどっかで摘んできたような花を差し出した。

「私に?」
「きれいな娘にはきれいな花が似合ってるってね」
 ……気持ち悪い。いらないが兄貴の友達を無碍に扱って兄貴の交友関係に傷をつけるのも気が引けるので受け取る。

「さっき、君の兄さんに聞いたんだけど、体が弱いから学校まで通うのがしんどいって」
「ええ、まあ…」
「よし、俺に任せろ」
 横木田さんがドンと胸を叩く。

「俺の親父に頼んで学校まで車で送迎してもらうことにするから」
「そんな悪いですよ……」
「遠慮すんなって。親父も噂の銀髪碧眼の美少女を助手席に乗せられるってはりきってんだから」
 俺のうわさはそこまで広がってるのか。そんな評判になるような女じゃないのに。それはともかく、見ず知らずの人に送迎してもらうのは気が引ける。先方は好意でしてくれるんだろうが、その好意というのはなかなか厄介である。俺は少し考えて答えた。

「兄貴と一緒なら……」
「えっ?おにいさんも?」
 見ず知らずのおっさんと二人っきりでいるよりは安心だし安全だ。

「妹さんってブラコン?」
「いや…そういうわけじゃ……」
 そんな会話が聞こえてきたが聞こえなかったことにする。俺の提案に横木田さんは困惑した様子で、

「親父の車軽トラだからお兄さんは荷台になるよ」
 荷台か……。兄貴をチラッと見る。

「俺は遠慮しとくよ。お前ひとりだけで乗せてもらえ」
 ちっ、やはり拒否ったか。荷台に乗せられて登下校は御免蒙りたいのだろう。いいさらし者だ。困ったな。このままでは知らんおっさんとドライブすることになる。

「ご厚意はありがたいんですけど、他の生徒の目もありますから皆と一緒で徒歩で通います」
 一抹の不安はあるが、その方がいいだろう。

「でも、途中で体調が悪くなったりしたら……」
「あれからだいぶ体調も良くなりましたのでご心配には及びません」
「そんなぁ……」
「残念だったなぁ、親父さん使って妹さんの好感度を上げる作戦だったのにな」
「う、うるせぇ!」
 やはり、そんなこったろうと思った。

 ●○●○●○●○

 その日の夕飯。

「なあ、明日から本当に学校に行くのか?」
「そのつもりだけど?」
「大丈夫か? お前にはちょっときついかもしれんぞ。やっぱり横木田の親父さんに頼んだ方がいいんじゃないか?」
「やだよ、知らないおっさんに乗せてもらうのって」
「お前はこの村の人たちをあまり知らないだろうけど、結構いい人たちだよ。悪い事言わないからさ」
 やけに勧めてくるな。まあ、徒歩で通うリスクを考えたら車の方が兄貴としても安心なんだろう。ちなみに今晩は近所の人からいただいたおかずを食べている。ご近所からのおすそ分けって前の住所では無かったな。俺はあまり好きじゃないが。兄貴が遠慮なくいただくのでしょうがなく食べている。まあ、食事を作る側からしたら近所からもらうってのは手間が省けて楽なんだろうな。

「ごっそさん」
 飯を食べ終え俺はテレビを見に居間に移動した。今日も上田さん悪そうだなって思いながら工場での製造工程を視聴する。こういうモノづくりを観るのが好きだ。そんな俺は工場萌えだったりジャンクション萌えだったりする。そのどちらもこの田舎には無いから寂しい。番組が終わるころに兄貴が風呂が沸いたと言ってきたので風呂に入る。こないだ残量わずかだったシャンプーも昨日底をついたので兄貴に補充を頼んである。服を脱いで浴室へ。まずは洗髪。シャンプーの容器を確認する。うむ、ちゃんと補充されている。結構、結構、おおいに結構!さて、では髪を洗いましょう。ん?なんか泡立ちが悪いような…いつもと同じシャンプーかと思ってたが、違う品種に切り替えたのか?って、違うか。

「あーもう!」
 俺は急いで頭に湯をぶっかけて髪をタオルで包んでからシャンプーの容器を持って風呂場から出た。

「兄貴、これリンスじゃないか!」
 居間でコーヒーを飲んでいた兄貴にシャンプーの容器を見せる。

「ぶっ!」
 ありえないミスを突き付けられ狼狽したのか兄貴は口の中のコーヒーを吹き出した。なんだよ、汚いな。他人の家だぞ。

「お前、なんてカッコしてんだ!丸見えじゃないか!」
「そんなことよりシャンプー出してくれよ。髪が洗えない」
「わかった、わかったから早く風呂場にもどれ!」
 早くしてくれよ。風呂場で待つこと2分、新しい容器に入れられたシャンプーが届いた。ドアをそっと開けてシャンプーを差し出す兄貴はなぜかあっちの方を向いていた。ちゃんと、こっち見ろよ。失礼な。ともかく、これで頭が洗える。

 ●○●○●○●○

 翌朝、いつもより早めに起きる。今日から学校か。台所を覗くと兄貴が弁当を作っていた。ああいうのを弁当男子と言うのか。

「兄貴、おはよう」
「あ、おはよう。体の具合はどうだ?」
「ん、問題ない」
「そうか、顔洗って来い」
「ラジャ」
 洗面所で顔洗う。歯も磨いて寝癖を直すのを終えて食堂に行くと朝食が並べられていた。今日は焼鮭定食。ご飯、味噌汁、焼鮭、味付け海苔、漬物とここまでが定番(焼鮭は日によって違う焼き魚になったりソーセージエッグやベーコンエッグの場合もある)で、これに+αで納豆か生卵が付随する。数日前に鶏を育てている人から卵を譲ってもらったことで、それから毎日生卵が食卓に置かれている。兄妹ふたりっきりというのが同情を誘うのだろうか。ただでいただくから悪い。そうか、だから兄貴は村内の活動になるべく参加するようにしているのか。

「ねえ、兄貴。前々から気になってたんだけど」
「ん?どうした?」
「ここに来てからずっと朝は和食だけど、いつから和食派に鞍替えしたんだ?」
 前の家では朝食はパンかホットケーキだった。

「いや、田舎なら和食の方が似合ってるかなって」
 それは偏見というものだろう。別に和食が嫌いというわけでも、パンだったら寝坊しても咥えながら学校に行けるのにとかいうわけでもない。普通にうまいから文句は無い。

「ふうっ食った食った」
 ここ数日、療養に努めた甲斐もあって体調は良い。これなら徒歩で学校行っても途中でバテることはないだろう。部屋にもどり制服に着替える。今日も暑い。日傘が必要だが、高校生が日傘差して登校ってねぇ。我慢しよう。なあに、大丈夫さ。着替え終えて玄関に行くと兄貴が靴を履いて待っていた。

「本当に大丈夫か?」
「平気だって」
「ほい弁当」
 さんきゅ。弁当を受け取る。玄関を出て通りに出ると車のクラクションが鳴る音が聞こえた。見ると軽トラがゆっくりと走ってきてうちの前で止まった。運転してるのは知らないおっさん、助手席に横木田さんが乗っている。横木田さんが降りた。

「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
 車の送迎は断ったはずだが。兄貴が電話したのか?批難を込めた目で兄貴を見る。兄貴は首を横に振って関与を否定した。

「いったい、どうしたんだよ。車はいいって断っただろ?」
「それがな、親父に言ったら"馬鹿野郎、男が一回断られたからっておめおめと引き下がるんじゃねえ!"って怒られちまってよ」
 なんだ、その理屈。そんなに俺を車で送りたいんだろうか。噂を聞くに俺は美少女で評判らしいかんな。そんなこと言われても自分の事だからピンとこない。そんな俺だから水面に映った自分にキスしようとして溺死する心配は無い。

「あんたが病弱な妹さんって娘さんかい。評判通りの美人じゃねーか。遠慮しないで乗りな」
 親父さんを俺を乗せる気満々だ。ここまで来てもらって断るのも悪いし、俺は親父さんの所まで行って頭を下げた。

「すいません。お忙しいのに」
「いいってことよ。気にしなさんなって。堅苦しい挨拶はその辺でいいから、乗った乗った」
 親父さんが急かすので俺は車に乗ることにした。

「ごめん兄貴、先に行くよ」
「気を付けてな」
 兄貴と横木田さんに手を振って俺は車で学校に向かった。この軽トラはだいぶ年数が立っててクーラーが無いから窓を開けている。当然、窓を開けるのもハンドルで操作するのだが、外からの風で十分に暑さをしのげる。学校までの道のりで信号が無い事で停止することなく行けたのも大きい。学校に着いたので車から降りて親父さんに礼を言う。

「どうもありがとうございました。おかげで助かりました」
「礼なんかいらねえよ。夕方も迎えに来てやっからよ」
「そんな悪いですよ」
「いいってことよ。遠慮すんなって。じゃあな」
 親父さんは行ってしまった。ふむ、いい人のようだ。さて、これが俺の通う学校か。田舎の学校だから木造建築かと思いきや前の高校とそんなに変わんないな。まずは職員室へ行くか。いや、兄貴たちを待つべきか。横木田さんにも礼を言わないとな。木陰にベンチがあるのでそこで待つ。

「おい、誰だよ?あの美人」
「銀色の髪って、あれが噂の銀髪碧眼の美少女か?」
「外人かな?」
「いや、日本人みたいだよ」
 ……兄貴たち早く来ないかな。銀色の髪と青い目というのは嫌でも目立つらしく通りがかる生徒がみんなこっちを見ながら歩いてる。大抵は通り過ぎるが、中には声をかけてくる輩もいる。

「ねえ、君かわいいね。転入生?」
「ええ、まあ」
「ちょっと隣いいかな?」
 なんだ?初対面なのに馴れ馴れしいな。それと"いいかな?"と聞いといて返事を待たずに隣に座るとは良識に欠けてると断言せざるを得ない。返事?無論「ノー」だ。ベンチは皆の物だから座るのはいいけど、せめて離れて座るべきだろう。ここは俺が立ち去るのが手っ取り早いか。そう思い立とうとすると男に制服の裾を引っ張られた。

「いいじゃん、もう少しゆっくりしていきなよ」
 なんなんだ、こいつは。

「離してくれません?」
「そんな冷たいこと言わずにさあ。お友達になりたいんだよぉ」
 背中がゾワゾワしてきた。初対面でいきなり友達になりたい?はっ倒したろか。あまり神経が昂ると倒れるかもしれないから兄貴たちが来るまで我慢しよう。と、思ったら有坂さんと工藤さんが来てくれた。

「有坂さん、工藤さん、おはようございます」
「あ、おはよう」
「あれ?どしたの?今日から学校?」
「はい。今日からお世話になります」
「ふーん、おにいさんは?一緒じゃないの?」
「兄は横木田さんと来ます。私は横木田さんのお父様に車で送ってもらいました」
「えっ?お父様ってまるでお嬢様みたい」
 そうなの?だって、他人の親父さんだから"様"ってつけないといけないんじゃないの?違うみたいだな。

「体の方はどうだ?あまり無理はすんなよ」
「そうだよ。こないだ君が倒れた時のおにいさんのあわてっぷりといったら、よっぽど妹さんのことが大事なんだね」
「こんな可愛い妹さんだもんな。大事に思うのは当然さ。悪い虫でも寄り付こうものなら刺してしまうかもしれないな」
 工藤さんに睨まれて俺に絡んでいた男がバツが悪そうにそそくさと去って行った。

「ありがとうございます」
「礼ならいいよ。それよりああいう連中もいるから気をつけなよ」
「はい」
「じゃ、私ら教室に行ってるから。またね」
「はい」
 手を振って別れる。それから数分して兄貴と横木田さんが来た。

「今日はありがとうございました。お父さんによろしくお伝えください」
「ああ、あんな親父で良かったら毎日使ってくれていいよ」
 それはさすがに悪い。

「じゃ、俺たち教室行くから。お前職員室に行くんだろ?場所知らねえだろうから連れてってやるよ」
「ああ、ありがとう」
 俺は兄貴たちについて行った。






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