暑い。それだけしか言う言葉が無い。クーラーが壊れていて扇風機しか無い。この村の連中は暑さに耐性ができてるらしく、ほとんどの家にクーラーが置いていないらしい。都会っ子の俺からしたら何をやせ我慢と思ってしまう。家には俺しかいない。兄貴は学校だ。どうにか自分で歩けるまでには回復した俺だったが、炎天下を30分も歩いて学校に行くまでの体力がまだ無いのでこうして暇を弄んでいるのだ。  家事は一切を兄貴に任せ切っている。何か手伝おうとは思うが、無理はするなと兄貴に止められた。どうも、俺を過保護しすぎてるように思える。

ピンポーン♪

 誰か来た。玄関に行ってみると隣のおばさんだ。

「回覧板とどけにきました」
「ありがとうございます」
「お兄さんと二人で大変ねぇ。何か困ったことがあったら何でも相談してね」
「はぁ…」
 困った事…とりあえずクーラーを直してほしい。都会から引っ越してきた、両親が死んで兄妹二人だけ、病弱の銀髪美少女。俺たちはちょっとした注目の的だった。特に銀髪は目立つことこの上なく青い目と相まって銀髪碧眼の美少女と評判になっている。色素の異常によるものだと国立難病研究センターの職員が言っていたが、研究に付き合った結果、俺は感情の変化で瞳の色が変わることがわかった。普段は青いが感情が高ぶるにしたがって黄色さらに赤へと変化する。例えば、怒ってる場合、まだ理性があって自己制御できるうちは黄色だが、怒りが臨界点に達して我を忘れると赤くなる。だから、周りの人間は俺が怒ってるかどうか一目瞭然なのだ。怒り以外にも不安に感じたりする時とかも黄色くはならないが、これも限界に達すると目が赤くなる。  おばさんが帰った後、正午になったので昼飯を食べることにした。今日はひやむぎだ。ひやむぎ、そうめん、ざるそば、冷やしつけ麺のローテーションだ。麺ばっかで飽きるが、気軽にできるうえに食べやすいと暑さの中で食べるには最適だ。兄貴が家にいる時は兄貴が作ってくれる。兄貴が料理できるとは意外だった。他にも洗濯、掃除、裁縫、日曜大工と八面六臂の活躍だ。  昼食を終え食器を片づける。食器の洗浄ぐらいはする。食器を片づけてシャワーを浴びて3時ごろまで昼寝。夕方以降、兄貴がいる時間帯に少しでも一緒にいられるように体力を温存しておくのだ。3時に起床したらおやつの時間。そのあとはサッカーゲームをする。
「駄目だ…やはり森崎くんでは無理なのか?」
 やはり、若林くんか若島津くんにすべきだったかと後悔しても始まらない。

「もうやめだ」
 コントローラーを放り出して寝転がる。チラッと時計を見る。兄貴が帰ってくるまでまだ時間がある。別にブラコンというわけではない。どうも一人では落ち着かないのだ。この家に来て10日ほどになる。もうそろそろ家にも慣れていいはずだが、俺はまだこの家が自分の家だと思えないのだ。なんというか、田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たという感じがどうしても抜けないのだ。実際、他人の家なのだが。ゲームは今日はどうも調子が悪いのでここまでにしておく。他にすることないので寝る。暇なのはこうも辛いことなのか。前の俺はアウトドア派で外で遊びまくっていたから、昼間をこうして一人でジッと過ごすことがなかった。できれば、いまでも外に行ってサッカーをしたい。でも、いまの体でスポーツは不可能だ。

「くそっ、なんでこんなことに…」
 悔しさに体が震える。両親が死んで兄貴と二人で生きていかなければならないのに、兄貴一人に負担を押し付けてしまっている。ただ単に手伝わないだけでなく、自分の面倒まで見させているのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。いつか、お返ししないとな…zzz。  寝たのは30分くらいか。もう、そろそろ兄貴が帰ってくる頃合いだ。起き上がって縁側の方へ出てみると、見知らぬ男が庭に立っていた。

「あ、どうも」
 年齢は俺らとそう変わらないように見えるが、そのしまらない顔と何より他人の敷地内に無断で立ち入ってる事実によって俺は身の危険を感じた。いままでの動きたくても動けない鬱憤がここにきて我慢の限界に達していた。俺は我先考えずに男の方へ走って行って縁側のところで思いっきりジャンプして男の顔面に蹴りを喰らわせた。まさか、蹴りが来るだろうとは予測していなかったのだろう。男はよける間もなくまとも顔面にくらった。地面に倒れて顔面を手で押さえながら悶える男。いまのうちに腹にでも一発くらわせようと思った矢先、急に激しく動いたのと興奮しているせいか急に立ちくらみがした。ふらふらとなって男の上に倒れる。ダメだ、早くこいつにトドメをささないと……。夏の日差しが容赦なく襲いかかってくる。早くしないと。何か紐になりそうな……。朦朧とする意識の中、俺はつけているブラジャーを外した。これで男の両手を縛るのだ。しかし、ここで力尽きた俺は男に覆いかぶさるようにして倒れた。

「お、おい、大丈夫か?おい?」
 男が俺の体を揺さぶってる。ダメ、声が出ない…。意識も……。

「あんた、何やってんの!?」
 遠くから声がする。助けが来たのか?

「ち、違う、俺は何もしてない!」
 必死に弁明する男。最後に兄貴らしき人が俺の方に来て必死に俺を揺さぶってるのが見えて俺は意識を失った。

 ★☆★☆★☆★☆

 気が付くと心配そうな顔をしている兄貴がいて、俺は自分のベッドに寝かされていた。

「大丈夫か?」
「うん、どうにか」
「そうか……」
 ホッと安堵の表情を浮かべる兄貴。これだけで兄貴が俺を大事に思ってくれているのがわかる。

「ごめん、心配かけて」
「あれほど無理はしたらダメだってお医者さんからも言われてるだろ。いったいなにがあったんだ?」
「だって、不審者が……」
 その時、ドアが開いて先ほどの不審者と他に男女二人がはいってきた。

「あ、気が付いたんだ。よかったぁ」
「はじめまして、評判通りの美人だね」
「……」
 不審者は最後の方に黙って入ってきた。顔面ボロボロだ。確か、俺は蹴りを一発しか入れてないはず。

「ごめんね、こいつのせいで。ちゃんと言い聞かせたから許してやってね」
 女の人が手を合わせて謝罪するので、はぁ別に構いませんと答えた。兄貴に目で「この人たち誰?」と尋ねる。

「学校のクラスメートだ。有坂に工藤に横木田だ」
「は、はじめまして…いつも兄がお世話になっています」
「まだ、お世話するほど知り合ってないけどね」
「それにしても美人だよなぁ。噂通りだ」
「あ、ああ、それにいいものを見せてもらったし」
 いいもの?いいものってなんだろう?この横木田という不審者には蹴りしかお見舞いしてないはずだが。首を傾げてみる。そこでハッとなる。

「す、すみません…先ほどは兄のご学友とは知らずに大変失礼な事をいたしまして」
「そんな、改まらなくてもいいよ。さっきも言ったようにいいもの見せてもらったから」
「いいものってなんです?」
「い、いや、なんでもない」
「?」
 さっぱりわからない。

「でも、病弱って聞いてたけど飛び蹴りとは結構やるわね」
「すみません、お見苦しいところをお見せして」
 あと、それから俺…あ、いや私の髪を触るのやめてくれません?

「あ、ごめんね。銀色の髪って初めてだからどんなのだろうって。髪ツヤツヤだね。何か手入れしてるの?」
「特には…」
「駄目だよ。せっかくきれいな髪なんだから。手入れの仕方がわからないなら一緒にお風呂入って教えてあげようか?」
「えっ!?」
「なにもそんな驚くことないでしょ?女同士なんだから」
「そ、そそそれは…」
 兄貴に助けを求める。今日初めて会った女性と風呂なんてありえない。

「それは今度ということで妹を休ませないと」
 俺の意を察して兄貴が友達を出ていかせた。

「すまん、どうしてもお前を見たいってきかなくてさ」
「いいよ」
「ちょっと、あいつらと外に行ってくるから。すぐにもどるから安静にしてろよ」
「わかった…」
 兄貴たちが出ていくと、俺は何だかもやもやした気分になった。兄貴に友達ができて、その友達を家に呼んで、そして一緒に遊びに行く。それは普通のことだし、友達ができることは良いことだ。でも、なんだろう…自分でもわからない。寂しい?そんな子供では無いつもりだが。いや、これは妬みか?こっちは外に行きたくても行けないのに兄貴は友達と一緒に出掛ける。兄貴にも付き合いというものがある。それはわかっているつもりだ。つもりなのに…。俺は兄貴が買ってくれたレッサーパンダのぬいぐるみを手に取り抱きしめた。こういう時にこれを抱きしめると心が落ち着くのだ。

 ★☆★☆★☆★☆

 兄貴は一時間くらいで帰ってきた。玄関まで迎えに行く。

「起きてて大丈夫なのか?」
「平気…」
「そうか、すぐに夕飯にするからな」
「うん、何か手伝おうか?」
「いいからお前は座って待ってろ」
 兄貴は絶対に俺には手伝わさない。茶碗や皿を並べるぐらいはできるのに。この村に来てからだ。兄貴が俺をこういう風に扱うようになったのは。怖いのかもしれない。下手に動かして倒れられるのが。しばらく待つと食卓に料理が並んだ。いただきます。

「ところで、さっきの事なんだけど、お前なんで飛び蹴りなんかしたんだ?」
「なんでって、庭に知らない奴がいたら誰だって不審者に思うだろ」
「それでも、普通飛び蹴りはないだろ。ましてやお前は女の子でしかも体が弱いんだ。せめて誰ですか?くらい聞けよ」
「悪かったよ。あそこまで顔面ボロボロにするつもりはなかった」
「いや、あれは有坂が……。まあそれは置いといてお前はもう女の子なんだからもう少し自分の行動には注意してくれ。さっき横木田がいいもの見せてもらったって言ってただろ?お前、あの意味わかるか?」  うんにゃ。すると兄貴は大げさにため息を吐いた。

「お前な?自分の格好見てみ?」
 ワンピースだが。

「それで飛び蹴りなんかして相手からどういう風に見える?」
 どういうって…俺はようやくにして気づいた。相手からしたらパンツ丸見えだ。さらに着地した際にスカートがふわりとしたから、その時にも見えてたかもしれない。

「べ、別に見られたからって減るもんじゃなし」
 強がっているが明らかに動揺してしまっている。スカートの中を見られるのは男でも恥ずかしいようだ。女でよかった。男がスカートの中見られる方が恥ずかしい。もっとも、男のままだったらスカートなんて穿かないけど。

「もう、絶対に無理するなよ?」
「わかったよ」
 今度から気をつけることにしよう。ん?ふと思いついた。別に兄貴だったらパンツ見られても平気だよな。

「ぶっ」
 兄貴が飲んでいた茶をふきだした。なんだよ、行儀悪いな。

「いきなり何を言うんだ!?」
 別にそんな怒ることじゃないだろ。

「わかったから早く食べろ」
 兄貴の顔が赤くなってるのはなんでだろう。

 ★☆★☆★☆★☆

 食事を終えた俺は風呂に入ることにした。倒れた後でまだしんどいのだが、汗を流さない事には快適に寝ることができもうさん。いつも思うが長い髪ってのは風呂の時邪魔だな。そのまま湯船に浸かったら髪も湯に浸かってしまう。そのため洗髪のあとは手で髪を絞ってから頭にタオルを巻くようにしている。それまでの人生で頭にタオルなんて経験なかったからどうもうまく巻けない。いつもどおり悪戦苦闘してると兄貴が脱衣所に入ってきた。

「着替え置いとくぞ」
 あんがと。そうだ、俺はドアを開けた。

「うおっ!?」
 何を驚いてるんだ?シャンプーが無くなりかけてるから新しいの出しといた方がいいよ。

「わかったから早くドアを閉めろ」
 何をそんなに慌ててるんだ?俺はドアを閉めると先ほどからの課題に取り組んだ。なんとか巻けたので浴槽に浸かる。

「兄貴にも友達ができたか…」
 いいことだ。でも、なんだか自分が取り残された感も否めない。兄貴はここと違う場所で新たな人脈を構築できる。しかし、俺にはこの家と兄貴しかいないのだ。前は俺の方が外に出て人脈もあった。けど、いまはろくに外出もできないし、友達なんてできるわけもない。俺も学校に行けば友達もできるだろうが、ちょっと動いただけで倒れるようではとても炎天下を30分もかけて登校なんてできるわけもない。

「いまは兄貴がいてくれるからいいけど…」
 でも、兄貴だって友達ができたり彼女ができたりしたらいつまでも俺に構ってられないだろう。いまのうちにコミュニケーションを深めるべきだろうか。その時、ドアをコンコンと叩く音がした。

「気分はどうだ?」
「大丈夫……ねえ兄貴」
「なんだ?」
「一緒に風呂入らない?」
「なっ!?へ、変な冗談やめろよな」
 冗談じゃないんだけど…行っちゃった。さっぱりわからない。風呂から上がりタオルで体を拭いてドライヤーで髪を乾かす。ドライヤーを強く当てすぎると髪が傷むというが、俺の髪は特別製のようで痛みにくいのだ。さっき、有坂さんが手入れの仕方を教えてくれると言っていたが、俺にとっては意味のないことだ。これも髪が銀色なのと関係があるんかいな。





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