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 夜の駐輪場。二人組の酔っ払いがよろよろと歩いている。すっかり酔っているようだ。二人は少し休憩することにした。一人がよろよろと歩いていく。

「どうした、小便か?」
「ああ」
「早くしろよ」
 男は腰を下ろして連れが戻ってくるのを待った。しかし、しばらく待っても戻ってこない。不審に思った男は探しに行くことにした。連れはすぐに見つかった。立ったままで動いて いない。
「どうしたんだ?」
 連れの肩に手を置く男。直後、振り返った連れを見て酔いがすっかりさめる。連れの髪の毛が逆立ち、顔色は青く、口には2本の牙が。そして、すぐに連れは青い毛色の化け物へと 姿を変えた。

「ワァゥゥゥッ!」
「た、助けてくれーっ!」
 男はそう叫ぶのがやっとだった。彼は同僚だった男に体中を引き裂かれて惨殺された。その様子を満足気に眺めるポイボス・スピリットの人間態。

「実験は成功のようだな。ん?」
 足元に落ちている箱に気づいたポイボス・スピリットはそれを拾って中を開けてみた。箱の中には人形が入っていた。

「子供の土産か。おい、死体を片付けろ」
「グーッ」
 工作戦闘員たちが男の死体を片付ける。一切の痕跡を残してはならない。だが、ポイボス・スピリットは迂闊にも周囲を警戒することを怠っていた。一人の少女が一部始終を見ていた のだ。

「人が狼男になっちゃった」
 少女はポイボス・スピリットたちに見つかる前にその場を離れた。だが、よほど慌てていたのか靴が片方脱げてしまった。少女はそのまま逃げ去った。

 上機嫌でアジトに戻ってきたポイボス・スピリット。実験の成功を総司令に報告する。GOODのエンブレムを模したレリーフの赤ランプが点滅する。

「狼菌の実験はうまくいったようだな、ポイボス・スピリット」
「はっ総司令。この狼菌を町中にばら撒き、人間どもを狼男に変えるウルフ作戦。どうかご認可を」
「うむ、いいだろう、と言いたいところだが、この愚か者め!」
 予期せぬ総司令の叱責にポイボス・スピリットは動揺した。

「ど、どうされたのです?」
「貴様ともあろう者がつまらぬ失態を犯したものだな。これを見てみろ」
 工作戦闘員がポイボス・スピリットに片っぽしかない女児用の靴を見せた。

「総司令、これは?」
「それは、例の場所で落ちていたものだ。片方しか落ちていないということはよほど慌てて走り去ったという証拠。そして、あの場所から慌てて走り去らざるを得なかった状況は狼菌 の実験の時しかあるまい。ポイボス・スピリットよ、絶対に情報が洩れてはならない実験を迂闊にも子供に見られ、尚且つそれに気づかずまんまと逃げられた愚か者の始末、君なら どうつけるかね?」
「……」
 ポイボス・スピリットの顔から汗が落ちる。総司令が一言発するだけで簡単に死刑となるのだ。

「総司令、私ならそんな奴は即座に処刑します」
「覚悟はできているということだな? さすがは我がGOODが誇る戦闘マシーンだ。いままでの君の功績に免じて挽回のチャンスをやろう。ウルフ作戦の成功は当然のことだが、もう 一つ……」
「魔導師どもですな」
「そうだ、魔導師どもを皆殺しにして汚名を晴らせ。さもなくば、わかっておろうな?」
「はっ命に代えてでも汚名を晴らしてみせます」







ドンノルマの使者第6話
『怪人ゾルウルフのマーダー大宴会』


作:大原野山城守武里




 ボーっとしている。一週間ぐらい学校を休んでいる。別に体調が悪いからとかじゃない。行く気がしないのだ。ほとんど学校を休んだことが無い僕が一週間も休んでいるから、クラス メートたちが心配になって来てくれるのだが、それらの対処は妹の京香に任せていた。彼女が家に来て変わったことと言えば僕がもうメイド服を着る必要が無くなったことだ。命令には 絶対 服従の京香はメイドになることに何ら拒否することはなかった。感情が著しく制御されている京香は嫌な顔ひとつせずメイドになってくれた。本当にいい妹だ。しかし、そんな妹にも ひとつ問題があった。それは羞恥心が全くないということである。昨夜、玄関のチャイムが鳴った。来訪者の対応はメイドの仕事だと京香に言って聞かせてあるので何もしなかったのだ が、玄関から男のびっくりしたような悲鳴が聞こえたので何事かと行ってみたら何と京香が全裸で宅配業者の男の前に立っているではないか。あわてて京香の腕を引っ張って奥に連れて いった。実は京香は風呂に入っていたのである。それを忘れていた僕も悪いが、何も裸のままで出ることもなかろう。僕が風呂以外に家中を裸で動かないようにと注意すると素直な京香 は聞いてくれた。何でも言うことを聞いてくれるのは便利だ。しかし、同時に気の毒でもある。帰る場所を失った彼女を引き取ったのは良いものの、さてこの先どうなることだろう。 どうなるかわからないのは僕も同様だ。このまま学校にも行かず、家でボーっとしているのか。ちなみにその京香はいまエリシアとツリーの飾りつけをしている。

「もういくつ寝るとクリスマス〜♪」
 外国人だからか歌が違う。それは正月だ。まあ、そんなことで水を差したりはしない。あんなに嬉しそうだからだ。なんたってエリシアにとって初めてのお家で家族と祝うクリス マスだからな。あんなにはしゃいでいるのを見るとなんか自分が恥ずかしくなってくる。

「やっぱ、いつまでもこのままでいいわけないよな」
 気持ちもだいぶ落ち着いてきた。登校拒否も今日までにしよう。

 んでもって翌日。久しぶりに登校するとクラスメートから「どう? 体の調子は」とか聞かれる。適当に返事をして適当に授業を受けて昼休みに超常現象研究部に行った。先輩にも 挨拶しとかないとな。先輩はどういうわけかいつも部室で弁当を食べている。ノックして入ると先輩が笑顔で迎えてくれた。

「あっ、涼ちゃん体調悪いとか聞いてたけどもういいの?」
「ええ、心配かけてすみません」
「ううん、気にしないでいいよ。うん、一週間ぶりかぁ。本当に久しぶりだよね。本当に……」
 ? なんだ急に声のトーンが…。

「ねえ、涼ちゃん。本当に久しぶりだよねぇ」
「は、はぁ……」
 何が言いたいんだろ。

「本当、何話ぶりだろねぇ。私が登場するのって。読者も私のこと忘れてるんじゃないかな」
「えっ?」
 やばい、地雷原に迷い込んでしまったようだ。迂闊な返答をすれば地雷を踏むことになるかもしれない。先輩は表面上は笑顔を装っているが、内面では相当に怒っているのが体から 出ているオーラでわかる。しかし、だからって僕にあたられても困る。どう言えばこの場を逃れられるか。必死に打開策を探るもこういう場合答えなんてないんだよね。ひとつあるとす れば……。チラッと時計を見る。そう、時間切れだ。昼休みが終われば否応なしに教室に戻らなければならない。だが、そのことは先輩もお見通しだった。

「ねえ、涼ちゃん。私、相当怒ってるのわかるかな?」
「は、はあ……」
 誰に怒ってるんだろ。僕にならお門違いだ。

「この怒り誰にぶつけるべきだろね。作者? 文庫さん? ううん、そんなの無理だよね。残るは主人公しかないよね?」
 先輩は最初から僕をターゲットにしていたようだ。とんだ言いがかりだが、ここは素直に従おう。

「わかりました。先輩の気が済むようにしてください」
「本当? じゃあさ、これに出てみない?」
 と言って、先輩が渡したのは一枚のチラシだった。なになに、お姫様抱っこレース? 二人ペアで参加して走者が相方をお姫様抱っこして走るとある。

「先輩と出るんですか?」
「女の子同士で出てもしゃーないでしょ」
「じゃあ誰と出るんです?」
「決まってるじゃない。彼氏と出るのよ」
 彼氏って、伊東のことか。

「あいつは彼氏じゃないですよ」
「えーっこないだイトックスと路上で抱き合ってたそうじゃない。そんなこと言ったらイトックスかわいそうだよ」
「な、なんでそれを知ってるんですか?」
「路上で堂々と抱き合ってたらそりゃ誰かに見られるよ。若いっていいよね」
 まさか前回のアレが見られてたなんて。そりゃ誰が見たかって恋人同士に見えるわな。

「でも、これに出るだけでいいんですか?」
「もちろん優勝してほしいな」
 それは僕じゃなくて伊東に言うべきだろう。走るのは奴なんだから。しかし、本当にこれだけでいいのか。これでも結構恥ずかしいんだが、先輩ならもっときついのを要求してきそう なものだが。去年のクリスマスの事を思えばこれぐらい。去年の文化祭、クリスマス、バレンタインは僕の高校生活3大トラウマとなっている。この時、僕はチラシを全部ちゃんと読む べきだった。そうしたらなぜ先輩がこれに出るだけで許してくれたかわかったはずなのに。僕は部室を出ると、伊東にレースに一緒に出ないか誘ってみた。伊東もこのレースのことを知 っていたようだ。

「お前、本気か?」
 何もそんなに驚いた顔しなくてもいいだろ。ああ、本気だとも。別にお前でなくてもいいんだぞ。

「いや、俺が出る。絶対に俺が出る」
 そうかい。なら、相方はお前で参加届を出しておくよ。

「ああ頼む。でもさ、急になんでこんなのに出る気になったんだ? お前ってこういうの興味が無いと思ってたんだが」
「まあ、深くは訊かんでくれ」
 先輩からはくれぐれも僕の意思で伊東を誘うようにと言われている。

「本当にいいのか?」
 何がさ。

「いやまさか、お前が言ってくるなんて思わなかったからな」
「悪かったな。でも、出るからには目指すは優勝だ。いいな?」
「ああ、絶対に負けない。お前のためにな」
 何、言ってんだこいつ。そうそう、クラスメートから聞いた話だが、僕が休んでいた間に伊東が後輩の女子に「君とは付き合えない」と彼女を振ったらしい。もったいない事だ。

「で、練習とかはどうする?」
 練習ね。やめておこう。そんなの見られたらまた誤解される。これで用件は済んだ。教室に戻る前にトイレに行っておこう。すると、今度は伊東が僕を呼びとめた。

「お前、放課後あいてる?」
「いや、特にないけど」
「だったら、放課後に孤児院に行くのついてきてくれないか?」
「? なんでさ」
「そこに妹の友達がいるんだが、狼男を見たとかって言ってるんだ。もちろん、みんな取り合わなかったそうなんだが、その娘恐怖で寝込んだりしてるそうなんだ」
「狼男ね」
 おおかた何かと見間違えたんだろう。しかし、僕の頼みを聞いてくれた手前嫌とは言えない。行ってやることにした。


 放課後、伊東と一緒に孤児院に行く。例の狼男を見たというのは美玖ちゃんというらしい。早速、話を聞きに行くとすでに中年の男性が事情聴取していた。

「誰?」
「いや、俺は知らない」
 とりあえず黙って聞いておこう。美玖ちゃんが言うには男の人が突然狼男になって一緒にいた男の人を殺したというのだ。

「んなアホな」
 思わず口に出てしまった。それを美玖ちゃんに聞かれてしまった。

「嘘じゃないもん。私、本当に見たんだから」
「どう思う?」
 伊東に意見を求める。

「俺はこの娘を知ってるが嘘を言う娘ではないと思う」
「だがな、もし本当にそんな殺人事件があったらとっくにニュースになってるよ。馬鹿馬鹿しい。帰る」
「本当よ、本当に狼男が……」
 なおも食い下がる美玖ちゃん。しかし、肝心の死体が無いじゃないか。

「死体は変な人たちが持って行っちゃった。全身黒ずくめでベレー帽を被った人たちよ」
「なんだって?」
 僕は美玖ちゃんの傍に駆け寄った。

「本当にその連中だったのか?」
「ええ、そうよ」
「他に誰かいなかった?」
「他に……そうだわ白いスーツの男の人がいたわ」
 ポイボス・スピリットの人間態だ。GOODが絡んでいたのか。しかも、ポイボス・スピリットが直々に出張っているとなると……

「あんた誰?」
 僕たちが来る前から美玖ちゃんに接触している謎の男。あのポイボス・スピリットの事だ。おおかた人間を狼男にしてしまう実験でもしていたところを美玖ちゃんに見られたとあれば 必ず口封じするはずだ。

「おいおい、目上の人に対してなんだその口の利き方は。まずはそっちから名乗ったらどうなんだ」
 怒られた。内心ムッとしながらも名乗る。

「僕は桜谷涼香」
「! あんたが桜谷涼香さんか」
 僕の名前を知ってる? やはりGOODか。

「違う違う。あんたのことはノーグッド連合から聞いたんだ」
 連合に?

「儂は橘十兵衛。ノーグッド連合の外部協力者だ。いやあこんなところであんたに会えるなんて思わんかったよ。ともにGOODと戦う者同士力を合わせてやっていこう」
 橘さんはそう言って右手を差し出した。とりあえず握手する。正直、この人と組んでも足手まといにしかならないのは明白だが。

「なあ、さっきからGOODとか何たら連合とかいったい何のことだ」
 話についてこれない様子の伊東が口を挟んできた。説明するのも面倒だ。

「ここは僕が処理しておく。お前は先に帰ってくれ」
「あ、ああ」
 伊東が帰ると、僕に家に電話して京香に今日は外泊するからと伝えた。後のことは京香がやってくれる。以前はいちいちルイを説得するのに苦労していたものだ。それは、さておき 橘さんがここの園長さんと知り合いで泊めてもらえることになった。絶対にGOODは美玖ちゃんを狙ってくる。そう思って張り込んだのだけれど。翌朝までに誰も来なかった。

「まさか、見られていたことに気づいてないんじゃ……」
 あのポイボス・スピリットにかぎってそれはないか。ってことは僕がいたから手出しができなかったのか。

「まあ何事もなかったからいいじゃないか」
 橘さんはそう言うがどうも腑に落ちない。すると、橘さんの携帯電話が鳴った。

「私だ……なに本当か?……わかった、すぐに行く」
 なにがあったんだ。

「本部からGOODの暗号を解読したって連絡が来た」
 暗号解読したって。そいつぁすごい。暗号の内容はウルフ作戦開始を祝して宴会を催すので来てほしいとのことで、これを各地の幹部に送信しているらしい。そのうちの一人に対す る待ち合わせの時間と場所がその暗号に書かれているのだ。ウルフ作戦か。美玖ちゃんの話と照らし合わせると人間を狼男にしてしまおうという作戦だな。僕は橘さんと目を合わせた。

「やりますか?」
「ああ、いっちょやってやるか」
 僕たちは暗号に記された場所に行き、時間通りに現れたどっかの幹部と出迎えの工作戦闘員を倒して彼らに成りすましGOODのアジトに向かった。アジトの入り口には見張りの 工作戦闘員がいたが、幹部が持っていた招待状を渡すと通してくれた。言い忘れたが、宴会は仮装パーテイーらしくマントと覆面を着用して出席とあったので、それで僕だとバレずに すんだのだ。案内された先には僕と同じ格好の連中がいた。しばらくして、ポイボス・スピリットが姿を見せた。

「ようこそ諸君。本日はGOOD宴会に参加されて感謝する。愚かなる人間どもは今頃クリスマスで浮かれている。が、人間どものクリスマスは今年が最後だ。ウルフ作戦によって全 世界はGOODが握る。しかも、本日のGOOD宴会の最大のプレゼントはいままで我々を苦しめた最大の敵とその仲間を血祭りにすることだ。諸君、仮面を取りたまえ」
 ポイボス・スピリットが指示すると僕以外の連中が覆面を取った。

「デススクィット」
「ヘルガラガラヘビ」
「ヒルブラック」
「ゲークラブ」
「キバマンモス」
「ツバサコウモリ」
「ヨロイザリガニ」
「ヤモリモンスター」
「カラステラーマクロ」
「メガールバッファロー」
「デビルスネーク」
「ダークターバンシェル」
 全員が強化改造兵士だと? しまった罠か。

「偽の暗号文につられてきたな。この間抜けめ」
 周りを取り囲まれてしまった。僕はマントと覆面を取ると勝ち誇っているポイボス・スピリットを睨んだ。なんかタイミングが良すぎるなとは思っていたんだが。しかし、まだ詰み ではない。

「お前らは何をやろうとしているんだ。ウルフ作戦ってなんなんだ?」
「ふん、冥土の土産に教えてやろう。ウルフ作戦とは我がGOODが開発した狼菌で人間どもを狼男にしてしまう作戦だ」
 もう勝ったつもりでいるのかベラベラと喋ってくれる。意外とサービス精神旺盛だな。さて、少し時間を稼ぐか。

「ところで、今回の作戦担当はどこにいるんだ?」
 いつもなら担当の強化改造兵士が出てくるのに。

「いままで作戦がことごとく失敗していたのは不甲斐ない強化改造兵士どもが指揮を執っていたからだ。だが、今回は違う。なにしろこの私が指揮を執るんだからな。絶対に失敗は 無い」
 大した自信だ。

「狼男になった人を元に戻す方法とかは?」
「そんなものは無い。そうだ、貴様も狼菌の実験体にしてやろう」
「誰が」
 時間稼ぎも限界だな。まだなのか?

『あった、ありましたでぇ』
 ゴーストシマリスからだ。僕はさっきからこれを待っていたのだ。左腕のデバイスアームをガスハンドに換装してガスを噴出。その隙に変身して囲みを突破した。

「狼菌は破壊させてもらうぞ」
「バカめ、貯蔵庫がどこにあるかわかるまい」
「生憎だったな。僕が何の備えも無しに潜入したと思っているのか。こんなこともあろうかとシマリスも連れてきていたんだよ。狼菌の貯蔵庫はもう見つけている」
「なんだと? しまった…!」
 奴が動揺している隙に僕は貯蔵庫に向かった。後ろからポイボス・スピリットが指示を飛ばすのが聞こえた。

「貯蔵庫へ向かえ、狼菌を守れ!」
 だが、奴らは出遅れた。僕は貯蔵庫の入り口を見つけると中に入ろうとしたが、その前に二体の強化改造兵士が現れた。

「ここから先は通さん」
「ペンギンマシリトとカババラモス? 前に倒したはずなのに」
「GOODの偉大な科学力が我々を復活させたのだ」
 ええい面倒だ。二体もろとも貯蔵庫を破壊してやる。二体を貯蔵庫に押し込めて、と。

「一緒に燃えてしまえ。fire!」
「ぎゃあああああっ!!」
 火だるまになった二体は暴れまわりながら狼菌が入った試験管を壊していった。その隙に僕は基地の外に出た。よし、仕上げだ。

「BunkerBuster!」
 地下施設を一気に潰す魔法で基地を潰した。これでポイボス・スピリットや他のGOOD関係者も全滅だ。

「ところであんさん、一緒にいてはったおっちゃんはどないしはったんや?」
 橘さん? そりゃGOODに捕まってどっかに監禁されてほんで……。

「……」
「……」
 僕とシマリスは瓦礫となった基地に向かって無言で手を合わせた。



 んでもって翌日。僕は美玖ちゃんに狼男は退治したからもう怖くないよと教えてあげるために孤児院に寄った。そこでこそこそしている不審な男を発見したので、声をかけると驚いた 様子で僕の名を口にした。僕を知っているってことはGOODか。僕はそいつを抑え込むと奴が持っていた試験管を見つけた。脅して聞いてみると狼菌らしい。すべて破壊したと思って たのにまだあったのか。そいつから情報を聞き出した僕はGOODに潜入することにした。GOOD日本支部は意外にも地元にあった。えらい近くにあったもんだ。早速潜入してみる。 いろいろ見て回って一つの部屋に行き着いた。中を覗いてみると、ポイボス・スピリットの人間態がいた。生きてたのか。それと、椅子に固定された中年の男性。どっかで見覚えがある んだが、はて誰だったかな。その人にポイボス・スピリットが紫色の液体が入った注射器をちらつかせている。僕がさっきこの場所を聞いた奴が持っていた狼菌と同じ色だ。

「一生、醜い化け物として生きるかね?」
 ポイボス・スピリットが椅子に固定された男性に話しかけている。しばらく様子を見よう。

「この狼菌のワクチンは地上には無いのだ。それとも俺の質問に答えるかだ。簡単な質問なのだが。いいかね。もう二度と正常な人間として生活はできない。ジン・ケンスケにも会え ない。それどころかグランプリレーサーを育てるのも夢になる」
 ジン・ケンスケ? 誰だ? どうやらポイボス・スピリットは男性から何か情報を聞き出そうとしているようだ。しかし、奴の事だ。聞き出したらもう用済みとして男性を狼男に してしまうだろう。

「夢でもいい。俺はその夢を抱いて死んでいく。殺せ。俺は何も喋らせんぞ」
 なかなか気骨ある男性だ。

「望みどおりにしてやる。狂って死ね、橘十兵衛!」
 橘? はてどっかで聞いたような……思い出した。あの人も生きてたのか。昨日はさすがに申し訳ないことしたと思っていたが、一晩経つとすっかり忘れてた。それにしても、ポイ ボス・スピリットが橘さんの名前を知っていたとは。結構、すごい人かもしれない。その橘さんも自分の首筋に注射器の針をあてられては覚悟を決めるしかない。

「ケンスケ、後は頼んだぞ!」
「すぐに後を追わせてやる」
 とうとう橘さんに狼菌が注入された。すぐに拘束が解かれ橘さんは見る見るうちに狼男になってしまった。なるほど、ウルフ作戦ね。潰させてもらう。僕は変身すると部屋に乱入 した。

「どうしてここが!?」
「狼菌の恐ろしさにお前の部下が白状したのだ」
「あのバカめが。桜谷涼香、GOOD日本支部に入ったからには生きて再び外には出さん!」
「その日本支部は僕が破壊する!」
 工作戦闘員が長いスティックを持って襲ってきたので、スティックを取り上げるとそれで工作戦闘員を倒してスティックを魔法で両端にグリップがあるタイプに変えた。

「ポイボス・チェーンジ」
 ポイボス・スピリットも変身した。だが、日本支部はもう終わりだ。ドアから煙が入ってきた。

「火が、貴様!」
「日本支部は燃えているのだ!」
「おのれよくも。急いで狼菌を運び出せ!」
 そうはいくか。僕は先回りすると狼菌のケースをスティックで破壊した。

「しまった!」
「どうやらこれが最後だったようだな」
「貴様、許さんぞ! 今日こそ決着をつけてやる!」
「望むところだ!」
 そして、僕らは一瞬にしてどっかの河川敷で対峙していた。どうよ、この展開の速さ。速すぎるだろ。この勢いで一気にカタをつけてやる。僕は魔力フィールドを発生させると右足に 魔力を集中させた。そして、ポイボス・スピリットに向かって走って奴にキックを放った。

「うりゃ!」
 だが、キックは盾で弾かれた。なんて頑丈な盾なんだ。だが、それ以上にかなりの衝撃があったはずなのに平然と僕のキックを弾き返したポイボス・スピリットもすごい。

「見たか、ポイボス・スピリットは総統官房第V部第四課長であると同時にGOODの殺人マシーンとも呼ばれているのだ」
 ああそうかい。殺せるものなら殺してみろ。僕はスティックを持ってポイボス・スピリットに挑んだ。ポイボス・スピリットは銃身の長い連装拳銃と盾で迎え撃った。銃の銃身を棒の ように振り回すポイボス・スピリットだが、専門の打撃武器でないため接近戦には不向きだ。しかし、ポイボス・スピリットは盾で僕の攻撃を防いでくる。僕がスティックを突きだすと ポイボス・スピリットは盾で受け止め銃身を僕の頭に振り回す。これをしゃがんでかわして今度は奴にスティックで足払いをかける。

「とうっ!」
 ポイボス・スピリットはジャンプして足払いをかわして僕から距離をとった。さすがにいままでの奴とはレベルが違う。まったく隙が無い。だが、やるしかない。

「いくぞ!」
 僕とポイボス・スピリットは再び激しく打ちあった。打ちあいでは勝負がつかないと思ったのかポイボス・スピリットはキックを連続してきた。劣勢になってきた僕はいったん奴から 距離をとることにした。すると、奴は発砲してきた。あれが本来の使い方だ。

「死ね、桜谷涼香!」
 ポイボス・スピリットがまた発砲したので僕はシールドを張って防ぐことにした。

「protection!」
 だが、銃弾はシールドを貫通して角度を変えて僕の腕を掠めた。

「どうだ我がGOODが誇る科学陣が開発した対魔法弾の威力は」
 対魔法弾? 厄介なものを。

「貴様の胸もこの対魔法弾で貫通してやるぞ。あの魔導師のようにな」
 あの魔導師? そうか、あの時エリシアを撃ったのは奴だったのか。だったら感謝しないとな。奴がこの町を救ったんだ。同時にエリシア殺害未遂の容疑者だ。許すわけにはいかな い。僕はスティックをロープに変えると、それでポイボス・スピリットの銃を絡め取った。これでポイボス・スピリットは武器を失った。スティックとキックを併用した僕の攻撃に今 度はポイボス・スピリットが劣勢となる。反撃しようにも奴には盾しかない。その盾を蹴り上げる。バランスを崩したところをさらに盾にキックすると、ポイボス・スピリットは地面に 倒れた。不利を悟ったポイボス・スピリットは僕から距離を取ろうとしたが、僕はジャンプして奴の退路に着地した。

「ぬっ、ポイボス・スピリットカッター!」
 焦ったポイボス・スピリットはあろうことか盾を投げつけてきた。盾には爆弾が仕掛けられていたが、僕はバリアを張って無事だった。もう、これで奴に武器は無い。だが、ポイボ ス・スピリットは僕からスティックを奪うとそれで腹を突いてきた。次に頭を狙ってきたのでしゃがんでかわすと、スティックを奪い返して奴を叩きのめした。頭を思いっきりスティ ックで殴られたポイボス・スピリットは頭を押さえてふらついた。

「いまだ!」
 僕はスティックを空高く放り投げると、ポイボス・スピリットに2、3発キックしてからジャンプした。空中でスティックを使って大車輪の要領で加速をつけポイボス・スピリット にキックを放った。かわすことも防御することもできずにポイボス・スピリットはまともにキックをくらって吹っ飛ばされた。

「はっはっはっ何が殺人マシーンだ。この程度で手も足も出んとはな」
 無様に地面に倒れているポイボス・スピリットを罵倒してやった。誇り高いポイボス・スピリットには耐え難い屈辱のはずだ。だが、ポイボス・スピリットは笑っていた。

「く…くふふふふふ……おどろいたな。たしかにすばらしい実力だ……だが、そのせいできさまは長年眠らせていたわたしの真の力を目覚めさせてしまった…」
「なに? ボクがおまえの長年眠らせていた真の力を目覚めさせてしまっただと?」
「そのとおりだ……」
「ほう……くっくっく……はーっはっはっは! おもしろいジョーダンだ! はっはっは…!」
「なぜ、真の力を使わずに眠らせておいたかきさまが死ぬ前に教えてやろう…真の力を発揮するにはさらに変身せねばならん…だが2回目の変身は姿がみにくいのだ…美を好むわたし にはそれがたえられない。だが、死を選ぶよりは変身を選ぶ……」
「変身だと? はっはっは! 人間追いつめられると苦しまぎれにつまらんことをいいだすもんだな! いいだろう見せてみろよ真の力とやらを」
「いわれなくてもいまみせてやる…だが、その前に先に絶望感をあたえておいてやろう…どうしようもない絶望感をな……。このポイボス・スピリットは変身をするたびにパワー がはるかに増す…その変身をあと2回もオレは残している…その意味がわかるな?」
 な……なんだと……!?

「みせてやろう! 光栄におもうがいい! この変身までみせるのはきさまが初めてだ!!」
 ポイボス・スピリットは右手を上にあげると、それを一気に下におろした。すると、やつの足元で小さな爆発が起きて煙の中から金色の狼男が姿を現した。なんという殺気だ。

「へ…へへ……気をつけろよ…こうなってしまったら前ほどやさしくはないぞ…。なにしろ力がありあまっているんだ。ちょっとやりすぎてしまうかもしれん…くっくっく……ちなみ に戦闘力にしたら100万以上は確実か……」
「なっなに!?」
 一応ノリで驚いてみたが、100万って数字的にすごいけど比較する対照が無いからどんだけすごいかわからない。そんなことにはおかまいなしにポイボス・スピリットは「ばっ !!!!」と左手を開いてあげた。すると、奴の周囲から爆発が発生して僕は間一髪空に逃げて難を逃れた。爆発の威力は大きく奴の周囲にはクレーターができていた。

「はっはっは、さすがになかなかの逃げ足のはやさだ。もっともいまのはほんのあいさつがわりだ。こんなことは魔導師にだってできる」
 バ、バケモノめ……。

「くっくっく…なさけない面だぞ桜谷涼香! どうやらここまで強くなってしまうとは想像外だったらしいな!」
 お…おのれ……。

「さーて、そろそろ地獄をみせてやろうか……とう!」
「!」
 ジャンプしてきたポイボス・スピリットの頭突きを腹にまともにくらってしまった。スピードが速すぎて対処がなにもできなかった。強い衝撃に僕はクラッとなって地面に落ちた。 そこへ落下のスピードを利用してポイボス・スピリットがキックをくりだしてきたので僕は体を転がしてよけた。

「どうしたどうしたそのざまは。天下の魔導師様がみっともないぞ。くくくっ覚悟しろよすぐには殺さん。俺が受けた痛みと屈辱を何倍にもしてじわじわと貴様に返してやる。ひゃあ !」
 腕を突きだしたポイボス・スピリットの手から光弾が目にも見えぬスピードで発射された。奴の手が光ったと思ったら次の瞬間にはもう僕に着弾していた。

「ひゃあ! ひゃあ! ひゃあ!」
 光弾一発の威力はそれほど高くないが、連射されるとよけることもふせぐこともままならない僕は徐々にダメージが蓄積されていった。このままでは嬲り殺しだ。

「くそったれ!」
 僕はスティックを空に放り投げると自分もジャンプした。さっきよりもさらに加速をつけてキックしてやる。ところが、スティックに手が届く寸前に僕はジャンプしてきた ポイボス・スピリットに捕まった。奴は僕を羽交い絞めにして一緒に落下して落下のスピードも利用して僕を頭から地面に投げつけた。

「くっ!」
 地面に激突する前に受け身を取ったので何とか頭を守ることができたが、右腕を痛めてしまった。それでも立ち上がったが、その直後頭に強い衝撃を受けた。落下してきた ポイボス・スピリットに思いっきり頭をやられたのだ。たまらず、また地面にたおれる。

「どうやらそこまでのようだな。そろそろ楽にしてやる」
(ば…化物め……ち…ちくしょう……こ…これほどまでとは……こ…このボクが……まるで赤ん坊あつかいだ……し…死ぬ……!)
「お命頂だい! とうっ!」
 なんかテンションがあがりすぎているのかポイボス・スピリットは変な決めポーズをしていた。

「こいつでフィニッシュだ! ポイボス…イレイザーガン!!」
 ポイボス・スピリットが口をパカッと大きく開くと、中からエネルギー波が発射された。咄嗟にシールドを張って防ごうとしたが、いともたやすくシールドは破壊されて僕はまとも に喰らってしまった。地面を2、3回大きくバウンドして僕は吹っ飛ばされて変身も解けた。ダメだ、勝てない…ここは潔く負けを認めるしかないな。僕は右腕を使わないで左腕だけ で立ち上がった。右腕はダラーンとしておく。

「ポイボス・スピリット、僕の負けだ。君は良きライバルであり好敵手だった…最後の握手を……」
 僕はよろけながらもポイボス・スピリットに近づいて左手を出して握手を求めた。

「桜谷涼香、私も敵に回すのが惜しかった。さあ!」
 強者の余裕からか何の疑いもなくポイボス・スピリットは左手を出した。僕たちは互いの健闘を讃えて固い握手を交わした。僕はギュッとポイボス・スピリットの左手を強く握り しめると左腕を引き抜いた。

「アーム爆弾で死ね!」
 こんなこともあろうかとデバイスアームには強力な爆弾が仕掛けられていたんだ。

「くっ…と、取れない……」
 ポイボス・スピリットは必死に爆弾を外そうとするが、そう簡単に外れるものか。そして、時間が来て爆弾は爆発した。ものすごい爆音と爆風。戦車1台を軽く吹っ飛ばす威力は ある。それでもポイボス・スピリットを死に至らせるまでにはいかなかった。だが、左腕が無くなっているなどかなりのダメージを受けているようだ。

「き…き…きさま〜…! お…おのれ…よ…よくも〜……!!」
「くっくっく…アーム爆弾が効いたらしいな……ずいぶんと体力がおちているんじゃないか? ポイボス・スピリットさんよあんたの死はもう近いようだ」
「し、死が近いだと……!? はーっはっは! 笑わせるんじゃない! 貴様こそ片腕を失っているうえに残った右腕も負傷して動かせないでいるではないか!」
「右腕が動かせないって誰が言った?」
 僕は右腕を自由に動かしてみせた。

「き、貴様、騙したのかっ!」
「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでくれたまえよポイボス・スピリットくん。君が勝手にそう思い込んだだけだよ?」
「卑怯な…それでも正義の味方か!」
「ふん、勝手にほざいてろ。自分の強さに自惚れて相手の意図も見抜けなかったお前の負けだ。いくぞ!」
 僕は再び変身してジャンプすると体を一回屈伸させてパンチを繰り出した。右手に魔力を集中させてあるので拳が赤く光っている。負傷で動きが鈍っているポイボス・スピリットは よけることもできずに顔面にくらった。後方に吹っ飛ばされるポイボス・スピリットにとどめをさすべく僕はもう一度ジャンプして今度は足に魔力を集中させてキックした。またもや 後方にふっとばされるポイボス・スピリット。起き上がった瞬間、奴の体は赤く炎上して爆発四散した。手ごわい相手だった。



 翌日、お姫様抱っこレースの日が来た。参加要件は特になく二人ペアでとしか書かれてなかった。つまり、男同士でも女同士でも参加OKとなる。しかし、参加者はすべて恋人同士 か夫婦だった。まあ、当然といえば当然か。レースは参加ペアが一列に並んで順位を競う形式で一度でもお姫様抱っこが崩れたら失格となる。

「……」
 僕は今更ながらに後悔していた。思ったより観客が多いのだ。この状況下でお姫様抱っこはかなりきついな。そして、時間が来た。スタート地点に集まる僕たち。

「本当に大丈夫か?」
 念押しに伊東に確認しておく。人間一人を抱っこして走るのだ。かなりの体力を要するのは言うまでもないだろう。

「ああ、大丈夫だ。絶対に優勝する。なんたってこっちには勝利の女神がいるんだからな」
 女神? 誰の事だ。

「あまり、そういうキャラにないセリフは吐かない方が……わっ!?」
 言い終わらないうちに急に抱きかかえられたからびっくりした。

「…なんか思っていたより恥ずかしいな」
 それ以上になぜかドキドキしてしまっている。他の参加者は皆カップルか夫婦だ。僕たちも周りからカップルと見られているだろう。こんな恥ずかしいことただの同級生ってだけじゃ 参加しないもんな。ふと、伊東と目が合った。お互い小っ恥ずかしいと思ったようですぐに目を背ける。目を背けたまま伊東はコホンとわざとらしく咳をして、

「なあ桜谷。もしこれに優勝したらお前の事を涼香って呼んでいいか?」
「はっ?」
 いきなり何言ってんだ、こいつ。

「別にいいけど…」
 それより早くレースが始まってほしい。なんか変な気分になってきた。

「それでは位置について、よーい…」
 パンッとスタートの合図が鳴って一斉に走り出した。走るのはどのペアも男で皆走りにくそうだった。それは我が相棒も同じだが、僕は少しズルすることにした。それは魔法で自分の 体重を軽くすることだ。そうすれば他の走者よりも伊東が有利になる。別に勝ちにこだわっているとかそういうことじゃない。先輩に優勝してと言われた以上2位以下に甘んじたら それを口実に何をさせられるかわかったものじゃない。去年のクリスマスの悪夢の再来だけは避けなければ。そして、見事僕らは優勝した。

「やったね、涼ちゃん」
 観客席から見ていた先輩がやってきて祝った。他にも部のメンバーやルイたちも来ている。今夜は祝勝会も兼ねたクリスマスパーティーだ。その前に表彰式だ。まあ、賞状と記念品 をもらうだけだけど。……なんか皆の様子がおかしい。伊東がなんか照れくさそうにしているし、先輩がやけにニヤニヤしている。そんなに僕が伊東にお姫様抱っこされたのが面白 かったのだろうか。

『それでは、ただいまより表彰式を行いたいと思いますので……』
 表彰式開始のアナウンスが流れたので僕は伊東の手を引っ張った。

「ほら、はやく行くぞ」
「ちょっと待てよ桜谷」
「……」
 僕は急に立ち止まった。

「桜谷?」
「……」
 僕はしばし考えた。伊東はさっき自分で言ったことを忘れているようだ。別に忘れたままでもいいけど、僕は約束を守る女だ。自分でもう女と言い切ってしまうぐらいになってしま った。ボソッとつぶやく。

「……涼香でいいよ」
「えっ?」
「さっき言っただろ。優勝したら僕の事涼香って呼んでいいかって」
「あ…ほ、本当にいいのか?」
「何も許可がいるものでもないだろ。お前が好きなように呼べばいいんだよ」
「あ、ありがとうよ桜谷…あ、いや、す、涼香」
 名前を呼ぶだけなのにぎこちない伊東に思わずクスッとわらってしまう。そして、表彰式。二人そろって壇上にあがって大会委員長より賞状と記念品を受け取る。隣の伊東が妙に そわそわしているのが気になる。

「何そわそわしてんだ。落ち着けよ」
「いや、だってお前……」
「?」
 わけがわからないが、とりあえずもらうものはもらったので帰ろう。と、壇上から降りようとしたらアナウンスが流れてきた。立ち止まって聞いていると最後にこんなことを言って いた。

『……最後にお二人にキスしていただきましょう』
 ……キス? 鱚? スズキ目に属するキス科の魚。違う? ん、例のチラシか。どれどれ、ちゃんと大会優勝者にはキスしてもらうって書いてある。ただ、単に見落としていただけ か。なーんだ。……なにーっ!!!? ど、どういうことだ? 僕はチラシを何回も確認した。しかし、いくら見返しても書かれている文章に変更は無い。僕は先輩の方を向いた。 ニコッと笑っている先輩にようやくその意図を理解した。あの時、ちゃんとよく見ておくべきだった。どうする? 大衆環視の中でキスなんてありえない。かといって空気的にキスする なんて知らなかったとはいえない状況。特に伊東はすっかりその気でいる。当然だ。僕から誘ったんだからな。だからか。先輩がくれぐれも僕の意思で誘ったことにしてくれと念押し したのは。絶体絶命の窮地に陥ってしまった。どうしよう。どうしよう。どうしよう。このままじゃいつぞやみたいに頭がオーバーヒートして自動防衛プログラムが起動してしまう。 そうしたら皆に僕が人間でないことがばれちゃう。やるしかない。でも、自分からキスするなんてありえない。その一線を越えたら僕はもう……。葛藤している僕を伊東は何か勘違い したようだ。

「お前…もしかして緊張しているのか?」
「なっ!?」
 もし、この時コップでも握っていたら思わず握りつぶしていたかもしれない。自分の中で感情制御が限界を越えようとしているのがわかる。理性が崩れようとしていた。

「そ、そそそそそんなことあるもんか。こ、こここここのぼぼぼぼぼくが……」
 完全に頭が混乱していた。悪いことに追い打ちをかけるかかのように、あの時のことが脳裏に浮かんでしまった。兄さんを殺したあの日の晩での公園での伊東の不意打ち。忘れよう としていたのに最悪のタイミングで思い出してしまった。

「キ、キスぐらいでこの私が緊張するなんてあるはずないじゃない!」
「涼香?」
「やるわよ。やってやるわよ! 覚悟なさい!」
「いや、何の覚悟だよ。それより、落ち着け。お前やばいぞ。このままじゃあの時みたいに……」
「うっさい! うるさいうるさいうるさい! 男なら覚悟決めて目をつむりなさい!」
「だって、お前……」
「何よ! 女に恥かかす? それでも男なの!?」
「わ、わかった……」
 伊東が目をつむるのを確認した僕は奴の唇に自分の唇を重ねた。その直後、場内から拍手と歓声が沸き起こった。



 その日の晩、僕は伊東と夜の公園にいた。奴との衝撃的な事が起こったあの公園である。僕は先輩に言われてあのレースに出たこと、キスのことなんか知らなかったことを伊東に話し た。

「そうか…おかしいと思った。お前があのレースに誘うなんてよ」
「悪かったな。先輩からお前を誘ったらって言われたんだ」
「……なあ、もしパートナーを自由に選べたとしたらお前は俺以外の男を選んでいたか?」
「どうだろう。わからない。あの時はそこまで考えていなかった。でも……」
「でも?」
「もし、そうなったとしても僕はお前を選んでいたかもしれない。やっぱし、ああいうのって誰でもいいってものじゃないし。キスの事もあったら尚更お前しかいない。僕の初めてを 奪った大泥棒なんだからな」
 言っておくが女になってからのである。

「あの時はすまなかった。ちょっと強引だったな」
「お前にあんな度胸があったなんてな。まあ、寝ている僕の胸を鷲掴みにしたり、パンツに顔埋めたりするような奴だからなお前は」
「だからあれは誤解だって」
「わかってるよ」
 僕らは笑いあった。

「ところで気になったことがあるんだけどよ」
 なんだ?

「お前って興奮すると女口調になるよな? 普段は男口調なのに。前はそういう喋り方の娘かと思ってたけど、普段はそういう風に作ってるのか?」
「いや、そういうわけでもないよ。いまの喋り方がごく自然な僕の喋り方だし、昔は興奮してもいまの喋り方だった。実は僕もなんで女口調になったかわからないんだ。ただ無意識に としか言いようがない」
「そうか、でも女の子なんだから女口調の方が自然だけどな」
「それは自分でもそう思う。でも、今更変えるつもりはないよ。いま変えても却って皆が変に思うからな」
「そうだな。無理して変えることはないさ。まあ、それよりさっきの大泥棒って少し言い過ぎじゃないか?」
「なんでさ。奪ったじゃないか。二つも」
「二つ?」
「一つはファーストキス(くどいようだが女になってからのである)。もう一つは…僕の心だ」
「えっ?」
「この罪は高くつくぞ?」
「それって……」
「お前、何回も聞いてたな。僕と付き合える状態になったかどうかって。答えてやるよ。答えてやるから耳を貸せ」
「あ、ああ」
 伊東が耳を近づけると、僕は耳に囁くと見せかけて奴の頬にキスした。驚く伊東に僕は少し照れくさくなった。

「それが僕の答えだ。さっきも言ったようにこれは極めて重い罪だ。だからちゃんと責任とってもらうからな」
「ああ、心配すんな。俺はちゃんと責任取る男だ」
 胸を力強く叩く伊東。またしても二人で笑いあった。こんなに笑ったのなんて生まれて初めてだ。

「あ、雪」
 雪が降ってきた。

「変だな。今日は快晴のはずなのに」
 それは僕も天気予報で聞いた。ここしばらくは雪の心配は無いって。ちらほらならともかく地面につもるぐらいの雪だ。

「あの二人の仕業か……」
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
 純血の魔導師が二人も揃えば雪を降らすぐらい造作もないだろう。あの二人にしては気を利かせてる。ホワイトクリスマス。ロマンチックな演出じゃないか。

「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
 そして、僕らは抱き合った。ちなみにいま降っている雪が交通機関がマヒするぐらいの大雪になったことは別の話である。本当にあの二人は手加減を知らないんだから。

 つづく




次回予告
 姉妹を助けてほしい。そう頼まれてGOODの秘密基地に潜入した涼香は、そこで二人の博士がある人物の手術をおこなっているのを目撃する。手術台の人物は果たして誰なのか。 そして、GOODに処刑されようとする姉妹たちの運命は。涼香は無事に姉妹たちを救出することができるであろうか。悪の秘密基地でライダーの怒りのキックが炸裂する。燃やせ、 正義の炎を、潜入せよ悪の秘密基地。変身! 魔法ライダーBLACK『GOOD秘密基地、魔法少女潜入す』お楽しみに。





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