『OLDER SISTER(prequel)』

 突然だが、僕には母親がいる。当然と言えば当然だ。岩から生まれたわけじゃないんだから当然、もう片方の親もいる。こないだ、その僕の母親と名乗る女性から電話がかかってきた。電話の声を聞くかぎりでは僕のお母さんはおっとりとして息子(向こうは僕が娘になったことを知らない)にも敬語で話す上品なイメージだった。多分、美人だと思う。

『ずっと連絡がなかったから心配していたのですよ。何かありましたか?』
「い、いいえ、何もありませんでしたです、はい」
 思わず僕も敬語で返してしまう。

『本当に?それならいいのですが、ところで少し声が違うような…』
「えっ?」
『さっきから気になってたんですが、どうかしたのですか?』
 さすがは創造主。いままで誰も指摘しなかったのに。

「少し風邪気味で…そのせいだと思いますよ」
『うーん、それとは違うような気がするんですが……同じ声優さんがキャラごとに声を使い分けているみたいな…そういう感じの違いなんですよ』
「……」
 まいったな。どう誤魔化そう……。まあ、どうにかその場は誤魔化しきることに成功したんだけどね。それから数日が経過した日曜日の朝、朝食を取ろうと準備していたら留守電が入っているのに気付いた。 ついさっきかかってきたようだ。だいたい僕が起きたころだ。再生してみる。

『あー、いま空港に着いたんだけど10時に駅まで迎えに来て』
 それだけだった。

「誰?」
 シスターが訊いてきた。それは僕が知りたい。誰なんだよ。名前くらい名乗れよ。でも、さっきの馴れ馴れしい感じからして家族の誰かだろう。母はこないだ電話で声を聞いたから母じゃない。じゃあ、姉か。僕の姉さんってどんな人だろう。ちょっとドキドキするな。10時か……。食事してから出かけたとしたら遅くなるな。

「今日は外で食べよう…って無理だな」
 うっかりしてたな。シスターの事どう説明すんだ。クラスメートとかなら誤魔化しきれるだろうけど、家族を誤魔化すのは無理だ。どうしよう。

「そうだ、姉さんは多分すぐに帰るだろうからそれまでシスターには外に出てもらってたらいいんだ」
 里帰りで一時帰宅したに違いない。でも、泊りがけだったらどうする?そっちの可能性の方が高い。シスターをどこかに預けようにも預け先が見当たらない。

「なあ、この近くに知り合いとかいないの?」
「いないよ」
 シスターは我関せずといった感じに返した。10時に駅まで迎えに行くとしたら20分前に家を出なければならない。駅で朝食をとるとしたらもっと早く出る必要がある。……正直に言うか?でも、正直に言ったところで信じないだろうし警察に引き渡されるのがオチだ。どうすりゃいいんだよ。

ピンポーン♪

 誰か来たようだ。誰だろう。玄関のドアを開けると見知らぬ女性が。

「えーと……」
 どちら様ですか?と訊く前に女性はズカズカとあがりこんできた。なんなんだ?

「ごめんね、友達が近くにいたから直接家まで送ってもらちゃった」
「は、はぁ…」
「どうしたのよ、その気のない返事は。お姉さんが帰ってきたというのに」
「えっ?姉さん?さっき留守電にメッセージをいれた?」
「そうよ。あんた、なんで出なかったのよ。おおかた日曜だからって寝てたんでしょ。ん?どうしたの?呆けた顔しちゃって」
「いや、僕の姉さんってこんなに美人だったんだなって」
 僕の姉さんはスレンダーな美人だった。

「ぷっ、どうしちゃったのよ。あんたがそんなお世辞を言うなんて」
 いや、決してお世辞ではないのだが。姉がこんなに美人なら母もさぞかし期待できることだろう。予想以上の美人な姉にドキドキしてしまってシスターの事を忘れてしまっていた。

「まあ、ここじゃなんだし上がらせてもらうわね」
 どうぞどうぞ。自分の家なんだから遠慮しなくていいよ。荷物も僕が部屋まで持っていくよ。

「ありがとう。お願いね」
 僕は姉の部屋がどこなのか知らないので姉の後をついていく。するとシスターがダイニングから出てきた。

「あら?あなた誰?」
 しまったぁ!シスターのことうっかりしてた。

「ねえ、この娘誰なの?どうして家にシスターさんがいるのよ?」
「そ、そりは……」
「あんた、いつからクリスチャンになったのよ」
「クリスちゃん?」
 最強の魔装少女?少女には違いないけど、魔装少女とはちょっと違うな。僕は武器は使えるけど魔法は使えない。姉には僕が少女になったことは内緒にしとかないと。

「……なんか言葉の意味がちゃんと伝わっていない気がしたわ」
 あれ?姉さんが眉間を手でおさえている。頭痛かな?

「で、この娘はどこの子?あんたの友達にしては年齢が若いようだけど?本物のシスターさんとは思わないけど。あんた、まさかロリコンなうえにシスター萌えとか言うんじゃない でしょうね」
 まずいな。どう説明すれば納得してもらえるか。あれこれ悩んでいるとシスターが元気よく腕をあげて、

「私、この家の子!」
 ……一回、このシスター様には空気を読むということを教えて差し上げる必要があるな。

「え、ええと……」
 さて、どうフォローするか。そうだ、まず姉さんを紹介しよう。

「シスター、この人は僕のお姉さんだ」
「お姉さん?」
「そう、今日日本に帰ってきたんだ」
「初めまして、姉のゆうかです」
「ふーん」
 シスターは僕と姉の胸を見比べていた。

「だから胸が小さいのも一緒なんだね」
 いきなり何を言いだすんだ。

「ば、バカだな。胸が無いのは当たり前じゃないか。はははははっ」
 笑って誤魔化す。僕は姉の前ではまだ弟のままなんだ。事実を話すのはもうちょいしてからだ。誤魔化しきれるかなと姉の方を向いたら静かな殺気が発せられていた。

「私に対して胸が無いっていい度胸してるわね」
「えっ?ち、違う。シスターが言ったんだよ」
「彼女は胸が小さいと言っただけで無いとまでは言ってなかったわよ」
「だから、そういう意味で言ったわけじゃ…」
「あんたが自分から自分の死刑執行書にサインするなんてね。本当、いつの間にそんな命知らずになったのかしらね」
 まさか、この人って姫前さんと同じタイプ?

「ちょっと前かがみになって」
「えっ?なんで?」
「いいからしなさい」
 僕は言われた通りにした。すると、姉は僕の右側に立ち僕の右肩に足をかけて両腕で僕の左腕を背中の方へ引っ張った。これってアントンの卍固めじゃないの?

「バカね。新卍固めってギブアップを狙う技でしょ?完璧超人の試合にギブアップなんてルールは存在しないわ」
 どうやら僕の姉は元・完璧超人の首領(ドン)だったようだ。

「さあ、胸を引き裂かれたくなかったら正直に言いなさい。この娘は誰なの!?」
「わかった、正直に言うから!」
 技から解放された僕はシスターが家も身寄りも無い天涯孤独で不憫に思って家に泊めていると説明した。人間じゃないとか、僕を女の子にしたとか余計なことは言わない。

「僕だって最初は警察に引き渡すとか考えたよ。でも、そうなったらシスターは施設に預けられちゃうでしょ?それは可哀そうだなって」
「そう……。優しいってのが数少ないあんたの取り柄だもんね。でも、だったらなんで知らせないのよ」
「いや、怒られるかなって」
「そんなんで私も母さんも怒らないわよ。父さんは怒るだろうけどほっとけばいいわ」
 最後の一言で父の家庭での位置がわかった。

「じゃ、シスターをここに置いても?」
「私は反対しないわ。母さんには私から言ってあげるから」
「あと、相談したいことが……」
 シスターを家に置いておくってことは食費がバカにならないことも知らせておくべきだろう。

「なんだ、そんな事ぐらい一緒に頼んであげるわよ」
「本当に?」
「それぐらいの出費増なら許容範囲じゃない?」
 僕の親ってどんな仕事してるんだろう。でも、シスターの事が解決して良かった。あ、そうだ、荷物を運ばないと。姉さんのお部屋はどこかな?我が家は3LDKで多分一番大きい部屋が両親で一番小さい部屋が僕だから残りの一部屋が姉の部屋となる。ちょっと考えたらわかる事なのにやっとわかるなんてどうかしてるぜ。荷物を部屋に運ぶと姉が外出しようと言い出した。

「日本に帰ってきたんだから久しぶりに日本の店で買い物したいわね。ついでにお昼も外で済ませちゃいましょ。あんた、今日は何か予定あるの?」
 特にない。

「じゃ、決まりね。出かける用意しなさい」
「えっ?いまから行くの?帰ってきたばかりでしんどくない?」
「平気よ。それに一度腰をおろしたら出かけるのが億劫になるでしょ」
 姉がそう言うので僕は出かける準備をした。

「お待たせ」
「ねえ、この娘は着替えないの?」
「うん、シスター服がとっても気に入ってるみたいなんだ」
 寝るときにパジャマに着替える時以外は家にいる時も外に出ている時もシスターは修道服以外は着ない。シスターは自分の荷物はいっさい無かったからネットで似たシスター服を探して買ってやった。

「しょうがないわね。いいわ、それで行きましょ」
 こうして僕らは商店街へと足を向けた。ちょっと女性のシンボル的部位が足りない点をのぞけば非の打ちどころの無い長身美女と美少女シスターは当然周囲の注目の的となった。道中、何回声をかけられた事か。無論、100%男からである。姉はこういった事に慣れているらしく適当にあしらっていたが、中にはしつこい奴もいて腕を掴んで強引に連れて行こうとする輩もいた。そういった連中は姉の手に装着された4本の針状の爪で、ある者は胸を貫かれた上に首をもがれ、ある者は顔面に突き刺されそのまま下に切り裂かれたり、ある者はこめかみに突き刺され、ある者は脳天をえぐられたりして追い払われた。

「コーホー、コーホー」
 姉の呼吸音が何かおかしい。美女というのはゆっくり買い物もできないんだな。女の買い物だから僕にとっては退屈だ。僕もいまは女の子だけどさ、姉さんには内緒にしているからね。だから、僕は男としての仕事を仰せつかっている。そう、荷物持ちである。シスターは食以外の欲望はそんなに無い(その分、食欲は凄まじいが)ので買い物も少ないけど、姉があれこれシスターに勧めてそれを買ってしまうから結局は二人分の荷物を持たされることになる。しかも、女の買い物は長いときたもんだ。まだ時間がかかりそうなので僕はベンチに座って休憩することにした。

「ふう」
 ハンカチで汗を拭う。何かジュースでも買うか。自動販売機まで行くとスーツを着た男に声をかけられた。

「君、かわいいね。ちょっといいかな?」
「すいません。人を待ってるんで」
 僕はムッとなって言い返した。

「ちょっとでいいかな。ね?芸能界に興味ない?君ならすぐにテレビにも出られるよ」
「結構です」
「まあまあそんな事言わずに話を聞くだけでもいいからさ」
「僕、男ですよ」
「男?」
 男の目が点になった。

「またまた、冗談がきついな。どこからどうみても女の子じゃない」
 そりゃ、男だった時でさえしょっちゅう女に間違われたぐらいだかんな。男は全然信じていないようだ。確かにいまは女の子だけど。どう証明するか。そうだ。僕は鞄から生徒手帳を出して男に見せた。

「ほら、ちゃんと性別が男になってるでしょ」
「本当だ。ごめんね女の子と勘違いしちゃったよ。よく間違われるでしょ?」
「ええ、まあ……」
「そうか…男か。俺としたことが男と女を間違えるなんて。気を取り直して他の娘を探しに行くか」
 ふう、なんとか追い払ったか。その後も僕は何回も声をかけられた。その度に連れを待っているとか本当は男だとか言って追い払った。姉さんたち早く来ないかな。

「おまたせ」
 あ、来た。僕でさえ声をかけられるんだから姉さんがしょっちゅう男から声をかけられるのも当然だな。

「あんたも大変ね」
 何のことだ?

「さっきから見てたけど、あんたまだ男からナンパされてんのね」
 見てたなら助けてよ。

「だって面白いじゃない」
 なんて姉だ。

「冗談よ。本当はね久しぶりにあんたに会った時から気になってたのよ」
「何が?」
「それは……」
 姉は何か言いにくそうにしている。会ってちょっとしか経っていないけど、姉さんらしくない気がする。

「どうしたのさ。気になることがあるんならはっきり言いなよ」
「そうね。久しぶりに会ったからかもしれないけど、あんたが別人な気がしてしょうがないのよ」
「えっ?」
「なんか声の感じも違うし、あんたって昔から女っぽい子だったけど、それがいっそう顕著になっている気がすんのよ。私の思い過ごしかしらね」
「はははっ、思い過ごしに決まってるじゃないか」
 さすがは実の姉、するどい。動揺を隠すため笑って誤魔化す。もし、これで僕が女の子になっていることが露顕したら僕は完全に別人にされてしまう。なんとか隠し通さないと。しかし、僕の姉は想像を超える女性(ひと)だった。




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