『HARSH WIND AND A VIOLENT STORM DROP』

 先日のカレー大食い大会で得た賞金でとりあえずは破産の危機からは免れた。しかし、問題の根本的な解決にはなっていない。シスターは相変わらず大食いであのちっこい体によくおさまるなといつもながら不思議に思ってしまう。人間じゃないみたいだから、もしかしたらお父さんは天岩戸に閉じ込められていて胃袋が別の世界にあるのかもしれない。た、大変だ。50個軍団の悪魔だけじゃなく人間も皆食べられちゃう。と、バカな話はこれまでにしておいて、二人暮らしではありえない食費をどうするか。いままでは余裕があったから本やDVDやCDを他のクラスメートよりかは買えていたけど、それらの費用はすべて食費に回される事になった。それでも足りないんだ。

「どうしたもんかね」

 そんな僕の悩みなんかまるで知らないシスターは今日も食欲全開フルスロットルだ。本当によく喰うよ。おかげで今晩も僕は猫まんまだ。ご飯が食べられるだけまだマシだと自分に言い聞かせる。

「……」 「泣いてるの?」
 ちょっとね。いいんだよシスターは気にしなくて。なんで家主である僕が猫まんまで居候の君が一人鍋(といっても優に一家族分はある)なのかなんて気にしなくていいんだよ。まあ、君の事だ。言われなくても気にしないんだろうけどね。

「くちゅん」
 ん?シスターがくしゃみした?かわいらしいくしゃみだ。どれどれ鼻を拭いてあげよう。と、ティッシュをとってシスターの鼻に近づける。すると、シスターがケホケホ咳をして、

「いま、風邪ひいちゃった」
 瞬間、僕は足を滑らせて顔を床にぶつけた。いま?たったいま風邪をひいたの?人が風邪になる(人じゃないけど)瞬間って初めて見た。どれどれ。

「確かに熱があるようだ」
 えと、風邪薬あったかな?僕はあんまし風邪ひかないから薬の世話になったりしないのでよくわからない。それにシスターに人間の薬が効くかわからないし。とにかく寝かせよう。僕はシスターを抱きかかえると彼女の部屋へ運んだ。ベッドに寝かせて布団をかぶせる。

「今晩はもう寝た方がいい。体を温かくしてゆっくり休めば明日にはよくなってるよ」
「本当?」
「本当さ。だから、もうお休み」
「うん」
 いい娘だ。僕はシスターが寝るまで付き添い、彼女が寝たのを確認すると部屋を出た。さて、風呂に入ろう。

 −−−−−−

 僕は近所のスーパー銭湯に来ていた。なんで、わざわざこんなところに来たかと言うと、要するに家の風呂が壊れてしまったからだ。熱出して寝ているシスターを一人置いて家を空けるのは気が引けたけど、まだまだ暑いこの時期、一晩でも風呂に入らないと気持ち悪くてたまらない。問題は毎度の事ながら男女どっちの浴場に入るかだ。

☆男湯の場合
 いくら小さいとはいえ裸になれば胸がふくらんでいるのが一目瞭然。
 仮に気づかれなかったとしても、股間を見られたら一発バレ。
 想定される事態=僕の貞操の危機

☆女湯の場合
 完全な女体なので入場自体に問題はない。
 が、僕の精神が正常を保てるかが問題。
 想定される事態=精神的な負荷に耐えられず最悪救急車の出動要請

……ダメだ、どっち選んでも無事に帰ってこられる自信が無い。困ったな……。そうだ、女湯に入って女の人の裸を見ないようにすればいいんだ。よし、この戦術で行こう。券売機で入浴券と貸タオル券を購入してカウンターでバスタオルとタオルを受け取る。そして、そのまま女子風呂へ。

「……」
 入口手前で立ち止まってカウンターを見る。こちらを気にしている様子はない。つまり、僕が女風呂に入ろうとしている事に何の疑念も抱いていないという事だ。そりゃ、いまは女の子で男だった時ですらスーパーの男子トイレに入ろうとして警備員に止められた前科がある僕だけどさ。試しに男風呂に入ってみようか。いや、やめておこう。自分から騒ぎを起こす事はない。もう、さっさと入ってさっさと帰ろう。余計な事を考えていたせいで僕は大事なことを見落としていた。普通に女風呂の脱衣所に入った僕はさっそくオールヌードで歩く女性を目の当たりにした。

「!!」
 すぐに後ろを振り向き鼻をおさえる。落ち着け、落ち着くんだ。ここで鼻血なんか出したら怪しまれる。深呼吸して気分を落ち着かせてからなるべく顔を俯かせて空いているロッカーを探す。初っ端からこんなトラップを仕掛けてくるとは、やるな女風呂。

「気を引き締めないと。一人に対してでさえ危なかったのにたくさんの女の人の裸なんてみたら出血多量で死んでしまう」
 鼻からの出血多量で死んだら多分世界初となるだろう。大丈夫、見なきゃいいんだ。なんてことはないとタカをくくっていた矢先に裸のお姉さんが僕の隣に!

「ちょっとごめんね」
「い、いいえ」
 こらえろ、こらえるんだ。ふう、なんて恐ろしい敵なんだ。でも、負けるもんか。気を取り直して服を脱いでいく。上半身裸になって胸に貼った絆創膏をはがす。これが無いと乳首がシャツに擦れちゃうんだよ。次は下だ。と、ズボンに手をかけてハッと気づいた。しまった、ズボンの下はトランクスだ。隣にはまださっきのお姉さんがいる。彼女がいなくなるのを待とう。よし、いなくなった。他に人の目がこちらを向いていない事を確認して一気にズボンとトランクスを脱ぐ。よし、これで戦闘態勢は整った。いざ、出陣。前を向かないように歩く。今日は湯船に浸かるのはやめておこう。とても、そんな余裕はない。体だけ洗ったらさっさと帰ろう。空いている洗い場に腰を下ろす。鏡に自分の姿が映る。

「女の子の裸なんて自分ので慣れているつもりだったのにな」
 やはり、自分と他人のとでは違うようだ。まだ、シスターがいなくてよかった。彼女がいたらはしゃぎまわっていただろうからな。よし、体を洗ったぞ。ただちに帰投……。

「!」
 立ち上がろうとした僕は視線の先にとんでもない人がいるのを見つけてあわてて隠れた。

「な、なんで姫前さんが……」
 別に彼女がここにいても問題はない。ただ、よりによってこんな時に!どうする?見つかったら殺されるのは確定しているが、鋸引きかあるいは牛裂きの刑といった残酷な方法で処刑される恐れすらある。絶対に見つかってはいけない。心臓がバクバクしているのを感じながら隠れていると姫前さんの声が聞こえてきた。

「変ね、あいつの気配がしたと思ったんだけど」
 な、なんて鋭いんだ。君は『エンデュミオンの鷹』か。

「そんなはずはないわね。いくらあいつでも女湯に入るなんて」
 ちょっと待て、君の中で僕はどんなイメージを持たれているんだ?

「でも、万が一って事もあるわね。一応、探してみるか。もし、いたら……」
 ごくり。

「地獄を見せてやる」
 絶対に見つかってはダメだぁ!と、とにかく顔を見られないようにしよう。体は女の子なんだから顔さえ見られなかったら姫前さんでも僕だと気づかないはず。シャワーを出して頭にかける。これで顔をあげなくても不自然じゃない。

「……」
 誰かの視線を感じる。多分、姫前さんだろう。大丈夫、僕が女の子だと確認できたら次へいくはずだ。思った通り、姫前さんは隣の人の確認に移った。そして、一通り見終えた姫前さんは、

「やっぱし、あたしの気のせいだったのかしら」
 と言って、露天風呂の方へ歩いて行った。チャンス!この機会に一気に脱衣場へと向かう。

「助かったぁ」
 こんなスリリングな入浴は初めてだ。もう、こんなところに長居は無用だ。僕は大急ぎで着替えると女風呂から脱出した。無事に戦場から生還を果たした僕はせっかく来たので2階の休憩スペースでソフトクリームとジュースを注文して一服することにした。本当は金を浪費したくないから買いたくなかったんだが、せっかく生きて帰れたんだ。これくらいの贅沢は許されて然るべきだろう。ソフトクリームを食べ終わるとジュースのカップを持って踊り場から下を見下ろす。姫前さんはまだ出てこないのかな?もうここなら彼女と会っても安心だ。なーんてね。ハッ!殺気!!

「あんたも来てたんだ。珍しいわね。あんたがこんなところに来るなんて」
 反射的に逃げようとする僕の肩を姫前さんが掴む。……凄い力で。

「や、やあ、君も来てたんだ。き、奇遇だね」
 ダメだ。後ろから感じるオーラで後ろを振り向けない。

「本当奇遇ね…ところでこれ何かわかる?」
 姫前さんが僕の前に見せたのは携帯電話だった。

「それ、僕の。はっ」
 しまった!

「そう、やっぱりあんたのだったのね。ところで、これどこに落ちてたかわかる?」
「さ、さあ」
「女湯の脱衣所に落ちてたのよ。なんで、そんなところに落ちてたのかしらね」
 僕の肩を掴む彼女の手に力が加わる。まるで万力でしめられているみたいだ。

「なんでかな?」
「それとね。あたし、女湯であんたの気配を感じたのよ。不思議ね」
「世の中には不思議な事がいっぱいだね」
「そうね…ところで覚悟はできてる?」
「待って、僕の弁明も聞いてよ」
「わかったわ。あんたの弁明を聞いてから処刑してあげる」
 それって弁明を聞くだけだよね。弁明って聞くだけじゃ意味ないからね。

「じゃ、遺言ならいいんじゃない?」
 待って!とにかく落ち着いて。

「いいからこっち向きなさい!」
 姫前さんは僕を力ずくで振り向かせると、僕の股の間に自分の頭を入れた。おいおい、君はなんてところに頭を入れるんだい?姫前さんはそのまま僕を持ち上げるように立ち上がった。この態勢って…。

「…いくわよ」
「まっ……」
 待ってと言う間も無く、2階の踊り場から僕らは1階へダイブした。姫前さんは僕を逆さにすると僕の両足首を両手で掴み両足を僕の両腕に置いて、その態勢で僕らは下に落下した。

 −−−−−−

 翌朝、シスターはまだ安静が必要だった。

「でも、熱はだいぶさがったかな」
 シスターの額に手を当てて熱を測ってみたが、昨夜よりかは熱も下がったみたいだ。

「もう少し安静にしてたら今日中には治るよ」
「ねえ……」
「ん?」
「どうして、さっきから俯いてばっかりなの?」
「ははは…ちょっとね」
 僕は右手で顔を上げた。すると、今度は後ろの方にガクンとなって天井を見上げる形となった。こりゃダメだな。完全に首の骨が折れている。テーピングで固定できるかな。テープあるかな?

「あっ」
 突然、シスターが声を上げた。

「どうした?」
「風邪、治っちゃった」
 ドテーン。僕は椅子から滑り落ちた。えっ?いま?いま治ったの?風邪が治癒する瞬間って初めて見たよ……。





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