『TAKE ME TO POOL』
「プールに行きたい」
「ダメ」
「行きたい」
「ダメ」
「行きたい、行きたい、行きたい!」
「ダメったらダメ」
「ぷうっ」
ふくれてもダメなものはダメ。
「どうしてダメなの?」
行っても泳げないからだよ。朝からシスターがプールに連れて行けとうるさい。そりゃ、こんな暑苦しい日はプールに行って泳ぎたいとは思うよ?泳げたらね。
「カナヅチなの?」
「違う」
「じゃ、なんで泳げないの?」
なんでだろうね。とにかくダメつったらダメだからあきらめろ。すると、シスターが黙ったので本当に諦めたのかと思いきや僕をジト目で見だした。何も言わずにただひたすらと。心理戦に持ち込んだか。何を負けるものか。
「……(ジト目で見るシスター)」
「……(それに耐える僕)」
「……(ジト目で見るシスター)」
「……(それに耐える僕)」
「……(ジト目で見るシスター)」
「……(それに耐える僕)」
……参りました。
「わかったよ。行けばいいんだろ。行けば」
「やったぁ」
ふぅ、やれやれ。どうも僕は押しに弱いらしい。でないと、バニーなんてしないだろうからな。生まれつきの性格のようだ。えっと、確か市民プールがあったな。
「やだ」
どして?
「だって、大きい滑り台が無いもん」
ウォータースライダーか。そういや昨夜テレビでやってたな。それでか急にプールに行きたいと言い出したのは。さて、困ったな。なぜ、困るのかと言うと、僕ら世代がプールに行くとすればやはり設備の大きなところに行くだろう。つまり、僕らがそこへ行くとクラスの誰かと鉢合わせとなりシスターの存在が公(おおやけ)となってしまう危険があるのだ。それはいろいろとまずい。
「市民プールにも滑り台はあるよ」
「くるくるしてないからやだ」
困ったな。シスターはどうしても大きいウォータースライダーで滑りたいという。しょうがないな。誰かと出くわしても親戚の子とでも言っておこう。
−−−−−−−−
ってなわけで、近くのレジャープールにやってきた僕たち。受付で支払いをすませて、シスターは女子更衣室に入って、僕はそのまま彼女を待った。僕は着替えないのかって?遠慮しとくよ。なぜなら……。
「へい、彼女。かわいいね。俺らと一緒に泳がない?」
「……結構です」
シスターを待っている間に何回ナンパされた事か。男の時も男にナンパされるという悍ましい経験をした事はあったが、今日はそれ以上の頻度でナンパされる。見た目はそんなに変わっていないのに。前だったら「僕、男です」という断り文句があったんだが。たまに「それでもいいよ」と返され、さらに背筋が凍る思いをした事もあった。そんな僕だから水着に着替えようと男子更衣室に入ろうとしても係員に止められるだけだし、かといって女子更衣室に入るわけにもいかない。結局、この年で被引率者が楽しそうに泳いでいるのをただ眺める保護者の立場に甘んじるしかないのである。
「わーい」
シスターは楽しそうにウォータースライダーで遊んでいる。シスターは自分がシスターではないと言っていながらも、シスターのコスプレには並々ならぬこだわりがあるようで僕が新しい服を買い与えようとしても断固として拒否するのだ。だから目立ってしょうがない。いまは白のワンピースの水着を着ている。
「僕も泳ぎたいよなぁ」
楽しそうに遊ぶシスターを見てふとそんな衝動に駆られる。でも、泳ぐには女子用水着を着なければならない。もう、女の子なんだからと思われるかもしれないが、人間ってさ他人から見たらしょうもないプライドとかこだわりがあるもんよ。しかし、暇だ。泳ぎたい、遊びたい、せっかく来たレジャー施設を満喫したい。初めて来たんだから楽しみたい……。
「あれ?」
僕は何か違和感みたいなのを感じた。初めて来たはずなのに、一度見た事があるような…いわゆる"既視感"という奴だ。でも、そんなはっきりしたものではない。多分、テレビとか雑誌で見た記憶が既視感として出てきたのだろう。
「よし、泳ごう」
僕の泳ぎたい願望が既視感に似た現象を出したのだろう。学校のプール授業では結局見学で終わってしまったからな。売店に行って水着を買う。
「水着ください」
「どんなのにします?」
「トランクスタイプで」
「はい」
品物と代金を交換する。予想した通り、上までついている。一度も女物と言った覚えはないのに。まあ、女の子になってるんだから間違いではないが。この際、我慢しよう。さて、どこで着替えるか。男子更衣室に行けばパニックになるだろう。その前に係員に阻止されるかもしれない。となると、女子更衣室か…。いまの僕は女の子だから堂々と入ればいい。
「……」
更衣室の前を右往左往する。すると、横から声をかけられた。
「あんた、こんなところで何やってんのよ」
「あ、姫前(きのまえ)さん」
姫前さんが友達3人と立っていた。彼女たちもここに来ていたのか。
「ええと……」
僕は答えに窮した。水着に着替えたいけど、どっちの更衣室にも入れずに困っているなんて言えない。そっと水着が入った袋を後ろに隠す。それを姫前さんに見咎められた。
「いま、何か隠したでしょ。見せなさい」
「いや、なんでもないよ」
「いいから見せなさい!」
無理矢理奪われた。中を検めた姫前さんは呆れたように溜息を吐いて後ろの3人に、
「ごめん、先に行ってて」
「わかった」
「向こうで待ってる」
「程々にしときなさいよ。せめて死なない程度にね」
最後の女子のセリフが気にかかる。どういう意味だ?3人がいなくなると、姫前さんは袋から僕の水着を取り出した。
「だいたいのことは理解したわ。要するに着替えたいけどどっちの更衣室にも入れないから困ってたわけね」
しょうゆうこと。
「あんた、前回胸を隠すような水着を着るくらいなら泳がないみたいな事言ってなかった?」
「そうなんだけど…泳ぎたくなっちゃって」
「まあいいわ。着替える場所がなかったらどこか人がいないところで着替えるしかないわね。あそこがいいわ」
僕は人気のいないところに連れて行かれた。
「誰か来ないか見張っておいてあげるからさっさと着替えなさい」
「ここで着替えるの?」
「他にどこで着替えんのよ。早くしなさい」
「うん、こっち見ないでね」
「見ないわよ!」
女体化したことは彼女にも知られたくない。僕は大急ぎで水着に着替えた。
「どうかな?」
「へえ、よく似合うじゃない。胸の所がタンクトップなのはせめてものプライド?」
「最低限守るべきラインは守らないと」
「女物の水着を着ている時点で全く守られていないけどね」
痛いところをついてくれる。
「ところでさ、あんた一人で来たの?」
「へっ?どうして?」
「だって、こんなところ一人で来るには勇気がいるじゃない。だから誰かと一緒に来たのかなって」
「ええと……」
「来たのね」
まだ何も言ってないよ?
「あんたと何年付き合ってると思ってんのよ。それぐらいわかるわよ」
ふーん。
「で、誰と来たの?」
「誰と?ええと……」
シスターの事は絶対に隠さないと。
「……女ね」
「なんでわかったの?あっ」
あわてて自分の口を塞ぐももう遅い。姫前さんは呆れを通り越して憐みの視線を向けてくる。
「あんたって本当に…まあいいわ。それでその女の子はどこの誰?」
「いや、それは……」
「何よ、あたしに紹介できないような娘なの?」
「そういうわけでは……」
ある。紹介できないような娘だからな。でも、それで姫前さんが納得してくれるとは思えない。
「なんか怪しいわね。あんた、あたしに隠し事したらどうなるか忘れたわけじゃないでしょうね?」
「ううん、そんなわけないじゃない」
「だったら言いなさい」
「それは……」
「生きたくないの?それとも逝きたい?」
ダメだ。これ以上は抗えない。所詮、僕が抗える相手ではないのだ。僕は正直に話した。親戚の子が遊びに来たので連れてきたと。どこが正直にだって?いいんだよ。嘘ってのはバレなきゃ嘘じゃないんだから。
「ふーん、親戚の子ね…」
あれ、気のせいか、姫前さんが不審の目で見ているような。
「あんたんとこって、親戚いないんじゃなかった?」
「えっそうなの?」
「そうなの?って、あんた自分とこの親戚でしょうが」
そうだったのか。
「それで、どこの誰と来ているの。いい加減正直に話さないと血の十字架の紋章(ブラッディー・クロス)の形に秘孔を突くわよ」
万事休すか?でも、シスターの事をどう説明すれば…。困っていると後ろからシスターの声がしてきた。
「あ、いたいた。おーい」
振り返るとシスターが大きく手を振っていた。
「水着に着替えたんだ。じゃ、一緒に遊ぼう」
シスターは僕の手を引っ張り連れて行こうとするが、いまは取り込み中だ。
「……その娘なの?」
「う、うん、まあ……」
どういう知り合い?とか聞かれたらどう答えよう。全くの赤の他人を家に住まわせている理由をどう説明すればいい?
「どういう知り合い?」
「切っても切れない関係!」
ちょっ、シスター、なに腕を振り上げて大声で言っちゃってるんだよ。見なよ、姫前さんから静かな殺気が出ているじゃないか。
「……どういう事?」
いや、その……。
「あんた、ロリコンだったの?」
「違うっ!」
それは、とてつもない誤解でおじゃるよ。
「まあ、いいわ。それよりもあたしに隠し事をしていた事への制裁が先ね」
「……」
ゴクリと唾を飲みこむ。
「本当なら、あんたの頭を180度回転させてやりたいところだけど、その娘に免じてジャン拳グーの刑に減刑してあげるわ。歯ぁ食いしばりなさい。いくわよ、ジャーンケーンッ
グーッ!」
僕は思いっきりグーで殴られた。いや、文字通り殴り飛ばされた。
「痛ててててっ」
何メートル飛ばされただろう。僕を殴ってすっきりしたのか姫前さんはどこかへ行ってしまった。
「大丈夫?」
シスターがしゃがんで顔を覗き込む。命だけは守れたから良しとしよう。
「まあ、なんとかね」
そう答えると、シスターはまたもや僕の手を引っ張り始めた。
「ねえねえ早く遊ぼうよ」
僕がこんな目にあったのはどうしてか考える様子も無い。本当に気ままな娘だな。
「……メグミも近くにいたんだ」
シスターがボソッと何かを呟いた。小声だったのと殴られて腫れている頬を気にしていたのとでよく聞き取れなかった。
「何か言った?」
シスターは何も答えなかった。