『SIDE STORY3』

 夜の神社、パワースポットとして有名な小さな池がある神社だが、その畔に帝政ドイツのヘルメットと軍服にマントという出で立ちの人物が立っていた。その人物は周囲からは“ダークナイト”という称号で呼ばれていた。彼がなぜこんなところにいるのか。それはパワースポット巡りが目的でないことはこんな時間帯での訪問から察しできるだろう。ダークナイトが池に向かって右手をかざすと、池の表面に結界の模様が浮かび上がってきた。ダークナイトは剣を抜くと、それを両手で握りしめて気を込めた。そして、剣を池に向かって振るうと込めた気が光弾となって池の結界に命中して結界は消滅した。

「これで結界が破られたはずだが……」
 剣を鞘におさめてしばし様子を見る。

「結界はまだある、か。これはダミーだったのだな」
 落胆したかのように見えるが、これは想定内なのでさほど落ち込みはしていない。

「ダミーは恐らく一つだけではあるまい。狩人どもも動き出すと見ていいだろう。一人では少しきついな」
 ダークナイトは池から少し離れると、自分の足元に結界を発生させた。その結界から続々と人らしきものが出てきた。黒の全頭マスクと全身タイツ、頭に中世の騎士の兜を絵にした面をつけ、蛇と大きな一つ目が象られたバックルが特徴のベルトを腰にはめている。その数は二十…いや三十は越えようか。

「お前たちはただちに周囲に散ってあの結界を形成している結界を探し出せ」
「「「ディーッ!」」」
 黒ずくめの男たちは整列して直立不動の姿勢を取ると、一斉にダークナイトに向かって右手を右斜め上に突き出す形で敬礼した。そして、これから四方に散って探索に乗り出そうとした時に銃声が響いて一人の頭が破裂した。突然の襲撃に動揺する男たち。ダークナイトだけは平静としていて銃声がした方に視線を向けた。上空から颯爽と降下する一人の少女。その手には古いタイプの小銃が握られていた。銃身が短いソードオフだ。

「怪しい気配がするから見に来てみたら何なの?あんたたちは」
「お前は狩人だな?結界を壊すついでだ。死ね」
「結界を壊す?そうか、あんたたち闇の連中ね。え?でもそれならなんでここにいるの?どうやって結界から出てこれたの?」
「答える義理は無い。こいつは私が片づける。おまえたちは結界を探せ」
 ダークナイトは剣を抜くと部下たちに指示を飛ばした。

「そうはいかないわ」
 一人では多人数には対応できない。少女は銃を置いて両手を胸の前で組んで歌いだした。少女の口から♯や♪といった音符が飛び出してきた。一定の数が出てくると少女の右手には指揮棒が握られていて、少女が指揮者のようにそれを振るうと音符たちは整列して少女と同じ姿の動く人形と姿を変えた。

「あなたたちは雑魚をお願い。絶対に結界を守るのよ」
 こちらも何十体かはある少女の手下たちはダークナイトの部下たちと交戦を開始した。

「さて、あたしたちもおっぱじめましようかっ!」
 少女はダークナイトに向かって発砲した。ダークナイトはそれをかわすと横薙ぎに少女に切りつける。少女は後ろにのけぞってかわすと、ダークナイトから距離を取った。双方の武器の性質から距離を離した方が有利という判断からだ。空に上がってダークナイトに銃を連射する。両手に銃を構えて交互に発砲する。発砲したらループレバーに手を入れたまま銃を回転させてハンマーを起こす。その間にもう片方の銃で発砲する。これで発砲から装填までの間を埋めることができる。全弾撃ち尽くした銃は投棄され、また新たな銃がその手に握られる。

「ふん、小賢しい」
 銃弾を回避しながらダークナイトは少女に迫った。間近に迫ったダークナイトの頭を少女は狙うが、ダークナイトは剣で少女の銃を払いのける。少女はもう片方の銃で撃とうとしたが、その前に襟首を掴まれた。

「とりゃ!」
 少女の襟首を掴んだダークナイトはそのまま彼女を地面に投げつけた。だが、少女は体を回転させて態勢を立て直すと銃を再び出撃させて射撃した。とはいえ、射撃はどうも効果が期待できないようだ。高速で飛翔する銃弾を剣で弾く自体常識外だ。

「あんましこっちは得意じゃないんだけど」
 銃を捨てて新たに銃を出した少女だが、その銃口には銃剣が取り付けられていた。もう片方の手に持った銃にも銃剣が取り付けられている。

「ヤーッ!」
 少女は二丁の銃を順番にダークナイトに向かって投げた。それに続いて少女も飛び上がる。その手にはまた銃剣付きの小銃が握られていた。今度はソードオフではない銃身の長い通常版だ。

「ふん」
 自分に迫ってきた銃をダークナイトは剣で払いのける。一丁目、二丁目と。すると、少女はダークナイトに向かって発砲する。剣で弾く余裕が無いダークナイトは銃弾を回避するが、そこを少女が全速力で突っ込む。

「くっ」
 ダークナイトはすんでのところで銃剣をかわした。今度は少女に隙が生じる。少女の腹に膝蹴りをくらわせる。そして、少女の顔面に鉄拳。ふっ飛ばされた少女に斬りかかる。少女はそれを銃で受け止めるも、力の差は歴然としていた。ダークナイトの剣がじりじりと少女の頭に迫る。

(もうダメ……)
 このままでは力で押し切られてしまう。少女は必死に打開策を考えた。そして、自分たちが空に浮いている状態であることに活路を見出した。体を自由落下させることで窮地を脱しようというのだ。

(よーし)
 飛行態勢を解除するには気を緩めなければならない。それは力を抜くと一緒で下手すれば体が落下する前に斬られてしまう危険があった。一か八かだった。

「ぬっ?」
 急に手応えがなくなったのでダークナイトは剣を止めた。その間に少女は落下する事でダークナイトから離れた。脱出に成功したのである。

「やっぱし接近戦は分が悪いようね」
 しかし、射撃では攻撃がヒットしないのは明らかとなっている。セミオートマチックですらない古めかしい銃でなんとか攻撃の合間のロスを埋めようと鍛錬を重ねてきた少女だったが、ダークナイトはセミオートどころか機関銃レベルの発射速度でなければ有効打を期待できない強敵だった。

「どうやら実力の違いがよくわかったようだな。だが、もう遅い。お前は死ぬのだ!」
 ダークナイトは地上に降りると少女に猛攻を仕掛けた。パワーも技量も武器でさえも自分よりも上である敵の攻撃に少女は防戦一方となった。

「このままじゃ……」
 敵を甘く見過ぎたのが過ちだった。しかし、その事を責めるのは酷だろう。少女がいままで出会った敵とは比較にならないくらいの強さだからだ。それほどの強さの敵との遭遇を想定できなかったのも無理はない。だが、尚のこと少女は負けられなかった。これだけの強さの戦士が送り込まれてきたということは、闇の勢力が本格的な侵攻を開始しようとしている事に他ならないからだ。

「それだけはさせない、絶対!」
 振り下ろされる剣を二丁の銃で受け止めて一時的に相手を攻撃を封じた少女は、銃を捨てて再びダークナイトから距離を取って木の上にジャンプした。

「あなただけは絶対に倒す!」
 銃剣付きの銃を左右の手に持ち、それを上に突き出す。

「何の真似だ?」
 少女の行動をダークナイトは訝しむ。

「もう止めておけ。いまなら見逃してやろう」
 今回の任務はこっちの世界と向こうの世界の往来を著しく制限している結界を破壊する事だから、少女を見逃しても失点にはならない。

「ふん、誰が!」
 少女は言い捨てると残っているパワーをすべて開放した。

「全てを擲ってまでこのダークナイトを倒そうというのか。いいだろう、ならばこちらも力を尽くして受けて立とう」
 相手の覚悟に敬意を表してダークナイトは少女の命を懸けた攻撃を全力で受けて立つことにした。剣を垂直に構えて気を集中させる。その間に少女は空高くジャンプして激しくスピンしながらダークナイトめがけて落下した。それはまさに光の矢だった。狙うはダークナイトの心臓。高速で迫る少女に対応するタイミングを少しでも誤ればダークナイトは致命傷を負ってしまうだろう。だが、ダークナイトは自分がそんな下らないミスを犯すとは微塵も思っていなかった。つまり、この時点でもう既にダークナイトにとっては戦いは終わったも同然なのだ。果たして、ダークナイトの剣は少女を捉えた。後は少女の体が斬られるのみ。だが、ここで想いもよらぬ事が起きてしまった。なんと、少女の銃剣と激しくぶつかったダークナイトの剣が折られてしまったのだ。

「なっ……」
 全くの想定外にさしものダークナイトも呆然となった。だが、すぐに気を取り直すと弾かれてクルクル回転しながら落下する少女を再び折れた剣で跳ね上げた。それを何度も繰り返す。もう少女に自分の体を思うように動かす力はない。

「トドメだ!」
 スピンしながら落下する少女を斬りつけてさらに回転速度を上げさせる。ものすごい回転をしながら少女は頭から地面に落下した。ドリルのように地面に穴を開けて上半身のほとんどを地面に埋まった状態で少女は止まった。

「このダークナイトの剣を折ったまでは見事だったが、そこまでが限界だったな」
 少女は返事するどころかピクリとも動かない。もう動くことは無いだろうとダークナイトはその場を去ろうとした。まだ、やるべき事が残っている。上半身が埋まっている少女を背にダークナイトは歩き始める。と、少し歩いたところでダークナイトは動きを止めた。後ろの方で音がしたので振り返ると、なんと少女が立ち上がっているではないか。

「バ、バカな…あれだけ地面に激突していて……」
 少女の思わぬ不死身っぷりにダークナイトは久しぶりに恐怖を感じて後ずさりした。彼が敵を前にして一歩でも後退するのは何十年ぶりかの事であろう。常識的に少女が生きているはずはない。よしんば生きていたとしても起き上がることなんてありえない。それが起き上がってきたのだからダークナイトならずとも恐怖を感じるだろう。だが、ダークナイトの抱いた恐怖はすぐに憎悪へと変わった。“ダークナイト”の称号は帝国軍一の勇者のみに賜れるものであり、敵に臆する事は絶対にあってはならないのだ。一歩でも後ろに下がった時点でダークナイトのダークナイトとしての自尊心は微塵に砕かれた。自分は決して戦死する事は無いと周囲に豪語していただけにそのショックは大きかった。

「この死にぞこないがっ!」
 激昂したダークナイトは少女に剣を振り下ろした。少女は避けるどころか受け止めようともしない。

「……」
 何も思ったのかダークナイトは寸前で剣を止めた。そして、少女を凝視すると剣を下ろしてしまった。その間、少女は微動だにしなかった。まったく動く気配は無い。まるでもう動く事が無いかのように。そう、少女は立ったままKOされていたのだ。やはり少女は地面に落ちた時点で死んでいたのだ。

「死しても尚立ち上がるとは。敵ながら見上げた奴よ……」
 さっきまでの憎悪とは打って変わってダークナイトの言葉には相手に対する敬意が見られた。

「この世界の勇士の首級、謹んで頂戴する」
 ダークナイトは折れた剣で少女の首を刎ねた。少女の体は首があった場所から勢いよく血を噴き出して両膝を地面についてから前のめりに倒れた。地面に転がっている少女の首を拾ったダークナイトはそれを高々と掲げた。

「大帝へのいい土産ができたな」
 邪魔者は消えた。少女が死んだ事で彼女の分身たちも消えている。ダークナイトの配下も半分くらいが倒されているが問題は無い。結界を形成している結界を破壊してこっちの世界と向こうの世界の交通規制を撤廃させる。それが今回のダークナイトの任務だ。ところが、その結界にはダミーがいくつか作られているようで、どれが本物かわからないので一つずつ確かめるしかない。部下たちの捜索で近辺に結界は6つあることが判明した。さらにわかったことは、これは最後の最後でわかったのだが結界はすべて本物だったということだ。要するにすべての結界を破壊しないと学校に張られている結界は消えないという事だ。すべての結界を破壊するのはさすがに骨が折れたが、どうにか朝日が昇るまでに結界を破壊することができた。任務が完了してダークナイトは闇の世界にもどった。こちらがわの人間はまだ誰一人として気づいていないが、この瞬間をもってこちらの世界とむこうの世界の戦争が始まったのである。それは、こちらの世界にとっては終わりの始まりでもあった。

 −−−−−−

「例の狩人の行方はいまだつかめておりません」
「……」
 ダークロードに昇格したばかりのダークナイトは部下からの報告を上の空で聞いていた。

「あの、聞いておられます?」
「へっ?あ、ああ、ご苦労」
「何かあったのですか?ここ最近お元気が無いようですが」
「いや、何でもない。報告ご苦労、下がれ」
「はっ」
 部下を退出させるとダークナイトいやダークロードは椅子に深くもたれかかった。部下の指摘したとおり、ダークロードはここ最近何事に関してもやる気が見られなかった。大事な会議の時でもボーっとしていたりしてアンドノエフ最高幹部会議議長に注意された事もあった。

「どうしちゃったんだろうか私は…」
 こんなにやる気が出ないのはダークナイトになってから初めてだ。彼女は右手を胸にあてた。

「あれから心にぽっかりと穴があいたようなそんな気分……」
 あれからとは前回、みちるを葬った時のことである。ずっと恨みに思っていた仇敵を葬って本懐を遂げたと思ったら今度は無気力症候群である。

「これってひょっとして燃え尽き症候群って奴?」
 ダークロードは自分で思い当たる事があった。これまで彼女はみちるに復讐する事しか考えてなかった。復讐を果たした後のことなんて何も考えていなかったのである。無論、仕事はまだある。みちるが自分の命を犠牲にしてまで逃がした若いハンターを探し出して殺さなくてはならない。すべてのハンターを始末するのがダークロードに与えられた第一の使命だからである。にも関わらず、ハンターの捜索は部下に任せっきりでここ数日ろくに仕事をしていない。

「あのハンターはみちるよりもはるかに実力が下だし、私が出て行かなくてもなんとかなるだろうし…」
 と先日、大帝に言ったら怒られた。その時、大帝にこんな事を言われた。みちるを死なせた事を後悔しているのではないのか、と。ダークロードは一瞬、言葉に詰まったがちゃんと否定した。

「後悔なんてするわけがない。私をずっと人間だと騙していた女を殺したぐらいで」
 しかし、その一方で別の疑念が生じる。ならば、自分はいったい何者なのかと。人間でも闇の住人でもない。そもそも殺されても死なない自分は生物と言えるのだろうか。いわゆる不老不死という奴である。死なないというのは他人から見たら羨望の的だろう。しかし、当人にとってみたら永遠というものに一抹の不安があった。何か言い様の無い不安が……。




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