『DOUBTFUL SIGN』

 朝、弁当を作っていると姉さんが起きてきた。姉さんは作りかけの弁当を覗き込むと、

「今日はお弁当一つなの?」
 あれ?姉さんも弁当いるの?

「違うわよ。昨日は二つ作ってたじゃない」
「あれは作りすぎたから友達にあげようと思っただけだよ」
 そう毎日他人の弁当を作ってやるほど僕ちんは暇じゃない。そう言うと、姉さんは何やら考えるポーズをした。

「まだ時間はあるわよね。もう一個作りなさい」
「でも、さっきいらないって」
「私のじゃなくて、その昨日のお友達に作ってあげなさいって言ってんのよ。昨日、家にあげた子でしょ?お弁当作ってあげたのって」
 そうだけど…なんで今日も作らなきゃならないんだ?

「女の子のポイントアップの方法の一つよ。男の子にお弁当作ってあげるのは」
「別にポイントを稼ぐ必要性は微塵も感じない……」
「作りなさい。いいわね?」
「イエス、ボス」
「よろしい」
 ボスの命令は絶対だ。でも、作る気が無かったのを作るのも面倒だな。よし、箱いっぱいにご飯を盛って真ん中に梅干しを乗せる。俗に言う“日の丸弁当”だ。

「駄目よ。こんなの」
「日の丸弁当って広島の女子高が起源らしいよ。だから、立派な女の子の作った……」
 姉のニコッとした顔を見て僕は言葉を中断した。

「作りなおりなさい」
「はい」
 笑顔の裏に見え隠れする殺気のオーラに僕は自分の意見を取り下げた。素直って美徳だよね。でもな、新しく作るにしても材料が無いな。おにぎりの素があるからおにぎりにしよう。具は梅と鰹節と昆布だ。 これを一個ずつ海苔で包んで、たくあんを添えて竹の皮で包装する。

「む、なかなかやるわね」
 今度は姉上のお気に召したようだ。

「でも、そのボケが通用するのは一回だけよ。わかってるわね?」
 わかってるよ。

 −−−−−−

 学校に着いた僕は玄関に近づくにつれ下駄箱に異変が起きていることに気づいた。誰かの下駄箱に大量の封筒が扉が閉まらないぐらい詰め込まれているのだ。そして、さらに近づくにつれそれが誰の下駄箱かわかってきた。僕の下駄箱だ。

「……」
 僕の上履きが封筒の山に隠れて見えない。どうしたものかと思案してみたが、どう考えても答えは同じだった。僕は封筒を全部集めるとそのまま焼却炉へ持って行った。

「ちょい待てーい!」
 と、僕を呼び止めたのは昨年度は同じクラスで今年度は違うクラスだった西尾源五郎だ。通称“源さん”。どうでもいいが日曜大工が趣味だったりする。

「なんだよ」
「お前、それ全部燃やす気か?」
「そうだよ。それがどうした?」
「お前な?それ書いた奴の気持ちを考えてみろよ」
 書いた奴の気持ち?自分の都合ばかり考えて、相手の迷惑になる事も考えないような輩の気持ちを慮る義理があるのか?僕は問答無用に封筒をすべて焼却炉に放り込んだ。僕は西尾を見て、

「まさか、この中にお前が書いたのもあるって言わないよな?」
「いや、俺は書いていない」
 ならいい。お前は正常だ。さて、校舎に上がるか。教室に入ると僕を見るなりそわそわする挙動不審な奴がチラホラと。あえて気づかないふりして自分の机に向かう。机の上に鞄を置いたところで佐藤が声をかけてきた。

「よう」
「おう」
 僕らの挨拶はいつもこれだけだ。前に佐藤に「おはよう」と挨拶したら、「ん?」みたいな反応が返ってきたので訊いたらそういう事になっていたらしい。いつもなら、これで終わるのだが今日は違った。佐藤が僕に顔を近づけてきて、
「なあ、下駄箱の奴どうした?」
 多分、あの封筒を言っているのだろう。

「燃やした」
 正直に答えると佐藤は「ええ?」みたいな顔で引いた。なんだよ。

「マジか?」
「ああ、参ったよ。人の下駄箱をゴミ箱か何かと勘違いしてるんだ。いらなくなった封筒を入れるなんて。だから、代わりに燃やしてやった」
「…お前、アレが何かわかってるんだろ?」
「封筒」
 それしか無いと思っていたが違うのか?

「間違ってはいないが…まあ俺にはどうでもいい事だけどな」
 そう、どうでもいいんだよ。前にも言ったがこの学校には結構美人が多い。凡人だらけの男からしたらまさに高嶺の花だ。だからって僕のところに来られても困る。僕が男に靡くとでも思っているのだろうか。あ、そうだ、忘れてた。

「今日も弁当つ…ムグッ!?」
 いきなり佐藤に口を塞がれた。なんだなんだ?佐藤が手を離すと同時に抗議する。

「何の真似だ?」
「すまん。弁当を作ってきてくれたんだな」
「そうだけど、なんで小声なんだ?」
 そして、なんで顔に手を当てて「まったく、こいつは」みたいな態度取ってんだ?

 −−−−−−

 この日も昼食は屋上だった。僕としては芝生の上で食べたかったのだが人目につくという理由で却下された。なんでコソコソ隠れて弁当食わにゃならんのだ。とりあえず「ほい」と佐藤に弁当を渡す。竹の皮で包まれたおにぎりとたくあんだけという弁当に、佐藤がどうリアクションするか期待しながら見る。

「……」
 佐藤はどうリアクションしていいかわからない顔をしている。しまった、奴には荷が重すぎたか。佐藤はどちらかと言うと真面目に属する生徒で、こうしたボケに対するツッコミの技量などは持ち合わせてはいなかったようだ。

「とりあえず喰おうぜ」
 期待したリアクションは見れなかったが、それはもうしょうがない。

「そうだな。いただきます」
「いただきます」
 ここで僕と佐藤の弁当を比較する。ボリュームは佐藤の方が上だが、バリエーションは僕の方が豊富だ。

「口開けてみて」
「ん?」
 開いた佐藤の口にミートボールを入れてやる。

「な、なんだよ」
「どう?」
「どうって、まあおいしいけどさ。そういうのやめてくれないか?」
「だって、お前箸無いじゃん」
 ほれ、プチトマトもどうだ?

「それは手で食べられるから…」
 と、佐藤はプチトマトを手で摘まんで食べた。

「やっぱり、おにぎりだけじゃ物足りなかったかな?」
「いや、結構大きいから食べごたえあるし、それにおにぎりは女の子がにぎった方がおいしいっていうからな」
「そうなのか?」
 それは初耳だ。なるほど、またひとつお利口さんになったな。あ、ちょっと待て。僕はハンカチで佐藤の口元についたご飯粒を取ってやった。

「よ、よせよ。子供じゃないんだからさ」
「あ、ごめん」
 いつもシスターにしてあげてるからついやっちゃった。そんなに赤くなる事ないだろ。そりゃ子ども扱いされたら恥ずかしいだろうけどさ。ん?そんな思いつめた顔してどうした?

「なあ、もう弁当を作って来てくれるのはやめてくれないか?一緒に昼飯を食うのもしばらく止めにしよう」
「どして?」
「だって誤解されるだろ」
「……そうか」
 考えないようにはしていたが、やはり女の子に弁当を作ってもらって一緒に昼食をとるってのは周囲から見れば誤解を招く行動だな。

「配慮が欠けていたようだ。もうこれっきりにしよう」
「すまん…」
 いいよ。それより早く食べて教室に戻ろうぜ。

 −−−−−−

 放課後。昼食時の事で佐藤と一緒に帰りづらくなった僕はみちると帰る事にした。ところが、みちるは今日も用事があるらしい。

「ごめんね。悪いけど今日も佐藤と帰って」
「……」
「どうしたの?もしかして佐藤と喧嘩でもした?」
「まあ…そんなところ」
「へえ、あんたらでもケンカするんだ。困ったわね。他に安心してあんたを託せる人なんて…」
 該当する人物を思案している様子のみちるだが、なかなか見つけるのは難しいようだ。僕だって友達がみちるや佐藤だけってことは無い。そんなに考え込まなければならないほど友達が少ないわけではない。

「木下や工藤でもいいよ」
 僕はそう提案したが、にべもなく却下された。

「だって、あいつら生まれてから彼女できたこと無いでしょ。かわいい女の子と一緒に帰るとなったら理性を保つという保証は無いわ」
 そんな野獣みたいに…。いくらなんでもクラスメートを信用しなさすぎでしょ。

「それだけじゃないわ。あんたの無防備さも問題なのよ。あんたに女としての自覚が芽生えるまで一人で帰る事は許しません」
 バーブー!

「いいわね?」
「ラジャ」
 そんな殺気のこもった笑顔で念押ししなくてもいいのに。でも参ったな。佐藤に一緒に帰ってなんて言いづらいし、みちるの用事が終わるまで待つことにしよう。その事を言おうとしたら、みちるはすでにスタスタと歩き去っていた。用が終わったら即かよ。いいよ、教室で待つから。用事なんて一時間で終わるだろう。おとなしく自分の席に座って待つ。ただ待ってるだけなのも何だから今日の復習でもするか。教科書とノートを広げて……Zzzzz。

 −−−−−−

 はっ、寝てしまった。ガバッと起きると外はすっかり暗くなっていた。何時だ?時計を見ると10時を回ったところだ。みちるも薄情だな。僕を置き去りにして一人で帰るな…あれ?まだ鞄がある。忘れて帰ったのかな?いや、それは無いと思う。まだ学校にいる?こんな時間に?いったい、用事ってなんだ?

「一人で帰るしかないか……」
 問題は見回りの教師たちに見つからずに学校を出られるかだ。どういうわけか、うちの学校は生徒が夜間に学校に入るのを厳禁している。ただ禁止しているだけではない。何人かの教師が周囲を巡回するほど警戒が厳重なのだ。なぜそこまでするかはわからない。忘れ物があるからと行っても絶対に中に入れてくれないらしい。もし、許可なく校舎に入ると問答無用に退学になるとか。でも、みちるだってまだ学校にいるはずだ。この学校が夜間に外部からの進入を厳禁しているくらい彼女だって知っているはずだ。とにかく、教室から出よう。それにしても、よく見回りの警備員に見つからなかったものだな。外があれだけ厳戒だったら内も同じくらい警戒厳重だろうから慎重に進む。しかし…。

「? 人の気配が無い?」
 人の話し声も人が歩く音もまったくしない。闇の静寂だけがあるのみ。窓から他の場所を確認してみる。夜中に巡回するなら懐中電灯を携行しているはずだ。しかし、その光も見当たらない。誰もいないのかな?みちるも?

「でも…何かの気配はあるんだけど」
 いままで感じたことの無いような気配。なんだろう怖い気配だ。そう、お化けでも出そうな。女の子になったからか怖がりになってしまったようだ。前よりも明らかにか弱くなった我が身を抱いて廊下を歩く。早くここから出よう……。

「……」
 気のせいか後ろに気配を感じる。誰?みちる?警備員?先生?いや違う。誰であろうとこんな時間に生徒が校舎にいたら注意するはずである。嫌な予感がする。冷や汗だらだら。さて、どうするか。
A.逃げる
B.振り返る

 そして、振り返れば奴がいた。





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