『CLOSE FRIEND』

 昼食時間になって佐藤は保健室からもどってきた。

「大丈夫か?」
「ああ。なんとかな」
 そりゃ結構。んじゃ外にでも出て弁当食おうや。ほれ。

「なんだ?」
「お前の分の弁当」
「なっ!?」
 何をそんなに驚く?前にも作ってきてやった事あったろ。

「いや、しかしだな…その…」
 あんだよ。つべこべ言ってないで行こうぜ。どこがいい?校庭でも行くか?

「そうだな…人気が無いところがいいな。屋上はどうだ?」
 屋上?じゃ屋上にしよう。では、と椅子から立ち上がろうとしたら佐藤が制止した。

「ちょっと待て」
「なんだ?」
「まず、俺が行く。少ししてからお前も来てくれ。誰にも見つからずにな」
「は?なんでそんな面倒な事をするんだ?」
「俺の命を危険にさらさないためにだよ」
 ?なんのこっちゃ。ふざけているかと思ったが目は真剣だ。ここは言うとおりにしよう。佐藤が出て行ってから2分くらいして僕も弁当を持って教室を出た。屋上に上がる階段へ移動中に横から声をかけられた。

「あれ?君うちの生徒だったんだ」
 振り向くといつぞやの少女がいた。大食い大会で会ったショートカットの娘だ。同じ学校の生徒だったのか。しかも、赤。なるほどいままで見かけなかったわけだ。

「こないだはどうも」
「こちらこそ。ところでどこ行くの?弁当箱持ってさ」
「屋上で食べよう…あ」
 しまった、口止めされてたのに。でも、いいか。

「ひょっとして彼氏と?」
「ううん、友達」
 ここは否定しておかないと佐藤も迷惑だろうからな。それよりもなぜ赤がこの校舎にいるんだ?口にはしなかったものの、そんな疑念の目を向けていたのだろう。彼女は説明してくれた。

「今日はここの友達と一緒にお弁当食べる約束してたんだよ。じゃ、友達待ってるからボクはこれで失礼するよ」
 赤と友達になれるような生徒がいるのか。どんな奴だろう。多分、女の子だろう。いや、ボーイッシュな彼女だから案外男友達かもしんにゃいな。彼女と別れて屋上に上がるとすでに佐藤が弁当箱を広げていた。僕が姿を見せると佐藤は僕の後ろに誰かいないか確認した。

「どうしたんだよ?」
「誰にも見られなかっただろうな?」
「赤の女の子以外は誰にも」
「赤か…赤なら大丈夫だな」
 なにをそんなに心配してるんだ?それよりも弁当を食べよう。僕も弁当箱を開ける。

「なんだ、随分と小さい弁当箱だな。それに中身も前みたいなドカ弁じゃなくて女の子みたいなヘルシー弁当だし。どうしたんだ?」
「ちょっとね、食が細くなっちゃったんだよ」
 なにしろずっと摂食を余儀なくされていたからな。胃袋もそりゃ小さくなっちゃうだろうよ。とにかく食べよう。いただきマウス。

「うまい。さすがにずっと一人暮らししてただけの事はあるな。前に弁当作ってもらった時よりも上達してる」
「そりゃどうも」
 こう見えても料理は好きだったりする。得意料理はカップ麺だ。それは料理じゃないって?いいんだよ細かい事は気にしなくて。弁当を食べ終えたらお茶で一息。昼休みが終わるまでここで雑談して過ごす。

「なあ、お前ってずっと前から女になっててそれを隠してたんだろ?なんで今頃になって公表したんだよ。隠したままなら今日みたいなややこしい事にもならなかったのによ」
 それはもっともな意見だね。

「やっぱし、まずかったかな?」
「そりゃあな。余計な混乱を招いただけだからな」
 手厳しいな。

「僕だってできたら隠し通したかった。でも、そうも言ってられなくなったんだ」
「なんだ?」
「実は……胸が大きくなってきてるんだ」
「ぶはっ、ゲホッ!ゲホッ!」
 何、お茶でむせてんだよ。こっちが真剣に話している時に。

「大丈夫か?お茶ぐらい落ち着いて飲めよ」
「バカ、お前がいきなり変な話するからだろ」
 あんだよ、ひょっとして嘘だとでも思っているのか?だったら証拠を見してやる。僕はブラウスを脱いでシャツのボタンに手をかけた。

「バカ!いい、そんな事しなくていい、わかったから!」
 佐藤が慌てた様子で制止するので止めた。

「ったく、今日はもうもどろうぜ」
 待ってよ。僕は佐藤の後に続いて屋上を後にした。教室に戻る途中で同じく教室に戻る途中と思われるみちるを発見した。

「あんたらもお弁当を食べた帰り?」
「そうだよ」
「ふーん…」
 みちるは僕と佐藤を観察するかのようにジーーと見比べていた。どしたの?

「まあ、佐藤なら安心ね」
 どゆこと?

「佐藤、あんた友達なんだからこの娘の事、ちゃんと守ってやんないとダメよ。言っておくけど、もしあんたが変な気起こしたら、この娘のお姉さんとでクロスボンバーで あんたの顔面の皮剥いでやるから覚悟しなさい」
「わかってるよ」
 わかっていないのは僕。変な気って何の気?気になる気?

「観ての通り、この娘は抜けているところがあるから周りにいる人間が注意してやらないと」
 なっ、失礼な。僕だって自分のことぐらい自分でできるさ。ふんだ。

「だったらいいけど…って、ちょっと!?」
 いきなり大声出したと思ったらみちるが僕のスカートの後ろをパンパンした。

「あんた、スカートが捲れちゃってたわよ」
「えっ?」
 全然気づかなかった。

「佐藤、あんた一緒にいて気づかなかったの?」
「いや、俺はずっと前を歩いていたから」
「まったく…いい?スカートの裾には注意しなさいよ。わかった?」
「うん、わかった」
「本当にあんたは…佐藤、もしかして後ろを歩いてたら良かったなんて思ってないでしょうね?」
「バカ、そんなわけないだろ」
「どうだか。あんたも男だからね。あ、そうだ、今日一緒に帰る予定だったけど急用ができて学校に残らなきゃいけなくなったの。悪いけど佐藤と一緒に帰って。佐藤、頼んだわよ」
「ああ、わかった」
「いや、いいよ。一人で帰るから」
「駄目よ。しばらくはあたしか佐藤と一緒に帰ること。わかった?」
「そんな、小さい子じゃあるまいし」
「わかった?」
 みちるは小さい子に言い聞かせるような感じで諭すが、僕はその背後に殺気に似た気を感じた。

「ラジャ」
 プライドよりもライフが大事だよね。素直なのが僕の数少ない取り柄だ。

 −−−−−−

 放課後、言われた通り二人で帰る事にする。

「悪いね」
「いいさ。俺もお前の事が心配だからな」
 あんだよ。お前まで僕を子ども扱いするのか?

「……お前は本当に自分の置かれている立場がわかってないんだな」
 呆れたと言わんばかりにため息を吐く佐藤。なんかバカにされている気分。ちょっとムスッとした気分で歩いていると丁字路に差し掛かった。この丁字路をまっすぐ行けば僕の家、横に行けば佐藤の家への帰路となる。つまり、ここで僕たちは別れる。

「じゃあな。また明日」
 と、いつもならこれで別れるのだが、どうしたことか佐藤がついてくるではないか。

「どうしたんだよ?お前ん家あっちだろ」
「姫前にお前を家まで送るように言われているからな」
「別にいいよ、そんなの」
「駄目だ。お前を一人で帰らせてもし万が一の事があったら俺の顔面が剥されてしまう」
 なんだ、まだあの冗談を真に受けているのか?

「お前、あいつが冗談言ってると思うか?」
 うんにゃ。彼女に二言は無い。やると言った事はやる主義の男よりも男らしい女傑だ。

「でも、大丈夫だよ。一人で帰れるからさ。僕ん家まで行ったら遠回りになるだろ」
「構わないさ。今日の弁当のお返しだとでも思ってくれ」
「お前がいいならいいけどさ。でも、僕強いよ?誰かに襲われたとしても返り討ちにする自信がある」
「その華奢な体でか?」
「確かに腕力や体力は低下しているけど、その代わりに魔法が使えるようになったからね」
「なんだそれ?魔法少女ってか?」
「うーん、魔法ってのは僕が勝手にそう言っているだけだから、実際に何と呼べばいいかはわからない。だから僕が魔法少女かどうかもわからないな」
「そんな風に言われると本当っぽく聞こえるな」
「なんだよ、嘘だと思っているのか?」
「本当なのか?」
「どうかね」
「なんだよ、それ」
 みたいな雑談していたら結局、家まで送ってもらっていた。

「じゃ、俺はこれで」
 待ちんしゃい。家まで送ってもらったのにこのまま返したのでは不義理というもの。お茶ぐらいいかがかな?

「ん?いいのか?」
 いいから言ってんだよ。

「じゃ、お言葉に甘えて」
 どうぞどうぞ。ピンポーン♪ただいまーっ。

「お帰りーっ」
 シスターが出迎える。

「あれ?この娘は?」
 そっか、佐藤は初めてだったな。うちの居候だ。シスターにも佐藤を紹介する。

「シスター、こいつは僕の親友の佐藤だ」
「ふーん、普通の友達もいるんだ」
 と、シスターは佐藤をジロジロ。

「姉さんは?」
「お買いもの行った」
「そう、まあとにかく上がってくれ」
「お邪魔しまーす」
 佐藤をリビングに誘導する。

「コーヒーでいいか?」
「なんでもいいよ」
「私はココア!」
 はいはい。コーヒー二つとココアを用意して配膳する。テーブルを挟んで僕とシスターが同じソファに佐藤が向かい側のソファに座る。シスター服を着た少女が物珍しいのか、佐藤は僕と会話しながらもチラチラとシスターの方を見ている。

「なあ、なんでシスターさんが居候してるんだ?」
 佐藤はそう僕の耳元でシスターに聞こえないように尋ねる。

「説明すると長くなるから勝手に推測してくれ」
 こいつらには僕がなぜ女体化したか言ってないからな。

「じゃ、俺そろそろ帰るわ」
 え、もう?なんだよ、せっかちくんだな。もうちょっとゆっくりしていけよ。

「いや、もういい。帰る」
 ひょっとして、何か粗相でもあった?

「そうじゃない。ただ、落ち着かなくてな」
 それは奇怪な事を申される。前にも来たことあるじゃないか。

「あの時といまは違うだろ」
「どう違うんだ?別に家の造りは変わってないよ」
「もういい。とにかく帰るから。コーヒーさんきゅな」
 なんだか知らないが佐藤は慌ただしく出て行った。

「どうしたの?あの人」
「さあ。シスターがいたから緊張しちゃったのかな」
 ただのコスプレシスターだって事を教えてやった方が良かったかな。

「ふーん」
 興味なさげにシスターは残っていたココアを飲み干した。

 −−−−−−

 それからしばらくして姉さんが帰ってきた。

「あら?お客さん来てたの?」
 テーブルに置いてあったカップの数を見て姉が尋ねる。

「うん、同じクラスの佐藤が来てたんだ」
「佐藤くんが?」
 知ってんだ。そうか、佐藤は僕とは中学からの付き合いって言ってたから姉さんが知っていても不思議ではない。不思議なのは姉さんが顎に手を当てて何か考え込んでいる事だ。

「今度、佐藤君を家に紹介しなさい」
「なんで?」
「いいから。いいわね?」
「う、うん、わかった」
 わけわかんないけど、とりあえず頷く。でも、今日の奴の様子からして誘っても来てくれるかなぁ。





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