『ART OF CONCEALMENT AND ESPIONAGE』

「と、こうこうこういうわけで今日から女子として一緒に勉強することになる。皆、いままでどおり仲良くな」
 先生の説明が終わると教室内はざわざわし始めた。そりゃそうだろう。いくら前もって連絡が行っているとはいえ、クラスメートが性転換したなんて冗談にしか聞こえない。それが目の前の現実としてあるんだからざわつくのも当然だ。

「あいつ、やっぱり女だったんだ」
「でも、女になったって言ってんだろ?」
「バカ、男から女になるってそんなのあるわけないだろ」
「どっちにしても、かわいいからいいや」
 いろんな会話が漏れ聞こえてくるが否定も肯定もしない。あまりにも常識はずれなので何を言っても無駄だ。

「ほら、静かにしろ。HR始めるぞ。お前も席に着け」
「あ、はい」
 自分の席に向かう。僕が席に着くのを確認して先生がHRを始めた。

「えー、今日のHRは予定を変更することにした」
 と、先生はチョークを持って黒板に僕の名前とその横にトイレ、更衣室と書いていき、その下に男、女、男、女と書き加えた。そう、議題は僕がトイレや更衣室を使用するときに男女どちらを使うべきかである。

「まあ、いきなりクラスメートが男から女になったって聞かされたら戸惑うよな。でも、決めないといけないものは決めておかないとな。まずはトイレからだ。いままでどおり男子 トイレでいいと思う者は手を挙げて。…下ろして。次に女子トイレに行くべきと思う者手を挙げて。…よし下ろせ」
 男子トイレ派は女子全員、女子トイレ派は男子全員となった。ちょうど半々だ。次に先生は更衣室の議決を取った。今度は男女ともに棄権が続出した。特に男子の方に棄権が多かった。

「まいったな。これじゃ採決にならないぞ」
 先生が頭を抱える。ちなみに僕には投票権は無い。採決に至らなかったので議論が展開された。

「女になったんだから女子トイレに行くのが当然だろ」
「嫌よ。元は男なんだから男子トイレに行くべきじゃない。男子トイレだって全室個室だから問題無いじゃない」
「でも、女子の制服着た奴が男子トイレに入るのは外聞が悪くならないか?」
「更衣室の方はどうする?」
「女になったと言っても中身は男なんでしょ。一緒に着替えるのはちょっと…」
「でも、男子更衣室にしちゃうのは獲物を飢えた野獣の群れに放り込むようなものよ」
「俺達はそんなスケベじゃねえ!」
「だったら、なんでさっき棄権したのよ。そう思うなら女子更衣室の方に手を挙げりゃいいじゃない」
「そ、それは……」
 議論は平行線のままHRは終了した。

「とりあえず、しばらくはトイレは職員用のを使え。先生方には言っておくから。更衣室の方はあとで考えよう」
 という先生の暫定案によって僕は用を足すのに職員用トイレまで足を運ばなくてはならなくなった。ここからだと、ちょっと遠いんだよな。

 −−−−−−

 4時間目は体育だった。どっちの更衣室に行けばいいか先生に尋ねに行くと、

「男子も女子も更衣室に行くんだから誰もいない教室で着替えたらどうだ?」
 なる返答をいただいた。しょうがないのでクラスメートが全員教室を出てから着替える事にした。

「誰もいなくなったな」
 では着替えよう。ブラウスを脱いでスカートに手をかける。次にフックを外してスカートを脱いで最後にカッターシャツを脱ぐ。そして、体操服に手を伸ばしたところで廊下の方から誰かの注意する声が聞こえた。

「あんたたち、なにやってんの!?」
「や、やべっ」
「逃げろっ」
 多分、廊下で男子生徒がろくでもないことをしていて、それを女性教諭に見咎められたのだろう。僕には関係ないと着替えの続きをしようとしたら、教室の戸が開いて誰かと思ったら女性教諭だった。物理の先生だ。

「うあっ!?」
 僕は慌てて服を手に取った。

「す、すいません、すぐに服着ますから!」
「構わないわよ。女同士なんだから」
「えっ?あ、そうか」
 でも、大人の女性に裸を見られるのは恥ずかしいので急いで服を着る。

「先生、何か用ですか?」
「ううん、さっき男子たちがこの教室を覗いてたから何があるのかなって思っただけ」
「覗くって、覗くようなものなんてここには…」
 ここにいるのは僕だけだ。って、僕が覗かれてたの?

「でも、なんで僕なんか…元は男なのに」
「いまは女の子でしょ。ちょっと無防備すぎるわね」
「す、すみません…」
「ついこないだまで男の子だったから無理もないと思うけど、もう少し自覚してね」
「はい…」
 なんで怒られているんだ?ただ普通に着替えてただけなのに。心中にモヤモヤしたものを抱きながら教室を出た僕は肝心な事に気づいた。どっちに行けばいいんだ?体操着は男物だ。女物を揃える時間がなかった。じゃ、男子組の方に行けばいいんだな。今日の男子の体育は特別講師を招いての特別講習だ。何の特別講習だろう。グラウンドに行ってみると、既に他の男子は集まっていた。僕が姿を見せるとざわざわしはじめた。まるで僕が場違いなのを指摘するように。

「お前、なんでここにいるんだ?」
 男子を代表して佐藤が質問に立つ。

「なんでって、どこへ行けとか指示がなかったからだよ」
「だからってここに来るか?お前、いま女なんだろ?」
 やはり女子の方へ行くべきだったか。でもなあ……。

「まあ、いいじゃねーか。いままでどおりに一緒にさ」
 別の男子が助け舟を出してくれた。

「そうだよな。別に問題は無いよな」
 一人が同意すると他の者も連鎖して賛成に回る。そうなると佐藤以外の男子が賛成となる。

「どうなっても知らねーぞ」
 不機嫌そうに溜息を吐いて佐藤も引き下がる。なんでそんなに不機嫌なんだろう。

「あ、先生が来たぞ」
 整列する。先生が来た。先生だけだ。特別講師はどこにいるんだ?

「今日は事前に知らせてあったように特別講師の方に来てもらっている。皆、ちゃんと挨拶するんだぞ」
 そうは言われても、それらしき人は見当たらない。皆してキョロキョロ見まわしてたらシュッシュッシュッと何かが目にも止まらぬ速さで動いているのが見えた。それは先生の隣に止まった。

「紹介しよう。特別講師の服部吹臓(すいぞう)先生だ」
 と紹介されたのは紺色の装束に鉢金がついた頭巾、背中に刀を差したおっさんだった。

「初めまして、忍者の服部吹臓でござる。ニンニン」
「「「…………」」」
 なぜか知らないが急に頭痛がしてきた。さらに奇妙な事に頭痛がするのは僕だけじゃないようだ。皆、同じように指で頭を押さえている。

「ほら、皆なにボサッとしている。先生にちゃんと挨拶しろ」
 先生ね。心に何か引っかかるものを感じながらも一応挨拶する。

「「「よろしくおねがいします……」」」
「よし。今日は服部先生に忍法を教えてもらう」
 参ったな。今度は眩暈がしてきた。忍法って…。皆、うさん臭そうに自称・忍者の先生を見ている。

「なんだ皆、服部先生の事を信じられないって顔をしているな。では、先生に実際に忍法を見せてもらおう。では、先生お願いします」
「かしこまってでござる。しからばとっておきの忍法を披露するでござる。そこの少年、手伝ってくださらぬか?」
「えっ?俺?」
「ほら四葉、指名されたんだから前に出ろ」
 先生に促されて四葉ゲン一が渋々前に出た。忍者先生は四葉を前に立たせるとちょっと離れた。

「では、行くでござるよ。忍法、金縛りの術、かーつ!」
 忍者先生が人差し指を四葉に向けて叫ぶと、四葉の体に異変が起きた。

「えっ?体が動かない」
 何をバカなことを。誰もがそう思ったに違いない。ノリのいい奴めとも思っただろう。

「おい、四葉ぁ。もう動いていいんじゃないかぁ」
 からかい気味に誰かが声をかけるが、反面四葉の顔は深刻そのもの。

「ほ、本当に動かないんだよぉ。嘘じゃないよ」
 どうやら演技ではなさそうだ。この四葉という男は嘘を吐くとか人を騙すといった類が不得手で、そうなると本当に金縛りにかかっているのか?

「では、次に違う忍法を見せるでござるよ。ゲン一氏、お疲れでござった」
 四葉を解放すると忍者先生は印を結んだ。

「忍法、分身の術、かーつ!」
 忍者先生の左右でドロンッと煙が出て忍者先生が三人になった。

「続いて忍法、大ガマ変化の術、かーつ!」
 今度は3人を覆うぐらいの煙が出て忍者先生が大きな蛙に化けた。

「いかがでござったかな?」
 元にもどった忍者先生に僕らは呆然とするしかなかった。忍法って実在したんだな。てっきり空想の産物とばかり思っていた。

「さきほどお見せした術はかなり修行を積まなければできぬでござるが、ちょっとしたコツでできるものもあるでござるから、これからそれを各々にやってもらう事にいたそう」
 と、僕らは僕らにもできる忍法を教えてもらうことになった。

『火遁の術』火薬を用いて煙を発生させて、それを目くらましに姿を隠す。
『水遁の術』竹筒で息継ぎしながら、池や湖に身を潜める。
『木遁の術』木の模様に似せた布で身を隠して、相手がいなくなるまで待つ。
『金遁の術』お役人さま、これでどうかお見逃しを…じゃなく、金属を遠くに投げて自分の場所を誤認させる。
『土遁の術』土を掘って穴に隠れる。
『日遁の術』いわゆる太陽拳。

 できる人もいればできない人もいる。僕は…と言われたらまあご想像にお任せする。他にも影縫いの術というのも教わった。相手の影に暗示をかけて手裏剣をその影に投げて相手の動きを封じるというもので、やってみたら本当に止まった。今度は相手が挑戦したが、そっちは失敗した。

「次は空蝉の術を伝授するでござるよ。これはこういった丸太に自分の衣服を着せて身代りにするという術でござる。では実践してみるでござる。忍法、空蝉の術、かーつ!」
 忍者先生は瞬時に丸太に自分の装束を着せた。服を脱いだ忍者先生は赤ふん一丁だった。

「では、順番にやってみるでござるよ」
 面白そうだな。順番に挑戦する。これも、できる奴とそうでない奴に分かれる。勢い余ってパンツまで着せ替える奴もいた。そして、僕の番が回ってきた。うまくできるかな?すると、佐藤が僕の肩をつかんだ。

「お前はやめておけ」
「なんでだよ?」
 自分が失敗したからってそれはいただけないな。

「バカ、周りの目を見てみろ」
 なんだってんだ?言われて他の連中を見てみると、なんか目が血走っているような…。

「どうしたんだ?皆」
「お前、もう少し自分が女だって自覚持てよ」
 そうか、そうだったな。忍法の授業が意外と楽しくってすっかり失念していた。残念だけど、ここは佐藤の言うとおり棄権しよう。

「余計なこと言ってんじゃねーぞ佐藤!」
「せっかくのチャンスを潰しやがってよ!」
 佐藤に浴びせられるブーイングの嵐。お前らバカだろ。

「先生、これは棄権していいですか?」
「ん?ああ、そうだったな。すまん。忘れてた。じゃ次の奴」
 本当はチャレンジしたかったんだけど、さっきの男子の血走った目を見たらさすがに身の危険を感じる。僕が棄権すると知って佐藤以外の男子が皆この世の終わりが来たかのように落ち込んでいる。僕の裸なんて見てもしょうがないだろ。

「「「そりゃお前は毎日見慣れているだろうけどなっ!!」」」
 何も一斉にハモらなくてもいいだろ。こいつらは下らぬ事に一致団結する習性がある。

「やっぱし、お前は女子の方へ行くべきだったんだよ」
 うーむ、佐藤の言うとおりかも。なんか浮いてしまっている。でも、女子の方に行ったとしてもよけい浮いてしまいそうな気がする。

「さて、最後は水蜘蛛の術でござる。こういう道具を足に履いて水面を移動するでござるよ。まずは拙者が見本をお見せするでござる」
 池に移動した僕らは忍者先生の実演を見学した。さすがは忍者先生、スイスイと水面を移動している。でも……、

「なあ、いいのかな?勝手に池を使って」
「いいんじゃねえの?許可ぐらいもらってるだろ」
「いや、許可申請しても却下されると思うが…」
 僕らの心配をよそに忍者先生は池を渡りきった。

「さあ、やってみるでござるよ」
 落ちたら池にドボンか。面白い、やってやる。

「じゃ、最初にやる奴は手を挙げろ」
「はい!」
 僕は真っ先に手を挙げた。

「待て!……ガフッ!?」
 佐藤の制止する声が聞こえたので後ろを振り返ったら、佐藤がガクンと項垂れて男子に支えられていた。

「すいません先生、こいつ季節外れの熱射病にかかったみたいで保健室に連れて行っていいっスか?」
「ああ、行って来い。じゃ、一番手始めてくれ」
 佐藤が何を言いたかったのか気になったが、先生に促されたので後で聞こう。忍者先生に水蜘蛛を履かせてもらっていざチャレンジ。うむむ、意外とバランスが難しいぞ。両手をフルに使って懸命にバランスを取ろうとするも結局は派手な水しぶきを上げてドボンした。ずぶ濡れになって池から上がろうとすると男子が手を差し伸べてくれた。

「さんきゅ」
 その手を握って上げてもらう。その拍子でそいつに抱きつく形になってしまった。

「あ、ごめん」
 すぐに離れる。でも、相手の服も濡れてしまった。謝ろうと相手の顔を見上げると、なんともしまらない顔をしている。そいつだけじゃない。他の男子全員が同じ顔をしている。しかも、そいつら全員同じ方向に視線を向けている。その視線の先は僕だ。

「あっ」
 自分の体を見て、体操服が濡れて中の下着が透けて見えていることにようやく気付く。見られて減る物ではないが、奴らの視線が不愉快極まりない。

「先生、着替えに行っていいですか?」
 返事を聞かずに一目散に教室へダッシュする。教室で着替えながらなぜ男女別で体育の授業があるか身を以て学んだ。ちなみに、体育教諭は池を無断で使用したとかで後で校長にこっぴどく叱られたそうだ。




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