皇紀2669年2月 ソユーズ軍は我が祖国に30個師団、隣接するベルエルク軍管区に33個師団、さらにその後方に34個師団を配置している。 このうち、30個師団が第1梯団、32個師団が第2梯団、後方の15個師団が予備部隊となり我が方へと投入されることになる らしい。さらにこれにソユーズの同盟国の軍隊あわせて37個師団も加わる。これに対し、我が軍は23個師団(駐留するグリム スの国の師団も含む)で友邦諸国もあわせても66個師団にすぎない。陸戦の主力となる戦車の数も敵が26000両に対し、我 が陣営は半分以下の11000両しかない。そのため、我が国では戦術核兵器で防備を固めていたのだが、6年前のソユーズ軍の 侵攻では戦術核を使う前に基地ごと敵に制圧されてしまった。 ソユーズ軍とその同盟諸国からなるサルマティア相互防衛援助条約通称ワルソー条約機構軍の軍事ドクトリンは、長射程の砲兵 部隊や前線航空部隊でまず敵の最前線から後方の全縦深に同時に打撃を与え敵の指揮系統を麻痺させる。次に第1梯団が敵戦線に 突破口を開き、後続の第2梯団が敵戦線後方の敵の予備隊を撃破する。最後に予備部隊が敵後方奥深くの最終目標まで突進すると いうものだ。この戦術は、もし第1梯団が消耗してもすぐに第2梯団が前に出て、さらに第2梯団が消耗しても次の予備部隊が前 に出るという前進部隊がいちいち交代するために停止することなく攻撃を続ける無停止攻撃によって敵部隊に連続して損害を与え ることになっていた。ワルソー条約機構軍(W/P=ワルソー/パクト。WTOでは世界貿易機関とかぶってしまう)が、第2梯 団の敵戦線後方に突入して敵予備隊を撃破するのに4〜8日かかり550キロまで前進し、最終目標を達成するのに状況が許せば 8日間でさらに500キロ前進することとされていた。これを現在の状況にあてはめれば、我々がグリムスの国から租借している スピアリア・インフィアリア・ベルギカ・ラエティアと我が祖国の国境からグリムスの国まで最短で300キロもないから、敵の 第2梯団が目的を果たす頃にはグリムスの国にまで侵入していることになる。 それでも戦術核を配備している限り滅多なことではソユーズも迂闊に手が出せないと踏んでいた。しかし、ソユーズは作戦機動 群(オペレーション・マニューバー・グループ=OMG)という戦車・空中機動・特殊部隊からなる非常に機動性の高い部隊を編 成して、これに我が方の核基地を襲撃させたのだ。後方の核基地から攻撃しようにも逃げ遅れた国民を巻き添えにすることはでき ず、我が軍の核戦力は無力化されてしまった。これによって我が国は敗北を喫してしまったのだ。 だが、我々もやられて黙っていたわけではない。ソユーズの必勝の戦術に対抗するための新戦術はちゃんと考えてある。それが、 オペレーション・デイブレイクだ。 開戦直前の編成 北方軍集団(カティン上級大将) 第5軍(デュラン大将) 第1軍団、第11軍団 第8軍(カートラル大将) 第6軍団、第9軍団 中央軍集団(フリードマン上級大将) 第3軍(ケーニッヒ大将) 第2軍団、第3装甲軍団 第7軍(ヴァイエルライン大将) 第5軍団、第7装甲軍団 南方軍(アイゼンベルク大将) 第23山岳猟兵軍団(第5・6・8山岳猟兵旅団) 第18空挺軍団(ヴェンク中将) 第10山岳猟兵師団、第82降下猟兵師団(エアボーン)、第101降下猟兵師団(ヘリボーン) 第7SS装甲軍団(マイントイフェルSS大将) 第1SS装甲師団、第17SS装甲擲弾兵師団 ※軍団は2〜3個師団もしくは1個師団+複数の旅団または3個以上の旅団で構成 上記は主な部隊のみ記述。
戦争回避のための外交交渉は不調に終わり、俺は政府を疎開させるかどうか迷った。もし、作戦が失敗に終わった場合、首都が 敵の大軍に飲み込まれてしまうのはほぼ確実だったからだ。だが、戦う前から政府を疎開させたのでは兵士や国民の士気に関わる。 考えた末に俺は政事総裁職と会計総裁と外国事務総裁・国内事務総裁らを西のサンムに疎開させて、俺は首都に残ることにした。 「いえ、御屋形様こそお移りください」 閣僚たちはそう言うのだが、俺はここから離れるつもりはない。国家元首といっても暫定的なものだし、何と言ってもまだ10 代のうら若き乙女だ(自分で言っていてかなり恥ずかしいが)。少しでも君主としての威厳を見せとかないとな。 「私は決して逃げたりはしない。なぜなら、逃げる必要がないからだ。あの悪しき共産主義者どもの野蛮な軍隊は必ずや我が精強 なる国防軍に敗れ去るだろう」 俺は演説でそう断言した。6年間練りに練り続けた戦術プランがいよいよ試される時がきたのだ。 まず俺達が考えたのはアクティブ・ディフェンス(攻勢防御)だ。敵の主攻正面以外の前線から機動力の高い部隊を引き抜き、 迅速に敵の主攻正面に移動させて敵の6倍以上の戦力を集中させて反撃に出て、強力な対戦車火器によって敵機甲部隊を撃破して 勝利を得る。無論、引き抜かれた前線が手薄になるリスクもあるが、ソユーズ軍を主力とするW/P軍は攻撃部隊を複数の梯団に 分けて縦に並べて配置することを基本としているので、その縦深は軍レベルで100キロほどにもなるため一旦主攻正面を決めて しまったら他の方面にすばやく切り替えるのは難しい。だから、主攻正面以外の前線から部隊を引き抜いても、そこを突破される 危険は低いのだ。 だが、このアクティブ・ディフェンスの概念を導入した野戦教範FM−105にはいろいろ問題があった。まず、大きいのは敵 の全縦深同時攻撃で味方の機動が妨害されないかである。さらに、仮に計画通りに敵の主攻正面に戦力を集中させたとしても、後 続の梯団を連続して投入してくるW/P軍に反撃部隊が圧倒的な戦力を常に維持しながら攻撃できるかという懸念もあった。消耗 戦に陥った場合、戦力に勝るW/P軍が有利なのは言うまでもない。最後に攻勢防御はあくまでも防御であり、いかに攻勢的とは いえ防御に力点が置かれていることに違いはなく、前線の指揮官たちはこれを消極的として軽視しがちだという問題もあった。 そこで我が軍は陣地戦ではなく運動戦で対処するようにFM−105を改訂することにした。それまで前線付近に限定されてい た戦闘領域を敵戦線奥深くまで拡大した。師団レベルでの戦闘地域は幅100キロ、縦深100キロ、軍団レベルでは幅150キ ロ、縦深175キロに達する。第2次世界大戦での師団の作戦区域が幅7キロ、縦深21キロにすぎなかったのに比べたらずいぶ んと拡大しているのがわかるだろう。 専門的な話はさておき、W/P軍に動きが見られたことから侵攻が間近と判断した俺は城の地下にある最高国防司令部に移動し た。一応、大元帥として国防軍最高司令官的な位置にある俺だが、そこでやることと言えば黙って見ていることだけだ。全般的な 指揮は有事に任命される軍事総裁に就任した岡崎肥後守が執る。まあ、高みの見物でもさせてもらうさ。と言いたいところだが、 果たして高度の状況判断と迅速な機動を要求される作戦を遂行できるか自信が持てなかった。 祖国を追われてこの地に来て1年後だった。当時、グリムスの国は遠い砂漠の地でアエギュプトゥス軍と戦争していたのだが、 領土を間借りしていることもあってこちらからも軍隊を派遣することになった。敗戦で士気が低下し、部隊の規律が乱れて麻薬が 蔓延するという最悪な状態のうえに経験不足の新兵が多いという状態で、正直派遣するのに躊躇したが正式に要請されたのでは断 れなかった。案の定、派遣した部隊は補給に難があるが経験豊富なアエギュプトゥス軍に翻弄されて100両の戦車を破壊され2 000人の捕虜を出す大敗を喫してしまった。その報告を聞いた俺は思わず、 「我々のボーイたちは戦争ができるのか?」 と洩らしてしまった。それから我が軍も経験を積んでいったが、今度は敵のドブロク要塞を攻略する作戦で躓いた。犠牲ばかり 大きくて全く進捗しない攻略戦に業を煮やした俺は前線に視察に行くことにした。はっきり言って他人の喧嘩に大事な兵たちの命 を無暗に捨てさせるつもりはない。現地に到着した俺は戦死者の埋葬場所が補充兵が通る道に設置されていることに唖然とした。 そして、現地司令部に入った俺は問題の本質を見つけた。若い参謀たちが司令官をきちんと補佐できていないのだ。司令官の野木 民部少輔勝正は俺が信頼する将軍で、その時の視察も彼を激励するためだった。しかし、エリートだが経験不足で応用することを 知らない参謀たちは型どおりの戦術を主張するばかりで一向に効果的な攻撃方法を見出そうとしなかった。あれこれ注意する俺に 参謀たちは露骨に迷惑そうな顔をしていた。戦を知らない小娘が何を言うかみたいな感じだ。いちいち怒ってもかえって見下され るだけと思って黙っていたが、テーブルに広げられていた地図を見て同じ中隊が両翼に配置されていることに俺はついに激昂して 参謀に声を荒げた。 「貴官は陸軍大学校で何を学んでいたのか! 国家が貴官を陸軍大学校で学ばせたのは国家のために働かせるためだ。貴官の栄達 のためではないぞ!」 そして、俺は畏縮するそいつの参謀飾緒を引きちぎってやった。その後、帰った俺はただちに軍の改革を陸海空軍の総裁に厳命 した。それから4ヶ月後、当時の軍事総裁(もう戦争が終わっていたが引き続き存続させた)のシュレンダーが「屈強な通常戦力 による国土の防衛」すなわち核に頼らないで通常戦力でW/P軍に対処することを提唱した。それを受けて俺は、ドクトリンや教 育訓練の内容、指揮官の養成や部隊の編制、新装備の研究などを統括する「訓練教義コマンド(トレーニング・アンド・ドクトリ ン・コマンド=TRADOC)」の新設を命じた。先述のFM−105もその部隊が作成したものである。その最終案「オペレー ション・デイブレイク」の内容は確かにW/P軍の戦術に対処できるものである。しかし、あれから5年で我が軍はその作戦が遂 行できるレベルに達しているのかやってみるまでわからなかった。 そしてついにその時が来た。前線から敵の攻撃を受けたとの報告が来たのだ。急に司令部が慌ただしくなり、岡崎は全軍にオペ レーション・デイブレイクの発動を命じた。前方の巨大スクリーンには地図が表示され敵と味方の部隊が凸で表わされていた。た だちに味方の航空機やMLRSなどによる反撃が開始され、敵の縦深に攻撃を加えた。敵の第1梯団に対しては戦車と99式自走 155ミリ榴弾砲とAH−64D戦闘ヘリコプター、第2梯団に対してはMLRSとA−10攻撃機、予備部隊と軍司令部や補給 処に対してはF−2戦闘爆撃機が攻撃する。この敵の全縦深に対するいわゆるディープ・アタックはW/P軍と同じ戦術で、それ でもって敵の得意とする梯団攻撃を阻止するのだ。といっても、圧倒的に兵力が劣勢では戦線の維持は無意味なので、部隊には遅 滞防御を行いつつ敵を誘導するよう命令してある。反撃の機会はディープ・アタックで敵の無停止攻撃に間隙が生じた時だ。だが、 我が軍の航空戦力はソユーズのそれよりも弱体であるためグリムスの国のF−22A多用途型戦闘機とF−15E戦闘爆撃機も攻 撃に加わっている。現在、少なくない規模の軍隊を外国に派遣しているグリムスの国だが、ソユーズの最終目標が自分たちである ことはわかっているので対岸の火事ではいられないのだ。元々、この土地は向こうさんのものだからな。だから、最後まで交渉に よる解決を目指していたのだが、結果はご覧の通りだ。彼らが軍を呼び戻して反撃態勢を整える頃には俺たちはソユーズの大軍に 飲み込まれているだろう。本国にいる部隊をこちらに派遣してくれないのは、反撃に出る前に消耗するのを恐れていると思う。W /P軍は他地域でも攻勢に出ており、他のガリア防衛条約機構(GDTO)加盟国の支援も期待できない。頼れるのは自分たちだ けだ。戦後の事を考えたらあまり借りを作らない方がいいしな。オペレーション・デイブレイクも俺たちだけで勝利するための作 戦だ。ディープ・アタックで敵縦深に間隙を作り、そこを第7SS装甲軍団を中心とした機甲部隊で突破して敵を分断して各個に 撃破する。敵は反撃しようにも指揮・通信機能を喪失しているため有効な手は打てないはずだ。そして、忘れてならないのがOM Gだ。現在、我が領内に核兵器は存在しないが、彼らには我が軍の指揮機能の破壊や橋梁の確保といった任務もある。非常に機動 力の高い厄介な敵だが、我々も各師団の機動力を高めてある。捕捉しさえすれば本隊から離れた奴らをせん滅するのはそう難しく はない。だが、この作戦を成功させるには高度の指揮・統制・情報収集・通信が必要とされるのだ。機動作戦のため戦場は広域化 し、敵戦力を十分に低減させて反撃を開始するまでに各部隊は敵を壊滅させるための機動を行わければならないからだ。俺が心配 しているのは、5年前に程度の低さを露呈してしまった我が軍がそんな高度な作戦を実施できるのかだったのだが、それは杞憂だ ったようだ。物の見事に難しい作戦を成功させたのだ。もう少し詳細を述べたいところだが、これ以上長くなるのもアレだし、俺 はただ見ていただけだからな。まあ、ともかく、作戦は大成功で我が領内に侵攻したW/P軍は大打撃を受けて撤退した。我々の 大勝利を見て、ようやくグリムスの国も軍を派遣してきて開戦から1週間も経たないうちに彼我の戦力差は逆転してしまった。こ れであとは祖国に進攻してソユーズを追い出すだけだ。と思ったんだけど、ソユーズは切り札を用意していたのだ。 「なんとまあ馬鹿でっかいもんを人様のお空に拵えてくれたもんだな」 俺は個室のモニターでどでかい円盤を眺めていた。高度3万フィートの上空に全高300メートル、直径32キロの巨大な物体 が祖国の真上に浮かんでいるのだ。驚くやら呆れるやら。 「ね、すごいでしょ?」 俺に寄り添うようにソファに座っているミサ・オルデンドルフが得意気な顔で言った。彼女がこの巨大浮遊建造物の情報をもっ てきたのだ。最初、全然信じていなかった俺もこの映像を見せられたら自動的に信じるしかない。 「あれは何なんだ?」 モニターを指差してミサに訊いた。するとミサは一言。 「円盤」 んなことはわかっている。奴らが何のためにあれを作ったのかを訊いとるんだ。 「さあ、駐留軍の司令部にするつもりじゃないの?」 えらい目立つ司令部だな。さぞかし下の住宅では日が当たらないから洗濯物が乾かなくて困っていることだろう。いや、それより もあんなでかいのが作られているのをなんで事前に察知できなかったんだ。 「いくつかのパーツに分けて個別に作っていたみたいね。そんでいっぺんに組み立てたんじゃないかしら」 確かにあんなでっかいのを一ヶ所で作るとは思えないな。にしても、なんであんなのを作ったんだ。ミサの言うとおり司令部み たいなのだとしたら、あんな標的になりやすいサイズにした理由はなんだ? 空中要塞にしたのは地上部隊による制圧を避けるた めだろうが、あんなに大きかったらミサイルや砲撃のいい的である。サイズ的に撃ち落とすのにだいぶ苦労しそうだが、戦局はこ ちら側が優勢なんだ。時間をかけてでも撃ち落としてやる。軍は俺の命令があり次第攻撃を開始することになっている。前のテー ブルに置いてある電話で最高国防司令部を経由して前線に攻撃命令が伝えられる。 「いよいよだな」 国を追われてからの6年間が走馬灯のように駆け巡る。ほとんど面識もない奴と婚約させられたり、そいつの国の長官に小娘と 見下されたりと辛い日々だったが、それももう終わりだ。そう思うと、自然と笑いがこぼれる。最初は笑いを堪えていたが、次第 に耐えられなくなってついにはゲラゲラと大笑いするにいたった。滝祢が見たらはしたないと叱るだろう。 「どうしたのよ。いきなり大声で笑ったりして」 ミサが驚いた顔で俺の顔を見上げる。 「いや、やっとこさ家に帰れると思ってね」 6年ぶりの里帰りだからな。帰省するには時期がずれているが、いい加減墓参りしないとそろそろご先祖様もお怒りになるだろ うし。ノリスケみたいに寺の住職に墓の周りの草むしりをさせられるかもしれん。 「別にあなたがするわけじゃないでしょ」 まあね。君は墓参りとかしているのか? ミサはうんと頷いて、 「私しかいないからね」 その哀しげな顔を見て、まずいこと訊いたかなと反省した。彼女の両親は10年前に亡くなっており、1歳上の姉とともに皇室 に引き取られたのだ。その姉も6年前の戦争で死んでしまって彼女は天涯孤独の身の上なのだ。俺は話題を変えることにした。 「それにしても君までも魔法が使えたなんて思いもしなかったよ」 魔法というよりも催眠術かもしれんが。彼女は相手と目を合わせることで、そいつの自分に対する認識を変えることができるの だ。つまり、赤の他人であっても友達にも恋人同士にもなれるのだ。彼女はその魔法で情報収集をしていて、ソユーズが国境に軍 を集結させていることも、空中要塞を作っていることも彼女が教えてくれた。俺が彼女の魔法に気づいたのは国境に軍が集結して いると教えられたときだ。実に6年ぶりの再会の時である。いやあ、本当にいい女になって。 「あなたもよ」 茶化すなよ。 「ううん、本当のことよ。だって……」 と、ミサは俺の胸に手を伸ばした。 「こんなに立派な胸があるんだもの。貴方も立派な女の子よ」 嫌味かそれは。そうそう、6年ぶりに彼女と再会した時、とうの昔に諦めていたことが解決できると内心小躍りしそうになった 事があった。彼女なら俺の女体化を解いてくれると思ったからだ。だが、ミサは姉とは違う道場で魔法を習ったそうで姉が使った 魔法の解除はできないそうだ。なんで同じ流派にしなかったんだよ。スーパー1とショオカキングが戦っていて先にスーパー1が よろめくのを見てショオカキングが勝ったと喜んだのも束の間、その後すぐにショオカキングが爆死してがっかりした鬼火司令み たいな気分だ。 「そんなこと言われても嬉しくねーよ」 俺がそう言うと、ミサはううんと首を振って、 「それは貴方が往生際の悪い人だからよ。貴方は気づいてないようだけど、貴方は確実に体だけでなく心も女の子になりつつある の。その証拠に」 と、俺に顔を近づけた。 「こんなに女の子が密着しているのにドキドキしてないでしょ?」 言われてみたら、こんな間近に女の子に接近されたら気がおかしくなって抱きつくか押し倒すかしただろう。別に恥じることは ない。男であれば当然の心理であり、そうでなければその女性に魅力がないということになり却って失礼になる。しかし、俺は平 静を維持している。ミサに魅力がないわけではない。だとしたら、ミサの言うように俺は完全な女の子になりつつあるというのか? 「貴方は意識の上では男を保っているけど、本能的には無意識に女の子になっているの。女の子の下着をしていても抵抗がなくな ったのは慣れだけじゃなくて貴方の本質が女の子になりつつあるという事なの。その貴方の心の矛盾はいずれ貴方自身を殺すこと になるわ」 そんな大仰なと一笑に付そうとするが、ミサはいたって真剣な顔だ。俺はミサから視線を逸らして訊いてみた。 「どうすりゃいい?」 「貴方の男に戻りたいという願望が貴方の完全な女性化を妨げているの。99%諦めていたとしても1%のもしかしたらという気 持ちがあるだけで貴方は中途半端なまま。そのわずかな心の壁を一瞬でも崩せば貴方は完全に女性になることができる。具体的に 言うとそうね、男性に体を委ねるといいんじゃないかしら。婚約者がいるんでしょ? ちょうどいいじゃない」 ちょうどいいとは? 「さっさと結婚しちゃいなさいよ。そんで、子供を作れば完璧よ」 ミサの提案に俺はうーんと唸った。俺はどうもあのグリムスって男に全幅の信頼を寄せる気にはならない。だって、婚約してか らこっちに居てたのに戦争が不可避となったら、さっさと自分の国に帰ったからだ。そして、戦況がこっちに傾いてきたら戻って きたのだ。親父の命令とか言い訳をしていたが、フィアンセを置き去りにしてテメエだけで逃げたという事実には変わりない。そ れ以来、奴のことは軽く無視することにして口も聞いていない。 「でも、他に該当者いないんでしょ?」 確かにそうだけど、何も結婚・出産に拘らなくてもいいだろ。それに、俺はやはり男に抱かれることも増してやそいつの子供を 宿すことにも抵抗がある。さらに言えば、俺の女性化の完成が成った時、俺の人格がどう変わるのかという不安もあった。否、不 安どころではない。俺は恐怖すら感じていた。自分が自分でなくなるようなそんな感じがして。スマートなブウが体内に吸収して いたデブのブウを引き剥がされようとしているのを真剣に恐れていた気持ちがわかる。 「いまはそんな気にはなれないよ。それよりもいまは戦争を終わらせるのが先決だ」 これ以上結婚とか出産とかの話をしたくない俺は電話に手を伸ばした。前線では攻撃命令を今か今かと待ち焦がれていることだ ろう。だが、俺が電話を手に取った瞬間、ミサがあっと声を上げた。 「どうした?」 俺が尋ねるとミサはモニターを指差した。モニターの方に目を向けると例の空中要塞の天辺からアンテナみたいなのが出てきて 空に向けてレーザーらしき光を発しているのが見えた。一体、何するつもりだ? 攻撃ではないだろう。直進しかしないレーザー を上空に照射しているからだ。俺が敵の意図を訝っていると、突然天井が崩れてきて瓦礫が前のテーブルを直撃した。 「なっ!?」 何が起きたのか認識する間もなく俺は瓦礫の下敷きとなってしまった。 「ん……」 顔にかかる吐息を感じて俺は気が付いた。どのくらい気絶していたのか。目を開けると辺り真っ暗で状況が確認できない。し かし、俺の上に誰かが乗っかっているのはわかる。誰かというと、この場所には俺とミサしかいない。ミサが俺をかばってくれ たのだ。 「気が付いた?」 そう俺に問いかけるミサの口調は弱弱しかった。なんか苦しそう。まあ、俺をかばってくれたのだからどっか怪我していても おかしくない。 「ああ、すまないな。俺のために……。どこか怪我しているんじゃないのか?」 「うん、ちょっとね。でも大丈夫。命に別条はないと思うから」 「そうか、それならいいんだが」 しかし、あんまり大丈夫ではないだろうとはわかった。早く手当てをしないとミサの傷は悪化する一方だろう。俺は一刻も早 く救助されることを祈った。だが、その祈りも虚しいものになるだろうとも思った。ここは地下深いところにあるため地上から の救助作業は困難を極めるだろうからだ。くそっ、特殊貫通弾にも耐えられるよう地中底深くに個室を作ったのが仇になった。 しかし、地震にしても妙だな。この地下施設は震度7の地震にも耐えられるように設計されている。それが、ここまで破壊され るとは到底信じられん。地震でないとすれば敵の攻撃か? しかし、敵機やミサイルが飛んできたら警報が鳴るはずだ。あと、 考えられるのは、 「あのレーザーか……」 恐らく、敵はレーザーを特殊な人工衛星に反射させて攻撃したのだろう。その人工衛星が何基もあったら配置を変えるだけで 世界中どこにでも攻撃することができる。とんでもない切り札を隠していたもんだな。まあ、この説が正しいかどうかは無事に この状況から脱出できてから確かめることにしよう。って、なんか息苦しくなってきたぞ。酸素がなくなりかけているみたいな。 そうか、空調設備とかも破壊されたから酸素が入ってこなくなったんだ。このままでは酸素欠乏症にかかって運良く生き延びれ ても古臭い機械を作ったり地球連邦万歳と叫んだりするようになったりするかもしれんぞ。などとくだらん事言っている場合で はない。マジで死ぬぞ。 「魔法でなんとかならんのか?」 科学の力ではここからの生還は絶望的だ。あとは古来から受け継がれている魔法の力にすがるしかない。だが、ミサは黙って 何も答えようとしない。それは魔法でもここからの脱出は不可能ということだろう。そりゃそうだ。魔法で脱出できたらとうの 昔に脱出している。こりゃ、駄目かなと俺が諦めかけていると、ミサが躊躇いがちに、 「あるにはあるんだけど……」 その口調から判断してその方法は成功率が限りなく低いか、成功しても何らかのリスクが生じるかどちらかだろう。しかし、 このままではどうにもならんから一か八かそれに賭けるしかない。俺はその方法とは何かとミサに訊くと、瞬間移動だという。 確かに瞬間移動ならここから脱出するにはもってこいだ。で、何が問題かと言うと、 「でも、1回に一人しか移動させられないの。瞬間移動はものすごく体力を使うからいまの私では1回使うのがやっとという わけ。それに、これは魔法の中でも高等な部類に入るから使いこなすには相当な熟練が必要なの。いまの私のレベルでは……」 魔法が発動しても任意の場所に瞬間移動できるかわからないらしい。1回しか使えないだけなら迷いなくミサは俺を瞬間移 動させていただろう。瞬間移動してここから脱出できても移動した先が水の中だったり雲の上だったりしたら意味がない。し かし、ここから脱出するにはそれしか方法がない。だが、俺はそれを口にすることができなかった。俺が瞬間移動するという ことはミサがここに残されるということだ。お前は死んでもいいから俺をここから逃がせなんて言えるわけがない。かといっ て、俺はいいからお前は逃げろと言ってもミサは逃げないだろう。その気ならとうに逃げている。くそっ、せっかく脱出の手 段があるのに条件が厳しすぎて使えないなんて。いや、問題は俺の心の甘さだ。俺は何としてでも生き延びなければならない。 たとえ他人を犠牲にして後ろ指を指されようとも生きて国と民衆を導かなければならない。意を決した俺は、 「すまん……。俺のために死んでくれ」 とミサに言った。ここでミサが嫌と言ったら仕方ない、諦めよう。俺が無理強いしても魔法を使うのはミサだ。彼女の意思 に委ねるしかない。彼女が返答するまでしばらく待つつもりだったが、ミサはあっさりと了承した。 「本当に良いのか?」 死んでくれと言って相手が承知したのに、本当に良いのか? は無いだろうとは思ったが、あまりにもあっさりとしていた ので思わず訊いてみたのだ。 「貴方をここで死なせるわけにはいかないから」 そう言うミサの声には決意が込められていた。俺もその決意に応えなければならない。問題は無事に脱出できるかだ。 「なあ、瞬間移動をどのくらい練習したんだ?」 「シュミレーションで18時間、訓練で35時間、実地で2時間ぐらいかな」 少ないな。成功率はかなり低いと見るべきか。でも、やるしかない。俺はミサにやってくれと頼んだ。 「わかったわ。ちょっと目を閉じてて」 言われたとおり俺は目を閉じた。そこへ、ミサがそっと唇を触れさせた。 「さようなら。私と姉さんの分まで幸せになってね」 次の瞬間、まるで体がぐるぐる回転したかのように頭がくらくらとなった。あまりに気分が悪くなって吐きそうになった時 に俺は強い光を感じた。 「うっ」 目を開けた俺はそこが外であることを確認した。周りは瓦礫の山だが、周囲の景色からしてさっきまで俺達が生き埋めにな っていた部屋の真上であることは確かだ。 「助かったのか」 だが、素直には喜べなかった。俺はあの姉妹に2度も助けられた。それに対して俺は彼女たちに何をしてあげたのだろう。 ミサには姉の分まで幸せにしてあげようと思っていたのにこのザマだ。情けなくなっていると、近くで救助作業をしていた兵 が俺に気づいて、 「総統閣下!?」 とあわてて近寄って来た。総統とは現時点での俺の肩書だ。皇帝には即位してないので、それまでは総統と名乗っているの だ。こっちの方が公式で御屋形様というのは私的な呼び方だ。 「総統閣下、いつの間にこんなところに?」 いきなり俺が現れたことに兵はかなり驚いていた。事情を説明しようにもまだ頭が回っていて話す気力がない。そうこうし ているうちに人が集まってきて、担架を持った救助隊員もやってきた。俺は担架に乗せられて救急車で病院に運ばれることに なったが、その前に現場の指揮官を呼び出した。 「お呼びでしょうか? 総統閣下」 と、出て来たのはまだ若い士官だった。 「貴官の名は?」 「参謀本部付き士官のラングスドルフ中尉であります」 「貴官がここの最上級の階級か?」 「そうであります」 俺は少し考えた。まだ、20代半ばぐらいだ。少し若いが、この際仕方ない。 「ラングスドルフ君、総統命令だ。ご覧のとおり参謀本部は全滅だ。君が参謀本部の指揮を執れ。まず、全体の状況を確認し てくれ。それから、前線の部隊を安全圏まで後退させろ。それと、敵の空中要塞を諜報部に調べさせてくれ。それだけやって くれたらいい。とにかく状況を知りたい」 いきなりの大役に緊張したのかラングスドルフは、 「ヤー」 と、返事しただけだった。一呼吸おいてから俺が、 「復唱はどうした?」 と、注意するとラングスドルフは「あっ」という顔になって言い直した。 「ヤー、ラングスドルフ中尉、総統閣下のご命令により参謀本部の指揮を代行します」 「よろしい」 俺は頷くと救急隊員に手で行ってくれと合図した。ちょっと無理して喋ったので余計にしんどくなってきた。俺はぐったり となって救急車で運ばれた。病院に着くまで少し休ませてもらおうと俺は寝ることにした。緊張状態から解放されたので疲れ がドッと出たらしい。頭のクラクラももうだいぶ治まっている。これで快く寝られるだろうとウトウトしていた時だった。い きなり、爆音が轟いて俺の眠気をすっかり吹き飛ばしてくれたのだ。 「な、なんだ、なんだ?」 俺は飛び起きて運転手に何が起きたか訊いてみた。 「て、敵の爆撃機です」 運転手は震える手で敵機が飛び去った方向を指差すが、すでに敵機は見えなくなっていた。さっきの音は明らかに爆撃の音 だ。ここらで爆撃の対象となる場所といえば最高司令部があったあそこしかない。俺は救急隊員に無線で救援作業の指揮所を 呼び出してもらった。案の定、無線のスピーカーから聞こえてくる声は空爆に混乱しているものだった。敵機の襲来と被害状 況を混乱した調子で報告する声に俺は不審を感じた。 「貴官は誰だ? ラングスドルフ中尉はどうした?」 すると、声の主はこう答えた。 「中尉は爆弾の破片で戦死されました」 俺はチッと舌打ちすると無線を切った。 病院のVIP用の特別室で俺は各地の被害状況の報告を聞いて暗然となった。最前線の我が軍は敵のレーザーによって60 %の損害を出していた。他にも主要な基地が敵のレーザーとその後の空爆で壊滅状態となっていた。どうやら、敵は一条のレ ーザーを人工衛星で数条に拡散したようだ。動いている目標には使えないが静止目標に対しては効果抜群だ。これに気が大き くなったのか敵は我々に全面降伏を勧告してきた。無論、俺はそれを無視した。取り巻き連中はレーザー攻撃に恐れをなして いたが、俺はあのレーザーはしばらく使えないだろうと踏んでいた。なぜなら、完全とした状態だったら、とっくに開戦の時 点で使われているだろうからだ。それが、あの追い詰められた状況で使用したことからみて、急いで完成させてあの照射が試 射だったのだろう。そして、その試射で何らかの不具合が発生したと推測される。そうでなければ、空爆でなく第二射を撃っ ていたはずだ。となると、あの空中要塞もまだ未完成の可能性もある。とにかく、情報が必要だった。俺は十分な情報が手に 入るまでの間、残存した戦闘機を密かに第15空軍基地に集結させて俺もそこに向かった。 第15空軍基地は辺境にあるそれほど規模も大きくない戦略的に価値の低い基地であるため、敵のレーザー攻撃や第二波の 空爆の対象外となったのだろう。俺が到着すると、前線に視察に向かう途中だったため難を逃れた陸海軍総裁の北村左近将監 と少佐の階級章をつけた見知らぬ軍人と俺にとって招かれざる客人が出迎えた。 「なんであんたがいるんだ?」 俺がそう訊くと、招かれざる客グリムスは困った顔をした。 「なんでって、君が無事だったって聞いたから来たんじゃないか。病院にも行くつもりだったんだけど、途中で北村総裁と合 流してね。ここまで連れてきてもらったんだ」 余計な事を。と俺は横目で北村を睨んだ。それに気づいた北村はバツが悪そうにゴホンと咳でごまかしていた。そんなやり とりがあることなど気付かないグリムスは、 「とにかく無事で良かった。本当に心配していたんだよ」 と調子の良い事を言ってくれるが、果たして本心かね。俺の顔だけ見てさっさと自分の国に帰るんじゃなかろうか。意地悪 にもそう言ってやった。 「いや、僕は帰らないよ」 予想外の返答だった。親父さんから帰って来いって言われなかったのか。 「言われたよ。でも、断った。何もできないかもしれないけど、せめて君の傍にはついていてあげたいから」 グリムスは照れ臭そうに頬を人差し指で掻いた。いや、気持は嬉しいとまではいかないけど、いつここが敵のレーザー攻撃 の標的になるかわからないよ。 「それはどこにいても同じさ。なら、死ぬ時は君と一緒にね」 その真摯な眼差しに俺は少しドキッとなった。俺はぶんぶんと頭を横に振った。いま、完全に女性化するわけにはいかない。 もし、本当にグリムスが俺の完全女性化へのトリガーになりうるとしたら奴を近くには置いておけないな。 「気持ちは嬉しいけど、これから俺たちは重要な作戦会議をしなければならないんだ。外部の人間には御遠慮願いたいな。す ぐにシェルターに避難してくれ。車で送らせるから」 俺が北村においと声をかけると、北村は隣にいた少佐に何事か命じて、少佐はハッと敬礼して基地の方に走り去った。多分、 車を取りに行ったのだろう。すると、グリムスは慌てた様子で、 「ちょっと待って。僕は君の傍に……」 「悪いけど他国の王族の方を危険にさらすわけにはいかない。我らに領土を貸していただいている国の王子とあれば尚更だ」 俺はグリムスの発言を遮って、奴を冷たく突き放した。ここまで言われたら渋々出ていくだろうと思っていたが、グリムス は意外と頑固者だった。 「僕は絶対に君の傍を離れない。そう決めたんだ」 勝手に決められては困る。俺は怒りが込み上げてきた。開戦の時に真っ先に逃げ出した奴が何を今更。はっきり邪魔だって 言ってやろうか。そこへ、北村が間に入ってきた。 「まあまあ、グリムス殿下のお気持ちもわかりますが、ここは安全な場所に避難していただけませんか」 それでもグリムスは抵抗を諦めない。 「それだったら父の命令に逆らってまでここに残った意味がないじゃないか。僕は何の役にも立たないかもしれないけど、せ めて君の心の支えになりたいんだ」 「開戦の時に逃げ出したのに?」 とうとう俺は嫌味を口にしてしまった。さすがに、これにはグリムスもぐっと言葉を詰まらせた。 「そ、それはすまないと思っている。父から帰国しろと命じられた時、どうしようか迷ったんだ。君を置いて一人だけで逃げ るなんてしたくなかったから。でも、父に逆らうなんていままで考えたこともなかったからそれで……」 どんな言い訳をしようとも俺を見捨てて逃げたという事実は事実だ。 「確かにそれに関しては弁解の余地がない。でも、帰国してからずっと後悔していたんだ。何度もここに戻れるように父に頼 んだ。それでやっと説得して許してもらったんだ。頼む、僕をここに置いてくれ」 深々と頭を下げ懇願するグリムスに俺は北村と顔を見合わせた。一国の王子にここまでされては断りにくい。北村はそこま で言うならと態度を軟化させ、俺も不本意ながらグリムスがここにいることを承諾した。 さて、作戦会議といっても陸海空の参謀たちはほとんどが死傷もしくは現在連絡が取れない状態にある。この第15空軍基 地には参謀と呼べる者は一人もいないのだ。北村は陸戦の事なら多少頼りにはなるが、空戦については専門外だ。戦闘機によ る空中要塞破壊しか状況を打開する術がない現状で参謀がいないのはかなり辛い。作戦を立てるには参謀の補佐が不可欠なの だ。参謀が集まるまで待つという手もあるが、敵のレーザーが使用可能になってからでは意味がない。それと、情報では敵は あの要塞をシールドで覆う予定らしい。まだ、シールドは完成していないようだが、展開されてからでは攻撃が非常に難しく なる。敵の防御が完全になる前に打って出るか? いや、現有の戦力ではあの巨大物体を破壊するのは不可能だ。何か弱点を 突かないと。設計図でもあったら良いのに。そんな物がそう都合よく手に入るわけもないから、俺は無い知恵を振り絞って作 戦を考えるも、どんなに振り絞っても無い物は無いのだから良い作戦が思い浮かぶはずもなく、ただ時間のみが過ぎていった。 「駄目だ……」 俺は頭を抱えた。基地内に設けた臨時最高作戦会議室には俺と北村の他に、この基地の司令でもある第11航空団のイエシ ョネク空軍少将も臨席していた。本来、こうした会議には実働部隊の指揮官は参加しないものなのだが、俺と北村だけでは良 い作戦が思い浮かばないから特別に参加してもらったのだ。三人寄らば文殊の知恵的な期待もあったのだが、やはり現状では 戦力不足により攻撃不可能という結論に達してしまった。くそっ、このままでは我々は戦わずにして敗北を認めざるを得なく なる。 「ちょっと外の空気を吸ってくる」 このまま考え込んでても仕方ないと思った俺は気分転換に外を散歩することにした。もう夜の12時だってのにまだ忙しく 働いている連中もいる。この基地にあるF−15J制空戦闘機にディフレクター・シールドの発生装置を取り付ける措置を施 している技師たちだ。敵の新型戦闘機が世界で初めてそれまでの固定武装である航空機関砲をレーザー砲に転換したという情 報を入手した我々はそれに対する防御手段としてディフレクター・シールドの開発を急ぐことにしたのだ。シールドといって も、長時間展開するには膨大な電力を必要とするため10分ぐらいしか効果が持続しないうえにミサイルに対する防御効果は 全くないという欠点がある。それならあの空中要塞のシールドも一緒じゃないのかということにもなるが、詳細はわからない が多分内部電力以外に外部からも電力を供給することで長時間でもシールドが展開できるようになるのではないだろうか。そ れと、まだ我々には実戦で使えるレーザー兵器が存在しないから、敵のシールドは要塞外周にエネルギー・フィールドを発生 させてミサイルやロケット弾、砲弾などを寸前のところで爆発させるタイプと思われる。レーザー兵器といいシールドといい 空中要塞といい敵の技術力は我々を凌駕していると言わざるを得ない。しかし、そんな敵にも問題はある。あの空中要塞も高 出力レーザー砲も決して完成された技術ではないのだ。もし、完成した技術だったら最初からそれを使っていたはずだ。そう すれば無駄な犠牲を出さずに戦争を終わらせることができる。奴らは何らかの理由で空中要塞などが完成する前に開戦を余儀 なくされた。三位の反逆だけが理由ではないだろう。それぐらいなら開戦を急ぐ理由にはならない。そして、開戦して相手の 領内に進攻したのはいいが反撃をゆるしてしまって逆に追い詰められた彼らは空中要塞を引っ張り出してきたということだ。 しかし、未完成状態のために主砲のレーザーはまだ1回しか使われていないし、シールドも展開されていない。そこを突けば 我々にも勝機があるのだが、戦力をズタズタにされている我が軍にはあのデカブツを叩き落とすだけの力がない。同盟各国は すっかり怖気づいている。中には俺たちに降伏を勧告する国もある。まだグリムスの国からは何も言ってきていないが、大家 だけに降伏してとか言われたら拒否し切れない。世界トップクラスの軍事大国がそんな弱気になるとは思えないが、あのレー ザー砲の威力を見せつけられたらどうなるかわからない。否、それを悪いとか言うべきではないだろう。国民を守るためなら それもしょうがない。どっかの国の指導者みたいに理想ばかりを追及して国と民を犠牲するわけにはいかない。オーブのアス ハは国民の安全を確保した上で大西洋連邦の要求に対処すべきだったのだ。それなら俺はどうだろう。無理して戦争を続ける 意味はあるのか? 「もし空中要塞を破壊する手段が見つからなかった場合は降伏も止む無しか……」 ふと、そんな弱気が頭を過ぎる。が、すぐにそれを振り払った。祖国の人々は占領者の圧政に苦しめられているという。ソ ユーズの傀儡政権は国家保安省を使って民衆に民衆を監視させる密告者制度によって反体制運動を抑圧しているらしい。一刻 も早くそんな状態から民衆を救わなければならない。もうすでに後戻りはできないのだ。ならば前進あるのみ。技師たちは一 心不乱に作業を続けている。いつ出撃がかかっても飛び立てるように寝る間も惜しんでいるのだ。俺は邪魔にならないように その場から離れた。 俺はその後も基地内を散策したが、さすがにこの時間になると歩哨ぐらいしか目につかなくなる。そろそろ俺たちも寝た方 がいいかな。もう、グリムスも熟睡しているだろう。奴が俺の婚約者ということで誰かが気を利かせたらしい。どこからかダ ブルベッドを調達してきたのだ。つまり、これで二人一緒に寝ろということだ。俺は当番兵に北村とイエショネクにも休むよ うに伝えるよう命じて部屋に入った。 「あれ?」 まだ灯りがついているぞ。グリムスもまだ起きて椅子に座っている。 「まだ起きていたのか?」 「君より先に寝ちゃ悪いと思ってね」 別にそんな気を利かせなくてもいいのに。先に寝ててくれたら布団に潜り込むだけで良かったのに。二人同時なら身の危 険を感じるじゃないか。口には出さなかったが、俺がいつまでもドアのところにいるのでグリムスもピンと来たらしい。 「だ、大丈夫だよ。僕は床にでも寝るから」 と、枕とタオルケットを持って床に横になろうとしたのだ。いくらなんでも王子様にそんなことはさせられない。 「いいよ。せっかくのダブルベッドなんだし。一人だとスペースが空きすぎだよ。でも……」 掛け布団が一枚しかないのは気に入らないな。新婚時代は一枚でもいけたが時が経つにつれどうしても二枚必要となって くる……。じゃなくて、一枚だと寄り添って寝なくちゃならんだろ。だって、どっちらかが布団を独占するかもしれないじ ゃないか。俺だったらいいけど、グリムスが布団を独り占めしていたら多分叩き起すことだろう。もう一枚布団を持ってこ させようとも思ったが、グリムスの心証を考えると止めといた方がいいな。 「じゃ、寝るとするか」 いや、その前にシャワーを浴びよう。国家元首なので自室に仮設のシャワー室があるのだ。突貫工事でつけてもらった。 外に出なくてもシャワーが浴びれるとは便利だな。浴槽が無いため入浴できないのは仕方ない。それぐらいは我慢するさ。 問題は……。 「シャワーを浴びたいんだけど」 俺がそう言うとグリムスは慌てて顔を背けた。着替える場所が無いのも仕方ないことだが。別に見られて減るもんじゃな いけど、なんだろう嫌な気がするのは。かといって奴にサービスを提供する気にもならない。服を全部脱いだ俺はシャワー 室に入る際にチラッとグリムスの方に目をやった。覗くかな? その時は当然死をくれてやる。 どうやらグリムスは死なずにすんだようだ。俺はシャワー室のドアを開けてバスタオルに手を伸ばした。床が濡れるので シャワー室で体を拭くことになる。辺境の基地なのでいろいろ不便なのは我慢するしかない。俺はバスタオルを体に巻いて ベッドに腰を下ろした。グリムスは律儀にもまだ俺から顔を背けている。早く服着て楽にしてやろうとバスタオルを取っ払 おうとした時だった。先ほどの当番兵がノックもせずにドアを勢いよく開けたのだ。 「総統閣下、吉報です!」 と中に入ってきた当番兵は俺を見て「失礼しました!」と慌てて外に出た。数分後、服を着た俺は当番兵にもういいぞと 中に入るように言った。 「一体どうしたんだ。そんなに慌てて」 吉報とか言っていたな。なんだろう。兵から話を聞いた俺は、 「それは本当か?」 「はい、間違いありません」 なんてことだ。俺はすぐに作戦会議室に向かった。パジャマのままだったが、着替える時間も惜しかった。会議室に入っ た俺は北村に当番兵から聞いた話の詳細を尋ねた。 「空中要塞の弱点がわかったそうだな」 「はっ、RSHAY(国家保安本部第6局)のエージェントからの情報です」 北村は興奮を抑えきれない様子だった。俺もそうだ。そのエージェントからの情報によると空中要塞の中枢部に動力炉が あって、そこから要塞内の電力を供給しているらしい。そして、例の高出力レーザー砲はその動力炉の真上にある。完成し た状態だったら動力炉を直接攻撃するのは不可能だが、現在の空中要塞はまだ未完成で外部から戦闘機で動力炉に接近する ことも可能だという。 「よっしゃ」 俺は思わずガッツポーズをしてしまった。いかん、相撲協会に怒られてしまう。 「これで俺たちにも運が向いてきた。今日の日の出は何時だ?」 兵の一人がパソコンで調べて報告した。 「6時25分ごろです」 「よし、1時間前の5時25分に戦闘機パイロットを起こして集合させろ。黎明とともに当基地を出撃、敵空中要塞を撃滅 する。これが最後のチャンスだ。技師たちに作業を急ぐように伝えろ。まだ起きているパイロットがいたらすぐに寝かせろ。 寝不足の頭で飛ばれても役には立たんからな。諸君らも休んでくれ。俺も休む。以上だ」 俺が言い終わると、全員がビシッと敬礼して一斉に「グロース・ジーク・エンパイア」と斉唱した。俺もそれに返礼した が、皆が軍服なのに俺だけパジャマという絵柄はシュールだな。 翌朝、頼んでおいたモーニングコールで目を覚ました俺は隣に寝ているグリムスを起こさないようにそっとベッドから出 た。服を着替えた俺は音を立てないように静かにドアを開けた。グリムスはまだ熟睡しているようだ。彼が起きる頃には結 果が出ているだろう。 「正直に言うと、そんなに嫌いじゃないよ」 俺はそう言い残してそっとドアを閉めた。 外ではすでにパイロットたちが指定された場所に集合していた。俺が姿を現すとパイロットたちは一斉に立ち上がって敬 礼した。俺はそれに返礼しながらマイクで指示を飛ばしている少佐のところに向かった。 「すまない少佐ちょっとマイクを貸してくれ」 俺はマイクを受け取ると壇上に上がってパイロットたちに「おはよう」と声をかけた。これで俺に気つかず雑談とかして いた者も俺に注目した。 「おはよう、というにはちと早すぎたかな? まだ夢見心地の奴はいないだろうな。いたらコーヒーでも飲んで目を覚まし てくれ」 まずは皆の緊張を解す。んで、本題に入る。 「これより諸君はこの戦争で最後になるであろう攻撃作戦に出撃することになる。勝っても負けてもこれで戦争の趨勢が決 まる。諸君らの奮戦に国家の命運がかかっていることを忘れないでほしい。今日は2月11日だ。かつてジンム帝が東征を 終えて即位したことにちなむ。2600年以上も昔のことだ。そして、今日この祝日は上書きされることになるだろう。全 員が力を合わせて敵を打ち倒し、新しい国家を建設した記念すべき日として。ジンム帝は幾度の困難を克服して勝利を収め た。我々もこの未曽有の危機に挫けることなく困難に立ち向かい勝利と明日を手にしなければならない。私の辞書には諦め という文字は無い。そして、諸君らに対する不信という文字も無い。必ずや期待に応えてくれると信じている。我々は必ず 勝利する。そして、新しい国家の門出を共に祝おう。今日が我々の始まりの日なのだ!」 直後、歓声が巻き起こるのを見て俺はホッと胸を撫で下ろした。あれだけの演説をぶってダダスベリしていたら立つ瀬が ない。予想以上の反響に安堵しながら俺は壇から下りてマイクを少佐に返した。その際に少佐にそっと耳打ちする。 「悪いが戦闘機を1機空けておいてくれ」 少佐は一瞬わけがわからないといった顔をしたが、すぐに俺の意図に気づいて顔色を変えた。 「頼んだぞ」 俺は少佐の肩をポンと叩いて念を押すと、耐Gスーツに着替えるためにその場を後にしようとした。そこに、会話を聞い ていた北村が近寄って来た。 「総統閣下、何をなさるおつもりで?」 「お呼びがかかったから行くのさ」 「誰に?」 「大空にだよ」 そう言ってウインクすると、北村はやれやれといったポーズをとった。 「閣下、いいですか? 貴方は女性なのですから……」 「待って」 俺は北村の発言を遮るとあるパイロットを指差した。そのパイロットは誰が見ても女性だった。 「国を守ろうという意思にジェンダーは関係ないよ」 そう笑いかけると、北村も苦笑しながら引き下がった。 日の出の時刻となり、太陽が顔を覗かせると俺たちは基地を飛び立った。機数はF−15Jが俺のを含めて20機、F− 2Aが6機、F−2Bが3機、F−4EJ改が9機の計38機。これが現時点での我々の全戦力だ。開戦前の1割にすぎな い。ミサイルの数も不足していてF−15JとF−2には4発搭載しているが、旧式のF−4EJ改には2発しか搭載され ていない。シールドも装備していない機体を参加させるのはさすがに躊躇したが、一機でも戦力が必要なのでパイロットの 合意を得て数に加えたのだ。 「イーグル1より各機へ」 俺は無線で各機に呼びかけた。 「いま、お前たちには俺も襲われている恐怖がとりついているだろう。人間だ。怖いと思う時は必ずある。しかし、いまは その時ではない。戦友を見捨てて逃げ出したい衝動に駆られる時もあるだろう。しかし、それはいまではない。いまは戦う 時だ。君らはプライベートでは良き夫であり、父であり、恋人でもあるだろう。だが、いまは君らは勇敢な戦士だ。その昔、 由弓は爪を盾にして数万の敵を防ぎ、子柱は針のような刀で多数の敵を倒したという。俺たちには漢の名将李陵に劣らない 闘志がある。お前たちは決して敵に背を向けないと俺は信じている。お前達がこの信頼に応えてくれることを期待する」 すると、すぐに各機から返答があった。 『任せてくださいよ、総統閣下』 『敵さんに目に物見せてやりますよ』 『貴方に勝利をプレゼントします。期待しててください』 俺の機体の隣につけている戦闘機のパイロットは笑顔で俺に敬礼する奴もいた。俺も笑って敬礼を返す。そうこうしてい るうちに目標が見えてきた。まだ距離があるはずなのに視認できるのはそんだけデカイということだ。 「全機、Lock and load」 噂通りのでかさに内心呆れながらマスクを装着すると俺は攻撃準備を命じた。各機から『攻撃準備よし』との通信を受け た俺は攻撃命令を出した。 「Fire at will」 次いで、AAM−4の発射ボタンを押す。 「イーグル1、フォックス・スリー」 俺の機体からミサイルが射出された。続いて各機からもミサイルが発射された。ミサイルはことごとく命中して爆発を起 こしたが、要塞からしたら掠り傷にしかならないだろう。やはり、中央部に侵入して動力炉を破壊するしかない。エージェ ントからの情報では要塞は各ブロックの間に隙間があり、そこから容易に中枢に行くことができるらしい。だが、それは敵 もご存じのはずで、要塞を守ろうと多数の敵機が行く手を阻んだ。 「なんとしてでも、中枢部に侵入するんだ!」 敵機の攻撃をかわしながら俺は各機に指示を飛ばした。敵機は機体が小柄なためミサイルの類は搭載していないが、レー ザー砲の速度はものすごく、ロックしてトリガーを引けばほぼ命中させることができる。何機かの友軍機が被弾したが、シ ールドのおかげで撃墜にはいたらなかった。しかし、シールドには有効時間があるし、シールドを装備していない機体もあ る。時間が経てばこちらが不利になる。俺は、敵機に狙いを定めるとAAM−5を発射した。 「イーグル1、フォックス・ツー」 ミサイルは敵機に命中して爆散させた。これで、要塞までの間を邪魔する敵機はいまのところない。俺は自機を要塞に向 かわせた。すでに、2機の友軍機が要塞に侵入するのが見えた。それを追う敵機も。俺をそれに続いた。 要塞を構築するブロックの間に隙間があるといっても、ところどころに連結した部分がありそれをかわしながら飛行する のはかなりの技量が必要だった。小柄な敵機はその点は心配いらないだろうが、こっちとしてはそうはいかない。障害物を 避けるのに精一杯で味方を攻撃する敵機を攻撃することができずにいた。シールドを装備しているとはいえ、攻撃が命中す れば衝撃までは免れずこんな狭いところで体勢を崩せば外壁とかぶつかって墜落してしまう。後方からの攻撃をかわしなが ら進む友軍機を俺は固唾を呑んで見守った。そして、ついに動力炉が見えた。すかさず、ミサイルが撃ち込まれる。これで、 この戦争も終わりだ。だが、ミサイルが直撃したにも関わらず動力炉には傷一つつかなかった。 「シールドか!?」 敵は動力炉だけは鉄壁の守りを敷いていたのである。動力炉のみを守るのであればさほど大きな電力を必要としない。迂 闊だった。要塞最大の弱点は敵が一番よく知っていることを失念していた。予想外のことに動揺したのかミサイルを発射し た2機のうちの1機が敵の攻撃を受けてバランスを崩して外壁に衝突してしまった。 「くそっ」 俺は毒づくと、動力炉の下から外に脱出した。外では熾烈な空中戦が展開されていた。もうシールドの有効時間は過ぎて いる。俺は各機に指示を飛ばした。 「シールドの発生装置を破壊するんだ!」 しかし、どこに発生装置があるかわからない。地上にはそれらしいものは見当たらない。ならば、要塞に取り付けられて いるのか? 俺は敵機をAAM−5で撃墜すると、要塞の下部に球形の物体が取り付けられているのを見つけた。 「あれだ! あの丸っこいのがシールドの発生装置だ。あれを破壊しろ!」 俺の指示で、友軍機からミサイルが撃ち込まれ発生装置を破壊した。これで、動力炉は無防備だ。だが、敵機と要塞の対 空砲火ですでに半数以上の味方機が撃墜されている。残った機もミサイルを撃ち尽くしているのが多かった。機関砲のM6 1A1では動力炉を破壊するには威力が不足している。幸い、俺はミサイルを一発残している。 「ミサイルがまだある奴は俺に続け。今度こそ動力炉を破壊する」 1機が俺の後方についたが、すぐに撃墜された。俺は1機だけで要塞の隙間に侵入することにした。当然、敵機も追いか けてきた。俺は攻撃が当たらないのを祈りながら動力炉を目指した。そして、動力炉を捉えるとミサイルの発射ボタンを押 した。 「イーグル1、フォックス・スリー」 ミサイルが命中したのを確認した俺は急いで機体を外に脱出させた。俺を追いかけていた敵機は動力炉の爆発に巻き込ま れた。俺はギリギリのところで脱出に成功した。要塞は動力炉の爆発で反重力装置も無効化され、浮遊能力を失った各ブロ ックは崩壊しながら地上に落下した。崩れ落ちる要塞に俺は胸から込み上げるものを感じたが、いまは感慨にふけっている 余裕はない。敵が態勢を立て直す前に離脱する必要がある。俺は残った戦闘機に命令を発した。 「イーグル1より各機へ。ただちに現空域より離脱して基地に帰投せよ。皆、よくやってくれた。御苦労」 俺たちは敵が混乱している隙に基地に帰還した。 空中要塞の破壊に成功して数日が経過した頃だった。最前線から敵の司令官から休戦の申し出があったという報告があっ たのだ。俺たちはそれに不審を感じた。なぜ、一介の軍司令官が休戦を申し込んでくるんだ? 外交ルートからは何も言っ てきていない。敵の軍司令官はとりあえず戦闘を停止したいと言っているらしい。それが本当ならこちらとしてもありがた い。相談した結果、俺たちはその申し出を受けることにした。敵で軍によるクーデターが発生して政権が倒されたという情 報が入ったのはその直後だった。空中要塞を破壊され追い詰められた敵の首脳部は戦略核を撃ち込もうとしたが、それに反 発した軍がクーデターを起こしたらしい。 2週間後、混乱が治まって臨時政府が成立したソユーズ他のW/P側諸国と我々GDTO諸国との間で休戦交渉が開始さ れた。そして、講和条約によって俺たちは祖国を取り戻すことに成功した。講和では戦争賠償についても話し合わされたが、 ソユーズの経済的理由によって求めないこととなった。実は今次大戦の勃発原因がそれだったのだ。反政府武装勢力によっ て石油施設を破壊されたソユーズは、豊富な石油資源があるユーラジア西側地域への侵攻を企てた。資源の輸出で経済を発 展させてきたソユーズにとって、石油は是が非でも失うわけにはいかなかったのである。しかし、どんな理由があるにして も我々GDTOがそのような行為を黙って見逃すわけはない。そこで、ソユーズはユーラジア西側に侵攻する前に我々に戦 争を仕掛けてきたのである。 それから1年後、俺は第3帝政の開始とその初代皇帝に即位することを宣言した。国民投票 と議会の議決の結果、どちらも過半数の支持を取り付けての事である。大勢の群衆を前に俺はこう演説した。 「先の戦争は不幸なできごとだった。我々はその悲しみを忘れるべきではない。しかし、憎しみまでをも引きずるべきでは ない。確かに我々とソユーズは血を流しあった。だが、それは両国の長い歴史においてはほんの一時でしかない。憎しみ合 った期間よりも友好な間柄であった期間の方が遥かに長いのだ。200年前、我々は手を結んで共に侵略者と戦ってこれに 勝利した。200年前に手を結べたことが現在では無理だとは誰が言えようか。親兄弟を殺された者にとっては敵は憎んで も余りあるだろう。その気持ちは私にもわかる。しかし、それでは我々は一歩も前には進めないのだ。悲しみは平和への強 い決意となる。だが、憎しみは相手への復讐となり、今度は我々への憎しみとなる。憎しみは負の連鎖しか生み出さないの だ。我々は再び悲劇を起こさないためにも憎しみを捨てなければならない。今回、私が新たに帝政を宣言したのもそうした 負の記憶をリセットして新たなる出発を迎えたいと願ったからである。国民よ。君たちは臣民ではない。苦難の時をともに 乗り越えた私の同志だ。どうか、私に力を貸してほしい。ともに歩いていこうではないか。戦争のない平和な国とするため に、君らの力が必要なのだ。それが、犠牲となった者たちへのせめてもの慰めとなる。我々が彼らにしてやれることは、相 手を殺すことでも自分が死ぬことでもない。彼らの分まで精一杯生きることだ。それが、彼らにしてやれる我々ができる唯 一のことなのだ。悲しみは忘れるな。憎しみは捨てろ。そして、精一杯生きろ。私が君らに願うのはそれだけだ。君らがこ れに応えてくれるならば私は君らに約束しよう。この国を争いのない誰もが平和で人間として当たり前の暮らしができる国 にすることを。人間は後戻りすることはできない。ただひたすら前に進むのみだ。長い人生においては挫折して立ち止まる こともあるだろう。過去に戻って人生をやり直したいと思うこともあるだろう。だが、人間は立ち止まることは許されない。 過去に戻ることもできない。できるのは未来に行くことだけだ。相対性理論ではそうらしい。前進しかないのであれば何も 迷うことはない。皆で手を取り合いともに進むのみだ。今日この時より我々は新しい一歩を踏み出す。それが神に祝福され た輝ける一歩であらんことを。グロース・ジーク・エンパイア!」 演説が終わると、会場から拍手喝采と「グロース・ジーク・エンパイア」が連呼された。 どんなに大きな出来事があったとしても、過ぎ去ってしまえば遠い過去の記憶となる。私は花束を持って歩きながら、 過去を思い返していた。友達の犠牲によって帝都から脱出してから戦闘機に乗って空中要塞を破壊するまでの6年間。あ の頃の私は、自分がいまのこの穏やかな時を過ごしていると想像していただろうか。否、していない。それどころではな かったから。それにしても、と思う。自分が戦闘機に乗って空中戦をやったなんて。確かにあれは自分がしたことだ。で も、なぜか自分ではなかったような気もする。自分の中の別の誰か。 「ふふっ」 と、私は笑い飛ばした。馬鹿馬鹿しい。私は私だ。周りの人は私が変わったと言うけど、私は変ったって思っていない。 女らしくなったって失礼なことを言う人もいたけど、女らしくもなにも私は最初から女の子なのに。 「ねえ、貴方はどう思う?」 後ろをついて歩く男に訊いてみた。私のボディガードだ。 「は? 何がですか?」 「私って昔はそんなに女らしくなかった?」 「そ、それは……」 男は答えに窮した。それで男がどう思っているかわかる。私はため息を吐いた。 「失礼な話よね」 「も、申し訳ありません」 「別に貴方が謝ることじゃないわ。それよりもごめんなさいね。こんなところにまで付き合わせて」 「いえ、任務ですから」 事務的な声で答える男。彼は私がなぜここに―海岸の堤防―に来たのか知らない。別にここでなければいけないという ことではない。人気がないから選んだだけで、海に面していたらどこでもよかった。私は君主だから護衛は大勢いるべき なんだろうけど、今回は静かに訪れたいと思ったから、無理言って彼だけを連れていくことにした。私は堤防の端まで行 くと、持っていた花束を海に投げた。今回はこれだけのために来たの。あ、ちゃんとビニールとかは取り外してから投げ ているから心配しないで。花を投げた後、私はしばらく水平線の向こうを眺めた。前にミサは私にこう言った。 「人間って、死んじゃうと土に埋められるでしょ? あれって、つまんないと思わない? だって、土の中じゃどこにも 行けないじゃない。海だったら世界中どこにでも行けるでしょ。だから、私は死んだら土にじゃなくて海に埋葬されたい と思うわけよ。姉さんも同じことを考えていたと思う。姉さんの望みは叶いそうにないけど」 その願いどおり私はミサの死体が発見されると極秘裏に彼女の遺骸を海に埋葬した。今頃、彼女は海を彷徨っているこ とだと思う。どっかに打ち上げられてしまうと困るので、遺骸は火葬して灰にしてから海にばら撒いた。それから、忙し くてなかなか海に来れなかったけど、今回ようやく時間が取れたので来ることができた。 「陛下、そろそろ」 男が声をかけてきたので私は帰ることにした。その前に私はもう一度海の方に顔を向けるとポツリと呟いた。 「また、来るからね」 リサの遺骸も発見できたら同じように海に弔ってあげるんだけど、まだ彼女の遺骸は発見されていない。宮城で死んだ のは確かなのに。お父様やお兄様とかの遺骸はあって埋葬もされているのに、なぜ彼女のだけないんだろう。でも、無く て当然という気もしたりする。なぜ、そう思うかわからない。彼女が私の身代わりになったことは覚えているけど、それ は彼女が私そっくりに変身して……の筈なのに記憶にあるその時の彼女の姿は私じゃなくお兄様だった。なんでだろう? 詳細に思いだそうとすると、いつも頭がクラクラとなってしまう。 「まっ、いいか」 私には過去ばかりを思っている暇はない。ミサとの約束を守らないと。彼女たち姉妹の分まで幸せになるって約束。私 は明日、隣国のグリムス王子と結婚式を挙げることになっている。私のために犠牲となって、自分の幸せをつかむことが できなかった不運な姉妹。彼女たちの分まで幸せになることがせめての供養となることを願いながら私はその場を後にし た。 了