戻る

 
皇紀2663年1月
 
 それはあっという間だった。突如として国境を突破したソユーズ連邦軍は我が軍を撃破して帝都に迫った。そのあまりにも
凄まじい進撃に我が軍の迎撃は間に合わず、我々は開戦早々にして首都決戦に臨まなければならなくなった。しかし、敵が帝
都の手前で補給のために進撃を一時停止したため我々は帝都防衛の時間を稼ぐことができた。どうにか、帝都防衛の態勢を整
えた我々は援軍が到着するまで持ちこたえられる自信をもったが、破局は意外なところから訪れた。部隊の一部が勝手に持ち
場を離れて撤退してしまったのだ。まるで、申し合わせていたかのようにその隙間から侵入してくる連邦軍。帝都は敵に蹂躙
され宮城にも敵の攻撃が及んだ。
 
 俺はリサ・オルデンドルフと宮城を逃げ回っていた。皇子である俺は見つかり次第殺害される可能性があるからだ。なんと
か宮城から脱出したいのだが、敵の厳重な包囲下ではそれは不可能に近かった。皇族たちは片っ端から捕らえられてその場で
殺害された。俺たちはまだ子供なのでちょこまかと動き回って敵から逃げ回ったが、それも限界が近づきつつあった。そして、
とうとう俺たちは敵に見つかってしまった。俺たちは必死に逃げてどうにか使われていない倉庫に逃げ込んだが、見つかるの
は時間の問題だろう。覚悟を決めた俺は正座して短刀を取り出した。
 
「もはやこれまで。せめて我が首を敵に奪われることなかれ」
 首を敵の眼前に晒すなどこの上ない恥辱である。かくなる上は潔く自害して首をどこかに埋めるまで。俺はチラッとリサを
見た。彼女は女の子なので見つかっても見逃されるだろう。問題はうまいこと介錯人が務まるかどうかだ。人間の首を一刀の
元に切り落とすのは腕が立つ者でないと無理で、下手な者がやれば何回も切腹人を斬ってしまうことになる。それは非常に不
名誉な事とされ、通常介錯人はその家中で最も剣術に長けた者が務めることになっている。家中に該当者がなければ他家から
借りてくることもある。三島事件でも森田必勝は三島由紀夫の介錯に失敗して古賀が代わりに三島を介錯している(古賀は剣
道居合の経験者だった)。リサは俺を警護するためにサーベルを持っているが、それで人を斬った事は一度も無い。俺がリサ
をチラ見したのは彼女の自信を探るためだ。それによって、自決の方法も変えなくてはならない。だが、彼女の反応は予想外
のものだった。
 
「駄目よ!」
 リサは叫んだ。倉庫の外にまで聞こえるかもしれないぐらいの声で。俺はびっくりして彼女の顔を見た。
 
「諦めては駄目。貴方は生き残らなきゃ」
「でも、もう・・・・・・」
 状況はもう脱出など不可能なところまでに悪化している。敵は皇族を全員見つけるまで捜索をやめないだろう。俺が逃げる
には誰かが身代わりになるしかない。その身代わりになれる者がいないのだ。俺だってこんなところで死にたくない。でも、
どうしようもないんだ。ここは皇軍の潔さを敵に見せるべきではないだろうか。それとも何か策があるのか?
 
「ある」
 とリサ。その顔は何かを決意したかのような感じだった。
 
「もしもの時のために習っておいた魔法があるの」
「魔法?」
 訝る俺の顔をリサは右手で掴んだ。
 
 「あ、あの・・・・・・」
 不安になった俺はリサに声をかけたが、リサはそれを無視してブツブツと何かを呟き始めた。呪文だろうか。しかし、一体
何されんだ? と、俺は体中がムズムズするのを感じた。魔法のせいか? ますます不安になる俺。せめて何をするのか言っ
てからやってほしかった。俺の不安が頂点に達しつつある時ようやくリサは俺の顔から手を離した。リサは安堵した顔で、
 
「終わったわ。初めてだったから上手くいくか不安だったけど大丈夫だったみたい」
 俺はまだ不安だ。自分の体がどうなっているかわからないからだ。まさか、バッタ男に変身できるように改造されているわ
けではないだろうが、何らかの変化が起きたのは間違いない。潜在能力が呼び起こされたとか?
 
「俺はどうしちまったんだ?」
「説明は後。時間が無いわ。早く脱いで」
「えっ?」
 何を? と言う前にリサは俺を脱がしにかかった。こんな時に何してんだ、オメーはよ。
 
「いいから早く脱ぎなさい。時間が無いんだから」
 俺は抵抗も空しく着ていた者を全部脱がされてしまった。下着まで脱がされた俺はあわてて股間を隠すが、その時ある異変
に気づいた。
 
「あり?」
 俺は股間を摩ってみた。・・・・・・無い? 恐る恐る下を向くと、股間にあるべき物がきれいさっぱりなくなっていた。
 
「こりは一体?」
 わけがわからない俺はリサに視線を向けたが、リサは何も言わず今度は自分が服を脱ぎ始めた。そして、全部脱ぎ終えると
散らばっていた俺の服を手にとってそれを着始めた。
 
「ほら、貴方も早く私の服を着て」
 着てって、着せ替えごっこしている場合じゃないだろ。わざわざ俺を女の子にしてまで。だったらお前も男にならないと不
公平だぞ。すると、リサは俺の服を全部着終えると今度は自分に魔法をかけて俺そっくりに変身した。その時になってようや
く俺はリサの意図に気づいた。彼女は俺の身代わりになるつもりなのだ。
 
「待てよ。何も君がそこまでしなくても」
「これしか貴方が助かる方法はないの。もしかしたら皇族は全員殺されているかもしれない。そしたら貴方だけが希望なのよ」
 そんな事言われても、俺一人だけが逃げるなんて。渋る俺にリサは哀願するような顔で説得した。
 
「お願い、わかって」
「でも・・・・・・」
 リサの言っていることはわかる。敵の包囲下では脱出は困難であるし、未確認だが父と皇太子である兄が死亡したという情
報もある。他の兄弟だって安否は不明である。俺も自分の立場は弁えているから何としてでも生き残らなきゃならないのはわ
かっている。しかし、はいそうですかとリサを見捨てられるほど彼女との関係は浅くは無い。かといって他に良い手立てが思
いつくわけでもない。選ぶべき答えは一つだけだ。だが、それを選べばリサとは永久に会えなくなる。そんなのヤダ。
 
「畜生・・・・・・」
 生まれて初めて俺は自分の無力さに怒りを覚えた。女の子一人助けることができないなんて。
 
「すまない・・・・・・俺にもっと力があったら・・・・・・」
 子供にできることなんて何もないのはわかっているが、言わずにはいられなかった。すると、リサは項垂れている俺の顔を
持ち上げて、いきなり唇を重ねてきた。
 
「!」
突然の出来事に俺は体が硬直してしまった。ドキン、ドキンと心臓の鼓動が大きくなっているのがわかる。リサは唇を離すと
照れのせいか顔を俯かせた。しかし、すぐに俺の顔を見て、
 
「ありがとう。貴方のその気持ちだけで十分よ」
 その顔は泣きそうなのを無理矢理笑顔で誤魔化そうとしている感じだった。だが、涙を抑えきれないようでリサは顔を背け
ると、
 
「さようなら・・・・・・」
 と言って、外に飛び出した。待てっと言う間もなかった。やがて銃声が響いてきた。俺はただがっくりと項垂れて肩を震わ
せるしかなかった。
 
 
 父の死で我が軍の組織的抵抗は終了した。残存部隊は包囲網を突破して脱出したが、大勢の市民も軍と行動を共にした。無
論、俺もその中にいた。敵の目を掻い潜って逃げ回っているうちに彼らと合流したのだ。必死で逃げてきた俺は安心したせい
か疲れがどっと出て倒れてしまった。
 
「だ、大丈夫か?」
 近くにいた男が抱きかかえてくれた。俺は礼を言いつつ起き上がろうとしたが、思ったより疲労が激しく歩くこともままな
らない。
 
「あまり無理するなよ。良かったら俺の荷車に乗りな」
「いいのか?」
「ああ、嬢ちゃん一人ぐらいなら大丈夫だ」
 嬢ちゃん? そうか、俺は女になったんだったな。まあいい。ここはお言葉に甘えるとしよう。俺は男の荷車で横になるこ
とにした。荷物に遠慮しながらなのであまり快適ではないがしょうがあるまい。だが、
 
「なあ、毛布を借りてもいいか?」
 寒いのだけは我慢できないので、俺は毛布を借りられるか男に聞いてみた。
 
「ああ、そんな軽装じゃ寒いの当たり前だからな。そこにあるのを使ってくれ」
「すまない、恩にきる」
 俺は毛布に包まった。前日から降り続いていた雪は小降りにはなっていたが、依然として寒さという自然の猛威を頼みもし
てないのに惜しげもなく与えてくれる。市民はまだいい。兵士たちは負傷者以外は徒歩での移動を余儀なくされていた。連日
の戦闘での疲労に休みなしに歩かされたら見ていて気の毒になる。しかし、まだ休むわけにはいかなかった。ここでは敵の追
撃を受ける恐れがあるからだ。力尽きて倒れそうになる戦友に肩を貸しながら彼らはこう仲間を励ました。
 
「がんばれ。捕虜になったら奴らの扱いは犬以下だぞ」
 だが、帝都を脱出して10日を過ぎるようになると、新たな問題が出てきた。元々、十分でなかった食料が底をついたのだ。
空腹と寒さで体力を奪われて倒れる者が出始めた。周りの者も肩を貸してやれるだけの体力があるわけではなく、見捨てるし
かなかった。調達しようにも数十万にも及ぶ人数を賄える食料がある所まではまだ日数がかかる。俺も例外ではなく、腹が警
告音を鳴らすのだが、食べ物が無いとどうにもならない。そんなある日、男が土粥(※1)を持ってきた。
 
「何も食べないよりマシだろ」
 腹が極限まで減っていた俺は拒否することができなかった。仮にも俺は皇子だぞ。って、言いたいがいまの俺には自分が皇
族であることを証明することができない。俺は皇子だって言ってもいまは女だし、皇女って言っても証拠がない。魔法を解い
て元に戻ればいいのだが、前に魔法使いに解除をお願いしたら流派がわからないと無理と言われた。流派って俺はリサが魔法
を習得していたこともあの時初めて知ったんだ。彼女がどの流派から学んでいたなんて知るわけがない。魔法をかける時に詠
唱していた呪文の一部でも覚えていたら良かったんだが、何を言っていたかさっぱり理解できなかった。小声で聞き取りにく
かったのもあるし。ってことは、俺は一生こんな身元不明の女の子として生きていかなければならんのか? これじゃリサが
犠牲になった意味がないじゃないか。俺は自分が皇族であることを何とか証明する方法を考えたが、良い案は出てこず時間だ
けが虚しく過ぎていった。諦めかけていた俺だったが、土粥なんて食べさせられたら何としてでも皇族に復帰するしかないと
奮起するのは当然だ。とりあえず、駄目もとで司令官に会うことにした。まあ、門前払いされるだろうなと思ったら、意外に
もあっさりと通された。途中で、二人の兵士が話しているのが聞こえてきた。
 
「ハインツはやっぱり見つからなかったよ。帝都で死んだのかな」
「だと、いいがな。そうでなかったらもっと悪いよ。捕虜収容所で死ぬまで強制労働だからな」
 俺は黙って通り過ごし、司令官がいる場所に来た。
 
「君が皇族だというのは本当かね?」
 司令官は疑り深そうな目で聞いてきた。当然の反応だ。俺は堂々と答えた。
 
「そうだ」
「しかし、私は君を見たことが無いのだがね」
 だろうな。しかし、その言い訳はちゃんと考えてある。
 
「俺は母が庶民なので一般には隠されていたんだ」
 俺の父は無類の女好きで有名で実際世間に公表されていない兄弟たちがいっぱいいることを俺は知っている。この司令官も
それは知っているはずだ。
 
「なるほど、可能性はあるな。しかし、それだけでは君を皇女殿下とお呼びするわけにはいかんな。何か証明する物は無いの
か?」
「そ、それは……」
 俺は口ごもった。やはり証拠が無いと無理か。くそっ、体は正真正銘皇帝の血を受け継いでいるのに……。あ、そうだ。
 
「DNA鑑定だ。それなら俺が皇族だってことがわかる」
 畜生、なんでもっと早くそのことに気付かなかったのか。司令官もそれに同意した。検査の結果が出るまで俺は拘束される
こととなったが、結果は言うまでもないだろう。やれやれ。
 
 
 

National Foundation Day(first part)
「亡国の皇女」

作:大原野山城守武里




 
 
 
 
 
 あれから6年が経過した。俺たちは残存戦力を結集して抵抗を試みたが、奮戦空しく敗れ去ってしまった。抵抗を諦めた
俺たちは国外に脱出した。隣国に俺の姉が嫁いでいたので居候させてもらうことにしたのだ。姉の夫でその国の王太子は快
く俺たちを受け入れてくれて、俺たちが国家を奪回するまでの期間限定で領土の一部を貸してくれた。俺たちはそこを拠点
として反攻の機会を窺うことにした。
 
 そんなこんなで6年が経って、あの頃は子供だった俺もすっかり大きくなってしまった。いま俺は一人草原を馬で駆け回
っている最中だ。一応、俺も国を代表する立場なので大変忙しい身なのだが、時々こうして気分転換にお馬さんで散歩した
りするのだ。本来なら誰かがお供としてついてくるのだが、今回は一人でのんびりしたかったので皆には内緒で屋敷から出
てきたのだ。今頃、屋敷は大騒ぎになっているだろうが、帰ったら謝っておこう。もしかしたら、すんごく怒られるかもし
れんが、やってしまったことは仕方がない。後の事は後で考えることにしよう。なぜなら先に考えなければならない事が発
生したからだ。さっきまで歩いていた馬が急に足を止めたのだ。
 
「どうした?」
 馬は辺りを警戒しているようだ。俺は腰の拳銃(※2)を手に取った。確かになにかの気配を感じる。試しに気配がする
方へ2、3発ぶちかましてみた。すると、銃声に驚いた何かがこっちに向かって飛びかかってきた。俺はすかさずそいつに
銃弾を命中させた。近寄って正体を確認すると、死んでいたのはサーベルマウスという刀を持ったネズミだった。危ないと
ころだった。もし、接近を許していたら草原に屍を晒していたのはこっちになっていただろう。俺は拳銃に弾薬を装填する
とホルスターに戻して、再び馬を進ませた。やっぱり、一人で草原を行動するのは危険だったか。俺は少し早いが屋敷に戻
ることにした。怖気づいたと言われれば仕方がないが、俺は迂闊に死ぬわけにもいかない。なぜなら、俺は皇后である母か
ら生まれた男子の中で唯一の生き残りだからだ。母はいつも俺に言っていた。絶対に皇位は皇后である自分が産んだ者が継
承すべきだと。俺は死んだ兄とこの国に嫁いでいる姉以外は兄弟とは思っていない。絶対に祖国は俺の手で取り戻して見せ
る。それが6年前からの俺が心に固く誓ったことだ。そんなわけだから、こうして一人でこんなところにいるのは良くない
んだけんども、そこはそれたまには一人でね。ストレス解消の気分転換ってやつさ。今日はもう帰るから許してくれ。だが、
遅かった。沼の畔を進んでいる時だった。ヒュンっと音がしたと思ったら、馬の首に一本の槍が突き刺さったのだ。雄叫び
をあげて倒れる馬。当然、俺も振り落とされて落馬した。幸い、沼に落ちたので怪我はなかった。
 
「くそっ、誰だ」
 拳銃を構えて槍が飛んできた方に目をやると、槍を持ったウルフハーフ(オオカミ型獣人)が5匹ほどこっちに近づいて
いるのが見えた。
 
「厄介な奴らに」
 見つかったものだ。くそっ、ショットガンでも持ってくるべきだった。皆に黙って出てきた罰でもあたったかな? 謝る
から助けてくれ。といっても、誰も助けてくれないので一人できり抜けるしかない。馬が無事だったら馬で逃げるのだが、
自力で走るとなると逃げるのは不可能だ。俺は銃口を奴らに向けて狙いを定めた。44口径マグナムでも一発では仕留めら
れない。人間とは耐久力が違うからだ。しかし、負傷させて動けなくさせることができる。心臓を狙えたら一発でやれるん
だが。緊張で汗が滝のようにでてきた。奴らも銃を警戒してか距離を取って様子を窺っている。弾は銃に装填している6発
とスピードローダー(※3)の6発だけ。緊迫した空気が流れた。ちょっとでも隙を見せたら一気に攻められる。くそっ、
緊張しすぎて喉が渇いてきた。命の危機にさらされるのは6年前のあの時以来だな。でも、あの時と違っていまは直接的脅
威が目の前にいる。そして、俺はその脅威と一人で対処しなければならない状況にある。このまま睨み合っていても埒が明
かない。俺は思い切って打って出ることにした。
 
「南無八幡大菩薩。我に勝利を与え給え」
 俺は神に祈念すると引き金に指をかけた。だが、引き金を引く前に銃声が轟いて奴らの一匹の頭が吹き飛んだ。それから
立て続けに残りの奴らも射殺された。あっという間の出来事だった。銃声が聞こえてきた方を見ると、何人かの馬に乗った
男がM16(※4)を手にしていた。服装からして姉が嫁いでいるこの国の軍人みたいだが、借りているとはいえこの地域
の統治権は我々にあって彼らでも許可なしに立ち入ることはできない。少なくとも俺は許可した覚えはない。助けてもらっ
たので、あまりきついことは言いにくいが一応言うべきことは言おうと思っていたら向こうの中の一人がこっちに近づいて
きた。そいつは他の連中と違ってこの国の王族の服を着ていた。
 
「やあ、お怪我はありませんでしたか?」
 と、手を差し伸べた男は俺と同い年くらいだった。なんか馴れ馴れしい奴だなと思って、そいつを見上げていると、
 
「僕を覚えていないのかい?」
「?」
 俺は首をかしげた。はて、どっかで会ったかな?
 
「ほら、僕だよ。6年前のパーティで会ったグリムスだよ」
 グリムス? ああ、思い出した。6年前に俺たちを歓迎するパーティが開かれて、その時に参加していた王族に俺と同い
年の王子がいた。そいつの名前がグリムスだ。すっかり、忘れてた。ずいぶんと大きくなってまあ。
 
「君もすっかり女らしく……とは言えないか」
 グリムスは泥まみれの俺の姿を見て苦笑した。笑うな。仮にも国家元首に対して無礼だぞ。
 
「これは無礼を。それで、君はどうする? 僕らはこれから君の屋敷に行くところなんだけど」
「なんで?」
 お客さんが来る予定ってあったかな?
 
「聞いてないのかい? 今日は僕と君の婚約発表の日じゃないか」
 はひ? こんやく? こんにゃくじゃなくて? 近訳、昆訳、今訳、金訳、さて漢字にするとどれでしょう。えっ、違う?
結婚を約束すると書いて婚約。なんだ、そうか。はははははっ、って、なんですとぉぉぉぉぉ!!!!!
 
 
 
 
「これは一体どういうことだ!」
 俺は屋敷に帰るなり家臣たちに怒鳴りつけた。結婚なんて一度も聞いたことがないぞ。
 
「は、はい、実は6年前から決まっていたことでありまして、御屋形様(※5)とグリムス殿下のご結婚がこの地域を借りる
条件だったのです。その時にお話すれば良かったのですが、何分あの頃は御屋形様も幼かったのである程度大きくなられてか
らの方が良いと思いましたので」
 くそっ、すんなりと土地を貸してくれたらと思っていたらそんな裏取引があったとはな。で、お前らは俺を売ったわけか。
非難の眼差しを向けると、さっきとは別の家臣が反論した。
 
「何を申されます。御屋形様を売ったとは滅相もございませぬ。我らは先代の無念を晴らし国を取り戻すにはこの国の後ろ盾
が不可欠と思うての判断でございます」
 だからって、俺を人身御供に差し出すようなことをせんでも。
 
「されど、御屋形様は女子ですので皇位には……」
 家臣は口ごもるが、言いたいことはわかる。我が国の憲法には『皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ之ヲ繼承ス』とあり、そ
の皇室典範第1条には『皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス』とある。つまり、俺には皇位継承権がないのだ。だ
からといって、そんな法律にこだわっていたら誰も継承できなくなるぞ。残された手段は他国や他家に養子に出ている俺と腹
違いの兄弟を呼び戻すか、旧宮家を復活させるかしかないが、そのどれも俺の採るところではない。あくまで皇位の継承は正
室である母から生まれた俺がするべきだ。ちっ、迂闊に女になったのがまずかったな。男のままだったら、こんなややこしい
ことにはならないのに。あれ以来、魔法使いを見つけては魔法を解く方法を聞いたんだが、魔法の流派がわからないとどうに
もならんという返答が返ってくるばかりだった。つまり、現時点で皇位継承者は一人もいないこととなり、それではまずいと
いうことで家臣たちは一つの選択肢を選んだらしい。男系の維持はもはや不可能であるが、男子の継承は俺に婿を取らせて男
子を産ませたら問題は解決する。その間のつなぎとしてグリムスが代理として仮の皇位につく。それが最良と判断したようだ。
それなら母の血統が皇位を継承していくわけだから、俺としても文句のつけようがないんだけど、いくら仮とはいえよそさん
の王子に皇位を譲らなきゃいけないなんて納得いかん。本当なら俺が皇位を継ぐべきなんだ。それに、グリムスがすんなりと
俺の子供に皇位を譲るかも怪しい。そのまま、この国と合併なんてこともあり得る。かといって、もう決まってしまった婚約
を破棄してこの国との友好関係にひびが入るのもまずい。家臣たちは勝手に婚約を決めてしまったことを平謝りしているが、
誰もが間違った判断はしていないって顔をしている。俺だって家臣たちの判断が間違っているとは思っていない。国を指導す
る立場だってことも十分弁えている。結婚して子供も産まなきゃならんなあってこともわかっている。でもなあ、結婚って言
われてもなあ。だいたい、俺に生殖能力があるのか? 表面も中身も立派な女の子だけど、元は男だったからな。子供が産め
ない体質だってこともあり得る。一回調べた方がいいだろう。まあ、それは後として不本意だが、グリムスとの婚約は認めざ
るを得ないだろう。だが、そのまますんなりと認めるのは面白くないので条件をつけよう。
 
「わかったよ。婚約でも何でもしてやるよ。でも、皇位は俺が継承する。それが条件だ」
 家臣たちは顔を見合わせた。皇室典範には男子しか皇位を継承できないと記されているから困惑しているのだろう。でも、
皇室典範が制定される以前は女性の皇帝も存在している。どっちみち男系の維持が不可能となった現状では皇室典範も変えざ
るしかないんだ。
 
「わかりました。その件は後日評定を開いて議論することにしましょう。それでよろしゅうございますか?」
 いいだろう。皇室典範は改正が面倒な法律なので、俺もすぐに変えられるとは思っていない。よもや、議論した末にやっぱ
り駄目ですってことにはならんだろう。もし、仮にそうなったとして法律自体を消滅させる手段はいくらでもある。
 
「では、先方を待たせてますので、お召し物の方を……」
「えっ、着替えるの?」
「当然でございましょう。ささ、お早く願います」
 別にこのままでいいじゃん。さっき着替えたからまた着替えるの面倒だ。俺はそのままの恰好で行こうとした。すると、
 
「なりません!」
 と、大きい声が。振り向くと、俺がもっとも苦手とする人間が立っていた。世話役の滝祢だ。
 
「姫様、国を治めるお方は服装もきちっとされるものだと常々申しているはずですよ」
 小言を言いながら滝祢は俺の手を掴んで連行した。彼女は並の男よりも力がある恰幅のいい女性で、当然女になってしまっ
た俺は抵抗してもすぐに鎮圧されてしまう。滝祢にだけは頭が上がらない俺に笑いを堪え切れない様子の家臣たちを睨んで黙
らせると渋々連行されていった。
 部屋に連れて行かれた俺は着ていた服を脱がされてドレスに着替えさせられた。お姫様なので自分で着替えたりしない。着
せ替え人形みたいに他人が着替えさせるのだ。
 
「はい、終わりましたよ」
 滝祢にポンポンと腰を叩かれた俺は鏡で自分の姿を確認した。馬子にも衣装とはよく言ったもので、腕白坊主もといお転婆
娘として有名な俺がお姫様みたいに変貌するんだからな。実際、お姫様なんだから当たり前なのだがな。それにしても、2回
しか会ったことがない奴と婚約とはな。
 
「ねえ、あのグリムスってのどういう奴かな?」
 滝祢に聞いてみると、返答よりも先に叱責がとんできた。
 
「姫様、旦那さまになられるお方を奴とお呼びするものではありません。でも、そうですね。優しいお方でしたらよろしゅう
ございますね」
 優しい、ね。たしかに重要なファクターではある。それと、さらに重要なのはあまりやらしくないことだ。その点はグリム
スはどうだろう。見たところ、優しそうだし、やらしくなさそう。でも、頼りなさそうな感じもする。良い男ならもたれかか
って酒が飲めるってもんだが。そういや、グリムスは婚約のことをいつ知ったのかな? 俺みたいにずっと隠されていたわけ
じゃないだろうし。それと、
 
「滝祢は婚約のこと知ってたのか?」
 お世話係なんだから知っていて当然だ。知っていて、いままで俺に黙っていたのか。問い詰めると、あっさり白状した。
 
「すみません。黙っていろと言われていましたから」
 いいよ、別に。知らなかったのは当の本人だけか。できれば当日にいきなり知らされるんではなくて、前もって教えておい
てほしかった。
 
「さ、早く行きませんと」
 促されて俺は婚約発表の会見場所に向かった。すでに会見場所は大勢の記者が詰め掛けていた。我が国の記者もいるし、グ
リムスの国の記者もいるし、他の国の記者もいる。グリムスはとっくに来ていたようだ。付添は彼とは別に来ていたようで、
親戚筋のフェルナイト大公ゴーギャンと政府のラムゼス国務次官補にミンテージ国防長官、議会のクエール上院仮議長らの姿
が見えた。さて、いよいよだな。俺とグリムスは並んで壇上に立った。グリムスは少し緊張しているようだ。
 
「あまりこういう場には慣れてなくてね」
 そう小声でグリムスは弁明した。ほとんどマスコミに身を晒すことがないから場慣れしてないってことか。その点、俺は国
家元首なのでこういった会見にも怖気づくことはない。少し得意気になっていると、グリムスがジッとこっちを見ているのに
気づいた。
 
「どうした?」
 何か俺の顔についてたか?
 
「あ? い、いや、すまない。ちょっと前言を撤回しなきゃならないなと思って」
 どゆことだ? 前言ってこういうのに慣れてないってことか?
 
「いや、君が女らしくなってないって言ったことをさ」
 ああ、そうか。このドレス胸元が開いているからそれでこいつは俺の胸を見ていたのか。俺も前言撤回。こいつはやらしく
なさそーだと思っていたが、所詮こいつも色欲にまみれた凡俗か。結婚したらこの体を自由にできると妄想を膨らませている
に違いない。こりゃ、婚約も結婚も考え直さないといかんなと思っていると、うちの家臣が慌ただしく駆けこんで来た。
 
「何事だ。大事な会見の場であるぞ!」
 国内事務総裁の武藤雅楽頭重徳が叱責すると、その家臣は武藤に何事か耳打ちした。武藤の顔が途端に変わった。何か重大
事があったようだ。武藤がこっちに来て俺に同じように耳打ちした。
 
「三位から書状が来た?」
 俺が聞き返すと武藤はコクンと頷いた。なんで三位から……。とにかく会見は中止だ。俺はグリムスに向き直って、
 
「すまない。ちょっと厄介事ができたみたいだ。悪いけど会見はまた今度ということで」
「なにがあったんだい?」
 俺は国家機密だとだけ答えて、ただちに会見場を後にして重臣たちを招集して評定を開いた。
 
 三位からの書状は近いうちにソユーズ打倒の兵を挙げるからその折には手助け願いたいというものだった。政事総裁職の前
田少将勝長がそう書状の内容を読み上げると、
 
「何を勝手なことを!」
「これは罠にちがいない。我らを決起させて一網打尽にしようとする策略じゃ!」
「裏切り者の言うことなど信用できるか!」
 開始早々非難怒号の嵐となった。三位は6年前の帝都攻防戦で勝手に持ち場を離れて撤退してしまった。その空いた隙間か
らソユーズ軍が侵入して帝都は一気に陥落したのだ。後でわかったことだが、三位は前々からソユーズと密約ができていたら
しい。三位の家はうちの遠縁にあたり、かつては彼の家系が皇位を継承していたのだ。しかし、俺の高祖父が三位の祖父から
皇位を簒奪して以後は俺の家系が皇位を継承するようになったのだ。ちなみに二人の祖父は異母兄弟で二人は又従兄弟となる。
三位からしたら本来なら自分が皇帝になれるはずだったのに、伯爵という元皇族(俺の曽祖父が3親等以内の皇族とその子孫
以外は皇族と認めないとしたので、それ以外の皇族は臣籍降下させられた)としては低い爵位しか与えられないという冷遇を
受けては寝返るという行為にでたとしても不思議ではない。もっとも、ソユーズは君主制も貴族制も否定する共産主義国家な
ので三位も身分上では一般国民となっているはずである。それでも、現在祖国を支配している統一社会党(実質、ソユーズ共
産党の外国支部の一つみたいなもの)の書記長という要職に就いている。そんな、三位がソユーズ打倒の挙兵をするといった
ところで誰も信じないのは当然である。俺も信用するつもりはない。しかし、無視もできない。どう対処するか、皆の意見を
聞いたが全員一致で黙殺することにした。
 その一ヶ月後である。三位が挙兵して討死したという報せが飛び込んできたのだ。ただちに招集された軍議で俺たちは対応
を協議した。ソユーズは三位と俺達が裏で手を結んでいたと考えるだろう。そうなれば奴らの侵攻は時間の問題となる。すで
にソユーズ軍が国境に集結しているという情報も入っている。
 
「さて、どうする?」
 俺は居並ぶ家臣たちの顔を見回した。ちょっと、ここで最高軍議のメンバーを紹介する。我が国では臨時に置かれる大老と
老中・若年寄などで国政を運営してきた。この地に政府を移してからもそれは変わらなかったが、半年前に俺が裳着(※6)
の時に大老を常設の政事総裁職にして、老中も専任の国内事務・外国事務・会計・陸海軍・空軍の5つの総裁職に改めたのだ。
まず、政事総裁職・前田少将、国内事務総裁・武藤雅楽頭、外国事務総裁・坂木周防守昌豊、会計総裁・渡辺阿波守重成、陸
海軍(元は海軍は独立していたが、こっちに引っ越してからは湖や河川しか活動の場が無いので陸軍と統合した)総裁・北村
左近将監守篤、空軍総裁・岡崎肥後守頼久、スメヤドルフ陸軍参謀総長、アルシュタイン海軍軍令部長、ホーカー空軍作戦部
長、ディートリッヒSS長官、陸軍奉行・溝口兵部大輔政村、海軍奉行・沖田備中守信興、ハインリッヒ空軍奉行、ベーカー
歩兵総監、ランドルフ装甲兵総監、砲兵総監・跡部内蔵頭包久の16人である。開戦か交渉による避戦か。グリムスの国は別
の戦争でこちらにまで兵は回せない。自分たちだけで世界最強のレッド・アーミーと対決しなければならないのだ。重苦しい
空気が場を包んでいるのがわかる。誰も意見を言わないので俺が言う。
 
「我らは一月前にも躊躇してみすみす三位殿を見殺しにしてしもうた。三位殿は我らの支援を受けられずとも勇敢に戦って見
事に散って逝かれた。同じ過ちを繰り返してはならぬ。一瞬の躊躇が一生の後悔となる」
 一同は黙って俺の話を聞いていた。別に俺は三位の死を惜しんではいない。どうせ、おおかた向こうで居場所でもなくした
のだろう。自業自得って奴だ。ちょっと、皆の意思を統一するために利用しただけさ。
 
「もうそろそろ我らの夜明けの時ではなかろうか」
 俺がそう言うと、それまで黙っていた一同がざわつき始めた。岡崎肥後守が身を乗り出す。
 
「では、御屋形様」
 俺はうむと頷き、挙兵を宣言した。
 
「これより兵を挙げる」
 そして、スクッと立ち上がって指示を飛ばした。
 
「陣触れじゃあ! ただちに予備役も含めて兵を総動員しろ。デフコンもレベル1に引き上げる。国境警備隊に敵の動向を2
4時間体制で見張るよう伝えよ。6年前の雪辱を晴らす時が来たのじゃ、者ども大いに励めい!」
 俺の檄に家臣たちが一斉に気勢を上げた。
 
「おおう!」
 
 
つづく
 
 
 
 
 
 
※1 水と土だけで作られた非常食。飢饉の際に食べられた。興味ある人は作り方を調べて食すべし(オススメはしません)
 
※2 スミス&ウェッソンのM29。人間以外を相手にするなら最低でもこれぐらいは持っておきたい。どんな銃かはダー
  ティハリーを見るべし(別に見なくてもいい)
 
※3 リボルバーに一度ですべての弾薬を装填する器具。リボルバーを使うなら持っておくべし(それよりもオートマチッ
  クを持っていた方がいいと思う)
 
※4 アメリカ軍制式アサルトライフル。狙撃にも使えないわけではないが、命中精度を求めるならボルトアクションを使
  うべし(ただし、腕に自信がなければ次弾装填が短いオートマを使うのがいいでしょう)
 
※5 室町時代から江戸時代に名門または功績のあった武家に対して許された称号。決して、すべての大名がそう呼ばれて
  いたわけではないので注意すべし(これより上位の格式として御所号があり、江戸時代では鎌倉公方の流れをくむ喜連
  川氏のみが御所様と呼ばれていた。ただし、10万石の大名格ながら石高は4500石であった)
 
※6 女子の元服。初めて裳を着せるもので着裳とも称していた。“もぎ”と読むので覚えておくべし(江戸時代以降は公
  家以外では男子と同じく元服と称した)
 



戻る