検証・一年戦争2
地球侵攻作戦−ジオンの戦略の破綻−



【短期決戦戦略から長期持久戦略への移行】
 南極条約が停戦協定から戦時協定になってしまったことで、ジオン公国は戦争の短期終結を断念せざるを得なかった。これはジオンにとって致命的な戦略の失
敗であった。なぜなら、ジオンが短期決着を図ったのは長期戦では地球連邦に勝ち目がないと判断したからであり、それが破綻してしまった以上ジオンがこの戦
争に勝利できる可能性が限りなく小さくなってしまうからである。
 戦争がジオンのギレン・ザビ総帥が語っていたように一ヶ月という短期で終了する見込みが無くなった次の日の2月1日には、早くもガルマ・ザビ大佐を指揮
官とする地球方面軍が創設されている。これは恐らく戦争が終結していた場合に地球に進駐軍として駐留する計画があったのだろう。後々の連邦の報復を考えた
場合、地球の資源地帯や工業地帯を占領下に置くことは当然考えられることだからだ。事前にそうした計画があったから早急に地球方面軍が編成されたのである。
 だが、やはりジオンにとって最良の選択肢はたとえ多少の譲歩を強いられたとしても早急に和平を結ぶことであった。いくらレビル将軍の演説があったとして
も、連邦内のジオンに対する恐怖感を完全に払拭できたとは思えない。絶対に負けるはずがない戦いで壊滅的打撃を蒙ったことは連邦の将兵に多大な精神的ショ
ックを与えたはずで、それがそう簡単に拭いきれるはずがなかった。彼らが精神的ショックから立ち直るのは恐らく数ヶ月後だろう。
 ジオンで早期和平を主張していたのは元首のデギン・ザビ公王だった。すでに長男のギレンに実権を握られ半ば隠居状態だったとされているが、自身の天才性
に自惚れて物の見方を誤ってしまうことがある息子よりはまだ落ち着いた見方ができる人物である。公王にもう少し影響力があれば公国の運命も違っていたかも
しれない。だが、公王は息子を抑えることができなかった。早期決着こそ失敗したものの、連邦軍を撃破したことでギレンの自信はさらに揺るぎないものとなっ
ていたし、さらに国民の世論がそれを後押ししていた。我々は宇宙の戦いに勝った、それでも連邦が抗戦を諦めないのなら奴らの庭に降りて叩きつぶせばいい。
ルウム戦役での圧倒的勝利は、ジオンの指導層や軍部のみならず国民の間にも連邦に対する慢心を発生させていたのである。連邦など敵ではない。それなのに、
なぜ連邦に妥協しなければならないのか。実は、この手の世論というのは非常に厄介である。なぜなら、ここで戦争をやめますと言おうものなら暴動が起きて最
悪、政権が転覆するかもしれないからだ。実際、日露戦争では日本政府が事実(すでに国力の限界に達していて継戦が不可能であること)を隠したままロシアと
賠償金無しの講和を結んだことに国民の怒りが爆発して暴動が発生する事態となった。奉天や日本海といった勝ち戦の情報ばかり聞かされていた日本国民は賠償
金を得られるとばかり思っていた。それが無かったのだから怒るのも当然だ。ジオンも連邦軍を殲滅したという都合のよい情報は流していたが、コロニー落とし
に失敗したことやジオン軍も決して損害が軽微でなかったことといった都合の悪い情報は恐らく国民には公開されなかったことだろう。ましてや、捕虜にしたレ
ビルにまんまと逃げられ、その挙句にジオンは疲れ切っているなんて演説されたとあったら、もはや妥協してまでの早期停戦などできるはずもなかった。
 こうして戦争継続を選択したジオン軍だが、彼らには長期戦を戦いぬく力が無かった。無いからこそ一ヶ月で決着をつけようとしたのだが。しかし、かといっ
て長期戦にシフトするのは早計だったのではないだろうか。ジオンは地球の資源地帯を制圧することで長期戦を戦い抜こうとしたのだろうが、仮にスケジュール
通りに占領に成功したとしても、それらの地域から資源が採掘できるようになるのに(戦闘による損害と連邦軍による破壊で)数ヶ月はかかるだろうから、それ
までの間ジオンは備蓄分の資源でやっていくしかない。当然、限られた資源は軍需に優先的に回されることになるが、それでも消耗分を補うのが精々で戦力を増
強させる分はあまり無かったはずだ。それに比較して地球連邦は資源の備蓄も豊富にあっただろうから、たとえ地上の全ての資源地帯を失ったとしても数年ぐら
いなら備蓄分でも戦力増強はある程度なら可能であった。つまり、ジオンの地球侵攻が目的を果たした場合、戦争が長期化するにつれ資源地帯をおさえているジ
オンが有利になる。逆に連邦は地上の資源がジオンの戦争経済を潤わせる前に資源地帯を奪回するかジオンそのものを屈服させるしかない。ジオンは恐らく、連
邦が反撃態勢を整える前に自らの長期戦の準備が整えられると踏んだのだろう。だが、彼らが大きな見落としをしていた。それが徐々に自分たちの首を絞めるこ
とになるのである。
 地球への降下侵攻作戦は3月1日に開始された。事前に月のマスドライバーから地上の連邦軍を攻撃するなどして敵の防衛態勢にある程度の打撃を与えてから
の作戦発動である。これに対し、連邦軍はコロニー落としによる混乱とルウム戦役での損害で有効な対策を立てることができなかった。






【地球侵攻作戦】
 ジオンの地球降下作戦はまず中央アジアから開始された。バイコヌール宇宙基地を占領したジオン軍は、瞬く間に黒海沿岸の資源地帯を制圧し4日にはマ・ク
ベ大佐(中佐?)の資源採掘部隊が降下している。この資源採掘部隊は地球方面軍の上級部隊である突撃機動軍の直属であり地球方面軍とは横並びの部隊(地球
方面軍の指揮下ではないという意味)である。つまり、採掘部隊の長であるマ・クベと地球方面軍の長であるガルマは、共に突撃機動軍司令たるキシリア・ザビ
少将の直属という立場でほぼ対等の関係なのだ。採掘部隊の長が地球方面軍の長と同等の立場であること、地球降下作戦の最初の目標が資源地帯であることから
もわかるように、ジオンは資源の確保を最優先にしていたのである。これは、ジオンが長期持久戦に戦略を完全に移行させたものと思われた。
 3月11日、ジオンは第二次の降下作戦を開始し北米を制圧するがこれは資源の確保が目的では無かった。地球連邦の政治の中枢である旧アメリカ合衆国エリ
アを占領するという政治的目標と、南米ジャブローにある連邦軍総本部攻略のための拠点にするという目的のためだ。これは不可解な戦略である。第一次降下作
戦は長期持久態勢を整えるためなのに、第二次降下作戦は短期終結を目指したものとなっている。短期で決着がつくのなら資源地帯を占領する必要はないし、逆
に長期持久で行くなら北米に部隊を展開するのは戦力の分散であり貴重な物資の浪費にしかならない。前述した政治的成果にしても、コロニー落としで連邦政府
は機能不全に陥っている状態なのでさほどの効果は無い。つまり、ジオンはこの時点でもまだ短期決着に未練があったのだ。この事はジオンに長期戦への不安が
漠然とあったことを意味する。しかし、その後もジオンは地球降下作戦を継続し、2ヶ月で北米・欧州から中央アジアにかけての地域・オセアニアから東南アジ
アにかけての地域・北アフリカといった広大な地域を制圧することに成功した。これは、かつてない壮挙で南極条約締結時のレビルの『ジオンに兵なし』がまっ
たく根拠が無い妄言であることが証明されたとしてジオン国民は狂喜した。
 だが、ジオン国民を熱狂させた急速な占領地の拡大はジオンの国力の限界を超えたものだった。本来なら確保すべき資源地帯とその外郭防衛ラインさえ維持で
きてさえいればそれで事足りており、それ以上の戦線の拡大はジオンの国力からして避けるべきだった。しかし、自分たちが連邦軍を圧倒する様を見たジオン軍
の将兵は調子にのって逃げる敵を追いかけるように戦線を拡大させてしまったのだ。これ自体は決して悪いことではない。逃げる敵を追撃して戦果を拡大しよう
とするのは軍人の本能だからだ。問題は上層部が前線を制御できなかったことだ。いや、上層部自体が急速な戦線の拡大が危険であることを認識できていなかっ
た可能性もある。ジオン公国を名乗るサイド3は、ジオンが連邦との戦争を決意するまで戦争とは無縁だった(精々、暴動ぐらいなものだ)はずで、そこから戦
争準備を始めたとしたら過去の戦例を研究する時間はほとんどなかったことだろう。知識としてはあったのだろうが、それがどのくらい重要であるか認識できて
いたかは怪しい。ジオンはどうも戦略がうまくないようで、せっかく戦術レベルで連邦を圧倒しても肝心の戦略がうまくないために数多くの戦闘の勝利を戦略の
勝利に結びつけることができなかった。戦略の勝利が無ければ当然戦争の勝利も有り得ない。それに対し、連邦軍は地上の反連邦組織によるテロやゲリラ活動に
対処していたからジオンよりも実戦経験で有利(地上軍に限ればだが)に立っていたし、軍組織もしっかりしているのでこれまたジオンよりも戦略がしっかりし
ている。それに連邦には国力という武器もあった。なぜ、国力の差が戦争を大きく左右するか。それは国力が大きいとその分失敗した時にカバーできるからであ
る。戦争は失敗を少なく抑えた方が勝利する。しかし、戦場では双方とも等しく失敗を犯す。だが、国力に余裕がある方は失敗で生じた損失を容易に埋められる
が、そうでない方は損失を完全には埋めることができない。こうして、徐々に戦力差が開いていくのである。
 では、国力の無い側はどうあっても国力のある方には勝てないのか。そんなことはない。たとえば、ベトナム戦争では北ベトナムはソ連と中国の支援でアメリ
カとの戦争を戦い抜くことができた。また、日露戦争の日本や7年戦争のプロイセンは友好国からの支援がベトナムのように大規模でなくても辛うじて戦い抜い
た。支援してくれる国があれば自分よりも国力が大の国とも戦い抜くことができるのだ。また、アメリカがベトナムから屈辱的な撤退を強いられたのは多大な犠
牲を払っているにも関わらず小国であるベトナムを屈服させることができなかったからである。長期戦というものは国力が小さい方も苦しいが、国力が大きい方
もまた苦しい。なぜなら、自分たちよりも弱いはずの国を敗北させるのにそれだけの時間をかけなければならないのか、戦争が長期化するということは人間や資
源がそれだけ消耗するということである。戦争は莫大な金を必要とする。つまり、経済を圧迫してしまうのだ。人的や物的といった資源を浪費して自分たちより
も弱いはずの国を長い期間をかけても屈服させられない政府を国民が支持するわけがない。君主制や独裁制の国であれば革命が起こる可能性もある。だから、長
期戦は国力が大きい国にとっても決して好ましいものではないのだ。人権を重視する国では尚更だ。

 急速に拡大する占領地にジオンは勝利を確信したことだろう。連邦が講和を持ちかけてくるのも時間の問題だと楽観的な見方が大勢を占めても不思議ではない。
8月までに地球全土を制圧できるとのプロバガンダ放送も流れたくらいである。だが、4月になるとジオン軍の進撃の速度も遅くなるようになった。戦線が拡大
するということは、それだけ前線に部隊が必要になるということであり前線への兵站を担当する補給部隊の負担が増えるということである。ジオンが犯した戦略
の失敗は目標を一つに定めずに大規模遠征をしてしまったことである。赤壁の戦いの曹操軍の例でもわかるように、大規模遠征は国力に勝っている側でも失敗す
る危険が高いのだ。ましてや、ジオンのように敵である連邦よりも国力に劣る側が統一された目標も持たずに大規模遠征を行うのは自殺行為に等しい。確かに、
ジオンは地球の広範なエリアを占領してはいる。しかし、それは面の制圧ではなく、拠点とそれを結ぶ補給路のみを確保しているにすぎない。点と線しか支配で
きていなかったから、ジオンは連邦軍のたった1隻の戦艦の活動に有効な手段が立てられなかったのである。連邦軍の補給部隊が護衛もなしにジオンの勢力圏を
移動していることからもわかるように、ジオンの地球における勢力圏の内側はかなりスカスカな状態だったのだ。
 欧州戦線を除いて膠着状態となった5月以降(欧州戦線が落ち着くのは7月になってから)は小競り合いとなった。戦線の拡大ができなくなったジオンと、ま
だ攻勢に出られない連邦の双方の事情により数ヶ月間は大きな戦線の移動はなかった。だが、ジオン軍は徐々に消耗していったのである。
 敵国に侵攻している軍隊にとって大きな悩みが二つある。一つは補給線の維持、もう一つは慣れない環境下での兵士の疲労である。地球歴1944年の秋、北
フランスでの戦いでドイツ軍を殲滅した連合軍はオランダまで戦線を進出させたが、その進撃スピードに補給が追いつけない事態となり連合軍の進撃が停滞して
しまった。ドイツ軍がスヘルデ河口を押さえていたために、アントワープ港が使用不可能だったことも大きい。
 連合軍が補給の不足で進撃を停止したと聞くと意外に思うかもしれないが、この場合は物資が不足していたのではなく前線に十分な物資を補給を運ぶことがで
きなかったのだ。例えば独ソ戦でドイツ軍がモスクワ攻略に失敗したのは冬用の装備を十分に用意してなかったからとされる。しかし、実際はヒトラーは冬用の
装備を準備しておくように命じて実際にそれらは準備されていた。問題はその後で、ドイツ軍参謀本部はそれを前線に送る補給計画をまともに考えていなかった
のである。
 補給物資は策源地から集積地を経由して前線に運ばれる。前線が策源地から離れれば離れるほど間をつなぐ集積地の数が増えて、そこに人員と車両が割かれる
ために輸送力が低下する。かといって、集積地を増やさないと一車両あたりの移動距離が増えて故障率が増大する。では、車両を増やせばいいのかというと、車
両が増えるということはそれに使われる物資(特に燃料)もまた増えるということである。それに、いたずらに車両を増やしてもきちんと統制する手段が無けれ
ば渋滞が発生して輸送効率が低下してしまう。この問題を解決するには、策源地と前線の兵站線を縮める(策源地をより前線側に移動させるか前線を後退させる
か)か前線部隊を減らす(つまり、それ以上の攻勢の継続を断念する)かしかない。ところが、ジオン軍の場合あまりにも戦線を広げすぎたために補給部隊の負
担がかなり重たいものになっていたうえに、策源地の数も極端に少なかったために策源地と前線の距離を縮めるのが容易では無かった。前線の後退も政治的理由
で不可能なので、ジオン軍は補給状況が改善するまで攻勢を停止することにしたのである。もっとも、ジオン軍の補給状況が改善されることはついになかったの
ではあるが。
 もう一つの悩みである慣れない環境での兵士の疲労というのは、戦場というものは常に緊張を強いられるので戦闘が無くても兵士は疲労していく。ましてやそ
れが慣れない環境下では尚更だ。慣れない環境下で疲労を強いられる兵士というものは疫病に侵されやすい。特に、未知の感染症が存在していた場合はそれに対
する免疫が無いのでどうなるかは言うまでもないだろう。ジオンの兵士は気候も環境も人の手でコントロールされるコロニーで生まれ育った。そこには危険な感
染症を引き起こす病原菌は研究機関ぐらいにしか存在しないし、それどころかハエやカでさえ市民が日常生活で目にすることはまずない。そんな温室育ちのコロ
ニー居住者が過酷な地球環境に放りこまれて、膠着したまま動かない戦局にいつになったら帰れるのかと不安になり、暑いし寒いし虫がうるさいしうざいし補給
が遅れているから飯も少ないし不味いし、そういった不安や不満が蓄積されていって健康でいられるわけがない。精神に異常をきたす者や病気に倒れる者が続出
したことは容易に想像できる。予防しようにも伝染病の脅威が皆無であるコロニー国家のジオンに十分な量のワクチンが用意されていたとは思えない。まさか、
ここまで大規模に地球に攻め込むなんて2月くらいまでは思ってもいなかったことであろう。
 ジオンの進撃がストップした原因は他にも連邦軍の抵抗が激しかったことが挙げられる。これはジオンにとって予想外だった。緒戦でMSに圧倒された連邦軍
は士気を喪失しており、MSを見ただけで逃げ出すだろうと甘く見ていた。しかし、実際は連邦軍の将兵は故郷を破壊し蹂躙する侵略者への怒りに満ち溢れてお
り、ジオンへの復讐に燃えていたのである。それに、連邦軍は緒戦こそMSに圧倒されて敗北と後退を繰り返したが、すぐにジオン軍の弱点を見抜いてもいた。
それは、ジオンが戦力の大半をMSに依存していることである。そして、ジオンのMSの数は広がりすぎた戦線をカバーできるほど多くはない。MSを除外すれ
ば、ジオン軍の兵器も連邦軍と大差はない。MSも兵器である以上、弾薬等の補給や日頃の整備は欠かせない。つまり、補給が維持できなければMSも戦力をい
つまでも維持できないということだ。連邦軍はMSとは極力正面からやりあうのを回避する戦術をとった。一応、正面からやりあう方法も考えてはいたが、それ
をしてしまうと確実に昨日まで一緒に飯を食っていた仲間が何人かいなくなってしまうことになる上に、その犠牲に見合う戦果を得られる保証がないのだから割
の合わないやり方だ。だが、それもそう長くは続かない。連邦軍もMSの開発を急ピッチに推し進めていたからである。これはジオンにとって由々しき事態だ。
ジオンは連邦軍が保有していないMSがあったから連邦軍を圧倒することができた。ということは、MSが無ければジオンは連邦の敵ではない。もし、連邦軍も
MSを戦場に投入してきたら、ジオン軍が連邦軍に有利になっていた唯一の要素が消滅してしまう。連邦軍製のMSが大量に戦場に現れた瞬間、それはジオンの
敗北が確定した瞬間でもあるのだ。
 連邦が戦前から極秘裏にMSを開発していたという情報は断片的ながらもジオンにも入っていた。だからこそ、ジオンは準備が万全でない状態で開戦に踏み切
ったのだ。全ては連邦がMSの開発を終えてしまう前に決着をつけるために。ところが、戦争は長期化してしまった。宇宙でも地球でも連邦軍は敗退を繰り返し
ている。それなのに地球連邦は講和を求めては来ない。実際は、連邦にも和平派は存在していたのだが国民的英雄となったレビル将軍のリーダーシップで戦争を
継続していた。将軍はジオンの実情を見抜いていたし、ギレン・ザビの思想がいかに危険であることも感じていた。第二次大戦で同盟国をすべて失った大英帝国
が、それでもドイツとの戦争継続を選んだのはチャーチル首相がナチズムの危険性を知っていたからである。真のリーダーシップは困難な状況で発揮されるもの
をいう。MSの開発を促進したのもレビルであり、彼がいたことは連邦にとって大きな幸運であった。ただ、彼の徹底抗戦方針が結果的にしろ連邦内の反ジオン
の風潮を助長し、それが反スペースノイドに発展してティターンズの台頭を招き、アースノイドとスペースノイドの溝を修復困難なまでに深めてしまった感は否
めない。






【宇宙の戦い】
 ジオンの地球降下作戦が開始された時、それを迎撃すべき連邦軍宇宙艦隊はルウム戦役で壊滅していたために、ジオン軍が地球に降りて行くのを指を銜えて見
ているしかなかった。以後、12月まで宇宙で大規模な戦闘は起きていない。敗れたりとはいえ、連邦軍の宇宙戦力はまだ健在でジオン軍もそれは無視できない
ものだったが、脅威になるほどでもなかったため積極的に殲滅しようとはしなかった。ジオン軍も決して無傷だったわけではなく、連邦の宇宙戦力を殲滅する余
力がなかったからである。しかし、地球降下作戦をやるだけの余裕があるなら連邦軍の宇宙での唯一の拠点であるルナツーを攻略して、連邦の宇宙戦力に完全に
引導を渡すぐらいのことはそう難しいものではないはずだ。ルウムでの損害の大きさがルナツー攻略を躊躇わせたのだろうが、ジオン軍は追い詰められた連邦軍
が核を使ってくるのではないかと危惧したのではないだろうか。一応、南極条約で定められたとは連邦がそれを遵守する保証は無い。念のために言っておくと、
南極条約はあくまでABC兵器の使用を禁止しただけで破棄を義務付けたわけではない。しかし、一部の連邦軍の将校は核兵器が破棄されたと勘違いしてしまっ
ている。
 春から秋にかけての宇宙での戦闘はもっぱら補給線をめぐるものと双方の偵察艦隊の遭遇によるものだった。連邦軍はジオンの補給線に対する攻撃を開始した
のである。こういう場合、連邦軍は無理にジオンの艦艇を沈める必要はなく、輸送船の攻撃に専念すればいい。無論、護衛の艦隊の攻撃で手痛い損害も受ける。
そこで、連邦軍は囮を使って輸送船団と護衛艦隊を引き離す戦術を採った。これは有効な手段ではあったが、損害が大きい事には変わりがなかった。だが、こう
した通商破壊は船舶の数が多くないジオンを徐々に疲弊させていった。
 こうした通商破壊活動をする連邦軍艦隊の拠点になっているのがルナツーである。ルナツーは整備・補給能力だけでなく工廠も存在する地球圏最大の宇宙基地
である。しかし、その実たった一隻の軍艦に危うく無力化されかけたことがあるように、その防備態勢は決して万全ではなかった。このルナツーを占領してしま
えば連邦艦隊は補給を受ける拠点を失い行動不能となる。ジオン軍は地球侵攻よりも先にルナツーを攻略すべきだった。ルナツーを占領したら地球−ジオン間の
連絡路が安全になるだけでなく、コロニー落としを再度試みることもできるのだ。
 だが、ジオンはルナツー攻略を見送った。理由はルナツーがジオンから一番遠い位置にあること、要塞攻略戦には自軍の損害も馬鹿にならないことが予想され
ること、そして、ルナツーを放置しておく危険性を認識していなかったことである。ルウムで惨敗した連邦軍は士気を喪失していてルナツーから出てくることは
無いだろうという慢心もあっただろう。現に、地球降下作戦の時も連邦軍は積極的に出てくることはなかった。そして、連邦軍の通商破壊が開始された頃には、
ジオンはかなりの戦力を地球に送っているためルナツー攻略の余裕など無くなっていた。そのため、ジオン軍はもっとも避けるべき消耗戦に引きずり込まれてし
まうことになる。






【総括】
 ジオンの地球侵攻は当初は破竹の勢いを見せたが、やがてその勢いも無くなり戦線は膠着した。そもそも、ジオンに遠く離れた前線に滞りなく物資を補給する
能力などなかった。補給が無いと前線を進出させることができない。いや、ジオンの場合は前線を進出させすぎているので、それ以上の前進どころか戦線を維持
するのも危うい状況だった。これを解決するには戦線を後退するという手もあるが、後退=敗退というイメージが容易にできあがるため無敵ジオン軍のイメージ
も崩れることになる。そのため、ジオンは前進も後退もできず戦線の膠着状態を打破できないまま悪戯に貴重な時間と資源と将兵を浪費していった。そして、問
題解決の糸口が掴めぬまま、連邦軍の反攻開始というタイムリミットを迎えることとなる。






【年表】
2月 1日 ジオン軍、地球方面軍の編成を公表
   7日 ジオン軍、地球侵攻作戦発動
3月 1日 ジオン軍、第一次地球降下作戦開始
   4日 ジオン軍、資源採掘部隊降下
  11日 ジオン軍、第二次地球降下作戦開始
  13日 ジオン軍、キャリフォルニア・ベースを占拠
  18日 ジオン軍、第三次地球降下作戦開始
4月 1日 連邦軍、『V作戦』『ビンソン計画』を発動
   4日 ジオン軍、補充部隊が降下




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