検証・一年戦争
一年戦争開戦から南極条約締結まで

 
 宇宙世紀0079.1.3。ジオン公国の総帥ギレン・ザビの宣戦布告で人類史上最悪の大戦争が勃発した。
 
 
【開戦のタイミング】
 後に一年戦争と呼ばれるジオン独立戦争は79年の1月3日に始まっているが、なぜその時期に開戦となったのであろうか。ジオン側から仕掛けたのであるか
ら、彼らにとって都合のいい時期が79年1月だったからか。それはおかしい。なぜなら、ジオン軍は正面の戦力の整備に忙しくて後方の整備が手つかずだった
からである。58年に公国軍の前身となるサイド3国防隊がされてから21年しか経っていない。サイド3がジオン公国と名を改めて、地球連邦と武力衝突も辞
さない強硬姿勢に転じからでは10年だ。これでは、連邦軍との正面戦力の差を埋めるだけで精一杯で後方支援にまで手が回らない。
 一般に、ジオンがモビルスーツ(MS)という人型兵器を開発したことが彼らを開戦に駆り立てたとされている。確かに、ジオンのザクはミノフスキー粒子下
の戦場で従来兵器を圧倒する活躍を見せている。初の実戦型であるMS−05ザクTが開発されたのは74年、発展型のMS−06ザクUが開発されたのが77
年、それまで存在しなかった兵器であるだけに、機体運用のデーター収集やMSを用いた戦術の研究にパイロットの育成方法の研究や実際の訓練方法などやるべ
きことは山ほどあったことであろう。それらの研究の結果編み出したMS部隊の運用で、ジオンは緒戦で連邦軍を圧倒することができた。だが、忘れないでほし
いのは戦争は一つの要素だけでできるものではないのだ。MSがあるから勝てるというほど戦争は甘くない。それは、ジオン軍もよく承知していたはずだ。仮に、
MSに絶対の信頼を置いていたとしても79年に開戦するのはあまりにも時期早々である。なぜなら、開戦後1ヶ月も経たないうちにジオン軍はMSパイロット
の不足に悩まされているからだ。いくら激戦のルウム戦役を経た後といっても1ヶ月でパイロットが枯渇しかけているということは、最初からジオン軍のMSパ
イロットの層はかなり薄かったということになる。おそらく部隊の定員を満たすだけで精一杯で予備はほとんどいなかったのではないだろうか。
 では、ジオン軍が積極的理由で開戦を決意しなかったとするなら、彼らは開戦を決意せざるを得なかったということになる。考えられるのはジオン国内の経済
の悪化である。基本的に自給自足が可能なようにできているスペース・コロニーは、本来なら地球連邦の経済制裁にも耐えられるはずだった。しかし、軍備拡大
路線を取ったたために軍事費が経済を圧迫してきたのである。軍備の増強は自国の経済の許される範囲で行われる。それ以上の軍拡をするなら経済を発展させな
ければならない。しかし、経済制裁を受けているジオンにはそれはできない相談だ。かといって、自国の経済の範囲内で持てる軍隊では地球連邦軍には到底勝て
ない。仕方なく、経済を圧迫してでも軍拡をするしかない。経済の悪化は国民生活の悪化も意味する。79年1月という時期は経済悪化による国民生活の窮乏が、
プロバガンダなどでは誤魔化せないぐらいにまで深刻化してきた時期ではないだろうか。かといって、軍事費を減らして軍縮という方法はとれない。なぜなら、
ジオン公国を支配するザビ家の独裁政権は軍隊を支持基盤としているからだ。それに、連邦との戦争も辞さないと繰り返し訴えてきたザビ家が開戦よりも軍縮を
選んでしまったら、ザビ家の権威は完全に失墜してしまう。そして、過去の独裁者がそうであるように彼らも祖国の運命よりも自分たちの権力の維持を優先させ
たのである。
 それともう一つ考えられるのは、連邦軍でもMSを開発しつつあるという情報がジオンに流れたことである。それはジオンにとって悪夢でしかなかった。自分
たちだけがMSを持っているのと、双方が持っているのとでは連邦のMSの性能がジオンより劣っていたとしてもかなり事情が違ってくる。そのため、連邦がM
Sに対してどれだけの関心を持つのかわざわざMSの実験風景を公開してまで調べているのだ。その結果、連邦がMSに戦力としての価値を見出さなかったこと
に関係者は胸を撫で下ろしたのだが、一部の先見の明がある者は連邦にもMSが必要になると予測してMS開発を始めるよう訴えた。その中に、軍の高官も含ま
れていたためMSに対しての研究が地球連邦でも行われるようになった。基礎研究から始まった連邦のMS開発だが、漂流していたザクを捕獲したことで急速に
進むことになる。開戦の直前には後のガンキャノンの原型となる機体が開発されていたらしい。経済の悪化と、連邦のMS開発の急速な進展。たとえ、戦争準備
が整ってなくてもMSを独占できている間にジオンは一か八かの開戦に踏み切ったのである。
 
 
【未曾有の大虐殺】
 一年戦争の最大の特徴といえば、開戦わずか半月で人類の半数を失ったことであろう。開戦後すぐに連邦軍の周回パトロールを殲滅したジオン軍はサイド1・
2・4を攻撃してコロニーの住民を毒ガスで皆殺しにした。さらに、サイド2のコロニーを地球連邦軍本部ジャブローに落下させて一気に連邦を降伏に追い込も
うと画策したのである。この企ては連邦軍の必死の抵抗でコロニーが軌道をそれたことでジャブローに落とすことには失敗した。しかし、大気圏突入の段階で分
解をはじめたコロニーはオーストラリア東南部に落着してシドニーを消滅させ、破片も北米大陸などに降り注いで甚大な被害をもたらした。
 ここで疑問に感じるのは地球に住むアースノイドにならともかく、同胞であるはずのスペースノイドをなぜジオンが虐殺したのかということである。外人部隊
がやったとか海兵隊がやったとかと正規軍は虐殺には関与しなかったと後世言われているが果たしてそうなのか。コロニーに毒ガスを注入するという作業が1基
や2基だけならわかるが、サイドに所属するほとんどのコロニーに対してとなると一部の部隊だけでできるものなのか。正規軍も何らかの形で関与していたと見
るべきであろう。別になにもジオン軍全体が冷酷だと言っているのではない。人間とは場の空気に適応しようしてしまうものなのだ。普通の人間だった者が虐殺
に手を染めてしまうことがあるのはそのためだ。特にジオンは民意を統一するために選民思想を民衆に植え付けているので、自分たち以外の人間はたとえ自分た
ちと同じスペースノイドであっても、同格の人種とは見做さなくなったのではないだろうか。それが、虐殺に対する抵抗感を失われたことは容易に想像できる。
ジオン国民に選民思想を植え付けたギレン・ザビは弁舌の立つ人物なので、ジオン国民は彼の演説に惑わされて自分たちが優良人種であると錯覚してしまったの
だ。そして、戦争がジオンの敗北で終結して選民思想から解放された時に、ようやくジオン国民は虐殺という非道な行為を自分たちがしてしまったことへの恐れ
を抱いて、すべての責任をザビ家と外人部隊や海兵隊に押し付けたのだ。
 しかし、いくら虐殺に抵抗感がなくなったとしてもコロニーの住民を虐殺する必要があったのか。必要があったのは地球へのコロニー落としに使うコロニーだ
けだ。地球連邦軍の拠点となることを阻止するためと説明されることもあるが、それにしても数十億の人間を抹殺する必要が果たしてあったのか極めて疑問であ
る。一週間戦争と呼ばれる一連の戦いにおけるコロニー住民の虐殺は合理的な理由よりも何か別の理由が存在していたのかもしれない。
 
 
【短期決戦構想の頓挫と戦争の長期化】
 短期決着を狙った連邦軍本部へのコロニー落としは連邦軍の必死の抵抗で失敗した。しかし、コロニー本体とその破片の落下による直接被害と、それによる環
境の変化などによる二次被害で地球における人間の生活に甚大な被害をもたらし、連邦政府の機能が事実上マヒしてしまった。当時の政府と軍の関係がどうであ
ったかはよくわからないが、絶対民主制を標榜しているならシビリアン・コントロールが強力に機能していたはずだ。だが、政府機能がマヒしてしまったことで
連邦政府は軍に対する統制力を失ってしまった。無論、制度としての文民統制は残っていただろう。しかし、軍に保護されている状態では軍の主張をはねつける
ことなどできるはずもなく、軍の言いなりになるしかなかった。以後、地球連邦は軍が主導する軍事国家となっていくことになる。
 一方、連邦軍本部の殲滅に失敗したジオン軍は再度コロニー落としを敢行すべくサイド5に侵攻した。一度失敗した作戦を練り直しもせずに再び実行すること
は、ジオン軍の作戦立案能力がどの程度のレベルであったかを示しているが、他に連邦を早期に屈服させる手段がないジオンとしてはコロニー落としに賭けるし
かなかった。だが、連邦軍がこれ以上のコロニー落としを許すはずがなかった。彼らは、前回の教訓を取り入れてコロニーが移動する前に阻止作戦を開始したの
である。
 両軍の戦力は諸説あるが、連邦軍がジオン軍よりも3倍の優勢があったという。ただし、それは艦艇の数であり、艦載機の数はジオンの方が多かった。この戦
いで連邦軍は戦力の8割を失い、指揮官のレビル将軍が捕まるという大敗を喫した。世に言うルウム戦役である。この戦いでコロニー落としを阻止したとはいえ、
連邦軍はジオンのMS部隊の前に文字通り殲滅されたのである。以後、連邦軍は宇宙での自由な活動が著しく制限され、ジオン軍の地球侵攻作戦の際も指をくわ
えて見ているしかなかった。
 だが、連邦軍はこの一度の大敗で軍が壊滅してしまうほどヤワでは無かった。確かに艦長や司令官クラスの少なくない戦死は深刻な指揮官不足をもたらした。
しかし、それらはMSやミノフスキー粒子で戦場の様子が変わってしまったことを認識できない古い世代である。たとえば、19世紀後半の英国海軍では艦船が
木製帆走から鋼製機走へと著しく進化しているのに、それを指揮する艦長や提督が海軍軍人としての経験を帆船から得ていたために、古い訓練と経験しかない艦
長が自分が乗ることになる新型戦艦がどのようなものであるかを理解できないまま戦場に赴かなければならないことが危惧されていた。世代が古くなるほど環境
の変化に適応しにくくなる。いくらMSの脅威を目の当たりにしたとしても、それまでの自分が受けてきた訓練や経験を古いといって捨ててしまうことができる
ものではない。それは、それまでの自分を否定してしまうことになる。それに対して、若い世代は確かに経験不足ではあるがミノフスキー粒子下での対MS戦で
の経験は古い世代とまったく同じである。適応力があって連邦の硬直した人事システムに染まりきっていない若い世代の方が、新しい戦場では役に立つことが多
いのだ。上級将校の不足という事態は、連邦軍に人事の活性化をもたらす結果ともなり、士官候補生だった者がわずか3ヶ月で大尉に昇進したという事例もある。
いくら、戦時中とはいえこのようなことは以前の連邦軍では考えられないことだった。無論、全体としての連邦軍将兵の質はジオン軍のそれと比較して決して優
れているとはいえない。だが、連邦軍にはそれを補って余りある人的資源があった。緒戦の戦闘で甚大な被害を被っても連邦軍の人的資源はジオンのそれを大き
く上回っていたのである。だからこそ、ジオンは短期決戦を企んだのだがコロニー落としに失敗したことでその戦略は達成することができなかった。
 
 だが、ジオン軍は諦めなかった。ルウム戦役ではコロニー落としという戦略目標を達成することこそならなかったが、連邦軍を殲滅して司令官のレビル将軍を
捕らえるという戦術的大勝利をおさめている。かつて、日露戦争で日本帝国は巨大なロシア帝国の兵力が満州に集中する前に、満州のロシア軍を決戦で殲滅する
戦略を立てていたが、幾度も決戦の機会がありながらそれを達成することができなかった。それらの決戦で日本はロシア軍を退かせて勝利はしたが、日本軍の目
的はその土地からロシア軍を追い出すことではなく、ロシア軍を殲滅することなのだ。ロシア軍を殲滅することができぬまま、日本軍の兵力は底を突きかけて、
これ以上の決戦ができないまでに疲弊してしまった。この時点で日本軍の戦略は破綻してしまった。幸い、海軍がロシア艦隊を全滅させるという戦術的大勝利を
おさめたことで、どうにか勝利という形で戦争終結に持っていくことができた。
 ジオン軍も連邦軍を殲滅した大勝利で連邦に対して有利な形で講和に持ち込めると踏んだ。事実、連日のように届く友軍の敗報にすっかり意気消沈してしまっ
た連邦政府は敗戦受け入れ止む無しに意見が統一されようとしていた。1月31日に、南極で開かれた講和交渉でジオンは連邦政府に、ジオン公国の独立と連邦
軍の軍備制限などを要求した。これはジオンが連邦に無条件降伏を迫り、連邦は内心反発を覚えながらも渋々それを受け入れようとしていたと解釈されることが
多いが事実は違う。本来、ジオンの建国の父とされるジオン・ズム・ダイクンの掲げた目標はスペースノイド全体の自治権獲得だった。それは連邦には到底受け
入れることができないものだった。しかし、南極での交渉でジオンが要求したのはジオン公国の独立だけで他のコロニーには一切触れていない。サイド3だけな
ら連邦政府も独立を容認しやすい。ジオンは連邦の立場も考慮した妥協的な要求をしているのだ。もっとも、自治権をもらったところで他のサイドではそれどこ
ろではなく、それらの面倒は戦後実質的に宇宙を支配することになるジオンが見ることになるのだから、なまじ独立させてしまうよりも連邦の傘下に残しておい
て連邦に面倒を見させる方が得策であるという判断もあったことだろう。無論、復興支援という形で甘い汁だけを頂戴することは忘れてはいない。
 ところが、双方が同意の上で条約にサインしようとした時、ジオンに捕まっていたはずのレビル将軍が連邦軍の宇宙基地ルナツーで全地球圏に向けてジオンの
内情を告発する演説を始めたのである。将軍はジオンは連邦以上に疲れていることを暴露して、連邦国民に徹底抗戦を呼びかけた。敗戦に打ちひしがれていた連
邦の世論は一挙に戦争継続に傾いた。これにより条約は大質量兵器の使用禁止や指定した対象への攻撃の禁止に中立エリアでの戦闘禁止などを定めた戦時条約と
なってしまった。この時点で、ジオンの短期決戦構想は完全に頓挫して戦争の長期化が確定した。
 さて、連邦軍の士気を一気に高めたレビル将軍の脱出劇だが、詳細は未だ謎のままである。ただ、ルウム戦役での連邦軍の総大将だったレビル将軍をむざむざ
と奪還されてしまったことから、ジオンの警備システムはかなり杜撰であったことがいえる。それは将軍の言うジオンは連邦以上に疲弊しているとの言葉を証明
するものだった。一方で、救出作戦を知ったジオンがわざと将軍を逃がしたとの説もある。なぜ、そのようなことをしたというとジオン内部で意見の不一致があ
ったからというのだ。ジオンが要求したのはジオン公国であるサイド3だけの独立だったが、ジオンを実質的に支配するギレン・ザビ総帥は地球人類を優良種た
るスペースノイド(とどのつまりジオン国国民ね)の管理下に置くことを目標としていたのだ。つまり、地球連邦をジオン公国の管理下に置くということだ。し
かし、実際に要求されたジオン公国の独立ではジオンは連邦と同等の立場でしかない。それでも、搾取されるだけだった植民地のような状態よりもはるかにマシ
であるが、ギレン総帥は納得できなかった。不満を口にしながらも、父であるデギン・ザビ公王が和平案に賛成であること、自身が考えた短期決戦構想が頓挫し
てしまった後では反対しきることは困難だった。そこで、キャッチした連邦のレビル奪還作戦を利用して連邦から和平を拒否するように仕向けたというのである。
真相は謎のままであるが、もしそうであるならばギレン総帥は連邦を過小評価していたと言うしかない。そして、彼は自国の軍隊を過大評価していたと言うより、
自分の天才性をうぬぼれていた。確かに並の人間よりかは頭の切れる人物ではあった。しかし、一人の人間の決断で戦争に勝利できたのは19世紀初頭のナポレ
オン時代までである。それに、天才は他人を見下すあまり他者の意見を聞き入れず独善に走りやすい。ギレン総帥はその典型だった。一応、信頼のおける部下か
らの意見や忠告に耳を傾けるよう努力はしていたらしいが、その本質である独善性が改められることはついになかったのである。
 
 
主な流れ
 1月 3日 ジオン公国総帥ギレン・ザビの宣戦布告演説で一年戦争開戦。ジオン軍はサイド1・2・4に侵攻してこれを壊滅させる。
 
 1月 4日 ジオン軍ブリティッシュ作戦を発動。サイド2のアイランド・イフィッシュを地球への落下コースに移動させる。
 
 1月10日 アイランド・イフィッシュ、シドニーに落着。ここまでの一連の戦闘と一週間戦争と呼ぶ。
 
 1月11日 サイド6、中立宣言。
 
 1月15日 ルウム戦役(〜16日)。ジオン軍、連邦軍艦隊を撃滅、総司令官のレビル将軍を捕虜とする。サイド5壊滅。
 
 1月28日 ジオン、連邦に休戦交渉を打診。
 
 1月31日 南極条約締結。条約が締結されたことによりジオン公国は事実上の国家として認められたことになるが、内容は講和ではなく戦時条約であっ
       た。
 
 
 
 次回はジオンの地球侵攻作戦について検証したいと思います。
 
 
 
 
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