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  薄暗い部屋の中、一人の男が頭を抱えて悩んでいた。男の前の机には半分ぐらい欠けた赤紫色の宝石のような石
 が置かれている。男は恨めしそうにその石をジーッと見つめた。
 
 「なんで私はこんなものを見つけてしまったんだ」
  男は己の不運を呪った。この石のせいで自分は神に背く行いをしようとしている。恐らく自分は地獄に堕ちるだ
 ろう。だが、国の否、世界の安泰のためにはこれしか手段はなかった。男は意を決すると石を持って隣の部屋に移
 動した。そこには一人の少女が横たわっていた。男は石を少女の胸の上に置くと、彼女の頭を優しく撫でた。
 
 「すまないな、君に恨みはないが世界のためなんだ。許してくれとは言わない。私が死んだ後も恨んでくれて構わ
 ないよ」
  返事が返らないことは男も承知していた。本当ならこのまま眠らせてやりたい。しかし、現時点でこの少女以外
 に適任者はいなかった。
 
 「この娘はこれから過酷な運命にたち向かっていかなければならない。途中で嫌になっても自分からギブアップす
 ることはできない。使命を果たすまでこの娘に安らかな時間は訪れないだろう」
  無関係な少女を巻き込むことに男は自責の念にかられたが、これも世のため人のためと割り切ることにし、少女
 の胸の上の石に手をかざすとブツブツと呪文を唱え始めた。すると、石がチカチカッと光って少女の体内に沈むよ
 うに入っていった。そして、全体が少女の体内に入ると突如、彼女の身体から強烈な赤い光が発せられた。
 
 「ぐっ」
  あまりにも強い光に男は少女から顔を背けた。やがて光が治まり少女の方に視線を戻すと、少女は瞳をゆっくり
 と開け起き上がろうとしていた。
 
 「・・・・・・ここは?」
  まだ眼が半分閉じているような眠たそうな顔で少女は周りを見回した。
 
 「おはよう」
  男は優しく声をかけた。少女はまだ呆けているようで男が誰かすぐにはわからなかった。
 
 「あ・・・・・・ウィリアム?」
  やっと少女は男の事を思い出した。近所の魔法研究家のウィリアム・アイケンハザードだ。とても親切で正義感
 の強いおじさんだ。
 
 「どうして私はここにいるの? だって私は・・・・・・」
  事態がまったくわからない少女は不安そうな顔でウィリアムを見た。ウィリアムは少女に事の経緯を話し始めた。
 それから200年後・・・・・・。
 
 
 
 
 

12+1CHAPTER FINAL
「超魔導師撃破、勝つのはオレだ」


作:大原野山城守武里




  僕が一番恐れていたこと。それはいまの生活が本当になることだ。僕にとっていまの生活は男に戻るまでの仮の生活
 だった。だからこそ僕は友達を作らないようにしてきた。どうせ、一時的な友達だ。無理して作る必要はないはずだ。
 しかし、もし万が一男に戻ることができなかったら。そう考える度に不安に苛まれてきた。そんなことはないと自分に
 言い聞かせても心のどこかにその不安は常にあった。そして、その不安が現実のものになろうとしていた。もし、この
 まま女の子として生きていかなければならなくなったら。不安はやがて絶望となり、人から冷静な判断力を奪う。まあ
 僕は精神には自信があるので秋○原にナイフで突撃みたいなことはしないが。
  でも、最近このままでもいいんじゃないかなと思うようになってきた。僕が男に桜谷涼太にもどってももうあいつは
 この世にはいない。あいつがいないのに男に戻っても。では、どうするのか。僕は涼香という女の子を考えてみた。こ
 の体にもだいぶ慣れてきた。しかし、それとこれからを涼香として生きていくのとは違う。女性として生きるなら将来
 は男と結婚して子供を産むことになるかもしれない。ところが、僕は男というのに全く興味がなかった。当たり前だ。
 意識はあくまで男なんだから。だから、伊東にしつこくデートに誘われた時には本当にうんざりする。どうやら一回デ
 ートしたことで調子に乗っているらしい。これ以上、奴に誤解されないためにもデートは避けた方がいい。と、思って
 たらあの日以来他の男からもデートに誘われるようになったのだ。これも伊東が突破口を開いたためだ。本当に迷惑な
 話だ。
 
 『でも、男の人にもそろそろ慣れた方がいいですよ』
  ある時サラはそう言った。しかし、僕は自分の行く道を決めかねている。いままで、ろくに考えていなかった自分の
 将来について真剣に考えていると、突然後ろから背中を叩かれた。
 
 「どしたの涼ちゃん? 難しい顔しちゃって」
  超常現象研究部の先輩だ。そういやこの先輩からも部に入らないかって誘われている。
 
 「いえ、別に。それより何です?」
  本当のことは言えない僕は誤魔化すために逆に質問した。また勧誘ですか?
 
 「そだよ。でも、今日はちと違うんだ。知っているでしょ? 裏山の神社で血まみれの女の子の死体が発見されたって
 事件」
  知っている。確か目撃者が近くの交番に通報に行っている間に消えちまったんだよな。大量の血痕を残して。
 
 「そう、不思議な話でしょ。で、今晩その謎を解明しようってわけ」
  ふーん、超常現象研究部の活動としては最適かな。
 
 「でしょ? どう、一緒に行かない?」
 「ぼく、部外者ですよ」
 「そんなの関係ないって」
  いや、おおいに関係ある。こういった行事に参加したことで既成事実が作られていって、いつの間にか部員扱いされ
 るってことになりかねんからな。
 
 「遠慮しておきます。もうすぐテストですからね。勉強しないと」
  初めてテストがあって良かったと思った。学生にとっていい逃げ口上だ。だが、それは先輩には通用しなかった。
 
 「一晩ぐらいしなくたってどうってことないよ。それで赤点取ったってそれは日頃の鍛錬がやっとらんだけよ」
  どうしても僕を誘いたいらしい。他に何か断る理由を探さないと。と、その時チャイムが鳴った。
 
 「もう昼休みも終わりね。じゃあ、明日の朝10時に裏山の一本杉に集合ってことでよろしく」
 「えっ、ちょっ」
  行っちゃった。行くって言ってないのに。仕方ない。付き合うか。
 
 
  そして、翌朝。僕らは一本杉に集合した。僕が着いた時には既に他のメンバーは集まっていた。
 
 「お待たせしました」
  皆に挨拶する。一緒に行くと駄々をこねるアスナを宥めすかして来たので予定より到着時間が遅れてしまった。その
 事も詫びながら僕は参加者を見回した。超常現象研究部の4人うち3人は先輩で1人は同級生だ。他に男が二人いる。
 
 「あの人たちは?」
  先輩に聞いて見た。
 
 「ああ、彼らね。やっぱ女の子だけじゃ危ないから呼んだのよ。男手がいることもあるだろうしさ」
  よく、こんなツアーに参加してくれたよな。
 
 「涼ちゃんも来るっていったら一発でOKしてくれたよ。やっぱ人気者だねぇ、君は」
  先輩は何かやらしい視線を向けてきた。文化祭での猫耳メイド騒動で僕の学校内での人気はさらに急上昇してしまっ
 た。先輩もさらに僕のことを気に入ってくれたようで、部に勧誘するようになったのもそれからである。あの日のこと
 は早急に忘れ去りたいのだが。猫に取り憑かれてしまった僕はそれを取り払ってもらうのに莫大な金額を請求されてし
 まった。それで何とか猫耳と尻尾は引っ込んでくれたが、猫が出て行ったわけではなく、いまでも興奮したりすると猫
 化してしまうという難病に悩まされている。このまま病気が進行すると猫娘から化け猫になって、さらに猫又になって
 最終的には猫*になってしまうのではと心配する毎日である。杞憂ではないと思う。あれ以来、なぜか魚料理が大好き
 になってしまったからだ。それだけなら問題はない。困るのはスーパーなどで猫用の缶詰が気になってしまうことだ。
 うちには猫はいないから必要ないのに。そのうち頭にリボンをつけて赤いワンピースを着るようになったら要注意であ
 る。ねずみの半妖怪を見たら顔が猫になって凶暴化してしまうかもしれない。  ※*は鬼(きにょう)に肖
  それはさておき、メンバーが集合したことなので先輩は皆を整列させて高らかに開始宣言をした。
 
 「えー、おほん。今回は消えた少女をさがせ! 裏山少年少女探検隊ツアーにご参加くださりまことにありがとうござ
 います。皆さんで協力して今回の殺人事件の真相を解き明かしましょう」
  解き明かしましょうって何かアテでもあるのかな。だいいち、女の子の死体が発見された神社は立ち入り禁止になっ
 ているし、裏山は結構広い。そう簡単には見つからないと思う。それに死体が裏山にあるて保証はないし、あったとし
 ても子供が見つけられるところにあったらとうの昔に警察が見つけている。どうも骨折り損になりそうな気がするのだ
 が(見つけたら見つけたでそれも困るのだが)、先頭に立って歩き出した先輩にそのことは言わない方がいいと思うの
 で口にはしない。まあ、ちょっとした散歩でも思ってたらいいか。
  と、思っていたらマジで散歩だった。僕たちはウォーキングコースを歩いているだけだった。どこが、探検ツアーな
 んだ?と疑問に思ったが、超常現象研究部の部員も先輩が狩りだした男二人も疑問にも感じていないようで黙って先輩
 についていた。不思議に思っていたら僕はハッと先輩に騙されていたことに気づいた。これは僕を誘い出すための策略
 だ。今回の目的は僕をこの部の活動に参加したという既成事実を作ることなのだ。それならただの散歩に部員が不満を
 言わないのも頷けるし、男二人は僕と一緒に行動することが目的みたいだから散歩だろうとミステリーツアーだろうと
 関係ない。それよりも僕と少しでもお近づきになりたいようで、いろいろ気を使ってくるのだが僕はそれを丁重にお断
 りしていった。いらぬ恩は買わないのが最良だ。最後尾を歩く僕は時々気遣い気な顔で振り向く男二人に適当に愛想を
 振りまきながら最早ハイキングと化していた探検ツアーが早く終わることを心の中で祈った。と、その時僕は何かの気
 配を感じたので立ち止まった。
 
 「どしたの? 涼ちゃん」
  異変に気づいた先輩も立ち止まったので全員が一時停止となった。皆一斉に僕の方を振り向く。
 
 「あ、いえ」
  ここで何かの気配を感じたと言えば、好奇心旺盛でなくても調べてみようということになるかもしれないことを危惧
 した僕は片膝を立ててしゃがんだ。
 
 「すみません、靴の紐が緩んじゃって……。すぐに行きますんで先に行ってください」
  そう言って、僕は紐を直すフリをした。男の一人が多分僕の靴の紐を直そうとしたのだろう僕に近付いてきたが、
 
 「どうも、お気遣いなく」
  と、撃退した。すごすごと引き下がる男。先輩は男にやれやれといった視線をおくると、僕を置いて歩き出した。い
 ま、僕らが歩いているのは上り坂で、もうすぐで下り坂となる。先輩たちの姿が見えなくなるのを確認した僕は、気配
 がした方へ行ってみた。気配はいまはしない。しかし、普通じゃない気配だったのでモンスターの可能性もある。警戒
 しながら辺りを窺うと、どこからかトランプが飛んできて僕の目の前の木の根に落ちた。トランプは段々と大きくなっ
 て人間が隠れるぐらいにまでなった。僕はあわてて鞄から変身スティックを取り出した。こりゃ、もう完璧にモンスタ
 ーだろう。だが、トランプの前からスッと姿を現したのは意外なものだった。
 
 「どうも、お久しぶりです」
  慇懃に頭を下げたそれは僕が忘却の彼方においやっていたものだった。モンスターではない。それとは別の人間以外
 の知的生命体。モーニングを着こなす紳士風の生き物だが頭は猫だ。
 
 「ピエール=シモン・マクスウェル・・・・・・」
  僕が彼の名を呟くとマクスウェルは意外そうな顔で、
 
 「私の名を覚えていてくれてましたか」
  僕が彼と会ったのは一度きりだ。女になるずっと前の不思議な体験。だが、僕はそんな記憶に浸るつもりはなかった。
 
 「なぜ、ここに?」
  その存在をすっかり忘れていたぐらい会ってないのに、なぜいまになって現れたのか。だが、僕の質問にマクスウェ
 ルはまるで愚問だと言わんばかりの口調で答えた。
 
 「私の生きがいは面白いものを見ること。特に演劇なんかが好みですね」
  何いってんだ? 相変わらず奴の思考は理解できない。
 
 「わかりませんか? 例えば現在の貴方は数年前に比べてだいぶお変わりになられたようじゃないですか。それもなか
 なか面白いことじゃありませんか」
  なにが面白いだ。人の不幸を笑うとろくな目にあわないぞ。って、なんで僕が涼太だって気付いたんだ? あれ以来
 一度も会っていないはずだ。
 
 「お忘れですか? 私に知らないことはないことを」
  そういや、そんなこと言ってたな。じゃ、魔宝皇珠のことも知っているのかな。その他いろいろと聞きたいことがあ
 る。まずは、えと何から聞こうか。あれこれ考えていると先輩が僕を呼ぶ声が聞こえてきた。ちょっと、時間を食いす
 ぎたか。
 
 「どうやら時間切れのようですね。では、私はこれで」
 「えっ?」
  まだ、何も聞いてないのに。しかし、こいつを見られても拙い。とりあえず一つだけ質問してみよう。
 
 「どうして、いまになって僕の前に現れたんだ?」
  なんかその質問から全然進んでいないが。
 
 「私と貴方が再会したのはただの偶然。これから始まる素晴らしいショーの役者の一人が偶々貴方だっただけのことで
 す」
 「ショー?」
 「そう、宝塚やブロードウェイでも見られないぐらいのショーです。今宵、1万年の昔より続く一つの石を巡る争いに
 終止符を打つ戦いが幕を開きます。そして、一人の少女の数奇な人生にもピリオドが打たれることになるかもしれませ
 ん」
  それは魔宝皇珠のことか? やっぱり知っていたのか。いや、それよりも気になるのは後の部分だ。その少女って僕
 のことじゃないだろうな。
 
 「ご心配なく。まあ、あなたも他人よりは数奇な人生を歩まれているようですが。しかし、貴方はまだ死ねないはずで
 す。犠牲になったご兄弟のためにも」
 「! なぜそれを……」
  それは僕がもっとも触れられたくない過去だった。記憶を消したいと思うぐらいの忌まわしい出来事。あの事は誰に
 も言っていない。無論、目の前の紳士ぶったネコマジンにもだ。いくら知らないことは無いと言っても、あまりにも知
 りすぎている。
 
 「あんた、一体何者なんだ?」
  前にもした質問。だから、返ってきた答えも以前と同じものだった。
 
 「私はただの観客です。時間という果てなき演劇のね。フフフフフッ、久しぶりですよ。こんなにも面白そうな演劇は」
  あんたの趣味なんぞ知るか。そんな答えで納得すると思うなよ。僕はもっと強く問い詰めようとしたが、マクスウェ
 ルは右手を出して僕の発言を制止した。
 
 「ご発言のところ残念ですが、どうやら本当に時間切れみたいですね。お友達がお迎えに来られたみたいですよ」
  そういや、さっき呼ばれてたのに返事しなかったな。それで心配になって捜しに来たのか。でも、これだけは聞いて
 おきたいことがある。
 
 「あんたは本当に見ているだけなのか。誰かを助けるとかそんな気にはならないのか」
  この猫紳士はいままでの様々な争いを見てきたはずだ。その中には思わず手を貸してやりたいと思う場面もあったは
 ずだ。
 
 「私は傍観者にすぎません。面白いものが見られるだけで満足です。演者になって登場人物の一人になったり、監督や
 作家になって物語を作ろうという気にはなりませんね。でも、そうですね。演者の運勢を占うことぐらいはしても構わ
 ないですね」
  そう言うとマクスウェルはトランプを手に出して絵柄が僕に見えないように広げた。
 
 「どれか一枚引いてください」
  僕は言われるままにトランプを引いてそれをマクスウェルに手渡した。猫はそのカードの数字とスートを確認すると
 占いの結果を教えてくれた。
 
 「貴方は助かると出ています。では、いい演技を期待してますよ」
  マクスウェルは持っていたトランプの束を自分の頭の上にばらまいた。そして、トランプが全部地面に落ちる頃には
 彼の姿は消えていた。結局、奴から得られた情報は今夜に何かが起きるということだけだ。奴は魔宝皇珠に何か関係し
 ているのだろうか。ジュエルモンスターが全滅して物語も佳境に入った時期での唐突な登場に何か引っかかるものを感
 じるのだが。それと、彼女はどうしたんだろう。猫人間は何も言わなかった。彼女に何かあって僕にそれを言うと心配
 するだろうから、あえて何も伝えないというような性格ではないので何も言わなかったのは何事も無かったからだろう。
 僕は残されたトランプをジッと見つめた。このトランプの持主はいままでの戦いも鑑賞していたのだろうか。僕が蟹坊
 主に左腕を喰われた時も面白そうに見ていたのだろうか。そう考えると腹が立ってきた。
 
 「あの猫、今度会ったら全身逆撫での刑にしてやるからな」
  それとも強制入浴の刑の方がいいかな。と、独り言を呟いていたら後ろからいきなり声がした。
 
 「猫がどうしたの?」
  振り向くと先輩が少し怒った顔で立っていた。
 
 「呼んでも返事しないから心配したじゃない。こんなところで何してたんだい?」
 「あ、いや、その……」
  猫と喋っていたなんて言えないからどう言い訳していいか悩んでいると、先輩はどうやら勘違いしたようで「ああ、
 そうか」みたいな顔をして僕に顔を近づけて小声で囁いた。
 
 「もしかして、小用?」
  一瞬、何のことかわからなかったが、少しして意味がわかると僕は顔を真っ赤にして否定した。
 
 「ち、ちがいますよ」
  確かにこんな茂みに入って返事もしなかったら勘違いされても仕方ない。僕は懸命に無実(?)を主張したが、先輩
 は「誰にでもそういう時はあるよ」ってな具合で、まともに取り合ってくれない。状況証拠は僕をクロとしているが、
 それでも僕はやっていない。
 
 「生理現象だから我慢できないのはわかるけど、気をつけた方がいいよ。それを狙って盗撮しようとする輩もいるんだ
 からさ」
  先輩はあくまで僕を犯人にしたいらしい。だから僕は無実だってば。すると、先輩は急に笑い出した。
 
 「アハハハハ。ごめんごめん。ちょっとからかっただけだよ。涼ちゃん、本気にしちゃうんだから可愛い。本当、こね
 くり回したいね」
  こねくり回す? 一体なにされるんだ? 先輩は幼女を見て興奮している変態親父みたいな目つきで僕を見ている。
 両手もいまにも僕を捕まえて悪戯してやろうかいうような怪しい動きをしている。危険を感じた僕は後ずさりしたが、
 すぐに先輩に捕まってしまった。先輩は僕をぎゅうっと抱きしめると僕の顔に頬ずりを始めた。
 
 「本当、可愛いよね。んー、もう、部室にずっと飾っておきたいぐらい可愛い」
 「ひえええええええ」
  僕はあたふたと暴れたが、先輩に強く抱きしめられているので逃げられない。
 
 「ねえ、うちに来ない? そしたらさっきの事は黙っててあげる」
  黙っててって、さっきからかっただけって言ってたでしょ。
 
 「ふふん、わかってないね君は。噂に嘘か本当かなんて大した意味はないんだよ。涼ちゃんみたいな美少女が野外で我慢
 できずに……って噂が流れたら」
  ぐっ、それは拙い。しかし、先輩の部に入ってしまったら、さっきの先輩の行動を見ればわかるとおり玩具にされてし
 まうのは明らかだ。かといって、変な噂を流されたら全面嘘っぱちであるだけにどんな尾ひれがつくかわかったもんじゃ
 ない。非常に物わかりがいいていうか、諦めるのが早いというか僕は観念することにした。
 
 「わかりました。入部します」
  すると、先輩はニコッと笑って、
 
 「そうかい、そうかい、やっと決意してくれたんだね。そうと決まったらお祝いしないと。もうお昼だからそこの川原で
 お弁当にしよう。カラオケも持ってきているしさ」
  弁当を食べ終わった僕は哀・戦士を熱唱した。なんか、タイトルが僕にピッタリだなっと思ったからさ。探偵ツアーが
 いつの間にかただのハイキングになってしまったが、あらかじめ予想されていたので何も言うまい。先輩たちも素人が事
 件の謎を解くという荒唐無稽な事を本気でしようとは思ってはいない。すべては僕を仲間に引き入れるための策略だ。お
 そらく、いろいろな罠が用意されていたことだろう。そうした知恵や努力をもっと別のものに投じるべきだと思うのだが。
 しかし、当の本人たちは目的を達成したことでえらくご満悦の様子で、どうやら僕を玩具にしたいと思っているのは先輩
 だけではないようだ。こりゃ相当苦労しそうだぞ。
  カラオケ大会も終わって、もうそろそろ帰ろうかという時、急に雲行きが怪しくなってきた。こういう場合、雨が降る
 んだよなぁと思っていたら、本当に降ってきた。さっきまでは晴れていたのに。山の天気は変わりやすいってのは本当だ
 な。問題は誰も傘を持ってきていないことだ。
 
 「どこかに雨宿りしないと」
  誰かがそう言ったが、雨宿りできる場所って……。すると、別の誰かが、
 
 「たしか、あっちに洞窟があったぞ」
  そういやあった気がする。別にどこでもいいや。僕らはその洞窟に逃げ込んだ。外からは何度か見たことがあるが、中
 に入ったのは初めてだ。結構、奥行きがあるな。雨の方は僕らが洞窟に入った途端に豪雨となって、僕らはしばらく足止
 めされそうだった。さて、雨があがるまでの間、何をして時間を潰すか……。食べ物はもうない。カラオケは飽きた。携
 帯電話でゲームでもするか。携帯電話を取り出してパカッと開ける。
 
 「ん?」
  僕は携帯の画面に圏外と出ているのに気づいた。圏外? そんなはずはない。前にこの近くで使った時はちゃんと繋が
 ったぞ。洞窟の中だからか。まあ、ゲームする分には問題はないからいいか。と、ここで僕は周りがやけに静かなのに気
 づいた。皆の顔を見ると誰もが眠たそうにしている。
 
 「どうしたんですか?」
  隣にいた先輩に声をかけるも、半分眠りに入っている先輩の耳には届かないようだ。どうも、様子がおかしい。僕以外
 の人間が眠たくなるなんて。催眠ガスでも吸ったのだろうか。いや、それなら僕も眠たくなるはずだ。
 
 「先輩? 先輩?」
  僕は先輩の頬をパンパンと叩いてみた。反応が無い。今度は往復ビンタをくらわした。それでも起きない。ならばと、
 雪山で遭難して寒さと疲労で目を瞑ろうとしている仲間を起こすぐらいの力でぶっ叩いた。思いきり強く叩いているのに
 先輩は何の反応も示さない。顔はすでにパンパンに腫れ上がっているっていうのに。そして、とうとう先輩は完全に寝入
 ってしまった。試しに先輩の体を支えていた手を離してみた。支えを失った先輩の体は重力に引かれてゴツンと頭を地面
 にぶつけた。それでも起きない。いくらなんでも、それで起きないのはおかしすぎる。念のために他の連中にも同じこと
 したが、誰も起きなかった。ここに至り、ある可能性が浮上してきた。それまで活発に動いていた人間が急に眠りに入っ
 た、叩いても殴っても起きなかったこと、そして僕だけが眠たくならないこと、それらから導き出される答えは……。
 
 「魔法で眠らされたんだ……」
  魔法で強制的に睡眠状態にされたのなら殴っても起きないのもわかるし、僕だけが眠たくならないのも理解できる。僕
 は一応魔法少女なので魔法に対する耐性があるのだ。だが、問題はだれが魔法をかけたかだ。アスナもサラも家にいる。
 それ以外にこの近辺にいる魔法少女といえば一人しかいない。この前、僕らの前に現れたルイという本物の魔導師だ。な
 ぜ彼女がここに? この前の戦いで左腕をふっ飛ばしたから、しばらくは活動できないと思っていたのに。僕は変身ステ
 ィックを取り出して変身すると、弓を構えて相手が姿を現すのを待った。一旦退いて応援を頼むという選択肢もあったが、
 先輩たちをこのままにはしておけない。かといって、ここで戦ったら先輩たちが巻き添えをくってしまう。やはり、いつ
 もどおり鏡面空間で戦うしかないな。勝てるかどうかわからないけど、死にはしない気がする。なんでだろう。ネコ紳士
 の占いを無意識に信じているからか。なんにせよ僕がまた痛い目に遭うことは確実だろう。本当に何の因果だろうね。僕
 は自分の身の不幸を嘆きながらルイが現れるのを待った。やがて、足音が聞こえてきて暗闇から一人の少女が姿を現した。
 
 「やはり、君か」
  思っていたとおり、現れたのはルイだった。予想通りだが、向こうにしたらそうでもないようだ。
 
 「なぜ、あなたが……?」
  どうやら彼女にとって僕がここにいるのは予想外だったみたいだ。別に意外でもないでしょ。地元なんだから。それよ
 り君がここに住んでいるっての方が意外だ。また会うだろうとは思っていたが、まさかいま会うなんては想像しなかった
 よ。当然、感動の再会というわけにはいかない。敵同士だからな。否、そんなことよりルイの息遣いがなぜか荒いのが気
 になった。なんか苦痛に耐えてるって感じ。暗くてはっきりとルイの表情はわからないが、彼女が自分の左胸を左手で押
 さえているのは視認できた。心臓でも悪いのかな? って、
 
 「左手?」
  僕は思わず声に出してしまった。ルイの左手はこの前の戦いで吹っ飛ばしたはずだ。本物とばったもんの格の違いを見
 せつけられた戦いで、僕は弓をボウガンにバージョンアップしてルイの不意を突くことでどうにかこの強敵を撃退したの
 だ。本物の魔導師は切断された腕も再生できるのか? いや、それはないだろう。本物だろうと何だろうと彼女は人間で
 ある。そう簡単に体の一部を再生できるとは思えない。じゃ、義手か? こんな短期間では無理だ。では……。
 
 「まさかプロジェクトの……」
  口に出してみたが、それもない。僕は彼女を知らないし、人間であることには変わりがない。じゃ、彼女は何者なんだ?
 あれこれ考えていると、ドサッと何かが倒れる音が聞こえた。見てみると、ルイがうつ伏せに倒れていた。
 
 「えっ?」
  僕はあわててルイに駆け寄って抱き起した。
 
 「大丈夫か?」
  声をかけるついでにルイの左腕を掴んでみた。確かに生の腕だ。ルイは抵抗する素振りを見せない。やけに大人しいと
 思ってたら理由はすぐにわかった。さっきまでは暗くてわからなかったが、近くでみてみるとすぐにわかる。ルイは胸か
 ら出血していたのだ。それも引くぐらいの大量出血だ。素人目から見てもかなりヤバいぞ。一刻も早く救急車呼ばないと。
 外はまだ雨が降っているが、構うもんか。と、外に出ようとしたのだがルイが僕の服をつかんでか細い声で、
 
 「待って」
  待ってって、その怪我じゃ命に関わるぞ。と、ここで僕は例の女の子の死体が消えたという事件を思い出した。もしか
 して、それってルイのことじゃないのか? だが、事件があったのは昨日か一昨日で、それから処置なしでいままで生き
 続けてきたのか?
 
 「君は一体何者なんだ?」
  どうも彼女には何か秘密があると思えてならない。しかし、ルイは何も答えずただ、
 
 「逃げて……」
  と、言っただけだ。その顔は前に会ったときみたいな上から目線のお嬢様のではなく、いまにも命が尽きそうな(実際
 重傷なんだけど)薄幸の美少女みたいな感じだった。しかし、逃げろって言われても何から逃げるんだ? それに先輩た
 ちを置いてはいけない。そうそう、なんで先輩たちを眠らせたんだ? 早く起こしてくれ。
 
 「ダメ……」
 「ダメって」
 「私を見られてしまう」
  そうか、騒ぎになるな。だけど、ルイが逃げろっていうぐらいの危険が迫っているなら尚のこと先輩たちを起こさない
 と。
 
 「大丈夫……」
  なにが?
 
 「彼女は私しか狙わない」
  彼女? 君に重傷を負わせた奴か? ルイは黙って頷いた。その女も君と同じ本物の魔導師なのか?
 
 「そう……」
  そうって、どうすんだよ。ルイにこんな大けがを負わせられるような魔導師に僕が勝てるわけがない。よし、逃げよう。
 先輩たちは……置いていこう。ルイも危険がないって言ってるし。じゃ、お言葉に甘えて先に失礼させて……ってできる
 わけないだろ。女の子が怪我して動けないのを見捨てて自分だけ逃げるなんて。悔しいけど、僕は男なんだな。やっぱり、
 僕に女の子は無理だ。だって、女の子を守るのは男の役目だろ? マクスウェルは今夜で魔宝皇珠をめぐる戦いが終わる
 って言っていた。多分、ルイが襲われたのもそれに関係するはずだ。ならば、僕が終わらせて男に戻る。長い道のりだっ
 たけど、すべて終わらせる。俺が終わらせる。僕はルイを安静にさせると雨があがるまで待つことにした。ルイは何度も
 僕に逃げるように言ったが、魔宝皇珠に関係しているなら僕も巻き込まれるのは避けられないだろう。何と言ってもあれ
 の破片を一番多く持っているのは僕なのだから。
  雨があがったのは日がどっぷりと暮れてからだった。僕は外に出ると、アスナたちを通信で呼び出そうとしたが雑音ば
 かりが流れるだけだった。いつもはすぐに応答があるのに。ならばと携帯にかけてみようと思ったが、外に出たってのに
 まだ圏外になっていた。
 
 「ジャミング?」
  いや、ジャミングではないだろう。これは電波妨害じゃなくて電波遮断だ。何者かが基地局からの電波を遮断している
 んだ。しかも、魔法少女間の通信も妨害できるのは魔導師だけだ。ってことは、
 
 「敵は近くにいる」
  おそらく彼女はルイが外部と連絡できないようにするために電波を遮断したり、通信を妨害したりしているのだろう。
 そんなことができるのは相当な実力の持ち主のはずだ。なんといってもルイにあそこまでの重傷を負わせた奴なんだから
 な。僕は辺りを警戒した。いまのところ怪しい気配はない。少し、見て回ろうか。おや? あんなところに人がいるぞ。
 不審に思った僕はその人のところに行ってみた。もう、ハイキングする時間帯じゃない。しかも、近づいてみて見たその
 服装は絶対にハイキングしましょうとは思わないものだった。道端の大きい石に腰かけていたのは銀色の長い髪の女の子
 だった。まるで人形のような整った顔立ちをした少女は口元に笑みを浮かべながらこちらを見ていた。多分、この少女が
 ルイを襲った魔導師だろう。黒いドレスに逆十字の首飾りの服装は普通の人間はこんなところに来るのにそんな服装はし
 ないだろうし、何といっても一番の物的証拠が彼女がとびっきりの美少女だということだ。アスナもサラもルイもそして
 憚りながらこの僕も魔導師の女の子は一人の例外なく滅茶苦茶可愛い。だから、目の前のアンティークドールみたいな美
 少女が魔法少女であることに、僕は一片の疑いも持たなかった。できうることなら、親しいお友達として知り合いたいも
 のだが、可愛らしい顔にはあまり似合わない鋭い眼はそんな僕の期待を叶えてくれそうになかった。やはり、敵なのか。
 いや、ルイにとっては敵だろうけど、僕にとってはまだそうなのかわからない。僕とルイも元々は敵同士だからだ。敵の
 敵は味方という理屈からいけば銀髪の少女が味方ではないのか。向こうがこっちをどう認識しているかは不明だが、銀髪
 の少女は興味深げに僕を見ている。何か声かけた方がいいかなと思ってたら、向こうから話しかけてきた。
 
 「今晩は」
  日本語だった。それも流暢な。アスナもサラもルイもなんでこんなに日本語がうまいのだろう。英語もろくに話せない
 僕は己の語学力の無さに恥じ入るばかりだ。
 
 「こ、こんばんは・・・・・・」
  僕は挨拶を返した。少しぎこちなかったからか、銀髪の少女はクスッと笑って、
 
 「そんなに緊張しなくてもいいわよ。別にとって喰うわけじゃないんだから」
  それを聞いて安心。もう二度と自分の体が食べられるのは御免だからな。
 
 「私はモンスターを追っているだけ。人の皮を被ったモンスターをね」
 「?」
  どういう意味だ? ルイを捜しているんじゃないのか。人の皮を被った・・・・・・って、まさか。
 
 「あら、何か心当たりがあるって顔しているわよ。彼女がどこにいるのか知っているのね」
 「あ、いや、その・・・・・・」
  やっぱり、ルイのことか。さて、肯定か否定か、どっちにしよう。いや、それよりルイがモンスターってどういうこと
 だ? 確かにモンスターなら粉砕された左腕を再生するぐらいできるだろう。胸から大量に出血しても生きられるのもモ
 ンスターなら納得だ。でも、本当にルイはモンスターなのか? そんなのヤダ。だって、可愛い女の子の正体が実は醜い
 モンスターだったなんて悲しすぎるじゃないか。アスナとサラとルイの3人に囲まれて生活するってのが、男にもどった
 時の僕のささやかな妄想だ。なぜ、敵であるルイも含まれるのかって? だって、可愛いじゃないか。僕は美少女を殺す
 趣味はないよ。できるなら解りあって仲良くしたいじゃないか。それに、僕に逃げろと言った時のあの娘の顔はどうして
 もモンスターには思えないのだ。伊達にモンスターと戦ってきたわけじゃない。彼女にはまだ何か秘密があるはずだ。銀
 髪の少女は何か知っているのかもしれない。聞いてみよう。
 
 「君は彼女が何なのか知っているのか?」
  すると、銀髪少女は単純明快に答えてくれた。
 
 「モンスター」
  さらに、クスクス笑って、
 
 「信じられるかって顔しているわね。でも、モンスターが人間に化けるのって結構あるのご存じないのかしら?」
  彼女もそうだって言うのか?
 
 「彼女は・・・・・・ちょっと違うわね」
  違うってどう? いや、そんな事より君は彼女をどうするつもりなんだ。なんで、ルイを狙うんだ?
 
 「フフッ、おかしなこと言うのね。モンスターを退治するのは魔導師の務めでしょ。貴方もそうじゃないの?」
  なんで、僕が魔導師モドキだって知っているんだ? って、この格好見たら一目瞭然か。いやいや、そうじゃなくて、
 
 「違う!」
  僕は声高に否定した。
 
 「確かにルイは人間じゃないかもしれない。でも、モンスターだとはどうしても思えないんだ。それに、君の目的は魔宝
 皇珠じゃないのか?」
  銀髪の少女の顔が変わった。図星か。
 
 「だとしたら?」
  このまま見過ごすわけにはいかない。ルイの持つ魔宝皇珠の欠片の一つは誰にも渡さない。
 
 「フフフフフッ、ハハハハハッ」
  いきなり笑い出したぞ。
 
 「欠片って、これのこと?」
  そう言って少女が見せびらかしたのは、紛れもなく魔宝皇珠の欠片だった。ルイから奪った奴か? だったら、彼女に
 はもうルイをつけ狙う理由はないんじゃないのか。それとも、奪い返されないように今のうちに息の根を止めるつもりな
 のだろうか。どっちにしても、それを渡すわけにはいかない。大人しくこちらに譲渡願おうか。
 
 「嫌よ」
  そう言うと思った。だったら力ずくで奪うまでだ。女の子と戦うのは嫌だけど、いまは僕も女の子だし何と言っても彼
 女の方が僕より強い。僕が矢を銀髪の少女に向けると、少女はフッと鼻で笑った。
 
 「やれるものならやってごらんなさい。貴方もカテゴリーFって奴でしょ? 紛い物が本物に勝てると思って?」
  そんなのやってみなくちゃわからないだろ。3.03センチの虫にも15.15ミリの魂っていう諺を知らんのか。た
 とえ粗悪な模造品であっても、本物に負けない魂ってのはあるんだ。それによ・・・・・・、
 
 「紛い物だって必死で努力すりゃ本物を超えることがあるかもよ」
  と、言うと、銀髪の少女はくっくっく…と笑って、
 
 「おもしろいじょうだんね。では、努力だけではどうやっても超えられぬ壁をみせてあげるとしましょうか」
  銀髪の少女は腰を乗せていた大石から立ち上がった。
 
 「この世に残った最後の純血の魔導師の力をとくと御覧なさい」
  言うや否や、銀髪の少女は宙に浮かんで魔力フィールドを発生させた。ルイと同じ六芒星の模様がある。それにしても、
 最後ってやはりルイは人間じゃないのか。でも、彼女だって魔力フィールドを発生させたじゃないか。本物の魔導師以外
 にもそれは可能なのか?
 
 「言ったでしょ、彼女はちょっと違うって」
  だから、どう違うんだよ。彼女はそれには答えず、ドーナツ状の物体を二つ手に取った。ちょっと遠くて見にくいが、
 どうやら鉄製のようだ。チャクラムか? 銀髪の少女はそれを僕に投げつけてきた。やはりそうか。僕はそれを難なく回
 避したが、まだ安心はできない。魔法使いが操る武器だから行って返ってくるだけではないはずだ。思ったとおり、チャ
 クラムは銀髪の少女の遠隔操作で動いていた。彼女は左右の手を動かして2つのチャクラムを操っているようだ。
 
 「fast!」
  僕は高速移動の魔法でチャクラムを回避することにした。少女はチャクラムを操っている間は両手は他のことには使え
 ないようなので、いまが攻撃のチャンスだ。早くしないとチャクラムがスパスパッと木々を切り倒していって森がなくな
 ってしまう。僕は避けながらも銀髪の少女に照準を合わせて矢を放った。矢は真っ直ぐ少女を捉えるが、当たりはしない
 だろう。続けざまに2射、3射と矢を放っていく。案の定、少女は矢を易々と回避しながらチャクラムを操った。さすが
 にやるな。僕なんかチャクラムを必死に避けながら時間があれば矢を放つのが精一杯なのに。このままではジリ貧だ。僕
 は弓をスティックに戻して先端を銀髪の少女に向けた。
 
 「flash!」
 「!」
  スティックから強い光が発せられたが、銀髪の少女は咄嗟に顔を背けて腕で目をカバーした。その隙に僕はまだ倒れて
 いない木のかげに隠れた。銀髪の少女は完全に僕を見失っている。彼女は上空から僕を捜すが、そう簡単には見つかるま
 い。スティックをまた弓にして矢を番える。狙うのは彼女に当たるか当たらないかぐらいのギリギリのポイント。バラン
 スを崩したところを取り押える。よし、それでいこう。僕は見つからないように祈りながらチャンスを待った。だが、僕
 が見つからないことに業を煮やした少女はとんでもない手段に打って出た。人差し指を立てた右腕を真上に真っ直ぐ伸ば
 した彼女は、人差し指のちょい上ぐらいにソフトボールぐらいの大きさの光の球を発生させた。
 
 「Tallboy!」
  彼女の指先から放たれた光の球は彼女の真下へと落下していった。そして、地面に落着すると大爆発を起こしたのだ。
 バリアを張る余裕も無かった。爆風で僕は何十メートルも吹っ飛ばされてしまった。
 
 「痛てててててっ・・・・・・」
  地面に激突した衝撃で首を痛めたが、大事には至らなかった。首を押さえながら体を起して後ろを振り返ると、光の着
 弾点に大穴が開いて周囲の樹木がなぎ倒されていた。
 
 「……」
  想像以上の威力に声も出ない。これをあの洞窟でやられたら先輩たちの命はなかった。こりゃ、早いとこ先輩たちを安
 全圏に避難させないとヤバいな。しかし、どうやって先輩たちを運ぶか。僕が行ければ良かったのだが、残念なことに僕
 を遮蔽してくれる木々はすべてなぎ倒されており、僕は上から丸見えの状態になっていた。
 
 「みーつけた♪」
  まるでかくれんぼしていて隠れている友達を発見したときみたいな台詞だが、上空から僕を見下ろす銀髪の少女は口元
 は笑っていたが目は狩る者の目だった。くそっ、これじゃあ先輩たちのところに行けないぞ。そだ、シマリスを召喚して
 あいつに運ばせたらいいんだ。では、早速……と思ったらどこからか聞き覚えのある声がしてきた。
 
 「大丈夫やで、わいがついてるさかいに」
  間違いない。シマリスの声だ。なんで、あいつがここにいるんだ? でもまあ、僕を助けに来てくれたみたいだし、呼
 んでもいないのに自分から来るなんてあいつもなかなかやるなっ・・・・・・って?
 
 「なっ・・・・・・」
  声がした方を振り返った僕は絶句してしまった。振り返った先にはシマリスとシマリスに抱かれている(多分、雌の)
 シマリスがいた。先ほどの奴のセリフは僕にではなく、この雌のシマリスに向けられたものだった。
 
 「おい……」
  僕は怒りを抑えるのに苦労したが、シマリスは平然とした顔で、
 
 「あんさん、こんなところでどないしはりましんたんや?」
 「……」
  一瞬、殴ってやろうかと思ったが、いちいち魔法で呼び出す手間が省けたので大目に見てやろう。僕の寛大さに感謝す
 るがいい。僕が敵の注意を引き付けておくから、お前は先輩たちを安全なところまで運んでくれ。
 
 「へっ? 敵?」
  なに素っ頓狂な声を出しているんだ。お前はこの惨状が隕石の落下が招いたとでも思っていたのか。
 
 「いや、ワイは女の子(メスのシマリス)をナンパしようとしていたらいきなり爆発があって、そしたら女の子がいきな
 り抱きついてきたんで、こりゃシメたと思って抱きしめてあげたというわけでんねん」
  なにがでんねんだ。デレデレしやがって。とにかく、先輩たちを助けるんだ。僕はその間、彼女を引き付けておくから。
 と、上空の銀髪の少女に注意しながら命令を出したのだが、どうしたわけかシマリスは動こうとしない。僕は少女から目
 を逸らさずに早く行けと催促した。だが・・・・・・。
 
 「どうやって運ぶんでっか?」
  この時、僕は重大な見落としをしていることに気づいた。体が小さいシマリスでは人間を引きずりながら運ぶのも不可
 能だ。シマリスに指摘されるまでまったく気付かなかったとは……。何たる醜態だろう。どうする? また魔法で光を発
 生させるか、否、同じ手は通用しないだろう。よしんば通用したとしても、彼女はこの周辺を無差別に攻撃してくるだろ
 う。彼女も外国人なので日本の自然に愛着が無いのも不思議ではない。それだけじゃない。彼女は目的のためには人命す
 ら奪うことを躊躇はしないだろう。僕を見下ろすあの目には他人への気遣いがまったく感じられない。彼女も人間じゃな
 いんじゃないか? その彼女はさっきから腕を組んだり足を組んだりして攻撃してくる気配がない。何かを待っている感
 じだけど。
 
 「ねえ」
  ようやく彼女が口を開いた。両手を組んでその上に顎を乗せるポーズで、
 
 「何か、策でも思いついた? あんましあっさりと片がついても面白くないし、少しは楽しませてよ」
 完全に嘗められていた。こっちが命がけなのに、向こうはまるでゲーム感覚だ。だから、次のようなふざけたことも言っ
 てしまえるのだ。
 
 「あ、そうだ。いいこと思いついちゃった」
  あんまりこっちには良さそうな事でないのは確実だろう。彼女は冷酷そうな笑みを浮かべて、
 
 「ねえ、追いかけっこしない?」
  いきなり意味不明な事言い出したぞ。追いかけっこ? 何考えてんだ? 僕が真意を図りかねていると、彼女は右手の
 平を僕に向けた。そして、
 
 「Harpoon!」
  と、掌から光弾を撃ってきた。僕は咄嗟にシマリスを掴むと、光弾の方に放り投げた。衝突と同時に爆発が起きて、爆
 煙で少女の姿が見れなくなった。しかし、それは向こうも同じことで、僕はそのチャンスを逃さなかった。素早く弓矢を
 構えると彼女がいると思われる方へ矢を放った。
 
 「シューット!」
  猛スピードで上昇する矢は完全に少女を捉えていた。爆煙で視界が遮られた少女は対処が出来ないはずだ。だが、
 
 「えっ!?」
  矢が少女に命中する寸前、彼女の体がブレて見えた。そして、矢はそのまま少女の体を突き抜けてしまった。
 
 「残像拳!?」
  僕は愕然と残像が消えるのを眺めていたが、すぐに少女の姿を捜そうとした。が、遅かった。
 
 「残念……惜しかったわね」
  いつの間に移動したのか、銀髪の少女は僕のすぐ目の前に現われて槍を僕の喉元につきつけた。
 
 「これで終わりにする? それとも続ける?」
  傲慢な物言いだ。僕は少しムッとなって言い返した。
 
 「そんな決定権が君にあるのか?」
  すると、少女は槍をさらに僕の喉元に触れるぐらいにまで突きつけた。
 
 「口のきき方に気をつけてもらいましょうか」
  冷たく言い放つ少女に僕は敗北を悟った。こうも実力差があるのか。思えばルイの時はサラとアスナがいたから何とか
 勝てたけど、1対1だったらいまと同じ状況になっていたかもしれない。少女は勝ち誇った顔で、
 
 「こんなところで朽ち果てる己の身の不幸を呪うことね」
  そうかな?
 
 「道を誤ったのよ。貴方のような魔導師のなりそこないは粛清される運命なの。わかる?」
  わかんねーな。僕は自分が社会から抹殺されるべき存在とは思っていないんでね。知ってるか? 本当に価値が無い人
 間は自分が価値が無い人間と思っている奴だってこと。どうやらまだ負けを認めるわけにはいかないようだ。
 
 「まだだ、まだ終わらんよ!」
  僕はそう叫ぶと、後ろに仰け反った。直後、槍が突き出されるが、ギリギリのところでかわした。仰向けに倒れた僕は
 すぐに彼女の両足を足で挟んだ。
 
 「秘技、カニばさみ!」
  これは、シマリスに教えてもらった技だ。なんでも奴の叔父の友達が得意技にしていたらしい。両の足で相手の両足を
 挟んで倒す技だ。
 
 「きゃあっ」
  バランスを崩された少女は悲鳴を上げながら倒れた。チャンスだ。僕はすかさず彼女の上に乗っかって、マウントポジ
 ションの体勢をとった。
 
 「これなら、あの技は使えまい」
  あの技とは残像拳のこと。100mを5秒程度で移動するぐらいの高速移動によって生じる自分の残像で相手を惑わす
 この技は移動できなくさえすれば簡単に封じれる。彼女の両腕も抑えてある。しかし、少女は不敵に笑うと、
 
 「それはどうかな?」
 「なに?」
 「この私を見くびってもらっては困る!」
  次の瞬間、少女の体が一瞬にして消え去った。しまった、瞬間移動か。どこに消えた。上か! 見上げると少女がさっ
 きと同じように浮かんでいた。彼女は僕の方に右の掌を向けて、
 
 「なかなかやるじゃない。でも、もう遊びはこれまでよ。こっからは本気で行くから。Sidewinder!」
  彼女の掌からさっきと同じ光弾が発射された。僕は空を飛んで回避しようとしたが、光弾もそれにあわせるようにコー
 スを変えた。
 
 「えっ?」
  ホーミング機能が付いているだとっ!?
 
 「チッ」
  僕は舌打ちすると、矢を放って光弾を爆発させた。だが、安心したのも束の間、その直後に僕は鳩尾に蹴りを入れられ
 て地面に叩きつけられた。
 
 「がはっ」
  落下による衝撃で僕は動くこともままならないぐらいのダメージを負ってしまった。そんな僕に彼女は槍を投げ落そう
 としていた。
 
 「トドメよ、死になさい!」
  槍は一直線に僕に向かってきた。僕はなんとか回避しようと身を起こそうとしたが、槍の穂先のギザギザから無数のビー
 ムが放射されたのを見て、シールドで防御することにした。
 
 「Protection!」
  ビームの幾つかがシールドに阻まれて消滅し、槍も弾かれて地面に落ちるかと思ったら独りでに空を飛んで少女の手に戻
 った。少女がリモートコントロールしたのか、槍に自動で持ち主のところにまで帰る機能が付いているのかはわからないが、
 後者だとしたら便利な武器だな。やっぱり、本物の魔導師が使う武器はちがうな。と、僕が他人のものを羨ましく思ってい
 ると、少女がスーッと下りてきた。僕は痛みを堪えながら立ち上がって少女と対峙した。
 
 「もう立っているのがやっとって感じね。あの高さから地面に落下してまだ立てるってのはすんごいことだけど、もう貴方
 に戦う力は無いわ。降参して彼女の居場所を教えて。そしたら命だけは助けてあげる」
  少女の提案に僕は返答を迷った。彼女はルイの居場所を教えたら命は助けると言った。逆にいえば教えなかったら僕を殺
 すということだ。でも、彼女はすでにルイが持っていた魔宝皇珠の破片を奪っている。もうルイに用はないはずだ。
 
 「なんで君はルイを狙っているんだ? 彼女が持っていた破片はもう手にしたんだろ」
  僕の問いに少女は破片を取り出して見せた。
 
 「これのこと?」
  そう、それのこと。彼女はクスッと笑って、
 
 「これはここに来る前に手に入れたものよ。彼女のはまだ手に入れてないわ」
  なんだそうだったのか。これで疑問は解けた。あと気がかりなのは……。
 
 「ルイが破片を渡したら、彼女も助けてくれるんだろうな」
 「それは駄目ね」
  きっぱりと否定された。どして?
 
 「だって、生きてたら破片が手に入らないじゃない。それとも貴方はモンスターを殺さずに破片を手に入れたことってあるの?」
 「?」
  僕には少女の言っていることがわからなかった。だって、ルイとジュエルモンスターとどう関係あるっていうんだ……って、
 まさか。
 
 「彼女もジュエルモンスターだっていうのか?」
  でも、ルイは前にヤギを殺して破片を奪っている。もし、彼女がジュエルモンスターだとしたら同族を殺してまで破片を手
 にする理由はなんだ? それに、
 
 「ジュエルモンスターはもう全滅しているはずだ」
  こないだのヤギでジュエルモンスターは12体全部倒されている。破片も僕らが入手した10個とルイが持っている1個、
 そして本部にある1個で12個全部揃うはずだ。って、あれ? だとしたら銀髪の少女が持っている1個はなんだ?
 
 「それって、まさかの本部の……」
  僕はM機関の本部が何者かに全滅させられて破片を奪われたという事件を思い出した。その犯人が目の前の少女なら彼女が
 破片を持っているのも納得できる。少女はニヤッと冷酷そうな笑みを浮かべて、
 
 「そう、貴方のお友達からもらったものよ」
  別に友達ではないが。ってことは、
 
 「君が皆を殺したのか?」
  恐る恐る聞いてみた。少女は平然と答えた。
 
 「だってしょうがないじゃない。どうせ、頂戴って言っても素直に渡さないんでしょ」
  当たり前だ。子供が小遣いをせびるのと違うぞ。何て奴だ。可愛い顔しているのに、とんでもない殺人鬼だな。だが、少女
 は僕の非難なんか全く意に介さないってな感じで、
 
 「貴方たちだってモンスターを殺してジュエルを奪ってきたんでしょ、違うの?」
  と、逆に僕を責めてきたではないか。人とモンスターを一緒にすな! と言いたいが、ここは堪えてジュエルモンスターに
 ついての疑問を解決したい。少女が持っている破片が本部から強奪したものであれば破片の数は一致するが、ジュエルモンス
 ターはすでに12体全部倒されたはずだ。ルイがジュエルモンスターであるわけがない。そのことを言ってみたら、少女に鼻
 で笑われた。
 
 「ジュエルモンスターが12体って誰が言ったのかしら?」
 「へっ?」
  いきなり爆弾を落とされた気分だ。だって、僕は12って聞いたぞ。確かアレを作った人が遺した文献にはっきりとジュエ
 ルモンスターは12体と書いてあったと。
 
 「でも、彼が本当のことを書いたって保証がどこにあるの?」
  そんな言ってたら何もかもが怪しくなってくる。彼女が言っていることが正しいという保証もない。
 
 「君の証言を裏付ける証拠でもあるのか?」
  まず、証拠を見せてもらわないと。
 
 「証拠ね・・・・・・」
  少女は考え込むような顔した。証拠が無いからって彼女の言っていることが嘘とは断定できないが。それと、彼女がジュエ
 ルモンスターが実は13体いましたっていう情報をどっから仕入れてきたのか。そのソースを知りたいものだ。
 
 「そうね、強いてあげるとすれば12個の破片を全部つなぎ合わせても完全には復元されないってことかな。貴方もそれに気
 づいてたんじゃなくて?」
  確かに僕は破片を回収する度にそれらをつなぎ合わせていたのだが、10個目をつなぎ合わせてもなんか半分も復元できて
 ない気がしていたのだ。破片は皆ほぼ同じ大きさなので残り二つをあわせても中途半端な形でしか復元されないことになる。
 もし、少女の言うとおり13体目のジュエルモンスターが実在するのであれば、12個あわせても完全に復元されない原因が
 解明する。でも、なんで13体を12体と文献には偽って記したんだ? それと、ルイが13体目ならなぜ彼女は同類を殺害
 して、その心臓ともいえる破片を奪うのか。
 
 「君は真実を知っているのか? だったら教えてくれ。ジュエルモンスターってなんなんだ?」
  僕は初めてジュエルモンスターについて詳しく知りたいと思った。それまではただ倒すだけの存在としかみていなかったが、
 ここにきて興味をそそられた。
 
 「ふふん」
  と、少女は鼻を鳴らして、
 
 「貴方はそんなことも知らずに戦っていたの? 呆れるわね。まあ、いいわ。教えたげる。ジュエルモンスターは200年前
 にウィリアム・アイケンハザードに作られた人工のモンスター。これは知っているわね?」
  僕はうんと頷いた。
 
 「ウィリアムは偶然にも伝説の魔法石ジュエルを発見した。持つ者の願いを何でも叶えるという伝説のアイテム。でも、彼は
 その力に恐れを抱いてあろうことかそれをバラバラにしてしまったの。しかし、彼の力ではジュエルの半分ぐらいしか砕くこ
 とができなかった。その時の12個の破片で黄魔十二鬼つまり貴方達が倒してきたジュエルモンスターが作られた。彼はそう
 することでジュエルが他人に渡らないようにしたの」
  それも知っている。ウィリアムという男がジュエルモンスターの存在を隠すために200年間封印したってことも。これま
 での話からすると、ルイは残り半分の破片で作られたってことか。
 
 「そうして12体のジュエルモンスターを封印したのはいいけど、半分以上も残ったジュエルをどうするか彼は頭を悩ませた。
 一度砕かれたことによって自己防衛機能が働いたのかジュエルはそれ以上は砕くことができなかった。かといって、それをそ
 のままジュエルモンスターにはできなかった。なぜなら、ジュエルの半分以上で作られたモンスターは他の12体よりも圧倒
 的に強くなるから、自分以外のジュエルモンスターを殺してそれらが持っている破片を吸収しようとするにちがいないから。
 だからウィリアムは違う方法を考えたの。人間をベースにしたジュエルモンスターを作ろうって。ちょうどいい時にぴったり
 の人材がいたからね」
  それがルイか。
 
 「当時、彼女はモンスターを退治する仕事をしてたみたいね。あの頃はすでに純血の魔導師もめっきり数を減らしていたから、
 けっこう忙しかったみたい。でも、そんな多忙な日々が彼女の命を奪うことになった。大蛇のエグゼクティブモンスターとの
 戦いで彼女は命を落とした。それにウィリアムが目をつけたってわけ。彼は残ったジュエルで彼女を生き返らせて200年後
 に復活するジュエルモンスターを倒して破片を回収してジュエルを復元させて消滅させるように頼んだ。ジュエルには自己防
 衛機能があるから自分を消滅させようとする者を誘惑して身の安全を図るんだけど、それは人間以外には通用しないってこと
 がわかったの。だからジュエルモンスターになった彼女はうってつけの人材だったわけ。モンスター退治をしていたから実力
 も申し分ないし。なんで、すぐにそれをしなかったというと、彼女がジュエルモンスターになった時はすでに他のジュエルモ
 ンスターは封印されていて手が出せなかったのよ」
  間抜けな話だ。そのせいで僕の人生が狂わされてしまったんだからな。
 
 「以上がジュエルモンスターの秘密。簡潔にいえば12+1ってことね。それから、ついでに言うと私の名はエリシア・ソン
 ム・アイケンハザード、ウィリアム・アイケンハザードの8代あとの子孫よ」
  なるほど、それで事情に詳しいわけだな。けど、その子孫がなんでルイの邪魔をするんだ? 一緒に協力して破片回収をす
 べきだろう。そのことを指摘すると、エリシアの顔が険しくなった。
 
 「私たち子孫があの人のしたことに賛同しているなんて思わないでくれる。むしろ、私は彼を恨んでさえいるわ」
  初めて言葉に感情をにじませる彼女に僕はただならぬ事情を感じた。
 
 「私がジュエルのことを知ったのは6年前だった……」
  聞いてもいない自分から生い立ちを語り始めたぞ。別に聞きたくもないけど、聞いてほしそうだから聞いてやる。こんな気
 遣いができる自分を褒めてやりたいのだが、残念な事にいままで誰にも褒められた事がない。悲しい話だ。と、僕が感傷に浸
 っている間にもエリシアの身の上話は続いた。
 
 「もう記憶の底に沈めておきたいぐらいの悲惨な生活だったわ。食事なんかパンの耳でも食えたら御の字よ。いつもいつもお
 腹を空かせて他所の家の食事を羨ましそうに眺めていた。病気になっても医者にもかかれない。父は私が幼い頃に死んだ。母
 も他の兄弟も死んで私も死ぬのを待つだけとなっていた。でも……!」
  いきなり声のトーンが大きくなったぞ。
 
 「私は死にたくなかった! 何のためにこの世に生まれてきたのか。ただ、飢えを味わうだけの人生なんて……。心の底から
 そう叫んだ。そうしたら、いきなり目の前に彼女が現れたの」
  彼女……?
 
 「つばの大きい帽子を被った髪の長い不思議な娘だった。ジュエルのことを教えてくれたのは彼女よ。私が魔導師の血を継い
 でいることも、ジュエルを手にした先祖がそれに恐れを成して封印してしまったことも。私は思わず笑ってしまったわ。私た
 ちの苦しみの原因がよりにもよってご先祖様だったなんて。だって、そうでしょ? あのままジュエルを手放さなかったら私
 たちはもっと幸せになれた。母さんも兄弟も死ぬことなかった。だからね、私は決めたの。先祖の過ちを子孫である私が是正
 するって。あれは私の物よ! あれを手に入れるためなら手段を選ばないわ。それから私は必死になって特訓して力を上げて
 きた。すべてはジュエルをアイケンハザードのもとに取り戻すために」
  クールな性格かと思っていたが、熱くなりやすい一面もあるんだな。そんな話をされても困るだけだ。確かに可哀想な話で
 はある。だが、
 
 「それで君は本部を襲撃して皆を殺したのか・・・・・・」
  彼女は魔宝皇珠を手に入れるためにM機関の本部を襲ってたくさんの人間を殺戮している。その身の上は同情を禁じ得ない
 が、人を殺していい理由にはならない。
 
 「君の先祖は世界のためにあれを消し去ることにしたんだ。僕たちもそうだ。君は人並の暮らしがしたいと願った。それは構
 わない。けど、それを実現するために他人を犠牲にするなんて間違っている! 人の死にたって作られた幸せに何の価値があ
 るっていうんだ。君はあれの所有権を主張するが、君みたいな人間にそんな資格はない!」
  言い終わってから僕は内心「しまった」と思った。あんな言い方されて、「私が悪うございました」となる人間なんていな
 い。却って態度を硬化させるだけだ。僕としたことが熱くなってしまった。案の定、彼女は肩を震わせて、
 
 「貴方に何がわかるっていうの……。泥水を啜ったこともない人間が利いた風な口をたたかないで!」
  完全に激高させてしまった。今更ゴメンと言っても許してもらえそうにない。
 
 「私の邪魔をするなら死んでもらうだけよ!」
  ゴメンと言う間もなく、エリシアは槍を思いきり振り上げた。当然、その次は僕の脳天めがけて振り下ろされるだろうから、
 僕は弓で頭をカバーした。本物の魔導師といっても所詮は女の子。大した力はないはずと高を括っていた。ところが、彼女の
 一撃を受け止めた瞬間、
 
 「!?」
  とても女の子とは思えないくらいの強い力だ。どこにこんな力があるんだ……と不思議に思っていたら、
 
 「本物の魔導師はね、魔法力を攻撃力に転換できるのよ……」
  その口調から彼女が力に余裕があるのがわかる。こっちは限界よろしくだってのに。この時、僕は上の方ばかりに気がいっ
 ていて下の方には全然注意がいってなかった。
 
 「げふっ!?」
  いきなり腹部に激痛が走った。エリシアに思いきり腹を蹴られたのだ。腹を抱えて蹲る僕にエリシアはさらに殴る蹴るの暴
 行を加えてきた。執拗な暴行に僕は頭の上でヒヨコが飛び回っている状態になった。どのくらい暴行を受けていたのだろう。
 よく覚えてはいないが、あまりにも執拗な暴行についにぶち切れた僕は左腕のデバイスアームをパワーハンドに変えてエリシ
 アの首を掴んだ。ちなみにデバイスアームとは、前にカニに左腕を喰われた僕に博士が作ってくれた万能義手だ。アタッチメ
 ントを換装することで様々な状況に対応することができる。それはさておき、
 
 「でりゃあぁぁぁぁぁっ!」
  僕はエリシアを地面に思いきり叩きつけようとした。だが、その寸前に彼女の体がスッと消え、パワーハンドだけが地面に
 突き刺さった。また、瞬間移動で逃げられたのだ。
 
 「くそっ!」
  あのまま地面に叩きつけていたら逆転勝利だったかもしれないのに。魔導師の弱点はたとえどんなに強力な魔法が使えても
 肉体的には普通の人間と変わらないことだ。その点ではモンスターよりも倒しやすいということになる。そのため、魔導師は
 シールドやバリアで身を守るのだ。千載一遇のチャンスを逃した僕はパワーハンドをノーマルハンド(要するに普通の人の手)
 に戻すと上の方に目を向けた。こういう場合、空に逃げると思ったからだ。思ったとおり、エリシアは上空で僕を見下ろして
 いた。
 
 「そんな隠し玉を持っていたなんてね。接近戦では分が悪いようね」
  エリシアは魔力フィールドを発生させると、右の人差し指を立ててまたしても光の球を浮かび上がらせた。地面に大穴をあ
 けた爆弾系の攻撃魔法だ。しかも、さっきのはソフトボールぐらいの大きさだったが、今回のはドッジボールぐらいの大きさ
 があった。当然、威力もさっきよりも上だろう。シールドで防御してもシールドでは爆発による衝撃波までは防げないし、バ
 リアでは破られる恐れがある。かといって、高速移動で逃げるには僕は傷つきすぎている。彼女みたいに瞬間移動できたら良
 かったんだけど、今度こそ万事休すか? 土下座して許しを請うても聞き入れてもらえそうにないし、僕は小さくため息を吐
 くと観念して目を閉じた。その時だった。
 
 (大丈夫……)
  それは外から耳に入ってきた言葉ではなく、心に直接語りかけられた感じだった。僕はその少女と思しき声に聞き覚えは無
 いと思うのだが、どっかで聞いたような気もする。いつどこで誰のまでは思い出せない。声の主はさらに続けて、
 
 (貴方に力を……)
  直後、僕の体から眩い光が発せられた。
 
 「な、なに?」
  エリシアが驚きの声を上げたが、一番びつくりしているのは僕自身だ。眩しすぎて目が開けられない。ようやく光が治まって
 恐る恐る目を開けると、風に靡く長い金髪が視界に映った。
 
 「……」
  俺は状況が理解できなかった。俺の髪の毛は青で、しかもこんなに長くない。髪型がこんなに変わっているのなら、顔や体の
 形もだいぶ変わっているのではないかと鏡を見てみたい衝動に駆られたが生憎鏡はない。しかし、体の奥底から湧き上がってく
 る力は実感できる。自分の体から溢れる力に戸惑っていると、左手に持っていた弓が音もなく砕け散った。多分、俺の力に耐え
 きれなくなったのだろう。唯一の武器を失ったというのに何故か驚きもしないし焦りもしない。こうも平静でいられるのは弓を
 必要と感じないからか。その代わりに右手には赤い宝石がついた指輪がはめられている。あまりに突然の出来事で一時呆然とし
 ていた俺は、我を取り戻すにつれ笑いがこみ上がってきた。どういうわけか知らないが、俺はものすごくパワーアップしている
 のだ。逆に空を見上げると、さっきまで余裕綽綽だったエリシアは顔が引きつっていて何やらブツブツ呟いているようだが、こ
 こからはよく聞き取れない。俺のパワーアップに何か心当たりがありそうな感じだが、浮かんだ仮説を振り払うかのように頭を
 フルフル横に振って、俺の方をキッと睨みつけた。
 
 「どんなに姿形を変えても紛い物は紛い物よ。それを思い知らせてあげるわ。GrandSlam!」
  エリシアの指先から放たれた光弾は一直線に俺の方へ落下してきた。さっきまでなら、完全体となった人造人間が上空から地
 上に向けて気功波を放ったのを見て絶望した宇宙一の戦闘民族の元王子みたいに呆然としているしかなかったが、いまはまった
 くそういう気にはならない。ニヤリと笑って待ち構えられる余裕がある。俺は両手で印を結んだ。
 
 「桜谷涼香の名のもとに命ずる、出でよ鏡亀!」
  俺の正面に五芒星の魔法陣が現われて亀が出てきた。光弾は亀の甲羅に反射拡散して消滅した。
 
 「そ、そんな…わ、私の攻撃が通用しないなんて……」
  エリシアはこちらが見てもはっきりわかるぐらい震えていた。恐らく、生涯初めて感じた恐怖だろう。このまま尻尾を巻いて
 逃げてくれたらいいんだが。どうやら、そういうわけにはいかないらしい。
 
 「偽物なんかに贋物なんかに私が負けるわけがない!」
  本物の魔導師としてのプライドか、エリシアは逃げるどころかチャクラムを手にとって俺に投げつけてきた。
 
 「チッ」
  俺は舌打ちすると、右手の指輪に気を込めた。指輪の赤い宝石がキラリと光る。
 
 「Bug!」
  俺の右手から放たれた円盤状の光弾はチャクラムを破壊すると、無数の小さな光弾に分裂して四方八方からエリシアに襲い掛
 かった。普通の人間なら全身を切り刻まれているが、彼女はバリアを張って攻撃を防いだ。だが、光弾がバリアに衝突する際に
 生じる煙で彼女の視界は妨げられている。俺はその隙に彼女の背後に回り込んだ。煙が晴れて視界が回復したエリシアは俺が見
 当たらないことに気づいて辺りを懸命に見回した。やがて、背後に気配を感じたのだろう。後ろを振り向いたので声をかけた。
 
 「よう」
  俺は軽く挨拶をしたつもりだったのだが、向こうはまったく気付かずに背後をとられたのがショックみたいだ。わなわなと震
 えている。
 
 「貴方は一体何者なの……」
 「もうとっくにご存じなんだろ……?」
  俺はニヤリと笑って魔力フィールドを発生させた。それを見て、エリシアは唇を噛み締めた。
 
 「五芒星の魔法陣……」
  絞り出すように呟くエリシアに俺は彼女が聞きたくないであろう事実を告げた。
 
 「そうだ、俺はペンタザードの魔導師だ」
  純血の魔導師には2つのタイプがある。ごく一般的なヘキサザードの魔導師と、一千年に一人現れるというどんな天才魔導師
 も超えられない壁を超えてしまう伝説のペンタザードの魔導師である。さっきまでの俺みたいに後天的に魔力を得た魔導師が本
 物の魔導師に敵わないように、エリシアも今の俺には手も足もでない。実力差が完全に逆転してしまっているのだ。両の拳を強
 く握りしめて悔しそうに俺を睨むエリシアに最後通牒を突きつける。
 
 「もう国に帰れ。帰って普通の女として生きるんだ。魔宝皇珠のことは忘れろ。これが最後の通告だ。さもなくば……貴様を殺
 す」
  女を殺す趣味はないが、この警告を無視すればもう女としてみない。倒すべき敵として全力で潰すのみだ。さて、どう返答す
 るか。エリシアは俯いていてその表情はわかりづらい。と、いきなり彼女が顔を上げてクワッと目を見開いて、魔力波を放って
 きた。シールドを張る暇もなかったが、魔法化されていない魔力攻撃など魔力気の壁で十分防げる。魔力同士の衝突ですごい埃
 みたいな物が発生したが俺にはダメージはない。
 
 「ふん、埃を撒き散らすだけのくだらん技だな」
  俺はそう吐き捨てながら埃が晴れるのを待った。やがて埃が晴れて視界が回復したが、目の前にいるはずのエリシアはいなく
 なっていた。まあ、そんなこったろうとは思っていたが。それに、気配でどこにいるかわかる。俺は上を見上げた。そこで、見
 たのはさすがの俺も予期していなかったものだった。
 
 「ふふん、油断したわね。さすがの貴方でもこれだけは防御しきれないでしょ」
  勝ち誇った顔で俺を見下ろすエリシアが上に伸ばした右の掌の上には、ボウリング場の屋上にあるバカでかいピンも倒せるぐ
 らい巨大な光弾が浮かんでいた。確かにエリシアの言うようにアレだけは鏡亀でも防御できない。まさか、彼女が使えるとは。
 思っていたよりかはできるみたいだな。
 
 「さんざん手こずらせてくれたけど、もうお終いよ。この街もろとも消えて無くなりなさい!」
  マジで撃つ気か? あれを落とされたら都市の一つは軽く吹き飛ぶぞ。それだけじゃない。爆発がおさまっても被害地域一帯
 は汚染されて生物が住めなくなってしまう。
 
 (鏡面空間に逃げるか……)
  ふと、そんな考えが頭を過った。うむ、ナイスアイデアだ。皆、死んでしまうけど最悪俺一人が生き残ればそれでいい。エリ
 シアはいまにも光弾を落とそうとしている。俺は鏡面空間に逃げるタイミングを見図ろうと、その動きを注視した。そして、
 
 ズドォォォォォン
 
  何が起きたかわからなかった。銃声らしき音が聞こえたかと思うたら、何かがエリシアの胸を貫通したのだ。血を噴き出しな
 がら落下していくエリシア。術者の制御を失った光弾はポンと弾けて消えた。俺は落ちていくエリシアを眺めていたが、ハッと
 なると慌てて彼女を追った。
 
 「fast!」
  高速移動でどうにか僕は地面衝突寸前のエリシアを助けることができた。ふーっ、間一髪。だが、墜落による死は免れてもこ
 のままでは出血多量で死んでしまう。どうしようかと悩んでいると、耳元で誰かが囁いた感覚がした。言われたとおりに魔法を
 唱えてみた。
 
 「Treatment」
  すると、エリシアのキズが塞がって出血も止まった。どうやら一命は取り留めたようだが、意識はまだ戻っていない。往復ビン
 タで叩き起す方法もあるが、ここは彼女が目を覚ますのを静かに待とう。正直、僕もしんどい。起きるまで僕も休むことにしよう。
 と、楽な姿勢で休もうとしたら背後で物音がしたので、ビクッとなって振り返ったらルイが草叢からでてきた。
 
 「えっ?」
  どうして、ルイがここにいるんだ? ルイは胸から大量に出血していて瀕死の状態だったはずだ。
 
 「傷はいいのか?」
  ルイは答えず僕の傍らで眠っているエリシアに目を向けて、
 
 「貴方が?」
  と聞いてきた。多分、これは貴方がやったの? という意味だろう。
 
 「あ、いや、その……」
  僕は即答できなかった。というのもさっきまでの事があまり理解できていないのだ。なんか、気分が高揚していて使ったことは
 おろか聞いたこともない魔法を使ったり、自分のことをペンタザードの魔導師とか言ったり、何がどうなっているんだか。僕は言
 葉を濁したが、ルイは別段気にする様子もなくエリシアの側に寄ると彼女の体を弄って魔宝皇珠の破片を取り出した。ルイは次に
 僕の方を振り向いて、
 
 「貴方のジュエルも私に……」
 「あ、ああ……」
  僕は持っていた魔宝皇珠の破片をルイに差し出した。ルイはそれを右手で受け取ると、左手を自分の胸の方へ持って行って何や
 ら呪文を唱え始めた。
 
 「бгджиюяδ……」
  何を言っているのかさっぱりわからん。すると、ルイの胸から大きな石が出てきた。僕らがいままで集めてきたのよりも、はる
 かに大きい魔宝皇珠の破片である。ルイがそれらをつなぎ合わせて一つの形にすると、キラキラキラと輝きだしたではないか。
 
 「これが魔宝皇珠か……」
  宝石とかみたいなものに興味のない僕でも魅了されてしまいそうになる輝きだ。しばし見惚れていたが、ちょっと気になること
 があってルイの顔に視線を移す。
 
 「なあ、これが消えたら君はどうなるんだ?」
  ジュエルモンスターは魔宝皇珠の破片を動力源とするモンスターだ。その心臓とも言える破片がなくなったらルイは死ぬという
 ことなのか。ルイはあっけらかんと答えた。
 
 「命の源であるジュエルが消滅したら私もこの世から消えてなくなる」
  その口調に悲壮感は微塵も感じられなかった。僕は唖然としてルイを見ていたが、その視線に気づいたルイはさらにこう付け加
 えた。
 
 「だって私はもう死んでいる人間だもの」
  一瞬、ルイの顔が悲しげに見えたが気のせいか? 彼女はクールを装っているように見えるが、その心の奥にはいくつもの悲し
 みが詰まっているのかもしれない。しかし、いくら一回死んだとはいえ、それじゃ使い捨てじゃないか。
 
 「私は本来ならこの世にいてはいけない存在なの。ジュエルを闇に葬るために現世に呼び戻されたのなら、それが済んだら元のあ
 るべき場所へ帰るのは当然ではなくて?」
  君はそれでいいのか?
 
 「それが私の運命だから・・・・・・」
  だから、諦めるのか?
 
 「私だって最初は運命に抗おうとしたわ。でも、時が経つにつれ運命に流された方が楽だって気づいたの。どうせ、運命は変わら
 ないんだし」
  でも、運命の歯車が狂うことだってあるかもしれないじゃないか。
 
 「あるかもね。例えばこの娘」
  ルイは寝ているエリシアに視線を落とした。
 
 「初めて会った時、誰だかすぐにわかったわ。だって、マリアンヌに瓜二つだもの」
  懐かしむようにエリシアを眺めるルイだが、マリアンヌって誰? 疑問に思いつつも黙って続きを聞く。
 
 「本当ならこの娘も私と一緒にジュエルを集めるはずだったと思うの。でも、なにかが違ったせいで私と彼女は戦うことになって
 しまった。それが運命だったのかもしれないし、運命の歯車が狂ったのかもしれない。それは誰にもわからない。もし、これが運
 命だったとしたらこれ以上ない皮肉ね」
  と、ルイは自嘲気味に笑うと哀しげな顔で天を仰いだ。
 
 「永かった。とても、永かった。あの日以来、いろんな人たちと出会ってきた。いい人もいたらそうでない人もいた。面白い人、
 やさしい人、正直な人、うそつきな人、陽気な人に頑固な人、本当にいろんな人と出会ってきたわ。でも、彼らにも一つだけ共通
 点があった。それは、誰も私より先に死んでしまったことよ。わかる? 周りは皆年老いていくのに私だけ何も変わらない寂しさ
 が」
  そんな真顔で言われても困る。他人にはない悩みなら僕にもあるが。
 
 「それで耐えきれなくなった私は50年前にある魔導師に頼んで寝かせてもらうことにしたの。今思うと、なぜもっと早くその方
 法に気付かなかったのか。自分の不明を恥じるばかりだわ。でも、それも過ぎ去ったことよ。やっと、終わる。私の200年以上
 の無駄に長い人生と1万年も続いたジュエルをめぐる争いが。悪いけど、私の役目はこれで終わり。貴方はこれからも大変だろう
 けど頑張ってね」
  頑張ってと言われても意味がわからない。意図不明の言動に困惑していると、ルイはフッと笑って、
 
 「冗談よ。それより早くすませましょ。ちょっと離れてなさい」
  僕は言われたとおりにした。美少女が目の前から消えようとしているのを阻止したい気持ちはあるのだが、ルイの決意はどうや
 ら固いらしい。ルイは魔宝皇珠を両手で包むように持つと、なにやら呪文を詠唱しはじめた。すると、魔宝皇珠の輝きが増してフ
 ワフワと宙に浮かび始めた。思わず見惚れていたが、ルイの叫び声で我に返った。
 
 「見ないで、目を背けてなさい!」
  僕はあわてて目を魔宝皇珠から逸らした。なるほど、身の危険を感じた魔宝皇珠が誘惑しようとしていたんだな。しかし、人間
 ではないルイにはそれは通用しない。仕方ないので僕は後ろを向いていることにした。後ろ向きでも魔宝皇珠が光っているのはわ
 かるが、なんかつまんないぞ。せめて、消滅の瞬間でも見たいよ。あ、いや、それよりも大事なこと忘れてた。男に戻してもらう
 という願いを叶えてもらわないと。一旦はあきらめかけていたけど、ここまできたらやるしかない。ルイが魔宝皇珠を完全に消滅
 させる前に願いを言わないと、一生後悔することになるぞ。魔宝皇珠の輝きは徐々に弱くなってきている。多分、輝かなくなった
 ら消えてなくなるのだろう。その前にと思っていたらルイが、
 
 「もういいわよ」
  と、言ってくれた。振り向くと、魔宝皇珠はいまにも崩れ落ちそうなぐらいに罅割れていた。
 
 「願い事があるなら言って」
  いいの?
 
 「貴方は最大の功労者だからそれぐらいは当然よ」
  では、お言葉に甘えて。願い事は決まっている。僕を男に戻して、だ。そう、口を開きかけた瞬間、ルイの顔が視界にはいった
 僕は魔が差したのか全然違う事を口走ってしまった。ルイを元の人間に戻してくれと頼んだのだ。呆気にとられるルイ。なんで?
 という疑問が顔にでているのがわかる。直後、魔宝皇珠から発せられた強い光で僕は目が眩んでしまった。光が治まって視界が回
 復した僕が目にしたのは黒髪から鮮やかな金髪になっているルイと粉々に砕け散る魔宝皇珠だった。小さい破片となって地面に落
 ちた魔宝皇珠はそのまま静かに消滅した。
 
 「……」
  無言で魔宝皇珠が消えた地面を見つめた僕は取り返しのつかないミスを犯してしまったらしいことに気づいた。状況から判断す
 るに、どうやら願い事のチャンスは1回きりだったみたいだ。なんでそれを言ってくれなかったのかとルイを責めるわけにもいか
 ない。彼女もまさか僕があんな願い事をするとは思っていなかったはずだ。
 
 「はぁーっ」
  いままでの労苦が水泡に帰した僕はへなへなと腰砕けになってしまった。
 
 
 
 
 「そうだったの……」
  僕がいままでのことを話すと、ルイは申し訳なさそうに俯いた。
 
 「ごめんなさいね。貴方まで巻き込んでしまって……」
 「別に君のせいじゃないよ。君の解釈で言えばこれも運命ってやつかな」
  ハハハッと力なく笑うが、後悔はしていない。確かにルイは自分が消えることを望んだ。だから、僕がしたことは頼まれもしな
 い余計な御世話なのだ。でも、だからと言って目の前で女の子が消えようとしているのを指を銜えて座視しているような奴を僕は
 男とは認めない。
 
 「でも、なんで私を? 私はもうすでに死んでいるのに」
 「けど、いまはこうして動いて喋っている。それに、僕たちはまだ知り合ったばかりじゃないか。せっかく出会えたんだからさ。
 君は十分に任務を果たした。これからは自分の時間を自由に使ったっていいと思うよ。行くところがなかったら僕の家に来るとい
 い。空いている部屋ならまだあるからさ」
  僕がそう誘うと、ルイはニコッと笑顔を見せた。それだけで報われた気分だ。ともかく、これですべては終わった。僕は大の字
 に寝転んだ。さすがに疲れた。このまま寝てしまいたいが、そうもいかない。エリシアをこのままにはしておけないし、先輩たち
 も心配だ。先輩たちをどうしたかルイに聞いた。
 
 「大丈夫。魔法の効果は消えているからもうそろそろ目覚めるわ」
  そうか、じゃあ行かないと駄目だな。チラッとエリシアの寝顔を覗く。先輩達が目覚める前にあの洞窟に行きたいが、エリシア
 をこんなところで寝かしたままにはできない。するとルイが、
 
 「この娘は私が見ているから行ってきなさい」
  と気を利かせてくれた。でも、エリシアが目覚めたときに襲われないだろうか。
 
 「心配はいらないわ。私はもうジュエルモンスターじゃないから彼女の魔封陣にやられることはないわ」
  なんかわからんが、とにかく僕は起き上がるとあの洞窟に向かおうとした。そこにシマリスの声が聞こえてきた。
 
 「あんさん、わいを忘れてはりまへんか?」
  そういや忘れていたな。って、おまえ今までどこにいたんだ……。
 
 「うわっ」
  振り向いた僕はシマリスが目線の高さにいることに驚いてしまった。
 
 「チャオ」
  と軽快に挨拶するシマリスはどこか透けて見えるし、足がなくなっている。おまえ一体どうしたんだ?
 
 「どうしたんだ? じゃありまへんがな。あんさんがわいをこんな風にしてもうたんやろ」
  ああ、エリシアが光弾をぶつけてきたときに咄嗟にこいつを投げて爆発させたんだったな。じゃ、こいつは化けて出たってこと
 か?
 
 「ほんまに信じられんわ。相棒のわいを簡単に犠牲にするやなんて」
  ぶつくさと文句を垂れ始めるシマリス。先輩たちのところに向かいたい僕はこいつの愚痴を聞いてやるつもりはないので、黙ら
 せるためにお経を唱えてみた。
 
 「南無妙法蓮華経……」
  すると、シマリスが急に苦しみだした。
 
 「や、やめてんかぁ、わい、まだ成仏しとうおまへん」
  なら、やめてやろう。とはいえ、悪霊を放っておくのは社会に迷惑をかけるので、いずれきちんとしたお経を唱えてもらうこと
 にする。
 
 「じゃ、僕は先輩たちのところに行くから後は頼む」
  僕はシマリスにそう命令して、あの洞窟に向かった。
  洞窟に着いた僕は先輩達がまだ目を覚ましていないことにホッとしつつ、先輩を抱き起して頬をペンペンと叩いた。
 
 「先輩、起きてください。そろそろ帰らないと」
 「ん? う〜ん」
  眉を少し顰めて先輩が目を覚ました。
 
 「あれ、私いつの間に寝っちゃったんだろ。って、君だれ?」
 「はっ?」
  誰って、あんた自分が無理矢理勧誘した新入部員の顔を早速忘れたんですか。寝ぼけているのか? とも思ったが、先輩はまじ
 まじと僕の見つめて、
 
 「もしかして、涼ちゃん?」
  やっと、目が覚めたようだ。
 
 「そうですよ」
 「本当に涼ちゃん?」
  何を疑っているんですか。
 
 「なんで、そんなに髪の毛が長いの?」
  瞬間、僕は固まってしまった。髪型が変わっていることをすっかり忘れていたのだ。色だけは青に戻っているが、それなら長さ
 も元に戻してほしかった。
 
 「いや、僕実は長髪だったんですよ」
  と、誤魔化すも、先輩は信じていないようだ。まあ、そんなに単純ではないわいな。しかし、有難いことに先輩はそれ以上の追
 及はしなかった。それ以上に興味をそそられることがあったからだ。
 
 「ところで、その格好なに?」
  南無三! あろうことか、僕は変身も解かずに来てしまったのだ。先輩は僕をじろじろとみて、
 
 「涼ちゃんって、そういう趣味あったんだ」
 「ち、違います。これにはわけが……」
 「隠さなくたっていいんだよ。人にはそれぞれ趣味があるんだから。安心して部室では好きな恰好しててもいいからさ。思う存分
 コスプレを楽しむといいよ」
  うんうんと頷く先輩に僕は懸命に誤解を解こうと奮闘するが、それはいままでのよりも困難な戦いになりそうだった。
 
 
 

 「終わりましたか。なかなかいい劇でした」   涼香とエリシアが戦っていた場所を見下ろせる位置にある崖の上でピエール=シモンは満足そうに顎を指でなでていた。  「しかし、これは序章にすぎません。彼らの準備も整ったようですし、本番はこれ以上に素晴らしい劇を期待したいものです」   そう独り言をいうピエール=シモンはチラッと視線を崖に腰をおろしている少女に向けた。茜色の服とスカートにリボンの付  いたつばの大きい帽子を被った少女は静かにカップのドリンクをストローで飲んでいた。ピエール=シモンは少女を一瞥すると、  再び視線を前方に戻して考え込むかのように手を顎にかけた。さっきの戦闘の経過が自分の予想したのと異なっていたからだ。  彼には未来を見通す能力がある。しかし、それにも限界があった。未来を完全に予知できるのは全知全能の神だけだ。彼は全知  全能でもなければ人々から崇拝される神でもない。だが、そっちの方がよかったと思う。未来を完全に予測できたら、それこそ  つまらない存在となっていただろう。ピエール=シモンの楽しみは未来を予測して、それがその通りの経過と結末を迎えるのを  観賞することである。予想が当たったときは勿論嬉しいことだ。しかし、  「予想が外れたときも、それはそれで楽しいものですね。では、私はこれにて失礼するとしましょうか」   ピエール=シモンがトランプを上に放り投げると、それが全部地面に落ちるまでに彼の姿は消えていた。一人残された少女は  飲み終えたドリンクから口を離すとニコッと笑みを浮かべた。                                                          了


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