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12+1CHAPTER7
短編のつもりだったけど長くなってしまった・・・であります

作:大原野山城守武里




 
   『涼香、ドタバタ文化祭であります』
 
  学校行事というものには関わる気がまったく無い僕としては文化祭というものにも興味を惹かれないのであって、故に
 クラスの出し物が写真の展示という労力を使わないものに決まったことは大変喜ばしいことなのだ。写真を飾るだけだか
 ら人手もいらないし、おかげで僕たちは自由な時間をすごすことができるわけだ。
  その文化祭も間近になると、出し物に使う小道具を作る音や劇や歌の練習といったこの時期ならではの活動も熱が入っ
 ているようで、それが近年の気温上昇とあいまって暑苦しさを感じさせてくれる。まあ、その中に加わらないだけありが
 たいと思わないとな。
  さて、祭りと聞けばはしゃがわずにはいられないのがアスナである。家の居間で僕が何気なしに文化祭があることを言
 うと、アスナは目を輝かせて「私も行きたい」と言い出したのだ。僕はどうしようか迷った。というのも以前にこんなこ
 とがあったからだ。今アスナが抱いている熊のぬいぐるみは僕が半ば強引に買わされたものだが、それを買いにジオング
 ループのゼネラルマーチャンダイズストアに彼女と行ったときのことだ。
  一応、身の回りのものは持参して日本に来たアスナだが、長く日本にいるとなるとやはり日常品を揃える必要もあるの
 で買いに出かけたのだ。一通り買い物をすませると、アスナがいろいろな店舗を見て回りたいというので、僕は待つこと
 にした。女の買い物は長いだろうなって思ってたからゆっくり待つつもりでいた。ところが、いつまで経ってもアスナが
 来ないので、さすがにイライラして落ち着くためにコーヒーを買ったのだ。と、そこへ迷子を知らせる アナウンスが流
 れた。
 
 (迷子か・・・・・・、関係ないな)
  と、コーヒーの蓋を開けて一気に飲み干そうとした時だった。何気なしにアナウンスを聞いていた僕はその迷子の名前
 を耳にして思わず口からコーヒーを吹き出してしまった。急いで駆けつけてみると、アスナが平然と座っているではない
 か。さすがに僕も怒りに肩を震わせて、
 
 「恥ずかしくないのかよ、おめぇはよ!」
  しかし、アスナはあっけらかんとこう返した。
 
 「だって、ここそういうところなんでしょ。違うの?」
  その後、即座に携帯電話を買いに走ったのは言うまでもない。
  そんなわけで、アスナを学校に連れてきたら迷子になってしまうという危惧があったのでなるべく来ていいよとは言い
 たくないのだ。しかし、アスナは一度言い出したら聞かないし、サラも行ってみたいと言っている。携帯電話を持たせて
 いるし(どういうわけか、料金は僕が支払っている)、サラも一緒なら迷子になる心配も無いだろうから嫌だとは言わな
 かった。駄目と言ったところで聞かないのは目に見えているし。好きにしたらいいさ。すると、アスナがこんなことを聞
 いてきた。
 
 「ところでさ、あんたは何かしないの?」
  どうやら何かがあったら自分も参加したいらしい。だが、生憎と僕はフリーだ。文化祭にはクラスだけでなく文科系ク
 ラブの出し物もある。映画だの料理だの研究発表だの1年でこの時にしか存在感をアピールできない連中である。他にも
 運営委員会に許可を得たら部活動以外の集まりでもイベントや出し物を出せるらしい。美人コンテストなるものもそうだ。
 何年も前に数人の生徒の発案で開かれたそうで、当初は1回かぎりの予定だった。しかし、予想を超える賑わいを見せた
 ため次の年も開かれることになった。以来、このイベントは発案者の生徒達が卒業してからも途切れることなく毎年開か
 れている。無論、今年も例外ではない。先人達のよき後継者達が、運営委員会にコンテスト開催の許可を申請して受け入
 れられたことは僕も知っている。コンテストに参加して欲しいというチラシが僕にも渡されたからだ。勿論、即破り捨て
 たが。
 
 「えー、なんでよ。あんたならグランプリ狙えるのに」
  興味ないね。ちなみに言っておくが、美人コンテストといっても水着審査はない。さすがにそれは学校も運営委員会も
 許可しないからだ。アスナはつまんなさそうに口を尖らせるが、僕はレッサーパンダのぬいぐるみを枕にして横になった。
 このぬいぐるみは僕がサラにコアラのぬいぐるみを買ってあげたお礼として、サラが僕にプレゼントしたものだ。ぬいぐ
 るみ趣味がない僕としてはあまり嬉しくないのだが、断るのもアレなので貰っておくことにしたのだ。
 
 
  そして、文化祭当日。アスナたちは午後から来るそうなので、それまで僕は何をして時間をつぶすかブラブラしながら
 考えた。が、すぐにそんな悠長なことはしてられなくなった。文化祭に来るのは生徒の家族だけでなく近所の住民や他校
 の生徒たちも含まれる。普段、会う機会の少ない他校の女生徒をナンパしようとはりきる男子生徒もいたら、その逆でう
 ちの女子生徒をナンパする目的で来る他校の男子生徒もいるのだ。当然、可愛い娘ほど声をかけられる割合が高いので、
 それを自分のステータスとしている女の子もいるが、僕にしたら迷惑以外の何物でもないのであまりというか絶対に声を
 かけてほしくない。しかし、そんな些細な願いも空しく僕はナンパの集中砲火を浴びてしまったのだ。断ってもそのすぐ
 後に別の男から声をかけられるといった具合で、いい加減ウンザリしてきた僕は長い時間つぶしができる出し物をプログ
 ラムシートから探した。
 
 「これにするか」
  僕は講堂でやっている音楽系クラブの演奏会を見に行くことにした。いまの時間帯は吹奏楽部か。ちなみに文化祭の音
 楽系イベントは吹奏楽部や軽音楽部といった部活動によるもの以外にクラスイベントによる演奏会や一般参加もある。部
 活動による演奏なら下手の横好きではないだろう。僕は講堂のドアを開けて中に入った。すでに演奏は始まっていて、僕
 は足音を立てないように注意しながら空いている席を探して腰を下ろした。客の入りはまあまあといったところか。演奏
 する時間帯というのも結構重要で、午後は例の美人コンテストがあるので男の客はそっちに取られてしまうのだ。僕だっ
 て男だったら見に行っていたが、現状では自重せざるを得ない。別に女の子だから駄目じゃないだろうけど、やっぱり気
 が引ける。とりあえずいまは時間つぶしができればそれでいい。吹奏楽部員の演奏もちょっとうるさいが、リラックスし
 て聞ける程度なので、何時の間にか僕は寝入ってしまっていた。
  目が覚めたのは一瞬だが強い光を感じた時だった。眩しさに顔を背けて目を開けると、同じクラスで道産子が大好きな
 トシというあだ名の三浦がカメラを片手にこっちを見てニタッと笑っていた。
 
 「涎たらしている寝顔撮っちゃった」
 「えっ?」
  僕はあわてて口を拭いた。僕としたことがつい気が緩んでしまった。三浦はカメラが趣味で女の子を撮ってはその写真
 を他の生徒に売りさばいていた。中には際どい写真もあって僕は気をつけてはいたのだが。いや、そんなことより三浦か
 らカメラを取り上げないと。別に減るものではないが、涎たらしているという間抜けな寝顔を男どもにさらす趣味はない。
 僕は三浦のカメラに手を伸ばした。
 
 「おっと」
  三浦は僕の意図に気づくとひょいとカメラを持っている手を上にあげた。三浦の身長は平均程度だが、女の子になって
 いる僕よりは高いので手を上のほうに持っていかれると届かない。僕は手を伸ばして何とかカメラを取ろうとするが、な
 かなか届かない。男のときなら軽く手が届いてたのに。ええい、あともう少し・・・・・・。この時、僕はカメラのほうに意識
 が集中していて体が三浦に密着していることに気付かなかった。
 
 「グヒヒヒヒ・・・・・・」
  三浦が何か変な笑い声を出した。気色悪いなあと思って奴の顔に振り向いたら、しまらない緩みきっただらしない顔に
 なっていた。
 
 「?」
  一瞬、わけがわからなかったが、すぐに僕と三浦の顔が近すぎることに気付いた。そして、三浦の情けない顔の理由も。
 三浦のカメラを取り上げろうとするあまり体が三浦に接近しすぎていたのだ。僕はあわてて三浦から離れた。なんて事だ、
 僕としたことが余計なサービスを提供してしまった。にやけている三浦にムッとなってふくれっ面になると、またしても
 シャッター音が鳴った。
 
 「いいね、その顔」
  何がいいね、だ。お前は遠慮というのを知らんのか。
 
 「別にいいじゃん。桜谷は可愛いから被写体にはもってこいなんだよ」
 「可愛い?」
  その言葉に僕はドキッとなってしまった。男に可愛いと言われても別に嬉しくもないはずなのに。まあ、悪い気はしな
 いがな。自分で言うのもなんだが、可愛いのは事実だし。鏡を見る度にこれが他人だったらなーと溜息を吐く。うーん、
 可愛いから写真に撮られるのも仕方ないのか・・・・・・って、んなことあるか。本人の承諾も得ないで写真を撮ろうなんざ十
 万億年早いんだよ。僕は三浦にデジカメのデータを消去するよう要求した。三浦は不服そうだったが、一枚だけ撮らせて
 くれたら他のデータは消去すると条件を出してきた。僕は少し考えて、
 
 「一枚だけなら・・・・・・」
  と、承諾することにした。男に写真に撮られるのはあまり良い気分ではないが、たまにはいいだろう。次の演奏が始ま
 るので僕らは邪魔にならないように講堂の外に出た。
  人目につかないところまで移動した僕らはそこで写真を撮る事にした。一枚撮るだけだからすぐに終わると思っていた
 ら、三浦が厄介なことを言ってきた。
 
 「ちょっと笑顔つくってみて」
  それのどこが厄介かと言うと、僕はあまり笑わない生き物なのだ。アスナやサラ、博士といった周りの人間はとびっき
 り良い笑顔ができるのだが。僕はとりあえず頬を緩めてみた。
 
 「こう?」
 「うーん、なんかぎこちないな。もっとこう心の底から嬉しいとか楽しいとか顔で表現するみたいなのがほしいんだけど」
  だって楽しくも嬉しくもないんだもん。別に笑顔である必要はないんじゃないか。
 
 「そんなことないよ。やっぱり美人には笑顔が一番さ」
  あんまり美人て言われるのも複雑なんだが。どうやら三浦は笑顔にこだわっているようなので、僕は見本を思い浮かべ
 てみることにした。アスナの太陽が微笑んだような元気一杯の笑顔か、サラの見ただけでどんな大怪我や心の傷も一瞬で
 快癒してしまいそうな癒し形の笑顔か、はたまた博士のなんでも許してしまえそうになる無邪気な笑顔か、さてどれを見
 本にしようか。
 
 「うーん」
  駄目だ。どれも僕には合わない気がする。困った。一枚なら撮らせてやるって約束したから今更嫌ですとは言えない。
 どうしようか・・・・・・。ポクポクポクポク・・・・・・・・・・・・チーン。そうだ。僕の代わりに3人のどれかを紹介してやればいい
 んだ。
 
 「あのさ、今度僕の知り合いで可愛いの紹介するから今日は勘弁してくれないか?」
  僕は両手を合わせて拝むように頼んだ。
 
 「別にいいけど、どんな娘?」
  僕はサラの写メを見せた。なんでサラかというと、アスナに頼めば莫大な見返りを要求されるだろうし、博士に頼めば
 実験体になることを強要されるからだ。
 
 「すんげー可愛いじゃん。美人の友達もやっぱり美人なんだな」
  まあ、3人とも100人中100人が確実に標準以上と評価する逸材だからな。
 
 「どう? 彼女には僕から言っておくから」
 「う、うん。いいよ。俺はいつでも空いているから都合のいい日を連絡してくれたら」
  これで話はまとまった。三浦は自分の携帯の番号を記したメモを僕に渡すと足早に去っていった。まるで僕にはもう用
 はないといった感じで少し気分を害したが、すぐに三浦が僕の画像を消去していないことに気づいた。消すとは言ってい
 たが、どうだろうね。このまま追いかけて行こうとも思ったが、あんまりしつこいのもどうか。自慢ではないが、僕はし
 つこくないのだ。なぜなら、家に自分が悪いのにしつこく追求されると逆ギレする御仁がいらっしゃるからだ。そんな御
 人とずっと生活しているから、いつしか大抵のことは黙認してしまうように調教されてしまっている。あんな他人を使役
 するのに何の遠慮も無い人間は他にいないだろうと思っていたが、上には上がいるもので後に僕はそのことを思い知らさ
 れることになる。まあ、一難去ってまた一難ってやつで、しかも一人でなく二人というダブル攻撃だ。おまけに他所の世
 界からけったいな連中も来るわで、いつになったら僕に安息のときが訪れるのだろうか。
  三浦と別れた後、僕は昼時になったので昼食をとることにした。食べ物の出し物も結構あって、たこ焼きにフランクフ
 ルト、いかぽっぽといった屋台ものから教室でやっている模擬喫茶店といろいろある。屋台はアスナたちが来たらどうせ
 食べ歩きをするだろうから今食べることは無駄だ。なので、喫茶店に行くことにしよう。喫茶店にも焼きそば喫茶やカレ
 ー喫茶といろいろあるが僕はカレーも焼きそばも好きだ。他にも流しそうめんという粋なことをやっているクラスがある
 が、これはアスナたちが来たら一緒に食べることにする。二人とも流しそうめんなんか初めてなので絶対に喜ぶはずだ。
 
 「何を喰おうかな」
  行列の一部になってまで待ちたくはないので空いているところに行こう。さて、どこが空いているかな?いろいろと探
 し回ったが、どこもそれなりに繁盛しているようですぐには食べられそうになかった。その中で一際繁盛している店があ
 った。テレビで見る行列が出来るラーメン店ってな具合に順番を待つ客の列が延々と続いていた。しかも、そのほとんど
 すべてが男である。文化祭の模擬店レベルで「味で勝負」は有り得ないから、この行列の理由はなんだろう。気になった
 僕はその店の様子を見てみることにした。場所から教室ではなくどっかの部室でやっているのだろうが、さて何部だろう
 ね。これだけの集客力を誇る繁盛店を経営しているのはどこかな♪と少しワクワクしながら行ってみると、そこには知っ
 ている先輩の顔があった。
 
 「まずい・・・・・・」
  僕は即座に立ち去ろうとした。実はその先輩から手伝ってくれないかと頼まれて断っているのだ。その時は喫茶店みた
 いなものとしか聞いてなかったが、先輩がいま着ているメイド服でどういうものか理解した。どうりで男しか客がいない
 わけだ。もし、手伝うことを了承していたら今頃僕もメイド服を着させられていたかもしれない。そう思ったら背筋が凍
 ってきた。急いで逃げよう。見つかったら手伝わされるかもしれないからな。だが、一足おそかった。いま去ろうとした
 瞬間に先輩が僕にきづいてしまった。
 
 「あっ、涼ちゃん。来てくれたんだ」
 「・・・・・・」
  このまま聞こえなかったフリして逃げようかとも思ったが、ちょっとそれは失礼かなと思うたので小さく溜息を吐くと
 声がした方に振り返った。
 
 「盛況ですな」
  そう声をかけると、先輩は陽気な声で、
 
 「そうなんだよ。まさか、こんなに繁盛するなんて思ってもみなかったね。休む間もないくらいさ。おかげで疲労困憊だ
 よ」
  とてもそうには見えないくらい元気そうだがここは相槌を打っとこう。
 
 「大変ですね」
  すると先輩はワハハハハッと笑って、
 
 「まあね。でも、忙しいってことはそれだけ儲かってるってことだからありがたいことだよ。ところで君は何しに来たの
 かな? お客さん? 違うよね。もしかして手伝いに来てくれたのかな?」
 「えっ、ぼ、僕はただ・・・・・・」
  様子を見にきただけです。と、言いたかったのだが、先輩は僕の方をポンポンと叩いて話を遮った。
 
 「わかってるよ、君の気持ちは。やはり持つべきものは優しい後輩だね。先輩が忙しさに疲れているだろうと思って手伝
 いに来てくれたんだから」
 「い、いや、違います」
  僕は必死に否定しようとしたが、先輩は僕の否定を何か勘違いしたようだ。
 
 「大丈夫だよ。誰にだって初めてはあるんだから。なあに、涼ちゃんなら隣に座ってくれるだけで大抵の客は満足するよ。
 間違いないって。私が保証するよ」
  いや、そんな保証はいらないんですけど。どうしよう、このままでは僕もメイドにされてしまう。ふと、並んでいる客
 のほうに目をやると、なんか期待のこもったような目で僕を見ていた。いま、気付いたが僕のクラスメートの顔もあった。
 僕も元々はホモサピエンスのオスだったから、彼らの気持ちは十二分に理解できる。しかし、メスになっているいまでは
 それは不愉快でしかない。先輩も客の視線に気付いたようで、
 
 「ほら、お客さんも涼ちゃんのメイド姿が見たいって顔に出てるでしょ。望まれるってことは幸せなことだよ」
  僕は望んでませんがね。先輩はどうしても僕をメイドにしたいらしい。どう、断ればいいのか。もし、メイドになって
 それが噂となってアスナの耳に届いたら、
 
 「へぇー、あんたメイドに憧れてたんだ。そんなの早く言ってくれたらメイドにしてあげたのに」
  などと、言い出しかねん。何が悲しゅうて自分の家で居候にメイド奉仕しなければならんのだ。まあ、現時点でもメイ
 ドみたいなことをやっているが。それでも、アスナを「お嬢様」と呼ばなくてもいいだけ今の状態の方がマシで、それが
 まかり間違って、
 
 「お嬢様、何か御用でしょうか」
 「ちょっと、おなか空いちゃったからコンビニで何か買ってきて」
  などという会話が成されるようになるのだけは断固として阻止したい。何度も言うが、家主は僕でアスナとサラは居候
 だ。まだ常識があるサラはそこをよく弁えていているのだが、遠慮という文字が頭の中の辞書に載っていないアスナはそ
 このところが理解できないようだ。
  ってなわけで、僕としてはお断りするしかなく、はっきりとその事を伝えようとしたらいきなり先輩が僕にむかって手
 を合わせて拝みだした。
 
 「お願い。実は一人欠けちゃって人手が足りないんだよ。ねっ、駄目?」
  大衆の面前で先輩が後輩に頭を下げているのに、嫌とか言ったら先輩の威厳は丸つぶれだし、僕も嫌な後輩というレッ
 テルを貼られかねない。なんだかんだいってお人好しの僕は渋々ながらも手伝うことを承諾した。ただし、条件がある。
 メイドにはならない。これが条件だ。その事を伝えると先輩は意外にも、
 
 「うん、いいよ」
  と、あっさりOKした。少しは難色を示すかなと思っていたが拍子抜けした。まあ、条件が認められたからいいか。僕
 のメイド姿を見られなくなって客はさぞがっかりしてるだろうと、行列を見てみたら「やったー」ってな感じになってい
 た。何がそんなに嬉しいのか首を傾げながら中に入ると、僕は自分がとんだ思い違いをしていたことに気づかされた。ま
 ずは、仕事を覚えてもらおうということで部員達の仕事ぶりを見せてもらうことになった。いちいち説明するのも面倒な
 ので以下の部員と客の遣り取りで想像してくれ。
 
  例1
 「ただいま」
 「お帰りなさい、あなた。お疲れでしょう。ご飯にします? それとも、お風呂にいたしますか?」
 
  例2
 「パーブー」
 「あらあら、おなかすいちゃったの。すぐにミルクをつくってあげますからね」
 
  例3
 「お前もデートして来いよ」
 「お兄ちゃんみたいな人がいたらね」
 
  例4
 「姫、助けにまいりました」
 「おお、勇者よ。待っていましたよ」
 
  例5
 「なんて罪深き人なんだ。自分の罪に耐えられずに、こんな美しい奥さんを残して自殺するなんて・・・・・・。あっ、駄目で
 すよ、奥さん」
 「でも、探偵さん。私、私・・・・・・」
 
  例6
 「お嬢さん、あっしが来たからにはもう大丈夫ですぜ」
 「まあ、なんて頼もしいお方なんでしょう」
 
  部室の中はいくつかの小部屋に区切られて、その中でいろいろなコースが楽しめるようになっているらしいが、よく運
 営委員会や学校が許可をだしてくれたもんだな。ただのメイド喫茶だとばかり思っていたが、はてメイドとどっちがマシ
 だろうかね。
 
 「はぁーっ・・・・・・」
  僕はかなり大げさに溜息を吐いた。どうりで先輩が僕の条件をあっさりとのんだわけだ。メイドでなくても客を喜ばせ
 る手法はいくらでもあるのだ。今更、嫌とは言えないし。言ったら暴動が起きるやもしれん。先輩の顔を窺うとしてやっ
 たりと言わんばかりの笑みを浮かべていた。観念した僕は控えで自分の出番が回ってくるのを待つことにした。ところで、
 ここは何部なんだ?えっと、超常現象研究部?なんじゃそりゃ。要するに非日常な事を研究しているってことか。もう少
 し青春の日々を有意義に使う方法を考えた方がいいと思うが。この人たちに鏡面空間を見せてやったらどんな反応を示す
 だろう。
  超常現象研究部の部員は4人で、3人が働いて1人が休むというローテーションを組んでいる。僕がいまいる控えには
 メイド服やナース服といったいろんな衣装がハンガーに掛けられている。客からの注文で部員は急いでその衣装に着替え
 て出るのだ。無論、僕も例外ではない。先輩も人が悪いな。「メイド以外ならいいの?」と聞いてくれたら良かったのに。
 まあ、そう言ったらコスプレ全般お断りですと僕が言うと予想したから、あえて何も言わなかったのだろう。僕も先輩が
 何をやるか全く知らなかったってのも問題があるし。
 
 「お前はいいよな。ずっと裸でいられるんだから」
  僕は膝の上に乗っかっている猫に話しかけた。猫は僕が控えに入った時にはすでにいて、僕が正座で座っていると近寄
 ってきてヒョイッと膝の上に乗ってきて丸くなったのだ。これって膝枕?まあ、なんで正座していたかと言うと、前に胡
 坐をかいていたらサラに、
 
 「お行儀悪いですよ」
  と、注意されたのでそれ以来畳とかの上に座るときは正座でいるように躾けられたのだ。それはさておき僕の言葉に猫
 は「ニャーッ」と返事した。なんで猫が当たり前のように学校にいるかと言うと、裏山には野生の生き物も結構いて時々
 学校にも入ってくるのだ。だから、この学校の関係者は動物が校内にいても驚かないのだ。化け蟹も出たぐらいだからな。
  そして、いよいよ僕の出番が来た。なんか敗訴が確定しているのに出廷するみたいな気分だ。つまり、気が滅入るって
 こと。看護師だろうと婦警だろうとOLだろうと秘書だろうと銀座のママだろうと、やりたいと思うコスプレはないんだ
 から。コスプレ自体興味が無いのだ。
 
 「これでお願いします」
  と、客がメニュー表を指差して指定したのは悪い魔法使いを倒した勇者がお姫様が囚われている部屋に入って姫と対面
 するというコースだった。言うまでもなく、お姫様の役をやるのは僕だ。勇者役の客はクラスは違うが同級生で面識はあ
 った。RPGが好きとは聞いていたが、何も自分が勇者になろうと思わなくてもいいんじゃないか。本来なら拒否権を行
 使したいところなのだが、仕事なので仕方あるまい。僕は控えに戻るとお姫様衣装に着替えた。その後のことは口にする
 のもこっ恥ずかしいので省かせてもらう。
 
  お姫さま、女教師、シスター、女医、漫画家のアシスタント、女マジシャンとコスプレのオンパレードにさらされた僕
 は休憩時間が来たときには心身ともに疲れきっていた。控えに戻った僕は倒れるようにして横になった。と、言いたいと
 ころだが、その直前に大変なことを忘れていたのに気付いて辛うじて踏みとどまった。アスナとサラをすっかり忘れてい
 たのだ。もう学校に来ている頃だ。どうしよう。店は非常に忙しくて「もうそろそろ抜けさせてください」とは言いにく
 い状況だ。とりあえずアスナたちに状況を説明しないと。僕は待機時間中に教室から持ってきていた鞄を開けて携帯電話
 を探した。えっと、どこにあるかな。鞄の中をゴソゴソと探していると、それが気になったのか猫が寄ってきて鞄の中を
 ジーッと覗き込んだ。
 
 「なんだ、手伝ってくれるのか」
  でも、邪魔だから向こう行っててね。僕は猫を持ち上げて鞄から離した。しかし、猫はまた鞄に寄ってきて中を物色し
 始めた。なんか面白い物が入っているとでも思ってるんだろうか。生憎と猫が喜びそうな物は入っていないが、そんなこ
 とはわからない猫はとうとう体を鞄の中に入れてしまった。本当に猫って狭いところが好きなんだな。僕の鞄の中も気に
 入ってくれたようで、くつろぐのに邪魔となる物を片っ端から外に出していった。その中に携帯も含まれていたので探す
 手間が省けたのはいいが荷物全部出されてしまった。僕は猫を鞄から出そうとしたが、猫はまるで占有権を主張するかの
 ように「ニャーッ」と鳴いて抵抗のそぶりをみせた。
 
 「ここは皆の休憩所だから片付けないと駄目なんだよ」
  そう言っても肉球つきには理解できない。僕は散乱した物の中から猫を釣れそうなのがないか探した。猫じゃらしみた
 いなのがあればいいんだけど。と、探していたら変身スティックが目に付いた。そうだ、こないだ覚えた魔法を試してみ
 よう。変身しなくてもできる使い勝手のいい魔法だ。僕はスティックを手にとって魔法を唱えた。
 
 「Transformation!」
  すると、みるみるスティックが形状を変えて鼠みたいな形になった。これはスティックの形を自由に変えられる魔法な
 のだ。形を変えている間は変身できなくなるが、いまの状況ではそれは欠点とはならない。なんでネズミみたいな形にし
 たかなんては説明の必要はなかろう。ネズミの策略で干支になれなかった猫の怨念が現在も受け継がれているのを利用す
 るためだ。さっそく興味を魅かれたようで猫は鞄からそろりと出てきた。よしよし、あとはネズミを猫が追い掛け回して
 くれたらOKだ。僕はネズミに猫に捕まらないように逃げるように命令すると、猫の前においてやった。先祖を策略で追
 い落とした憎きネズミを目前にしてジッとしてられるわけが無い。はたまた何時もジェリーマウスにしてやられるトムキ
 ャットや昼寝中に耳を齧られて極度のネズミ恐怖症になった猫型ロボットの仇を討とうとしているのか、猫は猛然とネズ
 ミに襲い掛かった。これで邪魔されずに片付けられるぞ。やれやれと、溜息を吐いた僕は重大な失敗をしたことに気付い
 た。一つは控えの出入り口が開いていること、二つ目はネズミに逃げろとしか命令しなかったこと、3つ目は最後の接客
 で着ていたメイドの衣装を着替えていなかったことだ。最初は拒んでいたメイドではあったが、こういろいろさせられて
 はメイドだけは嫌といっても意味が無くなったのだ。さすがに客を御主人様と呼ぶことだけは拒否したが。
  その僕の目の前でネズミは逃げるように出入り口から外に出て、それを追いかけるように猫も外に出た。残されたのは
 即席メイドだけだ。
 
 「・・・・・・」
  僕は呆然と出入り口を眺めていた。窓を開けているでもないのにヒューッと風の音が聞こえてきそうだ。数秒後、僕は
 ネズミを追いかけるためあわてて控えを飛び出した。店の中には猫とネズミは見当たらなかった。近くにいた先輩に聞い
 てみる。
 
 「すみません、猫とネズミ見ませんでした?」
 「えっ、外に出てあっちの方に行ったけど」
  僕は礼を言うと、先輩が指差した方に走った。急いで捕まえないと。変身スティックが鼠に変形していられるのは52
 分間で、時間になると自動的に元のスティックに戻ってしまう。その過程を他人に見られるのは拙い。しかし、ちょこま
 かと動き回る小動物を捕獲するのは容易ではなかった。しかも、人の目とか迷惑をまったく気にしないから性質が悪い。
 僕は各所に謝りをいれながら猫と鼠を追いかけた。
 
 「くそっ、ネットハンドが使えたら一発なのに」
  前にカニと戦った僕は左腕を食べられてしまったので博士に義手を作ってもらったのだ。無論、ただの腕ではない。マ
 シンガンになったり、ネットを射出したりする万能デバイスアームなのだ。難点なのは人前では使いたくないことだ。つ
 まり、今は使いたくないってこと。便利なんだけど使える場所が限定されるのは難点だな。まあ、ぼやいてばかりいても
 問題が解決するでもないので、ただひたすら追いかけるしかない。しかし、あの猫すごい集中力と体力だな。ずっと、ネ
 ズミを追いかけている。もう10分以上は追い掛け回しているのに。猫が追いかけるのを止めてくれたらネズミは動きを
 止めるはずだ。だが、猫がネズミの捕獲に執着し続けたら52分が経過するまで僕は追いかけっこをする羽目となる。命
 令の出し方が拙かったとはいえかなりきついな。変身できたら魔法でネズミを捕まえるのも簡単なのだが、その変身する
 ための道具がネズミなのだからどうしようもない。もういい加減勘弁して欲しい。前述したように猫とネズミが所構わず
 走り回るものだから必然とそれを追いかけるメイドも人々の目に触れることになる。皮肉なことにあれだけメイドになる
 のを嫌がっていたのが、自分でメイドに扮しているのを人様に宣伝してまわっているのだ。この事態に終止符を打つには
 一刻も早くネズミを捕まえて命令を解除しなければならないが、そのためにネズミを追いかけることで否応無しに世間の
 目にさらされるという悪循環にただでさえ繊細な僕の神経(少なくともアスナやシマリスよりは繊細だ)は限界寸前だ。
 そして、遂に限界を迎えるときが来た。
 
 「もう嫌だあっ」
  とうとう僕はその場にへたり込んでしまった。そうしている間に猫とネズミは遠くに行ってしまおうとしているが、も
 はやそれを追いかける意力はなかった。もう、僕にできるのは鼠がスティックに戻るのを誰かに見られないことを祈るだ
 けだ。行方がわからなくなるのは後で回収するのに苦労するが、それはシマリスにやらせよう。すでに猫とネズミは捕獲
 が不可能なまでに離れてしまっている。もう僕には捕獲は不可能だ。と、思えたのだが・・・・・・。
 
 「あり?」
  なんと、猫とネズミがこっちに戻ってくるではないか。これはどうしたことか。って、ただ単に向こうが行き止まりだ
 っただけだ。しかし、これはチャンスだ。僕は敵のエースストライカーを迎えうつ守護神の気分で身構えた。このチャン
 スを逃せば後がない。そして、
 
 「やった」
  僕はネズミの進路を予測して、これを捕まえるのに成功した。ふぅーっ、苦労させやがって。これで一件落着だなっと
 思う間もなく、猫が突っ込んできた。猫は勢い余って止まることも避けることもできず、僕は完全に不意をつかれてしま
 った。直後、驚くぐらい強い衝撃が頭を襲って僕は気をうしなった。気がついた時、僕はとんでもない状況におかれてい
 た。
 
 
 「・・・・・・」
  状況がまったく理解できなかった。僕は校舎の中にいたはずなのに、なぜか体育館の舞台の上にいたのだ。体育館には
 パイプ椅子が整然と並べられていて、その全てに着席者がいた。何かのイベントでもやっていたのだろうか。頭が混乱し
 ていて事態が理解できない。ただ、自分がかなり浮いている存在であることは会場のざわざわした雰囲気でわかる。一体、
 何があったんだ? 頭の上を無数の?マークが飛び交っていると、後ろから咎めるような声がした。
 
 「ちょっと、貴女。どういうつもりですの?」
  振り向くと、超常現象研究部の先輩とは別の意味で僕が苦手としている先輩が腕組みをしてこちらにきつい視線をおく
 っていた。「〜ですの?」という口調からもわかるように彼女は正真正銘のお嬢様で、それだけに非常にプライドの高い
 人なのだ。自らを学校のアイドルと自負している先輩は、同じく学校のアイドルとなってしまった僕をライバル視してい
 て時々ちょっかいを出してくるので困っている。その先輩は中世のお姫さまみたいな衣装を着ていた。他にもいろいろな
 衣装の人がいて、中には僕と同じくメイド服の女子生徒もいた。それらを見てようやく僕は何が行われているかを思い出
 した。今日、体育館でやるイベントはただ一つ、美人コンテストだ。学校一の美人を決めるイベントで、なるほどこの先
 輩が出場したくなりそうなものだな。しかし、どういうつもりですの?って言われてもこっちが聞きたいぐらいだ。なん
 で、僕はこんなところにいるんだ?それに答えてくれる人間は残念ながらここにはいないようだ。推測するにどうやら僕
 は何か誤解を受けるようなことをしたのかもしれない。女子生徒たちが様々なコスプレで挑んだ美の祭典。そこへメイド
 服を着た女子生徒が乱入してきたのだ。そりゃ何か勘違いされても仕方ないわな。
  だんだんと状況が読み込めてきた僕はとにかく急いでこの場を立ち去ることにした。これ以上、皆さんのお邪魔をする
 わけにもいかないしさ。
 
 「すいません、お邪魔のようなので・・・・・・」
  と、僕はペコペコと頭を下げながら逃げようとしたが、先輩に呼び止められてしまった。
 
 「あら、どちらに行かれるおつもりかしら? グランプリの発表はまだでしてよ」
  先輩は完全に僕が自分に挑戦するために会場に乱入してきたと誤解しているようだ。僕は先輩と張り合うつもりなんか
 ないのに。まあ、推測されるこの状況下では信じてもらえないかもしんないけど。先輩は完全に腹を立てているようで、
 勝負して決着がつかないかぎり治まりそうにもなかった。どう言い訳してこの場から逃れようかと思案していると、観客
 席のほうから聞きなれた声が飛んできた。
 
 「なにびくついんてのよ!」
  驚いて観客席の方へ目をやると、大勢の観客の中にアスナとサラの姿があるではないか。
 
 「なっ・・・・・・」
  僕は絶句した。なんでアスナたちがこんなところにいるんだ? と、ここで僕はアスナたちのことをすっかり忘れてい
 たことに気付いた。携帯電話で呼び出そうとしても出ない(多分、その頃はネズミと猫を追いかけていた時間だ)、しば
 らく待つ(アスナは待つというのが嫌いなので待ったとしても3分ぐらいだろう)ことにしたが中々来ない(3分では無
 理だ)、待ちきれなくなったアスナは自分達で校内を見て回ろうとしたのだろう。サラはもしかしたらアスナを制止した
 かもしれないが、言っても聞かないことは僕より彼女の方が知っているはずなので結局は何も言わずについていったと思
 われる。そして、右も左もわからない外国人美少女二人組は一番賑わってそうなこの体育館に入っていったのだろう。な
 んという巡り合わせの悪さか。よりによって僕は一番見られたくない姿を一番見られたくない相手に見られてしまったの
 だ。最悪の事態に言葉を失う僕にアスナからさらなる追い打ちが掛けられた。
 
 「しっかりしなさいよ。優勝狙う気で出たんでしょ。猫耳バンドに尻尾までつけちゃって」
  一瞬、何を言っているのか理解できなかった。猫耳?尻尾?なんのことだ? メイドにはなったが猫のオプションはつ
 けた覚えはないぞ。訝しげに見る僕にきづいたのか、アスナは自分の頭の上をぴっぴっと指差した。僕の頭に何かついて
 いるっていうサインか? 僕は頭の上に手をやった。
 
 「!?」
  これはどうしたことだろう。僕の頭の上に何かがひっついているではないか。触ってみると、どうやら猫の耳みたいな
 形をしているらしい。アスナが言っているのは本当だったのか。ってことは・・・・・・。僕は恐る恐る下右側面後方に目をや
 った。そこには僕の腰から伸びている猫の尻尾らしきものがあった。コンテストの出場者を見回してみると、コスプレを
 している女子生徒はいるが、猫耳までつけているのは誰もいなかった。これは一体どうしたことだ? これでは僕が気合
 入れてコンテストに乱入したみたいにみられるじゃないか。なんでこうなったんだ? 僕は必死に記憶を探ってみた。た
 しか、猫と鼠を追いかけていて、鼠を捕まえようとしたときに猫とぶつかったんだ。ってことは、まさか・・・・・・。信じら
 れない仮説に寒気がしてきた。つまり、僕はその衝撃で猫と一体化してしまったということか? 事実、耳と尻尾はいく
 ら引っ張っても取れないし、痛い。どうしよう、このままでは僕は猫娘になってしまう。あ、そうか。これは夢だ。悪い
 夢なんだ。今回は夢オチかあ。なーんだ。焦って損した。はっはっはっはっはっはっはっ。
 
 
  どうやら本当に夢だったようだ。ハッとなって気がついてみたら僕は保健室のベッドに寝ていた。恐らく猫と正面衝突
 して気絶したのを誰かがここまで運搬してくれたのだろう。僕はゆっくりと上体を起こすと背筋を伸ばした。
 
 「ん・・・・・・」
  腕を下ろして窓を見ると、空はすっかり夕焼けマンによって赤く染められていた。文化祭の一日目ももう終わりか。そ
 ういやアスナたちはどうしたんだろう? もしかしたら夢で見たように美人コンテストでも見てたかもしれないな。まあ、
 アスナがかなり機嫌を損ねているのは容易に想像ができる。こりゃ機嫌を直すのに骨が折れそうだ。しかし、猫に取り憑
 かれるよりはマシだから、アスナが欲しいものを何でも買ってやってもいい気分だ。
 
 「さて、と」
  気分はすっかり良くなったし、これ以上あの二人を放置しておけないしな。アスナはともかくサラに悪い虫がつくのは
 断じて許せん。一刻も早く駆けつけねば。と、その前に保健室の先生に礼でも言っておこう。って、あれ? 先生はいな
 いのか? 僕は保健室を見回したが、誰もいないようだ。寝ている生徒を置いてどこ行ったんだろう? と、ふと壁にか
 けられている鏡が目に入った。何気なしに鏡を覗いて見ると、そこに映っていたものに僕は凍り付いてしまった。鏡には
 青ざめた顔で愕然となっている猫耳メイド(尻尾つき)が映っていた・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
   『M機関全滅、円盤は少女だったであります』
 
  それは突如現れた。
 
 「未確認飛行物体、なおも接近中」
  若い女性オペレーターがそれが接近していることを緊張した声で伝えた。彼女らオペレーターたちの後方で指揮を執る
 司令と副司令はモニターに映る円盤状の光る物体を凝視した。
 
 「モンスターか?」
  副司令は独り言のように呟いた。声が小さかったのでオペレーターたちには聞こえなかったが、彼の隣で両腕を机につ
 いてモニターを見つめている司令には聞こえたようで、司令は副司令の方を見ずに、
 
 「いや」
  と否定した。モンスターでなければ一体なんだ? 副司令はいろいろと物体の正体を考えたが、モンスター以外に説明
 がつかない。まさか、宇宙人の乗り物とでも言うのか?
 
 「どうする?」
  彼はモニターを凝視したまま身動きしない年下の上司に尋ねた。モンスターであろうとなかろうと、現にこちらに接近
 しているのをこのまま放置するわけにはいかない。だが、司令は微動だにせずモニターを睨んでいるだけだった。オペレ
 ーターたちも彼からの指示を待っているが、司令は考え込んだ様子で一向に命令を出そうとした。さすがに副司令もしび
 れをきらしたころに、ようやく司令は重い口を開けた。
 
 「総員、第1種戦闘配備」
  静かな口調で命令が発せられると、先ほどの若い女性オペレーターはただちにその命令を全部署に通達した。彼女は努
 めて冷静に仕事に打ち込もうとするが、初めての実戦に緊張は隠しきれないようだ。それは同僚達もご同様で、彼女と同
 期の男性オペレーターは彼女を安心させようとしているのか、無理矢理な笑顔を作るも顔が引きつっているのは隠せなか
 った。誰しもが初めての実戦に緊張していた。勿論、こういう事態を想定した訓練は何度もしてきている。しかし、実際
 にモンスターを相手とした戦闘訓練は一回も行われたことがないのだ。司令と副司令の会話を聞いてなかった若い女性オ
 ペレーターは接近する未確認飛行物体の正体がモンスターだと思い込んでいた。彼女は家族をモンスターに殺されて天涯
 孤独になっていたところを大学時代の先輩である開発主任に誘われて組織に入った。そのためモンスターに対する敵意は
 人一倍ある。ちなみに開発主任は作戦主任と出張に出掛けており不在である。そのため本来ならば防衛戦の指揮は作戦主
 任が執ることになっているのだが、不在のため司令が直々に指示を下すことになった。彼女は口にこそしないが、この無
 愛想な司令があまり好きではなかった。まあ、司令と長い付き合いがある副司令でさえ好きか嫌いかと問われたら、嫌い
 と答えるぐらいこの司令は他人から好かれる人物ではなかった。本人も他人から嫌われるのは慣れていると言っている。
  その司令は接近してきている飛行物体がモンスターではないと言った。何を根拠にそう言うのか。しかも、その事を部
 下達に明確に伝えようとはしない。戦闘配備をとらせているということは対象を敵性と判断したからだろうが、それなら
 対象の正体を明確にすべきではないのか。だが、司令はそうする代わりに通信機を手に取った。それを見て副司令が眉を
 吊り上げるが、司令が発した命令を聞くと顔色を変えた。
 
 「私だ。アトラスの稼動準備をしろ」
  アトラスとは基地の自爆装置の秘匿名称である。副司令は部下たちに聞こえないように顔を司令に近づけて、
 
 「正気か? 基地を放棄するつもりか」
 「ああ」
  司令は何事も無いかのように答えた。副司令はさらに声を潜めて、
 
 「委員会が黙ってはいないぞ」
 「老人たちには何とでも言い訳はできる。本部の代わりとなる基地はいくつかあるんだからな」
 「しかしな・・・・・・」
  副司令には司令みたいに楽観的になれなかった。本部を放棄することの損失は決して無視できるものではないからだ。
 それを委員会の事前の承諾も無しに独断でやったとすれば司令の解任ぐらいではすまなくなる可能性がある。だが、アト
 ラスの稼動には二つのキーを同時に回す必要があり、その一つを副司令が持っているのだ。つまり、アトラスを稼動させ
 るには副司令の同意は最低限の条件であり、彼を同意させるのに司令はアトラスを稼動させる理由を説明しなければなら
 なかった。
 
 「我々の防備では奴を防ぐのはできんよ。あれは魔力フィールドによる光だ」
  それだけで副司令は納得できた。魔力フィールドとは魔導師が己の術力を高めるために発生させる魔法円の一種で、生
 粋の魔導師でなければ作り出すことは不可能なものだ。
 
 「しかし、なぜ我々を?」
  魔力フィールドを展開させていることは戦闘態勢をとっているということだ。副司令には自分たちが攻撃される理由が
 わからなかった。あるとすれば・・・・・・。
 
 「ジュエルだな」
  司令はボソッと呟いた。副司令もそれに同意する。どこから情報を仕入れたのかわからないが、それしか考えられなか
 った。副司令はモニターを睨みつけた。司令は早々に本部の放棄を決意したようだが、彼はそう易々と逃げるという判断
 はするつもりがなかった。委員会に対する弁明のためにも少しは抵抗してみせる必要があったのだ。その時、オペレータ
 ーが悲鳴に近い声で報告して来た。
 
 「未確認飛行物体より魔力反応! 来ます!」
 「なんだと!?」
  副司令は驚愕の表情を浮かべた。魔導師からここまで10キロはある。
 
 「あの距離から魔法攻撃をする気か?」
  魔力波は放射されると徐々に減衰してやがて消滅するため、遠い位置にある標的に命中させるには強大な魔力を必要と
 する。だが、副司令は知らなかったが、魔法攻撃には遠距離砲撃魔法というカテゴリーがあり、さほど魔力を浪費しなく
 とも遠距離魔法攻撃はできるのだ。
  魔導師から放たれた魔力波はわずか数秒で本部に達して建物の一部を損壊させた。ただちに一番年上の男性オペレータ
 ーが状況の報告と関係部署への指示を飛ばした。
 
 「10区に被弾! 10区、被害状況を知らせよ」
  続いて、女性オペレーターが魔導師が猛スピードで本部に迫っていることを報告した。副司令が叫ぶ。
 
 「いかん、絶対に中に侵入させるな!」
  だが、すでに遅かった。オペレーターが叫び返す。
 
 「すでに入られました。12区のテラスです!」
  オペレーターからの報告に副司令は言葉を失った。何というスピードか。そこへさらに追い討ちをかける事態が発生し
 た。モニターにモンスターを示すポイントが突如として表示されたのである。表示されたのは12区で、位置的からして
 魔導師が召喚したのだろう。
 
 「映像を出せ!」
  副司令が命じると、モニターに魔導師と二体のモンスターの姿が映し出された。魔導師は銀髪のロングヘアーの少女で
 黒いドレスに逆十字の首飾りを着用して穂先にギザギザの切込みが無数にある槍を手に持っていた。二体のモンスターの
 うち、少女の左側にいるモンスターはずんぐりとした体形で怪力自慢といった感じで、もう一方の少女の右側にいるモン
 スターは逆にスマートな体つきで両手両足にヒレみたいなのがついていた。
  だが、注目すべきは二体のモンスターを従えるように真ん中に立つ少女だ。いかにも冷酷そうな目つきをしているが、
 結構整った顔立ちで魔法少女に不美人はいないという説を見事に証明していた。まあ、そんなことは別にどうでもいいこ
 とで、問題なのは少女が本物の魔導師だということだ。純血の魔導師と呼ばれる先祖代々の血で魔法力が受け継がれてい
 る魔導師は、21世紀の現在に存在していないと思われていたのだ。それが生き残っていて、それも年寄りではなくまだ
 少女だということに誰もが驚きを隠せなかった。本物の魔導師でしかもまだ子供となれば、絶滅危惧種並の希少価値があ
 りできれば研究に協力を御願いしたいところだが、当の本人にはその気がないらしく手をカメラの方に突き出すと光を発
 した。次の瞬間、カメラが破壊されて映像が途切れた。それを見て司令が命令を出した。
 
 「総員に全火器使用自由を通達しろ。いかなる手段を用いてでも侵入者を殲滅するのだ」
 「えっ!?」
  女性オペレーターが驚いて聞き返した。信じられないといった顔で席を立ち司令を見つめる。殲滅ということは殺すと
 いうことだ。司令の口ぶりではモンスターだけでなく、あの少女もということだろう。いくら敵意を持った侵入者といっ
 ても、相手は自分達と同じ人間でしかもまだ子供だ。しかし、司令は、
 
 「何をしている? 早く命令を通達しろ」
  その何の感情もないような口調に女性オペレーターは何も言わずに席に座ると各部署にオールウェポンズフリーを通達
 した。そして、ボソッと呟いた。
 
 「あの娘も殺すの? 同じ人間なのに・・・・・・」
  モンスターの被害から人類を守るために組織された私設武装組織が人間と戦う矛盾。だが、悲しいかな、人間は人間と
 殺しあう生き物なのだ。そして時に人は筆舌に尽し難い残酷な行為を同じ人に行うこともある。それは過去も現在もそし
 て未来にも延々と為されていく人の業というものなのだろう。その事を女性オペレーターは見せ付けられることになる。
 
  各所に備え付けられているカメラから映し出される映像は戦闘とは名ばかりの一方的な虐殺だった。少女の両手から放
 たれた二つの大きな炎は狼のような形となって人間に襲い掛かって次々と延焼させていった。迎撃にあたったメンバーた
 ちは銃で必死に応戦するが、実体がない火の狼にはまったく効果が無かった。狼を消滅させるには水や消火剤をぶっかけ
 るか、攻撃魔法もしくは魔力を帯びた武器による攻撃しかない。それか術者を倒すかである。しかし、狼から逃げ惑う彼
 らに術者である少女を攻撃する余裕はなかった。狼の被害を免れたメンバーもスマートな方のモンスターの腕や足のヒレ
 で切り刻まれるか、ずんぐりな方のモンスターが吐き出す射程33mの火炎放射もしくは直径30cmの火の玉で火だる
 まになっていった。そのようなおぞましい光景を目の当たりにしても、少女は平然とした顔で人々が次々と死んでいく中
 を歩いていった。彼女が目指しているのは魔宝皇珠の破片の一つが保管されている8塔で、そのことを予測していた司令
 は唯一本部にいたガールズのフォースを8塔の守りにつかせていた。だが、本物の魔導師にばったもんの魔法少女が太刀
 打ちできるもなく、無論司令もそのことは百も承知だ。フォースは時間を稼ぐための足止めにすぎない。アトラスの起動
 準備が完了して彼らが脱出するまでの時間を・・・・・・。
 
 
ガールズ・フォース
  モニターに映し出される凄惨な光景に司令部のオペレーターたちは愕然となっていた。特に女性オペレーターはまとも  にモニターを見ることもできずに吐き気まで催す始末だ。  「しっかりしろ! 仕事だろうが」   同期の男性オペレーターが叱責するが、もう彼女は使い物にならなくなっていた。無理も無い。画面に映っているのは  ホラー映画ではない。本当の殺戮劇なのだ。それも顔見知りの仲間たちが無残に殺されていくのを見てはまとも仕事など  できるはずもない。すでに本部にいるメンバーの半数以上が死亡もしくは重傷で、8塔を守っていたフォースも少女の前  に敗れ去って命を奪われていた。   最早、戦局は定まった。戦闘開始わずか30分で本部はたった3人の侵入者に潰滅させられたのだ。これがもしモンス  ター二体のみの侵攻だったら、殲滅も不可能ではなかっただろう。敗因はあまりにも圧倒的な銀髪の魔法少女の魔法力だ。  もう戦闘の続行は不可能である。いますぐにでも本部を放棄しなければ全滅してしまう。だが、司令からは何の指示も来  ない。オペレーターたちは絶望的な状況を報告しながら司令からの指示を待っていたが、司令からも副司令からも何の指  示も来なかった。ついに堪りかねた一番年上の男性オペレーターが、指示を仰ごうと後ろを振り返った。  「司令! このままで・・・・・・は」   この後に「全滅です。何かご指示を」と続くはずだったのだが、彼はそれを最後まで言う事ができなかった。なぜなら  その相手が二人とも姿を消していたからだ。   その頃、司令と副司令はヘリコプターの中にいた。二人は向かい合って座っており、その間のテーブルにはアタッシェ  ケースが開いた状態で置かれていた。アトラスの起動装置である。すでにフォースが殺されて魔導師が8塔に入ったとの  報告を受けた司令はヘリのパイロットに離陸を命じていた。  「こうもたやすく本部が陥とされるとはな」   副司令は厳粛な面持ちでキーを手に取った。すでに司令もキーを手にしており、二人は互いに頷くとキーを起動装置に  に差し込んだ。  「この犠牲が少しでも報われることを切に願う」   いかにも悲痛な台詞だが、言っている本人がまったく悲痛に感じていないのは、何の躊躇いも無しにカウントダウンを  始めたことで明らかだ。  「3・・・2・・・1」   その瞬間、二人は同時にキーを回した。直後、大きな地響きとともに本部が大きく崩れて土に埋もれた。アトラスとは  本部の地下に設置された大量の爆薬で人工の地震を発生させて本部をまるごと土の中に沈めさせる装置で、いかに純血の  魔導師だろうと人間であることに違いは無く、生き埋めにされたら生きてはいられないはずだ。無論、二体のモンスター  も同様でこれで侵入者は全て抹殺することができた。残る問題は委員会の老人たちにどう弁明するかだが、それはそんな  に難題でもないだろう。部下たちを見捨てたことを問題視する者もいるだろうが、それは口先だけで実際に彼らが同じ立  場になったら自分と同じように躊躇い無くアトラスを起動させるだろうと司令は確信していた。司令は座席に大きくもた  れかかって呟いた。  「あと、もう少しだ。もう少しで・・・・・・」   その後も言葉が続くはずであったが、彼がそれを言い終えることはなかった。その前に彼の意識は途絶えてしまったか  らだ。ヘリは破片を撒き散らしながら墜落して爆発した。ヘリに搭乗していた者は何が起こったか考える間もなかっただ  ろう。だが、その一部始終を傍観していた連中がいた。本部施設からやや離れた丘の上に3、4人の不審人物が屯してい  た。目の前で繰り広げられた惨劇を彼らはまるで映画を見ているかのように眺めていたのだ。  「怖いね。同じ種族同士なのに殺しあうなんてさ」   連中の中で一番小柄な人物が事もなげに言うとその隣の人物が、  「侵略者どもが何人死のうと関係ない。むしろ潰しあってくれるだけ好都合だ」   その口調から察するに彼らは目の前の惨状に何も感じていないようだ。恐怖も不快感も無い。それよりも彼らが注目し  ているのは銀髪の少女だ。彼女は咄嗟にバリアを形成して難を逃れたのだ。ちょっとでも遅れていたら少女は地中に埋め  られて助からなかっただろう。否、どんなに早く魔法を使ったとしても普通の魔導師ならそれが発動する前に土に呑みこ  まれてしまう。不意な事にも咄嗟に対応できる反射神経と唱えてから発動までが極めて短い魔法力があればこその脱出劇  だ。そして、少女は何かを投げてヘリを撃墜したのだ。  「あれは脅威だな」   リーダー格の男の言葉に一同が同意する。  「じゃ、いまのうちに殺っちゃう?」   小柄な男が陽気に物騒な事を言い出した。いまなら向こうはこっちに気付いていない。不意打ちは可能だ。だが、リー  ダー格の男は首を横に振って、  「いや、不意打ちが通用しそうにない相手だ。それに今はまだ戦うべき時ではない」   彼らは偵察任務で来ているのだ。不用意な行動は慎むべきだ。小柄な男はつまらなさそうに両手を後頭部にまわすが別  に不服ではないようだ。いずれ戦う時は来る。それまでの我慢だ。これまで1万年も我慢し続けていたことを思えば容易  いことだ。リーダー格の男は拳を強く握り締めた。  「もう直に我々の準備は完了する。その時こそ奴らに我らドンノルマの無念を思い知らせてやるのだ」    次回予定   ジュエルモンスターは全滅した。だが、最後の破片はルイに奪われたままだった。ルイを捜す涼香たちの前に現れる  謎の少女。彼女の正体とその目的は? そして、彼女の口から明かされる13番目のジュエルモンスターとは。真実を  知った涼香はある決意をするのだった。次回最終話「せめて最後は人として(仮題)」


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