関西弁を話すけったいなシマリスの陰謀で魔法少女とされてしまった僕はジュエルモンスターとかいう化け物と命がけの 戦いを強制されてしまった・・・・・・。 『スズカ、魚釣りをする。』 モンスター退治を始めて数日後のことだった。僕たちの世界とは左右が逆の鏡面空間で、僕とシマリスは海を眺めて途方 に暮れていた。腕時計型のレーダーにははっきりと海にジュエルモンスターが存在していると示している。なのに、なんで 退治しないかと言うと、僕もシマリスもまったく泳げないからだ。潜水具を身につけるという案もあったが、海の中では矢 も威力を発揮しないし、矢を放つ前に食べられてしまう。試しに、獰猛とされる陸のモンスターを捕まえて海に放り投げた ところ、あっという間に食べられてしまった。だが、これで魚の攻略の糸口がつかめた。僕は家に帰ると、釣竿とHBX爆 薬を持って海岸に戻った。モンスターでも体の中身まで丈夫ではないだろう。僕はシマリスに眠り薬が仕込んであるビスケ ットを食べさせて眠らせると、体に爆薬を巻きつけて釣り針に引っ掛けて海に放り入れた。あとは獲物がかかるのを待つだ けだ。数分後、アタリがきたので釣竿を放した。持ってたら海に引きずりこまれるからな。あとは起爆装置を作動させるだ けだ。早くしないとシマリスが消化されてしまう。僕は躊躇いなく爆弾を起爆させた。あれだけの量では魚を木っ端微塵に はできないが、臓器などは破壊できた筈だ。問題は魔宝皇珠の破片をどう回収するかだが、潜水具でも用意して地道に捜す か。ついでにシマリスも回収しよう。
これはアスナが日本に来る直前の話です。 『アスナ、エピソード・ゼロ』 「なに? これ」 アスナ・ヴォルフガング・デュッセルドルフは渡された書類に目を通すと、視線を作戦主任に向けた。 「辞令」 作戦主任は簡潔に答えると、それ以上は何も言わないといった風に腕を組んだ。アスナはもう一度、書類に目をやった。 そこには、日本に向かうよう書かれてあった。 「もしかしてジュエルモンスター絡み?」 「そういうことね。でなければ貴方を派遣したりはしないわ。ジュエルモンスターは元は一つだった魔宝皇珠の破片で人為 的に作られたモンスターだからほぼ同じ地点に集中して出没するはずだわ。もうすでに日本に私達の出張所をつくることも 決定済みよ」 「出張所?」 「そう、J−MACというの。他のガールズも後から派遣するからね。」 「ふーん。で、その出張所のリーダーは誰なの?」 「とりあえずはセブンスにやってもらうわ」 「セブンス?」 それはアスナが初めて耳にしたコードネームだった。 「セブンスって、新しくガールズに入った日本人の?」 「そうよ。日本のことは日本人に任せるのが一番でしょ」 てっきり実力ナンバーワンの自分がリーダーに指名されると思っていたアスナは、まだ会ってもいない新米にそれを取ら れるとわかって不満を顔に出した。 「あら、何か文句でもあるの? 言っておきますけどね、これは正式な命令だから」 「わかったわよ。要するに日本に行ってセブンスの手伝いをすればいいんでしょ」 「そゆこと。くれぐれも仲良くね」 作戦主任が念押ししたのは、アスナには少し協調性に欠けるところがあるからだ。実力だけでなく、プライドも負けん気 も強い彼女は他人と力を合わせてというのが少し苦手なのだ。 ふてくされて出てゆくアスナを笑顔で見送った作戦主任は、彼女の姿が見えなくなると真面目な顔に戻って数時間前の開 発主任とのやりとりを思い出した。 それは日本から送られてきたセブンスのデーターを開発主任と見ていた時だった。ディスプレイに表示されるデーターを 見て作戦主任は目を見張った。 「なによ、これ。こういうのってありうるの?」 作戦主任は視線を開発主任に向けて尋ねた。 「通常ではありえないわね。でも、目の前にあるのは事実よ」 開発主任は静かに答えた。彼女もデーターを見たときはさすがに驚いたが、それよりも研究者としての欲求が勝っていた。 「他の能力に比較して攻撃力が異常に高い。いままでこんなのは見たことがないわ。すっごく興味を注がれるわね」 「まさか、本物という可能性はないでしょうね」 「それは無いわね。過去のデーターを調べてもこんなアンバランスな能力の魔導師は存在してないわ」 「じゃあ、なんだって言うのよ。普通の人間がこんなに高い攻撃力を持てるの? まあ、彼女は元からの女の子じゃないけ ど、それでもこれは異常よ。まさか、人間じゃないとか?」 「資料を見る限りではその心配はないわね。でも・・・・・・」 「でも?」 「セブンスには不審な点があるのよ」 「不審?」 作戦主任は首をかしげた。セブンスを採用する際に簡単な身辺調査はしている。その時には特に不審と思われる点はなか ったと聞いている。開発主任もその事は知っている。 「確かにその時は何も不審な点はなかったわ。でも、セブンスのデーターを見て調査部にもう一度、徹底的に彼女を調べる ように依頼したのよ」 「で、怪しいところが見つかったってわけ」 「そ、驚くわよ。彼女、彼って言った方がいいかしら。彼が前に通っていた学校より前の経歴がまったくの捏造だったのよ」 「は? 何よそれ。スパイじゃあるまいし」 冗談は止めて欲しいとばかりに作戦主任は両手を広げた。だが、開発主任が冗談を好む性格でないのは彼女がよくわかっ ている。大学時代からの付き合いだ。性格も男の好みも違う二人だが、だからこそいままで付き合いが続いてきたともいえ る。 「考えられないでしょ? 普通の男の子の経歴が偽造されたものだなんて。どんだけ調べても3年前より以前の彼の経歴が わからないのよ。彼が在籍していたとされる学校にも該当する子供は一人もいなかったわ」 少々のことでは動じない鋼の精神を持つと噂される作戦主任もこれには不安を感じずにはいられなかった。常人ではあり えないほどの攻撃力を持つ少女(他の能力が平均的なのがかえって不気味だ)、彼女が何者なのかがまったくの不明ときた もんだ。いくら希少価値の魔法少女適正とはいえ、このまま彼女を放置していいものか。そんな彼女の心情を知ってか、開 発主任が意地悪な質問をした。 「どうする、作戦主任さん?」 相変わらず嫌な奴と思う。そんなだから、まともに男とも付き合えないのだ。まあ、かくいう作戦主任も男付き合いが良 いとは言えないが。しかし、開発主任の言うことは正しい。正体不明のセブンスをどうするかは作戦主任たる彼女の仕事で ある。少し考えて彼女が出した結論は、 「こちらから誰か派遣した方が良いわね」 しかし、誰を派遣するか。万一を考慮して、日本に行かせるのはガールズがいいだろう。それも、セブンスがなんらかの 行動を取った場合に対処できる実力派を。作戦主任はアスナを派遣することにした。無論、セブンスを監視しろとは言わな い。そんな器用なことができる娘ではないし、監視がばれてセブンスを完全に敵に回すのは得策ではない。彼女に付き添わ せている動物エージェントによれば、セブンスが組織に敵対的な行動をとる心配は無いという。ならば、下手に監視という 手段をとらず万一のためだけに備えれば良い。作戦主任はそう結論付けた。開発主任も特に反対しなかったので、この事を 司令に提案して許可を得ると、正式な命令としてアスナに日本行きを告げたのだ。ついでにJ−MACという出張所の設立 も。まあ、こっちの方は名前だけだが。 いきなり日本行きを指示されたアスナは荷物をまとめるために自室にいた。正直、リーダーが新米なのは気に食わないが、 そんなことでへそを曲げたりはしない。どうせ、一時だけの仮初めの集団だ。スーツケースに衣服などの用意を詰め込んだ アスナは、出発までにまだ時間があるのでベッドに横になることにした。 「ジュエルモンスター・・・・・・」 これから行く先の目的となる対象の名を小さく呟く。まだ、遭遇してないんでどんなのかはわからないが、組織はそれら の撃滅と魔宝皇珠とかいうものの破片の回収を最優先としている。作戦主任が自分を日本に行かせるのも頼りとしているか らだろう。ならば、その期待には是が非にも応えなければならない。もう、あんな思いはしたくないから・・・・・・。 アスナは医者の娘として生を受けた。他に子供がいなかった彼女の父は娘が自分の後を継いでくれることを期待していた。 彼女もそんな父の期待に応えようと一生懸命に勉強した。テストで良い点を取るたびに父はものすごく喜んでくれた。父に 褒められることがアスナの幸せだった。だが、父が後妻を迎え男の子が生まれると、娘に対する彼の態度は一変した。アス ナも父が前みたいに自分に構ってくれなくなったことに気付いていたが、それまでの人生を父のために過ごしていた彼女に とってその事実は到底受け入れられるものではなかった。父をもう一度振り向かせるために前以上に勉強に励んだ。弟の面 倒も継母の手伝いも率先してやった。だが、そんな娘に対する父親の言葉はあまりにも残酷だった。 「もう、がんばらなくて良いんだよ。父さんの後はフリードが継ぐことになるから、もうお前が無理して頑張る必要はない んだよ・・・・・・」 それを聞いた時、アスナの頭の中は真っ白になった。もう、父は自分を必要としていないのか。 (ちがうの! 私は父さんに喜んでもらいたいの、褒めてもらいたいの、だから!) 声に出して叫びたかった。だが、感情を処理できない人類はゴミだと教えられてきた少女は父に対する自分の思いを告げ ることはできなかった。継母とは赤の他人だし、その子供である弟とも半分他人だ。父親だけがアスナにとっての身内だ。 その父から必要とされていないことを思い知らされた時、もう家に自分の居場所は無いと少女は絶望した。気付いたら家を 飛び出していた。そして、いまの組織にスカウトされモンスター退治をするガールズの一員となった。元々、素質があった のかアスナはメキメキと腕を上げていき、モンスター退治のトップエースにまで上り詰めた。与えられた任務もそつなくこ なした。仲間からは大いに賞賛された。アスナは自分を必要としてくれる人たちを自分の力で手に入れたのだ。だが、心の 安らぎまでは手に入らなかった。常に失敗したらという恐怖が脳裏から離れなかった。皆の期待に応えられなかったら、自 分は必要とされないのではないだろうか。もし、そうなったら生きる気力は失せてしまうだろう。ならば、前に進むのみ。 (私は失敗しない、絶対に・・・・・・) もうそれしか自分が生きる道は無いのだから。アスナはチラッと時計を見た。もうそろそろ時間だ。アスナは起き上がる とスーツケースを手に持った。 「行くわよ、アスナ」 そう自分に言ってアスナは部屋を出た。
「今度の休み、どこ行きたい?」 と、僕がアスナとサラに聞いたときだった。 『サラちゃん、私を温泉に連れてって』 サラとアスナが日本に来て、それなりの日数が経過したというのに行ったところと言えば鏡面空間か近所ぐらいだ。せっ かく日本に来たんだからと、僕は気を利かせて二人をレジャーに誘うことにした。どこに行きたい?と聞いてみたところ、 アスナは、 「ふぐが食べたい」 と、贅沢をほざいたので軽く無視することにし、サラに視線を向けた。サラは即座に答えた。 「私、温泉がいいです」 温泉かぁ。日頃の疲れを癒すにはいいかもな。アスナもそれに賛同したので僕らは温泉に行くことにした。 そして、土曜日。僕らは温泉地にやってきた。初めての温泉にテンションが上がったのか、アスナはサラの手を引っ張っ てどんどん先に行こうとしていた。サラも自分が温泉に行きたいと言ったからかどこか浮かれているようだ。で、僕はと言 うと、どういうわけかテンションが低い状態だ。なんでだろうかと推測してみたが、理由は考えなくてもわかる。肩や腕に どっしりと感じる重量感が原因だ。遅れ気味の僕にアスナの叱責が飛ぶ。 「何してんのよ。早く来なさいよ」 君は僕のこの状態を見て何の自責の念も感じないのか。何で僕が3人分の荷物を一人で持たんといかんのだ。 「今日はあんたが私達を接待するんでしょ。それぐらい当然じゃない」 接待って、便宜を図ってもらうために政治家を持て成すんじゃないぞ。しかも、政治家を接待するのはそれなりの利益が 見込めるからだが、アスナを接待しても利益どころか礼の一つも貰えないのはいままでの付き合いでわかっている。なんの 見返りも望めない接待なんぞ強要されてもテンションが低くなるだけだ。と、こんな事を言っても鉄拳が飛んでくるだけだ と思うので口にはしない。ただ、大げさ気味に溜息だけ吐いた。精一杯の抗議のつもりだが、もう何も文句は言いませんと いう意思表示でもあるため、アスナはまた前を向いて歩き出した。そのアスナよりは遥かに人間が出来ているサラは手を引 っ張られながらも、ごめんなさいといった顔を向けてくれた。彼女は自分の分は持ちますと言ってくれたが、アスナのを持 ってサラのは持たないというわけにはいかないので気持ちだけいただく事にした。旅館に着けば休憩できるからな。 甘かった。旅館に着いて落ち着く間もなく僕は二人の観光に付き合わされた。母国の家族への土産も買うつもりだろう。 考えたら二人とも親元離れて来たことも無い国で命がけで戦っているんだもんな。少しぐらいは付き合ってやってもいいか。 その結果、両手で持ちきれないほどの荷物を持たされても文句は言うまい。こういうのは男の役目だからな(いまは女だけ ど)。 買い物と観光を終えて旅館に戻った時にはすでに日が沈みかけていた。ちょっと一休みしたいところだが、アスナが早く ご飯を食べたいとのことなので夕食を食べることにした。普段、家では食することのない懐石料理に二人とも目を輝かせて (少し誇張があるが)異国の伝統料理に手をつけていった。ちなみに、普段料理をするのは僕かサラでアスナは食前の用意 も食後の後片付けもしない。 夕食も終わって部屋に戻った僕は、ようやく休憩することができた。アスナとサラは売店に寄っている。まだ、何か買う つもりだろうか。まあ、うるさいのがいなくてゆっくり休めるから良いが。あ、そうだ。僕は起き上がると押入れを開けて 浴衣を取り出した。アスナもサラも浴衣を着るのは初めてだろうから喜ぶだろう。あれ?浴衣って風呂に入る前に着るもの だったかな。たしか、略装だからこれ着て他人と会うのは失礼って聞いたことがあるし、でも風呂で着替えてまたここで着 替えるのも面倒だろな。 「どうしよう・・・・・・」 悩んでいると二人が帰ってきた。 「どしたの?」 アスナが聞いてきたので僕は浴衣を広げて見せた。 「浴衣って言って日本の伝統衣装みたいなものかな」 僕もあまり詳しいことはわからないけど。 「ふーん、それ着ている人何人か見たけど、こういうところってああいうの着るんだ」 まあ、決まりってわけでもないけど、粋って奴かな。温泉以外にも御祭りとかでこれを着る人も多いよ。 「テレビとかで見たことあるけど、これ着てみてもいいの?」 そのために置いてあるんだよ。サラも着てみたい? 「え、いいんですか?」 君に着てもらえたら浴衣も喜ぶよ。元々、君が温泉に行きたいって言ったんだから。と、僕がサラに浴衣を差し出すと、 アスナが「私は?」と言いたそうな顔で僕を見たので彼女にも浴衣を渡してやった。初めての浴衣にテンションが上がった 二人はいきなり服を脱ぎ始めた。 「!?」 僕はあわてて顔を背けた。別に僕もいまは女の子なんだからそんなことする必要もないのだが。ドキドキしながら二人が 着替え終わるのを待っているとアスナが、 「ねえ、これどうするの?」 と、聞いてきた。浴衣を着るのにわからない点と言えば帯しかない。僕はアスナの方を見ずに答えた。 「服がはだけないように腰のところで結ぶんだよ」 「ふーん」 どうやら正解のようだ。それから少しして、アスナが声をかけてきた。 「これでいいかしら?」 振り向くと浴衣姿の美少女が二人立っていた。帯の結び方はまあまあといったところか。多少、違和感があるところは外 国人なので大目にみてほしい。本当に可愛い娘は何着せても似合うな。うむ、目の保養になる。家には浴衣はないから本当 に貴重な体験だ。サラも嬉しそうにポーズをとったりしている。 「これがこの国の伝統衣装ですか。なんか素敵ですね」 いやいや、衣装がじゃなくてそれを着ている君が素敵なんだよ。とかいう台詞はキャラではないので口には出さない。代 わりにサラの浴衣姿を目蓋に焼き付けておこう。 「涼香ちゃんはユカタ着ないんですか?」 「僕? いや僕は別に・・・・・・」 どっちでもいいけど。実は僕自身も温泉に来るのは初めてなのだ。浴衣を着るのも初めて。一度ぐらい着てみてもいいか なとは思ったりはする。しかし、外国人の二人よりは浴衣に接していたので無理して着たいという思いにはならない。とこ ろが、曖昧なことが嫌いなアスナ嬢は座っている僕にビシッと指を突きつけて、 「私達がユカタ着ているのに、あんただけ着ないなんて許されるって思ってんの?」 別に許してもらわなくて結構だが。 「つべこべ言わない!」 「わかったよ。後で着るからそれでいいだろ」 実は僕は着替えるってのが苦手なのだ。嫌でも女性化した自分の体を見てしまうだろ。自分の体なのに未だに着替えする ときはドキドキしてしまう。ましてや女の子の前でなんて着替えられるわけ無い。だが、そんなことはお構い無しのアスナ は今すぐ着替えることを要求してきた。 「いや、だから、後で着るから・・・・・・」 最後まで言い終わることができなかった。痺れを切らしたアスナが問答無用とばかりに僕を脱がしにかかったのだ。僕は 必死に抵抗したが、力でねじ伏せられてしまった。数分後、着替えが完了した時には心身ともに疲労しきっていた。 「涼香ちゃん、似合ってますよ」 と、サラがお世辞を言ってくれるが嬉しくは無い。早く風呂にでも入りたいけど、いまは他の客も入っているだろうから 誰もいない時間帯まで待たなければならない。 「えーっ、私たちこれからお風呂行こうと思ってたのに」 行ってきたらいいだろ。せっかく温泉に来たんだ。思う存分満喫してくればいいさ。 「あんたも来るに決まってるでしょ」 誰が決めたんだよ。普段は大概のことはアスナに付き合ってる僕だが、これだけは勘弁ねがいたい。言うまでも無く、僕 が温泉に入るとしたら女風呂にということになる。さすがにこの体で男風呂に突入する勇気はない。かといって、素っ裸で 女風呂に入るのは僕にしたら変態親父的行為に等しい。なので、誰もいない時間帯に一人でゆっくり入浴するのが好ましい のである。が、アスナは納得しようとしない。それどころかサラまでが、 「温泉って皆で入るものと聞きました。せっかく来たんですから涼香ちゃんも一緒に入らないと駄目ですよ」 と、窘める始末だ。僕は賢明なので、あれこれ言い訳しているよりもさっさと逃げることにした。二人にわからないよう に腰を少し浮かせていつでも逃げ出せるようにした。あとはタイミングだな。二人の様子を窺いながら機会を待つ。それが 失敗だった。すぐにでも逃げるべきだった。相手を説得するという根気がいる作業とは永遠に疎遠であろうアスナが僕を羽 交い締めにしたからだ。じたばた暴れるも力では敵わない。 「それじゃ大浴場にレッツゴー!」 勝ち誇ったように右手を前方斜め上に突き出したアスナに襟首を掴まれた僕は引きずられながら連行された。 30分後、僕はサラに団扇で煽られながら部屋でぐったりとしていた。自分の体さえもまともに直視できないのに、裸の 女が大勢いるところに連れていかれたらショックで壊れてしまうのは当然だ。ダウンした僕を部屋まで運んだのはアスナだ が、介抱をサラに任せると他の宿泊客と卓球を楽しんでいる。どうやら旅館なら卓球をすべしと思い込んでいるらしい。日 本文化を調べるのはいいが、調べるならもっと有意義なものを調べろよ。それから温泉卓球は文化という類に入るものじゃ ねーぞ。どうも、あまりいい情報源を持っていないようだ。 「本当に元気だな」 知らず知らずに声が漏れた。サラにも聞こえたらしく、きょとんとしていたがすぐにアスナのことを言っているのに気づ いた。 「はい」 と、笑顔で肯定するサラ。随分と振り回されてきたんだろうな。振り回されすぎて大抵のことなら許容できる寛容さを手 にしたのだろうか。 「ふふ。ああ見えても初めて会った頃は感情を表に出さない静かな娘でしたよ」 あのアスナが?うーむ、クール属性のアスナってのは想像を絶するな。しかし、サラは嘘をつかないので本当なのだろう。 けど、なんで「お前、黙ってたらなぁ」みたいなのになったんだろう。本当、黙ってたら可愛いのに勿体無い。まあ、あい つが黙っているなんて未来永劫ないだろうと僕は確信しているのだが、心のどこかで一時でもいいからそんなアスナを見て みたいという願望もある。それが夢幻にすぎないことを僕は直後に思い知らされることになる。部屋のドアが開いてアスナ が入ってきたのだが、どうも不機嫌そうだ。どうした?と聞く前にアスナが不機嫌丸出しの口調で話した。 「本当に、この国の男どもは腰抜けばかりね。ちっとも相手にならないじゃないの」 そりゃ、アスナと普通の男じゃ運動神経に差がありすぎるんだから仕方ないさ。それに温泉でやる卓球は緩くやるものな んだから。 「駄目よ。卓球も立派なスポーツなんでしょ? だったらどこでやろうと全力を尽くすべきじゃない。ま、そこいらの男達 とはレベルが違いすぎるのは認めるけどさ」 だったらどうすりゃいい? 「決まってるでしょ。あんたが相手すんのよ」 やだよ。僕ぁ疲れたんだ。もう寝たいよ。僕は布団にもぐりこんだ。だが、アスナは布団をひっぺがえすと、僕の襟首を 掴んでそのまま引きずりながら部屋を出た。その後、僕は延々とアスナの卓球の相手をさせられたのだ。それが終わってや っと寝られると安堵するも、今度は枕投げがしたいと言い出した。君はどこまで元気なんだ?だいたい枕投げなんてどっか ら聞いてきたんだ。そんなの子供のすることだ。なんて言っても聞き入れないので、僕は心身ともに疲労しきった己に鞭打 ってアスナ嬢のお相手をすることにした。それも終わってようやく眠りにつけた僕が二度と温泉には行かないと決意したの は言うまでもない。
次回予告 アスナです。最近、限定版ってのを見ると買ってしまいたくなります。デュナメスでしょ、ジムスナイパーでしょ、 アクシズの脅威でしょ、デスラー総統でしょ。それらが2月に集中しているから2月分のお小遣いが足りるか心配で す。貯金おろさないとダメかな? そんなことより次回は 最終回まであと2回・・・・・・ 「涼香、ドタバタ学園祭」であります 「M機関全滅、円盤は少女だった」であります の2本つっことでどうすか?