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      涼香 魔法ランクB
     戦闘力2400 攻撃力8000 魔法力1700 魔法ポテンシャル7000 生命力3200
      モホマ・スクイレル 涼香をサポートする人工生命体
     クルミ投げ 跳び蹴り クルミを齧って音を出す   両親・伯父・叔父・叔母・母方の祖父母・父方の祖父がいる
 
      アスナ 魔法ランクA
     戦闘力3800 攻撃力4300 魔法力2200 魔法ポテンシャル5000 生命力3000
      フォッケウルフ・タンク・ノイマン アスナをサポートする人工生命体
     噛み付き ペロペロ なぐさめ はげまし   母と妹がいる
 
      サラ 魔法ランクA
     戦闘力3300 攻撃力4000 魔法力2500 魔法ポテンシャル5000 生命力3200
      オトーサン サラをサポートする人工生命体
     異空間から道具を出す 飛行能力 変形機能   妻(再婚)と娘がいる
 
      ルイ 魔法ランクS
     戦闘力7000 攻撃力7900 魔法力3500 魔法ポテンシャル10000 生命力−
 
      エリシア 魔法ランクS
     戦闘力6200 攻撃力7100 魔法力3200 魔法ポテンシャル10000 生命力3500
 
 
 
 
 
 
 

12+1CHAPTER3
「生と死の境界で」

作:大原野山城守武里



 理不尽だ。自分の意思とは関係なしに女にされた挙句に魔法少女という役柄まで押し付けられてしまったことでさえ 十分に理不尽といえるのに、さらに我儘気儘の同居人まで抱えることになってしまった。この同居人アスナは世間一般 でいうところの居候という奴のはずで、普通なら遠慮して住ましてもらえる身分の人間だ。だのに、こいつは炊事掃除 洗濯の家事全般を僕に押し付けて毎日ゴロゴロしてやがる。おめぇは一体何様だ?彼女はお客様のつもりらしいが、3 日以上居座る奴をお客様とは言わねぇんだよ。しかし、力はあっちの方が上だし、口でも勝てそうに無いからしぶしぶ 僕があいつの分の食事を作ることになる。いまも、あいつに言われて紅茶を入れている最中だ。だから嫌だったんだよ な。こうなるのが予想されたから一緒に住むの。 「なんかおかしいよな」  本当はアスナが僕に紅茶を淹れるべきなんだよ。下宿人なんだからさ。で、当の本人は何をしているかというと、寝 そべってテレビ見てやがる。本当に理不尽だ。こうなったら一刻も早く魔宝皇珠の破片を全部回収して解放されるしか ない。僕が秘かに決意を新たにしていると、FAXが送信されてきた。アスナの付き人ペットの犬が用紙を咥えて僕の ところに持ってきた。飼い主に似ず利口な犬だ。僕は用紙を受け取ると印字されている内容に目を通した。M機関から だ。相変わらず英文で送ってきてやがる。 「悪いけど、アスナのところまで持っていってくれないか」  犬はコクンと頷くと差し出された用紙を咥えてアスナのところにまで持っていった。本当に利口な犬だ。それに比べ うちの付き人ペットは一緒になってテレビを見ている。お前は誰のペットだ。そのぐうたらペットを踏まぬように注意 しながら進む犬。尻尾ぐらい踏んづけてやれば良いのによ。犬は自分の飼い主の元に辿り着くとアスナの顔の前に用紙 を落とした。 「んー、なによぉ」  アスナは面倒くさそうに用紙を手に取って、一通り目を通すとポイっと放り出した。 「なんて書いてあんの?」  僕は紅茶をテーブルの上においてソファーに腰を下ろして聞いてみた。アスナは日本語だけでなく英語もできるので 本部からのFAXは彼女に読んでもらっている。 「今日、ガールズが一人来日するってさ」  アスナは上半身を起こしてティーカップに口をつけた。彼女はなんでもない風に言うが、見ず知らずの人間に住み着 かれる者の身にもなってもらいたいものだ。こいつだけでも十分苦労させられているのに、そのうえに一人追加される のだ。暗然たる気持ちになるのは仕方なかろうて。 「やっぱ、迎えに行かなきゃ駄目かな」  しかし、今日は学校なので僕はいけない。なのでアスナに行ってもらおう。 「いやよ、面倒くさい」  速攻で拒否しやがった。僕が行けないから君に頼んでいるんだろうが。どうせ暇なんだろ。 「ここの場所は知っているはずだから放っといても一人で来るわよ」  あくまでも行かないつもりらしい。どうしよう。確かにここの住所は本部に送っているけど、初めて日本に来る女の 子にそれで来いとは酷だろう。学校休んでいこうか?でも、もし来たのがアスナみたいな娘だったら、そんな奴の為に 学校を休むのは癪に障る。考えている時間はあまりない。テレビでは「きょうのにゃんこ」が流れている。猫好きの僕 は毎回欠かさず見ている。このコーナーと天気予報、占いのカウントダウンGREATを見て最後の女性アナウンサー の「行ってらっしゃーい」の締めくくりで家を出るのが僕の日課だ。女になる前は「おとくダネ」も少しなら見れたけ ど、学校変わちゃったから早目に出ないと遅刻してしまうのだ。なんで学校が変わったかって?女になった経緯を説明 するよりそっちの方が簡単だからだよ。  結局、考えが浮かばないうちに時間が来て僕は家を出た。アスナには電話が掛かってきたら夕方まで待つように伝え てと言ってあるが、初めて来る異国の地に長時間待たせるのも可哀想だな。なるべく早く迎えに行くことにしよう。さ て、どんな娘が来るのかな。アスナみたいなのは本当に勘弁して欲しい。一人でも大変なのに同じのが増えたら身が持 たないよ。本当、なんでこうなっちゃったのかな。あれ以来、毎日のように自問しては納得できる回答を得ることが出 来ない。運が悪いとしか言いようが無いのだが、それで納得して諦めろとはあまりにも不幸すぎるぞ。これで、同じ悩 みを共有する仲間でもいれば多少は気が楽になるのかもしれんが、幸か不幸か僕は世界で唯一人の元少年の魔法少女だ。 共有したくてもできないのだ。だからというわけでもなかろうが、転校してからかれこれ僕にはあまり友達ができない でいる。なんだか心の片隅に僕はこの人たちとは違うという意識が働いているらしい。それが六角形の絶対防壁を形成 して周りとの交遊を妨げているのだ。勿論、話しかけられれば応じる程度の会話はするが、こちらから積極的に話しか けることはない。が、その中で例外的に親しくしている友達もいる。同じクラスの岡田彰子さんと原辰美さんだ。僕と 彼女らは途中で合流して一緒に学校に向かう。なんで彼女らと親しくなったかというと、あっちから声をかけてきたの だ。最初は適当に返していたが、話をしているうちに段々と仲が良くなってきたのだ。どうやら感情的絶対防壁を中和 されたらしい。友達が出来るのは良い事だとシマリスも言ってくれた。しかし、正直に言うと僕はあまり彼女たちとは あまり親しくしないほうが良いと思っている。元に戻れば当然、学校を変わらなければならないし、桜谷涼香として彼 女たちと接しられるのは限られた時間でしかないのだ。だから、彼女たちから声をかけられても何時もそっけない返事 を返してしまっている。悪いとは思いつつも別れる時を考えれば致し方あるまい。僕は空を向いてボソッと呟いた。 「辛いな・・・・・・」  ふと寂しさが過ぎった。任務が終わればシマリスやアスナともお別れなのだ。いれば煩い連中だが、いなくなると寂 しくなるな。いかん、マイナス思考になっている。僕はマイナス思考を振り払うように頭を振った。と、そこへ後ろか ら僕の背中を誰かが叩いた。 「どしたの、元気ないね」  岡田さんだ。この人は闊達な方で小さな悩みなんかすぐ吹き飛ばしそうな感じがする。知り合ってからメランコリー になっているのを見たことが無い。反面、僕は女になって以来笑顔を他人に見せたことが無い気がする。 「何があったか知んないけど、そんな顔をしていると可愛いのが台無しだよ。ほら、笑顔笑顔」 と、岡田さんは100点満点の笑顔を僕に向けた。これを手本に笑顔を作れということらしい。 「こ、こう?」  僕は頬を動かして笑顔を作ろうとしたが、岡田さんみたいなのは無理だ。こっ恥ずかしいよ。なんとか作ってみたが、 笑っているのは口元だけで目は笑っていない笑顔だ。 「違ーう。もっと顔全体で笑顔を作らないと」  その後、僕が笑顔を作ってその度に岡田さんにダメ出しされるパターンが続いた。勘弁してくれぇ。僕は心の中で叫 んだ。それが天に届いたのか、遅れて合流した原さんが岡田さんを制止してくれたのだ。 「笑顔は無理して作るものじゃないわよ」  僕らよりは一回り小柄の原さんは控えめでお淑やかな性格で岡田さんとは好対照である。二人が好きな動物も岡田さ んはトラで原さんはウサギとイメージにぴったりである。前に原さんの誕生日プレゼントとしてウサギをあげたことが ある。ただのウサギではない。原さんの好きな色がオレンジということなので博士に電話で頼んでオレンジウサギを作 ってもらったのだ。博士はそういうのが好きなのですぐに作ってくれた。ちなみに博士には僕が魔法少女になったこと は言っていない。言えばあのマッドサイエンティストに何されるかわかったものじゃない。それこそ「ジョッカー、ぶ っとばすぞぉ」の状態になりかねないだろう。で、そのオレンジウサギを原さんはとても気に入ってくれて大事に飼っ てくれているらしい。岡田さんの無理押しに毎回かばってくれているのもそのためだろう。本当にありがたい。 「だってさ、そうでもしないとこの娘笑わないじゃん。前に大矢とやった漫才でも全然わらわなかったし」  原さんの注意に岡田さんは口を尖らせて反論した。どうやら港で星を眺めるのが好きな大矢明菜さんとやった漫才を 笑わなかったのがお気に召さなかったらしい。んなこと言ったって、誰にもウケてなかったじゃん。素人がやる漫才ほ ど面白くも無いものはないな。それでも最後は自分の過去にやってしまった失敗談を披露して笑を誘っていたが、それ は笑われただけという芸人にはあるまじき醜態である。芸人を目指している人たちに忠告する。笑わせるのと笑われる は違いますよ。それはさておき、岡田さんがうっかり行方不明になっている大矢さんの名を出してしまったので、原さ んが表情を暗くして俯いてしまった。彼女と大矢さんは幼馴染なのだ。 「ご、ごめん・・・・・・」  岡田さんも自分がうっかり余計なことを口にしたことに気付いたが手遅れだ。ちなみに近頃、学校の周りで教職員や 生徒が行方不明になる事件が相次いでいる。家出する動機がある者やそうでない者など多種多様な人間が突如としてい なくなるのだ。学校関係者や親御さんは勿論、警察も懸命に捜索したがいまのところ誰の足取りも掴めていない。うち のクラスでも話題になっているが、僕はモンスターに忙殺されていたのでその件にはノータッチだった。しかし、考え てみれば大変なことだなこれは。少し空気が沈んでしまったではないか。 「大丈夫だよ。きっと帰ってくるって」  岡田さんはそう励ましたが、大矢さんが戻ってくる可能性はさて何%だろうかね。原さんも幼馴染がもう帰ってこな いと諦めている節がある。だから、岡田さんの励ましもあまり効果は無いようだ。こういう重苦しい空気が嫌いな岡田 さんは景気づけに放課後、3人で買い物にでも行こうと提案した。しかし、生憎と僕は空港まで客人を迎えに行かなけ ればならない。そう言って断ろうとしたが、 「だったら、私達も行けばいいじゃない」  と、言われてしまった。冗談じゃない。僕は何とか断る理由を模索したが、岡田さんに「空気読めよ」というような 目で見られて渋々了承した。なんで僕はこんなに押しに弱いんだろう。  そういった事があって、その日の授業はまったく集中できなかった。下手に岡田さんたちと魔法少女を会わせたら僕 がケッタイな連中と付き合ってるのがバレてしまう。かといって、無理に断ればかえって怪しまれるかもしれないし。 アスナが迎えに行ってくれたら問題はなかったのに。あれこれ対策を考えるも時間は空しく過ぎ去るのみ。とうとう、 放課後になってしまった。何一つ妙案が浮かばなかったなーと己の不甲斐なさに呆れていると、原さんが何か心配げな 顔で話しかけてきた。 「ねえ、桜谷さん」  なんだろうか。 「岡田さん知らない?」  岡田さん?そういや昼ぐらいから姿を見かけないな。 「昼休みに外に出てから帰ってきてないのよ」  早退したんじゃないの。具合が悪くなったりしてさ。その方が僕としてはありがたい。だが、原さんは強い調子でそ れを否定した。 「それなら私たちに一言ぐらいあるでしょ」  それもそうか。まあ、明日にでもなれば元気な顔で僕等の前に姿を現すでしょ。僕はそう軽く考えていたが原さんは そうではないようで極めて深刻な顔で考え込んでいる。何もそないに真剣にならんでも。と、半ば呆れて様子を見てい たが、彼女には真剣にならざるを得ない理由があるようだ。何か言い出したぞ。 「もしかしたら神隠しかも……」  んな阿呆な。僕は笑ってそれを否定しようとしたが、原さんが目に涙を浮かべているのを見て黙った。 「だって明菜もいなくなったのよ。他にも行方不明になった人がいるし。絶対になにか人為的ではないことが起きてい るのよ」  それで神隠しか。まあ、尋常ではない事態ではあるが。と、同意するような発言をしたのが拙かった。 「でしょ? だからお願い一緒に岡田さんを捜して」  恐らく一人で捜すのが怖いのだろう。嫌とは言えなかった。空港に人を迎えに行かなければならないという理由があ るので断ろうと思えばできた。それができないから僕は家でアスナに頭が上がらないんだろなぁ。僕はコクッと頷いた。 原さんは嬉しそうな顔をしたが、反対に僕は憂鬱になった。もし、空港に待たせている人がアスナみたいな娘だったら 待たせた分だけどんな仕打ちをされるか。それを考えると……。  僕たちはまず学校の裏山から捜索することにした。過去に消息不明になった人たちもこの周辺で目撃されたのを最後 に行方を晦ませている。もし、岡田さんが一連の行方不明事件に巻き込まれたとしたらこの周辺でということになる。 もし、そうであれば既に彼女はいないだろうが、何か遺留品みたいなのはあるかもしれない。だが、範囲が限定されな い状況では僕らだけでそれを見つけるのは困難だった。誰か応援を頼まないとな。僕は友達が少ないから原さんが頼み に行った方が良いだろう。僕はその旨を原さんに伝えた。原さんもそれに同意した。 「じゃ、私が人呼んでくるから待っててね」  そう言って原さんは足早に学校に向かおうとしたが、すぐに戻ってきた。何かあったのかな。 「桜谷さんも一緒に行きましょ」  はい? 何を言うと思ったら一人で行くのが怖いのか。 「違うよ。貴女が心配だから言ってるの。こんなところに一人にして若しものことがあったら……」  おいおい、何も泣きそうにならんでも。わかったよ、一緒に行くよ。僕としてもこんなところに一人にされても退屈 だしな。そんなわけで二人で行くことにしたのだが、果たして付き合ってくれる奴がいるかどうか。まだ行方不明とは 決まっていないのだ。本当に具合が悪くなって早退したかもしれないし。まあ、それなら教師から連絡があるだろうけ どさ。とにかく早く終わらせて迎えに行きたいところだ。どんだけ探しても有力な手がかりが見つかるわけはないんだ。 原さんが真剣になるのもわかるが。けどさ、どこまでやったら彼女は納得するのだろう。あの様子じゃ日が暮れても探 索し続けそうだ。やっぱり、どこかで区切りを付けさせるか。さて、どこでにしよう。と、考え事をしながら池の畔を 歩いている時だった。この池は体育館ぐらいの大きさで、この池も捜索されたが一人も発見されてない。よって、僕も 原さんもこの池には注目してなかった。だから、次に起こった出来事など全く想像だにしてなかった。 バッシャーンッ!  と、池から水しぶきがあがったと思えば、大きなハサミが僕の前方を進んでいた原さんを捕まえて池に引きずり込ん だのだ。 「モ、モンスターだ」  これまで失踪事件にモンスターが絡んでいたなんて思ってもいなかった僕は腰を抜かしそうになりながらもその場か ら急いで離れた。どういう事だ?あの池はすでに捜索された筈じゃなかったのか。多分、想像するにその時は鏡面空間 かどこかに行っていたのだろう。それとも巧みに隠れていたのか。どちらにしても状況はレベルレッドだ。僕は変身用 のスティックを持ってきてないのだ。だって、モンスターは鏡面空間に潜んでいるって聞いてたんだもん。しかも、レ ーダーで反応を見たら敵はジュエルモンスターだ。ジュエルモンスターって人見知りじゃなかったけ?んなことはどう でもいい。急いで救援を呼ばないと。僕は携帯電話を取り出して自宅に電話を掛けた。そして出たのが犬だった。 「wau−wau」 「・・・・・・」  一瞬、携帯を落としかけてしまった。そのすぐ後にアスナが電話に出た。 「どうしたの?」  僕は急いで状況を説明して助けに来てくれるように頼んだ。ところがあの女は露骨に嫌そうな口調で、 「えーっ、もうすぐ『それゆけ?バームクーヘンマン』がはじまるのに」  などとぬかしやがった。僕だって見たいよ。僕と自分の顔を食べさせる超M男とどっちが大事なんだ。するとアスナ は、 「うーん」  と、考え込んだではないか。おいおい、僕はバームクーヘンと同程度の価値しかないのか。人間の尊厳に賭けて御菓 子なんぞには負けられない。祈るような気持ちで答えを持った。しばらくして、 「わかった、すぐに行くから待ってて」  との回答が得られた。どうやら人間としてのプライドは保てたようだ。僕は少し安心して電話を切った。モンスター は原さんを食べている最中なのか池から出てこない。どういう風にして食べているんだろう。肉を食べるのか、血を吸 うのか。どちらにしても僕が捕まらなくて良かった。それにしても失踪事件の犯人がモンスターだったなんて。ってこ とは、岡田さんも大矢さんもアイツに食べられたのか。まさか学校の近くにこんな危険があったとはな。しかも、今ま での捜索でこのモンスターが発見できなかったのはほとんどこの世界に棲みついていたからだろう。鏡面空間ばかりを 捜索していた裏をかかれた格好だ。言っとくけど、それで責任を感じたりとはしないよ。ちゃんと捜索してたら犠牲者 を出さずに済んだかもなんてね。もう済んだことを彼是思ってみても戦いには勝てんからな。友達が殺されても悲しい という感情が無いのはやっぱり異常かね?まあ、それも僕が普通の人間じゃないからだろうかな。僕は地面に腰を下ろ してアスナが来るのを待った。まだ原さんを頬張っているのか、一人喰っただけで満腹になったのかモンスターは池か ら上がってこない。アスナが来るまでまだしばらくは掛かるはずだ。それまでにモンスターが上がってこないことを祈 ろう。それにしても、ここは静かだな。まあ、それも嵐の前の静けさだろうがな。せいぜい、そのわずかな静けさを満 喫するとしよう。と、僕が仰向けになろうとした時だった。突然、目の前で土ぼこりが舞ったと思ったらいきなりアス ナとシマリスと犬が現れたのだ。 「お待っとうさんでしたなあ」  唖然としている僕にシマリスがニヤニヤした顔で近づきスティックを差し出した。事態が呑み込めていない僕はそれ を受け取ろうとせず見ているだけだった。 「どないしはりましたん? はよ、変身しなはれ」  シマリスに催促されて僕は我に返るとスティックを手に取った。すでにアスナは変身を終えている。僕は立ち上がる とアスナにどうやっていきなり現れたか尋ねた。 「どうやってって、魔法で瞬間移動したに決まってるじゃない。あっそうか、あんたレベル低いからまだできないのね」  悪かったな。僕は君より年季が短いからしょうがないだろ。それはともかく瞬間移動ができるなんて知らなかった。 これで又一つお利口さんになった。 「で、モンスターはどこ?」 「あっち」  僕は池の方を指差した。 「あっちって、何もいないじゃない」 「池の中にいるんだよ」  それぐらいわからんのか。 「池の中に? ずっと?」  そうだよ。 「おかしいじゃない。あんたがいるのにジッとしてるなんて」  んなこと言ったって、腹が満腹になって動きたくないんじゃないか。 「ふーん、あんたの友達って結構美味しかったんだ」  などと、他愛の無い会話をしながら僕等は池に近づいた。 「この中にいるのね。水が濁ってて底まで見えないけど、石でも投げてみる?」  そう言って、アスナは石を探し始めた。それを片目に見ながら僕はシマリスに水に入って偵察するように命じた。す ると、シマリスは血相を変えて拒絶した。 「あきまへん、ワイ泳げまへんねんや」  ほう、丁度良かった。これを機会に泳げるようになろうや。僕はシマリスを掴むと池の中に放り投げようとした。そ れをアスナが叫んで止めた。 「待って!」  僕はシマリスを掴んだままアスナの方に目を向けた。アスナはジッと池の方を見つめている。そして、口を開く。 「来る」  僕は咄嗟にスティックのボタンを押して変身した。その数秒後、巨大なハサミが二本池から現れた。僕等は振り下ろ されるハサミを余裕でかわして、池から距離をとった。さっきは獲物を捕まえると、さっさと池に潜ったが今回は何も ゲットできなかったので本体も池から姿を現した。皆さんは蟹坊主という妖怪をご存知だろうか。山梨県に伝えられて いる化け蟹の一種で、寺の近くの池に棲んでお坊さんを食べていたそうだ。僕等の前に現れたモンスターはまさにそれ を彷彿させるような姿をしていた。つまり、巨大なカニそのままだ。この前はライオンで、その前はヒツジだった。動 物シリーズが続いているな。僕は弓を構えてカニに狙いを定めた。敵討ちという言葉は好きではないが、僕の友達を殺 したことを許すわけにはいかないな。まあ、どっちにせよこのカニを殺すことには変わりないけどな。 「焼き蟹にしたら何人前になるんだろうかね」  あれがただでかいだけのカニだったら良かったのに。僕は惜しみつつも矢を放った。この矢のスピードなら命中する までに1秒もかからない。あのデカブツには避ける術はないだろう。と、思っていたらカニは目にも止まらぬ早業で矢 をハサミで掴んでしまった。 「二指真空把?」  カニ風情の分際で生意気にも伝統ある中国式暗殺拳の奥義を使うとは。僕はジッと矢を掴んでいるカニのハサミを注 視した。そして、カニが矢を持ち替えようとしたのを見て魔法を唱えた。 「barrier!」  僕の周囲にフィールド・バリアが形成されるのとカニが投げ返した矢がバリアに衝突して消滅したのは同時だった。 ほんの一瞬遅かったら僕の胸に矢が刺さっていただろう。ちっ、あのカニ結構やりやがるな。僕が攻めあぐれていると アスナがしゃしゃり出てきた。 「ふふん、私のリボルバーなら大丈夫よ。あいつを蜂の巣にしてやるわ」  自信満々にそう言うとアスナは銃を構えてトリガーを引いた。あいつの武器では一発で敵を仕留められないので6発 を一気に撃つしかない。カニが2本のハサミで2発の銃弾を掴めても残り4発が奴の体に命中する。しかし、カニはさ っきよりも素早い動作で6発の銃弾すべてをハサミで掴んでしまった。カニが下に向けてハサミを開くと銃弾6発がバ ラバラと地面に落ちた。 「そ、そんなのアリ?」  さすがのアスナも愕然としたようだ。モンスターを葬る手段が通用しないもんな。やべーぞ。カニは勝ち誇ったかの ようにハサミを縦に揺らして「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッ」と鳴き声を 響かせている。僕が必死にカニの退治方法を考えた。奴の弱点は多分甲羅だ。甲羅をでっかい足で踏み潰せば奴は天に 召される。しかし、あのデカイ甲羅を踏み潰せる足なんて・・・・・・。そうだ、妖怪足洗いだ。足洗いならあの甲羅を踏み 潰せる。問題はどこにいるかだ。別の手を考えるか。あれでいこう。僕はアスナの方を向いた。 「この前、モンキーパークに行ったろ?」  アスナはこんな時に何言ってるんだというような顔で見返した。 「あそこに行ってサルを連れてきてくれないか? あのサルが良い。僕と君に懐いていた“もん太”だ」  アスナはますます訳がわからないといった顔をしているが、詳しく説明している余裕は無い。 「急いでくれ。それと柿もセットで。アイツを倒すのに必要なんだ」  アスナの頭の上にはまだハテナマークが飛び交っているようだが、無理矢理に行かせた。アスナが戻ってくるまで時 間を稼がなければならない。僕はシマリスにカニの餌になるように言った。喰われている間にアスナが戻ってくるだろ う。 「な、何を冗談言うたはるんや。ワイはあんさんのサポート役やで」  シマリスは顔を引きつらせて抗議するが、僕は冗談というものが嫌いだ。それが嫌なら他の手段であいつの気を引け。 そう言ってやるとシマリスはお手玉を出してジャグリングを始めた。だが、カニはまったく興味を示さなかった。それ ならばとシマリスは皿回しを披露したが、それにも見向きしなかった。いよいよ後が無いなと思って見ていたらシマリ スが僕を指差してとんでもないこと言い出した。 「あんさんが色仕掛けで時間を稼いだらどないや?」  正気か?相手はモンスターだぞ。たとえ僕が裸になったとしても食べやすくなったぐらいの認識しかないぞ。 「そないなことゆうたかって、ワイも食べられるのはかなんわ」  ったく、役立たずの臆病者が。僕は下僕をアテにしないで自分で時間を稼ぐことにした。と、ここである事に気付い た。そうだ、空を飛んで奴の死角から矢を放てばいいんだ。なんで早く気付かなかったんだろ。アスナは徒労で終わる けど仕方ないよね。後にして思えば安易に軽はずみな行動をしたもんだ。ナイスアイディアと思っていた事が僕に最悪 の事態をもたらしたのだ。失敗と言えば失敗だが、誰にでも失敗はあるだろ。偉い賢者様でもさ。そうでなければ愚者 には絶望しか残されないからな。で、賢者か愚者かと言えば間違いなく後者に分類されるであろう僕はこの後に起こる 惨劇など予想できずに空に舞い上がった。あまり高くまでは飛べない。誰かに見られてしまうかもしれんからな。カニ はこちらにハサミを向けている。多分、また矢を掴んで投げ返すつもりだろう。生憎だったな。腕の動きは素早かった が、足の動きはどうかな。背後に回って矢を放てば防御は間に合わないはずだ。なんて賢いんでしょ、僕。その驕りで 僕はカニのハサミが大きく開いたことに気付くのが遅れた。ハサミの付け根部分の穴が光ったかと思えば次の瞬間には 一条の光が僕の左腕を貫いたのだ。何が起こったか瞬時には判断できなかった。視界には飛び散る血と肉片、そして左 腕が僕の体から離れていくのが映ったが、それを頭で理解できなかった。どうしてそうなったか。飛行能力を維持でき なくなった僕はそのまま地面に落下した。 「ぐはっ!」  衝撃で気を失うかと思ったが、左腕から来る激痛で我に返った。のた打ち回ろうにも体が自由に動かない。てか、体 中が痛い。 「だ、大丈夫でっか?」  顔面が蒼白のシマリスが駆け寄ってきて止血をしてくれた。 「す、すまない」  僕は礼を言いつつも視線はカニに向けていた。まさか、あんな光線が出せるなんて。カニは落ちている僕の左腕を拾 い上げると、それをムシャムシャと食べ始めた。 「うぐっ」  僕は吐きそうになるのを必死に堪えた。自分の腕が化け物に食べられているのだ。気分が悪くならないのがおかしい。 ついさっきまで自分の一部だったところが骨だけになっていくのを見て僕は言いようの無い恐怖に駆られた。この仕事 を始めてから初めて僕は心の底から恐怖を感じた。理解しているつもりだったのが、実はあまり理解していなかった。 否、理解しようとしてなかったかもしれない。カニはじりじりと僕に迫ってきている。逃げようにも体がいうことをき かない。犬が僕の前に出て「ウーッ」と唸ってカニを威嚇するが効果は無いようだ。どうならここまでのようだな。僕 は覚悟を決めると犬とシマリスに逃げるよう指示しようと口を開きかけた。だが、その前に戻ってきたアスナの台詞が 先だった。 「やあ、めんご、めんご。貸してもらうのに手間取っちゃってさぁ、遅くなっちゃった。って、あんたどうしたの!?」  軽快なノリで瞬間移動してきたアスナは僕の惨状を見て顔色を変えた。心配そうな顔で声をかけてくるアスナを意外 に思いつつ、僕はできるかぎりの笑顔で大丈夫と答えた。本当は大丈夫ではない。体中は痛いし、意識は朦朧としてい る。早く終わらせて休養をとらないとマジやばい。僕はアスナが連れてきたサルに柿を持たせて、こう言い聞かせた。 「木の上に登って、あのカニめがけて柿を投げるんだ」  サルは頷くと近くの木に登り始めた。ちゃんと理解できたなと思いきや、サルは枝の上で柿にがぶりついた。お前が 食べてどうすんだ。しかし、柿は渋柿だったようで怒ったサルはペッペッペッと吐き出すと柿をカニに投げつけた。 グシャッ  柿はカニにあたって潰れた。すると、カニが急に苦しみだした。飛び散った柿の果肉と果汁が付着した部分から湯気 が立っている。カニはハサミで地面をバンバンと叩いて苦しそうにもがいていたが、やがてその動きも鈍くなってきた。 チャンスだ。あれじゃあ、攻撃を受け止めることはできないだろう。 「アスナ、頼む」 「任しといて」  アスナはリボルバーを構えるとカニに狙いをつけた。これで終わったなと思ったら、カニが両のハサミを高く上げて 降参みたいなポーズをとった。本当に降参する気か? 「どうする?」  銃を構えたままのアスナが聞いてきた。どうするって、こうもやられすぎたら手段は選んでいられない。カニさんを 殺す。僕は無言で右手をゆっくり前に振った。構わずに撃てという合図だ。アスナは頷くと引き金に指をかけた。が、 まさにアスナの指が引き金を引こうとしたその時、周りの土がボコボコッと隆起してきた。 「な、なんだ?」  何が起こっているのか。カニの仕業か?土の中から何を出そうとしているのだろう。注意深く見ていると、なんと土 の中から無数のゾンビが出現したのだ。 「もんすたー?」  最初はカニの仲間のモンスターかと思った。だが、レーダーで見てもモンスター反応がない。ひょっとして本当のゾ ンビ? 「な、なんなの、これ」  アスナはゾンビの1体に銃弾を撃ち込んだが、全くこたえた様子はなかった。どんなに防御力がある生物でも魔法少 女の武器で攻撃されてノーダメージでいられるわけはない(と、シマリスが言っていた)。と言うことは、こいつらは 本物のゾンビだ。半狂乱のアスナが喚く。 「ど、どうすんのよ。アンデッドと戦った事なんかないわよ」  そんなの僕だって経験無いよ。多分、こいつらはカニが操っているだろうから大元を叩けば。だが、無数のゾンビが 立ちはだかってカニを攻撃できない。今度こそ万事休すか?若い身空でこいつらの仲間入りとなるのか。嫌だねえ、死 してこんな醜態さらすなんてな。ゾンビはジリジリと僕達に迫ってきている。逃げようにも周りはすっかり囲まれてい る。くそっ、弓を使えたらゾンビもろともカニをやっつけられるのに。 「もう駄目かも・・・・・・」  ポツリとそう呟くとアスナが顔を真っ赤にして怒鳴った。 「冗談じゃないわよ。言っとくけど、私がこの世で一番嫌いなのは自分が死ぬことよ!」  誰だって嫌じゃわい。そうだ、相手が亡者なら・・・・・・。 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・・」  僕はお経を唱えながら右手で何度も十字架を切った。仏教とキリスト教のダブルだ。さぞかし、効果も2倍と思った ら見たところ何の効果も無いように見えちゃうんだが。シマリスが引きつった顔でツッコミをいれてきた。 「あ、あの、ゾンビってブードゥー教のだから、仏教のお経とかキリスト教の十字架は通用しないんじゃ・・・・・・」 「ブ、ブードゥー教・・・・・・?」  俺、ブードゥー教の除霊なんか知らねえよ。どうしよう、もう打つ手が無いよぉ。 「嫌だぁ、私、まだ一度もキスしたことないのにぃ!」  アスナが泣き出した。女の子が泣いてたら慰めるのが男の仕事だろうが、僕も泣きたい気分だ。よし、泣こう。 「僕だって、女の子と一度で良いから御付き合いしたかったのにぃ!」 「ワイかって生まれてまだ2年でっせ。死ぬにはまだ早すぎますわぁ!」  森中に2人と1匹の泣き声が響いた。僕はゾンビの手が自分の方に近づいてくるのを見て観念して目を閉じた。アー メン。 「・・・・・・?」  あれ?どうしたんだろう。何事も起こらないので僕は恐る恐る目を開けた。目の前のゾンビが僕に腕を伸ばそうとし たまま動きを止めていた。次の瞬間、ゾンビに無数の光の線が走ったかと思ったらゾンビは輪切りにされて崩れた。何 が起きたか理解できないでいると、スワッと上から誰かが降りてきた。衣装からして僕等の同業者らしいが。 「君は誰?」  声をかけると緑色の髪の少女は僕の方を振り向いてニコッと笑顔で答えた。 「私はガールズ・サードのサラです。ずっと、空港でお待ちしていたのですが、こちらの戦闘を探知しましたので御役 に立てればと駆けつけました」  そうか、この娘が新しい仲間か。アスナと違って優しそうな女の子じゃないか。初対面なのに寝たままでは失礼と感 じた僕は体を起こそうとするが、サラという女の子は優しく制止した。 「無理はしないで。後は私がやりますから安心して見ていて」 「は、はい・・・・・・」  サラの優しい笑顔に僕は見惚れてしまった。自分でも顔が赤くなっているのがわかるぐらいだ。畜生、男だったら御 付き合いすることも不可能ではないだろうに。忌々しい限りだ。まあ、兎も角せっかくのご好意だ。ここはお任せしよ う。サラはニコッと微笑むと、僕の隣できょとんとしているアスナに、 「手伝ってくださいます?」 「え? あ、ああ、わかった。何をすれば良いの?」 「私がゾンビさんたちを薙ぎ払いますからカニさんを攻撃してください」 「OK、任しといて」  アスナはリボルバーに銃弾を装填した。 「いつでもいいわ、やって」  サラはコクンと頷くと右手に持った鞭を思い切り振った。するとどうだろう。1mぐらいしかなかったヒモの部分が 何十mも伸びてゾンビたちを切り裂いていったのである。サラがアスナに向かって叫ぶ。 「いまよ!」  サラの合図と同時にアスナはたてつづけに引き金を引いた。弱っているカニは1発も防御することが出来ず体を貫か れて消滅した。 「やった!」  アスナが歓声を上げる。やれやれ、やっと終わったか。安心した僕はそのまま気を失った。  目が覚めるとベッドに寝かされていた。病院のベッドではない。自宅の僕のベッドにだ。アスナによると最初は病院 に連れて行こうとしたのだが、左腕を切断されている異常な状態で病院に行けば事情を説明しなければならないのでと りあえず家に運ぶことにしたらしい。アスナたちは申し訳なさそうにしていたが、僕としてはそっちの方がありがたい。 問題はこれからどうするかだ。片腕がなくなったらもう弓矢は使えない。義手をつけようにも一般の病院には行けない からM機関の本部から技師を派遣してもらうしかないか。義手を付けられる人ぐらいいるよな?あ、そうそう、僕が寝 ている間に岡田さんと原さんのお母さんが来て二人を知らないかって尋ねてきたそうだ。本当のことを言うにもいかな いので知らないと答えたそうだ。あの後、池を調べたら人骨がいくつもあったらしい。それらはまとめて埋葬しておい たようだ。不運な人たちだが、せめて成仏してもらいたいものだ。間違ってもゾンビにはならないでね。


次回予定  ついにジュエルモンスターも残り1匹となった。だが、最後の1匹・カプメルは手刀で何でも切断する 恐ろしいモンスターだった。矢も銃弾もムチも切断されて大ピンチの涼香たち。そこへ謎の少女が現れて モンスターを倒してしまった。彼女も魔宝皇珠の破片を集めているらしく、涼香たちが持つ破片を奪おう とする。一体、彼女は何者なのか。なぜ、魔宝皇珠の破片を集めているのか。 次回『来たのは誰だ(仮題)』見てください!←シャクティ・カリン風に ※くどいですけど予定ですので


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