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<人物>
桜谷涼香 青い髪の少女。弓矢で戦う。戦闘力2400

アスナ・ヴォルフガング・デュッセルドルフ
赤い髪の少女。リボルバーで戦う。戦闘力3800

サラ・アメナバール・リベーラ・スルバラン・ベラスケス
緑色の髪の少女。鞭で戦う。戦闘力3300

ルイ・バルト・アランブルック
黒い髪の少女。白兵戦用の武器で戦う。

エリシア・ソンム・アイケンハザード
銀髪の少女。ジャベリンで戦う。戦闘力6200

ナターシャ・イワノヴナ・ロストワ
M機関に所属する“4番目の少女(フォース)”。エリシアに殺害される。戦闘力3000


12+1CHAPTER1

「魅入られた少年」

作:大原野山城守武里




 僕の家の近くの交差点で女の子が交通事故で死んだ。僕はその娘とは何の関りもない。だから、そのニュースもただ聞き流していただけだった。だけど、これが僕の運命を大きく変えることになる。


 それから数日後、僕は事故があった交差点を通りがかった。そこには花が添えられていた。事故現場では珍しくない光景だろう。なので、特に気にすることもなく通り過ぎた。この時はまだこの事故が自分の人生にケチをつけることになるなんて思いもしなかった。でも、おかげで常人にはとても経験ができないことも体験することもできた。どっちが良かったかは迷うところだな。


 それは外を歩いているときだった。ここ数日、良い天気が続いている。後になって思えば嵐の前の静けさという奴だろう。これから自分に降りかかる災厄なんか想像もできない極々平凡な日常である。もっとも、暴風雨だったとしても想像しないだろうな。
 コンビニで雑誌を立ち読みした後、ジュースを買って店を出た僕はそれを飲みながら家路についた。5分ぐらいして、ジュースを飲み干して空になったアルミ缶をゴミ箱に投げ入れた。
「よし」
 1発で入ったことに気を良くした僕は小さくガッツポーズをした。と、そこにどこからか声がしてきた。
「ちょいと、そこの兄さん」
 ビクッとなった僕は慌てて周囲を見回した。さっきまで周囲には誰もいなかった筈だ。確かにいない。幻聴か?
「ここ、ここでんがな」
 電柱の方からだ。しかし、そこにも誰もいなかった。
「どこみてまんねん、下、下や」
 下……。言われるままに下を向くと、そこには一匹のシマリスがいた。シマリスは僕の顔をジーっと見上げているかと思うと、首を斜めにかしげて、
「いぢめる?」
「…………」
 どうしたものかと僕は頭を悩ませた。こういう場合、どう返せば良いかは知っている。しかし、それを実行するか否かは別問題だ。僕がリアクションを起こさないでいるとシマリスは何度も同じ事を繰り返した。
「いぢめる?」
「…………」
「いぢめる?」
「…………」
「いぢめる?」
「…………」
「いぢめる?」
 …………。僕はとうとう根負けして右手を口の前で振りながら、
「いじめないよぉ」
 我ながら阿呆みたいなことをしていると思う。それよりこのシマリスは一体なんなんだ? なんで人間の言葉が喋れるんだ? 僕はシマリスをひょいっと持ち上げてあれこれいじくってみた。
「なにしはるんや、やめてぇや」
 シマリスはジタバタと暴れだした。おかしい。どこにも電池のケースの蓋が見当たらない。
「よくできた玩具だな」
 言っておくが、目の前に喋るリスがいたからってそれを突然変異とか未知の生物とすぐに信じるほど僕は現実というモノに疑いをもってはいない。だから、これもよくできた玩具に違いない。だが、どこを見てもリスが玩具であるとの傍証すら掴めなかった。
「もう、ええ加減にしてんか」
 怒ったシマリスはスルッと僕の手をすり抜けて地面に着地した。
「ワイは玩具やおまへんで。まあ、普通のリスともちゃいまんねんけどな」
 じゃあ、なんなんだ?
「実はワイ……」
 なんだろう?
「シマリスでんねん」
 見ればわかる。シマリスだろうとエゾリスだろうとどうでもいい。お前はなんなんだ?
「ははは、冗談でんがな。そう怒らんといて。実はワイめっちゃ困ってまんねん」
 困っている様には見えんが。それに僕に相談しても無駄だ。他人(ってかリスだが)の相談に応じてやれるほど僕は人生経験が豊富ではない。そう忠告してやったが、シマリスはどうしても僕でないといけないらしい。
 僕は話だけ聞いてやることにした。


 話によると、シマリスはM機関とかいう組織で生み出された生物だという。そのM機関は何する所かというと、モンスターを退治する人たちだそうだ。モンスター? あのRPGとかに出てくるヤツ? 何言ってるんだ? 馬鹿馬鹿しい。そういうのはお前らだけでやれ。いまの僕は暇だが、そんな事に付き合うぐらいなら他の事をする方が有意義だ。僕はそう言って帰ることにした。
「ま、待っておくんなはれ。話をとにかく聞いてんか」
 放せ、僕は帰るんだ。
「これは冗談でも何でもおまへんねんや。ワイを見て。ワイみたいな喋るシマリスが目の前におるだけでも非常識ちゃいまんか?」
 言われてみれば。僕は足を止めた。
「そりゃそうだ」
「あんさんは信じられんとは思うけど、実際にモンスターちゅうもんはホンマにおるんですわ。そんなモンスターが人さんに迷惑かける前に処置するのがワイらの仕事ですわ」
 ふーん。本当かね。でも、現にこいつは存在しているし。もし、本当にこいつがれっきとした生き物なら、ちょっとはモンスターの存在を信じても良いかもな。けどさ、それと僕とどう関係あるんだろう。もしかして、勧誘か? それなら他をあたってもらいたいものだ。迂闊にそんな組織に入ってモンスターに恨まれもしたら堪らんからな。
「そう言わんといてぇや。あんさんでないとあかんのや」
 シマリスは拝むように哀願した。そう言われても僕は知らん。他をあたってくれ。どうしても、僕でないと言うならその理由を言え。
「実は……」
 モンスターを退治するといっても人と同じように殺傷することはできないという。異常に再生・治癒能力の高いモンスターを倒すことができるのは極限られた人のみで、その人たちをサポートするのが組織の仕事らしい。んで、シマリスは何をするかと言うと、そのモンスターを倒す人の身近でサポートするんだって。本当は別の人をサポートするはずだったのだが、事故で死んでしまったので途方にくれていたという。それで僕に白羽の矢が立てられたとシマリスは言った。何故、僕が代役かというとモンスターを倒せる人材はそうざらにいるわけでなく、その貴重な人材の一人が僕だと言うのだ。
「お願いや。ワイを助けてんか」
 まるで江戸時代の百姓がお代官様にすがるようにシマリスは僕のズボンの裾を引っ張った。だが、ほぼ全ての役人が百姓の訴えを足蹴にしたであろうと同じく(少なくとも時代劇ではそうだと思う)僕も足蹴にはしないが、ヒョイとシマリスを掴むと思い切り遠くへ放り投げた。普通のシマリスにならこんな事はしないが、あのシマリスならこれぐらいでは死なないだろう。モンスターの存在の真偽に関係なく、そんな訳わからん事に付き合う気にはなれないね。あのシマリスにはもっとお人好しで好奇心旺盛なうえに妄想癖がある奴を見つけてもらいたいものだ。
「くだらん時間つぶしだったな」
 僕は吐き捨てるように呟くと家路を急いだ。この事を皆に言ったら信じるかな。ま、信じないな。僕もさっさと忘れることにしよう。この時はまだ自分の運命が大きく変わった事には気付いていなかった。あのシマリスがとんでもなく狡猾であることにも。


 その日の晩。熟睡していた僕は何か圧迫感みたいなものを感じて目を覚ました。
「なんだろう……」
 こんな感じは生まれて初めてだ。なんだろうか。その時、僕は何かの気配を感じた。何かいる。上だ。
「!」
 あまりの驚きのために僕は声が出せなかった。天井に見たことの無い化け物が這っていたからだ。
「キシャーァァァァァ!」
 奇妙な鳴き声を発したかと思うと、化け物は僕めがけて落下してきた。
「やばい!」
 間一髪、僕はベッドから転がり落ちるようにして回避した。起き上がってベッドを見ると化け物の両腕に貫かれているのが見えた。
「逃げなきゃ」
 化け物からは明らかに殺意が感じられる。あんなグロテスクな形をしているのが友好的とは到底思えない。すぐにここから脱出しなければ十中八九殺されてしまうだろう。だが、それを見透かしたのか化け物は素早く移動して唯一の出口であるドアに立ちふさがった。やばい、逃げられん。何か打開策はないものかと思案していると、窓からコンコンとガラスを叩く音が聞こえた。今度は何だ? 窓の方を振り向くと、昼間のシマリスが立っていた。シマリスはしきりに上を指差している。窓を開けろと言っているのか。何で、そこにシマリスがいるのか考えることなく僕は急いで窓を開けた。
「どないしはりましたん? えらい慌ててはるけど」
 シマリスは如何にも悪党そうな笑みを浮かべながら立っていた。冷静でいたならすぐにおかしい事に気付いていただろうが、この時の僕はとてもそんな余裕はなかった。助けてくれるならこの際、何でも良いと思っていたのだ。
「あれだよ、あれ!」
 僕は化け物の方を指差した。見たらわかるだろ。
「なんなんだよ、あれは!」
「あれでっか? あれがモンスターでんがな」
 そう言うとシマリスはヒヒヒッと笑った。
「どないしはります? あれは人間が大好物でっせ。特にあんさんみたいな若いお人はご馳走とちゃいまっか」
 僕は血の気が引いていくのを感じた。
「なんとかしてくれよ。あんたら、あれをどうにかすんのが仕事なんだろ?」
「ワイには無理でっせ。言うたやろ。あれを倒せんのは限られた人だけやって。その一人があんさんやちゅうことも」
 シマリスは僕に二者択一を迫った。このままモンスターに喰われるか、M機関という組織に入るか。考えるまでも無い。自分の命を犠牲にしてあのモンスターの空腹を満たそうと思うほど僕はいままでの人生に絶望していない。
「よろしいんで? ちょいっと体をいじくることになりまんが」
 それを聞いて僕は躊躇した。いじくる? 改造手術か? 僕は台の上で手足を拘束されている自分を想像した。── やめろ、やめろジョッ○ー、ぶっとばすぞぉ ──
 どうする? 少し考えたが、やはり死ぬよりはマシだ。
「わかった。改造でも何でもしてくれ!」
 そう叫びながら、僕は改造後の自分の名前を考えた。さて、仮面ラ○ダー……何にしよう?
「では、これを持ちなはれ」
 シマリスは先端に星が付いている棒を渡してきた。
「なんだ、これ?」
「そこんところにボタンがありまっしゃろ? それを押したら変身できるんですわ」
 なんだか僕が想像してたのと違うな。ま、いいや。僕は言われたとおりボタンを押した。次の瞬間、棒が光を発して僕を包み込んだ。数秒して光が収まり、僕は自分の姿に驚愕した。さっきまで着ていたパジャマが女の子の服に変わっていたのだ。しかも、変身少女アニメのヒロインが着るようなヤツだ。僕は傍で笑いをかみ殺しているシマリスに尋ねた。これはどういうことだ?
「しかたおへんやろ。ホンマなら女子はんがやらはる筈やったんやから」
「だからってな、これはないだろ」
 これじゃ変態じゃないか。いまが夜で良かった。こんなの人に見られたらこの街から出て行かなければならなくなる。
「よう似合ってまっせ。グヒヒヒ」
 だったら何で笑う。僕はてっきり女装を笑っていると思っていた。シマリスが別のことで笑っていたことに気付いたのは後になってからだった。
「で、どうやって戦うんだ?」
 僕はスティックを振り回してみた。多分、これから魔法が発せられて敵を倒すのだろう。と、ここで僕は大事なことに気付いた。僕とモンスターの位置関係からして、いまここで魔法みたいな力を使ったら僕の部屋が滅茶苦茶になっちゃうじゃないか。
「なあ、空を飛んだりできないのか?」
 魔法少女ってのは大抵空を飛べるのな。だったら僕も空を飛べるんじゃないか。もっとも僕は魔法女装変態男だけどな。
「あんさんの靴にネズミの耳みたいなのついてまっしゃろ? そこを触れてみ」
「これか?」
 僕は靴の上に付いている突起物を触ってみた。すると突起物が大きく伸びてまるで翼みたいになり、僕の体が浮かびはじめた。
「わ、わわわわわ?」
 信じられない気持ちだ。本当に宙に浮いてるよ。おいおい、本当に魔法とか使えるんじゃね? これなら、あのモンスターも怖くないな。
「来な、相手になってやるよ」
 僕が挑発するとモンスターはそれがわかったのか怒り出して僕に向かってきた。
「こっちについてきな」
「キシャーァァァァ!」
 首尾よくモンスターを外に出すことが出来た僕は公園で戦うことにした。あそこなら多少暴れても被害は少ない。公園はここからそう離れていない。いくら夜といっても人目が皆無ではないので急いで公園に向かおう。幸い誰にも見つかることなく僕らは公園に到着した。
「ここなら魔法みたいなのを使っても大丈夫だな」
 そうは言ったものの、念のため公園内を見回してみる。人がいたら場所を変えなきゃならんからな。よし、誰もいないな。僕は公園に着地した。そのすぐ後にモンスターもやって来た。さて、こいつをどう退治するか。
「なあ、これどうやって使うんだ?」
 僕はシマリスにスティックの使い方を聞いた。まさかこれで相手を叩けというんじゃないだろうな。もしそうなら真っ先にお前を叩き潰すぞ。
「んな、ダサいことしますかいな。呪文を唱えるんや。ワイの言うことを復唱しなはれ」
 呪文? なんか嫌な予感がしたが、一応頷いておこう。
「ではいきまっせ。破邪の力を秘めし聖なる杖よ……」
 やはりそうか。男が魔法少女アニメのヒロインのコスプレをしているうえに呪文だかなんかを言っている様はかなりヤバイぞ。しかし、やるしかない。僕は恥ずかしさを堪えてシマリスが言った呪文を復唱していった。
「破邪の力を秘めし聖なる杖よ、我、桜谷涼太の名において汝に命ずる、いま、その力を開放し、邪なる者を打ち砕く武具となれ」
 背中に悪寒を感じながらも僕はどうにか言い終えることができた。で、どうなるかとスティックを眺めていると、それが光を発して形を変えていくではないか。
「?????」
 どういう原理でこんなに形が変わるんだ? 形だけでない。せいぜい3、40センチしかないスティックが1メートルぐらいはある弓と変貌しているのだ。そして、気付けば腰に箙が結び付けられているではないか。あまりにも出鱈目な現象を前に僕ができるリアクションは皆無だ。だいいち弓矢を渡されたところでどうしろと言うのだ。
「まあまあ、構えてみてんか」
 言われたとおりに筈を弦に番えて、モンスターに狙いをつけた。これぐらいならできるけど、素人では標的に当てるのは無理だ。って、思ったのも束の間で僕は一瞬自分の目を疑った。僕の視界にサイトが出現したのだ。別に何も思ってないのに、モンスターに照準を合わせてしまった。射って良いのかな。
「さあさあ、はよ射ちなされ」
 少し引っかかるが、これは正当防衛だ。罪には問われんだろう。問われたところで僕の罪状はなんだ? 殺人か? 動物愛護法違反か? 人間でもないし、愛護されるような動物でもないので殺してしまっても文句は言われまい。何より僕は一秒でも早くこんな変態ルックで外にいるのを止めて家に帰りたい。というわけで遠慮もなくモンスターに向けて矢を放った。当たらないとは思っていなかった。ちゃんと照準が合ったのだ。やはり改造人間にされてしまったのか。そうでないと知ったのは後になってからで、この時の僕は自分の将来に不安を抱くようになっていた。
「ま、死ぬよりマシだけどな」
 僕は地面に転がっているモンスターの死体を見てそう自分を納得させた。さて、これをどうしようか。このまま放置するわけにもいかんし。死体の始末を考えていると、
「心配することおまへん。見てみ」
 シマリスがそう言うので見ていたら、死体から蒸気みたいなのが噴出しだした。やがて死体はブクブクの泡となって土に消えていった。意外と呆気なかったな。と、ここで僕は少し疑問に思った。やけにモンスターがおとなしかったのだ。僕に対して何らかのアクションを起こしたのは最初だけで、後このモンスターがしたのは僕についてきて矢をくらって死んだだけだ。僕を襲うと思えばいつでもやれた。でも、モンスターは僕が弓で狙っているにも関わらず逃げようとも攻撃してこようともしなかった。なんでだろう。
「どうでもいいか」
 モンスターが消えて僕が生きているという事実だけで十分だ。さ、帰るとしよう。その前に尿意を催したのでトイレに行くか。この公園のトイレは公衆の割にはキレイだ。この町の清掃局はちゃんと仕事しているらしい。今日は本当にサプライズの連続だった。喋るシマリスにモンスター襲来、おまけに変態コスプレルックときたもんだ。もうこれ以上驚きはないだろう。なくていい。金輪際なくていい。頼む。しかし、こんな哀れな子羊の願いを主は聞いてはくれなかったようだ。この後、僕は人生最大のサプライズに遭遇することになる。トイレに入ってふと洗面所の鏡に目をやると、女の子が映っているではないか。
「…………?」
 はて、なんで男子用トイレに女の子がいるのだろう。と、思ったのは束の間で、そこに映るべき自分の姿がないことに気付くのに時間は必要なかった。様々な憶測の果てにたどり着いた結論は僕を心底青ざめさせるのに十分だった。鏡に映る女の子の表情は僕と同じく段々と引きつっていった。服装も僕と同じだし、動作も一緒だ。もう間違いないだろう。僕はジーパン好きの刑事のノリで絶叫した。
「なんじゃ、こりゃーっぁぁぁぁぁ!!!」
 エクスクラメーション・マークが3つもついちまったぜ。そんなことはどうでもいい。ようやくにして僕は己の身に起きた異変に気づいた。てっきり女装していただけと思っていたのに、完全な女の子になっていたのだ。僕はすぐにトイレから出てシマリスを締め上げた。
「これはいったいどういうことだ!」
「ぐ、ぐるじい……、と、とにあえず、放してんか……」
 僕が手を緩めてやるとシマリスは息を整えてから説明した。
「言うたやろ、ホンマは別の女子がやるはずやって。それがあかんようになったからあんさんに代理をやってもらうって」
 それは聞いた。僕が聞きたいのはなんで女の子になっているかだ。
「暗黙の了解や。魔法を使う未成年って女やって相場が決まってまっしゃろ? それとも、あんさんは魔法を使う男が主人公のアニメを見たことありまっか?」
 確かに魔法少女アニメはあっても魔法少年ってのは聞いたこともないな。だからって、何も性別まで変えなくても良いんじゃないかい?
「変身を解いたら元にもどれるのか?」
 かすかな希望だった。しかし、シマリスは平然とその希望を踏み潰した。
「んなわけあるかいな。そうやったら最初に言うてますわ。それぐらい察しなはれ」
 まるで自分には全く非がないといった風にシマリスは肩をすくめた。僕は何も言わずシマリスを掴むと矢に結びつけて思いっきり弓を引いて遠くに飛ばした。


 あれから数日後、僕はM機関の準構成員として活動することになった。もう危険な目に遭いたくはなかったが、アルバイト料も出すからと説得されて渋々了承した。
 組織に入ったからには組織のことを知らなければならないということで、僕はシマリスの講習を受けることになった。M機関とはモンスターに襲われた人若しくは遺族によって結成された秘密結社で創立は100年前だそうだ。初代総裁はアントニオ・クラークという人で、この人の家系が代々総裁を務めていて現在は孫のジョージ・クラークが3代目を継いでいるらしい。シマリスによると、ここ数年間でモンスターの出没回数が増えていると言うのだ。原因はわからない。しかし、関係あるのでは? と疑われているものがある。ジュエルモンスターという自然発生型ではなく人の手によってつくられた人工のモンスターである。200年も昔、ウィリアム・アイケンハザードによって生み出されたジュエルモンスターは魔宝皇珠という珠を動力源としており、数年前に彼が遺した文献を見た組織は信じられない事実に騒然となった。ジュエルモンスターといっても他のモンスターとさほど差はないのだが、問題は魔宝皇珠である。一体ごとに魔宝皇珠の欠片が埋め込まれており、その欠片を集めて魔宝皇珠を復元した者には途方も無い力が与えられるという。しかし、下手すれば世界を滅ぼしかねない事に危惧したアイケンハザードは珠を割ってその破片を動力源とするモンスターを生み出すことで魔宝皇珠が人の手に渡らないようにしたのである。魔宝皇珠を手に入れるには何処にいるかわからないモンスターを探し出してこれを倒さなければならない。さらに念のため200年間封印することにした。200年後、モンスターが目覚めてもその時代の人間はただのモンスターとしか見ないだろう。ジュエルモンスターは文献によると全部12体存在していて固有名もつけられているらしい。今のところ、ジュエルモンスターと近年のモンスター出没件数増の関連は不明だが、機関の方針は魔宝皇珠の破片を全部集めてそれを処分することである。どう処分するかは未定だという。
「以上、だいたいわからはりましたか?」
「うーむ、要するに12匹のモンスターを倒して破片を回収したら良いんだろ?」
「さいですな」
 なんか面倒な事になったな。ってか、もしモンスターと遭遇したら戦わなきゃならんのだろ? 僕ぁ、嫌だよ。探す手伝いはしてやるけどさ。だいいち、何で化け物と戦うのが年端もいかない少女なんだ? 常識で考えたら化け物退治は経験を積んだオッサン・オバサンがするもんだろ。その方が確実だ。
「何ぬかしとるんや。そんなの絵になるかいな。髭面のオッサンよりも可愛い女の子の方が人気でるやろ?」
 そんだけの理由で僕は何の説明もないまま女にされてしまったのか。これを理不尽と言わずとして何と言うのか。
「仕方おへんやろ。一から適格者を探すよりもその方が手っ取り早かったんやし」
 シマリスが言うには危険なモンスターと戦うのが少女でなければならないのかちゃんと理由があるらしい。決して萌えのせいではないと強調している。その真偽はさておき、モンスターと戦うにはあのスティックで変身して特別な力を帯びなければならない。それが出来るのは穢れを知らない乙女だけらしい。しかし、処女なら誰でも良いわけではなくて、その中から極限られた少女だけしか変身はできないのだそうだ。今回、シマリスが担当する筈だった少女もその希少価値がある人だったのだが、彼女は事故で死んでしまった。シマリスは困った。新たな適格者を探すには時間が掛かりすぎる。そこで男性を性転換させることで代役にしようと考えた。これとて、すぐに見つかるわけではないが、運が良いことにすぐに見つかった。それが僕らしい。僕にとっては迷惑極まりないことだが。
「まあ、そう言わんと、仲良うしましょ」
 そう言ってシマリスは右手(右前足?)を差し出す。僕は少し考えた。握手を求められているのはわかるが、ここでそれに応じたら完全に奴らの仲間にされてしまう。そりゃ、入るとは言ったけどさ、正社員じゃなくてパートタイムで入社したつもりだったんだ。僕は差し出された手の下に自分の手を出した。こうすりゃ、握手じゃなくてシマリスが僕に“おて”しているように見えるだろ? シマリスは「おっ」というような顔をした。僕が軽いジョークをやったとでも思ったのだろうか。言っとくけど、僕はお前と漫才するつもりはないよ。


 講習も終わって、ついに初仕事の時がきた。僕の仕事はモンスター退治をしつつジュエルモンスターを捜索して魔宝皇珠(まほうこうじゅ)の破片を回収することとされた。基本給に基本的に夜間の活動となるので夜勤手当がプラスされ、さらにモンスターを倒したり破片を回収するごとにそれぞれ手当てが貰える。
「で、どうやってモンスターを捜すんだ?」
 こんな人間が佃煮にできるぐらい沢山いるところでほとんど目撃例がないということは、余程隠れるのが得意と見るべきだろう。何か探知機みたいなのでもあるのか。
「ありまっせ、とっておきなのが……」
 と、未来から来た猫型ロボットが道具を出す際に流れる音楽が聞こえてきそうな勢いでシマリスが出したのは腕時計の形をした探知機だった。
「これは半径10キロ範囲に存在するモンスターを探知するという優れもんや。しかも、それだけじゃおまへんで」
 他にも何かあるのか。シマリスはもったいぶってなかなか話そうとしない。あまり焦らすなよ。
「なんと!」
 うっ、なんか凄い機能がついてそうな。
「普通に時計としても使える優れもの!」
 数分後、屋根の上に縛られてカラスに突かれているシマリスの姿があった。


 モンスターは普段僕らが住んでいるのとは別の世界に潜んでいて、必要なときにだけこっちの世界に来るらしい。鏡みたいに左右が逆になっているから機関では鏡面空間と呼んでいるらしいが、ジュエルモンスターの捜索は主にその鏡面空間で行われることになる。僕は魔法少女に変身した。僕がこの格好になるのは2回目だが、やはり恥ずかしさは拭えないな。僕だってこんな格好していている女の子を見たら頭がイタい娘と思うだろう。鏡面空間があって良かった。こんな格好を人前には晒したくないからな。僕はシマリスに教えてもらった鏡面空間に行く魔法を唱えた。
「ME・MF・SG・SI・ES・EP……IRM」
 すると、僕の前の空気が澱み始めた。これに飛び込めば良いのかな? 僕は恐る恐る入ってみた。
「えい!」
 そこには僕等の世界と瓜二つの世界があった。左右が真逆である点を除けばだが。
「モンスターは近くにいるかな」
 僕は時計のレーダーを作動させた。シマリスが言うには鏡面空間はモンスターの世界ではないらしい。あくまでも異空間のひとつでしかないというのだ。モンスターがどこで生まれたかは機関も掴めてないらしい。
「ひとつ反応があるな。えと、シグナルが青なら普通のモンスターで赤がジュエルモンスターだから、これはジュエルモンスターだな」
 捜索初っ端でいきなりビンゴか。幸先良いな。初めての仕事なのに僕はあまり緊張しなかった。こないだの戦いで呆気なく勝てたのでモンスターが怖くなくなったのだ。無論、命のやり取りを行うにあたって絶対に怪我をしないという保証はない。下手をすれば落命という結末も有り得るのだ。それでも僕がこの仕事を引き受けたのは魔宝皇珠を全部回収したら、その力で元に戻すというシマリスの言葉を信じたからだ。シマリスやその背後にある組織の信頼性には疑問符も付くが、いまの現状においてはそれにすがるしかない。
「女ってのは不便なんだよな」
 小便する時はいちいち座らないといけないしさ。早く男に戻りたいよ。そのためには早いとこ仕事を終わらせないとな。僕は靴から羽を発生させて宙に浮かんだ。レーダーでモンスターの位置を確認する。
「北に1キロぐらいか。近いな」
 僕はスティックを弓に変形させていつでも矢が放てるようにしてからレーダーが示す地点に向かった。会敵次第、矢を放って終わらせる。実に簡単な仕事だ。と、思っていたというより期待していたのだが……。
「嘘つき……」
 いや、誰も嘘はついてない。僕が勝手に思い込んでいただけだ。牛の姿をしたモンスターは僕が放った矢を難なくかわした。体形に似合わず意外とすばしっこいヤツだ。
「ちっ」
 僕は何本も矢を放ったが、ことごとくかわされてしまった。銃弾よりも速い光弾みたいな矢がかわされては打つ手は無い。
「動きを止められたら良いのにな」
 モンスターは空が飛べないらしく、空中の僕が攻撃を受ける心配はなさそうだ。しかし、いまの僕の力量では宙に浮かんでいられるのは30分ぐらいしかない。僕は弓をスティックに戻すと先端の星をモンスターに向けて魔法を唱えた。
「Fixation!」
 スティックの先端から電気みたいなのが走ってモンスターに直撃した。これで数分は動けない筈だ。後は矢を命中させるだけだ。モンスターは何とか動こうと足掻いているが、そう簡単に魔法の束縛が破れるもんか。待ってろ、すぐ楽にしてやるからさ。と、僕がスティックをまた弓にしようとした時だった。
「えっ?」
 僕はまさかと思った。モンスターが束縛を自力で破ろうとしているのだ。おいおい、こうも簡単に破られるものか?
「嘘……」
 とうとう束縛は破られた。ただ相手を怒らせただけの魔法だった。クソの役にも立たん魔法だな。どうすっかな。
「動けなくできないんだったら避けられないようにするか」
 こういう場合悪党なら人質をとったりするものなのだが、残念なことにここにあのモンスターの弱味になるような存在はいない。いたら迷わず人質にするんだが。卑怯? 最高の褒め言葉だね。
「どうしようか」
 僕は必死になって良い案がないか考えた。しかし、御世辞にも学校の成績が良いといえない僕の頭ではそう簡単には思い浮かばない。どうしよう、時間がないよ。空中移動ができなくなったら、モンスターの攻撃をかわせない。その空中も安全な場所でないこともすぐにわかった。モンスターの目が赤く光ったかと思うと、凄まじい衝撃波が僕を襲ったのだ。
「Protection!」
 僕は咄嗟にシールドを張った。間一髪、衝撃波はシールドで阻むことができた。危機一髪だった。もし、スティックを弓にしていたら、またスティックの戻してのロスで僕は衝撃波に弾き飛ばされていただろう。そして、制御を失った僕は地面に叩きつけられて即死だ。
「冗談じゃない」
 戦況の不利を悟った僕はトンズラする事にした。その後をモンスターが追いかけてきた。でかい図体しているくせに車並みのスピードで追ってくるモンスターは時折衝撃波を発してくる。僕はそれをかわしながら打開策を考えた。
「あれだ」
 僕は山の小さなトンネルに入った。一応、車の相互通行が可能だが対向車と向かい合った時は減速しないと接触してしまいそうな小さなトンネルだ。ここなら、あのでかいモンスターは立体的な動きが出来ない。僕はスティックを弓にして構えた。ターゲットロックオン。だが、同時にモンスターの目も赤く光った。やばい、衝撃波が来る。
「シューット!」
 僕が矢を放ったのとモンスターが衝撃波を発したのはほぼ同時だった。矢は赤く発光しながら衝撃波を突き破りモンスターを貫通した。モンスターは体中から光を発して消滅した。僕はモンスターが消滅した跡から何かの欠片があるのを見つけて拾った。多分、これが魔宝皇珠だろう。
「世界を破滅させる力を持つ珠か」
 そんなけったいな品物には見えんがな。ま、そんな力があるんなら僕を男に戻すぐらい造作も無いだろう。あと11体。全部この近辺に潜んでいたら楽なのにな。なんて思いながら僕はトンネルを出た。すでに30分は過ぎていて僕は空を飛ぶことが出来ない。仕方ないタクシーで帰ろう。駅まではそう遠くない。何か、魔法少女って思っていたより不便だな。飛行時間に制限があるなら専用のバイクでもあったら良いのに。勿論、空を飛べてガソリンを入れなくても良いヤツをさ。と、考えているうちに駅に到着した。さて、あっちの世界に戻るか。その前に変身を解かないとね。うっかりこの姿でもどったら恥ずかしくてタクシーになんか乗れないからな。
 タクシーで家に帰った僕はベッドに潜り込むとそのまま眠ってしまった。シマリスを放置していたことに気付いたのは朝に目が覚めた時だった。








次回予定(予告ではない)

 本当の自分を取り戻すため組織に協力することにした涼香。そんな彼女(?)に最強のジュエルモンスター・ヴァルメルの猛威が迫る。二体に分裂して襲い掛かるヴァルメルに苦戦を強いられる涼香。その時、一人の少女が涼香の窮地を救う。彼女は一体何者なのか。
※あくまで予定です。


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